レオンハルトは娼館を出ると、すぐに代わりを見つけるべく別の娼館に足を向けた。
通りに出て目当ての高級娼館に向かって歩き始める中、レオンハルトは内心で先程のことを思い出す。
……まさかアプリが来るとはな……。
エロ好きなのは当然知っていたが、娼館にまでやって来るとはさすがに思わなかった。ガイへの性技指導の場に現れるとはさすがに気まずいにも程がある。
今後は娼館を出禁にするようお触れを出しておこうと心に誓う。アプリの方もそうだが、頻繁に出入りさせてしまえば娼館の方が持たない。ただでさえアプリと一度寝た相手はアプリのことを忘れられなくなったり、他の相手では勃たなくなるという被害を出しているというのに、娼婦まで落とされたんじゃ溜まったものじゃないからな。
だが幸いにもアプリはまだ聞き分けが良い方だから大丈夫だろう。代わりの物をねだられる可能性はあるがそれは何とかすればいいと、そう思いとある娼館に入ろうとしたところで──レオンハルトは気づいた。ある店先で食事をしている魔物ではない……人間の姿に。
「ほほう……なるほど。これは大した味だ……街で人気だというのも頷けるね」
「…………あいつは」
その店は出店であった。麺魔軒というラーメン屋の娼館通り店。レオンハルトの身内が始めたその店の軒先で、ラーメンに舌鼓を打っているその魔女には見覚えがあった。白くて長い髪に魔女帽を被ったその少女に、レオンハルトは近づき声をかける。
「……こんなところで何をやっている」
「──おお、奇遇ですな閣下。いやなに、ちょっと用事があって街を訪れたのですが以前来た時にはなかったお店が話題だったので食べてみたのですがこれが絶品で。閣下はお食べになりましたか?」
「……当然だ。何しろこの店の最初の客は俺だからな」
正確には俺とガルティアだが……そこまで伝える必要はないと未来視の魔女”C”を軽く睨む。
「そんなことより何をしに来た。まさかとは思うが、死にに来たのか?」
「いえ、そういう訳では。ちょうど人手が入り用かと思いまして」
「人手だと?」
「ええ。なんとなくそんな気がしたので訪ねに来ました。……人手、必要ではないですか?」
と、Cは見透かしたように意味深に笑みを浮かべてきた。
幻惑魔法でもかけているのだろう。周囲には違和感を持たれていない。強いて言うならこちらがいることに見かけた魔物兵達がぎこちなくなっているくらいだ。
そんな中で告げてきたその言葉に、もはや説明する必要は皆無だろう。俺は率直に言葉を返す。
「……お前が名乗り出ると?」
「ええ。ご不満ですか?」
「……いや、構わない。それならば手間も省ける。それに──」
「それに?」
「お前相手なら気を使う必要もない」
「ふふふ。中々に酷いことを言いますね。うら若き乙女に対して」
「何がうら若き乙女だ。横槍の件、忘れたとは言わせないぞ」
「その節は申し訳ありませんでした。ですが私も私なりに未来を憂いてやったこと。後悔はありません。その件で私をどうにかしたいのであればお好きにどうぞ」
「…………」
ここで殺されようと受け入れる──涼しい顔でCはそう告げてきた。
それに対しレオンハルトは思う。ここでこいつを殺したところで、何の益もないと。
むしろ不利益にすらなりかねないものだ。だからこそ不満はあるものの、ここで短絡的に殺すようなことはしない。元よりそれほど恨んでいる訳ではないのだ。殺るつもりもなかった。ゆえに、それを受け入れる。
「……よく言う。俺がお前を殺さないことなど分かっているだろう」
「ふふ、さすがにバレますか」
「当然だ。が、それはいい。お前がガイの相手になるというなら付いてこい。構わないな?」
「ええ。問題ありません。文字通り、一肌脱いで差し上げましょう」
相変わらずの飄々とした様子のCの返答を受け、レオンハルトは来た道を戻っていく。後はさっさと指導を終えるだけだと小さく息をついて。
街に出てきた白兎は、真っ直ぐにガイのところへ向かった。
「こっちですね。会ってますか? 藤吉郎」
「キキー」
「なら大丈夫そうですね」
肩に乗せたさるぼぼ。はぐれ使徒である藤吉郎にも確認を取りながら向かっていく。匂いなのか野生の勘なのか、人探しやモノ探しが得意な藤吉郎に加え、魔人の気配を白兎が探っていく。
レオンハルトがガイに会いに行ったのは分かっているのだ。ならばレオンハルトの気配を、よく知ったその気配を辿っていけばその場所に辿り着くことは容易であった。
ましてや遠方ではなく街の中であれば尚更。更に言うなら、もう1人も気配に敏感であり。
『……間違いありません。この建物の中に魔人が2人います』
「なら早速入りましょう! ふふ、楽しみですね」
『ええ。……しかしここは……』
白兎が腰に差す聖刀・日光。魔人を殺すことの出来る刀もまた、魔人の気配には敏感で魔人探しには向いていた。
その日光もまた辿り着いたある建物の中に魔人が2人──レオンハルトとガイだろう。その2人がいることを示し、白兎は意気揚々と建物に足を踏み入れる。
その中で日光は建物の雰囲気とその名前が怪しいものであることが気になったが……まあ、単なる会談場所に使っただけだろうと自身の懸念をはっきりと口にはしなかった。
「……? この匂いは……それにこの声……」
だが、日光が何かを言うより先に白兎は自分自身で気づいた。その鋭敏過ぎる感覚が、建物の中で行われている何かを感じ取る。──防音に防臭もしっかりとしているその高級娼館も、白兎の異常とも言える感覚までは誤魔化せなかった。
だが意味はあった。何しろその部屋が見えるところに来るまでは白兎も、久し振りに友人に会えるウキウキ感も相まって気づくことは出来なかったからだ。
そして気づいたとしても──
「……どういうつもりか知りませんが……この程度で私が足を止めると思ったら大間違いです!」
「キキー!」
「その通りです! 中で何が行われていようと問題はありません! 私は大人ですので! さあ行きますよ! 藤吉郎さん! 日光さん!」
『…………』
──白兎は躊躇しなかった。妙に人が多いのもあって正確に何が起こっているかは分からないが、仮に何であったとしても問題はないとして、扉を開けた。
「久し振りですねガイ! 私が会いに来──」
そして白兎は……言葉を失わせた。
「挿れるぞ……ぐっ……」
「んっ……ん……な、なるほど……結構キツいですね……」
「愛撫が全然なってないな。技術も気持ちもまるでなっていない。ただ漫然と動かしてるだけ。0点だぞガイ」
「そんなに厳しく言ったらダメだよパパ! ガイだって頑張ってるんだからさ! ちゃんと頑張ればきっと上手くなるよ! ほら、次は動かしてー! せーの……はい、いっちにー! いっちにー! ふれー! ふれー! お・ち・ん・ぽ! 頑張れ頑張れちんこ!」
「ぐっ……気が散る……!」
「…………」
──白兎がそこで視た光景は……友人が、真面目な父や元気いっぱいの妹に指示と応援を受けながら見知った魔女に向かって腰を振るという光景だった。
その意味不明な情事を行っている姿に、さしもの白兎も固まる。だがゆっくりと言葉は出た。考えもせず、純粋な気持ちが口から出る。
「何をしてるんですか……?」
「……えっ」
「おや」
「あ……」
そうして声を掛ければ、よほど集中していたのだろう。部屋の中にいた全員が白兎の方を見た。
ガイが一瞬で気まずそうになり、未来視の魔女は知人を見つけたかのように自然に、レオンハルトもまた短い声を上げて真顔になる。
そんな中、白兎の妹であるアプリだけは笑顔のままだった。何故か両手に持っているポンポンで応援しながら姉に対し言葉を返す。
「あ、白兎お姉ちゃん! 奇遇だねー! 今ちょうど良いところだよ! せっかくだし白兎姉も応援する? はい、ボンボンもう1個あるよ!」
「な……な……な……」
白兎は目が見えないが、その代わりに他の五感が発達していて常人よりも空間認識能力が高い。
ゆえに見えずとも視えていた。ガイの身体の凹凸。そこで何をしているか。どんな状態になっているか。それらを正確に認識し、理解したところで──白兎は叫んだ。
「何をやってるんですかーーーーーーーー!?」
「ち、違う! これは……!」
「何が違うんですか!! 最低です!!」
「れ、レオンハルト……事情を……!」
「そうだ! 最低だぞガイ! 俺たちにこんなことを強制しやがって!」
「レオンハルト貴様あーーーー!?」
「お、見られて興奮してる? エッチだねーガイ!」
「そういう興奮じゃない!」
「何でもいいですからさっさと離れやがってくださいっ!!」
──こうして白兎はガイと再会を果たした。
──それから数十分程が経過して、ようやくガイは白兎と落ち着いて2人での会話の場を設けることが出来た。
「……久し振りだな」
「ええ、お久しぶりです。……それだけに、ああいう形で再会したくはなかったですが……」
「……それについてはすまなかったな……」
先程から再三に渡ってガイは謝罪を続ける。内心では、なぜ自分が……という思いでいっぱいだが、謝るしかない。元を正せば魔王のせいだが、それを口にするのもなんとなく憚られた。
それだけに白兎はガイを訝しんでおり、
「……まあ、いいでしょう。なぜあんな状況だったかは敢えて聞かないことにします」
「聞かないのか?」
「あの程度で動揺していては魔物界ではやっていけません。慣れてますからね。何か事情があるということで受け入れます」
その割には動揺していたようだが……とガイは思ったが、それを口にすればまた怒らせることになるのは目に見えているので何も言わなかった。
だがそうして気の抜けるような一件が流されると、今度はまた別の意味で気まずい思いが襲ってくる。
何しろガイは以前、白兎達を放って逃げたのだ。
そしてそれは決別の意味を持っていた。魔王を倒し、人類を救うため──あえて1人になることを選んだ。
そのためには交友関係は邪魔だとして。巻き込むことを非として自ら離れることを望んだ。
それだけにこうして再会するのは罰も悪く、負い目もあった。
……ましてや魔人となって再会するなど……恥以外の何者でもない。
だからこそガイは言葉が出ない。何と言えばいいのか。謝ればいいのか。それとも開き直ればいいのか。それすらも判断がつかない。
今のガイは寄る辺を、目的も何もかもを失った身。自分がどうしたいのかも分からなかった。
あるいは白兎によって断罪されるのであればそれでも構わない。
今のガイは生きる目的もない。死ぬ理由もないから生きているだけの惰性の存在だ。もう1人の方は魔人としての生を普通に受け入れているが、こちらのガイはそうではない。
だからこそどうなっても構わない。だからこそ、白兎が何を言うかを待ち続ける。
そして何であれ受け入れるつもりでいた。
「……とりあえず、ご飯でも食べに行きましょうか」
「……え?」
だからこそ、白兎のその普通すぎる言葉には戸惑ってしまった。
「……食事を……?」
「そうです。良い時間ですしね。まずは食事にしましょう。案内しますからついて来てください」
「あ、ああ……」
てっきりあの時のことを口に出されると思っていたガイは、前を行く白兎のその言葉にただ頷いて言われた通りについて行くことしか出来なかった。
──数分後。ガイは白兎にとある店へと案内された。
「……麺魔軒……?」
「ふふふ……ここは最近出来た人気店なんですよ? 既に支店を7つも展開しています。ここはその支店の1つですね」
「……よく分からないが……食事処か」
「ラーメン屋です」
「ラーメン……? 女の子モンスターか……?」
「そういえばいましたね。同じ名前のが……ですが違います」
と、そう言われてもガイには分からなかった。
そして白兎はガイのその反応を見て理解する──今の時代、野良で生きる人間には美食の文化が存在しないことを。
野良の人間は食べられるだけで幸運なのだ。味の善し悪しなど二の次。レストランのような上等なものはほぼ存在しない。大規模な隠れ里に酒場として一軒あれば良い方だ。そこで出される食事も簡単なものばかり。それだけに、ガイは料理のことを知らなかった。
「……ふむ。であれば新鮮かもしれませんね」
「美味しいのか?」
「ええ。特にここのお店はラーメンに限って言えば家のらーめんすら凌駕する美味しさなんですよ?」
ふふんと何故かそう言って自慢気になる白兎の様子を見て、ガイも少しだが気になる。その家の物とやらがどれほどの腕前なのかは知らないが、この街に住んでいるであろう白兎がそう言うならきっと美味しいのだろう。
実際、匂いだけでも香ばしく、お腹が空いてくるのが分かる。魔人になって食事を取る必要がなくなったため、一度も食事をしていなかったが食べるというなら別に構わないと、白兎と連れ立って店に入る。
「らっしゃーせー! ご注文をどーぞー!」
「……店員もらーめんか」
「こっちは女の子モンスターのらーめんですね。他にはてんてんとか中華てんてんとかが多いですが、ここはらーめんが店員をやってるようです。注文はとりあえず普通のラーメンで」
「……なら同じく」
「はいはーい! ラーメン二丁ありやっさーす!」
「ぶひー! ラーメン二丁ありがとうございますぶー!」
店に入り席につくと赤いチャイナ服を着たらーめんという女の子モンスターが笑顔で注文を聞きに来る。そうして厨房に引っ込むまでもなく注文を伝えていた。
「……ぶたバンバラもいるのか……」
「このお店の店員は基本ぶたバンバラとてんてん系列の女の子モンスターとらーめんだけですよ。本店の店長……オーナーがぶたバンバラとらーめんにすごい慕われてるんです。ほら肖像画もありますよ」
言われてガイは店の壁に貼り付けられた肖像画を見る。そこには跳ねた金髪の頭をタオルでまとめ、腕を組んでるイケメン……体型や顔もかなりふっくらしていてぶたバンバラに似た男が描かれていた。
「確かにぶたバンバラみたいだな……」
「……ここだけの話ですが……私の弟になりますね」
「え……ほ、本当か……?」
「ええ。シュヴァインって言うんです。食いしん坊ですが料理上手な良い子なんですよ。本来女の子モンスターのらーめんしか作れない筈のラーメンを作れるようにしちゃって。それでラーメン屋を始めて大成功しました」
「そうなのか……」
白兎からもたらされる衝撃の情報に何とも言えない気分になる。白兎の弟ということは先程のアプリと同じでレオンハルトの子供ということになるが……確かに顔立ちだけは妙に整っていると思ったが、太ってるのが残念すぎる。白兎やアプリは可愛いのにな……と素直な感想を抱いた。
「へい! ラーメン二丁お待ちー! 麺が伸びないうちに召し上がるネー!」
そしてそんなことを考えているうちに先程のらーめんがラーメンを持ってやってきた。出来上がるスピードもかなり早い。少し心配になるが、白兎がうっきうきで箸を割って食べようとしていたので信用してガイもまたラーメンに手をつけた。
瞬間、芳醇な豚骨の香りと濃厚な味わいが麺と完璧に調和して口の中に広がった。ガイは目を見開く。そして思わず声に出した。
「う…………美味い……!」
「ふふ、そうでしょう」
「なんだこの味は……美味すぎる……こんなもの、今まで食べたことがない……」
「食べ物が美味しいのがこの街の自慢ですからね。それと、本店は──というか、弟が直接作ると美味さが倍増します」
「これの……倍だと……!?」
それはあまりにも衝撃的だった。牧場で生まれ育ち、野良の人間としてまともなものを食べて来なかったガイの舌に、この味は強烈過ぎた。食べる手が止まらない。
しかも白兎が言うには本店は更に倍美味いという。想像がつかないが……白兎が言うならそうなのだろう。食べてる最中だというのに腹が空いてきた。
「……ならなぜ支店に来たのだ……?」
「本店はとにかく人気で並びますからね。最低でも2時間は並びますよ?」
「それほどか……いや、だがこれの倍なら確かに納得だが……」
確かにそれならばしょうがないかとガイは納得する。……だがそれでも行ってみたくなるのだから不思議だ。
「く……もう食べ終わってしまった……」
「ふ……ガイさん。理解ってませんね。食べ足りないというならこういう手があるんですよ──替え玉下さい」
「替え玉一丁ありやーっす!」
「何……!?」
さっさとスープを含めて食べ終えてしまったガイに、白兎はガイの知らないテクニックを見せつける。その呪文を口にすると厨房内で麺が再び茹でられ、それが皿に乗って白兎の前に出された。
白兎はそれをスープにつけて再び食べ始める。──スープまで飲み干してしまったガイには出来ないことだった。
「そんな手が……!?」
「ふっ……憶えておくことですね。ふー……ふー……ずるる……」
「くっ……なんということだ……」
自らの無知。そして軽挙で迂闊すぎる行動に酷く後悔する。よくよく周りを見てみれば周りの客も皆同じことをしていた。目の前に出されたラーメンの魔力に夢中になって気づかなかったが、気づけたことだったのだ。
「ふっ……」
「ふっ……」
「ふっ……」
「ぐ……!」
そして後悔するこちらを見て軽く笑う魔物兵達。明らかにこちらをバカにしていた。
一瞬禁呪の詠唱を行うかとそんな衝動が湧き上がったが、なんとかそれを自重する。そもそも使えないが、使えたところでこんなところで使ってしまえば店が吹き飛んでしまう。それは出来ない。
ゆえにガイは諦める他なかった。白兎が食べ終わるのを待ってからガイは店を出る。
「さて……次は腹ごなしといきましょう」
「私はまだ食べ足りないが……次は何をするつもりだ?」
「腹ごなしですからね。次は……スポーツです」
──そうして白兎に連れられ、次にやってきたのは……球場と呼ばれる場所だった。
「ここは……?」
「野球場です。文字通り、野球をやるところですね」
「野球……?」
「……まあ、そうですよね。では説明しましょう。野球とは──」
当然、ガイは何が何だか分からないので白兎の説明を受ける。
そうしてグラウンドに連れ出され、グローブとボールを付けさせられた。
「……何となくだが、理解した。このボールを投げて……打ったり捕ったりするスポーツか」
「ええ。という訳でまずはキャッチボールをしましょうか」
そうしてキャッチボールを白兎と始めようとする──が、そこでグラウンドにいた別の者が話しかけてきた。
「おや、白兎様」
「どうも、カブレラさん。グラウンドの隅をちょっとお借りしてますよ」
カブレラという魔物隊長が白兎に近寄って話しかける。基本装備であると思われる剣は持っていない……バットを手に持った姿で。
「ええ。大丈夫ですよ。ローズ将軍──監督にも話は通してあるみたいですし」
「はい、勿論です」
「なら俺から何か言うことはありません。なんなら一緒に練習でも……と言いたいところですが、もしかしてそちらの方は噂の……?」
魔物隊長カブレラが恐る恐るとガイの方を見て尋ねてくる。ガイの方は若干気まずいが、白兎は特に気にすることなく頷いた。
「ええ、魔人のガイさんです」
「それはそれは……えっと、監督とキャプテンも呼んできましょうか?」
「お気遣いは不要ですよ。それと、ローズ将軍はともかくリリーフも来てるんですか?」
「ええ、キャプテンならちょうど走り込みに行ったところです」
「そうですか。なら大丈夫です。少し遊んでいくだけですので」
「分かりました。何かあったら呼んでください。──それではガイ様。失礼します」
「……ああ……」
そうして魔物隊長は被っていたキャップを取って頭を下げた上で去っていった。遠く、ベンチの方には魔物将軍の姿も見える。そっちが監督だろうか。グラウンドに散らばる魔物兵達の練習を見ていた。魔物兵もこちらをちらちらと気にしてはいるが。
「この時間の練習はレオンハルト軍に所属する第12軍、ローズ将軍率いるきゃんきゃんズの練習時間ですね」
「チームが複数あるのか……」
「はい。少し前に魔物達の娯楽として推奨されまして。その時に各軍から参加者を募ってチームを幾つか作ったところブームになりました。今では各軍の威信をかけたリーグ戦が毎年行われています。ちなみに昨年の優勝チームがこのきゃんきゃんズで準優勝がやもりんズ。3位がフローズンズでしたね。最下位は今年もハニーズでした」
「…………そうなのか。案外暇なのか?」
「戦争がないので多少は時間を持て余してるのは否定出来ないですね」
キャッチボールを始めながら白兎の説明を聞き、ガイは何とも言えない気分になる。人間があれだけ必死なのに……魔物は随分と楽しそうだった。
よく見れば応援団と思わしき女の子モンスター、きゃんきゃんもちらほら見えるなとそんなことを思いながらボールを捕っては返すを繰り返していると白兎がまたも言う。
「ちなみにこのチームのキャプテンは私の妹です」
「またか。……どんな子なんだ?」
「野球好きです。エースで4番で昨年のリーグMVPなんですよ」
またしても自慢気に白兎は言う。どうやら家族思いらしい。妹のことを誇らしく話す白兎は普通の子供にしか視えなかった。
しかし先程も言っていたが、どうやら今は走り込みに行っていていないらしかった。そのことを白兎は残念そうに告げる。
「いたら紹介していたんですけどね。残念です」
「……また今度で構わない。それより……君の兄弟は一体何人いるんだ?」
「私を含めれば9人ですね。1番下の子はまだ小さいのに勉強熱心で自分のことを余なんて言っちゃって可愛いんですよ?」
「……大家族なんだな」
ガイは端的にそう感想を告げた。白兎が自慢気なので水は差せない。本当のところで言えば、レオンハルトに対し随分とお盛んだなとかそもそも魔人は子供を作れたのかとか色々と際どい部分のことを聞いてみたかったが、先程あんなことがあったのもあってやはり聞くことは出来ない。
だが代わりに出た言葉は……ガイがずっと引っかかっていたことだった。
「それでですね。この間は──」
「…………君は……なぜ私に構うんだ?」
捕ったボールを投げることなく、白兎に問いかける。
すると白兎もまた表情を落とした。笑みを沈め、ガイに言葉を返す。
「……なぜ構う、ですか……」
「ああ。私はあの時、君たちを置いていった。その意味を理解していない君ではないだろう」
「…………まあ、それはそうですね」
「ならばなぜ私に……これほど自然に接することが出来る。思うところはないのか?」
そう。ガイはてっきり、そのことを指摘されて怒られるなり無視されたりするのではないかと思っていた。
いや、そうあってほしいとも思っていた。今更合わせる顔がない。そして、顔を合わせても以前ほど余裕はないと。
今の自分は人間ではない魔人なのだ。善ではない悪の化身であり、善なるものと交わるべきではない。
だからこそ会う気もなかったし、改めて絶縁を宣告するなり無視してくれた方が良かった。こうして一緒に過ごすような価値は自分にはない。
だから拒絶してほしいとそう思った。そういう意味を込めて言葉を送ったつもりだった。
だが白兎は、そんな自分を見て自然に返す。負の感情も何もない、自然な様子で。
「……んー、思うところがないと言えば、確かに嘘になりますね。確かに、あの時はすっごいムカついて悔しかったですし、次に会ったら一発ぶん殴ろうと思ってましたが……」
「ならそうすればいい。私はそうされても仕方がない男なんだ」
「はい。そうかもしれませんね。──でもやっぱりやめました」
「……何……? 何故だ、それは……」
ガイはそのあっけらかんとした白兎の言葉に戸惑い、疑問を生じさせる。
しかし白兎は含むところなく素直に答えた。グローブを付けていない方の手を上げて親指を上げ、
「友達が落ち込んでる時は寄り添ってあげるべきですからねっ!」
「…………友、達」
「そうです! 友達の少なそうなガイさんには分からなそうなので友達の多い私が教えてあげますが、友達が悩んだり落ち込んでる時にはこうして気晴らしに誘ってあげるのが友達のあるべき姿というものですよ!」
「……………………」
「まあ悩んでるならその話を聞くとか力になるとか色々ありますけど……それは話したくなった時でもいいですし? そのためにもまずはちょっとでも気持ちを楽にしてあげようかと。…………あの、何か言ってくれませんか? 黙られると滑ったみたいで恥ずかしいんですが……」
「…………ああ、すまない、な……」
その言葉を受け、理解し、思ったところで……ガイはただ俯くことしか出来なかった。
あまりにも眩しすぎるその言葉に、どう返せばいいか分からなかった。ただ謝ることしか出来ない。それ以外に返す術をガイは知らなかった。そう、知らなかった。
「…………私は魔人だぞ」
「え? えっと……それがどうかしたんですか?」
「え…………ああ、そうか……」
自分で言っておきながら気づく。魔人だから、という言い訳はこの子に何の意味もないことを。
魔人と人間のハーフ。そんな特殊な、自分が善とする物と悪とする物の血を併せ持つ白兎には、ガイが魔人であることなど関係のないことだった。
「……はっ! まさか魔人だからって偉ぶるつもりですか……? そうはいきませんよ! 確かに公の場であればそれも仕方ありませんが普段から偉ぶって上に立とうとするのは許しません!」
「……そうか……そうだな。確かに、関係ないか……」
「ええ! 関係ありません! ガイさんが魔人になろうと友達の間に上下関係はありませんからねっ! あくまで対等です! なので毎回ご飯を奢れとかそういうのは聞きませんよ!」
「ふっ……そうか……」
白兎の言葉を聞いて、ガイは自分の心が少しだけ楽になるのを感じた。どこか気負っていた、絶望していた心が、僅かだが晴れやかになったような、気の紛れを感じられる。
魔人となり、人間を救うことはできなくなったことも、目的も何もなくなったことも何も解決はしていない。
だがそれでも、少しだけ気が休まるのを感じられた。今この瞬間だけは、その悩みから解放される。それを思い、ガイは白兎に感謝を告げた。
「ああ……確かに、気は紛れたな。感謝する、白兎」
「む……そうですか。だったら良いんです。私は友達思いですからね。お礼はいりませんよ。友達として当然のことですからね!」
「そうか……ならもう少し、付き合ってもらえるのか?」
「勿論です。まだ予定を全然消化出来てませんからね! 夜まで時間はありますからたっぷりと遊んでもらいますよ!」
「ああ、分かった。ならそうし──よう!」
「!」
ガイは力を込めてボールを投げ返す。すると先程よりも強く速い球が白兎のグローブに収まった。
白兎は不敵に笑みを浮かべる。
「……さすがは魔人ですね。球が重いです。しかし……野球はパワーだけでどうにかなるほど甘くないですよ!」
「ああ、教えてくれ。どうすればいいんだ?」
「ふふ、ノッてきましたね。でしたら次はバッティングです! 妹直伝の変化球で為す術なく打ち取ってあげますよ!」
「変化球……? よく分からないが、付き合おう」
「ではこっちです。付いてきてください」
幼い頃に会った時と変わらない。少女のまま駆けていく白兎を見て、ガイはその時のことを思い出す。
そしてその時の気持ちを思い出させてくれた白兎に、内心でもう一度感謝を告げた。──この時間を設けてくれた彼女の父親にも、少しの感謝を覚えて。
──その夜。
レオンハルトシティの外れ。営業時間を終えたその屋台に、2人の魔人の姿があった。
「ずる、ずる……はぐ、んぐ……ぷはぁ! やっぱ最高だな、ここのラーメンは」
「ああ。相変わらず良い味だな」
「おう。これなら何杯でも食べられるぜ──おう、もう100杯追加だ」
「──本当に何百杯も頼む奴があるかァーーーー!!」
その屋台……麺魔軒の本店としてかつては使われていたその店の厨房に1人で立ち、座席に座る2人の魔人の内の1人──魔人ガルティアの頼む大量の注文を前に叫びながら格闘を続けているのはシュヴァインという名のイケメンの一際大きいぶたバンバラだった。
豚王と書かれたパツパツの黒い服に身を包んだシュヴァインは、必死に麺を茹でまくりスープの継ぎ足しと仕込みを続け、盛り付けを行ってガルティアに提供を続ける。表情は必死だった、思わずガルティアの隣に座るもう1人の魔人──自分の父親に助けを求めるほどに。
「おい親父ィ!! 頼むからこの人帰らせてくれ!!」
「すまないな。後100杯だけ作ってやってくれ──ああ、こっちは替え玉追加だ」
「チクショーーーー! 営業時間より大変ってどういうことだよ!」
シュヴァインは全力でラーメンを作り続ける。魔物界一のラーメン職人の名に懸けて。嬉しい悲鳴を上げながら。
そしてレオンハルトとガルティアの間に座る少女もまた、アシストを行った。
「ガルティアおじさーん! 新メニューも美味しいよ!」
「新メニュー? そんなもんがあんのか?」
「あるよー。メニュー隠してあるけどね。頼めば出てくるんだ!」
「そうだったのか……知らなかったぜ。ありがとよ、アプリ。ならそっちの新メニューも100杯追加だ」
「何バラしてんだアプリてめーーーー!?」
「あ、わたしも煮卵ラーメンもう一杯! 油多めニンニク野菜カラメトッピング全マシ麺硬めで!」
「そんなオプションねぇよ! 面倒くせぇ注文やめろ! おい、親父! 止めさせてくれ!」
「ん……そうだな。アプリ、少しは手加減してやれ」
「えー、やだやだパパおねがーい。今日一緒にお風呂に入るからー」
「作れ、シュヴァイン。父親命令だ」
「わーい。パパ大好きー♡」
「俺の味方がどこにもいねえーーーー!!?」
チクショー! と悲鳴を上げながらラーメンを作り続けるシュヴァイン。彼にとっての不幸は、類まれなラーメン作りの才能によってその無茶な注文をギリギリ1人でこなせるだけの技量と体力を持ち合わせていたことだった。
そうして賑やかなラーメン屋台の中で、ガルティアとレオンハルトは会話を行う。
「そういや今日はあいつ来てるんだろ?」
「ああ。もう帰ったがな。さっきまで白兎と一緒に遊んでた」
「へぇー、ダチだって聞いてたがマジだったのか」
「そうらしいな。俺としては少し複雑だが……おいアプリ。口元ついてるぞ」
「んー。取ってー」
「仕方ないな……」
ガルティアは相変わらず食べながら、レオンハルトは一旦箸を置き、アプリの頬を拭いてやりながら今日街に来ていたガイについての話題をやり取りする。
多くの魔人にとってそうだが、ガルティアもまた気にならない訳ではなかった。そのことを思い出し、何気なく問いかける。
「そういやお前、引き分けたんだって?」
「ああ」
「へぇ。ならよっぽど強いんだな」
「そうでもない。少なくとも、今のガイは俺と引き分けることは難しいだろうな」
「なんだそりゃあ。魔人になって弱くなったのか?」
「そういうことになるか」
「そりゃ珍しいな」
何百杯目か分からないラーメンの汁を飲み干し、次の一杯に取り掛かりながらガルティアは多くの魔人、魔物が知りたがる真実を知る。
だがそれを知ったところでレオンハルトがどうのガイがどうのとは思わない。フラットに感じたことを口にする。レオンハルトの質問に対して。
「信じるか?」
「そりゃあな。結果が引き分けってだけなら俺だってお前と引き分けたことあるぜ」
「そんなこともあったな。……また懐かしいことを」
「おお。自分で言って思ったが確かに懐かしいな。いつのことだったか思い出せねぇくらいだ」
「ふん……まあ、確かに引き分け程度でごちゃごちゃ言う奴が多いのは面倒ではあるな」
「教えてやりゃいいだろ」
「説明する義理もないからな。魔人なら自分で見極めてほしいところだ」
「戦ってみないと分からないんじゃねぇか?」
「どう見極めるかは自由だ。だが見極めすら済んでないのに侮るような奴もいるからな」
「なるほどな」
レオンハルトにしては珍しい愚痴にガルティアはラーメンを食いながら適当に返す。互いに気を使う必要がないからこその遠慮のないやり取りだった。
「なんならお前が俺の代わりに黙らせてきてくれてもいいぞ」
「残念だがそいつは無理だ。俺は食べるので忙しいからな」
「俺は作るので忙しいけどなーーーーーー!!」
「何を言ってる。俺のが100倍忙しいんだよ」
「俺の方が忙しいけどなーーーーーー!! 親父ーーーー!!」
「ぶーちゃんうるさい」
「豚って言うなやこら!!」
「だから使徒増やしたのか?」
「それもある。だがどいつも優秀な奴だったからな。使徒にするのに十分な奴らだったから契約しただけだ」
「お町さんおっぱい大きいしガウガウちゃん意外とお尻大きいしミシェーラちゃんも太腿エッチだよね!」
「こら、食事中にエロ話するな」
「えへへ、ごめんなさーい。あ、ガルティアおじさんの餃子1つもーらいっ!」
「ん……おお。最後の1つだったか」
「んぐんぐ……ん、まだ食べたりないねー!」
「良い食べっぷりだな、お前も食べ盛りか。よし、もう1つ奢ってやる。餃子101人前追加だ」
「わーい! ガルティアおじさんも大好きー!」
「むしろ金払うから帰ってくれーーーー!!」
「──よっすー。シュヴァイン兄さ……あ、父さんにアプリ姉さん、ガルティアさんもいたんだ」
「あ、リリーフ!」
「おお。お前も来たのか」
「何だ。練習帰りか?」
「うん。だからこっちで食べて帰ろうかと思って──ってことでチャーシュー麺1つね」
「むしろ増えた!!? 何だってんだチクショーーーーーーーー!!」
──屋台がまた賑やかになっていく。
それからしばらく食事の時間が続き、一行は城へと帰っていった。
今回はこんなところで。次回からはまた時間を飛ばしつつ日常です。後もうちょっと日常書いてそれが終わったらGL期最後のイベントやって終わりかなって。そんな訳で次回もよろしくねって。豚くんと野球少女の詳しい設定や話もまた今度。
良ければ感想よろしくー。