迷宮内を進んで10分もすれば、隠れ里の人間が襲いかかってくるようになった。
「おいお前ら! 何が何でも死守しろ! 商品を逃す時間を稼げ!」
「ああ! わかっ──うわぁーー!?」
「ふはははは! バカめ! 不意打ちも魔法も無駄無駄ぁ! この天才ガウガウ様にかかれば迷宮なんてちょちょいのちょいだ!」
『イエス! イージー!』
だがその人間達を、ガウガウは容赦なく蹴散らしていた。迎撃に出てきたレンジャーの不意打ちに反応して自動起動したブラックアイが自分の命令に従って拳や魔法を繰り出すと面白いくらいに敵が吹っ飛んだ。
「ぐああああっ!?」
「くそ! 何も効かねぇ! 何なんだあの化け物は!?」
「魔人だけでも厄介だってのに……!」
倒れた仲間の死体を踏みつけて、次々と通路から人間が湧き出てくる。
ガウガウはその戦意に感心した。魔人がいると分かっているのになおも抵抗をするのは今の時代に生きる多くの人間の大多数にはない行動だ。どちらかといえば自分がかつて生きていた戦争だらけの時代の人間に似ている。あまり外に出ないため忘れていたが、牧場の人間と違って野良の人間はかなり活きが良いようだった。
「ふむ、逞しいな。少し出力を上げるか──ブラックアイ」
『イエス。マスターガウガウ。マジックパワーアップ』
「げっ!?」
「また来るぞ! 逃げろ!」
直線となった通路に進み出てきた戦士達が、こちらの魔法光を見て慌てて下がっていく──そこに魔法を放った。
「白色破壊光線!」
「!!」
ブラックアイに組み込んだ魔法威力向上の魔導具の効果によって、更に強くなった光線が通路を真っ直ぐに焼き払う。
そうして出来た多くの人間の焼死体は中々にグロテスクで無慈悲ではあるが、ガウガウはそれを見ても何も感じない。
戦いで人が死ぬのは当たり前だし、元より人が好きって訳でもない。かつては魔王や魔人を倒すための魔導具の研究に勤しんでいたが、それも人を守るというよりは自分という存在を周囲に認めさせ、後世に名を残すためであった。
もっとも憎んでいたり嫌いという訳でもないため、別に好き好んで殺そうとか傷つけようとは思わない。こうして外に出て人を焼く作業をするのも面倒ではある。
……だがしょうがない。それもやらなければならないことだからな。
これもレオンハルトの使徒になるためには必要なことだ。
だがそれも過程の1つでしかない。ガウガウの目的のために必要なのはまず、使徒になって人間をやめることと永遠の命を得ることだ。
そうすることでまた研究が捗ることをガウガウは理解していた。レオンハルトの使徒になることで得られる多大なメリット。そのメリットと引き換えに、レオンハルトの仕事を手伝う。……使徒としては不純というか忠誠心の欠片もないような感じだが、ガウガウにとってはそれですら珍しいことだ。
研究のために城においてくれたレオンハルトや研究を手伝ってくれているハンティや城の人にはこれでも感謝している。自分の研究を行いながら働くくらい、天才の自分にとっては訳ないことだ。
……勿論、そんなことはおくびにも出さないが。
だが行動としてガウガウは転機を自ら作り出そうとしている。使徒になることで、積極的に魔軍への関与と外部での行動が可能になる。
「悪いが、私の
ガウガウは再びブラックアイを動かし、迷宮内を進軍していく。
己の作る魔導具や身内のためなら多少の犠牲も止むなきことだ。──何、人を殺すのも初めてではないし、レオンハルトの目的だって分かっている。それをついでに背負う程度もこの天才には訳ないことだ。
「しかしまあ……当然といえば当然だが歯応えがないな。せっかくテストしようと思って魔導具を沢山持ってきたんだが……」
ガウガウは広い空洞。洞窟のようになっている迷宮をほぼ素通りのように進みながら周囲を軽く見渡す。
そこにある光景は──蹂躙だ。
だがそれも致し方ないことだ。自分という天才だけでなく、自分と同じ使徒志望の妖怪王のお町や牧場の最高傑作とまで言われるミシェーラという剣士までいて、これだけでも過剰戦力だというのに──
「っ……ぁ……!」
「──ぁ」
「…………つまらぬ」
「そう言うな。人間とは最後の最後まで追い詰めてみなければ分からないものだ。あるいはこの集団をまとめているリーダーがそれなりにできるかもしれない」
──魔人がいたならどうしようもないだろう。
それもその魔人は先日まで魔人四天王だったカミーラと最強の魔人と名高いレオンハルトだ。勝負になる筈がない。どんな強者もゴミのように殺される。
立ちはだかれるだけでマシというものだろうとガウガウは思う。自分ならこの2人が攻め込んできた時点で即降参だ。チビるかもしれない。というか、味方であっても怖いまである。
「……ここだな。ここから分かれるぞ。分かれてそこにいる人間を倒していけ。最終的には合流出来る筈だ」
「はい! 了解です!」
「わかった」
「……ふん」
そしてその上でレオンハルトは仕事に手を抜くことなく、手分けして中の人間を殲滅しようとする。包囲した上でこれとは中々にえげつない。魔軍参謀の手管だ。
その采配にはミシェーラやお町だけでなく、気位の高いであろうカミーラですら文句は言わない。レオンハルトの采配に問題がある筈がないと、長く生きる魔人程そのことを知っているのだろう。
ガウガウは己を天才だと自負しているが、軍師でもなければ軍を率いた経験もない。もし軍を率いてもそれなりにはこなせる自信はあるが、本職ともいえるレオンハルトには敵わないだろう。ガウガウもまた、そのことを知っている。
「ガウガウとお町はあっちの道だ」
「ああ」
ゆえにレオンハルトの指示にガウガウもまた従った。レオンハルトやカミーラ、ミシェーラと分かれてお町と一緒に行く。そのお町が、レオンハルトと分かれた後で残念そうに耳を垂れさせていた。
「レオンハルトと一緒に行くのではないのか……」
「あいつのことだし、この組分けにも意味があるんじゃないか?」
「ふむ。そうかの……では行くとするか、童よ」
「童ちゃうわっ!」
「むう……そうなのか」
「そうだし年上だしお姉さんなんですけど?」
「そうは見えなかったが……人間とは不思議じゃの」
「妖怪の方が不思議生物だ」
……中々に惚けた……いや、天然だな、この妖怪王は。そして乳もデカい。その存在に目をやり、若干恨めしく思いつつも2人で先へ進んでいくことにした。──爆乳狐なんかにこの天才ガウガウ様が負けるかっ!
「ガウガウとお町は多分問題はないだろう。あるとすれば、カミーラの方だな……」
別れ道から1人、迷宮を進むレオンハルトは時折散発的に現れる人間を斬り捨てながら他の面子のことを考える。
今回の人狩りは仕事の一環ではありつつも、カミーラのご機嫌取りと使徒を決めるための試験も兼ねているものだ。
それを考え、レオンハルトは態々キャロルが会長を務めるキリング商会を使ってここに奴隷商人を呼び出したり、色々と仕込みを行った。妙に人が多く、騒がしいのはそのせいだろう。
だが自分が通った道はすぐに静かになる──レオンハルトが剣を振るうまでもなく、大半の人間は気を抑えずに放出するだけで戦意と言葉を失わせた。
「魔人ッ……! こ、の──」
「…………」
そしてその中で、向かってこれるだけの優秀な戦士だけを即座に斬っていく。
「……脆いな」
そうして思うのは──退屈と残念だ。
ガイと戦った後だけに、以前よりも弱く感じてしまう。こちらからすれば撫でるような牽制の一撃で、人間の戦士はすぐに動かなくなった。
そうして進みながら、人間の装備や宝は貰っていく。持ちきれない食料や物資などの多くは後で残党狩りも兼ねて魔軍を突入させて奪うつもりだが、個人的に取れるものは取っていく。
「これは悪くない剣だな……こっちは宝石の指輪か……これも悪くない。魔道具の類はガウガウに後で調べてもらうか……」
刀剣の類はコレクションとして。宝石はちょうどカミーラがいるしご機嫌取りのための貢物とさせてもらおう。魔道具も回収していく。呪いが付与されるような変なものがあってもガウガウなら問題ない。
そして進みながらやはり考えるのは、カミーラとそれについて行かせたミシェーラのことだ。
なぜその組分けとなったのかと言うと、少し前──ミシェーラが直接、こっそりとお願いしてきた。
『レオンハルト様。もし別れ道で別行動を取るようなことがあればカミーラ様のお供はこのミシェーラにお任せを。不足なくこなしてみせますので』
『それと一応確認なのですが、今回の一件はレオンハルト様がカミーラ様のために計画したもの……それに間違いないですね?』
──などと、曇りなき眼でそう言ってきたため、レオンハルトはそれを認め受け入れた。ミシェーラなら大丈夫だろうと信じて。
(たまによく分からない言動はするが……優秀で弁えてる奴だ。この人狩りの目的も正確に把握しているようだし問題ないだろう。幾らカミーラでも俺の下級使徒は殺さないだろうしな……こうして試してやるにはちょうどいい)
ミシェーラはレオンハルトの下級使徒となってまだ日が浅い。それだけに、評価はしているがガウガウやお町と比べればまだ分からない部分があるのも確かだ。
カミーラという気難しい魔人を相手に出来るか──それも含めて試させてもらおう。そう思い、レオンハルトは一足早く最深部に辿り着き、そこで他の面々が来るのを待つことにした。
「──下級使徒風情が……出しゃばるなよ。殺されたくなければな……」
「っ……は……」
別れ道でレオンハルトや他の使徒候補と離れた先で、ミシェーラは上級魔人による洗礼を受けていた。
レオンハルトの指示だからだろう。カミーラもまたその組分けに何かを言うことこそなかったものの、こうして圧をかけてくるくらいには機嫌は悪いらしい。ミシェーラはそのことを理解した。
(さすがのミシェーラもちょっと恐怖を感じますが……とはいえ、ここで引いてしまえば、レオンハルト様の使徒にはなりえません。勇気を出すのですミシェーラ……おじいちゃんも、勇気を持てる人間は素晴らしいと言っていました……)
心の中で祖父の言葉を思い出し、拳を握りしめる。レオンハルトの使徒になろうという人間が、こんなところで引き下がってはいけない。それでは使徒になどなれる筈がない。
だからこそミシェーラはカミーラの圧に負けじと一歩踏み出した。先程はレオンハルトにやり方を咎められてしまったが、こうなればもっと直接的なアプローチを仕掛けるべきだろうと判断した。
ミシェーラは向かってくる人間をついでに斬り捨てて静かになったところでカミーラに話しかけた。
「恐れながら申し上げます……カミーラ様」
「…………」
カミーラの視線が、ミシェーラを捉える。
上級魔人にまじまじと見つめられるだけで、普通の人間は身を竦ませるもの。
だがミシェーラはそれを乗り越えた。そして、口にした。核心に迫ることを。
「カミーラ様は……レオンハルト様のことを、どう思っていらっしゃるのですか?」
「…………」
カミーラの眉間に、ほんの僅かだが皺が寄る。
(言った! 言ってやりました! さあ、どうですかカミーラ様!?)
ミシェーラは自身の勇気を称える。そしてカミーラの反応を見た。怒りを覚えているという感じではない。どちらかと言えば、少し迷っているように感じられた。つまりそれは。
(想いは明白……しかし、それを伝えていいものか迷っていらっしゃるのですね)
そう。ミシェーラは理解した。だからこそ、次のカミーラの答えも理解出来るものだった。
「…………それを……」
「は」
「それを……貴様に答える必要があるのか……?」
底冷えするような冷たい目と声で言われてミシェーラは身震いした。──よし、来た、と。
しらばっくれる。あるいは無視する。あるいははぐらかす。そう答えるしかない。なぜなら好きだから。好きだからこそ、伝える訳にはいかない。
そんな心の機微を理解したミシェーラは、しかし逃さない。レオンハルトからのアプローチを望めない以上、カミーラが少し心を開くしかないのだ。だからこそ、後押しとしてミシェーラは口にした。
「はい! あります! それはなぜなら──」
一呼吸置いて、言う。ミシェーラは告げた。
「レオンハルト様は……カミーラ様に、想いを募らせているからです……!」
「……………………何……?」
ミシェーラはその罪を甘んじて受けた。そう……主の代わりに、その想いを先んじて伝える罪を。
そうしてカミーラの反応を見逃さないように真っ直ぐに見つめた。
(さあカミーラ様……! 心の中に秘めた想いをどうか曝け出してみてくださいっ……!)
(こいつは……一体何を言っている……?)
レオンハルトに誘われた迷宮の中で、カミーラはその下級使徒の言葉にただただ困惑していた。
初めて見るレオンハルトが連れてきた下級使徒。その3人にカミーラは欠片も興味は抱いていなかった。美少女であることは気に入らないが、レオンハルトの趣味は理解している。そこには口を挟まない。
だからレオンハルトが一旦分かれることを提案してきた時も特に文句を言うことはなかった。先程訳の分からないレオンハルト賛辞をしていた人間の下級使徒がついてきても別に構わない。精々兵隊程度に使えばいい。それなりには強いようだから足手まといにはならないだろうと。
もっとも、そうなるようなら見捨てるつもりではあった。レオンハルトには「そこらの人間に後れを取るような見どころのない人間だった」とでも報告すればいい。戦いの中の戦死であればレオンハルトも何も言うまいと。実際誅殺する気はないため、そうなる可能性は低いものではあったが。
実際、人間など相手にはならなかった。そうして問題なく進んでいる最中に、カミーラはその下級使徒からの謎の言葉を受けて困惑した。それは確かだ。
だが一方で……カミーラはこうも思った。
(……だが、やはりそうなのか……?)
カミーラは内心でその下級使徒の言葉に疑惑を徐々に確信へ傾けようとしていた。
何故ならそれは──カミーラもまた疑っていることだったからだ。
先日のガイから助けられた一件の後から、カミーラは考えていた。
──レオンハルトは、何故こうまでして自分を助け、気を使うのか、と。
カミーラも蒙昧ではない。当然だが、レオンハルトが自身より遥かに強いことは理解している。
だからこそカミーラは、カミーラなりにレオンハルトに気を使って弁えていたものであるが、それ以上にレオンハルトはカミーラのことを気遣っていた。まるで当初の、出会ったばかりの時のように、レオンハルトはカミーラのことを尊重する。
その理由とメリットがカミーラには分からなかった。改めて考えてみれば、レオンハルトはおかしい。あれほどの強者であればもっと横暴に振るまっても良い筈である。他の魔人や、あるいはカミーラのように下位者を見下し、そんなことは知らないと我を押し通すことが出来る筈だ。
だがレオンハルトはそれをしない。カミーラに対しては。それをカミーラは不可解に感じていたが、その予測出来る答えの1つに、この下級使徒が言った答えもまたあった。
(……だがこんな下級使徒の言葉を信じるのか……?)
しかしカミーラも信憑性を疑う。当然だ。カミーラも知るキャロルのような正式な使徒であればともかく、ただの下級使徒の言葉を真に受けていいものかと。
だが──
「…………」
(一切揺るぎもしないとは……)
カミーラの鋭い威圧する視線を受けても、ミシェーラの瞳は揺らぐことはない。真っ直ぐだった。まるでレオンハルトのように。
とてもではないが、嘘を言っているようには見えない。ただの下級使徒がカミーラの観察眼を欺ける筈がないし、嘘を言っていたとしたらどこかに迷いや罪悪感が生じる筈だが、それもない。
むしろ真っ直ぐすぎてこちらが目を反らしそうになるほどであり、カミーラはその抵抗として目を細めた。そして確認のための言葉を作る。
「…………それは真実か?」
「はっ! 紛れもない真実です! カミーラ様!」
「……………………そう、か……」
頷きの言葉は上手くでなかった。それが真実であると徐々に理解していくにつれ、困惑も大きくなる。
だが一方で──悪い気はしなかった。
カミーラは疑問が氷解していくのを感じていた。レオンハルトが自分を好いているなら、今までの言動の数々にも納得がいく。気を使うのも好きな女に対してなら当然のものだろう。
だが一方で、今までの雄達とは違うことをカミーラもまた理解していた。
カミーラは過去を思い出す。
もはや遠い昔──カミーラがこの世に生を受け、まだ魔人ではなかった頃。
カミーラはドラゴン種の中で唯一の雌として、生きた王冠として扱われていた。
強い雄だけがそれを勝ち取れる。多くの雄がカミーラを求めて戦い……そして勝利した者は当然のものとしてカミーラを征服した。
そこにはカミーラの意思も何もない。ただされるがままになるだけだ。強い雄に、カミーラはただ屈服し、性の捌け口となるだけの道具に過ぎない。
どの雄もそうだった。どれだけ強くて立派とされるドラゴンも。マギーホアも。アベルも。その誰もがカミーラを道具のように扱う。
その日々をカミーラは漫然と仕方なく受け止めていた。そうして、その日々もいつかは終わった。
魔人となり、アベルが敗北し、ドラゴン種が滅び、人間が生まれ──カミーラは少しの自由を得た。
同胞が滅びたことに思うところはあったが、それでも自由を得られたのは素晴らしいことであり、カミーラはその日々をカミーラなりに優雅に過ごした。
──だがそうして魔人の社会で生きるようになっても、カミーラの苦境は終わりを見せない。
いつの時代もカミーラを超える強者は現れた。そして、その殆どがカミーラを下に見た。
それだけならまだしも、カミーラを求める雄はその誰もが横暴だった。先日のガイも、自身を超えたケイブリスも。その誰もが強者だからと気を大きくしてカミーラを物にすることを当然の権利として扱おうとする。
──だがそんな中で、レオンハルトだけは違った。
最初に出会い、同胞の魔人を殺したことを悪く思い、借りを作ってから、レオンハルトはカミーラを尊重した。様々な便宜を図り、協力した。
いつしかレオンハルトがカミーラより強くなってからもそれは変わらなかった。横暴な振る舞いも、少なくともカミーラには行うことはない。ただ自然に扱う。気を使っていた。醜くもない。
好意がありながらも、2000年近い時をずっとそれで通している。
「それで……どうでしょうカミーラ様。レオンハルト様の想いに応えるつもりは……?」
「…………」
カミーラはそれらを思い、考える。その下級使徒の言葉も、本来なら無礼として厳しく躾けてやるところだがそれはしない。ただ考え、思ったことを口に出した。
「…………ふん。さて、な……」
カミーラは言う。目を閉じて、口元に微笑を浮かばせながら。
「少なくとも……悪い気はしない」
そう──悪い気はしない。
何しろレオンハルト程の男。おそらくこの世の雄の頂点に位置するような相手が、2000年も一途に自分を想い続けているのだ。
それはカミーラの自尊心を満たすものだ。カミーラは恋愛感情など自身には存在しないと思っているし、レオンハルトにもそれを感じていないが……それでも気分は良くなる。
(くくく……あのジルにすら靡かないレオンハルトが……私に好意を寄せているとは、な……)
カミーラはレオンハルトが、ジルの愛人として扱われ苦労しているのを知っている。以前にレオンハルトが一言だけぼやいていたのを聞いていたからだ──『ジル様の相手も楽ではない』と。すぐに撤回し『忘れてくれ』とは言っていたが、それが本音であることは明白だ。
そしてそれほどの強い意志を持つレオンハルトが、自分に好意を持っている。それは悪いものではない。下級使徒からの遠慮のない言葉も許してしまうほどに。
「おお……それでは……!」
「ふん……早とちりするな。まだ応えてやると決めた訳ではない……」
「! そんな……!」
目の前の下級使徒が己の言葉を聞いて、捨てられた子犬のような表情を浮かべる。それを見下ろしてカミーラは口端が緩んだ。──もしかしたらレオンハルトですら、己に断られたらここまでとは言わずとも残念そうな顔になるのだろうかと。
それを想像すると愉悦を禁じえないが……だがカミーラはこうも思う。
「ふっ……だがそうだな……レオンハルトが私の物になりたいと言うなら……それを受け入れてやるのも吝かではない……」
「それは……」
下級使徒がごくりと唾を飲み込む。自分がそう答えたのが意外だったのかもしれないが、カミーラとしては意外でも何でもない。使徒や下級使徒を愛でてやることの延長線上だ。レオンハルトが受け入れるならば、そういうことを戯れとして行うのもありだろうと可能性を示してやったまで。
「案ずるな……悪いようにはしない。レオンハルトのことは気に入っているからな」
「それは重畳です……! ミシェーラも罪を呑んだ甲斐がありました!」
「内緒にしておいてやるからそのことも安心しろ。それで……お前の名はミシェーラと言ったか?」
「はい。ミシェーラ・姫原と申しますカミーラ様! 現在はレオンハルト様親衛隊の副隊長を務めさせて頂いております!」
「キャロルの部下か……覚えておいてやろう」
「はっ! ありがとうございます!」
「ふん……」
道理で嘘のない奴だとカミーラは納得し、気分を良くしながらミシェーラを連れて迷宮の奥へと進んだ。
人狩りはつつがなく行われ、済んでいった。
レオンハルトが迷宮の最深部に辿り着いてしばらくすると、カミーラとミシェーラが。そしてその次にお町とガウガウがやってきたが。
「レオンハルト……くく、早いな。張り切っていたのか?」
「……ああ。そうだな。少し張り切ってしまったかもしれない(随分と機嫌がいいな……)」
何故かカミーラの機嫌が、分かれる前より遥かに良くなっているのを見てレオンハルトは困惑した。一体何があったのか。よっぽどお気に入りの奴隷少年でも見つけたのか。その奴隷の多くはガウガウとお町が見つけてきたようだが、カミーラ達が向かった方にも少しいたのかもしれない。
あるいは……とレオンハルトは近づいてきたミシェーラを見た。
「何があった?」
「いえ、特に何も。ただカミーラ様と少しお話しただけです」
「……そうか。ご苦労だったな」
「はっ!」
引き締まった良い返事を返すミシェーラに感心する。まさかカミーラに気に入られるとは……キャロルから何か聞いてたのか? あるいは何かカミーラの琴線に触れることが出来たのかもしれない。
「ガウガウとお町もよくやった」
「はっはっは。この天才ガウガウ様にかかれば大したことじゃなかったな!」
「うむ……我も頑張ったが、そこの童もよく頑張っておった」
「だから子供じゃないって言ってるだろっ!」
「……仲は深まったようだな」
そしてガウガウとお町の方も特に問題はなかったようだ。あまり話したことがないように思えたのでそこは不安ではあったが、打ち解けられたなら組ませた甲斐があったと言える。人狩りも特に問題はなかったらしい。その心配は正直していなかったが。魔物討伐隊と言えど所詮は人間だ。そこそこの戦士程度じゃこの場にいる誰であっても止めることは出来ない。
……分かっていたことだが、使徒になる前から使徒のような強さを持ってる3人だ。そこについては試すまでもなかったか。
強いて言うならミシェーラが僅かに劣るが、それでも十分だろう。二代目妖怪王とレッドアイを作った付与師相手じゃ分が悪いのは致し方ない。ただの人間としては十分にトップレベルに達している。
後でこれらの評価も持ち帰って考えることにしようとレオンハルトは魔物将軍に指示を出して残党狩りと物資の運び出しを行わせながら自分達も帰り支度を整える。別にすることはないが──
「──ああ。カミーラにはこれを渡しておく」
「……これは?」
「迷宮内で見つけた宝石だ。貰っておいてくれ」
カミーラにそれらを手渡し、機嫌を取る。美少年に宝石というカミーラの好きなものを渡してやりながら、こうして外に出て人狩りを行うことに旨みがあると思わせておく。そうして次に誘った時にも誘いやすくしておき、その時にはまたちょっと強めの人間の戦士でも配置しておこう。少なからずこれでレベル上げにはなるだろう。段階を踏んで凶暴な魔物や悪魔を置くのも悪くないかもしれない。その言質を取っておく。
「今日は俺としても実りがあった。また今度誘っても構わないか?」
「……ふっ、いいだろう」
そうしてカミーラからあっさり承諾を得る。どうやらカミーラの方も気に入ったようだった。渡した宝石を手の中で弄び、その中の1つである指輪を取るとそのまま指に嵌めてみせる。
「お前からもらったこれもありがたく受け取ってやろう……」
「ああ。そうしてくれ」
「…………他に何か言うことはあるか?」
……何か言うこと?
そう問われ、レオンハルトは考える。強いて言うなら、指輪をつける位置はどうかと思うが……しかしカミーラのことだ。深い意味はないのだろうとそう考え、率直に褒めておく。
「ああ。カミーラに相応しい宝石だな」
「当然だ」
微笑を浮かべるカミーラに、やはり機嫌が良いなという感想を得る。……とりあえずこれでガイの一件と四天王剥奪の件はどうにかお茶を濁していてもらおう。また不満が爆発しそうになったら適度に貢ぐなりどこかで解放させるなりすればいい。今はあまり不和は起こしたくないからな。
──などと思っていると、横からくいくいと服を引っ張っられたので向き直る。
「どうした?」
「……我には何かくれんのか?」
「……そうだな。なら帰ったら部屋に来るといい」
「ん……楽しみにしておるぞ……」
お町が何か土産を欲しそうにしていたのでそう口にして誘っておく。するとこちらも機嫌を良くしたため、後は問題ないと安心して帰路につくことにした。
──数日後。
「使徒試験のことだが……──を使徒にしようと思うんだがどう思う?」
「……別にいいけどさ。それ、なんであたしに聞くわけ?」
「お前が1番、使徒の中で厳しい意見を言ってくれるからだ。他の3人もそれが出来ない訳ではないが、お前の意見は厳しさを超えていっそ辛辣な時もあるからな。自分を戒めるのに役に立つ」
「……それって褒めてる?」
「褒めてるつもりだ」
俺はハンティを呼び出し、誰を使徒にするかという試験の結果。その判断を伝える。
「それにお前は唯一、使徒を推薦しなかったからな。平等に見れるだろう」
「……ま、そうだね。それなら言わせてもらうけど……別にいいんじゃない?」
そうして求めたハンティの意見は、特に問題ないというもの。俺はそれを受け取り、頷きの言葉を返す。
「そうか。てっきり反対するかと思ったが」
「なんでさ。別に反対する必要はないよ。使徒を増やすことの問題点は、その使徒が信用出来るかどうか。それと魔人と使徒の力がほんのちょっと落ちることでしょ。なら問題ない。3人とも信頼出来るし、力に関してもあんたなら使徒が1人や2人増えたところでなんともないでしょ」
「……ああ。その通りだ」
そして結果、やはり異論は出ない。そもそも候補に挙げられる3人は異論の出るような信頼の低い者達ではなく、誰が使徒になっても問題はないものだ。ハンティの言うように、信頼的な意味でも互いの実力的な意味でも特に問題はない。有能で信頼のおける相手であるなら引き上げてしまえばいい。だからこそ、俺は自分の判断を正しく感じる。
だがそれでもハンティに聞いたのは、ハンティに近しい人物のことでもあるからだ。俺はそれを改めて尋ねる。
「だが良いんだな?」
「……ま、思うところがない訳ではないけどね。ただ……なんとなく、やりたいことは分かる。だから反対しないことにした」
「理由を聞いたか?」
「さあね。聞いても聞いてなくてもあたしの判断は変わらないよ。これでもあいつのことは信用してるからね」
「……そうか」
ハンティの表情を見て特に問題はないと判断する。どうやら本当に納得しているらしい。それを見て、安心して次の話題に移れた。
「さて……なら通達と血の契約はこの後行うが……それより先に伝えておく。例の計画──
「ああ、その話? それなら問題ないってさ。もう候補地の絞り込みと地質調査をリーが行ってるって話だよ」
「そうか。ならリーにも伝えておいてくれ。時間は長く……そうだな。数百年はかけても構わない。その代わり完璧な物にしろ──とな」
「ん。了解」
「それと3人も呼んでくれ。これから結果を伝え、血の契約を行うとな」
ハンティに計画の話を改めて命じると、俺は使徒候補の3人を呼び出すことにした。魔人である己の忠実なる下僕──使徒を増やすために。
支援配置:勘違い継続中
次回は結果発表&使徒お披露目です。
良ければ感想よろしくねー。