※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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イヴのお仕事

 ──GL9XX年。

 

 ──GL期の人間。その8割は人間牧場に収容されている。

 

 大陸各地にある人間牧場の管理は一部の牧場を除けば管理は意外にも杜撰なものであり、抜け出そうと思えば抜け出せるような、広い土地の周囲に柵を張ってその中で放牧するような形を取っている。

 ただそれでも逃げ出すことを考えないのはその大部分の牧場において人間の常識が刷り込まれているからに他ならない。

 人間は魔物の家畜。楽しませるための生き物であり、魔物の支配下から逃れてはならないという価値観が染み付いている彼らは逃げ出そうとすら考えず、魔物に虐げられる日々を日常のものとして受け入れているのだ。

 それは人類にとってとてつもなく残酷なことだが、かといって逃げ出すことが救いとなるかはまた別の話である。

 残り2割の野良で生きる人間は牧場の人間が知らない安息を知るがゆえに、虐げられる恐怖を知る。

 魔物に見つかれば終わり。人間としての尊厳を奪われ、痛めつけられ苦しめられ殺される。

 それを知っているからこそ人間は魔物から隠れ潜むように暮らし、明日の朝日が拝めることを毎度感謝して生きている。

 魔物を討伐して糧を得る魔物討伐隊ですらそれは変わらない。人間の中では強者となっている者達でさえ、魔物に比べれば不幸な人生を送っている。

 つまるところ今の時代を生きる99.9%の人間は魔物の支配下にある世界で不幸な人生を送っているのだ。

 

 ──しかし、極僅かに幸福な人生を送る人間も存在する。

 

 それは大規模な魔物討伐隊や魔法の隠れ里の長などの野良で生きる人間ではない。

 魔物に支配される世界では幸福な人生すらも魔物の支配下にある。

 

「仕事に行ってくるよ」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

「お父さん行ってらっしゃーい」

 

「今日は休日だからせっかくだし公園にでも行くか」

 

「わーい! それじゃ早く行こ!」

 

 それがレオンハルトシティにある人間街だ。

 魔人レオンハルト直轄の人間牧場があるこの街で才能を認められたA級の人間だけが住まうこの人間街では、この時代においても幸福が約束されている。

 衣食住が完璧に揃い、家庭を持つことを許され、魔物に一切虐げられることのない彼らの生活はその他の人間が羨み、嫉妬するほどのものであった。言わば彼らこそが人類の中で数少ない選ばれた者達であり、人間の中で最も幸福な生を送ることが出来る者達である。

 

 ──が、更に上もまた存在した。

 

 人間でありながら魔人に認められ、魔人に仕える下級使徒として過ごしている者達がそれだ。

 レオンハルトシティの人間牧場の選別で言うところの特A級の人間。彼女たちは魔人レオンハルトの下級使徒として通常の魔物の上位にすら置かれ、おおよその人間が想像すら出来ない幸福な生活を、安全と共に保証されているのである。

 

「ふあぁ……」

 

 そしてその下級使徒の中でも最上位に位置する筆頭である少女がいる。

 それこそが今しがた、自室で欠伸をしてベッドから身を起こす少女──イヴであった。

 時刻は朝の7時。時計を見てそれを確認したところからイヴの一日は始まる。

 

「……さて、今日も一日頑張りましょう」

 

 顔を洗い、身だしなみを整え、服を着替えたところでイヴは自室を出ていく。

 今日は人間の中で最も地位が高く、幸福な生活を送っているであろう彼女の日常をご覧いただこう。

 

 

 

 

 

 私──イヴは人間です。天才です。人の心を読むことが出来ます。

 年齢はもうウン百歳でもう何百年も前にこのレオンハルトシティの人間牧場で生まれ育ち、15歳になって特A級と認められてから魔人レオンハルト様の下級使徒としてこの城に住まわせてもらっています。

 とにかく上を目指していた私にとってはまさに願った通りの環境と地位であり、当初はそれはもう喜んでいました。

 しかしそれも昔のこと。今ではすっかりこの生活に慣れ、そして能力を認められたことで更に上の地位、下級使徒筆頭などという地位に就けられ、毎日仕事に勤しんでいます。

 もちろんそれ自体は喜ばしいことですけど……苦労もそれなりに多いんです。そう、例えば──

 

「さあ! 後はイヴちゃんの実食を待つのみ! 果たしてイヴちゃんは料理長とシュヴァイン様! どちらに票を入れるのか!?」

 

「この俺の作った最高のラーメンに決まってるよなぁ?」

 

「たとえレオンハルト様の息子であっても料理勝負ともなれば手加減はせんッッッ!! さあイヴ様! 早く実食を!!」

 

 ──朝食を取ろうと訪れた大食堂で、突然の料理バトルに巻き込まれたりします……。

 正直なところ、意味が分かりません。私は朝食を食べに来ただけなのに。なぜデブと筋肉達磨という2種類の異なる肉の塊に圧を掛けられているのか。

 

「は、はぁ……そもそも何をやっているんですか?」

 

「最強の料理人を決める対決に決まってんだろ!? この俺……いずれはラーメンの力で料理界を支配する麺魔軒の総大将であるシュヴァイン様がミシュランに勝つ……! その世紀の一戦なんだよ!」

 

「ですからイヴ様にも是非ご賞味頂きたいッ! 既に他の審査員の方々は投票を終えて残りはイヴ様のみですから!!」

 

「はぁ……なるほど。そうでしたか……」

 

 ──全然意味が分からない。なるほどとは言ったものの聞いてもよく分からなかったので私は説明を求めるのを半ば諦める。そして自分で状況を推理することにした。

 まず目の前で料理勝負をしているのは2人。この紅魔城の料理長にしてミシュラン一族の総代であるガストロノミー・ミシュランという人の形をした料理の怪物と。

 

「くくく……! さぁ俺の作った新たなラーメンに全員屈しろ……! ふーっ……ふーっ……!」

 

 もう1人は真っ赤なスーツを着た金髪の豚バンバラ……失礼。レオンハルト様のご子息の1人であるシュヴァイン様です。見た目は太ってて顔立ち自体は良いけど太ってるせいで台無しな人間ですけどほぼ魔物に近い生き物で料理上手──取り分けラーメンという料理に革命を起こした料理界の革命児──と彼の出している麺魔軒のチラシに書かれていたのを見ました。

 そしてそのシュヴァイン様が料理長と朝っぱらから料理バトルをしているのは……まあ時間の都合とやらもあるのでしょうね。どちらも料理人ということもあって忙しい身。料理長は紅魔城の厨房を取り仕切っているし、シュヴァイン様もデブですけど何だかんだ麺魔軒というこの街でも大人気で支店を何店舗も出してその功績でレオンハルト様からお小遣いを結構貰っている稀代の料理人で毎日それなりに忙しくしています。

 なので勝負をするなら朝か夜が都合が良かったのでしょう。あるいは突発的なものだったのかもしれません。こういう勝負をすると誰かが聞けばちょっとした催しとして大々的に開かれる可能性もありますし。

 そしてちょうど今しがた食堂にやってきた私に審査を頼むのは、その審査が割れてしまったせいなのでしょう。机に座って料理を食べたと思われる何人かのメイドや、それどころか現在も食べ続けているガルティア様もいて──なんでガルティア様がいるのかは一々気にしないことにしますが、そのガルティア様が食べながらちょうど言いました。

 

「はぐもぐ……ずるずる……うーん、やっぱどっちも美味ぇなあ……」

 

 どうやらどっちに投票するかを未だ迷っている様子で食べ続けています。魔人一のグルメであるガルティア様に選んで貰えればそれが確実なのに決着がついていないのですから選べなかったかと見るべきですね。

 

「さあ食べろ……! 俺の太い麺を啜れ……!」

 

「まさかここまでもつれ込むとは……! さすがはシュヴァイン様ッッ! この料理長、敵ながら感動を禁じえない……ッ!!」

 

 そして私に食べて欲しがっている、と……。

 気持ち悪いことを言っているシュヴァイン様と相変わらず斜め上の感情表現を起こしている料理長を見て、私は軽く息を吐きました。

 

「はぁ……分かりました。食べればいいんですね」

 

「ああ、食べろ……! そしてラーメンの虜になれ……!」

 

「ご賞味下されば幸いッッッ!!」

 

「はい。分かりました」

 

 特にツッコミを入れずに私は頷きを返す。

 ……まあお二方とも料理は上手なのは間違いないですし、少し多めの朝食だと思えばいいですかね……。

 ガルティア様ほどじゃないが、私もまたそれなりのグルメだと自負している。料理長の料理もシュヴァイン様のラーメンもどちらも何度も食べたことがあった。

 それだけに私は一応期待して2人から出された料理を眺めた。

 

「くっくっく……先行は譲ってやるぜ料理長!」

 

「……ではお言葉に甘えてッッ! 私のお出しする品はこれです! “こかとりす蕎麦御膳”! ッッッ!!」

 

 凄まじい勢い。謎の発光と共に料理が目の前に出される。ぶっちゃけ普通に出してほしい。

 でも料理自体はまともなものだ。なるほど。麺類が得意なシュヴァイン様には麺類で真っ向勝負ですか。料理長らしいですね。

 

「最高品質のこかとりすを出汁やつゆに加え、更には天麩羅や薬味にもこかとりすと蕎麦に合う季節の野菜とオリジナルの調味料をミシュラン一族の料理術を以て調理致しましたッッッ!!!」

 

「なるほど。ではいただきます」

 

 軽くない濃い説明を聞いてまずは一品目を頂く。うん、美味しいですね。料理長の料理が不味かった試しがないのでまあ分かってましたけど。

 

「──ご馳走様でした」

 

 量も結構適切だったので完食してしまいました。正直文句の付けようがない料理でしたので、シュヴァイン様が何を出してくるか──まあ現在進行系でガルティア様が食べてるのを見てるのでどういうものかは分かりますけど……。

 

「なら次は俺の番だな……! とくと味わえよ……! これが俺の考案した新ラーメン! いや、新料理! ──“つけ麺”だ!」

 

 ばん、とシュヴァイン様の指示を受けた中華てんてんが私の前に料理を出す。なるほど、初めて見聞きする料理ですね……。

 

「ではこちらも。いただきます」

 

 私は僅かな懸念を思いながらもシュヴァイン様の出したつけ麺に手をつける。うん、こっちも美味しいですね……太い麺と濃い目のスープが絶妙にマッチしています。新メニューと言ってましたが、これならまた人気も出るでしょうね。

 しかし……。

 

「……なるほど。ご馳走様でした」

 

「っ!? イヴ……お前……! 俺の新ラーメンを残しやがったのか!?」

 

 シュヴァイン様が私が箸を置いたのを見て驚愕する。

 だけどこれは仕方のないこと。私は問題点を指摘する。

 

「すごく美味しいですけど……朝に食べるにしては重いし量が多いです」

 

「っ!!? な、何だと!?」

 

「というわけで私は料理長に入れますね」

 

「ば……馬鹿なっ……!!? この、俺が……!?」

 

 デブが衝撃を受け膝を突く。

 勝負が決し、食堂でメイドたちの歓声が上がると料理長もまたシュヴァイン様に頭上から言葉を送った。仕えるべき人としてではなく、対等な料理人として。

 

「……料理とはッ!!! 相手のことを慮り、その好み!! 体調!! 環境!! それらを考慮した上でお出しするもの!!!」

 

「っ……俺は、それを怠っていたのか……!?」

 

「……あえて多くは語りませぬ。ですがシュヴァイン様!!! 貴方の料理には挑戦の気概と確かな美味さを感じられたッッ!! ですからこれからも料理道に邁進するのです!! さすれば料理の深奥にいずれ辿り着くことが出来ましょうぞ!!!」

 

「っ……くっ……」

 

 その高みからの言葉にシュヴァイン様は歯噛みする。

 そしてゆっくりと立ち上がり、背を向けた。

 

「礼は言わねぇぞ……いずれ、俺のラーメンでリベンジしてやる……!」

 

「……フハハハハハ!!! 是非とも!!! いつ如何なる時でも挑戦は受け付けますぞ!!!」

 

 料理長の嬉しそうな高笑いが響き、シュヴァイン様の身体から流れた一滴の液体(多分涙じゃなくて汗)が床に落ちた。

 

「……これ、なんなんですか?」

 

「良い料理勝負だったな。次がまた楽しみだぜ。ずるずるっ……お、イヴ。それ残すんなら貰っていいか?」

 

「……ええ、どうぞ」

 

 未だテーブルで食事を続けるガルティア様に残った料理を差し上げながら、私は食堂を後にすることにした。本当に何だったんだろうと朝から気が抜ける思いを感じながら。

 

 

 

 

 

 朝から訳の分からないイベントに巻き込まれた後は仕事に移ります。なので食後の歯磨きを終えた後は執務室へ。

 

「それではイヴ殿、エクレア殿。今日もよろしくお願いします」

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

「今日もお手伝いさせていただきますわ」

 

 執務室へ向かうと今日は使徒のリー様と副メイド長のエクレアさんがいたので共に事務仕事を行います。

 ここ最近、リー様は遠征によく出ているので城で事務仕事を一緒に行うのは久し振りです。エクレアさんの方はよく手伝ってくれるのでお馴染みですけどね。何でも元々は人間の国のお姫様だったらしく、それでこういった軍に関わる業務は得意だったとか。沢山いるメイドの中でもお姫様という経歴を持つ人は少ないので貴重な人材でもあります。

 そして今日の事務仕事はこの3人で行いました。日によっては当然、レオンハルト様がいたり、ペール様がいたりしますが今日は別の仕事に出ている様子。なので3人で行うことは致し方ありません。

 内容としては魔軍の補給、消費、備蓄についての書類や、各地の人間牧場の運営状況などの報告書が多数なのでそこまで大変でもありません。確認して、問題がなければ通す。問題があればチェックして上に報告。単純なミスであっても後で担当者には連絡して確認を取ります。

 仕事としては重要ですけどそこまで難しい仕事ではないので、時折雑談も挟まれます。

 

「もう少しで昼食時ですね。リー様とエクレアさんはどうなされる予定ですか? 私はこの後も城での仕事があるのでこちらで摂る予定ですが……良ければご一緒に如何です?」

 

「昼食時には新兵訓練に顔を出す予定だからそこで摂るつもりだ。なのですまないな」

 

「そうでしたか。それではまた別の機会にお誘いしますね」

 

「わたくしは構いませんよ。後でご一緒しましょうか」

 

「ええ、お昼が楽しみですね。そういえば今朝は食堂で料理勝負があったんですが……」

 

 ……とはいえ今日のメンバーはちょっとお堅めなので雑談はそこまで盛り上がることはない。誰も悪感情を抱いているわけではないし、話題によっては盛り上がるのだが今日のところはまあまあと言ったところだ。朝に起きた料理勝負のことについて話しながら仕事をしっかりと行っていく。

 

「リー様。後でガウガウ様に魔法を打つ許可をください」

 

「……許可しよう。しかしあまりやりすぎないようにな……」

 

「もちろんですよ」

 

 よし。これで仕事をサボってるガウガウ先生にお仕置きが出来る。

 そうしてガウガウ先生が提出していない書類について後で確認に行こうと頭の中で予定を組み込んでいると、リー様の方から話を振られた。

 

「……そういえばイヴ殿は……」

 

「? はい。何でしょう?」

 

「あー、うむ……何だ……その……以前に比べて成長している様だが……それについて何か思うところはあるのか?」

 

「……成長について、ですか?」

 

「うむ。……いや、何もないのなら良いのだが……」

 

 リー様にしては歯切れの悪い言葉選びが続く。

 だけど私はそれを聞いて何となく何が言いたいのかを察した。

 ……多分、私をそれとなく使徒に勧誘しているんでしょうね。

 触れているわけではないので正確な思考までは読み取れないが、言動や様子から推測は出来る。

 リー様は元魔物大将軍で使徒だというのに結構人に気遣う一面がある。なので私が返事を未だに保留にしていることを尊重してあえて直接言葉にはしなかったのだろう。

 その代わりに私の成長について言及して、歯切れの悪い質問を行ってきた。

 というのも私は最初、人間牧場を出てこの城に下級使徒としてやって来た時よりも成長している。

 それはレベルとかの話だけじゃなく、ちょっぴり歳を取って見た目的にも成長しているということだ。具体的には1年か2年くらい? 

 永久保護魔法が掛けられているこの城の中にいる限り歳は取らないし、そのおかげで城に住み込んでいる人間は長い時を生きているわけだが、城の外に出る場合には当然その効果を受けなくなる。

 そして私はちょいちょい外に出るのでこの数百年でちょびっとだけだが成長しているのだ。ガウガウ先生の作った老化を抑える魔導具も持っていったりもするけど、それも永久保護魔法ほど完全ではないし、一品しかない貴重品なので私だけが常に所持しているというわけにもいかない。

 ……というか少しくらい成長したかったので意図的に調整した。永遠の若さと言えば聞こえは良いものの、さすがに15歳頃のほぼ子供の容姿のまま変わらないというのは色々と微妙な気分にもなる。

 なので仕事やなんかで外に出て少し成長してみたのだが、そのかいあってか背も伸びた。具体的には4、5センチくらい。胸もちょっとだけ(こっちも数センチ程度)大きくなったし、まだまだ少女の見た目とはいえ明らかに子供だった以前の見た目からは脱却出来たんじゃないかと個人的には思っている。

 なので老化を止めるなら後1、2年分か、もしくはこのくらいがベストだろう。親友が荒れることだけが懸念事項だが、成長に関しては向こうも諦めはついているはずですし。

 

 ……でも使徒になることに関してはどうでしょうかね……? 

 

 そして思考を戻す。リーの勧誘。自分が使徒になることについて、親友はどう思っているのかと。

 私個人としては勿論あり。下級使徒としてここで過ごすのも使徒としてここで過ごすのも正直あまり変わりはない気がしているし、人をやめることになれば私の当初の目標もいよいよ達成ということになるだろう。

 

「……そうですね。成長については、個人的に良いことだと思っていますよ」

 

「うむ……そうか。……すまない。変なことを聞いた」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 なので私はリー様の質問に当たり障りない言葉を返しつつ微笑んでみせる。

 

 ──それからは普通に仕事を続け、気づけば午前中の業務を終えてお昼になっていた。

 

 私はリー様と別れ、約束していた通りエクレア様と昼食を摂る。今日は朝に結構食べてしまったため、お昼は軽めにしておくことにした。

 そうして私は中庭で食事を摂ろうとサンドイッチを持ってエクレア様と共に中庭に出たのだが……そこで今度はまたちょっとしたイベントに遭遇する。

 

「あれは……」

 

「白兎さんにミシェーラさんですね」

 

 そう、自分の2人の友人。レオンハルト様の娘である白兎さんと私と同じ人間牧場出身ながら、レオンハルト様の使徒になったミシェーラさんが広場にて向かい合っていた。

 

「……白兎さん。今日こそは勝たせてもらいます」

 

「ええ、どうぞ。今日も胸を貸して上げますので遠慮なくかかってきてください」

 

「…………(貸す胸なんてないでしょう……って言ったら間違いなく怒りますね。ミシェーラには分かります……なのでむしろ怒らせてみるとか……いや、やめておきましょう。そんなやり方で勝っても嬉しくありませんし……)」

 

「……何となく失礼なことを考えている気がしますね……」

 

(ミシェーラさん、また余計なこと考えてるんでしょうねぇ……)

 

 どうやら2人はこれから手合わせをするらしい。

 白兎とミシェーラ。共に剣の達人であり、レオンハルト様に師事していることもあってその手合わせは稽古も合わせてこれまでに何度も行っていることを私は知っている。

 ──そしてその勝負が、常に片方の勝利で終わっていることもまた知っている。

 

「……では──行きます!」

 

「……!」

 

 勝負の始まりは互いの気配の変化だ。それが合図となり、ミシェーラさんが同時に距離を詰めた。

 ……だけどそこから先はよく分からない。何しろ2人の戦いは速すぎて未だ人間である私には正確なところは見えないのだ。ミシェーラさんが剣を構えて高速で近づき、白兎さんが居合の体勢で待ち構えたのまでは分かる。

 だがその先は──一瞬だ。

 

「──“絶剣”!」

 

「──“白光”!」

 

 すれ違い様の交差。

 気がつけば白兎さんとミシェーラさんは互いに剣を振った状態で背を向けている。

 

「ぐっ……!」

 

「……勝負ありましたね」

 

 そして白兎さんが抜いた刀を鞘に戻すと同時に、ミシェーラさんが脇腹を押さえながら苦悶の表情を浮かべる。峰打ちなので斬られてはないにしてもあれは痛そうだ。

 しかし、ミシェーラさんは倒れなかった。膝を突くことなく耐えて、そして魔法の光を発する。

 

「い、いたいのいたいのとんでけー……よし! 治りました……! もう1度!」

 

 神魔法による回復魔法を使って傷を癒やす。

 使徒になって増した耐久力も手伝って、すぐに立ち直ると再び白兎さんに勝負を挑んだが……それを見た白兎さんが呆れの色を見せた。

 

「……またですか。相変わらずタフですね……別に構いませんけど、魔力と体力を消費するだけで終わると思いますよ?」

 

「そうとは限りませんよ! なので勝負です勝負! 次は絶対斬ります!」

 

「斬らないでくださいね。いえまあ斬れるとは思いませんが……」

 

「とにかくもう1度! やああああッ!!」

 

「む……!」

 

「うぐっ! ……いたいのいたいのとんでけー……よし!」

 

「よし、じゃありませんが」

 

「問答無用です! やああああッ!!」

 

「えいえいえい」

 

「っ~~~! さ、3回も……い、いたいのいたいのとんでけー……ふぅ、よし……!」

 

「それじゃ次は5回くらい打ちますね。よっ、はっ、とっ、えいっ、そりゃ」

 

「っっっっっ!!? う……あう……い……いたいのいたいのとんでけー……まだいける……!」

 

「……次は峰じゃなくて斬ってもかまいませんか? 前々から思ってたんですけど、ミシェーラさんの耐久力なら斬っても回復出来ると思うのですが……」

 

「そ、それはさすがにダメ!」

 

「ではもっと打ちます」

 

「痛っ……ちょっ……まっ……た、タイムですっ! 1度回復タイムを挟むことを希望しますっ!」

 

「まだまだ平気そうですね……せっかくですし新しい技とか試しても構いませんか?」

 

「ひ、卑怯ですよ!」

 

「真剣勝負に卑怯なんて言葉は存在しません。えいっ、目潰し」

 

「うわああああ~~~!?」

 

「ミシェーラさんは耐久力と力、そして回復力に優れています。なので1度相手の攻撃を受けてから返すための技と我慢……精神力を鍛えるのが良いでしょう」

 

「あ、アドバイスしないでください……! ううっ……いたいのいたいのとんでけー……」

 

「ふっふっふ。妹弟子に手加減はしませんよ。せっかくですから今日も沢山鍛えてあげます。さあ行きますよ我が弟子!」

 

「み、ミシェーラはレオンハルト様の弟子であって白兎さんの弟子じゃありません! ──うぶっ!?」

 

 段々と楽しくなってきた白兎によってミシェーラが滅多打ちにされているのを肴にサンドイッチをお腹に収めていく。

 感想としては、相変わらずボコボコにされてますね……としか言いようがない。

 一応ミシェーラさんもかなりの達人で才能のある剣士なのだそうだが、経験の差かそれとも生まれ持った才能の差か白兎さんには未だ敵わない。

 まあ白兎さんはレオンハルト様の子供たちの中でも1、2を争う強さなので仕方ないとは思うが。この分なら一本取れるようになるまで大分かかりそうですね……。

 

「あ、イヴさん」

 

「っと……やっぱり気づきますよね」

 

 視覚に頼らず世界を見ている白兎さんにとってこの中庭は十分に知覚範囲内だ。ゆえにサンドイッチを食べ終えて立ち上がったところで話しかけられる。──ミシェーラさんへの打ち込みを止めないまま。

 

「これから仕事ですか?」

 

「ええ。白兎さんの方は確かお休みですよね」

 

「はい。なのでもう少し訓練していこうかと。お仕事頑張ってくださいね」

 

「白兎さんも、少しは手加減してあげてくださいね」

 

「ふっふっふ。それはミシェーラさん次第です」

 

「い、イヴちゃん! この人ドSです! ミシェーラには分かります! なので助けてください!」

 

「あはは……白兎さんも意地悪でやってるわけじゃないでしょうから……その、頑張ってくださいね」

 

 軽く白兎さんとやり取りを行う。友達同士の気安い会話だ。ミシェーラさんの助けにはエールを送っておくことにした。

 

「あ、それと夕食は一緒に食べませんか?」

 

「! ええ、構いませんよ」

 

 そして別れ際、白兎さんから夕食を一緒に食べないかと誘われたのでそれを了承する。

 そこには一見、何の不自然な部分もない。

 だが色んなものが見える私達にとっては互いの思いを何となく感じ取っていた──何か話があるんだろうな、と。そんな気持ちが見えるような気がした。

 

 

 

 

 

 昼休憩を終えた私の次の仕事は外回りです。

 下級使徒とはいえ人間の身で魔物だらけの街に出るのは少し緊張する部分もありますが、下級使徒である証の紋様はきちんと身に着けているので魔物に不審がられたり襲われたりする心配はありません。

 しかし、下級使徒であるからこその問題もないことはありません。

 

「おお……! キャロル様! それにイヴ様ではありませんか!」

 

「はい。完璧使徒のキャロルですの! 今日も元気にお仕事に来ましたわー!」

 

「はは……お久しぶりです、カエサル様」

 

 レオンハルトシティの人間牧場。その管理棟にやって来るとそこにいたのは大柄な魔物将軍よりも更に大きな魔物大将軍。レオンハルト軍をまとめる魔物大将軍カエサルだった。

 人間牧場の視察にやって来た私とキャロル様を出迎えた彼に私は軽く笑いながら挨拶を返す。

 するとカエサルは大仰な振る舞いで更に言葉を返してきた。

 

「イヴ様は相変わらず慎み深いご様子ですな! お美しい下級使徒である貴方様は魔物大将軍程度に過ぎない私めより上位の立場なのですから私のことは遠慮せず……ンッン~……カエサル、と呼び捨てにしていただいて結構ですとも!」

 

「はぁ……そう言われましても……」

 

 本当にそんなことを言われても困ります。

 確かに理屈の上ではカエサル様の言うことは正しく、下級使徒という立場は魔物社会、魔軍において魔物将軍や魔物大将軍よりも上位の地位に置かれています。

 だからレオンハルト様の下級使徒である私は目の前にいる魔人級の強さを持つという魔物大将軍よりも上であって、顎で扱き使っても問題ないことになります。

 しかし、人間の身で魔物大将軍を、しかも自分より圧倒的に強い相手に上から行けるかと言われると難しい。しかも親しくもありませんしね。ハンティ先生やガウガウ先生とかであれば出来なくはないんですけど、それはそれ。身内以外の相手にはやはり強気に振る舞うことは難しいです。

 

「あるいは! 美しきカエサル! 光り輝くカエサル! あの星のようなカエサル! などと呼んで頂いても構いませんが?」

 

「いえ、それは……」

 

 更に遠慮したい呼び名を提案され、私は苦笑いを浮かべる。

 すると隣にいたキャロル様が動き出して、

 

「そんなことはどうでもいいですわ。それよりさっさと行きますの! 今日はお客様も来ていますしね!」

 

「……キャロル様。どうでもいいというのは些か厳しいと言いますか……幾らこのカエサルの心が鋼のように強く美しくとも丸っきり無視されるのは堪えます」

 

「無視されているのはお客様の方だと思いますが……」

 

「なんとイヴ様まで!? ……ふっ……やはりこのカエサル……美しすぎて早速イヴ様に親しみを持たれるようになったらしい……さすがだこの私……良くやったぞ……美しきカエサル……!」

 

「早く進みましょうか」

 

「そうですわね」

 

 ──あ、なんか急に上から行ける気がしてきました。このカエサルって魔物大将軍、実力は高いし有能なはずなのに変人っぽいからですかね。

 そういうわけで手鏡を片手に自らに語りかけるカエサルを無視して客人に向き直る。そこにいたのは白髪の美青年といった面持ちの使徒だ。

 

「それではバークスハムさん。行きますわよ」

 

「──ええ、人間牧場の案内、お願い致します」

 

 キャロル様に声を掛けられ腰を折るのは少し前──といってももう何百年も前ですが──にレオンハルト様と激戦を繰り広げ、魔人四天王にまでなった魔人ガイ様の使徒、レーモン・C・バークスハム様だ。

 何でも未来視、予知が行えるらしく城にいるシビュレーさんの子孫でもあるらしい。使徒になる際もシビュレーさんからレオンハルト様に紹介してもらい、使徒になったという経緯がある。

 その際は私も同席したわけだけど……なんというか、その時の事は思い出すだけで痛々しい。

 

「む……イヴ様、でしたか」

 

「あ……はい。今日はよろしくお願いしますね。バークスハム様」

 

 そして向こうもまた私に気づき、その時のことを思い出したのだろう。私に挨拶をしながら微妙な表情を浮かべてくる。

 

「……出来れば、あの時のことは忘れて頂きたい」

 

「……はい。もちろんです」

 

 私が快く笑顔でそう言えば、バークスハム様から安心の感情が漏れ出てきた。やはりあの時の行動は少なからず恥ずかしかったのだろう。掘り起こしてほしくなかったので私が頷いてくれて嬉しくもあるといったご様子。

 なのでここからは問題なく仕事に移行出来るだろうと。

 

「あの時のこととは何ですの?」

 

「……いえ、それは……ですね……」

 

 キャロル様が反応してきたことでバークスハム様の顔が再び険しくなる。どう答えるべきか悩んでいるのだろうが、キャロル様相手に曖昧な反応は悪手だ。誤魔化すならはっきりとした方がいい。

 

「もしかして……何か秘密の話ですの?」

 

「いえ、そういうわけではないですが……」

 

「では話しても構いませんわね。イヴさん、教えてくださいまし」

 

「……以前にレオンハルト様やガイ様の前で一発ギャグを披露してくれたんですよ」

 

「イヴ様……!?」

 

 今度は驚愕の表情を浮かべる予知の使徒バークスハム様。……いや、そんな「この未来は読めなかった……!」みたいな顔されましても……これくらい読んでくださいよ。あなた全然未来読めてないじゃないですか、とついツッコミたくなる。それと私を恨まないでほしい。キャロル様から言われたら下級使徒の私が従わないわけにはいきませんからね。なのでこれはしょうがないことです。

 

「一発ギャグ! 面白そうですわね! せっかくですし、見せてくれませんこと?」

 

「そ、それは……」

 

 バークスハム様がチラッと私やカエサル様、通路にいる魔物隊長や魔物兵を見る。一発ギャグを披露すれば当然彼らにも見られるだろう。それを憂いているんでしょうけど……正直、普通に断ればいいのでは? と私は思う。

 

「く……しかしここでギャグを披露することで新たに波紋が生まれる可能性が……この人間牧場に私が来たのもまた未来のため……そしてこの展開になったということは……やはり、一発ギャグを披露した方がいいのか……? そうすることでより良い未来に……」

 

 しかし未来が視える使徒様にはとても深いお考えがあるのだろう。私には分からないけども。私には、この後バークスハム様がとてもとてもおスベりになって可哀想なことになる未来が見える気がする。

 

「……では、希望にお応えして……やります。……おっと、こんなところにレモンとハムが……レモンをバ──」

 

 ──そしてバークスハム様はとてもスベった。あのキャロル様が真顔になるくらいには。

 

「……ところでバークスハムさんはどうして今日はこちらへ見学に来たんですの?」

 

「すごい……キャロル様が話を流した……」

 

「美しいスルースキル……!」

 

 私が軽く感動する横でいつの間にかカエサル様が大きく感動していた。急に隣に来られると圧を感じるからやめてほしい。後、ナルシストな思念が飛んでくるのも地味に鬱陶しいからやめてほしい。

 そう思いながら私はいたたまれない様子のバークスハム様を見た。咳払いをし、キャロル様の質問に答える。まるでさっきのことをなかったことにするように。

 

「……ガイ様に人間牧場の運営を任されたのでその参考になればと思ったのです。それと、レオンハルト様の第一使徒であるキャロル様にも、使徒としての心構えを参考にさせて頂こうかと。ええ。使徒として、ガイ様のために私は何でもする覚悟でございます」

 

 バークスハム様が今回ここに来た目的を穏やかかつ誇らしげに口にする。なるほど、すごいですね……さっきのギャグのせいで良いこと言ってるはずなのに全然響かない……。

 

「……良い心がけですわね! そういうことならわたくしも完璧使徒として応えて差し上げますわ!」

 

「キャロル様がまたしても言葉を飲み込んだ……!」

 

「キャロル様に気を使わせるとは……バークスハム様、恐るべし……!」

 

 ……なんかすごい勢いでレオンハルト軍内におけるバークスハム様の評価が落ちている気がするけど気の所為ということにして先に進むことにする。

 今日はランクDの施設。子供たちが過ごしているブロックの視察だ。バークスハム様が見学を希望してるので一通り見て回ることにはなるだろうけど、どちらにせよ最初はここから見るのが順序的にも都合がいい。

 

「こちらは5歳から15歳までの子供を収容し、教育する施設ですわ!」

 

「ふむ、なるほど。ここで後の選別のためになるよう様々な教育を施すのですね」

 

「レオンハルト様の考案した美しいシステムだ……!」

 

 ……でもやはり優秀ではあるのだろう。説明を受けてすぐに理解をしているのを見てそう思う。ここの人間牧場は他と比べても特異なシステムで運営されているため、手間も掛かるがその分、街の発展や魔物の生活の役にも立っている。

 もちろん魔王様の命令で人間を虐げることは当然行うが、優秀な人間であれば救いを得ることが出来るのだ。

 通路から教室や運動場を見てそこで授業を受ける子供たちを見て懐かしく感じる。私もまたここで教育を受け、ここのおかげで何とか救いを得ることが出来た。

 もし他の人間牧場で生まれでもしていたらゾッとする。なので私はかなりの幸運に恵まれているのだ。ここで今現在生きている子供たちも同様、努力すれば魔物並に生活出来るチャンスを与えられている。

 だからこそ頑張らなければならないのだが、授業で努力の大切さを説いていても学習の習熟度にはどうしたって差は生まれるし、才能の差もあって成功を得るのが難しい人もいる。

 それを思えばつくづく世界は残酷で無情だと思う。が、それに同情出来るような聖人ではないため私は子供たちのデータが書かれた書類を眺めながら子供たちを観察していく。

 すると1人、興味深い子を見つけた。

 

「あの子は……」

 

 運動場で遊ぶ子供たちの輪から大きく離れ、建物の陰で休んでいる少年を見かける。気になったのはその容姿だ。髪や肌が白く、目まで白い。病弱そうな見た目は整っていて可愛らしい少年。

 目の色こそ赤くはないものの、白兎さんと同じ症状を持っていた。それだけに少し気になったが、

 

「学力でも体力でも低評価。特に際立ったところは見られない……ですか」

 

 データによれば能力面で特に際立ったところはなく、それどころか見た目や弱さが原因で虐められているみたいですね。

 私はそれを見て仕方のないことだと思う。能力のない人間。弱い人間は淘汰されてしまう。この人間牧場でもそれは変わらない。

 だからこそ強くなる必要があるのだ。弱ければ生き残れないし何も出来ない。

 

「……イヴ様?」

 

「! すみません。では行きましょうか」

 

「ふむ……」

 

 私が子供たちを観察して立ち止まっていたのを見てバークスハム様が声を掛けてきたので観察はそこまでにして再び歩き出す。いつものように優雅に私は仕事をこなすのみだ。

 

 

 

 

 

 人間牧場の視察と案内が終わり、本日最後の仕事を行うために私は再び紅魔城に戻ってきた。

 そうして次に向かった場所は──研究室と呼ばれる広めの部屋だ。

 

「失礼します」

 

「あー、イヴ。おはよう」

 

「おはようございますハンティ先生」

 

 部屋に入るなり私に声を掛けてきたのはこの部屋をよく使うレオンハルト様の使徒であるハンティ様だ。

 私の魔法の師匠の1人であり、この魔法研究室でよくお世話になっているため私は敬意を込めて先生と呼んでいる。普段とは違って白衣を身に着けているのもあって知的に感じられるのは気の所為じゃない。結構物理的な考えというか、脳筋なところが目立つとはいえハンティ先生の魔法の腕前、知識は凄まじいものだ。

 

「今日もやってるみたいですね」

 

「まあね。ここ最近はずっとだよ。おかげで私も付き合わされてさ。んっ……身体が鈍るというか疲れるというか。やっぱこもりっきりはよくないね」

 

「たまには身体を動かしてリフレッシュしては?」

 

「もうやった。さっきライゼンが帰ってきたからね。適当に殴っといたよ」

 

 仮にも伝説級のドラゴンをサンドバッグ扱い……やはりハンティ先生は脳筋ですね……。

 私は軽く呆れながらも、その発言をスルーして別の人に目を向ける。この研究室の主であるもう1人の私の先生。知識や研究においてはハンティ先生を凌ぐ魔法研究における第一人者に。

 

「ガウガウ先生。おはようございます」

 

「ふむ……やはりこちらの魔導具じゃ相性が悪いな……少し式を組み替えるか。反応が鈍い。ブラックアイ、材料を」

 

『イエス、マスターガウガウ』

 

 幾つもの魔導書。幾つもの魔導具。幾つもの魔法式。幾つもの成果物に囲まれながらブツブツと独り言を呟きながら研究している。

 ハンティ先生以上に白衣の似合うその少女はレオンハルト様の使徒であるガウガウ先生だ。

 色々と問題のある変人。サボり魔であったりするガウガウ先生だが、研究時にはその本領を発揮して様々な発明を行い貢献を行っている。胸元に装備してある目玉にも似た黒い球体。触手にも似たアームを伸ばして物を取るそれもガウガウ先生の発明品であるブラックアイという魔導具だ。自立思考を行い、ガウガウ先生の戦闘や行動をサポートする凄まじい能力を持つ魔導具であり、それを発明したガウガウ先生も魔導具作りにおいて飛び抜けた天才であるのだが──他がちょっとだらしないのがキズなんですよね。

 

「……ガウガウ先生!」

 

「ん? ──おお、イヴか。ちょうどいい。今ホムンクルスに新たな魔導具でも組み込んでやろうと思ってるのだが、イヴはどっちがいいと思う? それかこいつの思考を直接読み取ってどっちがいいか聞いてみてくれ」

 

「……また中々マッドなことを……ホムンクルスに魔導具を仕込むんですか?」

 

「仕込むのはグリーンの方だけだ! パープルの方は仕込まないぞ! こっちに仕込むのは色々と問題があるからな!」

 

「問題なのは先生の倫理観の方だと思いますが……まあそれは今更ですね」

 

 私は小声で呟き、息を吐いて水槽に入った2体の人間──に似た人工生命体を眺める。

 男型と女型。ガウガウ先生の作り上げたその2体は魔法界の革命とも言える完璧な人造人間である。

 ……とは言え本当の意味での完成品は女型であるパープルの方で最初に作ったグリーンの方は失敗作なので別の運用方法を試そうとしています。

 まあ先生は自分の作ったものを失敗作と認定するのを嫌がるので失敗作とは呼びませんし、どうにかして良い感じに動かすつもりなんでしょうね。そのために魔導具を仕込みまくると……。

 

「やっぱりマッドですねぇ」

 

「マッドだよねぇ。まあ魔導具を仕込むのはあたしもいいと思うけどさ。どうせなら戦闘用の魔導具仕込もうよ。背中に飛べるようになるやつ付けて、手からレーザー出せるようにするとか面白そうじゃない?」

 

「ゴリラ的発想だな、ハンティ……しかし悪くはないな! どうせなら大盤振る舞いで使っていない魔導具を仕込みまくるか! もういっそのこと腕とか足も分離出来るようにするとか!」

 

「お、いいね。それなら火も吹けるようにしようよ」

 

「もうなんでもありですね……普通に人体を模した魔導具だけじゃダメなんですか?」

 

「どうせ魔導具で補うなら魔法を付与した方がお得に決まってるだろう!」

 

「まあそれはそうですけど……」

 

 ガウガウ先生の言葉に私は論破される。倫理観というものはこの場には存在しない。さすがに酷い人体実験などは行わないし、一線は守っているとはいえ生後2ヶ月ほどの人造人間が早くも改造人間になることが確定してしまった。

 ……でもなんか喜んでるっぽい思念が流れてきてますし、問題ないですかね……。

 私は2体の人造人間に近づいて軽く思念を読み取ってみる。グリーンの方は問題があって調整中で未だ身体は動かせないが思考自体はしているので何となく分かった。パープルの方はもうほぼ人間みたいなものなので今は眠ってて思考はしていない。こっちはこっちで気になる部分はあるけど、今問題となっているのはグリーンの方なので一応提案はしておこうと。

 

「……それなら生活に役立つ魔導具も加えては? 掃除とか料理とか出来るようになれば助手としても役立つでしょうし」

 

「おお、それは良いアイデアだな! よし、採用! 足裏には埃を吸い込めるように……料理の方は手先から包丁とかフライパンを出せるようにしておけば後は熱を起こす方の魔導具と連動させて……」

 

「あんまり増やしすぎないようにしてくださいね。……ああ、それとガウガウ先生」

 

「何だ助手。それよりもこれから魔導具の作成に移るから手伝ってくれ」

 

「報告書、まだ提出なされていませんよね? 先にそちらを終わらせてからなら──」

 

「──脱出!」

 

「あ、ちょっと!?」

 

 午前中に確認した報告書の未提出に関する指摘を行った瞬間、ガウガウ先生がその場から脱しようと部屋の出口に向けて駆けていく。

 私は魔法を発動してそれを食い止めようとした。だがその前に、

 

「はい、ダメー」

 

「うっ!? こ、こらハンティ! 離せ! 私は偉大な発明の最中なんだぞ!」

 

「いや、報告書くらいさっさと終わらせなよ。簡単でしょうが」

 

「やりたくないことは出来る限りしない! それが私の信念だ!」

 

「そんな信念捨てちまいなよ」

 

「はいはい。それじゃガウガウ先生。ペンを持ってください。これから仕事が終わるまでしっかり監視しますから」

 

「くそー! 下級使徒のくせにー! 私は使徒様だぞ! もっと敬えー! 私の代わりに仕事しろー!」

 

「尊敬はしています。だけど仕事は別ですよ」

 

 瞬間移動で先回りしたハンティ先生に掴まれて逃げ出せないガウガウ先生が子供のようにぶーたれるが私は耳を貸さずに持ってきていた書類の類を机の上に置いてガウガウ先生に向き合わせた。後は思考を読み続けて逃げ出す兆候があったらハンティ先生に目配せすればいい。

 

「ぐっ……仕方ない……この天才なら報告書くらい一瞬で終わらせられる……!」

 

「ならいつも一瞬で終わらせて提出してくださいよ」

 

「天才は常人と思考回路が違うからな!」

 

「言い訳は確かに常人とは違いますね……」

 

「本当にね」

 

 調子のいいガウガウ先生にハンティ先生と共に呆れを見せる。

 そこからはガウガウ先生が報告書を終わらせ、夕暮れまでガウガウ先生の作業を手伝うことにした。




今回は長くなったので二分割。次回でGL期最後の日常回です。魔王戦争に向けてのフラグもちらほらあります。ということで次回もお楽しみに。

良ければ感想よろしくねー。
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