※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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ガイ派

 

 ──大陸南部。

 

 その日、とある隠れ里である集まりがあった。

 

「チッ……」

 

「…………」

 

 山中に隠れるようにして建てられたその隠れ里で最も大きな建物。その一室には既に数人が集まっている。

 普段は会議などに使うその長方形の机が中心に置かれたその部屋で、席に座っている複数人の大半はその舌打ちをしたこの隠れ里のリーダーも務める魔物討伐隊“鋼の騎士団”の隊長である女傑を恐れていた。

 先祖から受け継ぐブロンドの髪──多少癖がついており、乱雑に後ろでまとめているその髪と端正な顔立ちを持ちながらも、その表情は明らかに苛立ちに満ちている。上座の椅子に片足を上げる行儀の悪い座り方をしている様はまるで騎士とは言えない。

 そんな不良少女のような様相だが、傍らにはしっかり剣と盾を携えており、傍らには副隊長である大柄で鎧を纏った顎髭の騎士が立っている。分隊長達が席につく中、彼が立っているのは彼個人が隊長の護衛を務めているからである。

 そしてそれらの事実が彼女──スタークが鋼の騎士団の隊長である証明であった。

 

「……おい、ヴァルダ」

 

「はい。何でしょうかお嬢──じゃなくて隊長」

 

 スタークの不機嫌な声に副隊長のヴァルダが答える。お嬢と呼びかけるのは彼がスタークを子供の頃から見ているため、その頃からの癖だ。

 

「影の連中はいつになったら来やがる。もう時間はとっくに過ぎてんだろうが」

 

「そうですねえ……確かにちょっと遅いかもしれませんね」

 

「チッ……だったらもう始めようぜ。なあ──宗近」

 

 ヴァルダからの曖昧な答えを聞くとスタークは再び舌打ちをして反対側の席に座る1人の少年に声を掛けた。

 そこにいたのは黒髪の中性的な容姿の少年であり、その顔立ちも衣服もJAPAN出身の日本人の物。

 腰に刀を差した陰陽師にも似た衣服を身に付けたその少年こそ勇者であり魔物討伐隊“大和剣平団”の党首を務める宗近。

 そして今回、この会議を開いた発起人である。彼の隣には同じく日本人の侍と思われる女性が控えているのみで他の隊士は全員外で待たせていた。ゆえに宗近はそのスタークの提案に適切な答えを返すことが出来た。

 

「……いや、もう来たようだ」

 

「あ? なんでそんなことが──」

 

「──隊長!」

 

「! ああ? どうした?」

 

「影の楔の方々が到着いたしました。ここにお通ししても……うわっ!?」

 

「──邪魔するぜ」

 

 会議室に報告のためにやってきた鋼の騎士団の隊員が隊長であるスタークに許可を取ろうとして、背後から押しのけられる。

 そうして部屋に入ってきたのは6人を見て、スタークはその視線を鋭く細め、彼らを睨みつけた。

 

「……チッ……本当に来やがったか──クズ共が」

 

「ああ? 誰がクズだって?」

 

 スタークが吐き捨てるように口にすると、それに反応して大男が食ってかかる。最初に隊員を押しのけて部屋に入ってきた男だ。

 浅黒い肌をした禿頭のその男は両腕に包帯を巻いた筋肉質で悪人面をしていた。スタークや宗近と比べると上背は50センチ以上の差がある。それだけに大男はスタークの姿を見ると途端に苛立ちを収めて口端を吊り上げた。

 

「って、おいおい……! まさかお前が鋼の騎士団の隊長か?」

 

「何か文句でもあんのか?」

 

「はっはっは! おいマジかよ! 鋼の騎士団の隊長が女だってのは聞いてたがまさかこんなチビだとは思わなかったぜ! なあお前ら!」

 

「こっちは詳しい容姿知ってたネ。ブロンド髪のチビで見た目ヨシ。情報通り。だから驚かないヨ」

 

「私は知らなかったが……へえ、可愛いじゃん。今すぐにでも客が取れそうな上玉だ」

 

「…………」

 

 スタークが鋼の騎士団の隊長だと知った大男はスタークの容姿を指して馬鹿笑いをする。同時に背後の仲間達にも声を掛けた。

 背に行商人が背負う大きな鞄を抱えている丸いサングラスをかけた小柄な男がスタークの容姿を既に知っていたと口にしたが、もう1人の赤いずきんを被った体格の良い金髪の美女は容姿を品定めし、それが一級品だと勝手なお墨付きを与える。

 そしてもう1人──襟を立てた真っ黒いコートと黒い手袋。背中に身の丈ほどもある黒い大剣を背負った真っ白い青年は、スタークや宗近などの部屋にいる人間を一瞥したのみですぐに興味を無くしたのか視線を外す。その表情に一切の揺らぎはなかった。

 だがその1人の無反応を除き、彼ら影の楔の反応が極めて失礼であることに変わりはない。

 

「……殺す」

 

「お、お嬢! それは……!」

 

「何だ? やろうってのか? 表でお行儀よく魔物を倒してるだけのチビが俺達影の楔の最高幹部、“四影刃”相手に勝てるとでも?」

 

「だったら試してみるかデカブツ。てめーの汚え顔をあたしが綺麗に整形してやるよ」

 

「ハッ! 面白え! 威勢だけはいっちょ前か! だったら本当に試して貰おうじゃ──」

 

 スタークが強い殺気を大男に向けて放つ。そして傍らにあった剣に手を掛ければ、大男もまたその巨腕を前に構えてみせた。すると戦闘の気配を感じ取って小柄な男も服の裾から刃を覗かせ、赤い頭巾の女も腰に下げていた2つの手斧を手に取った。

 室内で他の鋼の騎士団の分隊長や副隊長が慌て、宗近とその隣の女性剣士は視線をすっと細める。彼らもまた本当に戦いが起こるならいつでも動けるだけの強さを持った戦士であった。

 

「──やめな。あんた達」

 

「!」

 

 だがそうはならなかった。その前に、部屋の最後方。出入り口の方からはっきりとした女性の声色が届く。

 そしてそれを合図に大男らの動きも止まり、振り返った。

 

「いきなり喧嘩を売ってんじゃないよサソリ。鴉、赤ずきんもやめな」

 

「っ……と。いや、すまねえ棟梁。ついいつものノリで挑発しちまったぜ」

 

「まったく、あんたは本当に礼儀ってのがなってないねえ。いいから大人しく座りな」

 

「ええ、分かりやした」

 

 棟梁、という呼び名で呼ばれた妙齢の美女の一声で他の4人が大人しく席へと腰を落ち着ける──白い青年だけは先に座っていたが──そうして3人が殺気を消したところでスタークはその美女に視線を移した。

 

「棟梁……ってことはあんたが“影”のボスかよ」

 

「ああ。ちょいと紹介が遅れたが名乗らせてもらうよ。あたしが“影の楔”の現棟梁、ホオズキだ」

 

 紫色のドレスを着た、長い艷やかな髪と男を惹きつける色香を持つその貴婦人──ホオズキは自身が影の楔の棟梁であるとスタークや宗近らに挨拶を行う。未だ席に付かず、優雅にスカートを上げて礼をするとそのまま手で先に席に着いた4人を紹介した。

 

「そしてこっちは影の楔の最高幹部“四影刃”だよ──ほら、あんたたちも挨拶しな」

 

「棟梁の言うことなら仕方ねえ。名乗ってやる──サソリだ。よろしくな。主に盗品の仕入れと殺しを請け負ってるからよ。何かあったら言えや」

 

「鴉ネ。薬でも情報でも人間でも何でも売買するヨ。欲しいもの売りたいものがある時はいつでも声をかけてほしいネ」

 

「赤ずきんだ。先程はすまなかった。主に娼婦の斡旋と管理を担当している。暗殺も得意だ」

 

 棟梁のホオズキの言葉に従って名乗る四影刃の3人。その際に告げられたそれぞれが担当している仕事内容を聞いてスタークは眉を潜めた。再び僅かだが怒気を覗かせる。

 

「チッ……態々ご丁寧にどーも。絶対に利用なんかしねーがな」

 

「そんなこと言わずにいざという時は頼っておくれよ。こんな時代じゃ人同士、協力し合わないと生きていけないだろ?」

 

「っ……人を食い物にしてるてめーらがよく言えるな……!」

 

「それも考え方次第だと思うがねえ……まあでもそれはいいさ。今回は互いの主義を言い合おうってわけじゃないんだろう? ──ねえ、勇者宗近さん?」

 

 スタークからの非難の視線を涼しく煙管を吹かせながら受け流し、ホオズキは薄い笑みで宗近を見る。

 宗近はその声を受けて内心で素直に感心しながらも、表面には出さず疑問した。

 

「……よく分かったな。私が勇者で、今回の集まりの発起人であることはそちらには話していないはずだが」

 

「ふふふ……あたしらの情報網はちょっとしたものだからねえ。これくらいは大したことじゃないさ」

 

「……そうか。なら話が早そうだな。手間が省けて助かる」

 

「こっちとしても理解があるようで助かるよ。あたしらの稼業じゃ仕方ないとはいえ毎回突っかかられては話が進まなくて困るからねえ」

 

「……おい。それはあたしのことを言ってんのか?」

 

「そんなことはないさ。だからほら、さっさと話を進めようじゃないか」

 

 情報という部分で組織力を軽く見せつけたホオズキは再びスタークの睨みを躱して席へと移動していく。

 だがそれに宗近は待ったを掛けることにした。

 

「待ってほしい。まだ紹介していない者がいるようだが?」

 

「…………」

 

 そう言って宗近は席に着いて無言を貫く白い青年と、ホオズキの斜め後ろを付いていくボロ布を纏った少女に続けて視線を向けた。

 ホオズキもまたそれを指摘されると特に動じることもなく自然に返す。

 

「ああ、すまないね。その真っ白い色男はグリムリーパー。ウチの戦闘部隊長をしている男さ」

 

「…………」

 

 紹介を受けてもその白い青年、グリムリーパーは言葉を発することなく、僅かに息を入れたのみ。なのでそれを指してホオズキが続ける。

 

「ご覧の通り無口でねえ……必要に駆られる時以外は全く喋らないし他人に興味もない男なんだ」

 

「……よくそれで部隊長が務まるな」

 

「腕は1番立つんだ。だから無愛想だけどよろしく頼むよ」

 

「なるほどな。……それで、そっちの少女は?」

 

 グリムリーパーについてホオズキから代わりに紹介を受けた後、時宗は続けてホオズキの隣にいた少女を見る。

 とはいえ紹介されずともおおよそ予想はつく。135センチから140センチほどと思われる背丈からおそらく年頃は10代前半。銀髪の短い髪と赤い瞳。顔立ちは可愛らしいが──その目は虚ろでどこを見ているか分からない有様だった。

 更にはその外套の下から見え隠れする手足には擦り傷や打撲の痕があった。明らかに、人為的に付けられた傷だ。

 

「ああ、こっちはあたしが飼っている奴隷のアンだよ。ふふ、可愛いだろう? こうやって撫でると──」

 

「ん……あー……」

 

「ほら、ちょっと反応するんだ。因みに名前の由来は“あ”と“ん”しか喋れないからなんだよ。ふふふ……ん、なんだい?」

 

「あー……あー」

 

「……ああ、そういえばそろそろ食事の時間だったねえ。──ほら、食べな」

 

 奴隷の少女、アンの物欲しげな様子にホオズキは懐から瓶を取り出す。

 そしてそこに詰まっていた赤い飴玉のようなものを一粒取り出すと、それを少女に手渡す。すると少女はすぐにそれを口に含み、頬を膨らませながら口内でコロコロと舐めて食べ始めた。

 

「あー♪ んー♪ んー♪」

 

「ふふ、この子はこれが大好きでねえ。毎日1つは食べないとグズりだすんだよ」

 

「……その飴のようなものは?」

 

「大したものじゃない。ちょっとした薬さ。食べると強い快楽が得られる。その証拠に……ほら」

 

「んー……っ……あっ……♡ あー……♡ あー……♡」

 

 ホオズキが指し示した先、飴玉を食べていた少女は途中から目を見開くと舌を出して恍惚の表情を浮かべながら床に膝を突き、そのボロ布の中で両手を股の間に挟み、その幼いスジを弄り快楽を貪り始めてしまった。

 

「ほら、とっても可愛いだろ? ふふふ……よーしよし。後で可愛がってやるから今は大人しくしておくんだよ?」

 

「あー、んー……♡」

 

「相変わらず棟梁の趣味はすげえな」

 

「とんでもない変態だけど意外と珍しくはないネ」

 

「これくらいの歳の子ならまだ普通だ。私も最初に売り始めたのは二桁にも満たない歳の頃だったからな」

 

「チッ……胸糞悪い……」

 

「……なるほど。どうやら説明を求めたのが間違いだったようだ」

 

 薬の効果で快楽に蕩けはじめる少女の頭を撫でるホオズキ。その光景は変態的だが、影の楔の3人は見慣れているため特に動じることはない。

 反対にスタークは露骨に嫌悪感を見せ、時宗も眉をひそめるのは避けられなかった。

 とはいえ、だ。時宗はやはり影の楔を誘って正解だったと冷静に評価する。

 鋼の騎士団と並ぶ大規模な魔物討伐隊である彼らの強さは一目見ただけで分かった──いや、部屋に入る前から分かった。

 何しろ奴隷の少女以外の全員が、驚くほど足音がしなかった。

 それが意味するところは全員が高レベルのシーフ、盗賊、ないしは忍者などのレンジャー職であるということだろう。魔物が跋扈し、何をするにも隠れ潜みながら行動する必要がある今の時代で、レンジャー系の職はパーティや魔物討伐隊には必須とまで言われる重要な職業だ。パーティ内に1人いるだけでも生存率は大きく違ってくる。

 ゆえに時宗は彼らがこの時代でも大きな勢力を保っていることに得心する。影の楔の構成員の殆どはそのレンジャー職で構成されていると聞く。

 更にはその最高幹部である彼らは見たところ、レンジャー職だけでなく他の戦闘手段も持っているようだった。実際に相対すれば彼らほど厄介な集団はない。

 正面からのぶつかり合いなら鋼の騎士団が勝るだろうが──個人の戦いともなるとそうともいかないだろう。

 しかしだからこそありがたい。これから話すことを思えば、戦力は多ければ多いほど良いと宗近は少女に意識を向けないようにして全員に向けて声を発した。

 

「では紹介も終わったところでそろそろ本題に入りたい──が、そのためにはもう1人……いや、2人ほどまだ紹介しなければならないな」

 

「ほう? まだ参加者がいるのかい?」

 

「あん? 2人……? おい、宗近。1人は分かるが、2人ってのは──」

 

「いいや、2人だ。順番に紹介させていただこう」

 

 事前に話を通しておいたスタークが聞いてない話を耳にして疑問を口にしたが、それを被せるように止めて宗近は自分の右隣に座っている仮面の男性を紹介するために右手を上げる。

 

「こちらはキリング商会の会長代行を務めている──グリーンさんだ」

 

「……! キリング商会……しかも会長代行だと……?」

 

 宗近が隣にいる人物のことをそう紹介すれば、影の楔側から驚きの反応が出るがそれも無理ないことだ。

 

 ──キリング商会は古くから存在する商会であるが、謎が多い組織として有名である。

 

 かなり古い時代から多くの商人を抱え、人類の物流を担ってきた彼らはこの時代においても野良の人間にとっての救いとなっている組織である。お金こそ取るものの、食料や様々な物品を売買してくれる。

 魔物討伐隊にとっても彼らは取引相手であり、当然それぞれの組織や隠れ里を食っていかせるために積極的に交流を持っている。ゆえに商会の人間と言われても、そのことには疑問を持たないが……会長代行と言われれば話は別だ。

 この場にいる大規模な魔物討伐隊。鋼の騎士団の隊長のスタークや影の楔の棟梁であるホオズキであってもキリング商会の会長には会ったことはないし、またそれが誰なのかも知らない。取引の際にもそれぞれ担当の商人とやり取りしたことは当然あるが、上の人間とやり取りを行ったことは皆無だ。

 ゆえに会長代行という役職を耳にして誰もが驚きを視線に乗せた。宗近の隣に座っていたため、てっきり大和剣平団の一員かと思っていたがそうではなかったと。

 そしてその会長代行と呼ばれる男──グリーンが立ち上がる。

 

「皆様どうもこんにちは。ご挨拶が遅れて申し訳ない。私はキリング商会で会長代行を務めさせて頂いております──グリーンと申します。以後お見知り置きを」

 

 その挨拶はとても丁寧かつ穏やかなものだった。商人としては当然とも言えるが──しかし、どうにも印象にそぐわないのはその見た目が異様であったからだろう。その会長代行を名乗るグリーンという男は、肌を一切見せていなかった。白衣にも似た白に緑の線が幾つも入ったコートに身を包み、ズボンも靴も手袋も全てそれらの色で構成されている。

 だが最も特徴的なのはその顔が見えないことだろう。頭部を完全に覆い隠すその仮面は、ヘルメットとも呼ばれるそれであり、顔の前部分を黄緑色の不思議な素材で隠し、それ以外の大部分が白で構成されている。

 そうして顔が完全に見えないため、その場にいる面々はそのグリーンという男のことを声や体格でしか推し量れない。おそらくは男だろう。その体格はどちらかと言えば細身。上背はそれなりにあるものの、明らかに戦闘員の身体ではなかった。

 それだけに商人と言われれば納得は出来る。顔を見せないことは気になったが……それよりもこの会合に出席していることが疑問であった。

 

「あんたが商会の会長代行かい」

 

「ええ、私が会長代行です。現在会長は諸事情により姿を見せるわけにはいきませんので私が代理として出席させていただくことになりました」

 

「まさかこんなところで会えるとは思っていなかったよ。なにせキリング商会は今まで何の情報も掴ませない徹底ぶりだったからねえ……どういう風の吹き回しだい?」

 

「人類における重要な話し合いを行うため、商会からも代表者に来てほしい旨を宗近様からご連絡頂きました。なので会長代行である私で良ければと提案したところ快く受け入れて頂きました」

 

「彼らもまた魔物討伐隊ではないが、現存する組織の中では大規模なもの。そのため招待させてもらったが……何か疑問でもあるのか?」

 

「ふぅん……いや、何でもないさね。話を続けてくれて構わないよ」

 

 そう言ってホオズキはグリーンという会長代行に対してあえて深くは突っ込まなかったが……相応に疑問を感じていることは明白だ。

 そして宗近もまた多少の疑問はあるが……それでもこの場においては態々指摘することではないとしている。彼らもまた人間側の勢力であることには間違いない。ゆえにこの場では影の楔の面々に対するものと同じく、全員をとりあえず信用することにして話を進める。

 

「なら話を進めさせて頂く。──今回、皆を集めたのは他でもない。人類の今後を左右する重要な提案をさせてもらう。その提案の中核になるのが、この場にいる我々とこれから紹介するもう1人だ」

 

「……つまり、そいつも戦力だってのか?」

 

「ああ? 戦力?」

 

 話を事前にある程度聞いているスタークが諸々をすっ飛ばして宗近に問いかける。

 そしてその言葉は更に疑問を抱かせるには十分なものだった。サソリが憚ることなく疑問の言葉を漏らすと、宗近は軽く息を入れながら答える。

 

「そうだ。私が提案するのは、この場に集まった我々で──連合軍を組まないかというもの」

 

「あー? 何だそりゃ? なんで手を組む必要がある?」

 

 素直な疑問に宗近はむしろ安心を覚える。

 これでやっと本題を口にすることが出来るのだ。その質問に答える形で、宗近は自身の目的を遂に口にする。

 

「人類を脅かす強大な敵を討ち滅ぼすためだ」

 

「強大な敵だと? ……おいおい、まさかとは思うが……魔軍……いや、魔人と争おうってんじゃねえよな?」

 

 その言葉を聞いて一瞬の思案を挟んで察してきたサソリに、宗近は言い切る。

 

「おおよそ当たっているが少し違う。私が提案するのは魔人ではない──()()()()()()

 

「…………は?」

 

 その言葉は部屋に一瞬の静寂をもたらした。

 魔王の討伐。その宗近の提案を脳で理解し、受け止めるまでの時間だ。その間、おおよそ全ての人間、話を聞かされていない鋼の騎士団の分隊長らや影の楔の最高幹部達も困惑している。

 

「っ……くく、ははははっ! おいおい! 何を言うかと思えば……馬鹿じゃねぇのか? 態々俺達まで集めてそんな冗談を口にするとは傑作だぜ!」

 

「……ウケているところ悪いが、冗談ではない。私は大真面目に提案している。この場にいる面々の……いや、人類の総力を結集して魔王を倒す。そのための話し合いを行うために私はこの場を開いた」

 

「本気だとしたら尚更ウケるぜ。田舎もんの日本人に教えてやるが、魔人……魔王ってのは倒せねえんだぜ? 無敵結界ってのがあいつらにはあってな──」

 

「魔人や魔王に対する解説なら結構だ。そちらが説明する程度のことであればとっくの昔に理解している。理解した上で、魔王を倒そうと提案しているんだ」

 

「はっはっは! だとしたらとんだ気狂いじゃねえか! 勇者様ってのは随分と自信家らしいな! 伝説の剣を持ってるからそうなっちまったのか?」

 

「剣ではなく刀だ。聖刀・日光。そちらこそ物を知らないようだな」

 

「どっちだっていいんだよ! 得物があるなら勝てるって言うなら苦労しねえぜ。いいか? 魔人や魔王ってのはどうやったって──」

 

 サソリが席から立ち上がり、宗近を馬鹿にするようにその提案を否定する。宗近は席についたまま冷静に話を続けようとしているが、サソリの上からの言葉は止まらない。続けて現実を教えてやろうと言葉を重ねる。

 

「やめな、サソリ。気持ちは分かるけど勇者の坊やにも話させてやりなよ」

 

「はっはっは! おいおい棟梁様よ! まさか本気でこいつの話を聞く気か?」

 

「……さてねえ。真面目に聞くかどうかも含めて聞いてから判断しようと思っているところさ」

 

「どう考えたって時間の無駄だぜ! お前らもそう思うよな?」

 

「確かに、その可能性は高いネ」

 

「魔王を倒すか……茶飲み話にしてもあまり乗り切れる話題ではないな」

 

 サソリが声を大にして続けようとするのを1度はホオズキも差し止めるが、その話を真面目に聞いていないという意味ではサソリとそう変わりはない。他の幹部もそうだった。ホオズキは奴隷の少女を膝に乗せて頭を撫でているし、鴉に赤ずきんもどこか弛緩した、呆れる様子を醸し出している。

 

「……おい、いい加減黙れよ。こっちは真面目に話してんだ」

 

「あ? 何だ、チビの方も本気かよ。チビ同士仲が良いみたいだな! ははははは!」

 

「てめぇ……!」

 

「……不要な挑発はやめていただこう。それよりも、話を続けても構わないだろうか。魔王を倒すための具体的な方策について説明したい」

 

「いいや、説明するまでもねえなぁ。そんなもん真面目に聞くくらいなら帰って女でも抱いてた方がずっと有意義だぜ。そうだよなあ、お前ら──」

 

 サソリの変わらない言動に、スタークが怒りを見せて再び立ち上がりかける。宗近は目を細めながらも冷静を保って話を続けようとするも、再びサソリが言葉を被せた。そして仲間に同調させるように再び声をかけようとする。

 そしてそのタイミングでまたしても影の楔側から声が返ってくるが──

 

「…………それで? どうやって魔王を倒すつもりなんだ?」

 

「……あ……?」

 

 ──その言葉は、サソリや他の面々が予想していた相手からのものではなかった。

 全員が、ほぼ初めて耳にする声に顔を向ける。その相手はグリムリーパーだった。

 この会議が始まってから無言を貫き続けてきた彼が声を発し、しかも宗近からの提案に対する疑問であったため影の楔の面々は驚く。

 

「お……おいおい。お前まで何言ってんだ? そんなもん、真面目に聞くつもりかよ」

 

「興味がある。だから聞く。それだけだ」

 

「はっ……急に口を開いたかと思えば……まさかお前がそんな冗談好きな性格だとは思わなかったぜ、グリムリーパーよぉ。それともアレか? 勇者様に興味が湧いたか? お前が女に興味がないのは知ってたが、こっちの趣味だってんなら納得だぜ。そりゃ話が合わねぇはずだよなぁ」

 

「お前……」

 

「だがそういうことなら話は別だぜ。次からはそっちの奴隷を連れてくるからよ。仲良くしようや。お前の強さにゃ俺も一目置いて──」

 

 サソリが今度はグリムリーパーに対して言葉を向ける。その粗暴かつデリカシーのない言動に、グリムリーパーはしかし怒りを見せない。

 それどころか全くの興味も抱いていなかった。自身に捲し立てるように喋りかけてくるサソリにその白い瞳を向け、そこで返答をした。無感情のままに、

 

「……お前は──()()()()()()()()()()()?」

 

「ッ……!」

 

 無機質な殺気を発した。

 それは恐ろしくギャップのあるものだった。声色や見せる表情が、その強烈な殺気と全く釣り合っていない。

 その部屋にいる面々はその一瞬で室内に充満した殺気に身を固くした。怒りも敵意もなく、殺意だけがそこにある。この部屋にいる人間にはそれが理解出来た。一定の実力を持つ人間にだけ垣間見えるその異常性が。

 そしてその殺気を直接ぶつけられたサソリは、全身の毛穴から汗が滲み出るほどの圧力を感じていた。その瞳には何の感情も興味も感じられない。まるで雑草でも見ているかのような視線だった。

 

「ち……違う! つーか何でそうなるっ!?」

 

「何だ、違うのか。だったらお前は致命的に頭が悪い奴なんだな」

 

「な、なんだと……?」

 

 路傍に生えている雑草を刈り取ろうとしている──そんな気配を感じたサソリは声を大にして否定し、そしてグリムリーパーの声を聞いた。宗近の方を少し見て。

 

「お前は俺より弱いことを理解しているのに俺が興味を持ったこいつの邪魔をした。だから死にたいのかと思ったんだが、そうじゃないならそれを理解していない。つまり、致命的に頭が悪いことになる」

 

「ッ……そ、それは……いや……」

 

 否定しようとして否定しきれない。先程までの強気な態度など微塵も見られなかった。反論すれば殺される。そんな恐怖がサソリの口を重くする。

 だがその考えは間違いであった。グリムリーパーは既にそこを通り越して自らの意思を伝える。

 

「……いや、どちらでも構わないか。どちらにしても興味は湧かない。煩わしいだけだ。殺すから諦めてくれ」

 

「なっ……!?」

 

 それは無情な死の宣告だった。

 今更何を言おうと関係ないと言った様子でグリムリーパーは背中の剣を手に取る。そして無造作かつ無遠慮にサソリに近づいた。

 

「ちょ……ちょっと待ってくれ! わ、わかった! 謝る! 謝るから許してくれ!」

 

「許すも何も怒っていない。ただ邪魔に感じただけだ。お前には興味は湧かないし、殺したところで喜びも楽しさも悲しみも感じないだろう。ただ、生かしておくよりも殺しておいた方がメリットがある。お前がこれから死ぬ理由はこれだ。理解したか?」

 

 それは事務的かつ最低限の言葉の羅列だった。不必要なことは口にしない。質問に対する答えと自分の意思。そして決定事項だけを伝える。

 その淡々とした様子に他の面々は動けない。鴉や赤ずきんといった同格の幹部ですら、ここで邪魔をしたら自分も殺されるかもしれないと口を噤み続けることに徹した。この場を適切に運営するためにいる鋼の騎士団の護衛や分隊長らも動けない。奴隷の少女に至っては快楽を得ることすら忘れてホオズキの膝に顔を埋めて怯えていた。

 そして今最も恐怖を感じているサソリが床に手を突いた。抵抗しても無駄であることは分かっている。それだけに必死に謝罪を行うことを選んだ。

 

「っ……待て待て待て! 本当悪かった! もう黙る! だから殺すのだけは勘弁してくれ……! この通りだ!」

 

「命乞いも見飽きているからしなくていい」

 

「ッ……待ちな! グリムリーパー!」

 

「待たない。もし殺してほしくないならこいつを生かすことで俺にどんなメリットがあるかをお前が教えてくれ。俺には思いつかない」

 

「っ、それは……」

 

 グリムリーパーはその棟梁の方に視線を向ける。ホオズキは何も言えなかった。この場でサソリを生かすための方法が分からない。

 

「……何もない、か。なら殺すが、諦めてくれ」

 

「ま、待ってくれ──」

 

 サソリの命乞いなど意に介さず、グリムリーパーがその大剣を振り下ろす。

 それは大剣にあるまじき剣速だった。スタークやホオズキといった現人類きっての強者ですら見切れないほどの。

 

「──待て」

 

「!」

 

 だが──1人だけその剣を見切れる者が存在した。

 後退り、逃げようとしていたサソリの前に立ち塞がり、その大剣をその刀で受け止めていたのは宗近だった。

 自分の剣を止めてみせた宗近に、グリムリーパーが見下ろしながら声を送る。

 

「……お前は強いな。俺の剣を止められる者はそういない……が、邪魔だからどいてくれ。そいつを殺せない」

 

「メリットがあれば殺さない……そう言ったな? ならばやめておいた方が賢明だ」

 

「……ほう?」

 

 更に興味の声をグリムリーパーが漏らす。そこで宗近は告げた。ギリギリと鍔迫り合いを行いながら、毅然と目の前の死神にメリットを説明する。

 

「もしこの場で誰かが誰かを殺すようなことが起きれば、私は決して何も話さないし帰らせてもらう。私が言った魔王を倒す提案も取り下げるし、具体的な方策を聞かせもしない。また、仮に私達だけで実行してもそちらには決して関わらせない」

 

「…………ほう」

 

「それでも構わないなら」

 

 グリムリーパーの剣から力が消える。そのタイミングで、宗近はそっと横にどいた。尻もちをついているサソリへの道を敢えて空けた上で告げる。

 

「殺しでも何でも好きにするといい」

 

「…………」

 

「さあ、返答や如何に!?」

 

 凛とした、それでいてはっきりとした声で宗近がそう言えば、グリムリーパーが無言で宗近を見て、そして視線をサソリにも移した。

 

「…………命拾いしたな」

 

「っ……あ……」

 

 怯えるサソリに一言呟くと、グリムリーパーはそれっきり再びサソリには興味を無くしたようで、剣を収めた上で席へと戻る。

 既に殺気は収まっていた。空気はまだ少し硬いが、それも宗近が胸を撫で下ろしスタークや宗近のお付きの女剣士が動いたことで僅かに空気も弛緩する。

 

「宗近様……」

 

「おい……大丈夫か? ……つーか悪いな。あたしが動くべきだった」

 

「……いや、問題ない。気にしないでくれ。それよりも……話を続けよう」

 

 お付きやスタークの心配を宗近は受け入れつつも席に戻る。

 そして僅かに剣を合わせたことでグリムリーパーという男の強さを感じ取り、あえて口にしなかった言葉を内心で作った──おそらく、スタークや他の者では止められなかっただろうと。

 それほどに鋭く重い一撃だった。直撃すればサソリという男は真っ二つになっていただろう。

 宗近は自身の実力がスタークや他の面々を遥かに上回っていると見ていたが、どうやらグリムリーパーだけは自分と同等かそれ以上の強さだと判断する。

 

「魔王を倒すための具体的な方策について話をさせてもらう。実際に協力するかどうかは全ての話を聞いてからで構わないが、それまで先程のような茶々は入れないでほしい」

 

「……ああ、勿論さね」

 

「私に異論はありません」

 

 ホオズキにグリーンからの承諾を得て、宗近は頷く。サソリもまた大人しく席に戻っていた。心なしかその巨体が小さく見える。

 そして先程強さを感じ取ったグリムリーパーについて、強さをしっかりと理解しながらも、しかしこう思う。

 

 ──それでも、最も強い戦力は彼ではない。

 

「それとこれから紹介するもう1人についても、過剰に騒ぎ立ったり、動揺して軽率な行動を取らないようお願いしたい」

 

「あ……? どういうことだ宗近。さっきも気になったが、一体どんな奴を紹介しようってんだ? しかもあたしにまで内緒なんてよ。お前じゃなきゃぶん殴ってるところだぜ」

 

「君にも黙っていてすまなかったが、それも必要なことだと理解してくれ」

 

「……まあ別にいいがよ……本当に誰なんだ? 紹介したい奴ってのは」

 

 普段は荒々しいスタークも、宗近にはその鳴りを潜める。魔王を倒すことを目的に何度か話し合いをして友好を深めたことが利いたのだろうと、宗近は信用されていることを感じ取った。

 

「ではこれからここに呼ばせてもらう」

 

「呼ばせてもらう? それってもしかして、これから使いを出してここまで呼びつけるつもりじゃないだろうねえ? さすがにそこまで長い時間は取れないよ」

 

「既にここに来ているからその心配はない」

 

 と、ホオズキの疑問に答えながら宗近は内心でその指示を送る。そうして自分の部下を通じて彼を呼び寄せた。宗近が割り当てられたこの建物の部屋から、この会議室に。

 

「た、隊長!」

 

「あ? どうした。宗近の呼んだ客が来たか?」

 

「は、はい。そうなのですが、その……」

 

「? いいから通せ。話がいつまで経っても始まらねぇだろうが」

 

「は、はっ! では、その……どうぞ」

 

 やがて、鋼の騎士団の隊員が客人がやって来たことを知らせに部屋に報告にやってくる。

 だがその様子は少しおかしい。明らかに動揺し、歯切れの悪い様子にスタークは違和感を覚えたものの、宗近を信用してすぐに客人を通すように命令した。

 だが──その客人が部屋に入ってきた瞬間、部屋にいる大半の人間が絶句する。

 

「──邪魔をする」

 

「なッ……!?」

 

「っ……こいつは……!?」

 

「…………ふむ」

 

 それは先程グリムリーパーが殺意を発した以上の衝撃だ。スタークが驚愕し、ホオズキも目を見開く。グリムリーパーですら強い興味を感じたようで腕を組んだままその来訪者に視線を向け続けた。

 

「……おい、宗近……まさかこいつが……?」

 

「ああ。紹介させてもらう」

 

 他と変わらず動揺するスタークの問いに宗近は立ち上がり、それを肯定するように来訪者の隣に立った。そして皆に向けてその名と、その存在を告げる。

 

「彼が魔王を倒すために私達に協力してくれる同志──()()()()だ」

 

「……ガイだ。よろしく頼む」

 

 そうして誰もが呆気に取られる中で名乗ったその男は、人間の天敵であるはずの大陸の支配者層──魔人であった。

 

 

 

 

 

 会議室は魔人が現れたことで騒然としていた。

 

「な、なんで魔人が……」

 

「お、おい! どういうつもりだ!? 魔人を連れてくるなんてよぉ! まさか俺達を騙したのか!?」

 

「……まさかこんなところで魔人に出くわすことになるなんてね……ホント、どういうつもりだい?」

 

 ガイの登場に鋼の騎士団だけでなく、影の楔も動揺を表に出す。ほぼ全員が警戒し、いつでも武器を取り、逃走に移れるようにしながらガイとその隣にいる宗近を睨んでいた。

 

「っ……おい宗近。こいつは何の冗談だ? まさかとは思うが……魔王を倒す具体的な策ってのは……こいつじゃねぇよな?」

 

 そしてそれは宗近を信用していたスタークも同じ。

 魔物嫌いな彼女にとってこの場に魔人がいることは、恐れ以上に怒りを感じることだった。しかしそれをすぐにガイにはぶつけずに、剣と盾を持ちながらも魔人の隣にいる宗近に問いかけた。その宗近は皆の恐れと疑いの視線を向けられながらも、平然と言葉を返す。

 

「その通りだ。魔王を倒すために必要な方策とは彼──ガイに魔王を倒してもらうことだ」

 

「な、何言ってやがんだてめぇ!? 魔人に魔王を倒してもらうって……だ、大体何で魔王を裏切って人間の味方をすんだよ!? 普通に考えておかしいだろうが!」

 

「絶対騙されてるヨ……こいつ、私らを殺すつもりじゃないカ?」

 

「悪いけど信用は出来ないな……」

 

 影の楔の最高幹部ですら動揺し、疑問を言葉にして宗近の提案を否定する。それは棟梁のホオズキですら例外ではなく、疑いの意思を質問にして示す。

 

「仮にそれが本当だとしても……魔人じゃ魔王には勝てないだろう?」

 

「そ、そうだぜ! 魔王ってのはバカみたいに強ぇ魔人のその更に何倍も強いんだろうが! 人間と協力したところで勝てるわけねーのにそんなことを言い出すってことは……やっぱ俺達を罠にかけようとしてるんじゃ……!」

 

 仮に魔人が味方だとしても魔王に勝てるわけがない。彼らが知る情報から来る当然の疑問をホオズキが口にすると他の面々にも更に根強い疑念の種が植え付けられた。

 その白い死神以外は。

 

「おい……ちょっと黙れ」

 

「……あ!? な、何言ってんだ……魔人が目の前にいんだぞ?」

 

「黙れと言ってるのが聞こえないのか。なら魔人に殺される前に俺が殺しても構わないんだな?」

 

「っ……だ、だからそれは……」

 

 そうして口を挟んできたのはグリムリーパーだった。魔人が目の前に現れても落ち着いた様子を崩さない彼は、この場を黙らせて話を聞くために普段は回さない口を自然に使う。

 

「お前達は本当に頭が悪いな。そもそもこの魔人が本気で俺達を殺すつもりなら一々罠に嵌める必要はない。もしその気ならとっくに殺されてる。そうだろう、魔人ガイ」

 

「……ああ。そうだな。確かに殺すつもりなら態々こうやって話などしない。何も言わずにすぐに殺るだけだ。私なら10秒もかからない」

 

「だろうな。噂に聞くガイの強さなら俺やそこの勇者でも相手にならない」

 

 グリムリーパーから話を振られたことで、ガイは静かに同意する。

 そして勝てないことを完全に理解しているからか、グリムリーパーもまた落ち着いていた。

 

「……グリムリーパー。あんた、その魔人のこと知ってるのかい?」

 

「今言わなかったか? 噂に聞いたことがあるだけだ。魔人四天王の1人である魔人ガイ。かつて人間の身でありながら魔王討伐に動き、あの魔人レオンハルトと引き分けたって話は俺がかつて居た場所では有名な話だからな」

 

「なっ……!?」

 

「それは……本当の話なのかい?」

 

「ハッ……マジだとすりゃとんでもねえ話だな……」

 

 グリムリーパーの口から語られるガイの逸話にその場にいる面々が今日何度目かにもなる驚きを見せる。ホオズキも静かにそれを飲み込み、スタークは何かを思ったのか吐き捨てるように呟いた。

 そしてそれらの反応を見て宗近が再び声を出す。

 

「……まさか知っている者がいるとは思わなかったが、おかげで幾つか説明の手間が省けた。──そう。彼、魔人ガイはかつて魔王を倒すために活動していた人間の戦士であり、最強の魔人に匹敵するほどの強大な魔人だ」

 

 宗近はまず、ガイから聞いたその経歴と強さを皆に説明するつもりだったが、偶然ガイの事を知るグリムリーパーがその場にいたため、その部分を省いて説明を続ける。他の者の疑問にも答えながら、

 

「それが……何だってんだ?」

 

「分からないか? 人間の身で魔王に勝てないというなら、強力な魔人を代わりにぶつければいい。その方が、人類だけで魔王に挑むよりも勝機がある」

 

 そう、宗近は魔王の強さをしっかりと理解している。

 理解しているからこそ、彼は以前に使徒を通じてガイと接触を持った時に提案されたこの作戦に臨むことにしたのだ。合理的に、それが正しい選択だと判断して。

 

「……勝機というかメリットがないネ。なんでそんなことに協力しないといけナイカ? その魔人だけで魔王を倒すって言うなら1人でやればいいネ」

 

「……ジルに……魔王を倒すならその場を整える必要がある。何の策もなく真正面から挑んでは負ける可能性が高い」

 

「その通りだ。当然だが、魔王には配下の魔人や魔軍が存在する。幾らガイが強くとも1人で挑めば勝機はない。袋叩きにあって殺されるのがオチだろう」

 

 魔王を倒すためには少なくない戦力が必要だとガイと宗近は訴える。

 だからこそこの場を開いたのだ。人類の力を得るために。大規模な人間の組織に協力を要請するために、この場を用意した。

 

「……なるほどな。あたしらにその魔軍や魔人の相手……足止めや妨害でもさせようってのか」

 

「……ああ。そういうことになる」

 

「チッ……要は引き立て役。あたしらにその魔人の手下になって戦えって、そう言ってんだろ?」

 

「そう思ってくれても構わない」

 

「っ……ふざけんじゃねぇ! 誰が魔人の手下になんかなるか! あたしらは人間だぞ!」

 

 宗近とガイの堂々とした厚かましい要求に、遂にスタークが爆発する。

 魔物嫌いであり、魔物を殺すことだけに人生を捧げている鋼の騎士団の隊長である彼女は、人一倍魔物に対する憎しみが深かった。

 だからこそ毎日のように魔王を倒したいと思っていたし、この地獄のような世界をどうにかしたいと考えていた。そのため宗近から魔王を倒すために協力してほしいと提案された時に意気投合し、共に魔王を倒すために他の人間の組織にも協力を求めることにも同意した。鋼の騎士団の本拠地であるこの場に影の楔という信用出来ない連中を招き入れたのもそのためだ。本拠地の情報は秘匿すべき重要な情報。かつてスタークの祖先が魔軍に囲まれて殺されたように、下手をすれば大勢の人間が犠牲になる。

 だがそのリスクを冒してでも人間同士で協力すべきだという宗近の提案を受け入れたが──ここに来て魔人の部下になって協力しろという提案に、スタークは勝手ながら裏切られたような気持ちを抱く。

 

「魔王を倒すって言うから協力してやったのに……! まさかこんなふざけた提案だとは思わなかったぜ……!」

 

「魔王を倒すという気持ちに嘘偽りはない。私もガイも君も、その気持ちは同じだ」

 

「勝手に一緒にすんな! あたしは……魔物を、魔人を許せねぇ! 協力なんて死んでもごめんだ!」

 

「お嬢……」

 

 スタークの強い怒りを見て副隊長であるヴァルダは苦い表情を浮かべる。彼はその理由を知っていた。スタークの父親である前隊長は、スタークが幼い頃に魔人に殺されている。

 父親に特に懐いていたスタークにとってその経験と抱いた感情は決して忘れられるものじゃない。いつかその魔人に復讐してやると、幼い頃から必死に訓練して力を高めてきたのだ。

 ゆえに魔人と協力して魔王を倒すという提案には同意出来なかった。

 

「……スターク。君の魔人への憎しみは私も理解しているが……ならば、どうやって魔人を倒すか、その方策は持っているのか?」

 

「んなもん……あるに決まってんだろ! あんたが持ってる聖刀と同じ魔人を殺せる魔剣カオス! あれさえ見つかればすぐにでも魔人をぶっ殺しまくって……!」

 

「そうか。だがそのカオスならこのガイの持ち物だ」

 

「……ああ。これがカオスだ」

 

『……まあそういうことじゃな。お嬢さんには残念じゃが……』

 

「っ……! 喋る剣……! そいつは……本物の魔剣カオスか……!?」

 

 カオスについての情報をある程度は持っていたのだろう。喋る黒い剣と見てすぐにスタークは気づく。

 かつて鋼の騎士団でもある戦士が持っていたというその魔剣をまさか魔人が持っていたとは──と、スタークはそこまで考えたところで気づく。

 ガイはかつて人間で、魔王を倒すために戦っていた。その話が本当であれば、その鋼の騎士団にいた戦士というのは──

 

「……そうか。てめぇが……!」

 

「……そうだ。私はかつて鋼の騎士団に所属していた」

 

 スタークの気づきを察してガイはそれを認める。その方が話がスムーズに進むだろうという打算を内心で覚えながら。

 

「だからこそ私が魔王を倒すためにこうして動いていることはある程度信用出来るはずだ」

 

「そう。そして、スターク。君の先程の方策だが……カオスを手に入れたところで君の実力じゃ魔王には勝てないだろう。可能性は0と言っていい」

 

「っ……んなことはねえ……! 魔剣さえあれば……いつか魔王を倒せるくらいまで強くなって……!」

 

「残念ながら無理だ。私やそこの……グリムリーパーであっても不可能だろう。その全員が協力したとしても傷1つ付けられずに死ぬ。それが実際に魔王の力を知るこのカオスや日光。そしてガイの見解だ」

 

「っ……!」

 

 宗近の冷静な反論にスタークがすぐに言い返すことが出来なくなる。歯噛みし、宗近を強く睨んだ。

 だがそこでも宗近は視線を逸らさない。

 

「だが、魔人の力も借りれば勝てる可能性はある。現実的に、人間が魔王に勝つ方法は今のところそれしかないんだ。人間が人間のみの力だけで魔王に打ち勝つ。そんな理想が叶えばいいが、現実は厳しい。その理想が叶わないのなら現実的かつ合理的な手段で現状を打破するしかない」

 

 宗近はスタークだけでなくこの場にいる面々全員に聞かせるようにそう言う。

 魔物から人間を解放する。そのために出来る唯一の方法は、この魔人と協力するしかないことを。

 

「……魔王に勝利するために私に協力してほしい。私が君たち人間に求めるのはそれだけだ。協力してくれるなら、勝った後で私が出来ることなら何でもしよう。それが報酬だ」

 

「──と、そういうわけだが……影の楔としてはどうお考えか?」

 

「──俺は構わない」

 

 ガイが条件を口にし、宗近が具体的に問いかければ真っ先に協力すると表明したのはグリムリーパーだった。

 

「こいつらがどうするかは知らないが俺は協力する。勇者に魔人ガイに魔王……どれも興味があるからな」

 

「……そうか……いや、感謝する」

 

「ならば影の楔側に改めて問おう。魔王を倒すための同盟を組んではくれないか?」

 

 グリムリーパーを除いて再度、今度は棟梁であるホオズキに向けて問いかけるとホオズキは思案していた。そして、膝の上の奴隷の少女を相変わらず撫でながら答える。

 

「……そうだねえ……参加しても構わないけど……協力の見返りや具体的な作戦、私らが何をするかも聞きたいところだねえ」

 

「っ!? 正気かよ棟梁!」

 

「黙ってなサソリ。棟梁のあたしの判断だ。……それで、どうなんだい?」

 

「そちらについてはこれから詳しく話させてもらう。因みに作戦に参加するに当たっての食料や武器などの物資。そして金銭に関してはキリング商会が受け持ってもらうことになっている。不便はさせないと誓おう」

 

「──ええ。勿論です。戦いに必要なものは全て無償で提供致しましょう。他の魔物討伐隊を雇うための費用に関しても全てお任せください」

 

 宗近の言葉にキリング商会の代表のグリーンが淀みなく答える。そしてそれを聞けば──影の楔としても悪い話ではないとホオズキは判断した。

 

「太っ腹だねえ。ま、そういうことなら前向きに検討させてもらうとするよ。あくまでビジネスとしてだがね」

 

「それでも構わない。感謝する」

 

「っ……マジかよ……」

 

「金が稼げるなら私はどちでもイイネ」

 

「棟梁の判断なら従うだけだ」

 

 ホオズキが参加を前向きに検討すると言えば、他の幹部にとっても嫌とは言えない。棟梁の命令は絶対。それが掟だ。許可なく破ったり組織を抜けるようなことがあれば報復される。

 ゆえにその掟を破れるのはグリムリーパーのような圧倒的な強者だけだが、グリムリーパーは参加を元々表明しているので問題なかった。

 だから後は──

 

「後は鋼の騎士団。スターク、君だけだ」

 

「…………」

 

「どうする? 勿論、参加は自由だ。参加しなかったからと言って不利になるようなことはしないが……しかし、私個人としては君の率いる鋼の騎士団には参加してほしい」

 

 鋼の騎士団の参加。それを求め、宗近は言葉を尽くす。

 スタークはしばらくそれを聞いて考えていたが、宗近の声を聞いて頭をかく。そして、苛立ちをはっきりと露わにしながら──

 

「チッ……ふざけやがって……魔人と協力して魔王を倒すなんざ、本気でふざけてやがる……」

 

「頼む。協力してくれ」

 

「……どうするんで? お嬢?」

 

「っ……あーあー分かった! 仕方ねぇ……協力してやる! 魔王を倒すためだ……そのためなら、お前の提案を受けてやるよ、宗近」

 

 そして宗近や部下達の視線を受け、スタークは決断する。鋼の騎士団の隊長として、その強い憎しみを今だけは噛み殺した。ガイに対し、強い視線をぶつけながら。

 

「ただし信用したわけじゃねえからな……! 少しでも怪しい動きをしたり怪しい動きをしたら……絶対に許さねえ」

 

「ああ……それで構わない」

 

「チッ……これでいいんだろ」

 

「ああ、ありがとうスターク。感謝する」

 

「……ふん」

 

 ガイに対して警戒を露わにしながらもスタークが了承したことで宗近は思う──これでようやく最低限の戦力は揃いそうだと。

 

「ならこの場で具体的な内容を詰めた後、それに異論がなければこの場で同盟を締結させてもらうが、それで構わないか?」

 

「……ああ、構わねえ」

 

「こっちも問題ないよ。まずはその内容次第だがねえ」

 

「商会としても異論はありません」

 

「……問題はないようだな。それなら、ガイもこちらに座ってくれ」

 

「──ああ」

 

 そこでようやく、ガイは席に着く。

 人類の戦力が揃うその場に、魔人の身で出席したその日は魔王ジルに対抗する魔人ガイの勢力が、結成される歴史的な日であった。




今回はここまで。新オリキャラだらけで結構分量が嵩むので分けました。キャラのデータとかは魔王戦争後かな。生き残りダービーの始まりです。
次回は魔物側かな。後2話くらいは準備フェイズになりますのでお楽しみに。

良ければ感想よろしくねー。
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