その空間は常人が決して足を踏み入れること叶わぬ空間だった。
「雷神雷光!!」「火炎流石弾!!」「黒色破壊光線!!」
全く同時に放たれるその魔法は、その全てが優れた才能を持つ高レベルの魔法使いが放つことの出来る攻撃魔法の頂点に位置する奥義とも言える魔法だった。
そのどれか1つでも放つことが出来るなら魔法使いとしては一人前どころか達人と言っていい。
だがその使用者のやり方は達人どころの騒ぎではなかった。何しろ──その魔法は全くの同時に1人で放ったもの。
どんなに優れた魔法使いであっても異なる魔法を同時に使用することなど出来はしない。それは現在その魔法に狙いをつけられた最強の魔人──レオンハルトであってもそうだった。
だがその魔人の使徒、ハンティは瞬間移動という歴史を振り返っても彼女しか使うことの出来ない絶技を用い、全く同時に、別方向からそれらの魔法を放つことを実現していた。
並の相手なら──いや、歴戦の戦士。人類最強クラスの戦士であってもこの攻撃の応酬を防ぐことは難しい。一瞬で塵と化すだろう。
「グラシエルエイジ!!」
「! チッ……!」
だが相手はそのレベルよりも遥か高みにいる最強の魔人だ。
その代名詞とも言える剣技を用いない戦闘──魔法においてもレオンハルトはそこらの魔法の達人では及ばない高みにいた。魔人になってから得た魔法の才能と研鑽は、彼の剣技と比べればまだ理解出来る範疇のものである。
魔人の莫大な魔力を持ってオリジナルの魔法を用い、ハンティの魔法を相殺した。
「ハァアアアアアア!」
「っ!」
──だがその直後にはハンティが肉薄し、その拳を真正面から放っていた。
そのパワーは普段のものよりも遥かに強い。ハンティがそのドラゴンカラーの使徒としての真の姿を見せている。
ゆえにその軌道は自由自在。空を自由に往き、地を駆け、空間を踏破する。
その上でそのパワーは使徒最強であるリーのそれをも凌駕する。放った拳の威力はレオンハルトの生み出した巨大な氷山の一部を一撃で粉砕し、貫通する。
これがそこらの人間であれば一発で粉々の肉片となりえる。ゆえにハンティは普段の力を遥かにセーブしているが、相手が自らの主であるレオンハルトであれば容赦をする必要はない。
ともすれば殺意すら込めて拳を放った。無論、それはこの程度じゃレオンハルトは死なないという信頼があってこそのものだが──
「うぎゃあああーーーー!!?」
『ノーーーーーー!!?』
それを受ける者──ではなく……それを見ている者にとってはたまったものではない。
その戦闘の余波は、下手すれば流れ弾で死にかけるものだ。
ゆえにレオンハルトとハンティのその戦闘を観戦していた使徒のガウガウは己の生み出した魔道具のブラックアイと共に悲鳴を上げた。そして自らの身の危険を思い、全力で言葉で訴える。
「やるな……! 剣を封じているとはいえ中々に苦労させられる……!」
「はん! こっちとしちゃ随分なハンデを貰ってるからね! そろそろ一本取らせてもらうよ!! ──グラウンド・ゼロ!!」
「複合魔法か……! なら打ち破ってみろ!! ──プロミネンス!!」
「こらやめろーーーー!! この私を殺す気かーーーー!!」
『エスケーーーープ!!』
ガウガウは叫びながらブラックアイに乗り込んだまま地面に飛び込むように伏せて衝撃に備えた。魔法バリアを張り、攻撃を防御するための魔道具をも発動しながら。
「!!!」
「ひいいいいいい!!?」
そして次の瞬間には──空間に極大の爆発と豪炎が広がる。
それらはこの異空間の木々や緑の一切を吹き飛ばす。ハンティが作り出した異界にガウガウが手を加えた戦闘訓練用の異空間であるが、最強の魔人と最強の使徒の模擬戦に使うには些かまだ心許ない。
その証拠に空間が軋む音をガウガウは聞いた。ハンティの全力とそれに対応するレオンハルトの徐々に発揮される力に作り出した異空間は耐えられない。
「はい中止中止ーーーー!! もう終わり! これ以上は空間が壊れるから!」
「チッ……せっかく楽しくなってきたところだったのに……残念だね。これならもっと空間を補強するか、現実でやるんだったね」
「無茶を言うな。現実でこれほどの規模の戦闘を行えば周囲の被害が馬鹿にならない。異空間の補強であれば無茶ではないだろうが……それでも俺の全力には耐えきれないだろう」
ガウガウは必死にレオンハルトとハンティに両手を振って中止を訴えた。それを見てか空間の違和感を感じ取ってか、両者もまた戦闘の手を止める。
元より実験も兼ねてのものであるため止めてくれたが、これが本来の模擬戦であるならこの程度じゃ終わらない。それを思ってガウガウは恐ろしく思ったが、止まったことで安心してほっと息を吐いた。
「はぁ……終わったか……というか複合魔法なんて危ないもんを使うな! 今回の実験は通常魔法のみだって決めといたのを忘れたのか!?」
「……あー……そういやそうだったね。ごめん、戦闘に夢中になって……つい」
「ついじゃない! おかげでこの私まで死ぬところだったぞ! このカラーゴリラ!」
「…………でもどれくらいの衝撃に耐えられるかって実験には役に立ったんだからいいでしょ」
「そっちじゃなくて急に使うなって話だ! じゃなきゃ私が死ぬだろ!? 私が対応出来なかったらどうするつもりだったんだこの馬鹿!」
「わかったわかった……ごめんってば」
ブラックアイを解いて地面に降り立ち、怒り心頭で詰め寄るガウガウにさすがのハンティも今回はバツが悪そうにする。ゴリラと言われてムッとしても自分が悪いので言い返さない。普段とは立場が逆転していた。
そしてレオンハルトは頃合いを見てそれを止めるべく声を掛ける。
「……その辺にしといてやれ。いつもの調子で戦った俺の方にも責任はあるしな」
「勿論だ。徐々に威力を上げてくれって頼んだのに何いきなり全力出してるんだ? 馬鹿なのか?」
「…………さて、それでは今回の実験は終了だな」
「そうだね。そろそろ戻ろっか……」
「2人して逃げようとするなーーーー!!」
目を逸らし、話をはぐらかせようとしたレオンハルトとハンティにガウガウは怒りをぶつける。主だとか自分より強いだとかそんなのは関係なかった。
「はぁ……それとだな……ハンティ、お前は気にならないのか?」
「ん? なにが?」
そしてガウガウは更に言いたいことを口にしようとする。
激戦を終え、ドラゴンカラーの形態を解いたハンティのその姿。それを見て……再び叫んだ。
「何がってお前……全裸じゃないか!!」
そう。ハンティは今──全裸だった。
レオンハルトとの激しい戦闘によって衣服がほぼ半壊して、大事なところが露出してしまっている。
なだらかで起伏の少ない胸やそのスレンダーな身体も露わになっていた。そのことを指摘され、ハンティはそこで気づいたのか何とも言えない微妙な顔になる。
「あー……まあ……なら服貸してくれない?」
「何だその微妙な反応! 羞恥心とかないのか!?」
「いやだって……ぶっちゃけ慣れてるし……今更意識することも何もないというか……」
正直に心情を口にするハンティ。──実際、激しすぎる戦闘によってハンティの衣服が破れることは、長年の模擬戦の中でよくあることであるため、裸を見られることにあまり抵抗はないハンティだった。
といっても好き好んで見られたい訳でもないし、見せないで済むならそれに越したことはないが……真剣勝負の最中にそれを気にしても仕方がないため、ハンティはいつしかそれを気にしなくなった。
その様を見てガウガウは呆れかえる。
「ハンティ……お前、女を捨てすぎだろ……これじゃ本当に野生の生き物みたいじゃん……」
「うっさい! 誰がゴリラよ! さっさと白衣をよこしな!」
「ひっ! ご、ゴリラって言ってないだろー!?」
「そもそも魔物界じゃ別に大したことじゃないでしょうが!」
「そ、それはそうだけどさぁ……というかレオンハルトの方は気にならないのか?」
「ん、そうだな……俺は……」
と、言い合う2人にレオンハルトは少しだけ思考する。ガウガウから白衣を奪って身体を隠すように身に付けたハンティをちらりと見た。
(……やはり胸は小さいな……いや、それは別にいい。見た目やスタイルは綺麗ではあるし、性格はかなり好ましいが……やはりそういう目で見るには少し……)
「……ちょっと。何見てんのよ」
「……いや……」
レオンハルトがじっと視線を向けていたのが気になったのだろう。ハンティが白衣の前を閉じてさっと身体を隠す。そこでレオンハルトも視線を反らし、ガウガウに言葉を返した。
「別に何とも思わないな。ハンティに女を感じたことはない」
「…………」
レオンハルトの発言にそれはそれでちょっとイラッとしてしまい、そうなった自分にハンティは自己嫌悪した。
そしてガウガウはその言を受けて訝しんだ。
「本当か? レオンハルトは変態だからな……ハンティの壁のような胸を見ても興奮するんじゃ……」
「雷撃」
「うひゃあ!? や、やめろぉ! いきなり撃つなぁ! びっくりするだろー!?」
「チッ……ブラックアイがいるからこのくらいじゃもうお仕置きにならないか……次からはもっと威力の高い魔法か物理だ──ねっ!」
「ひゃあっ!? そ、それもやめろーっ! バリア!」
『ビースト……フィアー……!』
ノーモーションで放ったハンティの雷撃に、自動でブラックアイが防御を行ったことでガウガウは電撃のツッコミを免れた。続けてのパンチも防御する。──その流れを見てレオンハルトはガウガウの強さを分析した。
使徒になって身体能力も魔力も強化されたし、ブラックアイの性能もガウガウが魔法具を追加することで強化されているようだ。装甲が以前より固くなってるように思える。中から魔法も使えるし、ブラックアイの装甲を抜かないとガウガウを倒せないことを考えるとそれ込みで考えるならガウガウの戦闘力は使徒の中でも中々なものだろうと。
ただしブラックアイや魔法具がなければ高レベルの魔法使いという程度ではあるが……それでも十分だし、ガウガウが魔法具を手放すことがないから基本的にはそれを考える必要はない。
そしてそのブラックアイの厄介さは訓練相手として悪くないかもしれないとも思う。レオンハルト自身ではなく、使徒や魔物達にとって。
それを思い、計算したところでレオンハルトは発言した。ハンティとガウガウのじゃれ合いが一段落したところで。
「……ガウガウ」
「ぜぇ……ぜぇ……な、なんだ?」
「そのブラックアイのような自立した思考を持ち、戦うことの出来る魔導具だが……量産することは可能か?」
「──ん、あー、そんなことか」
ハンティから逃げて息を乱していたガウガウだが、レオンハルトからの質問を聞くと表情を素の物に戻してあっさりと答えた。ガウガウの研究者としての顔だ。幼い顔立ちと見た目でもその頭脳は天才のそれ。専門的なことを語る口調に淀みは一切ない。右目のモノクルの位置を直して答えた。
「可能か不可能かで言うなら……可能だ」
「……そういう言い方をするということは、何か問題があるということか」
「1番の問題は材料が貴重であることだな。自立思考と動作に必要な多大な魔力を貯蔵出来るコアの作成には材料の調達も含めて長い年月がかかる」
「そういやそのブラックアイの宝石も滅多に見つからないものだったね。年数で言うなら数百年に1つ見つかれば良い方って」
「なるほどな」
ガウガウの説明とハンティの補足にレオンハルトは頷く。確かに材料が貴重であるなら量産は難しいだろうし、その問題をクリア出来なくもないことを考えると可能であるのも理解出来る。
「なら時間を掛ければ問題はないということか」
「問題はあるぞ。この私が同じものを量産するというのは矜持に反するからな。……まあ、性能が格段に落ちる量産型と言うことであれば構わないが……それはそれで面倒ではある。魔道具に思考を持たせるのはこの私にしか施せない神業的な技術だからな。量産させるには手が圧倒的に足りない」
「ハンティでも不可能か」
「……無理だね。付与に関しては理論は理解出来ても実際に行うのはあたしは苦手だよ。何ならイヴの方が得意なくらいだけど……」
「そのイヴでも私には到底及ばないからな! はっはっはっ!」
腰に手を当て、自慢気に胸を反らして笑うガウガウ。ふざけた態度ではあるものの、実際にそう誇っても全く問題のないほどの才能がガウガウにはある。
ゆえにその見解は信頼に足るものだった。続く言葉にもレオンハルトは傾聴する。
「もっとも、魔道具にこだわらないのであれば生物の製造は不可能ではないだろうが、そちらも茨の道だ。魔法で生命体を生み出すのはあまりにも高度な上に、仮に生み出せたとしても安定しないだろう」
「完全なホムンクルスの研究は始まってから随分と経つけど未だ成功した例は聞かないからね」
「他の人間や生物の魂と意識を移せるというなら理論的には可能な筈だがな。とはいえ、それも成功したという例は聞いたことがない、が…………ふむ」
そこまで話したところでガウガウは顎に手を当てて考え込んでしまった。
だがこれ以上聞いたところで細かな理論については理解が及ばないだろう。ぶつぶつと呟き始めたガウガウを一旦放っておき、レオンハルトはハンティに声をかけた。
「また進展がありそうだな」
「ガウガウはあんなんでも天才だからね。……でもなんで急にそんなこと聞いたのさ」
「戦える魔道具の量産のことか?」
「そうだよ。今度は一体何を企んでるのさ」
ハンティからのその問いかけにレオンハルトは一瞬、どう答えるべきかと迷った。だが数秒後には思考した上で答える。
「ただの興味本位だ。ガウガウがどこまで出来るのかと思ってな」
「またはぐらかして……あんたがそう言うってことは何か思うところがあるってことじゃないのさ」
「否定はしない。だが興味があるのは本当のことだ。魔法科学の分野がどこまで進むのかには興味がある」
「……ま、別に何でもいいけどさ。そんなに技術の発展を考えるならパイアールにでも頼めば? あっちはあっちで理解不能な技術の塊でしょ」
「確かにな。ガウガウと引き合わせてみるのも面白そうだ」
「向こうは良い顔をしないだろうけどね」
唯一無二の科学技術を持つ魔人パイアールのことを思い浮かべ、レオンハルトは思案する。
あまりその科学技術による恩恵を与えすぎるのは危険であるためそれはしないが、ガウガウと引き合わせれば両者に新たな発想が生まれ、面白いものが見られる可能性はある。
あるいはレオンハルトの知る幾つかの高度な技術。それに似たものが生み出されるかもしれない。それこそハンティにも関わってくるあの技術なども──
「ま、あたしは戦えれば何でもいいけどさ。ガウガウの発明品は何だかんだいって面白いし、次も良い訓練になりそうで楽しみだよ」
「…………」
ハンティのその普通の笑みと共に発せられる好戦的な発言。そのいつものハンティとも言える言葉を聞いて、しかしレオンハルトはふと思う。
(……こんなんで大丈夫なのか……?)
なんというか、また以前より好戦的になってしまった気がしてならない。そのためレオンハルトは僅かながら未来を不安に思う。ハンティのためや、自身の望む未来のためにも、ハンティには人を慮る心を維持してほしいのだが……と、そこまで考えたところでレオンハルトは質問を口にしていた。
「ハンティ」
「ん? 何さ」
「お前、好みの異性のタイプとかあるのか?」
「……………………」
聞くとハンティが嫌そうな表情を浮かべた。半目を向けて、しばらく無言となる。そして数秒後に眉間に皺を寄せた上で言葉を返した。
「……急に何? あんたまでインデックスみたいなこと言って……なんか気持ち悪いんだけど」
「いや……そうだな。何でもない。忘れてくれ」
「……………………」
レオンハルトの訂正の言葉にもハンティは微妙な表情を浮かべ続ける。
だが、少しして疲れたように息を吐くと。
「別にないけど…………強いて言うなら……うーん……強い男?」
「……………………」
ハンティが答えた。そのあまりの意外さに、今度はレオンハルトが無言となる。
そして微妙な空気が流れたところで、レオンハルトはその素直な気持ちを口にした。
「まさか答えるとは……こちらから聞いといて何だが、どういう風の吹き回しだ?」
「あんた達がしつこいからだよ。一度答えておけばもう聞かれることはないだろうし」
長年インデックスにいじられたのもあってその質問は飽き飽きとしているのだろう。もはや狼狽えるようなこともなく、ハンティはそう答える。
レオンハルトもその理由を聞けば納得した。さすがに辟易としていたのだろうと。
「……悪いな」
「別にいいんだけどさ。何で聞いてきたかは気になるね」
「興味本位だ。他意はない」
「……ま、別にいいけどね」
レオンハルトの答えに納得がいかなかったのだろう。訝しみながらも考えることをやめたハンティは切り替えて意識を別のことに移す。
「それより、本命の実験は一応成功かな。このくらいの空間なら耐久性もある程度はあるし、中に建物や人を移すことも出来る。色々なことに利用出来そうだね」
「ああ。使い道はこれからまた考える。ご苦労だったな」
「はいよ。それじゃ帰ろうか。おーい、ガウガウ?」
魔法で生み出した異空間の実験を終え、レオンハルトとハンティは元の場所に戻ろうとガウガウに声を掛ける──が、そこでガウガウは飛び跳ねるように顔を上げ、声を大にした。
「──分かった! 分かったぞ! これならいける! おそらくいけるはずだ! はーっはっはっはっ!」
「うわっ、びっくりした……分かったって何が? また何か思いついた?」
「その通りだ! またこの私が、魔道具の歴史に新たな1ページを刻み込むことになるぞハンティ! こうしちゃいられない! 早速帰って実験だ!」
「はいはい」
「……まあ頑張ってくれ。やりすぎない程度にな」
高笑いと共に目をキラキラとさせて研究意欲を燃え上がらせるガウガウにハンティは苦笑し、レオンハルトは控えめにエールを送る。
また常人の想像を超えるような発明をするかもしれないと……そんな期待をして。
今回はハンティの全裸イベントとガウガウの発明品フラグと例の教団の匂わせの回でした。
次回はメイド長さんとお町さんの話か、カミーラさんの話のどちらかを予定しています。お楽しみに。
良ければ感想よろしくねー。