※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

363 / 411
カミーラと温泉

 

 ──迷宮の最奥に辿り着いてしばらく。

 

「う゛にゃ゛ー…………」

 

「ふー…………」

 

 顔面に大量のコブを作って床に倒れるKD。

 そしてKDをボコボコにしきってスッキリした様子で深い息を吐いたカミーラ。その様子を、他の面々が見守っていた。

 

「ど、同胞……」

 

「さすがカミーラ様! 容赦ないですわね!」

 

「途中、拳が見えませんでした……」

 

「…………(ボコボコにされてるように見えるけど……あれまだ全然体力有り余ってるね……)」

 

「か、カミーラ様……」

 

「…………」

 

 ライゼンが唖然し、キャロルが呑気に褒め称え、ミシェーラが感心し、ハンティが内心でKDの状態を見てその内に秘めた強さを推し量り、ラインコックと七星も何て声を掛ければいいか迷う。

 そんな中で、意を決してレオンハルトはカミーラに近づいた。

 

「……あー、その、何だ……もういいのか?」

 

「…………」

 

 恐る恐ると。レオンハルトにしては珍しく言葉を迷わせ、カミーラに声をかける。

 するとカミーラはしばらく黙っていたが、ややあってゆっくりと口を開いた。

 

「……よくはないが……とりあえずはこれでいい」

 

「そ、そうか(よくはないのか……)」

 

 どこまで痛めつける気だとは思ったが聞けなかった。そして、もしそうなった時は止める理由を見つけるのに苦労するのでやめてほしいと切実にレオンハルトは思う。何しろ、だ。

 ……KD……マギーホアか……まさかこんなところで出会うとはな……。

 レオンハルトはボコボコの状態で床に転がっているK・D──猫人間を見て思う。

 こんなふざけた姿。ふざけた言動では信じられないだろうし、情けない姿ではあるもののこのKDと名乗るドラゴン……マギーホアはかなりの大物なのだ。

 遡ること2000年以上昔──人間が生まれる以前はドラゴンの時代だった。

 かつてのメインプレイヤーである丸いものや、今の人間よりも遥かに強く完成された種族であるドラゴン達の国──大陸統一国家トロンを建国し、最強のドラゴンとして君臨し続けたドラゴン王……それがマギーホアというドラゴンだ。

 その強さは凄まじく、八大精霊竜や四大聖竜といった強大なドラゴン達を圧倒し、初代魔王であるククルククルと大勢のドラゴン達を従え戦い抜き、そのククルククルの跡を継ぐことになった二代目魔王であるアベルと互角以上に戦い、最後にはそのアベルを倒してしまい、大陸に平和を齎してしまうほどの馬鹿げた強さを持っている──その強さゆえに、神に見限られてしまう程に。

 言ってしまえばその強さと偉大さはある意味、神のお墨付きだ。

 当時を知るライゼンからもマギーホアについての話は色々と聞いている。最も強く最も偉大で、最もドラゴンらしい王であったと。

 カミーラの扱いを決めたその性格や治世の良し悪しはさておき、その強さも成し遂げたことも本物である。それだけに、レオンハルトとしては興味深い相手である。

 何しろ人類史以前の過去を知る数少ない存在であり……そして。

 

 ──この地上において……自身を上回る数少ない存在でもある。

 

(……だが……自重しなくてはな)

 

 一瞬。誰にも気づかれない程度のほんの僅かな刹那の時ではあるが、レオンハルトの食指が伸びかける。

 後先考えずにこの場でマギーホアに本気で斬りかかってしまえばどうなるか──そんな破滅的な考えが思考の片隅に現れたが、レオンハルトはそれを思いながらも表に出すことはない。後先考えずに衝動に身を任せるようなことはしない。それを行う理由もなければデメリットも大きいのだ。

 勝てる保証がないことなどはどうでもいいにしろ、自身の信念や大事な部分から外れるようなことはしない。

 ゆえにレオンハルトは大人しくその話の成り行きを見守った。カミーラがマギーホア……KDを見下ろして再び口を開く。

 

「それで……財宝はどこにある? 貴様が隠し持っているのか?」

 

「ざ、財宝というか景品というか……貴重なものならこの先にあるが……」

 

「ならそれをよこせ」

 

「…………わ、わかったにゃ……」

 

 カミーラの有無を言わせぬ要求にKDは頷くしかない。口の中をもごもごとさせていたが、さすがのK・Dもかつて自身が長きにわたって束縛して酷い仕打ちをした相手に対し「それはクイズ勝負に勝ってからだにゃ──!!」とは言い出せなかった。

 それどころかふざけた言動すら謹んでいる。語尾に猫っぽさがまだ残っているが、それを聞いた時にカミーラの視線がまた冷たくなったのを見てKDはビクッとしていた。やめればいいのに……と誰もが思う。

 

「……随分と弱々しいというか情けないですね……本当にドラゴンの王様なんですか?」

 

「う、む……まあ、色々あったのだ……」

 

「まあカミーラ相手だからねぇ……」

 

(マギーホア様……お労しや……)

 

 ミシェーラの素直な疑問にドラゴン勢が微妙な顔になる。色々あったとしか言えない。説明しにくいことだからだ。

 特に今はカミーラが目の前にいるため、よりその説明は憚られた。KDの擁護は誰も出来ない。

 

「それで、結局お宝ってなんですの?」

 

「! そ、そうだよ! 本当にカミーラ様に相応しいお宝なんでしょうね?」

 

「……相応しいかどうかは分からぬが……貴重ではあるぞよ……」

 

 キャロルとラインコックの質問に小声で答えるKD。

 そのK・Dは重い足取りで先頭を歩き、隠し扉の先を歩いてその宝のことを説明した。レオンハルトが発した質問に答える形で。

 

「どういうものなんだ?」

 

「…………温泉だ」

 

「……何?」

 

 レオンハルトや他の者が呆気に取られる。KDの答えと、彼が案内したその場所の光景を見て。

 

「……何だ、これは……?」

 

「金色の温泉……?」

 

「うむ……その通りにゃ……だ。ここは特殊な効能が得られる金の湯がある迷宮でな……」

 

「キラキラ輝いてますわー! すげーですわ!」

 

「…………」

 

 宝が温泉だと知ってカミーラが無言となる。レオンハルトも何とも言えない表情となり、喜んでいるのはキャロルだけであった──が、温泉であるというだけで判断するのは早計であるとレオンハルトは尋ねる。

 

「……どんな効能があるんだ?」

 

「この湯に浸かった者の経験値効率がしばらく良くなる……具体的には、1.5倍程度だ」

 

「あ、思ったよりいい効果だった」

 

「ミシェーラ分かりました! この温泉は、レベル上げに使えます!」

 

「そんな誰でも分かることを堂々と……」

 

 一応その効能を聞けば貴重な宝だという言葉にも誰もが納得した。カミーラが求めていたかは微妙だが、それでも使えるものであることには違いない。

 特にレオンハルトやハンティのような強くなることに熱心な者にとっては下手な財宝よりこちらの方が確かに良いものである。それを思いながらも、レオンハルトは少し思考した。

 ……なるほど。この温泉にカミーラを入れてレベル上げをさせればより捗るな……。

 そこでレオンハルトは気づく。もしかしたら魔女の占いはこのことを示していたのかもしれないと。

 ならばやるべきことは1つだった。レオンハルトは声を出す。皆をまとめるように。

 

「……なら入る、か。カミーラはそれでいいか?」

 

「…………まあ、構わぬが……」

 

「レオンハルト様と混浴ですわ! お背中流しならこのわたくしにお任せを!」

 

「ちょっ! まさか一緒に入る気!? そ、そんなの……!」

 

「いや、普通に分けて入れば?」

 

 レベル上げというものにあまり興味がないであろうカミーラも、風呂が嫌いという訳でもないし、ここまで来て収穫無しで帰るというのも味気ないとでも思ったのか、レオンハルトの提案を承諾する。

 ラインコックが何やら勘違いをしていたが、ハンティの言うように分けて入ればいい話だ。そう思い、レオンハルトは一旦その場を後にしようとしたが。

 

「いや、その効能が得られるのは男女一名ずつのみ。それも一緒に入る必要がある」

 

「…………は?」

 

「え……?」

 

 ハンティやラインコックの間の抜けた声が響く。

 それはつまり男女1名ずつで混浴をしろということで、中々にふざけた条件だった。再びカミーラの怒りが湧き上がる。

 

「貴様……まだそのようなふざけたことを口に抜かすか……!」

 

「し、仕方ないであろう……! 本当のことで……このお湯は男女で一緒に入らないと効能がなくなるのだ……! それも効能を受けれるのは10年に一度のみで……」

 

「えー……何その条件」

 

「随分と限定的な……」

 

 カミーラの威圧にKDは必死に答える。どうやらおふざけでなく本当のことであるらしくハンティと七星は呆れていた。

 レオンハルトもまた頭が痛くなったが、この世界ではよくあることでもあるため、すぐに受け入れはする。受け入れはするが……何となく先が見えたのでレオンハルトはこの後どうするべきかに頭を悩ませた。

 

「……なら分かりました! レオンハルト様とカミーラ様でお入りになってください! ミシェーラ達は我慢しますので!」

 

 ──と……やはりと言うべきか、そのようなことを堂々とミシェーラが口にしたのでレオンハルトは小さく息を吐く。キャロルがうんうんと頷いたのが見えた。

 

「さすがはわたくしの後輩、姫原さんですわね! わたくしも賛成ですわ!」

 

「だ……ダメに決まってるでしょうが! か、カミーラ様と混浴なんてうらやま……失礼すぎでしょ!」

 

「でもそうしないとレオンハルト様とカミーラ様が効能を受けることが出来ませんわ!」

 

「そうです。それともまさか……どちらか一方に諦めろと申すつもりですか?」

 

「う……いや、それは……でも……」

 

 ラインコックは否定するが、キャロルとミシェーラの言葉に気勢が弱まる。まさかカミーラだけに効能を受けさせろとは言えない。そしてあわよくば自分が……とも言い出せない。

 結果同じカミーラの使徒の七星に目線で助けを求めるが、七星もまた考え込んでいた。そして、考え込んだ末に七星は。

 

「……カミーラ様のご随意に」

 

「し、七星!?」

 

 ──七星は考えるのをやめた。別に賛成も否定もしない。カミーラの意見が何よりも優先されることだと基本を思い出した。決して考えることが面倒臭くなった訳ではない。

 

「……で、でもほら……レオンハルト様の方が良いかどうかは……」

 

「…………」

 

 流れが悪いと気づいたラインコックが、レオンハルトの方にもおそるおそる水を向ける。

 そしてそれを聞いたレオンハルトは既にこの結果を予測して答えを出していた。ラインコックの言葉を飲み込み、自身の欲にも蓋をする。そして結論を口にした。

 

「……いや、俺は遠慮しておこう。さすがにカミーラと一緒に入る訳にはいかないからな」

 

「!」

 

 あっさりと、そう口にしてみせる。その湯の効能を受けてみたいし、希少な温泉というのも興味があるが、それを泣く泣く諦める。

 それにここで一緒に入るかと言ったところで関係性が良くなるとは思えなかった。好意を疑わせてはいけないが、下心を見せても良くはないだろう。

 

「カミーラは……使徒のどちらかと入ればいい。──さあ、行くぞ」

 

「了解ですわ!」

 

「せっかくの経験値効率を上げる機会だってのに……勿体ないねぇ」

 

「ハンティ様は向上心がすごいですね……! ミシェーラ、尊敬します!」

 

「使徒の少女よ。尊敬するのは良いが見習ってはいかんぞ……間違ってもこうなっては……」

 

「雷撃」

 

「ぬおお!? おいやめろ! この形態だと無効化できんだろうが!」

 

「あんたが馬鹿なこと言わなきゃすむ話だよ」

 

 そうしてレオンハルトは自分の使徒やライゼンを連れて踵を返す。カミーラが湯に入って出てくるまで先程の場所で時間でも潰していようと。

 

「な、ならカミーラ様……ど、どうします? いつも通り、湯浴みの支度をしますか……?」

 

「……………………待て」

 

「!」

 

 そうして後に残るのはカミーラとその使徒達だけとなる──筈だったが、カミーラはあっさりと惜しげもなく去っていくレオンハルトの背中を見て声を掛けた。

 

「……どうした? 俺に遠慮する必要は──」

 

「……いや、いい。許してやる……レオンハルト。お前が私の供をしろ」

 

「……………………何?」

 

 ──そしてカミーラから告げられた予想外の言葉とその後の展開に、レオンハルトは久方ぶりに困惑させられた。

 

 

 

 

 

 ……どうしてこうなった……? 

 

「……レオンハルト。何をしている……?」

 

「……いや、何でもない……」

 

 迷宮の最奥。KDに案内された隠し扉の先にあった金の湯とやらに、俺は入ることになった。

 入ることになっただけならいい。何も頭を抱える必要もないが……。

 

 ──それが、カミーラとの混浴ともなれば話は別だった。

 

 しかも……しかもだ。

 

「……カミーラ」

 

「……何だ?」

 

「お前……自分で身体を洗ったりはしないのか?」

 

「……しないな。だが、それはお前もだろう……? 普段から使徒に世話をさせている筈だと思っていたが……?」

 

「……まあ、それは……そうなんだが……」

 

「ならさっさと洗え」

 

「……ああ」

 

 反論する余地もなく、手を動かしてカミーラの身体を洗う。

 そう、洗う羽目になっていた。そのことに、酷く動揺している。

 というのも互いに全裸なのだ。温泉なので当たり前だが、カミーラの青白い肌が、その身体が──かつて大勢のドラゴンがその身を求めて争ったというその極上の肢体。女性としての1つの黄金比を形取ったその身体が、俺の目の前に晒されている。

 かくいう俺も肉体にはかなりの自信があるし、それを褒め称えられることはあるとはいえ……自意識の問題か、酷く冒涜的な、イケないことをしている気分だった。

 普段は自分で身体を洗ったりなどの諸々をしないからという理由で俺がカミーラの身体を洗っているのも、約得と言えば約得なのだがカミーラの機嫌を損ねる可能性を思うとそういう気分にはなれない。意図が読めないので言うなれば、怖かった。

 

「次は腕を洗うぞ。……構わないんだな?」

 

「……ああ」

 

「なら腕を上げてくれ」

 

「…………」

 

 確認を取り、お願いをすれば無言でカミーラが腕を上げてくれたので、そこを俺は手を滑らせて洗っていく。

 背中を洗っていた時点で感じていたが、その肌の滑らかさはやはり極上のしっとりさと張りを持ち、触っていて気持ちのいいものだ。

 俺は耐えられるが、並の男であれば耐えられないだろうな、と思う。カミーラの下級使徒とやらはカミーラの世話をしているらしいが、よく耐えられているなと感心してしまう。欲情して勝手なことをするのはカミーラの機嫌を損ねることになりかねないだろうしな。下級使徒の気持ちが分かる。俺もまた、恐る恐るといった気持ちだ。

 

「んっ……」

 

「……悪い。強かったか?」

 

「……いや、悪くない。そのまま洗え」

 

「……わかった」

 

 ……途中、カミーラが俺の手の動きに反応して声を少し上げただけでも細心の注意を払って動きを止めて確認を取る。

 腕を洗い終え、今度は足を洗っていった。くるぶしからふくらはぎ。太腿のラインを両手でしっかりと洗っていく。無心で。心を鋼に──いや、スポンジにする。大丈夫だ。ポーカーフェイスには自信がある。際どいところを触ることになっても問題はない。

 

「…………次は前も洗え」

 

「……いいのか? さすがにそれは……」

 

「いいと言っている。さっさとやってみろ」

 

「……わかった。なら洗わせてもらう」

 

 どこかこちらに厳しい視線を送ってくるカミーラの頼みに応じ、今度はカミーラの前に回ってカミーラの身体の前を洗うことにする……するのだが……。

 

「……んっ……」

 

 ──デカい……いや、違う。無心だ、無心。感想を心に抱くな。抱いても表には出さないように努めろ。なるほど、HかIは超えてるな……じゃない。考えるな。俺は鋼だ。無心で洗え。変なことを考えるな。

 

「……ふっ……」

 

「……どうかしたか……? やっぱりマズかったか?」

 

 そしてその途中。カミーラがふっと笑ったので手を止めて身体から離した上でお伺いを立てる。

 するとカミーラはその得意気な笑みのままこちらを見て。

 

「いや……何でもない。そのまま続けろ」

 

「……ああ。わかった」

 

 結局、そのまま続けるように要求してくる。

 その意味が分からない。分からない、が……どうやら機嫌は良くなっているし、失敗はしていない様子だった。

 ……まあ、このまま洗い終われば後は湯に浸かって終わりだ。それまで普通でいればいいだろう。

 

 

 

 

 

 ──カミーラはレオンハルトを試していた。

 お出かけに誘われ、迷宮を踏破し、そこでマギーホアと出会ってひとしきりの暴力を振るった後……温泉が宝だと言われ、一対一で混浴する必要があると聞いた時はさすがのカミーラも少し迷ったし、必要性はないと考えたのだが。

 

(全く下心も出さないとは……レオンハルト。お前は本当に私のことが好きなのか?)

 

 湯浴みを一緒にするという絶好の機会をフイにするレオンハルトのその様子に、カミーラは訝しんだ。

 カミーラの考える雄という生き物は、好きな雌の前では──いや、魅力的な雌を相手にすれば下心や下卑た欲望を覗かせるものである。

 先程再会したマギーホアですらそうだったのだ。あれもまた、自身を手に入れるために躍起になっていた雄の一体だったとカミーラは回顧する。そう、マギーホアほどの雄ですらそうなのだ。

 だというのに──目の前の男は何だ? 

 自分という雌を、極上のそれを目の前にし、好意を抱いているのに──欠片も下心を覗かせず、混浴を遠慮するその姿勢は、紳士過ぎて些か不審に感じた。

 道中でこちらを心底褒め称えるような口説き文句を口にしてきた時は、なるほど悪くない、と思ったものだが、こうしていざという時にフイにされてはカミーラとしては少し眉をひそめてしまう。

 

 ──つまるところ、カミーラのプライドが許さなかった。自分という雌に、何の反応も寄越さないレオンハルトを見て、少し苛立ちを覚えた。

 ゆえに試してやることにした。一緒に湯浴みをする。そうして裸体を拝めばレオンハルトの雄の部分が垣間見えるかもしれないと、そう思い。

 

(だが……まさかここまでしなければならないとはな……)

 

 そうしていざ裸体を見せたのだが……その時もレオンハルトの反応は薄く、紳士的で雄の部分はあまり見えなかった。

 身体を洗ってる時でさえ、レオンハルトの表情に揺らぎはない。顔をじっと観察し、その視線や表情の揺らぎをずっと見ていたがそれらが見えないことにカミーラは訝しみ、そして更にプライドを刺激される。

 最初は際どいところまでは洗わせる気はなく、精々背中や手足程度で済ませようと思っていたが、それでも反応を見せないためレオンハルトが好むという胸まで洗わせることになったが……そこでようやく、レオンハルトは反応を見せた。

 

(眉が0.1センチほど下がったな……なるほど。やはり胸を好むか……)

 

 カミーラはレオンハルトの僅かな反応を見逃さなかった。やはり、無心であるようには見えて無心ではない。理性を働かせて耐えているだけでレオンハルトは反応していた。

 特に正面に回って胸を触らせてからはそれが顕著であり、一度気づいてしまえばレオンハルトもまた雄であることが分かる。いやらしさは感じないが、きちんと反応はしている。

 

(ふっ……あくまでも私を立ててみせるか……その心意気は悪くない……)

 

 そして反応しているのが分かれば、その鉄面皮にも可愛げを感じる。

 レオンハルトは自分を尊重して我慢しているだけというのが分かったのだ。そうなればカミーラのプライドも両方の意味で守られる。下心を出しすぎてる相手は嫌いだが、かといって何も反応を見せないのはプライドが許さない。

 カミーラのその面倒くさい好みに、レオンハルトは見事応えてみせた。カミーラはレオンハルトのその反応に満足しつつ、身体を洗わせる。

 

(それにしても……洗うのが上手いな……)

 

 そしてその身体に触れるテクニックもまた、レオンハルトは極上であるとカミーラは判断する。下心をあまり感じないのに、身体に僅かだが快感が走った。

 その事実にどこか高揚を覚えながらも湯船に浸かる。レオンハルトと共に。

 

「……これは良い湯だな」

 

「ああ……効能だけでなく湯としても良いものなようだ」

 

 その湯はレオンハルトの言うように確かに、湯としても良いものであるようでそれだけでもカミーラを満足させた。

 だが、カミーラはその湯浴みとは別のところにも楽しみを見出してもいる。

 

「ふっ……どうした? お前ほどの男が……まさか恥ずかしがっているのか?」

 

「……いや……あまり見るのも悪いと思ってな」

 

「くく……そうか。だが私は気にしない。好きにするといい」

 

「……ああ」

 

 レオンハルトはカミーラの方をあまり見ようとしない。カミーラの方から視線を向け、からかうように言葉を向けてもその反応はそっけないものだ。

 だがそれがただの気遣いであり我慢であるのならカミーラとしては問題ない。その内側に、自分への情欲をひた隠しにしているのだろうと思えば可愛いものだ。

 

「……それと……なんだ。せっかく効能を得たんだからレベル上げでもしようと思うんだが……お前も来ないか?」

 

「ふ……そうだな。いいだろう。お前に付き合ってやる。感謝するんだな」

 

「ああ、感謝する」

 

 上からの言葉も自然に受け取り、素直に感謝を述べてくるレオンハルトのその振る舞いにカミーラは自尊心が満たされ、優越感の湯にたっぷりと浸かる。

 そしてカミーラは改めて理解した──このレオンハルトという男は、自分の好みに完璧に合致する。自分と番になるだけ資格と価値を持つ……最高の雄であると。

 

 

 

 

 

 ──そして、温泉から出ると。

 

「お帰りなさいませレオンハルト様! 湯加減は如何でしたか?」

 

「ああ……まあ、良かったぞ」

 

「それは良かったですわ!」

 

「……ミシェーラ分かりました。これでレオンハルト様もカミーラ様もより強くなれるということですね!」

 

「いや、だからそんな誰でも分かるようなことを堂々と言われても……」

 

 レオンハルトは使徒達の出迎えを受ける。

 まだ少し緊張が残っていたが、終わってしまえばほっとした思いだった。

 そしてカミーラの方もちらりと見て。

 

「えっと、その……大丈夫でしたか? カミーラ様……?」

 

「……ああ。悪くない、時間だった」

 

「え……それはどういう意味で……?」

 

「…………行くぞ」

 

「はっ」

 

「え、あ、はい……!」

 

 湯を上がったカミーラが微笑を浮かべ、ラインコックと七星を連れて先にその場を後にする。その機嫌が良さそうな様子を見て、レオンハルトは自分達も歩き出しながら今回の遠出の結果を思う。

 少なくとも、カミーラの機嫌が良くなったし、成果もあったのだから成功だと思っていいだろう。関係性も悪くはなっていない。

 それに加えてKD……マギーホアとも初めて会えた。そのこともまた収穫だ。そう思い、KDの横を通って帰路についていく。

 

「……それではな、同胞」

 

「ああ……まただにゃ」

 

 ライゼンとKDが挨拶するのを見た後に、レオンハルトは少し遅れてKDの前を横切った。

 渡りをつけることも難しければ、何を話すにもこの場では難しいだろうと判断してカミーラと同じように特に何も言うこともせずに去ろうとする。

 ──が、そこで。

 

「──先程の殺気はそちらから私に向けられたもので合ってるか?」

 

「!」

 

 不意に、真面目な声でそう問いかけられ、レオンハルトはその身を硬直させる。

 KDの見た目は変わっていない。その身に纏う力も、変わっていない。力を表に出してはいない。

 それでもライゼンやカミーラ、ハンティも気づくことのなかった一瞬の揺らぎに気づいてみせたことに、レオンハルトは威容を感じ取る。

 そしてその反応が、KDにとっては答えに等しかった。

 

「ああいうのはやめてくれ。一瞬反応して対応しかけた……今更戦う気はないのだ」

 

「……そうか。悪かったな。そして……残念だ」

 

 互いに簡潔に言葉を交わし合う。KDの──マギーホアの言葉の意味を理解し、レオンハルトもまた率直に自らの思いを口にする。

 そうして言いたいことを言えばレオンハルトも再びKDに背を向けて歩き出したが……マギーホアは更にこう告げてきた。

 

「アベルのことは礼を……そして謝罪を言わせてもらう」

 

「! ……いや、気にする必要はない。解決した訳ではないからな」

 

「それでもだ。あれは我々が残した負の遺物のようなものだからな……」

 

 低い声で独り言のようにそう口にするマギーホアに、レオンハルトは背を向けたまま肩越しに彼の様子を確認する。

 だが何かを読み取ることは出来ない。それもそうだろう。何しろ相手は自身の何倍の年数を生きてきたドラゴンの王。

 それも真の姿を隠した状態で推し量れることは少ない。

 ゆえに出来るのはちょっとした予想だけ。彼が、後悔を抱えているのではないかという想像だけだ。

 

「……カミーラのことを頼む」

 

「……そっちは頼まれるまでもないな。あいつはもうドラゴンじゃない。魔人、だからな」

 

「……そうか……ああ。それも、そうだ」

 

 レオンハルトは予想する。

 マギーホアがその気なら、カミーラの暴力など一方的に跳ね除けることが出来たのだろうと。

 だがそれをしなかったのは偏にカミーラに対する申し訳無さ。謝意を感じているからに他ならない。

 カミーラにはマギーホアに暴力を振るう権利があると、他ならぬマギーホア自身がそれを認めている。

 あるいは殺されてもいいと思っているのかもしれない。殺せるかどうかはさておき──マギーホアからは生への執着や欲といったものを感じ取れなかった。

 それゆえに、カミーラ以外から暴力を受けても抵抗しないのかもしれないが……こうして態々カミーラのことを頼んでくるのは未だ気にかけている。気負っている証拠でもあった。

 だからこそ答えてやる。少なからず、付き合いのある相手。関係性を深めた相手として。

 

「俺は一度内側に入れたものを無責任に放り出したりはしない。だから心配するな」

 

「……ああ。なら少しだけ、安心するとしよう。……ではな」

 

「ああ」

 

 その言葉を最後に、KDの気配はその場から消える。それを確認してレオンハルトもまた歩みを前に進める。別れの言葉も呆気なく。

 次に出会うことになるのはいつになるやら──あるいは、もう会うことはないかもしれないとも思いながら。




今回はこんなところで。そろそろジル様のターンが来そうですが、その前にライブラくんを一度出しておきたい気もするので次はどっちかです。お楽しみに。

良ければ感想よろしくねー。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。