その日はレオンハルトの数少ない休日であった。
魔軍参謀として魔軍を運営し、魔人筆頭として魔人を統率し、紅魔城の城主として大勢の下級使徒、レオンハルトシティの魔物を治めている魔人レオンハルトにとって完全な休日は珍しいものである。
もっとも1000年以上昔の時代、魔王ナイチサの時代よりは休める日も多くなっている。今は魔物の黄金時代。人間の国というものが存在せず、人間と魔軍の戦争が常だった時代よりは仕事が少ない平和な時間を過ごせている。
「ふんふ~ん♪」
それが今この時にも表れていた。
レオンハルトシティから程近い場所にある野山。自然豊かな原っぱにレオンハルトはいた。1人ではなく、隣にはレオンハルトの女である魔人ラ・ハウゼルを連れて。
「良いピクニック日和ですね」
「ああ、そうだな」
ハウゼルは久し振りに家族での時間を取れたことが嬉しいのか機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらレオンハルトの手をぎゅっと何度も握り込む。
そう、家族の時間だ。
ゆえにそのハウゼルの隣からやや少し遅れて不満そうに付いてくるのはそのハウゼルとレオンハルトの息子であるカイゼルだった。
「チッ……何が悲しくてピクニックなんか……俺様はもうガキじゃねーっての」
「カイゼル?」
「っ……な、なんだよ、マ……ママ」
親に聞こえないように小声で悪態をつくカイゼルだったが、ハウゼルが反応してカイゼルの方を振り向くとやや怯えた様子を見せる。
その顔は普段付けているマスクもなく、カイゼルはそのレオンハルトによく似た顔をさらけ出していた。特に、鋭い目つきに野心を感じさせるようなその瞳はレオンハルトが戦闘を楽しんでいる時の顔に似ているもの。
それでいて髪色はハウゼルににた鴇色とも言うべき髪で、男にしては少し長いその髪を後ろで一本に結っている。
総じて容姿は整っているが粗暴さが隠しきれておらず、チンピラの親玉のような雰囲気を醸し出す生まれ持っての魔人カイゼルは、しかし、自身の母親であるハウゼルには弱い。
今も振り向いたハウゼルに対して顔を背け、苦虫を噛み潰したような表情となり、
「また熱気が抑えきれていませんよ?」
「うっ……! う、うっせーな……分かってんよ。今消そうと思ってたところだ」
ハウゼルの注意、足元の草に火が付いているのを指摘され、カイゼルは慌ててそれを足で踏み潰すことで消す。
乾燥した場所や草木の多い場所では時折、熱くなるとこういうことが起こる。カイゼルは力は大きいがコントロールが未熟でそのことをよく注意、もとい教育されていた。
「せっかくの楽しいピクニックなんですから気をつけなさいね」
「……そもそもピクニックに行くつもりなんざ……どうせ外に出るならもっとこう楽しめる場所の方が……」
「──カイゼル?」
「っ、な、何でもありません……」
ハウゼルの目がすっと細くなるとカイゼルは敬語になり大人しくなる。
だがその様子を見てハウゼルもまた息を吐き出した。
「……はぁ。まったく幾つになってもカイゼルはやんちゃなんですから……」
「……まぁそれもカイゼルの良いところだろう」
「それは分かってますけど……」
ハウゼルの子供に対する悩みにレオンハルトはフォローを入れておく。
確かにやんちゃぶりが目立つのは事実だが、その方向性さえ間違えなければカイゼルは子供たちの中では力も強く将来性は高い。
特に最近、使徒を作ったことでそれも僅かだが垣間見えていた。レオンハルトはちらりと横目でカイゼルを見て思う。ちょうど使徒と会話をしているところで、
「チッ……まあ来ちまったもんはしょうがねえ……確かに羽を伸ばせる機会ではあるしな……」
「カイゼル様、マジでいつもこもりっぱなしですからねぇ……しかしピクニックって何をするんで?」
「ん、ああ……大体見晴らしの良いところで弁当食って、適当に飛び回って遊んだり……後は野良の魔物相手に軽く戦ったりして、疲れたら読書か昼寝だな」
「……なんか普通の遠征と変わらないですねぇ……」
「まあな。だが一応それなりの楽しみはなくはねーけどよ。とはいえガキの頃から何度も行ってるから今更珍しくとも何とも……」
そう言ってからカイゼルは思ったのだろう。
自身の使徒が、元は野良の人間であるためピクニックを味わったことがないことに。
ゆえにカイゼルはそこで悪い笑みを浮かべた。
「……いや、そうだな。せっかくだしここは俺様がお前にピクニックの楽しみ方を教えてやる」
「え……それは……(いやいらないんですけど……というか僕ちゃんにはこの機会にレオンハルト様に媚びるという重大な使命が……)」
「文句はねぇよな?」
「へい! もちろんですぜカイゼル様ぁ!」
「クハハハ! それならいい! よーしそれなら俺様もやる気が出てきたぜ! 来いスケアクロウ! まずは良い感じの棒を見つけるぞ!」
「ぼ、棒? よく分かりませんが分かりましたぜ! ゲッヘッヘ……! (よくわかんねーが主だし断れねー……!)」
急にやる気を出したカイゼルはその原因である使徒のスケアクロウを先導するようにずかずかと先へ進み始めた。
そしてそれを見たもう一人の同行者が慌てて付いていく。
「あっ、ちょっとちょっとカイゼル様ー! 待ってくださいよー!」
その同行者はハウゼルの使徒である火炎書士だった。
「ちょっと付いていって見てきますね!」
「ええ、お願いね」
「はい! ──カイゼル様~! あんまり遠くに行っちゃダメですよ~!」
昔からカイゼルの子守やお付きも任されていた火炎書士は少し離れていってしまったカイゼルとスケアクロウにも主に一言伝えた上で追いかけていく。
するとその場にはレオンハルトとハウゼルの2人だけになり、
「ふふ、やっぱり来て良かったですね。カイゼルもお友達が増えたおかげで楽しそうですし」
「初めはどうなることかと思ったが、結果的には良い影響を与えたみたいだな。特にカイゼルは下に誰かがいてこそ輝くようだ」
2人で息子であるカイゼルの変化について話し合う。勝手に行動して使徒を連れてきた時はハウゼルもかなり怒り、レオンハルトとしても説教と折檻を行ったものだが、結果的に使徒が出来たことはカイゼルにとって良い方に転がっている。
少し遠くでスケアクロウにピクニックの楽しみ方を自慢気に語っているカイゼルを見ればそれがすぐに分かる。カイゼルはやはり、面倒見が良い。
特に自分を慕ってくれる下の人間に対してそれが発揮されるようで、それがあのスケアクロウの上位者を煽てる気質がマッチしているようだった。ケッセルリンクとの息子であるアルベルトとその使徒であるメリルのようにパートナーという感じではないが、かえってそれが合っている気がした。
そのため最初はなにか不都合を起こすようであれば殺してしまうことも考えたスケアクロウだが、今では問題なく身内に迎え入れている。
「さて……この辺りか」
「そうですね」
そしてそんなことを考えながら良い感じの場所──木の陰に当たるその場所にシートを引くとハウゼルがその手に持っていたバスケットをシートの上に置く。
中にはハウゼルが作ってきたお弁当が入っている。全員の分の昼食だ。
「カイゼル達は……少し遠いな」
「ふふ、元気ですね。少し待ちましょうか」
弁当を食べようと呼びかけようとするもカイゼル達は少し遠くで何かを探している様子であるため、レオンハルトはハウゼルと共にシートに座って待つことにした。
「風が気持ちいいですね」
「ああ」
レオンハルトは木の根本部分にもたれるように腰掛ける。
するとハウゼルもまたその隣にやって来た。自然に、飾ることもなく。
「ん……」
肩を寄せ、頭をこてんと預けてくるハウゼルの身体の重み。常人よりは熱めの体温をレオンハルトは感じた。
もう慣れた感触だが、それだけに落ち着きを感じる。
……本当に落ち着くな。
ハウゼルからの偽りのない好意を感じながらの無言の時間を過ごす。
通常、無言の時間とは気まずいものだが、それが気の置ける相手や想いを寄せ合う相手であればそれは気まずいものではなく心地いい時間へと変わることをレオンハルトは知っていた。
それも共に長い時を過ごしている相手であれば尚更だ。ハウゼルとも結ばれて百年以上。
常に一緒というわけではないが、それでもそれだけ長い時を過ごしていれば落ち着いた時間をも楽しめるようになる。
「レオンハルトさん……♡」
──ちゅっ♡
……とはいえハウゼルもまた魔人としては若い。
それだけにまだまだ──あくまで魔人同士の恋愛としては──新婚気分といったところでこんな風に甘えてくることも多い。
だがそうやって甘えられることも勿論嬉しいことに変わりはなく、またそれを受け止めることも男の甲斐性だ。
ゆえにハウゼルからのキスを受け止め、そしてレオンハルトは目線を美しいハウゼルの方ではなく子供と使徒たちの方に向けることにした。
「また後でな」
「……はい。そうですね」
僅かに頬を紅潮させながら微笑を浮かべるハウゼルだが、甘い雰囲気は抜けきっていない。一見普通の子供を見守る穏やかな母親にも見えるが、その左手がこちらの右手を重なってしっかりと恋人繋ぎをしていることをカイゼルや使徒たちは見逃さないだろう。
それだけにレオンハルトはまた嫌がられることを察した。子供は意外と親のそういう雰囲気を見抜いてくる。こちらとしては普通にしているつもりでもどういうわけか甘い雰囲気を察して向こうの方が空気を読んで離れたりするからな。
そして逆にその気遣いをこっちも読み取れるため若干いたたまれなくなる。
……それにカイゼルの場合は誰よりも嫌がるからな……。
未だに童貞のせいか、こちらが行う恋愛や性の気配に敏感するカイゼルはフラストレーションを溜めてしまう。
それだけにあまりこういった気配は見せてやりたくはないが……しかしこれくらいであればしょうがない部分もあるため対処法が見当たらない。
いっそ女でも充てがって童貞を卒業させてやろうとも思うが、ハウゼルに黙ってやるわけにもいかなければ理解を得ることもまた難しい。
どうしたものか……と悩んでいると側に気配が来た。
「っと。やっぱりここにいたね」
「……ハンティさん?」
目の前に突然現れたのはレオンハルトの使徒であるハンティだった。
その彼女が表れて頭に疑問符を浮かべるハウゼルと同じく、レオンハルトもまた疑問を感じながら応じる。今日が休日であることは当然使徒であるハンティは知っている。それでもこうしてやって来たということは何か用事があるのだろう。レオンハルトはそれを察した。
「どうかしたか?」
「まあね。せっかくの家族水入らずのところ悪いんだけどさ……ジルがお呼びだよ」
「! 魔王様が……」
そしてその幾つか思い浮かんだ用件の中で最も最悪かつ回避出来ない用件を口にされ、レオンハルトは息を吐く。
幸いなのは隣のハウゼルもそれが回避出来ない用事であることを察してくれていることだ。
とはいえせっかくの休日が潰れてしまったことには変わりないが。
「……そうか。すぐに行く」
「……送って行こうか?」
「いや、いい。それよりも……そうだな。せっかくだから俺の代わりにここでカイゼルと遊んでやってくれ」
「ん、わかった──よーし、カイゼル! こっち集合!」
「げっ!? ハンティ!? テメー何でここに!」
「ちょいとあんたの遊び相手になってやろうと思ってさ。久し振りに鬼ごっこでもしようか。そっちの……スケアクロウだっけ。それに火炎書士も付き合いな」
「ゲヘ!? ぼ、僕ちゃんも!?」
「わ、私もですか!? い、いや~……火炎ちゃんは、そういうのはちょっと……」
「いいからいいから。それじゃ数えるよ。い~ち、に~い……」
「ぐ……クソ! おいお前ら早く隠れるぞ! 捕まったらゴリラ以上のパワーで殴られちまう!」
「ええっ!? ただの鬼ごっこじゃないんですか!?」
「俺様たちが子供の時に訓練代わりによくやった“殴り鬼”だ! げんこつ食らったら負けってのがルールでな! 速さとか力とか耐久力とか精神力とか色んなものが鍛えられるぜ!」
「ただの罰ゲームじゃないっすか!」
「ひ、ひえ~!」
ハンティに子供の遊び相手を命じればノリよくハンティは付き合ってくれた。カイゼルたちが悲鳴を上げて喜んでいるのを見て、レオンハルトはハウゼルにも声を掛ける。謝罪の言葉を。
「……すまないな。また後日、埋め合わせはする」
「……はい。こっちは大丈夫ですから。気をつけて行ってきてくださいね」
「ああ」
少し心配そうにしながらも見送ってくれるハウゼルに頷きを返し、レオンハルトは急いで城へと戻ることにした。
……こればっかりは仕方ない。
数少ない休日とはいえ、魔王の呼び出しに応えないわけにはいかない。この辺りが魔人の辛いところだな、とレオンハルトはいつも通り気持ちを切り替えて魔王城へ向かうことにした。
──魔王城。
魔人レオンハルトは魔王城の廊下を早足で歩いていた。
その理由は単純明白。魔人の上位である魔王を、それなりの時間待たせているからだ。
……普段より少し遅れてしまったな。何も言われなければいいが……。
魔王ジルの呼び出しを何度も受けているレオンハルトにとって、そして何度も呼び出しているジルにとって、レオンハルトを呼び出してからどれくらいで辿り着くかというのは大体理解しているものだ。
どんなに遠い場所にいても一日はかからない。早ければ2、3時間もあればレオンハルトはジルの下へ参じる。
レオンハルトシティと魔王城の距離はそれほど遠くはないことや、ライゼンに乗れば早いことも理由としてはある。
何しろ他の魔人ではこうは行かない。飛行も出来る最速の魔人であるメガラスなどは別としても基本移動は徒歩であり、うし車を使って移動する者も少ないのだ。
ゆえに呼び出しを受けても魔王城まで辿り着くのは数日中と、曖昧なものだ。ジルも時間にはあまり厳しくないし、魔人も時間にはルーズな者が多い。
それにそもそもジルに限って言えば他の魔人の事はどうでもいいと大して気にしてもいないので、仮に呼び出したとしても無視するようなことさえなければ気に留めないだろう。
だがレオンハルトは別だ。
気に入っている魔人に対してはジルもそれなりにコミュニケーションを取る。レオンハルトやガイ相手には時間の遅れを指摘してそれを理由に嬲ってくるようなこともありえるのだ。
それゆえにレオンハルトは少し急いでいた。呼び出しを受けてからもう7時間程経ってしまっている。自分にしては遅い時間だ。
「──ジル様。遅くなりました」
レオンハルトはジルの部屋に辿り着くなり、ノックをして軽い謝罪をしながら入室する。
激高するようなことはないとはいえ何を言われるか。何であっても受け入れるとはいえ心構えは必要だし、適切な対応を選ぶ必要もある。
ゆえに覚悟をしていたのだが、レオンハルトは部屋に入って──そこで珍しいものを見た。
それは、自室にある本棚の前で、椅子に腰掛けて何やら魔導書を読んでいる──いや、研究している様子のジルの姿だった。
「む……レオンハルトか」
自身が部屋に入るなり、顔を上げて反応するジルにレオンハルトは珍しさを感じつつもいつも通り臣下として対応する。
「……は。遅くなって申し訳ありません」
「……そういえば呼び付けていたな。確かに、お前にしては少し遅かったな」
「言い訳するつもりはありません」
「ふん……そうか。それならオシオキでもしてやるか……」
やはりそういうことかとレオンハルトは特に心を乱すことなくじっと沙汰を、命令を待つ。いつも通り、交わることを欲してくるならその通りにするのみだと。
「……と言いたいところだが少し待っていろ。今は私も取り込み中だ」
──が、今回はそうならなかった。
いや、すぐにはそうならなかった、と言うべきか。ジルはレオンハルトに少し待つように命じる。やはり手元の本に集中していたのだろう。切りの良いところまで読むか、気分が変わるまでは事は始めない。そう理解したレオンハルトはジルの命令に応じて声を返した。
「……は。では自分は……」
「態々退室する必要はない。すぐに終わる。だから、そうだな……そこで座って待っていろ」
1度退室しようかと思ったレオンハルトだがその必要はないとジルに機先を制される。
そしてジルはややあって自分の目の前の席。小さい丸テーブルを挟んだ反対側の椅子に座って待つように命じてきた。なのでレオンハルトはその通りにする。
「分かりました。失礼します」
一声断った上で主である魔王の前に座る。
そしてレオンハルトは思った。ベッドの上に共に乗ることはよくあるが。
……何気に対面に向き合って座るのは初めてだな。
レオンハルトの記憶が確かであればこうしてジルと向き合って席に付いたことはない。
とはいえジルの視線は手元の本に落ちているが、それでも珍しいことに変わりはなかった。
そのためレオンハルトはしばらく、やることもないためジルを視界に収めた画角のままじっとし続ける。顔や視線をきょろきょろさせるようなみっともない、失礼な真似はしない。
ゆえに必然的にジルをじっと見続けることになるのだが……その時、ジルが視線を上げた。
「…………何をじっと見ている……?」
「……は……見ている、ですか?」
そう言われ、レオンハルトは思わず聞き返してしまった。別にジルを見ていたというよりは視線を動かしていなかっただけなのだが、見ていたと言えば見ていたことになるだろうか。
そして主がそう言うのであれば自分の言い分など関係ないこと。それをすぐに思い返したレオンハルトはすぐに自分の言葉の間違いを正す。
「……いえ、そうですね。確かに見ていました」
「……気が散るからやめろ」
「はい。申し訳ありません。では見ないように致します」
ジルに言われた通り、レオンハルトは視線を外そうとした。
だがそこで更にジルから命じられる。
「……それはそれで気が散るな」
「は……ではどうすれば?」
「……お前も本でも読んで待っていろ。そこにある物なら好きにしていい」
そう言って自らの書斎を指差すジル。
……察するに、何もしないで待っている状態が気が散るということなんだろう。
レオンハルトはそれを理解する。なので少し戸惑いはしたものの了解を返した。
「分かりました」
答えて立ち上がり、そして本棚の前へ移動する。
そして本棚を物色するが。
……何気にジルの書斎を見るのは初めてだな。
本は良く読むし、何なら集めてもいる。紅魔城の図書室はもはや図書館と言っても差支えのないほどの書庫となっており、長い時をかけてレオンハルトが集めてきた宝の山だ。
それこそ人類の黎明期に書かれた一冊しかないような本も多数存在する。
そもそも本というのは貴重品だ。NC期の後期にもなれば印刷技術にも発展が見られ、街を上げて行うような土地もあったが、それでも広く行き渡るように多数刷られるような本は極少数であり、その大半は個人が書き記した手記のような一点物や、限られた土地やその国でのみ普及していたものばかりである。
そして藤原家の台頭で日本語が使われるようになり他の言語が廃れてからはおおよそ日本語の本が一般的になったが、それ以前は今で言うところの古代語や、更に珍しいがその土地特有の言語で書かれた本なども当然存在する。
レオンハルトは元々古代に生まれた人間であり、それから魔人になって長い時を生きているため古代語も当然話せるし読めるが、ジルの書斎には古代語で書かれた本もあるためおそらくジルもまた古代語を読むことが出来るのだろう。
だがそれもそうだろうとレオンハルトは思う。何しろジルは元々NC期の末期の人間であり、賢者でもあった。
その頃は日本語が普及していたとはいえ古代語の文献や歴史も残っていたので歴史研究家や賢者といった者であれば古代語の解読も不可能ではなかっただろう。
もっとも今はかつての人類文明の痕跡の大部分が消失しているため、今の人間が解読することは難しいだろうが、こうして残っているのであれば研究すること自体は難しくはない。そのため古代語の文献というものは歴史的価値のある相当な貴重品ではある。
レオンハルトにしても知らない本が幾つか見受けられた。戦争の度に収集して回っていたし、平時から配下に頼んで集めてもいたので大体は持っているものと思っていたが。
……しかし暇潰しには困らないな。
レオンハルトはやがて一冊の本を手に取ると再び椅子に腰掛ける。
ジルの気分が変わるまでとはいえ知らない本を読めるのは悪くない。
──そうしてしばらく、レオンハルトは読書に没頭する。
そして気がつけば読み終えていた。そしてその感想は。
……死ぬほどつまらないな……。
分類としては娯楽用の小説のようなものだったのだが、文章も稚拙ながらストーリーもどこか陳腐で退屈なものだった。ちゃんと最後まで読み終えた自分を褒め称えたいくらいに。
そして推測する。おそらく本を集めていた際に、自分の使徒達が気を使ったのだろう。あまりにもつまらないため主に収めることすら躊躇った──のかもしれない。それほどにつまらない内容だった。まさかジルの書斎にこんなものがあるとは……。
「つまらなかっただろう」
「! は……」
だがそこで、不意に声を掛けられたことでレオンハルトは意識を現実に戻す。
一瞬、誰に声を掛けられたのか分からなかったが一瞬で気づいた。目の前のジルが、手元から視線を外さないまま本の感想について話しかけてきたことに。
ゆえにレオンハルトは応じた。魔人として魔王からの言葉に応えるように。
「……そうですね。率直に感想を言わせてもらうなら、これまで読んできた本の中でも最悪に入るレベルのつまらなさでした」
「だろうな。ここにある蔵書の中でも最も質が悪いものだ」
……そんなものを偶然とはいえ選んでしまったのか……。
レオンハルトは自身のチョイスが最悪であったことに心の中で嘆息する。どうせ暇を潰すにしてももう少し有意義に過ごしたかったところだ。
「ふん……どうせ読むなら上から二段目。右から13番目の本でも読んでおけ。それなら退屈はしないだろう」
「……分かりました。そうさせてもらいます」
そしてそう思ったところでジルから別の本をおすすめされたのでレオンハルトは大人しくそれに従う。再び立ち上がって本棚に向かい。
「待て」
「! ……何でしょうか?」
「その前に喉が乾いた。茶を淹れろ」
「は。ではすぐに給仕に……」
「いや、お前が淹れろ。茶葉とカップならそこにある」
しかし今度はジルからお茶を淹れるように命じられる。
「……分かりました」
特に拒否感のある命令ではなかったのでやはりその通りにした。
それでも僅かながら疑問も感じるが、考えたところでジルの考えなど分かるはずがない。
なのでジルが魔法で作ったと思われる熱いお湯を使い、大人しくお茶をカップに注ぎ、そして再び本を手に椅子に腰掛ける。
そしてジルがカップを手にお茶を呑むのを確認した。
「……………………苦いな」
「……ですから給仕に頼んだ方が良いかと」
かなり間を取ってから苦いと端的に評したジルに何とも言えない気分になる。
レオンハルトは別段紅茶を淹れるのが上手いわけではない。知識としてはあるが、この場にあるものだけでは工夫することも出来なかった。
それだけに給仕に頼んだ方が美味しいものが飲めると提案しようとしたが、ジルは鼻を鳴らしてみせる。
「……もういい。これで我慢してやる」
「は……申し訳ありません」
「ふん……」
どうやら今は本の内容に集中する方が大事なのか、茶で喉を潤しながらも再び本に視線を落とし始めた。
それを見てレオンハルトもまたジルにおすすめされた本を開く。どうやら今度の本は哲学書のようなものだった。大衆向けの本ではなくこういった本をチョイスするとは如何にもジルらしい。
そう思って読み始めたところで──レオンハルトは奇妙な感覚を覚えた。
「…………」
だが、その感覚はすぐになくなる。
「…………読み終わったか」
「……はい。どうやら待たせてしまったようですね」
そして、気づけばジルはその本を読み終えたのか、あるいは研究に区切りでも付いたのか肘掛けに肘を付けながらこちらを眠そうな、あるいはつまらなそうな表情で見ていた。
レオンハルトはそれに気づいて軽く謝罪しつつ、お決まりの問いを投げかけた。
「それで、本日はどのような用で?」
「……聞かずとも分かっているだろう。いつものだ」
「は……」
いつもの、とそう言われればレオンハルトもすぐに気持ちを切り替える。ジルの呼び出しと言えば、性行為に他ならない。
ゆえにレオンハルトはそれを十全にこなすために立ち上がった──が、そこでジルから追加の言葉が届いた。
「だが今日は気分じゃない。帰れ」
「それは……」
ジルからの珍しい、気分じゃない、という言葉にレオンハルトは返答に言い淀む。
この何百年かで初めてのことだった。それだけにレオンハルトは迷ったが……。
「……いえ、分かりました。それでは今日のところはこれで失礼させていただきます」
魔王の臣下である魔人として、レオンハルトはそうあるように務めた。ジルの命令に従い、帰路につこうと部屋の扉まで近づいていく。
おそらく研究に進展があったか、別の興味でも思いついたのだろうと、そう察して。
「……いや、待て」
「!」
だが、そうして帰路につこうとするレオンハルトをジルが止める。
振り返ったレオンハルトにジルは言った。
「やっぱり気が変わった。するぞ。ベッドに来い……」
「……分かりました」
突然の心変わり。気まぐれにレオンハルトは何かを言いたくなったがそれを心の中で留めてジルの言う通りベッドへと向かった。
──そうして身体を重ね始めれば、いつもの魔王ジルがそこにいる。
「はぁ……んっ……やはり、お前はいいな……レオンハルト……!」
「ふっ、ふっ……お気に召したようなら、何よりです……」
「ああ……っ、他の男も試したし、ガイも悪くはないが……やはりお前が1番だ……!」
ベッドの上でジルの美しい身体に向かって腰を振る。
もう何百年と見慣れた光景。慣れた快楽のはずなのに、その快楽に衰えを感じないのはジルの女性としての魅力が極上であることの証拠だ。
普通の男であれば気持ち良すぎて一瞬で果てる。並の性豪であっても、何度も搾り取られてしまい、魔王の圧力もあって快楽はいずれ苦痛にも変わるだろう。事実、ガイなどはジルとすることにかなり参ってしまっている様子だった。
だがレオンハルトは快楽にも魔王の圧力にも慣れきっている。ゆえに至上の快楽を与えられてもそれを純粋に享受出来た。
「はぁ……はぁ……ほら、中に出せ……♡ 搾り取ってやる……♡」
「っ……く……ああ……!」
ジルの腟内のヒダがレオンハルトの肉棒に吸着し、収縮する。足を腰に絡められ、腕で身体を引き寄せられた。
豊満な乳房がレオンハルトの胸板の上で潰れ、すべすべの肌が至るところに密着するとレオンハルトもまた命令通りに精を放つ準備を行う。ジルを満足させるべく腰の動きを強めて。
「はぁっ、あっ、うっ♡ ああ゛っ♡ うぐっ♡ はぁぁ゛っ♡」
「っ……出すぞ、ジル……!」
寝所でのみ命じられている敬語のない言葉と共に、レオンハルトはジルの最奥に自らの肉棒を思い切り押し付けた。
──そしてそこで精を解放すると両者に至上の快楽が訪れた。
「ああっ♡ ああああああああああああああああああああ~~~~~……っ♡」
ジルの嬌声が寝所に響く。
強く締め付けてくるジルの媚肉の感触にレオンハルトは身震いしながら精を吐き出し続ける。何度味わっても参りそうなジルとの行為。その女性として完成された美貌を持つその身体に、自らの精を流し込む快楽は如何にレオンハルトと言えども耐え難いものだ。
「ふーっ……ふーっ……」
「ああっ゛……♡ あぁぁ……♡ う゛っ……♡ はぁ……゛♡」
そしてやがて、吐精が終わると互いに息を整え、快楽の余韻に浸る時間が訪れる。
「レオンハルト……お前は、私の物だ……」
性感に陶酔するジルからのお決まりの言葉を耳元で囁かれ、レオンハルトは荒い息を整え続ける。
何百年と続けてきたこの行為なだけに終わりは理解している。ジルを満足させた時が終わりなのだ。
そのためレオンハルトは再び腰に力を入れてジルを貫いていった──その快楽で身体を、頭を埋め尽くしてやるために。
今回はこんなところで。R18に移行してるので表現規制がなくなりましたが特に変わりはないですねって。
GL期はイベントが少ないので作中時間がとてつもなく空くのが難しいところ。次回はイヴの話でも書いてそれが最後の日常回かな。次の次からはとうとう魔王戦争編に入ります。分量にもよるけど10話から長くても20話くらいかな。それでGL期が終わる見込みなので皆さんも覚悟はしておいてください。それではまた次回。
良ければ感想よろしくねー。