※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

356 / 411
勝ち組

 この時代の人間……その生態は酷いの一言に尽きる。

 なぜならその多くは苦しみに喘いでいるからだ。

 多くの人間は人間牧場にて効率よく管理され、自分達の境遇にすら疑問を持たない時代。野良で生きる人間もまた魔物に怯える日々を過ごしている。

 それは魔物討伐隊という魔物を倒して生きる人間の強者ですら例外ではない。彼らの殆どは生きるために魔物を倒しているだけ。それをせずに済むならそれに越したことはないのだ。

 だが魔物という存在はどうしても避けられない。だから人間は苦しんでいる。人間の身で楽に生きることはとてつもなく難しいことだった。

 だが……それならば人を止めることで掴み取ることは出来る。

 その狭き門を通り抜け、その地位を掴みとって勝ち組となった者がいた。そう、その者こそ──

 

「ゲッヘッヘッ……!」

 

 ──スケアクロウである。

 大規模な魔物討伐隊、影の楔の最高幹部出身のスケアクロウは現在、魔人レオンハルトの城である紅魔城にいた。

 それも人間ではなく、使徒の身で。

 

「ゲーヘッヘッヘッ……! 全く、笑いが止まらねぇなぁ……! くくく……まさか使徒になれるなんてよぉ……!」

 

 スケアクロウは自分に割り当てられた部屋から出ると止まらない笑みを押さえるように顔に手をやる。

 この人間時代には考えられない環境。割り当てられた部屋だけでも上等で、生活水準は人間を大きく超えている。スケアクロウが目標としていた影の楔の頭目ですらここまで恵まれた生活はしていないだろう。

 それだけでも笑いが止まらないというのに、使徒になったことで人間時代よりも力に溢れてることを思えば更に笑いは止まらない。

 

「ほんとまさかだぜぇ……」

 

 スケアクロウは自分が使徒になった経緯を思い出す。

 

 ──それは鋼の騎士団の隊長、知り合いでもあったロランの依頼を受けて隠れ里に戻った時のことだった。

 

『や、やべぇ……やばすぎる……!』

 

 スケアクロウは鋼の騎士団の本拠地である隠れ里に潜入し、そこに攻め込む大規模な魔軍の軍勢を見た。

 燃え盛る山。それを踏み越えようとする魔物兵。抵抗し、倒れる人間。

 そんな中に潜入し、ロランに接触を果たそうと恐る恐る木の上からそれを見た。ロランが、魔物大将軍に呆気なく殺される様を。

 

『ひ、ひぃ……!』

 

 その圧倒的な暴力。強さ。身を竦ませる圧力に、スケアクロウは即座に逃走を選んだ。戦っても絶対に勝てない。自分より強かったロランが手も足も出ない相手なのだ。勝てる筈もない。

 それに戦う義理もないのだ。この世界で生き残るには何よりも判断力が重要だと心に刻むスケアクロウにプライドなんてものは存在しない。必要とあらば命乞いをし、媚びへつらうこともまた生き残るためには重要なのだ。

 ゆえにかつての仲間が殺されたからと意気込んで魔物大将軍に挑むような愚は犯さない。即座に逃走を選び、包囲を脱出する。生き残るにはそれ以外の選択肢は存在しなかった。

 幸いにもレンジャーとして隠れることに長けているスケアクロウにとって包囲から逃げることは無理ということはない。少なくとも戦うよりはマシな選択肢だった。この山火事で魔軍も混乱している。今ならまだ逃げられると──

 

『へぶっ!?』

 

『お? 何だ?』

 

 ──そう思っていたところだった。目の前に、翼を持った男が現れたのは。

 目の前を突然横切ったその男に激突し、地面へと倒れるスケアクロウの頭上に、その顔を隠した男が降り立った。距離が詰まると、不思議と熱くなる。山火事で温度の高いこの地域一帯の中でも、その男の目の前が1番熱かった。

 そしてその熱さと力を感じさせる男は、スケアクロウを見下ろして呟いた。

 

『人間か……まだ生き残りがいたんだな』

 

『げ、ゲヘ……(に、人間……? ってこたぁ……まさか……ま、魔人!!?)』

 

 癖であるゲス笑いを引き攣らせながら、スケアクロウは呼吸が止まりそうなほど驚き、心臓を縮こませた。魔物大将軍ですら手に負えないというのに、目の前にいるのは魔人。

 影の楔の最高幹部であるスケアクロウには当然その知識がある。人間を隔絶した能力を持つ魔王の忠実なる配下。あらゆる攻撃を防ぐという無敵結界を持つまさに無敵の魔人のことはよく知っている。

 ゆえに逃げられない。補足されたと分かった時には、スケアクロウは必死に口を動かした。少しでも隙を作るために。

 

『で? お前は何なんだ? さっきのなんとかっつー人間の里の生き残りか?』

 

『す…………』

 

『す?』

 

『す……すげぇカッコいい……!』

 

『!』

 

 ──スケアクロウは全力で驚いた表情を作った。演技である。それも迫真の。

 

『マジで驚いたぜぇ……今まで生きてきてこんなにカッコいい憧れる存在は見たことがねぇ……!』

 

 絶体絶命の状況にあり、スケアクロウが選択したのは媚びへつらうことだった。

 それでどうにかして見逃してもらう。もしくは、そうして時間を引き伸ばし新たな策を練るか、相手の行動によっては隙を作って逃げる。

 それを行うためにスケアクロウは必死になって口を動かした。

 だが、

 

『……………………』

 

(ぐっ……や、やべぇか? 嘘だってバレたか?)

 

 その男はスケアクロウのことをじっと見ていた。明らかに怪しまれているのを感じてスケアクロウが若干怯む。

 だがそれでも口を止める訳にはいかないとぺらぺらと口を動かし続けた。やれオーラがすごいだのカリスマ性を感じるだの思いつく限りの褒め言葉を口にしたし、その中でも女にモテそうと言ったところでちょっとだけ反応があったのでそこについてもよく褒めた。妹がいたら妹にもモテそうとかいう訳の分からない褒め言葉を言うくらいには。

 だがそれだけ必死だった。スケアクロウはいつの間にか正座になってひたすら初対面の魔人を称える。そして、しばらく経ったところで──

 

『ほ……本当にそう思うか……?』

 

『!』

 

 来た、と思った。スケアクロウはその確認の言葉をチャンスだと確信する。信じているような雰囲気を感じたからだ。咄嗟にうなずく。

 

『ええ、勿論でさぁ……! こんなに男気溢れる魔人の方は見たことがないですぜぇ……旦那ぁ……!』

 

『おお……そうか……おお! そうだよな!』

 

 そしてその顔を隠した魔人が喜んだのが分かった。突然肩を組んできて、大笑いするくらいには。

 

『クハハハハ! 分かってるじゃねぇかお前! そうだ! 俺は出来る男なんだ!』

 

『え、ええ! 勿論です旦那! あんたは出来る男ですぜ! (熱い熱い熱い! 触れた部分が火傷する!)』

 

『だよな! だってのに家の弟や妹は俺のことバカにするしよぉ……! どいつもこいつも……!』

 

『ええ!? そりゃあひでぇ! 旦那みたいに男気溢れた男をバカにするなんて! (弟や妹……? 魔人なのに兄弟がいるってのか……?)』

 

 なんかよく分からない話にも同意し、テンションが上がるに連れて熱くなっていく魔人の温度にも我慢しながら必死に話を合わせることを続ける。

 そうしてまた5分程話し込んだところで──その魔人は不意に気を静めて言った。

 

『……………………よし、いいだろう。お前、名前はなんて言うんだ?』

 

『す、スケアクロウと言いますぜ旦那……!』

 

『そうか。俺様はカイゼルだ。一応秘密なんだが俺様は魔人でな。秘密にしてるから、俺様が魔人だってことを知った人間は基本殺さなきゃならねぇんだが……』

 

『げ、げへっ!? (やべぇ!? 逃げ……って、肩掴まれてるから逃げらんねぇじゃねぇかよぉ~~!! しまった~~~!!)』

 

 物騒な言葉が聞こえ、スケアクロウが内心焦る中、カイゼルと名乗った魔人は言った。そこで初めて動揺を感じ取ったようで。

 

『おお、だが心配すんな。俺様はお前を使徒にすることに決めたからよ』

 

『げ……げへ?』

 

 だがそこで──スケアクロウの未来に光明が差し込む。

 それは素晴らしい、あまりにも素晴らしい救いの糸だった。おそるおそるスケアクロウは確認を取る。

 

『ま……マジですかい?』

 

『あ? なんだ、嫌か?』

 

『いいいいいえいえいえいえ!! なりたいですぅ! はい! はい! 僕ちゃんなりたい! カイゼル様の使徒になりたいです!』

 

『クハハハ! そうだろう! そうすりゃ別に殺す必要もねぇからな! 姉貴や兄貴も似たようなことしてるしルイゼルの奴も連れ込んだんだ。1人くらい問題ねぇよなぁ!』

 

『も、勿論です! というか使徒になりたいです! ならせてくだせぇカイゼル様!』

 

 まさかの提案にスケアクロウは全力で飛びついた。仮に何らかの条件を提示されても今のスケアクロウならなんだってするだろう。そんな勢いで頼み込む。

 そしてそんなスケアクロウの様子に気分を良くしたカイゼルが腕を組んでうんうんと頷く。

 

『俺様を尊敬するとは中々見込みがあるぜ。……よし、それじゃ使徒にしてやる。覚悟はいいな?』

 

『覚悟ならいつでも出来てやすぜぇ!』

 

『クハハハハハ!! なら契約だ!!』

 

 ──そうして血の契約というものを行い……スケアクロウは魔人カイゼルの使徒になった。

 それからはカイゼルの放つ熱気にも耐性がつき、カイゼルに抱えられて住んでいるという城に向かい……そこでカイゼルに関する衝撃のことを教えられ、城に住み始めた。

 

(まさかカイゼル様があの魔人レオンハルトのガキだと聞いた時は驚いたけどよぉ……あの前に会った白兎ってのもガキだって言うし、なんてことはねぇな。それにどうでもいい。重要なのは僕ちゃん自身のことだからよぉ……!)

 

 スケアクロウは自らが使徒になったことで過去最高の気分であった。その他のことがどうでもよくなるくらいには。所属していた影の楔のこともどうでもいい。今の自分は何しろ使徒。魔人の配下であり、魔族の中でもかなり上の存在だ。

 おまけにあの魔人レオンハルトの城で住むことになり、望みだった楽でウハウハな生活が手に入った。今まで食べたことのない美味すぎる食事の数々に安心して寝ることの出来る環境も手に入った。

 とすると後は女だが、それも苦慮することはないだろう。

 

(ゲッヘッヘッ……この城には随分と上玉が多いからなぁ……!)

 

 スケアクロウは廊下の陰に潜み、働くメイド達の姿を見る。

 

「でねー? この間はママがお酒飲んだまま床で寝ちゃって……」

 

「あらあら、それは大変ね」

 

 その美貌は誰もが凄まじい。隠れ里の最高級娼婦ですらお目にかかれないような美女、美少女がそれぞれアレンジしたメイド服を身に着けてせっせと楽しそうに働いている。しかも巨乳、爆乳率多めだし、それ以外も皆美少女しかいない。

 

「最高だぜ……ゲッヘッヘッ。さて……どうしてやろうか……」

 

 まずは紳士に口説くか。使徒の立場をちらつかせればそれなりに靡く奴もいるだろう。この城で働くメイドの殆どは人間らしいからな。力が絶対と言われる魔物界でただの人間や魔物が使徒の己に逆らう筈もないし、そうでなくとも有利な立場でいればやりやすいのだ。

 ゆえにスケアクロウは女を物色する。手始めに、ちょうど見かけた色気たっぷりの爆乳お姉さんでも口説こうかと。そんなことを思っていると──

 

「おお、スケアクロウ。何してんだ?」

 

「ゲヘ!? か、カイゼル様!?」

 

 背後から自分の主であるカイゼルに声を掛けられ、スケアクロウは飛び跳ねる。使徒になった全能感とスケベな思考に囚われて人間の頃は常だった周囲の警戒を怠ってしまっていた。

 

「いやぁ……これはカイゼル様。本日はお日柄もよく……」

 

「おお。まあそれは良いんだがよ。何してたんだ?」

 

「い、いえ。別に何ということはないですぜ」

 

 気安く話しかけてきたカイゼルは機嫌が良さそうだったが、それでも女を物色していたと言う訳にはいかないため、愛想笑いを浮かべて誤魔化す。

 だがカイゼルはスケアクロウが見ていた廊下の角から先を見て、そこにいる複数のメイドを確認すると……低く小さな声で口にした。

 

「……あー……女か」

 

「っ!? い、いや……そんなことは」

 

「いや、隠さなくていいんだがよ。男なら誰でも……それこそ俺様も通った道だからな……」

 

「か、カイゼル様もですかい?」

 

 何やら遠くを見るような目を浮かべて言うカイゼルにスケアクロウは尋ねる。魔人であるカイゼルなら女の1人や2人こますのは簡単そうに思えるが、どうやらそうではないようだった。カイゼルはため息をついて言う。

 

「ここのメイド……どいつもこいつも可愛くてエロいけどよ……全員親父の女だからな……手を出したくても出せねぇんだ」

 

「レオンハルト様のですかい? そんな……ここのメイドって300人くらいいるって聞きましたぜ?」

 

「それが全員親父の女なんだよ。しかも……女の方がべた惚れときてる。取り付く島もないくらいにな」

 

「そんなアホな……」

 

 まさか、とスケアクロウは思う。幾らなんでもその数はありえないだろうと。1人くらいは隙がある筈だとスケアクロウは何気なく廊下の陰からメイドを見て言う。

 

「……あの垂れ目と泣き黒子が印象的な色気たっぷりのゆるふわ金髪爆乳お姉さんも?」

 

「ありゃメグミさんだな。副メイド長はそりゃあ当然もうべた惚れだぜ。包容力がすごくて誰にでも優しいお姉さんだが夜はやっぱすごいらしい。新しく入ってくる奴のエロの指導係をしてるとか……」

 

「……その隣の13歳くらいの可愛い褐色の女の子も?」

 

「あれはリーシャちゃんだな。アイシャっつー副メイド長の娘で親子でメイドをしてる。あいつもかなりエッチであんな小さい身体なのに何でも咥え込めるんだとよ。……言っとくがどれだけ幼く見えても俺達より歳上だからな。身体の成長が止まってるだけで」

 

「お、親子丼っすか……」

 

「ああ。しかもママとサイゼルのおばさ……お姉さんと姉妹丼までしてやがる。とんでもねぇ変態野郎だぜ、親父はよ」

 

「……なら、その隣のクールな爆乳美人さんは?」

 

「あれはユミさんだ。ミシュランって知ってるか? 家でもコックをしてる料理人の一族なんだが、その一族の中でも珍しく料理が下手らしい。そんで色々と挫折していたところを親父がなんやかんやして惚れさせて……あんな澄まし顔でクールな印象だが親父の前では笑顔を見せていたずらっぽくなるらしいぜ。当然、夜もエロい」

 

「そりゃ……羨ましいっすね……」

 

「全くだ。親父の野郎……」

 

 通りがかるメイドの誰もが男心をくすぐる存在ばかりで、スケアクロウは唸った。カイゼルも同様に。

 そして廊下の陰から頭を出すのを2人してやめると、カイゼルはガシッとスケアクロウの肩を掴み、鬼気迫る表情を浮かべた。

 

「分かるか!? この俺の苦しみ……! 生まれた時からこの環境に置かれた俺様のどうしようもなさが……! まだガキの頃は良かったが成長するに連れて周りの女がどいつもこいつも可愛くてエロいと気づいた時の俺様の悶々とした気持ち! その行き場の無さが分かるか!?」

 

「それは……お気の毒で……」

 

「おおよ! 街の噂じゃこの城は男の楽園だとか言われてるらしいがそんなこたぁねぇ! 楽園なのは親父にとってなだけで他の男からしたら辛いだけなんだよ! 1500年以上かけて親父が集めた色んなタイプの良い女がいるってのに手を出すことは出来ねぇんだからよ! 分かるか!? 周りに良い女しかいない環境なのに全員親父の女で誰にも手を出すことが叶わない俺の苦しみ! おかげで……おかげで俺様は……」

 

「あー……もしかしてカイゼル様って……童貞ですかい……?」

 

「──童貞で何が悪い!!!」

 

 そこでカイゼルは大声を上げた。全身から炎を立ち昇らせ、スケアクロウに向かって吠える。

 

「ああ、そうだ! 俺様は童貞だぜ! でもな……ヤりたくてもヤれる相手がいねぇんだから仕方ねぇだろうが! 城から殆ど出れねぇってのに城にいる女はほぼ全員親父の女! そんな環境でどうやって彼女を作れってんだ!?」

 

「そ、そうっすよね! そりゃあカイゼル様は悪くないですぜ!」

 

「だよなぁ!? だってのにアプリの奴は俺様を童貞童貞って煽ってくるしよ! 最近はあの豚野郎にまで先を越されちまった! アルベルトの兄貴はカラーからモテモテだしよ……! これでもし1番下の弟のライブラの奴にまで先を越されちまったら俺様はどうなっちまうんだ……!? あいつは半分悪魔だからきっと悪魔からモテるぜ……今はまだ思春期で女と関わるのを恥ずかしがってるがそのうち絶対ヤるだろ!?」

 

「いやぁ……それはどうでしょう……(知らねぇーーーー……!! 誰なんだよそいつら!」

 

「いや絶対ヤるだろ! それもきっとエッロい悪魔だ……俺には分かる……そしたら俺はなんだ!? まだ童貞か!? 童貞の王か!? 帝王か!? 童帝王か!?」

 

「お、落ち着いてくだせぇ……! そんな称号ないっすよ!」

 

 スケアクロウは必死にカイゼルを宥める。熱に耐性が出来たので熱くないのは幸いだが、このテンションの主に付き合うのはキツい。メイドの目もキツい。なので必死に抑える。

 そしてなんとかカイゼルを落ち着かせることに成功した。

 

「はぁ……はぁ……だがよ……俺様は気づいたんだ……」

 

「な、何がですかい……?」

 

 カイゼルが息を整えて一旦落ち着く。正直もう距離を取りたいが、仕方なくスケアクロウは話を聞いた。

 

「……城に来る女は漏れなく親父の物だ。だが俺様は殆ど外には出れねぇ」

 

「そうみたいですねぇ……」

 

「だが気づいたんだよ……俺様と1番仲の良い好きな相手は、どう転んでも親父の女にはならないし、兄貴や弟の物にもならねぇってことが……」

 

「へ? そりゃあ誰ですかい?」

 

 そんな都合の良い奴がいるならそいつを狙えばいいだろうとスケアクロウは思ったが……カイゼルの次の言葉を聞いてすぐに問題がありすぎることを知った。

 

「…………妹だ」

 

「…………え?」

 

「妹のルイゼルだ! 俺様の最愛の妹……! 最も近しく最も可愛い存在……! それが俺様の運命の相手だと俺は気づいたんだ!」

 

 カイゼルは熱弁する。そして、スケアクロウは引いた。──いや、近親相姦はダメだろ……と。そういう常識はスケアクロウにも存在した。

 

「さすがの親父も娘には手を出さねぇ! しかもあいつも俺様と一緒で中々外出許可は出ない身だからよ! 俺様は元々あいつのことが大好きだしあいつも俺様のことが大好きの相思相愛だ! だから俺様はあいつと付き合うしかねぇ!」

 

「な、なるほど! さすがはカイゼル様!」

 

「だろ!? これが完璧な結論ってやつだ! クハハハハ!」

 

 ──とんでもないこじらせ童貞だった。しかも1番の変態だった。スケアクロウはそれを察して、しかし表には出さずに太鼓を持ち続ける。

 そしてしばらくそうしたところで、笑い続けるカイゼルに対してスケアクロウの方から切り出した。

 

「それでですね……今日は城の中を見て回ってくるので僕ちゃんはこれで……」

 

「お、そうだったのか。よし、だったら俺様も付き合ってやる。使徒がしっかりと馴染めるように俺様が案内してやらねぇとな」

 

「は、はい……お願いします……(いや、ついてこないでいいんだけどよぉ……せっかく使徒になったんだからデカい顔したいのにこれじゃ何も出来ねぇじゃねぇの……)」

 

 そうして理由をつけて距離を取ろうとしたが、結局カイゼルを連れてスケアクロウは城の見回りに行くことにした。

 だがその直後、背後から声が掛けられた。

 

「──良ければ私めが案内致しましょうか?」

 

「!!? (な、何っ!?)」

 

 自分の背後に突然現れたその人物に、スケアクロウは驚愕する。そうして咄嗟に振り向けば、そこにいたのはメイドだった。それも、この城のメイドの中でトップに位置する相手。

 

「あ? ……何だ、メイド長さんか」

 

「はい。それで、どうでしょうか?」

 

「いやいらねぇよ。俺様の使徒の案内は俺様がする。他のメイドにも余計なことしねぇように言っとけ」

 

「──左様ですか。それでは言伝を行っておきますね」

 

「ああ。そうしろ」

 

 メイド長さん。この城のメイド長を務めるというその突然変異の女の子モンスターに対し、スケアクロウは若干の恐怖を覚える。なぜなら。

 

(こ、この女、どうやって気づかれずに現れたんだ!? ありえねぇだろ!?)

 

 スケアクロウは自らの気配探知に引っかからずに背後まで忍び寄ってきたそのメイド長さんに驚愕する。使徒になって更に力が増し、感覚もより鋭敏になった筈だというのに。メイド長さんはその感覚をあっさりと抜けて気づかれないままに声を掛けてきた。

 そのことを恐ろしく思う。

 

「チッ……また余計な気を利かせようとしやがって」

 

「か、カイゼル様……今のは……」

 

「ん? おお。メイド長さんだ。お前も知ってんだろ? この城のメイド長だ。メイドさんっつー女の子モンスターの突然変異体だな」

 

「そ、そうっすか……(い、今のがただのモンスターかよ……)」

 

 だがカイゼルに驚いた様子はない。自然なこととして受け止めていることにスケアクロウはツッコミたかった──「使徒や魔人に気づかれずに背後に忍び寄れる存在って怖すぎだろ!」と。

 長年野良で生きてきたのもあってスケアクロウの強者に対する嗅覚は鋭い。それだけに、あれをただのメイドと見ることは出来なかった。

 

「この城って当然ですけど魔物も働いてるんすねぇ……」

 

「そりゃあな。魔物もそれなりにいるぜ」

 

 もっとも全員女の子モンスターだけどよ、と語るカイゼルの言葉に頷きながらカイゼルについて中庭に出る。

 

(中庭にいる巨大なドラゴンはいねぇようだな……ちょっと安心したぜ……さすがに使徒になった僕ちゃんでもあれに話しかけるのは勇気がいるからよぉ……)

 

 そして周囲を見渡し、中庭の主とも言える巨大なドラゴンがいないことにホッとする。

 

「──料理とはああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「!!!?」

 

 ──だがその安心も一瞬にしてなくなった。

 中庭に現れた体長2メートル超の怪物。それが中庭に生えているストーンガーディアンに素手でラッシュをかけて砕いていたからだ。

 

「狩猟!! 採取!! 破壊!! 調理!! そして食らうッ!! 美しくも残酷な食物連鎖の理の上で行われることおおおおおおおッッッ!!!」

 

「ひぃ!? ま、魔物ぉ!!?」

 

「料理長か……あれは一応人間だな」

 

「ストーンガーディアンッ!! 貴様の涙はああああああああ!! 隠し味のスパイスに最適ッ!! ゆえに狩るッッッ!!! ゴオホオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

「く、口から白色破壊光線出してるーーーーっ!!? あれは何ていう魔物ですかカイゼル様ぁ!!?」

 

「料理長だ。辛うじて人間だな」

 

「あんなの人類じゃねぇよぉ!!」

 

 スケアクロウは咄嗟にナイフを構えながら怯え叫んだ。カイゼルは人間だと言うが、あれが人間なら野良の人間ももっと逞しく生きていることだろう。

 

「む……包丁の音か?」

 

「ひぃっ!? 来た……!」

 

 そしてストーンガーディアンを始末し終え、涙を採取した料理長という魔物がスケアクロウのナイフを抜いた音に反応して振り返った。スケアクロウが怯える中、料理長はギュピッ、ギュピッと足音を響かせて近づいてくる。そしてカイゼルに気づくと笑顔を浮かべた。

 

「これはカイゼル様!! それと……そちらは使徒の方ですな!!」

 

「おお、まあな。スケアクロウってんだ」

 

「そ、そうだ! 僕ちゃんは使徒なんだぜぇ!」

 

「スケアクロウ様ですな!! よく研がれた良い包丁をお持ちのようで!!」

 

 ナイフだ、とは言えなかった。今のスケアクロウの頭にあるのは、如何にこの魔物を刺激せずに立ち去るかという一点のみ。

 そしてその願いは大人しくしていることで成就された。

 

「フハハハハハ!!! それでは私はこれで!! カイゼル様!! それにスケアクロウ様!! 何かご所望でしたらいつでもお声掛けを!! 全身全霊をかけてお作りさせて頂きますので!!!」

 

「おう、なら後で部屋に適当に作って持って来い。2人分だ。今日はこいつと部屋で食うからな」

 

「承りましたッ!!! それではまた!! フハハハハハハ!!!」

 

 そうして高笑いをして料理長は去っていった。……そこでようやくスケアクロウはカイゼルの後ろから出ていく。

 

「あー……びっくりした……さすがの僕ちゃんもチビるかと思ったぜ……」

 

「お前も料理長にそんなにびっくりしたのか?」

 

「そりゃあそうでしょうよ……」

 

 スケアクロウは正直に気持ちを吐露する。あれにびっくりしないような人間は存在しないと断言出来た。

 だがカイゼルは違うようで平然としていた。スケアクロウの言葉を聞いて頭に疑問符を浮かべる。

 

「そんなもんなのか……? 料理人ってのは皆あんなもんだろ?」

 

「違うよぉ!? あんな筋骨隆々の化け物ばかりな訳ないよぉ!?」

 

「え? 料理人ってムキムキの奴とエロい女がなるものなんじゃねぇのか?」

 

「どこの料理人の話それぇ!?」

 

「お、おお……お前がそんなに言うってことはそうなのか……そういや料理長とメイドの女以外の料理人見たことねぇな……豚野郎は豚野郎だから除くとしても……」

 

「筋肉とエロってどっちも料理関係ないぜぇ……?」

 

 スケアクロウのあまりの剣幕にたじろぎ、カイゼルも納得する。カイゼルにとっての料理人は先程の料理長ガストロノミー・ミシュランとその娘であるベアトリス・ミシュランの2人くらいであるため、スケアクロウと認識の齟齬があった。その齟齬を少しだが矯正する。

 

「……まあ今の料理長もさっきのメイド長さんと同じで下級使徒だな。料理長の方は人間だが」

 

「逆の方がまだ納得が行くんすがねぇ……」

 

「なんでそんなに恐れてるのか分からねぇが……あ、だが下級使徒でも1人恐ろしいのがいるからよ。そいつには気をつけろよ」

 

「え? まだこれ以上があんの?」

 

 カイゼルの言葉にスケアクロウは露骨に嫌な顔を浮かべた。メイド長さん、料理長と来てその更に上となると想像するのも恐ろしい。もはや使徒など関係なかった。魔人のカイゼルすら怯えるというその下級使徒のことを聞く。

 

「ああ……そしてそいつが今の親父の下級使徒のトップだな。そいつも一応人間だぜ」

 

「人間なんすね……」

 

「ああ。しかも人間牧場出身でよ……あまりにも優秀すぎて親父が下級使徒に抜擢したらしいんだが……最近になって親父が更にそいつを下級使徒筆頭っていう立場につけてよ。親父の秘書になりやがったんだ」

 

「さ、さっきのメイド長とか料理長を差し置いて……!?」

 

 カイゼルの迫真の言葉にスケアクロウも顔を歪める。あの底知れないメイド長にどう見ても化け物な料理長。それの更に上を行く人物となると、それ以上の怪物ということになる。少なくともスケアクロウはそう思った。

 

「……で、どんな奴なんですかい……?」

 

「……聞いて驚くなよ。そいつは……人の心を読むんだ」

 

「人の心を……!?」

 

「ああ。奴の前ではどんな恥ずかしい秘密もバレバレだ。隠し事は通用しねぇ。俺様がベッドの下にエロ本を隠してることや、ルイゼルのパンツでごにょごにょしたことや、豚野郎の取っておいたデザートを盗み食いしたことや、リリーフの部屋に漫画を借りに行く時にベッドでうつ伏せに寝てたリリーフのパンツを覗き見しようといつも注意を巡らせてることとか、そういうことも全部バレてやがるんだ……」

 

「……カイゼル様、最低っすねぇ」

 

「う、うるせぇ! お前もそんなこと言ってられねぇぞ……! あいつの前ではどんな奴も丸裸だ……秘密を握られたら最後、いつ誰にぶちまけられるか分からねぇんだからな……」

 

「う……確かにそれは……」

 

 色々と隠し事が、そもそも使徒になった経緯からして嘘をつきまくったスケアクロウはそのヤバさに呻いた。カイゼルも顔を寄せ、小声で更につぶやく。

 

「マズいだろ? 誰にも人に知られたくねぇ秘密はあるもんだ……なのにあいつぁ酷ぇことしやがる」

 

「な、何か対策とかないんすか?」

 

「まず会わねぇことだな。近づかなきゃ心は読めねぇ。距離が関係してるらしいな」

 

「な、なるほど」

 

「そんで名前はイヴってんだ。見た目は可愛いが侮るなよ。この城で奴ほどやべー奴はいねぇ。俺様が最近計画してる“お忍びで娼館に行って童貞を卒業してみよう作戦”も奴にバレちまえば全部おしまいだ……」

 

「娼館とかあるんですねぇ……」

 

「街の方にな。連れてってやるからバラすなよ」

 

「……ゲヘヘ、それは勿論。分かっていますともカイゼル様」

 

「おう。それで、対策はだな──」

 

 中庭の茂み。本館のすぐ下にあたるその場所で、カイゼルとスケアクロウはイヴという下級使徒への対策と今度行うスケベ心満載の作戦について話す。

 

 ──そして、その数メートル上の窓から下を見て微妙な表情を浮かべる少女がいた。

 

「……………………」

 

「……? どうしたイヴ?」

 

「…………いえ、その……ちょっと悪巧みを盗み聞きしてしまいまして……」

 

 その執務室にいたのは魔人レオンハルト。そしてその秘書として働いている少女──イヴだった。

 新たに下級使徒筆頭という役職に就けられ、レオンハルトシティの人間牧場の責任者や様々な役割を与えられて事務方のトップとして出世を果たしたイヴはペールから支給された制服に身を包み、新たに舞い降りてきた問題に頭を抱えていた。

 

(はぁ……こっちは使徒に勧誘されて事実上の囲い込みまでされて板挟みにあってどうしようか悩んで苦労しているというのに……関係ないところでまたバカな問題が……)

 

 カイゼルがバカなことをするのはいつものことだが、大抵は読むまでもなくバレバレなものだ。なのにカイゼルはイヴが心を読んできたとして妙に恐れてくるので、イヴとしては何とも言えない思いである。おまけにカイゼルの使徒になったスケアクロウという人物もまたバカな感じでカイゼルのバカな企みに協力しそうなので頭が痛い。

 

(……とりあえずレオンハルト様に言って叱ってもらうか止めてもらいますか……いや、でも止めたところでカイゼル様は何度でも計画しそうなんですよね……いっそ娼館から女を連れてきて童貞を卒業させる進言を……事が済んだ後に殺せば……いや、あるいは目隠しでもしてもらえればどうにかなりますかね……)

 

 イヴは問題の解決方法を思考しながら、口ではレオンハルトにそのことを報告する。

 そして報告をし終え、検討しておくと返答をもらったところで再び書類に取り掛かった。

 

(こっちは今期の人間牧場の報告書……こっちはツリー都市開発計画の開発案をまとめた書類ですね。こちらは後回しでいいでしょう。それと来週の魔法試験のテスト問題……は、ガウガウさんの分が届いてないですね。私に半分は作らせといて全く先生は……)

 

 思った時にはイヴは発言した。

 

「レオンハルト様。後でガウガウ様を殴りに行く許可を下さい」

 

「許可する」

 

「ありがとうございます」

 

 許可を取り、再び書類に目を通す。

 だがそこでレオンハルトから声が掛かった。

 

「やはりイヴがいると捗るな」

 

「恐縮です。ですがリー様に比べれば私などまだまだかと」

 

「リーも優秀だがな。最近は西に視察に行っていて書類仕事に取りかかれない」

 

「リー様もお忙しいですからね」

 

「ああ。それに他の使徒はあまり書類仕事が苦手だったり嫌がったりする者ばかりだ」

 

「えっと……何と言えばいいやら……」

 

「気を使わせたか」

 

「立場的に少し……」

 

「そうか。それはすまないな。……ならやっぱり使徒になるのはどうだ?」

 

「それはあの……申し出を受けたい気持ちは山々なのですが……その、もう少しお時間を……」

 

 最近お決まりの勧誘を受け、イヴは申し訳無さそうに苦笑いで返す。するとレオンハルトも微笑を浮かべて頷いた。

 

「ああ。そうだったな。なら覚悟が決まったらいつでも言ってくれ。いつでも歓迎する」

 

「あはは……ありがとうございます」

 

 下級使徒である自分が、魔人の方の使徒への勧誘を保留にするという中々に珍しいことになっているのを自覚しながら、イヴは書類に向き合う。

 使徒になるのが別に嫌という訳ではないし、むしろ出世は望むところである。主であるレオンハルトのことも嫌いではないしむしろ好ましく思ってる。仕事も別に大したことではないし、何も文句はないのだが──

 

(はぁ……どうしよう……使徒になるのはむしろ望むところなんですけど……白兎さんをまず説得しないと……)

 

 そう。親友である白兎の問題を、イヴは抱えていた。

 だがそれが絶妙に難しい。言ったらまた妙に拗れそうな気がするので二の足を踏んでいた。心が読めるがゆえの悩みでもある。

 

(それに新しい魔人のガイという方を信用しているのもどうにかしないと……人間時代には気づきませんでしたが、あの人の心には強い悪が巣食ってる。信用するのは危険ですが、かといってレオンハルト様に告げ口するのも白兎さんにそれを言うのも……どうにか穏便に引き離せれば良いんですが)

 

 先日再会した白兎の友人であるガイ。魔人となったその男と会った時のことも思い出しながら、イヴは内心で思考を続ける。──ともかくガイを近づけるのはよくない。もしあの悪い感情を持つガイが白兎やこの城に近づいてきたら面倒なことになるかもしれないと……そんなことを考えていた。




サブタイはどちらかというとイヴの方。思ったより長くなった。今回はこんなところで。次回も日常です。ちょっとエロいの入るかもしれない……いや、いつものことだったわ(GL期を見返しながら)。悪ガイくんも次回かその次には出るかも。
スケアクロウくんのモデルは……まあどうでもいいか

良ければ感想よろしくねー。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。