──魔人レオンハルトは常に問題に取り組んでいる。
魔人筆頭にして魔軍参謀という魔軍の要職に就き、多くの配下を抱えるレオンハルトにはやらなければならないことが沢山あった。
それは普通の人間が抱える問題と比べて規模の大きい、能力がなければ達成出来ない難題ばかりではあるが、能力があるレオンハルトにとってそれらの職務について然程悩むことはない。
今の時代が魔物の天下であることもあるが、そうでなくとも統制を執るということに慣れているレオンハルトにとっては大きな悩みにはなりにくいもの。軍事や戦いにおいては言うに及ばず、レオンハルトに解決出来ない問題はあまりなかった。
……だが、そんな中でレオンハルトを唯一悩ませるのが──人間関係に関することである。
魔人も人間も変わらない。知性ある生物であれば誰もが抱える悩みを、レオンハルトもまた抱えていた。
それも身近な友人や配下に存在するのではなく、街で最近話題の占い師とやらに相談しに行くくらいには悩んでいる。むしろ身近な存在には相談しにくいことを相談するのに占い師というのはうってつけの存在だ……と、レオンハルトはそう思っていたのだが──
「……お前か……」
「人を見るなり嫌そうな表情を浮かべるとは酷いねぇ、閣下」
その占い師は思い切り知人だった。最初に出会った時と全く変わらない容姿。長く艷やかな真っ白い髪を靡かせた若々しすぎる美少女──机に置かれた水晶の前で崩れることのない微笑を浮かべているその様は、まさしく未来視の魔女“C“に他ならない。
「それで本日はどういったお悩みで?」
「普通に進行しようとするな。ここで何をしている?」
「何を、とはまた異なことを。見てわかる通り、清く正しい占い師ですとも。この街への滞在は閣下自身がお許しになられたことと記憶していましたが……」
「……ガイの性行為の練習台にうってつけだったからな。確かに認めはした。……が、街で占い師を開業したとは聞いていないが?」
「言ってませんからな。……おっと睨むのはやめていただきたい。以前にも言いましたが私のような普通の人間には閣下の放つ気は強すぎて身が持ちません」
涼しい顔でそんなことを告げる魔女に、レオンハルトは少しばかりイラッとさせられながらもその気を収める。
「……まあいい。今度から何か動く時は報告しろ。ここに滞在を許す以上、お前もまた俺の管理下にある。勝手な行動はするな」
「ふふふ、まだ閣下の部下になった覚えはないのですが……良いでしょう。了解致しました。これよりは貴方様の部下のおつもりで動き、逐一報告を致しましょう。差し当たっては……そうですね。最近の過ごし方でもご報告致しましょうか。この街に住み始めてからというもの、随分と充実した日々を過ごさせて頂いておりますよ。最近は食べ歩きやショッピングが趣味になりまして。昨日は休日として朝から近くのカフェでゆっくりとパンとコーヒーをメインとした朝食を頂き、昼間は劇場で観劇を楽しみ、屋台で食べ歩きを行い、それから幾つか本と衣服を手に入れました。本のジャンルは主に最近話題だという漫画本で、衣服は魔法使いのローブと黒いタイツを数点。後は下着ですね。色は水色としましたが、閣下の好みは如何ようで?」
「如何ようで? じゃない。戯れるな。重要なことだけ報告しろ」
「お言葉ですが閣下。男性にとって私のような美少女の下着はともすれば何よりも重要な物かと。隠れ里でもこの私の短いスカートと黒いタイツに包まれた奥底を探究しようと多くの男性がその目を向けておりました。その目はまさに未知を求めて迷宮に挑まんとする冒険者が如くギラギラしておりましたね。……ああ、そうそう。今は閣下のお子さんの使徒となっているスケアクロウとやらも覗いておりましたよ。主共々かなり飢えているようで、視線を何度も私の太腿へと向けていました」
「……カイゼルと会ったのか」
「ええ。変装して羽も隠しておりましたが。どうやら童貞のようで卒業のためにはどうすればよいかと熱心に話していましたよ。風俗に行く計画も立てているとか。閣下はそのことをご存知で?」
「……ああ、知っている。その対処はそのうち行うつもりだ」
「でしたらお早めに実行すると良いでしょう。あのままでは拗らせてしまいます」
「そうだな……そうしよう」
「はい。それで、お悩みはそれだけで?」
「……いや、違う」
ふざけた応答を返してきたことに最初は視線を険しくしたが、気づけば自身の子供のことでアドバイスをされてしまい、レオンハルトは狐につままれたような感覚を得る。相変わらず胡散臭い上に口がよく回る。
だが悩みを解決する能力において未来視の魔女の力は有用なことは認めざるを得ない。レオンハルトは続いて悩みを口にしようとした。──が、その前に。
「それと今度から私のことは“C“ではなくシビュレー。もしくはシビュレーちゃんとお呼びください。あの方を導いた時点で長の継承は済ませ、その名は返上致しましたので」
「……返上しただと?」
「ええ。神業染みた未来視の力も継承致しました。なので今の私は未来視の一族の長、C・バークスハムではなく、役目を終えた凄腕の占い師、シビュレーちゃんという次第で」
「継承したのにまだ占いは出来るのか」
「我々の一族の継承は、歴代の長の記憶、知識と共に技能LVを1。1つだけ継承するものでして。一族の中で占いに優れたLV2の人物に、長としての力として技能LVを1加えることで占いLV3という神業に等しい予知の能力を得ているのです」
「技能LVを……? そんなことが可能なのか?」
「一生に一度の奇跡のようなものです。これも禁術の一種でしてね。これを行った術者は死亡します──が、私はその代償をまた別の反則技で踏み倒したのでまだ生きています。とはいえ、2度同じことは出来ませんがね。そういったことを期待していたのなら申し訳ない」
禁術と言われ、ガイの禁呪をその身でよく理解しているレオンハルトは驚きを得つつもその説明で得心する。技能LVという世界の理についても当然だがよく知っていた。極稀でケースは限られているものの技能LVが変動する事例も知っているからこそレオンハルトは頷ける。
だがそれが出来るというのは、やはり人間としては規格外な証拠だ。
「……なるほど。お前も大概だな」
「ええ。他の一族には出来ないし、するつもりもないことです。しかし私は未来のバークスハムとはまた違った特別でして。あのお方を二度と戻れない道へ引きずり込むための重要な役目を持っています」
「……ガイのことか」
あのお方、とこのC──バークスハムの一族であるシビュレーが言う相手はガイしかいない。
レオンハルトが口にするとシビュレーもまた頷いた。その微笑を更に魔女らしい形へと変化させながら。
「はい。私はあのお方を魔の道へと引きずり込む導き手。あのお方が苦しむことになると分かっていながら白々しくも近づき、嘯いた悪い未来視の魔女」
シビュレーは言う。魔女らしく、感情の読めない笑みを浮かべながら。
「それゆえに、未来のバークスハムと違ってあのお方の良き理解者、良き相談者にはなれない。あのお方に必要なのはもう少し誠実な人柄のバークスハムなのさ。私では、それは担えない」
「……ならお前の役目は終わったということか」
「いえ、いざという時の保険は必要なのですよ閣下。今の私はもはやかつてのような遠い未来を視ることは不可能だが、それでも生き続けることで出来ることがあるのは知っているのでね。誠実ではない、不実のバークスハムである私にも使いようはある……こうして閣下が私に尋ねに来たように」
「……………………」
シビュレーの要領を得ない曖昧な言葉にレオンハルトは暫し無言となって考え込んだ。が、すぐに考えたところで分かるはずのないことだとして思考を一旦隅に置くと代わりに別の言葉を掛けた。
「お前達にはどこまで視えているんだ?」
「閣下の思うほど視えてはいませんよ。未来視の術も万能ではない。視えるのは場面を切り取ったような僅かな光景のみで、細かいところを知れる訳ではないのです。我々が何でも知っているように思えるのは実のところ代々蓄え、受け継いできた知識の面が大部分を占めておりまして。足りない部分を未来視で補っているんですよ」
「……そうか。なら、確実な便りとは言えないな」
「ええ、なので今の私は占い師。とはいえ、的中率には自信がありますがね。──さて。そんな占い師風情のこの私、シビュレーちゃんに相談しにきた閣下はどんな悩みをお持ちで?」
そこでレオンハルトのここに来た目的をシビュレーは尋ねる。それに対し、レオンハルトは苦い顔を浮かべた。相談しに来たは良いものの、本当に尋ねて良いのかという迷いだ。
「ご安心めされよ。私は適当に外すことでバランスを取っている占い師ですから、バランスが崩れそうな占いは本気を出しませんし、本気を出したとしても占えることも限定的であります。運命を大きく揺るがすような占いはしませんとも」
「……言われずとも、そこまで重要な問題なら占いなどに頼りはしない。今日はあくまで参考程度に……そう、指針を尋ねに来ただけだ」
「左様でしたか。でしたらどのようなお悩みで?」
「それは、だな……」
レオンハルトは悩む。難しい顔で悩み、迷い、そして、他言は無用だと注意した上でゆっくりとその内容を口にした。
「…………カミーラのことなんだが……」
「……ほう?」
そうしてレオンハルトは遂に口にした。──魔人カミーラの勘違いに対して、レオンハルトはどういう風に立ち回れば良いのか……その悩みを、レオンハルトはゆっくりとシビュレーに打ち明けていった。
──大陸西部。カミーラの城。
その豪奢な城の一室で、魔人カミーラは赤ワインを楽しんでいた。
薔薇の風呂と同様に好むそれを楽しむ姿。その美しさは比類なきものであり、カミーラの下級使徒である美少年達もカミーラの姿を見て恍惚とした表情を浮かべている。
「……あ、あの……カミーラ様?」
「…………なんだ?」
だがそんな中で、そのカミーラに最も近い位置にいながら戸惑っているのは正式な使徒であるラインコックだった。
女性と見紛うほどに可愛い容姿を持つラインコックはカミーラのお気に入りであり、それゆえに特に可愛がられている。
今この時も赤ワインを楽しみながら、時折側にいるラインコックの頭や顎を撫でることがある。その可愛がり方はまさしく愛玩動物のようで、その度にラインコックは身体を震わせてしまうのだが──主の気がそぞろなことに、ラインコックは気づいていた。ゆえにこう問いかける。
「今日は機嫌がいいですね……」
「……そう見えるか?」
「は、はい。見えます」
「ふ……そうか」
ラインコックの問いかけに、カミーラは優しい微笑を浮かべてみせる。その表情も素敵でまたしてもラインコックは見惚れそうになった──が、それをすんでのところで堪えて、ラインコックは主の反応を仰ぎ見る。
赤ワインの注がれたグラスを一旦机に置き、やや思考に身を投じたカミーラは、ラインコックの問いかけにこう答えた。
「別になんということはない……」
「そ、そうですか……」
「ああ、何もないぞ。ふふ……」
そう答えるカミーラは、自らの左手の薬指に嵌めた貴重な宝石をあしらった指輪をさらりと撫でて笑う。そこでラインコックは確信した。
(や、やっぱり何かあるーー!? それレオンハルトから貰った指輪ですよね!? カミーラ様!?)
ラインコックに稲妻走る。やはり、やはりだったのだ。
最近のカミーラが機嫌が良い理由は、やはりあの魔人──レオンハルトが原因だとラインコックは気づく。魔人四天王の座を剥奪され、苛立っていたはずのカミーラの機嫌が収まったのはレオンハルトと共に出かけ始めてからだ。
使徒達──下級使徒も含めた自分達はどうしたものかとオロオロしていたその時に、レオンハルトはどういう訳か指輪を贈り、何かをして主の機嫌を直してしまったらしい。
もっとも、それだけならラインコックは感謝するが……その要因が、レオンハルトを気に入っていることとなると看過出来なかった。
(あの魔人~~! カミーラ様から寵愛をいただこうとするなんて……! どうにかしないと……!)
このままでは主が結ばれてしまいかねない。そのことを内心苦々しく思うラインコックだが、ただの使徒の分際でカミーラよりも位の高い魔人に異議を唱えるなど出来るはずもない。そのことは理解している。
「……あ、あの! カミーラ様!」
「?」
そしてその葛藤に全く気づいていないカミーラに、ラインコックは振り絞った提案を口にした。──己もデートの供に連れて行ってほしいと。
──それから数日後。
「がるるる……」
「…………」
その日はカミーラと供を連れ立ってのお出かけの日だった。
レオンハルトは事前のアドバイス通りの場所へと──近くまではライゼンに乗って──向かって歩いているとカミーラの使徒のラインコックがこちらを警戒した様子で唸っているので、なんとも言えない思いを抱く。
……明らかに警戒しているな……。
ラインコックの番犬っぷりにレオンハルトは無反応を貫きながらカミーラと共に前を歩く。その少し後ろで自分に対して威嚇を続けるラインコックに、レオンハルトは軽く息を入れた。その直後。
「ぐるるる……!」
「ひっ……な、何よあんた……!?」
──背後で、もう一方の使徒がラインコックに対し威嚇を行う。レオンハルトはちらりとそれを見て、それが連れてきたミシェーラであることを確認すると嘆息した。ラインコックの警戒を感じ取り、ミシェーラの方もどういう訳か似たようなことをして対抗し始めたらしい。レオンハルトはカミーラと並んでいるため、自分で声を掛けずに背後の他の使徒に対応を任せながら聞き耳を立てることにした。背後では己の最強の使徒がそれを見かねたようで。
「こらこら。何やってるのさ」
「む、ハンティ様。いえ、こちらのカミーラ様の使徒がレオンハルト様に対して威嚇をしていたので……ミシェーラは追い返そうかと……」
「べ、別に威嚇なんてしてないわよ! 言いがかりはやめてくれない……!? がるる……」
「このミシェーラが嘘をついているとでも……!? ぐるる……」
「あんたらはわんわんか」
ハンティが2人の使徒のやり取りを見て呆れたようにツッコミを入れる。すると次に気が付いたのはまた近くにいた使徒達だった。
「弁えなさいラインコック。このお出かけはあくまでカミーラ様とレオンハルト様のもの。使徒が出しゃばってはいけませんよ」
「そうですわよ姫原さん! 完璧使徒であるこのわたくしの後輩であるなら、この七星やわたくしを見習って主の影となることですわ!!」
「うっ……でも……」
「み、ミシェーラは護衛として反応しただけで……それと姫原ではなくミシェーラです!」
「弁えなさい」
「言い訳無用! ですわ!!」
「うう……」
「……申し訳ありません」
「どうでもいいけど影にしてはうるさいよ。あんたら」
キャロルに七星。自分の第一使徒とカミーラの第一使徒が揃ってそれぞれの後輩を諌めているのを見て、レオンハルトは賑やかな旅路に微妙な気分になる。こんなことで本当に上手くいくのかと。
「……あれが目的の迷宮か?」
「……ああ。あの迷宮の最奥には財宝が眠っているらしい。それをお前にプレゼントしようと思ってな」
「ふっ……そうか。それは楽しみだな……」
「…………」
──と。そうして突然声を掛けてきたカミーラにもレオンハルトは応対する。今回の目的地。見えてきた迷宮の入り口に反応しつつ、気の利いた答えをプレゼントしてやればカミーラは薄く笑みを浮かべて喜んでくれた。
この反応から見ても、カミーラが悪い気分ではないことは明らかである。長年の親交の賜物と言うべきか、レオンハルトは全魔人の中で自身が最もカミーラと仲がいいという自覚はあった。
だが……だからといってこれ以上どうするべきかは悩みどころであった。レオンハルトは少し前に、この場所に行くことになったその相談の内容を回想する。
『ほうほう。魔人カミーラが、勘違いをしていると』
『……ああ。それで、どうすればいい? 良い結果に導くためにはどうすればいい?』
『良い結果とはどういう意味で?』
『カミーラの機嫌を損なわず、今まで築いた信頼が地に落ちず、関係性が失われるようなことにならないような結果だ』
『ふむふむ。なるほど。では占ってみましょうか』
──レオンハルトはその難題に対し、自らの中では答えが出ないため苦渋の決断で未来視の魔女を頼った。
既に未来視の技は失われているとはいえ、占い師としての腕前はまだまだ健在である。そのため、胡散臭いながらもレオンハルトはその魔女の言葉を信用した。
魔女の瞳と水晶の輝きがリンクする。そうしてその輝きが収まった後の言葉は、占い師らしい曖昧な言葉であり、占い師にしては明確な言葉であった。
『北の地──とある迷宮に向かうと良いでしょう。ふむ。とりあえずはそこに向かうことで良い結果に繋がるかと』
『迷宮か……それは良いが、それだけか?』
『ええ。後は……そうですね。期待を裏切らずにいるのが良いでしょうな。その勘違いが露見すれば閣下の望む結果にはなりえませんので』
『…………信じていいんだな?』
『ご安心を。何を隠そう恋愛占いは私の得意分野でして。必ずや閣下の期待に応えられるでしょうとも』
『……そうか。分かった。ならとりあえずはそうしてみよう』
──と、そのような会話の果てにレオンハルトはカミーラを誘った。
もう既に何度も出かけているし、カミーラとの会話には慣れている。伊達に二千年近く関わってはいない。
それゆえにただの会話には問題は全くないが……カミーラが、こちらの好意が勘違いだと気づかないようにある程度は期待を持たせて振る舞わなければならないと、レオンハルトはいつもの自然なやり取りに少しばかし好意を感じられるスパイスを含ませた。
それは先程のように「お前にプレゼントしたい」だとか「お前と出かけたい」などといった言葉を直接的にする程度のものである。……というより、そういったことしか出来ない。恋愛に関して器用なことは今までしてこなかったとレオンハルトは自らを省みる。
だがそれでも出来ない訳ではないが、おそらく行き過ぎた振る舞いは逆効果だろうと判断し、レオンハルトは自然を意識している。あくまでも普段の振る舞いで、自分の正直な気持ちを言動にするだけでいい。
いや、むしろそれ以外は蛇足であり余計なことだと思っていた。勘違いを助長している身を思えば何とも言い難いが、それでもカミーラに好意がない訳ではないし、カミーラと仲良くなりたい気持ちも嘘ではない。
なのでそれをストレートに、少しばかり匂わせるだけで問題はない筈だとレオンハルトは自身の振る舞いに自信を持っていた。心に思ったことを言うだけでいいのだ。何も難しいことはないと──。
「さあ行くぞ、カミーラ。今日の旅路はお前の美しさに磨きがかかるものとなる。俺が保証しよう」
「っ……ああ」
──そうしてレオンハルトはカミーラやお供達と共に迷宮へと潜っていく。
その自覚した言動が、凄まじくカミーラに効いていることを自覚しないまま。
(今日は随分と情熱的だな……だが、気分がいい。まさかレオンハルトの口からそのような賛美の言葉が聞けるとは……レオンハルトめ。よっぽど私のことが好きと見える……ふふ)
一方のカミーラは、レオンハルトの直接的な言葉に、凄まじい愉悦を感じていた。
レオンハルトは分かっていないが、普段は実直なレオンハルトが発する好意の言葉。その魔力は凄まじい破壊力を秘めている。
雄としての頂点に位置するレオンハルトの好意は、カミーラの心をくすぐって仕方がなかった。
元より宝石や美しいものを好み、それらで自身を飾り立てるのを好む性格。そしてプライドの高いカミーラにとって、レオンハルトという男が己を尊重して持ち上げてくれるのは、もはや快楽すら伴うほどの優越感をもたらしてくれる。
ゆえにカミーラの機嫌は最高に良かった。それは傍目から見ても分かるくらいには。
そして、それを見た使徒が恋心によるものだと勘違いを起こす程には。
「むぅ~……!」
「……膨れるのは良いですが、邪魔をしてはなりませんよ。ラインコック」
「むぅぅ~~……!! 分かってる……よ!」
カミーラの使徒のラインコックが迷宮内を進みながら頬を膨らませて不満を露わにしている。かといって邪魔をする訳にはいかないことは七星に言われるまでもなく分かっているため、その不満は迷宮内で襲ってきたモンスターや偶然遭遇した人間に向けられた。ラインコックの振るうハンマーによって、生き物がぐちゃっと潰れる。
それを見て、傍らにいた別の男は感慨深く言葉を口にした。
「ふむ……あのカミーラがああも雄に対して良い顔をするとは……」
「…………そういえばあんた誰? カミーラ様のことを知ったような口だけど、それ不愉快だからやめてくれない?」
「む……すまない。少し感慨深くてな、不躾であったか」
と、そうラインコックに謝るのは身長が2メートルを超える巨漢の、彫りの深い顔立ちの初老の男性だった。
その身なりは格闘家風であり、体躯は筋肉質。白い輝きを持つ長髪を後ろで一本に纏めており、それが尾のようにも見える。顔には大きな一本の傷痕があり、歴戦の戦士の風格を漂わせた男性。
いつの間にか一行に加わっており、更にその男に対して誰も何も言わないのでラインコックもレオンハルト側の使徒か下級使徒か何かかと思って何も言わなかったが(カミーラが気になってそれどころじゃなかったとも言う)カミーラに対して敬称も付けず訳知り顔をする存在にラインコックは睨みを向けた。初老の男性が言葉だけで謝罪を行うが、名乗らない。本当に誰だとラインコックは疑問に思うが、その回答は別の所から来た。それは隣にいた七星や、周囲の索敵から帰ってきたハンティからで。
「……ラインコック。こちらの方はその……」
「あれ? ライゼンの姿が変わるところ見てなかったの?」
「……ライゼン?」
その名を聞いて、ラインコックは訝しむ。ライゼンとは確か、カミーラの旧知である巨大なドラゴンの名前であった筈だ。
今はレオンハルトのところに身を寄せており、ここに来るまでに自分達もその背中に乗せてもらった。その大きさと身に秘めた確かな力を感じてラインコックは最初、少しびびっていたその相手が、この人間だという。
「い……いやいやいや! え、何!? ドラゴンって人間になれるの!?」
「いや、人間になるのではない。これは仮初の姿だ」
「ど、どういうことよ!?」
「……カミーラの使徒なのに知らないの? 高位のドラゴンは人型形態になれるんだよ。エネルギーを抑えるためのもので、滅多に使わない技だけどね」
「ふふん。後輩の教育がなっていないようですわね! 七星!」
「……うっかりしていましたね。ドラゴンの間では常識であるため、知っているものとばかり……」
「え……マジ?」
(ミシェーラ知りませんでした……てっきりレオンハルト様が連れてきた新しい下級使徒かと……)
他の古株の使徒達が全員知っている様子なのを見て(※一名は除く)ラインコックはまじまじとその男を引き気味に見る。そしてライゼンは腕を組んで、苦々しくも頷いた。
「うむ……もっとも、ドラゴンであることを誇りにする俺としてあまり人前に出したくない姿ではあるのだが……迷宮は狭いからな。仕方ない……」
「普段からその姿なら食事の量も抑えられるのに全く姿変えないからね。……ま、その方があたしとしてはやりやすくて助かるけど」
「殴りやすくて助かると言いたいのか……だからいい加減に俺をサンドバッグにするのはやめろと何度言えば……」
「サンドバッグにしていいんですか?」
「真似してはいけませんのよ、姫原さん。ハンティさんの行いはハンティさんだからこそ許される行いであって淑女がやっていい行いではありませんわ」
「ミシェーラです!」
「……昔を知る者が見ればどう思うか……あの四大聖竜筆頭のライゼン様をサンドバッグにするなど……正気の沙汰ではありませんね……」
頭を抱える七星や、良い笑顔を浮かべるハンティといった元ドラゴンの使徒達がそう言うのを見て、ラインコックはようやくその男がライゼンであることを受け止める。
「う……だ、だからといってカミーラ様に失礼なことを言ったら許さないわよ……!」
「うむ。気をつけるとしよう。──それよりそろそろ最奥のようだぞ」
ラインコックの意地から出た言葉を自然に受け止めて頷くライゼン。その威圧もライゼンからすれば全く動じるに値しないものなのだろう。
そこに力の差を感じてラインコックは悔しさを感じるが、今はこのドラゴンよりもカミーラ様のことだとラインコックは集中を前方に向けた。
そこではレオンハルトとカミーラが迷宮の最奥と思われる扉を開けたところで。
「さて……到着か」
「呆気ないものだな……もう終わりか」
「俺達が揃っていて苦労する障害など滅多にあるものじゃないからな。仕方ない。──さて、財宝とやらはどこに……」
「──僕探してきます!」
と、ラインコックは一足早く財宝を探し当てて少しでもカミーラに褒めてもらい、同時にレオンハルトの功績を下げようといち早く動いた。迷宮の最奥に足を踏み入れ、その大広間の中を見渡す。
「ううーん。真っ暗で何も──」
「ぅおめでとうだにゃーーーー!!」
「うええぇ!? 何!? ボスモンスター!?」
──そして真っ暗だった大広間の明かりが、突然の声と共に灯る。
ラインコックは突然目の前に現れたその赤いタキシードを着た猫人間とも言える謎の不審人物に驚き、ハンマーを構える。
だがその警戒を無視し、相手はふざけた態度で名乗ってみせた。その迷宮の踏破者に対してクイズでも出題しようと、後続の集団に対して。
「わてはK・D! キング・ドラゴンだにゃ。さあ迷宮の踏破者よ! このまろとクイズで勝負だにゃーー!」
「く、クイズぅ!? なんでそんなことしなきゃならないのよ!」
「なんでと言われてもおらがしたいからするのにゃー。久し振りすぎるので問答無用の有無を言わさず第一問! 今おらが履いているパンツの──」
「…………貴様、は……」
「色は…………あ」
──そうして問題を口にしようとした時……K・Dの目がこちらを見て声を発したその魔人──カミーラと合う。
「……………………」
「……………………」
その時、カミーラとK・Dはしばしの間、視線を合わせて無言となった。
K・Dの方はまさか再会するとは思わず。カミーラの方は、こんなふざけた奴がまさか奴だということを受け止めるのに時間がかかり。
そして他の者達──特にドラゴンの者達はその名前を聞いて「うぅぅ~~~ん……?」と記憶を思い出して訝しむ者や、「まさか……」とその名前を聞いても到底信じられない者や、もはや修羅場に遭遇すると思わず絶句して白目を剥いている者など三者三様であった。
レオンハルトなどもまた遭遇するとは思わずに頭を抱え、この場所に来るようにグッと親指を立てて自信満々に指示をした魔女のことを呪っていたが、もはやその事態は止められない。
「……………………さ、さよならでおじゃ!」
「………………!」
そして、先に動いたのはK・Dだった。
突然の遭遇からの混乱から復活したK・Dは真っ先に逃走を図ろうとする──が、その一瞬後にはカミーラもまた動いていた。
背中を向けたK・Dに対し、カミーラは珍しく全力で前方に向けて駆け出すと、その助走の勢いのままに拳を握りしめて振り被り──
「こんなところで……!! 何を、しているんだ……!! こ、のっ……痴れ者がぁああっ!!」
「うにゃ゛ああああーーーー!!?」
「ど、同胞ぉーーーー!!?」
──脇目も振らずに真っ直ぐ。全力のストレートパンチをK・Dの顔面にお見舞いした。
ぶん殴られて壁際まで吹っ飛び、何度もバウンドして室内を跳ね回るK・Dを見たライゼンが雄叫びを上げた。
「か、カミーラ様!? どうしたんですか!? 急にお怒りになられて……!!」
「ああ……ライゼンがこの反応でカミーラがあれだけ怒るってことはやっぱそうなんだ……」
「……………………」
「七星の思考が止まっていますわね。かつての主君が予想外の姿で現れたくらいで動じるとは……精神面での精進が足りませんことよ! 七星!」
「…………はっ! ミシェーラ分かりました! つまり、あの猫人間を殺せば財宝が……!」
「……ミシェーラ。ステイ」
「え? あ、はい! ミシェーラ、止まります!」
そうして一行もまたカミーラの珍しいブチ切れと突然のグラップラー的な戦いの始まりに騒然となる。
そんな中、その様子を見ていたレオンハルトは表情を無にしてそれを眺めながら思った。
「何がパンツの色、だ……! 私の使徒にふざけたことを抜かして……! まさか今までずっとそのふざけた姿でそんなことばかりしていたと言うのか……!!」
「ち、ちがっ……痛っ、痛……! か、顔は、やめっ……! お、落ち着いてくれ、カミーラ……!」
「気安く私の名を呼ぶな……! 死ね……!!」
「うぎゃあああーーーー!!?」
(……これ、もしかしなくても俺が止めないといけないのか……? それとも止めないで見守ってればいいのか……?)
K・Dにマウントポジションを取ってラッシュを掛けるカミーラの背中を見ながら、レオンハルトは思う。──とりあえず、帰ったら真っ先に
リー「久し振りのドラゴン回ですな」
ペール「ですねぇ。ちなみにこのK・Dさんはどのくらい強いんですか?」
スラル「猫人間状態でも並の魔人よりも強いんじゃないかしら。ランス10のカードだとホーネット並だからね。過去の実績から見ても真の姿のドラゴン状態だと魔王と同等以上の強さはあるかもしれないわね」※諸説あり
ガウガウ「怖ぁ~……近寄らんとこ」
ラウネア「…………(次回はお話の続きとかまた次の話と繋がる話だったりとか。お楽しみに。良ければ感想よろしくねー)」