──大陸東部、レオンハルトシティ近郊。
「ぐふふ……見えてきたな」
その男、魔人ガイは再びレオンハルトシティを訪れていた。
先日から性技の指導としてその街を度々訪れるようになったガイにとってはもう慣れた道のりであり、特に道に迷うようなことはない。
そしてガイが街に行くのももはや珍しいものではなくなりつつあるが……だが、そのガイは今までのガイではなかった。
「指導なんて面倒なだけだからな。あいつに任せてやっていたが……あんな楽しい街をこの俺が放っておく筈がない」
悪人顔で口端を歪めながらガイは呟く。
それは普段のガイの真面目で暗い印象のものとはまた違う。
それもその筈、今そのガイは内側に籠もっており、表にはもう1人のガイ──悪い人格と呼ばれるガイが出てきていた。
「くくく、さてどうするか。とりあえず美味い飯でも食った後に娼館か。……ジルの身体は気持ちいいが疲れるし、精神的にもげんなりくるからな……こっちの方が気楽で良さそうだ」
ガイは街へと足を踏み入れながら、この後の行動を考えてほくそ笑む。一瞬、ジルのことを考えて微妙そうな顔を浮かべたが、今はそのことは忘れられる。
街の入り口で配られていたパンフレットを手に、街を適当に散策し始めたガイは時折彼に気づく魔物兵にぎょっと驚かれながらもそれを無視し、適当に進んでいた。
「あるいは城に忍び込むか……あの城は噂だと男の楽園らしい。城にいる女は全員とんでもない美女だらけだとか……」
『……レオンハルトの女じゃろ。やったら殺されるぞ』
「ぐ……うるさいな。そんなことは分かってる。だが……チッ……レオンハルトか……そうだ。奴をどうにかしないと……」
『…………ま、何でもいいがな』
ガイの帯剣であるカオスが低い声で警告を行うも、すぐにどうでもよさそうに目を閉じる。
魔人としての生を受け入れてからのガイとカオスの関係性はかなりギクシャクしていた。こちらのガイであってもそれは変わらない。仕方がないことだと分かってはいるし他の魔人のように恨んだり殺意を抱くことこそないが、魔人として振る舞うガイにどうしても以前のように好感を持つことは難しかった。
そしてこちらのガイもカオスのことなどどうでもいい。自分のことだけが大事だった。
だからこそガイは自らの欲望を満たすために街を探索する。
「──ガイ……?」
「ん? お……?」
──だがそんな時、ふと背後からの戸惑うような名指しの声にガイは振り返る。
そしてそこにいたのは……見覚えのある顔立ち。
「あ、あー……み……ミストラル?」
「……あら。よく分かったわね。魔人の……ガイ様?」
──そこにいたのは使徒になったかつてのガイの飼い主……ミストラルだった。
カラーの隠れ里、ペンシルカウの防衛隊長として過ごした経歴を持つミストラル・カラーは、紆余曲折を経て新たな生活を始めた。
カラーには変化の時という寿命が存在し、その時が来るとそれまでの行いで天使か悪魔へと変化することになる。それは誰でも知っているカラーにとっての常識だ。
ゆえにミストラルもまた、自分は天使か悪魔かどちらになるのだろうと漠然と考えつつ引退後の生活を送っていたが……。
「──ミストラルちゃ~ん。そこの雑誌取ってぇ~」
「…………はい」
「ありがと~。ついでにマッサージもしてくれるぅ?」
「……仕方ないわね……」
「んっ、ん~……あぁ、効くわぁ……その調子でお願いねぇ」
──まさか自分が天使でも悪魔でもなく魔人の使徒になるとは夢にも思わなかった。
魔人レオンハルトの居城である紅魔城。その中の魔人ルイゼルの私室で、ミストラルは主の命令を聞き続けていた。
下着一枚でベッドにうつ伏せに寝転がり、街で発行されているというおしゃれな雑誌に目を通しながらぐうたらを続けるそのルイゼルは、とてつもなく仕えがいのある主だった。謹慎中で予定も何もないとはいえ、今日はまだ一度もベッドから起き上がっていない。服も着替えていない。ベッドでゴロゴロとして暇を潰している。
やはりかの魔人レオンハルトの子供ともなるとこういう生活をしても許されるのだなと少し羨ましくも思う。出来ることなら代わってやりたいぐらいだが、さすがにそれは出来ないので甘んじて使徒として働くしかなかった。
……ガイもこんな気持ちだったのかしらね……。
ダルいなぁ、と息を吐きながら思うのはかつて自分が飼っていたペットのこと。自分の身の回りの世話を任せ、愛玩動物的に飼っていた人間の少年。まさか今になってそのガイの気持ちが分かるとは。そう思ってると──
「──ちょっとルイゼル! あんた、いつまで寝てんのよ!」
「げっ……ママ」
部屋の扉が突然開け放たれる。
そうして僅かに怒りながら部屋に入ってきたのは、ルイゼルに似た髪色とその羽を持つ美女。ルイゼルの母親である魔人ラ・サイゼルだった。
その登場にルイゼルは顔だけで振り返り、露骨に面倒そうな表情を浮かべた。ミストラルはマッサージを中断して離れる。サイゼルの意を優先して。
「って……起きてるじゃない! 起きてるなら起きてるって言いなさいよね!」
「ぶー、別にいいじゃなぁい……今日は何の予定もないんだし、オフの時くらいぐうたらしたって……」
「何の予定もないって……何言ってるのよ! 今日はあたしがご飯を作る日でしょーが!」
「あー……そうだっけぇ?」
「そうよ! レオンハルトももう来てるし、ご飯ももう出来てるんだからさっさと起きてきなさい!」
「はぁ~い……」
母親であるサイゼルの声に従い、気怠そうにしながらもベッドから起き上がるルイゼル。
そうしてそのまま部屋の外へ向かおうとし──
「何そのまま行こうとしてんのよ! ちゃんと服を着なさいよね!」
「えぇ……パパとママとユキちゃんにミストラルちゃんしかいないんだから別にいいじゃない……」
「駄目! いいから服を着なさい!」
「はぁい」
やはりワガママ放題なルイゼルとはいえ母親には頭が上がらないらしい。服を着始めたルイゼルにため息をつきつつそれを待っていると、サイゼルはこちらにも顔を向けて。
「あんたもルイゼルの使徒ならちゃんと注意しなさいよね!」
「ええ。それは……申し訳ありません。サイゼル様」
注意され、ミストラルは謝る。……無茶を言ってくれるわね、と内心で嘆息しながら。
使徒は魔人に服従するもの。立場的に逆らうことは中々難しいだろうとそう思っていたが、サイゼルの方は不満らしい。だらだらと着替え始めるルイゼルに呆れている。
「まったく……なんでこうだらしないのかしら」
「サイゼル様の血が入ってるからじゃね? ケケケ」
「そうね。…………って、どういう意味よ!」
「どういう意味も何も。サイゼル様も結構だらしねーですよ? 朝もユキちゃんが起こしてますし、料理の時に使う食材なんかも、基本ユキちゃんが選んで──」
「わ、わーー!! 言うなバカ!」
「おっと。口が滑っちゃいました。今日のユキちゃんはどうやら口が軽い日のようです。残念でしたね。今ならサイゼル様の雑料理も沢山入っちゃいそう!」
「雑って言うな! まったくあんたはいつもいつも~……!」
──だがそのサイゼルを更に呆れさせ、そして諦めさせるのはその使徒であるユキだった。
その言動はキチガイを自称してるだけあって中々理解し難いものがある。ミストラルからすると主の親の使徒ということで若干上の立場であり関わることも多い相手だった。
「ふぅ……さーて準備完了~! 今日も元気よく魔物界一のアイドル、ルイゼルちゃんで行くわよぉ☆ ……って、どうしたのママ?」
「な、何でもないわよ! ほら、さっさと来なさい!」
「はぁあーい♪ それじゃ行くわよ、ミストラルちゃん」
「はぁ……」
ルイゼルがオフモードからオンモードになってポーズを決める姿にミストラルはため息をつく。面倒だがついて行くしか選択肢はない。
そう思ってその背に続いたが、そこでユキがミストラルにだけ聞こえる声量で言う。
「手のかかる上司でお互い大変ですね」
「そうね…………ん、えっ?」
なんか普通に話しかけられた。そのことに驚き、ユキを見るが、何かを言う前にその場は家庭のものとなった。
「……ようやく起きてきたか。おはよう、ルイゼル」
「おはよう、パパぁ」
部屋から出てルイゼルが挨拶をしたその先、普通の家の居間のようなその空間に、この城の主である魔人レオンハルトはいた。既に食卓に腰掛けている状態で。
何でも城の個室を一部改装して家族と共に過ごせるような居室を幾つか作ったらしい。それでたまにこうして一緒に過ごす日を作ってるんだとか。
……カラー時代に何度か見かけたことはあるが妙にマメというか気を使う人だと思う。多分こういうところがモテる秘訣なのだろうと思いながらその家族の団らんを眺めた。
「レオンハルトも注意してよ! 最近ずっとこの時間まで寝てるんだから!」
「ん……そうだな。もう少し早く起きた方がいいぞ」
「えぇ~ちゃんと起きてるわよぉ。ただごろごろしてるだけでぇ」
「ぐーたらしすぎだって言ってるのよ!」
「だって外に出れないしぃ? 謹慎中なんだから出ない方がいいじゃない。ね? そうでしょパパ」
「ぐ……ああ言えばこう言う……!」
「……まあ、程々にな。今度ピクニックにでも連れてってやるから我慢しろ。それとあまりサイゼルを困らせるな」
「はぁ~い」
……なんというか随分と気が抜けるというか、普通の家族みたいな会話してるわね……。
いや、実際に家族なのだから当然といえば当然なのだろうが、これが魔人の生活の一部だと思うとどうにも気は抜ける。
この街に初めて来た時も思ったが、やはり人間もカラーも魔物も魔人も対して変わらないなとそう思った。
「ミストラルちゃん。このサイゼル様特製の冷やしシチュー美味ぇですよ? この中に入ったごろごろのカナブンが絶品で……」
「そんなもの……入ってるわけないでしょうがーーーー!!」
「料理長の料理と比べたら相変わらず雑よねぇ。食べれなくはない味だけども」
「……サイゼルの料理はそこが良いんだがな……」
「……はぁ……」
……いやでもここまで気が抜けるのはここだけかもしれない。
更に賑やかになった食卓を眺めながらミストラルはそう思った。
──そうして食事を終えた後は家族で過ごすからとしばらく暇を出され、ミストラルはふらりと街に出てきた。主が謹慎中であるためどうかとも思ったが許可を求めたらあっさりと認められたため、何気なく街を散策して暇を潰す。
「久し振りね」
「……おう」
そしてそこで偶然再会したのが──魔人となったガイだった。
昔と比べて大人になり、力も漲った様子のガイと言葉を交わす。どうにもぶっきらぼうで愛想がないが。
「ガイ? 貴方、昔と比べて性格変わった?」
「……そりゃ変わってるからな」
「変わってる?」
「な、何でもない。それより……ぐふふ。せっかく再会したんだ。一緒に過ごそうじゃないか」
「……まあ、そうね。そうしましょうか」
やっぱりどこか昔と違った印象を受けてしまい、ミストラルは少し戸惑いつつもガイの提案に頷く。
何気なく歩き始めながら思うのは、やはり色々あったのだろうということ。
カラーの森を追い出されてから何があったのか。詳しいところは分からないが、強くなったことに間違いはない。
それこそ噂では……魔人レオンハルトと引き分けたというほどには。
「それで、どこへ行く予定だったんだ? 何も予定がないなら、どこかで休憩でも──」
「そうね。ちょうどチケットがあるから見に行きましょうか」
「……チケット? 何のだ」
「野球の試合のチケット。外に行くならってことで貰ったの」
──だが多少変わろうともガイはガイだ。
せっかくだしどう変わったかも含めて一緒に過ごして観察することにしようと、ミストラルはレオンハルトから貰ったその2枚のチケットを見てそう計画した。
──その一方、ガイはまどろっこしい展開に内心で唸っていた。
(ぐぬぬ……せっかく人気のないところにおびき寄せて襲ってやろうと思ったのに……野球の試合だと?)
そう。ガイは今日、エロいことをする気満々だった。
こちらのガイの記憶にもある昔の飼い主と偶然出会った時は少し戸惑ったし、もう1人のガイを抑え込むのに多少苦労したが、よくよく考えればミストラルもまた美人だ。最初にヤる相手が彼女でも別に構わない。話の流れから野球の試合を見ることになったのは少し面倒だが……。
(……まあいい。最初は良い印象を持たせて油断させるか。上手くいけば楽にヤれるかもしれないしな。ぐふふ……)
(……なんか妙に下心を感じる気がするけれど……まあ成長した男の人って考えると普通のことよね)
ガイはやらしい笑みを浮かべながらミストラルと共に試合が行われるという郊外の球場へと向かう。ミストラルにその下心が気づかれているとも知らずに。
そうしてしばらく歩いてやってきたのだが──。
「いや~遂に開幕戦だな」
「なあ、今年はどこが優勝すると思う?」
「そりゃきゃんきゃんズだろ。なんたって昨年のMVPのリリーフちゃんがいるからな!」
「あーきゃんきゃんズは優勝候補筆頭だよなー」
「俺としてはハニーズに頑張ってほしいなぁ」
「いや無理だろ……プレーの度に割れまくるし……」
「試合は面白いんだけどな。別の意味で」
「ライカンスロープズなんかも侮れないぜ。なんたって今年からは……」
球場には、試合の観戦に訪れた魔物兵の群れがこれでもかというほど押し寄せていた。
その大規模な魔軍の襲来かと見紛うような光景に、さすがのガイやミストラルも圧倒される。
「随分と魔物共が多いな……」
「ブームみたいよ。選手のグッズや軽食、お酒もあるみたいね」
「意外と充実してるな……」
「何か貰ってくる?」
「ふん、せっかくだ。飯と酒は貰ってやろう。グッズはいらんけどな」
2人とも野球はよく分からないが、とにかく盛り上がってるのは確かなようなので多少は興味が湧く。ガイの希望で軽食と酒を貰った後はチケットのもぎりの女の子モンスターにチケットを渡して席まで案内してもらった。
「意外と広々としてるじゃないか」
「VIP席って言ってたわね」
そしててっきり魔物兵の群れに混ざることになるのかと思ったが、2人が案内されたのはVIP席であり最低でも魔物将軍クラスが観戦する用の席であった。
そこにガイ達がやってきたことで僅かに魔物将軍達が視線を向けてきたが、声を掛けてきたりはしない。プライベートを邪魔しないように配慮でもしてるのだろうかとそんな気遣いを感じる。
そうして席についてしばらくすると、始球式とやらが行われる。どうやらそれが終わってから試合が始まるようだった。
「ん? ありゃ人間か?」
「あれは……使徒みたいね。魔法ビジョンに出てるわ。ミシェーラ・姫原……魔人レオンハルトの使徒だって」
「げっ……あいつの使徒か……(でも可愛いな……)」
あまり聞きたくない名前が耳に入ってきて露骨に嫌そうな表情を浮かべるガイ。
そんな中、グラウンドではミシェーラがボールを手渡されマウンドに立ったところだった。公の場に姿を現すレオンハルトの新たな使徒は、真剣な眼差しでバッターボックスに立つ魔物兵を見ている。
「…………(レオンハルト様から任された大事な仕事……まさかこのようなものとは思いませんでしたが、これにも意味がある筈。この始球式にミシェーラが立つ意味…………はっ! まさか始球式にかこつけて反乱分子を始末しろということでは? 表立って処分するには外聞が悪いですがここでなら事故に見せかけることが出来ます。あの魔物兵もどことなくこちらを睨みつけている気もしますし、そうに違いありません。なるほど……そういうことであれば……)」
ミシェーラが振り被る。そうして使徒になって増した全力のパワーで、バッター目掛けてボールを投球した。
「──死ねぇええええええぇぇええ!!!」
「え? ──うおおおおおおおおお!!?」
「うわあああああああああ!!?」
「あ」
そして気合一擲。全力で放ったボールは──ストライクゾーンどころかバッターボックスを離れて客席へすっぽ抜ける。
使徒のパワーで投げられたボールはフェンスを貫通し、客席に激突した。魔物兵の一部が大声を上げて吹っ飛ぶ。
騒然とする球場とマウンドで焦ったようで目を泳がせているミシェーラ。
だがふっとニヒルな笑みを浮かべると。
「ま、まあ……失敗は成功の元とおじいちゃんも言っていました……なので次は成功する筈ですし、それではもう一球……」
「──やめろってのバカ!!」
「へぷっ!?」
──そこでマウンドに瞬間移動で現れ、ミシェーラの頭をチョップして止めたのは同じくレオンハルトの使徒であるハンティだった。
街の警備の責任者でもあるハンティはこの開幕戦においても警備に魔物兵を配置して自身も確認に来ていた。そこで行われた暴挙に、ハンティは眉を立てて怒る。
「本気で投げるなって言ったでしょうが! それになんか死ねって言ってなかった!?」
「うぅ……そ、それはあのバッターを始末しようと思って……」
「いや、何でそうなる……って、いや待った。説明はしなくていいからとにかく行く。大分事故ってたけど始球式はこれで終わりだからね。そんであんたにはあの吹っ飛んだ怪我人の治療をしてもらう」
「えっ? でもまだあの反乱分子の始末が……」
「いいから戻れ! じゃなきゃ雷撃食らわせるよ!」
「ひっ!? わ、わかりました! それではミシェーラ戻ります! お、お疲れ様でしたー!」
ハンティの脅しにぴゅーっと怯えて去っていくミシェーラ。それをハンティも追いかけた。
思わぬアクシデントに球場が騒然し、警備の魔物兵が吹っ飛んた魔物兵を担架で運んでいく。幸いにも死傷者はいないようだった。あれならヒーリングで十分に治るだろう。
「……始球式ってこういうもんなのか?」
「多分違うんじゃないかしら……」
そして野球を知らないガイとミストラルは何とも言えず気分を少しげんなりさせる。
とはいえ試合は中止にはならないようで、少し予定の時間を押した後、開幕戦とやらが始まった。きゃんきゃんズとライカンスロープズという2つのチームが試合前の一礼を行い、攻撃側は一部を除いてベンチへ。守備側はグラウンドに散らばっていく。
「魔物兵とか魔物隊長ばかりだな。……こんなの見てて面白いのか?」
「さあ、どうかしらね……でも1人女の子がいるわね」
「ふむ……(つってもここじゃヤれないしな。可愛くても見てるだけじゃつまらんしヤれない相手ならどうでもいいな)」
多少聞きかじっただけのスポーツを知らない魔物がやるという光景にガイは早くもつまらなくなってくる。反面ミストラルは良い退屈凌ぎだと割と前向きに観戦しようとしていた。ルールブックとパンフレットを見て色々と把握しようとしていた。
そしてそんな2人の下に──1人の紳士が現れる。
「──よろしければ私が色々とお教えしましょうか?」
「っ! あなたは……(この気配……)」
「あ? 誰だお前? ……魔人か?」
「はい──魔人ジークと申します。ガイ様」
2人に声をかけた正装の黄色い長身の魔物は魔人ジークだった。
ジークは丁寧に腰を折り、ガイに向かって挨拶した。それをガイは訝しげに見る。
「それで? 何の用だ?」
「はい。1つは偶然見かけたのでご挨拶に。そして、もう1つはどうやら困っていらっしゃるようでしたのでお節介ながら私もご一緒させて頂ければと」
「お前が?」
「野球のルール、チームや選手の特徴などは把握しておりますのでお力になれるかと。無論、断っていただいても結構です」
紳士的にそんなことを提案してきたジークに、ガイは思案する。
(こんな気色悪い黄色い奴と一緒に肩を並べるなんざ本来なら嫌すぎるが……ここは懐の大きいところを見せてやるか? なんかへりくだってるし、気分は悪くないな)
ミストラルとヤるためにもイメージでも良くする作戦を思いつくガイ。
それに邪魔になったら帰らせればいいのだ。そう思い、ガイは鷹揚に頷く。
「いいだろう。許可をやる」
「ありがとうございます。そちらの使徒のお嬢さんもよろしいですか?」
「……ええ、大丈夫です。お座りください」
ミストラルにも一応許可を取った上で、ジークは2人が座る席に腰掛ける。……かなりスペースが狭くなった気がしたが、巨大な魔物用にも作られたVIP席なので問題はなかった。気にしないことにし、ガイはジークに話しかける。
「それで? 今はどっちの攻撃だ?」
「きゃんきゃんズですね。あの兎が描かれた白いユニフォームの方です。そちらが先攻で、黄色いユニフォームが後攻のライカンスロープズです」
「ふーん。……ユニフォームがないとどっちがどっちか分からんな」
「身体能力やストライクゾーンなどの公平性を出すためですので仕方ないことなのですよ。とはいえ多少は特色も残ってます。ライカンスロープズの方は変幻自在の戦術。割と万能で隙のないチームでして」
「ライカンスロープ……ああ、あの変身する魔物か」
魔物討伐隊出身としてガイにも魔物の知識はある。だからこそ名前を聞いてすぐにその姿を思い浮かべることが出来た。
それによく見れば応援団の女の子モンスターがライカンスロープだった。何やら黄色い気ぐるみ……マスコットと一緒に踊っている。ガイもミストラルも眉根を寄せた。
「……なんかあれ、お前に似てないか?」
「はい。お恥ずかしながら……マスコットのモチーフとして協力してもらえないかと打診されたので」
「失礼ながら何故そのようなことを……?」
「ライカンスロープズは私が出資しているチームですので」
「って、お前のチームかよ!」
ガイが思わずツッコむ。黄色いユニフォームもおそらくジークに合わせてのことだろう。何とも言い難いセンスだった。
「うにゅー……オーロラがこの時代に生まれなかったことを悔しがってる……」
「そうなのか。……って、あ?」
ふと近くから聞こえた眠そうな声にガイは少し遅れて振り返る──が、そこには誰もいなかった。
そして少し遠くで会話が行われた。
「ちょっとセラ。駄目じゃない。他の席に侵入しちゃ」
「んゆ……べーちゃんごめん」
「あっ! あれっておハウちゃんの子供じゃない?」
「そうね。頑張ってるみたい…………」
「……自分の子供に恋するとかはやめなさいよ?」
「ばっ……! さすがにしないわよ!!」
少し遠くのVIP席で、特殊な女の子モンスター4体のそんな会話が行わていたが、ガイ達はそれに気づかず試合を観戦する。
「……? どうかしたの、ガイ」
「……いや……何でもない。それよりこれはどんな状況だ?」
「得点のチャンスですね。1アウトランナー1、2塁。ここで打順は4番。バッターは昨年の最優秀選手であるリリーフ選手です」
ジークが示す先。腰下まで伸びる長い水色の髪をツインテールにしてキャップを被ったツリ目の美少女が木製のバットを軽く回してバッターボックスに入るところだった。どうやら彼女がリリーフと言うらしい。その選手のことをジークは説明する。
「昨年は打者として三冠王に投手として最多勝。ゴールデンハニーグラブ賞なども受賞しました。今このリーグで最も怖い選手ですね」
「よくわからんがすごいのか」
「ファンは多いみたいよ。声援も大きくなったし、よく見たらグッズを持ってる魔物兵も多いわ」
「ふーん」
対して興味なさそうにガイはそのリリーフとやらを見る。美少女ではあるが、どうやら女の子モンスターらしいしこの場ではヤれない相手とあっては興味は湧かない。ボール球を見送ってインターバルの最中のその相手を見続けるが──
「…………!」
「…………ん」
──ふと目が合った気がした。
気の所為かもしれないが、インターバルの最中に何気なくVIP席の方を見たリリーフとガイの視線が合わさる。
ガイはそれを特に気にせず、もしかしたら目が合ったかもしれないとしてすぐに流した。合っていたとしても別にどうということはないからだ。
なので気にしていなかったが……そのリリーフはどこか気がそぞろになっている気がする。
その直後──
「──うっ!?」
「あ」
「お、ボールが当たったぞ」
「デッドボール……ですね。しかし、これは……」
リリーフの左肘。バットを構えていたところに投手の投げたボールがぶつかる。
その瞬間、会場がざわついた。審判がデッドボールを宣告し、一塁に進むようにポーズを取る。
だが膝を突き、左肘を押さえてぷるぷると震えるリリーフに、誰もが緊張した。特にベンチにいるきゃんきゃんズのメンバーは。
「や、やべぇ……ぶつけられたぞ……」
「なんで当たったんだ!? 普段ならあれくらい躱せるだろ!?」
「たまにあるんだよ……集中しすぎてんのか躱せない時が……そして、そういう時に限って……」
「お、おい……お前ら分かってんな?」
「く……抑えてくれリリーフさん……!」
チームメイトの魔物隊長や魔物兵に緊張が走る。
そして誰もが固唾を呑んで見守る中、リリーフはゆっくりと立ち上がった。そしてそのツリ目でキッと相手投手を睨みつけ──
「──てっめーーーー!!? 何してくれてんのよこらああああああぁぁああああーーーー!!?」
「ひっ!?」
激昂しバットを思い切り地面に叩きつけ、マウンドに向かって勢いよく走り出すリリーフ。それを見た瞬間、ベンチの選手がスタートを切った。
「やばい!」
「くそっ! やっぱ我慢出来なかったか!」
「おい急げお前ら! リリーフを押さえろ!! 押さえねぇとまた退場にさせられちまう!!」
「はい!!」
「キャプテン待ってくれーー!!」
きゃんきゃんズの監督、魔物将軍ローズの号令を受けて選手達が走り出す。
そして相手チームのライカンスロープズ。フィールドに散らばる選手達もまた。
「やっぱ来やがった!」
「おい止めろ! 投手がボコされるぞ!」
「くっそ──!! 今日こそは返り討ちにしたらぁああああ!!」
「待てやめろ! 相手はリリーフだぞ!! 返り討ちにされるのが関の山だ!!」
「とにかく押さえろ!」
そうしてライカンスロープズの選手もマウンドに駆け寄る。
だがその時にはもうリリーフは投手の下に辿り着いて強烈なヤクザキックをお見舞いしていた。
投手の魔物隊長が腹を押さえる。
「おいこのボケナスドクソ青瓢箪! あたしの黄金の左手に何してくれた!? あぁ!?」
「あ、あれくらい躱せねー方が問題あんだろ! この女ヤンキーが!!」
「下手くそのくせにいっちょ前に人のせいにしてんじゃないわよチンカス野郎!! マス掻きすぎてボールの握り方忘れたんじゃないの!!?」
「なっ……なんだとごらぁーーーー!!?」
「何よやる気!? 上等よかかってきなさい!! あんたみたいなウスノロチンカス野郎はマウンドじゃなくて自分の部屋で無様にマス掻いてるのがお似合いよ!! そのブサイクなアホ面をハニワ顔に矯正して送り返してやるから今のうちに鏡を注文しておくことね!! 鏡もあんたの気色悪い顔なんて映したくないでしょうけど!!」
「て、てめぇーーーー!!!」
キレたリリーフのとてつもない口の悪さに魔物隊長もまた激昂した。そのタイミングでベンチとフィールドの選手が2人を押さえ込みにかかった。
「お、落ち着いてくださいキャプテン!」
「あんた達離しなさい!! あたしにボールをぶつけてきたそこのチンカス顔をボコボコにしてやるのよ!!」
「気持ちは分かりますがあんたはやりすぎるんですよ!!」
「だ、誰がチンカス顔だーーーー!!」
「隊長! 抑えてください!」
「うおーーーー!! いいぞリリーフ様ーー!!」
「やれやれーー!!」
「おい観客!! 煽るな!!」
「ハンティ様を呼べ!!」
「医務室にいるはずだ!! 呼んでこい!!」
「は、はいっ!」
乱闘が始まり、球場全体が騒然とする。
その様を見ていたガイは思わず呆気に取られていた。ミストラルも同様に絶句している。
そんな中頭を抱えるジークに、ガイは尋ねた。
「……もしかしていつもこうなのか?」
「……ええ。いつもという訳ではありませんが……リリーフ選手はああいう事があるとすぐに怒って乱闘を起こすのでよく退場処分になるんです」
「最優秀選手なのに?」
「選手としては優秀なんですよ。退場処分を何度も受けて何度もペナルティを負ってなお成績はトップなんです……それとあれでファンも多いですからね。実のところ名物にもなっています。私としては出来ればやめてほしいのですが……特に口の悪さが……」
問題があるが良い選手ではあるらしい。紳士のジークとしては口の悪さが気になるようだったが。
「リリーフ選手! 退場──!!」
「退場!? ──じゃあその前にあいつボコらせなさい!!」
「…………まあ、面白くはあったな」
「野球ではないですけど……」
「試合は始まったばかりですので……もう少し観戦すれば正しい楽しみが分かるかと……」
ジークにしては珍しく言葉を迷わせながらやんわりと観戦を続けるように提案する。それを受けて、ガイとミストラルも何となく観戦を続けることにした。
オーロラ「ちっくしょー! 憎い! この時代に生まれていないあたしが憎いです! あーんジーク様ー!」
ハウセスナース「その時までにチームが残ってるといいわね」
今回はこんな感じ。次回はまたこの続きです。ガイとレオンハルトの休日になりますのでお楽しみに。
良ければ感想よろしくねー。