「………………」
キャロルはレオンハルトとハンティの戦いを観戦していた。
自分は今、魔王城から離れた平野でぶつかり合う主と使徒、両者の戦いを距離をとって眺めている。中庭でやることも出来たが、騒ぎになるのもまずいので必然的にここまで来よう、とそういう判断をレオンハルトが下したからだ。
だが、キャロルは思う。――なんだこの戦いは、と。
それは戦う理由が分からないということではない。レオンハルトが先月の戦争の最中にハンティに目を付け、彼女と定期的に戦う為に使徒にした、という理由をキャロルは聞いていたし納得もしている。納得と言っても主が決めたことなら否応もないのだが。
しかし分からなかったのは、ハンティがレオンハルトを楽しませる程強いのか、その真偽だ。
確かにレオンハルトは前回彼女と戦って、それを楽しんだ。それは事実だし、キャロルとしても主が楽しめたのなら幸いだ。それはいい。
だが、それでもなお疑っていた。
キャロルは主のスペックを改めて確認する。
主は魔人だ。それもただの魔人ではない。魔人四天王に選ばれるほどの実力者であり、魔軍参謀を務めるほど知略にも優れている上級魔人。その上、優しくて、人望があって、格好良くて、戦闘大好きで、でも読書を中心にインドアな趣味も好きで、普段は冷静なのに、戦ってる時ははしゃいでいて、またそのギャップが――
……っと、そうじゃありませんわ。
思考を中断する。少し脱線しかけてしまった。
とにかく、レオンハルトは魔人としての実力は一、二を争うほどに高いのだ。
そんなレオンハルトを、使徒になったとはいえ二度目の戦いで楽しませる事が本当に出来るのか――そんな疑問をキャロルは抱いていた。
だがそれも、この戦いが始まるまでであったが。
「……あっ」
キャロルの視線の先で、ハンティが消えて、そして再び別の場所に現れる。
それはまさに瞬間移動。高度な魔法だというそれを駆使してハンティが仕掛けるのをキャロルは見た。
それを相手にするレオンハルトの口元には、笑みが浮かんでいて、
「…………むぅ」
キャロルは胸にもやもやとしたものが湧き上がってくるのを感じて、頬を膨らませる。
そう感じたのは眼前の戦いはそろそろ決着がつく――そんな頃合いであった。
レオンハルトは戦っていた。
相手は一ヶ月前と同じ、そして一ヶ月後も戦う予定の自らの使徒、ハンティだ。その戦闘の基点となるのはやはり、瞬間移動であり、今も自ら周囲を回るように移動しながらその手に持った剣で攻撃を加えてくる。
それだけなら一ヶ月前と変わらない。だが、確実に変わっていることが幾つかある。その理由はやはりと言うべきか、
……使徒化の影響で身体能力が上がってやがるな!
速度や力、その他の肉体の性能が根こそぎ引き上げられている。喜ばしいことだ。
何故なら戦闘において筋力をはじめとする肉体の能力は基礎となるべきものだ。どれだけの技術を持っていたとしても、使い手の膂力が貧弱では効果は得られないし、一度剣を振っただけでバテてしまうような体力では戦えないどころか、技を教えることも出来ないだろう。
故に戦い方を教える際には、まずは最初に体力作りなどの体作りを徹底させる。力が無ければ大きな成果は得られないから。
実際、魔軍が人間を圧倒出来るのは魔物の身体能力が人間より圧倒的に高いからだ。個体にもよるが魔物の力は人間の大人に比べても明らかに上であり、魔物兵ならその差は平均して二倍の強さを持つ。そして使徒や魔人ならその差は更に広がる。
そのため魔人は強大なのだ。並の魔人ですら人間は束になっても相手にならない。それが上級魔人、カミーラやレオンハルトなら尚の事だ。
相手が普通の人間なら適当にぶん殴るだけでどの部位であっても死ぬだろうし、力に任せて引っ張るだけで手足を引き千切ることが出来る。逆に人間が一撃で絶命してしまうような攻撃を何十発受けようが死ぬことはないし、大きな傷が出来たとしても致命傷で無い限りは高い再生力で回復してしまう。無論、それなりの時間は掛かるが人間や他の生物よりは遥かに早い時間で傷が塞がる。
そのため、レオンハルトの相手に求めるハードルは高い。生半可な相手では戦闘にならないからだ。
しかし目の前の相手、ハンティは違う。使徒になって更に身体能力を上げたことにより、こちらとの差が縮まっている。――これがどれだけ愉快なことであるか。
魔人になって強さを求めることで周囲との差を広げてきた。追いすがる者は少なく、今では満足に戦える者は数える程しかいない。
そんな自分を追いかけてくる者が現れた。無理やりそうさせたのだし、これからの年月でどうなるかは分からない。その力量は未だ脅威ではなく、今もこちらが手加減をしている形ではある。だが、
「やっぱお前やるなぁ……見込みあるぜ」
「……お褒めに預かりどうも!」
その将来性を口に出してわかりやすく褒めてみたが、その返答は上段からの振り下ろしだった。攻撃と共にぶつけられる感情と戦意が心地良い。
既に幾つかの攻防を経て息が上がっている様子のハンティだが、その目は死んでいない。隙あらば一撃入れてやろうという意思を感じる。
「――!」
そしてその通り、動きがきた。
瞬間移動を終えて出てきた先は、こちらの右後ろ。それもかなり距離が近く脇の下に近い位置だ。
そしてこちらの右手を狙った動き。その狙いにレオンハルトは気づいた。
……俺の剣を狙ってんのか!
なるほど。確かに殺し合いじゃない以上、決着はどちらかが動けなくなるか降参するなどして負けを認めるかといったところだろう。得物を奪い、あるいは落とさせるというのは負けではないもののこちらのプライドを大いに傷つける。それを格上相手に成したならさぞ痛快だろう。思わず笑ってしまう。
だが、
「剣士が剣を落とされたら恥だよなぁっ!」
「――っ!」
それを早い段階で気づいてしまったが故に、逆に仕掛けてやる。レオンハルトは強引に身を捻った。回転するように身を動かし、ハンティの一撃を空かすと、
「っ! 躱され――」
「貰ったぜ……!」
空いた左手でハンティの右手首を掴んでやった。
ハンティは右手首をレオンハルトに掴まれた。
「ぐ……!」
持ち上げられ、そのまま吊るされる。どうやら得物を狙った仕掛けは見抜かれていたのか、即座に対処されてしまった。レオンハルトが顔をこちらに向け意地の悪い笑みを浮かべてくる。
「……さて、捕まって動けなくなっちまったな?」
腕を掴まれてしまっては瞬間移動で逃げることも出来ない。瞬間移動を行っている間、他のモノを動かすことは出来ないのだ。故にハンティは軽く息を入れると、
「……降参」
左手を軽く挙げ、降参を宣言する。ここいらが潮時だろう。この状態では何をしても向こうの方が速く、対応されてしまう。だからもう終わり、そう示したつもりであったが、
「……? ちょっと、離してくれない?」
未だレオンハルトはこちらの手を離さず、腕を挙げて宙吊り状態を維持している。一体どうしたというのか、眉を顰めて再度離してもらうよう言うも、彼は良い笑みで、
「ま、降参は構わねぇが……負けたなら罰ゲームが必要だよな――?」
「…………は?」
そんなことを言った。
何を、と思った瞬間。
「今日は何も考えてないし、用意もしてないしな……このまま怪我しない程度に力でも込めるか。よし、いくぞ――」
「え、いや――」
左腕を魔人の力で握られ、ハンティは苦しんだ。
「痛たたたたたたたたた!! ちょ、痛い痛い! これ洒落になんないんだけど……!?」
「大丈夫だ。怪我どころか痣にもならん。……前に試したしな」
「試したって……!」
ハンティが苦悶の表情で疑問を口にする中、離れて戦いを観戦していたキャロルが遠くを見るような目で、
「あー……それ、痛いんですのよねぇ……ご愁傷様ですわ」
「いやいや、これ折れる! 骨折れるって!」
ハンティが宙でじたばたと暴れるも魔人の握力からは逃げ出せないようで、抵抗虚しく罰ゲームを喰らい続ける。
そして数秒後、ようやくレオンハルトの手から力が抜け、ハンティは地面に降ろされた。
「痛ぅ……この馬鹿力め……」
ハンティが恨みがましい目でレオンハルトを見る。その視線にもレオンハルトはどこ吹く風といった様子だ。さて、と一言置いてその手に持った魔剣をしまうと、腕を組んでそのままの表情で、
「よし、それじゃ反省会だな」
「……まだ自分の使徒が痛がってるのが見えないのかなあー?」
笑顔でそう言われるが、流れが早すぎる上に、扱いが酷いため、青筋を立てながらこちらも笑顔で使徒であることを強調する。自分の使徒を戦闘でボコボコにした挙げ句、負けたら罰ゲームを施行し、そのまま休憩も無しに反省会は幾ら何でも酷くないだろうか。甘やかせ、とまでは言わないが、少しくらい優しく扱ってもバチは当たらない筈。
しかしレオンハルトはそれを無視して言葉を続けた。
「それでだ。先に疑問なんだが……お前、なんか前と比べて随分と剣の腕が上がったな? 剣筋が前とは大違いだったぞ」
「……あー」
不意に予想していた質問が来て頭を掻く。ほんの一瞬だけ言うべきか迷うももう半ばバレているし、この先もこうやって模擬戦をするなら隠し通せるものでもない。
ハンティは半目でレオンハルトを見た。
「……それ、多分だけどアンタの所為、かな」
「はぁ?」
まだ意味が分かっていないレオンハルトに単刀直入に意味を伝えてやろうとハンティはそれを告げた。
「――使徒になってから急に剣の腕が上がったから。おそらく使徒化が原因でしょ、これ」
レオンハルトはハンティから告げられた言葉に一応の得心をする。
納得した理由は明確だ。そういったケースを幾つか知っているから。
その一つにレオンハルトは目を向ける。
「……そういやキャロルも急に剣が使えるようになってたな」
「あ、はい。その通りですわ」
こちらの言葉に素直に肯定するキャロル。一体目の使徒がまずそれである。以前迷宮に一緒に潜った時に確認したし、それは間違いない。
更には、
「俺も……思い返してみれば魔人になってから剣の腕が上がっていったな」
顎に手を当て、二百年前の魔人化した際の記憶を辿りながら言う。古い記憶ではあるが、印象深い出来事だった為か覚えていた。
それを聞いてハンティも同じ様に納得したようで、
「それならやっぱレオンハルトの血の影響ってことかな……剣が上達する――剣馬鹿の血?」
「……酷い名前を付けるな」
「わたくしとしてはレオンハルト様と同じ武器が使えて喜ばしい限りですわ!」
キャロルだけが深く考えずに喜ぶ。だがまぁ、今の所は事実そうなったというくらいで、本当に関係があるのかは分からないし、深く考えなくていいのかもしれない。
それに、そういった才能を持っていても気をつけなければいけないことがある。
それをちゃんと伝えるために、レオンハルトはハンティだけでなく、キャロルにも視線を向けた。少し真面目な声色と表情で告げる。
「ま、それはいいがな。だからといって鍛えるのを止めたりするなよ。どんな才能も鍛錬を怠れば意味を成さないからな」
「わかってますわ!」
「……まぁ、やるだけはやるよ」
二人の使徒からそれぞれ返事が返ってくる。キャロルは相変わらず元気いっぱいだが、ハンティの方は何やら釈然としない様子ながらも渋々頷く。
……大方俺の影響で剣の才能に目覚めるのが複雑なんだろうな。
レオンハルトはハンティの内心を予想する。どこまで的を得ているかは分からないが、大きく外れているということもないだろう。やはりハンティはまだまだ自分が使徒だという感覚が薄そうだ。経緯が経緯な上、まだ一ヶ月しか経っていないのだからしょうがないのだが。
レオンハルトはそれを思い、口の中で言葉を作る。――それを促すにはこの後の用事がちょうどいいかもしれない、と。
回避できないならさっさと済ませる方がハンティとしても助かるだろう。故にレオンハルトは一息入れる。ここからも彼女にとっては大変な事だ。
「それじゃ、反省会は戻りながらやるぞ」
「……それはいいんだけどさ。戻るってことはやっぱり――」
ハンティが嫌そうに顔を顰めてこちらに確認を取る。やっぱり、という言葉の先は簡単に読める。
故にレオンハルトは彼女が期待しているであろうことを言ってやった。
「そりゃあ魔王城に、だな。魔王との対面が残ってるし」
「ですわ!」
「…………はぁ、やっぱそうだよねぇ……」
笑顔で言う自分と、意味もなくとりあえず合いの手を入れたキャロルの二人を見て、ハンティは自分の身を憂うように表情を暗くした。
そうして、三人は再び魔王城に帰ってきた。
だが、この表現は約一名にとっては正しくないと思う。
――まだ、二度目になるハンティ・カラーにとっては。
「――で、こっちが食堂になっていますわ。いつも城に詰める魔物兵が多く利用してるのでお昼時は結構込みますが、大体は皆の方から気を使って席を開けてくれます。それがあるので使徒以上はお部屋で取ることを推奨されてますわ」
「………………うん」
「ここのコックは腕がいいからな。待遇が良いからか向上心はあるし、自分から望んで仕事をしてくれるから助かってる」
「…………そうなんだ」
ハンティは頷きを返す。キャロルとレオンハルト。二人の解説はありがたいものの、それよりも気になることがある所為で集中出来ないでいた。その理由が、
……はぁ、すっごい見られてる。
周囲で警備をしている魔物兵達からの視線。
自分が物珍しいからか、一緒にいる二人が大物だからか。とにかく視線が自分に集中しているのである。
正直落ち着かないのでさっさと案内を終えてほしい。
こんなことなら、魔王城についた途端にキャロルが、自分に魔王城の案内をしてあげたいとレオンハルトに提案したのを差し止めていれば良かった。一応レオンハルトもこちらに確認は取っていたのだし。
キャロルが善意で言ってくれていたのがわかったので了承したが、よく考えればこうなる事は分かりきっていたので明らかにこちらのミスだ。
今からでもやめてもらおうか、キャロルには悪いがさっさと魔王に会いにいって用事を済ませれば帰れるのだし。
……うん、そうしよう。そうと決まれば早速――
ハンティは前を歩くキャロルに声を掛けようとし、
「次はこっちですわ!」
「あっ――ちょっと待って」
廊下の角を曲がるキャロルを追いかける。何とも慌ただしい子だ。
ハンティも廊下の角を曲がった。と、同時にキャロルの声が響いた。
「――あら、カミーラ様。どうもですの。……そして、出ましたわね七星!」
「……ん?」
キャロルの口から聞こえた名称にどこか聞き覚えがあり、疑問符を頭に浮かべてしまう。しかしそれを思い出すより先に、相手を目にする方が速い。――ハンティの不幸はそれに気づけなかったことだった。
角を曲がり、そこにいたのは二人の男女。そのうち前に立つ伏せた目が印象的な男性がキャロルを見て疲れたように嘆息した。
「……はぁ、キャロル。いい加減その……ライバル扱いはやめてほしいのですが」
「駄目ですわ! わたくしが魔物界一の完璧使徒になるためにはあなたに勝たなくてはなりませんので!」
「それなら私の負けでも別に――おや」
「…………」
そのおそらく七星と呼ばれた男性の目がこちらに移る。そして遅れてやってきたであろう背後の人物にも気づいて、声を掛ける。
「――レオンハルト様も居りましたか」
「ん、七星か。それにカミーラ」
レオンハルトが慇懃に礼をする七星、そして奥にいる女性の名前を呼ぶ。
……まさか。
その名にハンティはようやく思い至る。そしてその間に奥にいる女性が一歩、静かな身のこなしで前に出てきた。
「――――」
その女性は、全体的に暗い色を纏っていた。
ダークブラウン色のドレスに身を包んだ長身の女性だ。レオンハルトと比べてもほぼ同じ身長。しかし驚くべきはそんなところではない。
その頭部には角が生えており、背には大きな翼、長い耳、それらは彼女の身から発せられる圧倒的な存在感と共に、彼女が人間でない事を表している。プラチナブロンドの長い髪と整った顔立ち、女性的なスタイル。全てにおいてその美貌は人間ではありえない程に隔絶としていた。
その彼女が、口を開き、
「レオンハルトとキャロル。それと――」
「!」
彼女の黄金の瞳がハンティを映す。そして、目が合ってしまった。
ハンティは内心、背筋が凍る思いだった。
何故なら――彼女の全てに見覚えがあるからだ。
それはハンティだから、という訳ではない。きっと同じ種族なら誰であってもそうであっただろう。
そんな彼女は、ハンティをじっと、約五秒近く凝視すると、
「――お前は、誰だ?」
「っ――!」
その圧と共に疑問を投げかけられた。そしてその威圧感に、やはり、とも思う。
生まれついての上位者。その役割こそ複雑であるもののそこは変わらない。
その名を、その存在を――ハンティは思い出した。
……カミーラ。
魔人四天王の一角、プラチナドラゴンの魔人、カミーラ。
かつて同胞達が求めた生ける王冠が、昔の記憶のままの姿でそこにいた。