──大陸東部。
大陸一の大都市であるレオンハルトシティ。
そこは普段100万以上の魔物が暮らし平穏を謳歌する黄金都市であり、かの魔人レオンハルトの居城である紅魔城が中心にそびえ立つ世界一安全かつ平和な街である。
だがその街は今、平時より僅かに慌ただしかった。
「おい……聞いたか? ガイ様が魔王様に反旗を翻したって話」
「ああ、聞いた……隊長も言ってたぜ。それに備えるためのこの訓練の多さだってな」
「やっぱそうなのかよ……勘弁してほしいぜ。なんたってガイ様はそんなこと……」
「さあな……はぁ。本気で困るぜ。俺、来週には告白しようと思ってたのによ……」
「俺なんて来月には自分の店開こうと思ってたんだぜ? それが戦争が起こるかもしれないってんでその暇がなくなっちまった」
紅魔城の入り口を警備する魔物兵は最近の慌ただしい街の状況とその理由を憂い、同僚に愚痴を零す。
このレオンハルトシティに住む大半の魔物はレオンハルト軍に所属する魔物兵であるため、必然的に軍が動く状況になれば街全体が動くことになる。
そのため最近は軍事訓練や模擬戦が普段よりも多く実施されているため、平和な日々を楽しんでいる魔物達にとって魔人ガイが反旗を翻したという話は彼らにとって明るいニュースではなかった。
だからこそ警備を行っている彼らも肩を落としていたが……それを表に出すわけにはいかない。
「っ……おい」
「やべっ……」
ゆえに紅魔城の城門が開いたのを見て警備の魔物兵らは背筋を伸ばし、私語を止める。紅魔城は魔人レオンハルト様の居城であり、中に住んでいるのは全て下級使徒だ。
出入りが許されるのも魔物将軍やそのお付きの魔物隊長など魔軍でも身分の高い者であり、一般の魔物兵の首など簡単に飛ばせる者しかいない。
だからこそ彼らは襟元を正して紅魔城から出てくる者達を見た。
「では皆さん! 行きますわよー! わたくしにしっかり付いてくるように!」
「遠足じゃないんですからキャロル隊長……」
そうして城から出てきたその集団を見て魔物兵達は身を固くする。
先頭に立って集団を先導するその金髪の少女は魔人レオンハルトの使徒であるキャロルだった。レオンハルトの使徒の中でも最も古株で側近中の側近である彼女の登場は比較的若い新参の魔物兵にとっては十分に緊張の対象である。
だが彼らが緊張する理由はそれのみではない。キャロルの背後にいるその集団もまた、一般の魔物兵達にとっては──いや、魔物であれば誰もが羨む存在である。
(うおっ……すげえ……!)
(あれがレオンハルト様の親衛隊か……)
(俺初めて見た……)
紅魔城から出てきたその集団──レオンハルト様親衛隊を見て魔物兵達は声には出さずとも全員が息を呑む。声に出して反応するわけにはいかない。規律に厳しいレオンハルト軍において軍規に背く行為や、そうでなくとも集団の和を乱すような行為は注意で済まない可能性がある。
だからこそ彼ら魔物兵が次に声を出したのはその集団が完全に去って見えなくなってからのことだった。彼らは集まり、その感想を口に出す。
「おい、見たか?」
「見た……マジですごかったな……」
「あれ全員がレオンハルト様の女なんだろ。マジでやべぇよな……」
「羨ましい……」
一般の魔物兵達にとって手の届かない存在。それらのみで構成された集団に、誰もが羨望と下心を向けてしまう。
だがそれも致し方のないことだった。特に男の子モンスターである彼らにとって、その女の子モンスターの集団はどうしたって惹かれてしまうもの。
加えてその女の子モンスターが突然変異種ともなれば──そこに下心が混ざってしまうのも仕方のないことではあった。
「今だ! やれ!」
「囲んで倒せ! こっちの方が数は多い!」
「少数だからと油断するなよ!」
「報告を密にしろ! 連中の動きに惑わされるな!」
魔軍の中でもレオンハルト軍は最精鋭の軍隊である。
それは戦争がなくなったこの平和なジルの時代においても変わらない。魔軍の中でも唯一、入隊時に新兵訓練を行い、正式に配属されてからも定期的な軍事訓練などを行うレオンハルト軍は実戦がほぼ存在しないこの時代においても高い練度を維持していた。
たまに他の軍と模擬戦を行っても全戦全勝であり、彼らに敵う軍隊はこの地上には存在しえない。
「──ティトゥス将軍! 奴らが二手に分かれました!」
「落ち着いて対処せよ! 向こうは寡兵だ! その策に乗る必要はない!」
だからこそ今日のその模擬戦においてもレオンハルト軍の指揮官であるティトゥス将軍は決して過信ではない自信を持って臨んでいた。
「う~む……素晴らしい……!」
──そしてその模擬戦を、小高い丘の上から眺めて絶賛するのはレオンハルト軍を指揮する魔物大将軍カエサルである。
「戦況は今のところ五分……しかしよく戦っている」
そしてその隣には魔人レオンハルトの使徒であるリーの姿もあった。
リーは元々レオンハルト軍を指揮していた魔物大将軍であり、そのため使徒になった今でも大軍の指揮に長けている。今回のようにカエサルと共に軍事訓練や模擬戦を行うことも日常的に行われているものだった。
「このままでは……負けるだろうな」
「ええ……だからこそ素晴らしい……! あの美しさに強さ! まさか我が腹心たるティトゥス将軍がああも容易く打ち破られるとは……!」
そしてその魔軍切っての指揮官である2体の見解は──レオンハルト軍側の敗北であった。
『がおーがおーがおー』
『ぎゃーっす』
「ぐっ……! くそ、止められん……!」
「らくがき獣が多すぎる……!」
「手を止めさせろ! このままではキリがない!」
「ふへへー……どんどん行くっすよー」
「くそっ……早すぎる……! なんて召喚速度だ……!」
模擬戦が行われているその森林地帯は大軍にとっては僅かに不利な地形であるものの、一個軍2万の軍勢を相手に100にも満たない数では何も出来ないはずであった。
だが彼らは苦戦していた。
森の中ではそのたった100の軍勢によるゲリラ戦が展開されており、様々な戦術によって軍が翻弄されている。
その1つが1体の女の子モンスターから次々と生み出されていくらくがき獣だった。
丸眼鏡を掛けた明るい髪色のその女の子モンスターは、らくがき獣を生み出すことの出来る“スケッチ”にしては見た目もその強さも大きく違っていた。普通のスケッチやその上位種である美人画伯やポリメーカーが1体生み出すのにかける時間で、彼女は何体も何十体もらくがき獣を生み出している。
らくがき獣1体1体はそれほど強くなくとも束になってかかられると如何に精鋭のレオンハルト軍でも突破するのは容易ではない。
そしてその間に、その背後には獣が迫っていた。
「隙ありー!」
「ぐあっ!?」
「っ……またあいつか!」
突然、木々の間から1つの影が通り過ぎ、魔物兵に襲いかかる。
そうして一瞬見えたその姿に、部下を気絶させられた魔物隊長は苦虫を噛み潰すような表情で木の上に立つその小柄な女の子モンスターを見た。
「おっそーい♡ ねえねえ、そんな遅くて恥ずかしくないの? そんなんじゃいつまで経っても捕まえられないよ?」
「ぐっ……言わせておけば……!」
「よせ! 挑発に乗るな!」
木の上から部隊を挑発してくるのは獅子の耳と尻尾を持っており、髪色も普通の“猫またまた”とは違って獅子に似た、そして小さく、挑発的で──そして何より速かった。
他の何体かの仲間と共に魔物兵を狩っていく彼女は未だ攻撃を避け続け、少しずつ魔物兵の数を減らしていく。
「どっせーい!」
「うわああああ!?」
「おっりゃー!」
「うひいいいい!?」
そしてまた次の場所では、巨大なハンマーをめちゃくちゃに振るって雷を起こしまくる1体の女の子モンスターがいた。
こちらもまた普通の“雷大鼓”とは違う。雷大鼓よりも小さく、髪は赤色で短め。着ている服も洋風のフリフリの物であり──そして何より彼女の種族が持っているはずの太鼓と棒がなく、その代わりにハンマーを持っており、そのハンマーを叩く度に雷が発生して魔物兵達を痺れさせていた。
「よいっしょー!」
「くっ……! 近づけん!」
「隊長! あれはどうすれば!?」
「ハンマーを振るった後の隙を狙え! 雷は……我慢しろ!」
「ええっ!? ってことは……あれに突っ込むんですか!?」
「魔法使いは近づかなきゃ倒せん! いいから行け!」
「は、はっ!」
そしてその異質な雷大鼓に苦戦する間──本隊もまた少数の魔物による奇襲を受けていた。
「ふっ──!」
「ぐあっ!?」
「遅いっ!」
「ぐああああ!?」
立ち塞がる魔物兵をその身の丈ほどの大刀で次々に打ち倒していく長身の女の子モンスターは最強種“ソードマスター”のように見えた。
だがその見た目はやはり違っている。その顔立ちや長い髪、そして体の形がくっきり出るドレスのような衣装を身に着けているが、その衣服の上からでもそのスタイルの良さがよく分かる。男の子モンスターにとってその容姿は目の毒になるほどだ。
だがその強さは圧倒的だった。最精鋭であるレオンハルト軍の魔物兵がどれだけ襲いかかってきても、それを物ともせず蹴散らしている。
「止まれ!」
「ここは通さんぞ……!」
「ここまでやって来たことは褒めてやろう……だが、ここまでだ」
「っ……! お前達は?」
だがその女の子モンスターの前に立ち塞がったのは3体の魔物隊長だった。しかもそれは通常の魔物隊長よりも強者の雰囲気を漂わせていたことで、彼女の足を止めさせる。そして名を聞いた。同じ戦士の礼儀として。
「我らはレオンハルト軍最強の魔物隊長である三剣士! 我が名はダルタニアン!」
「同じく三剣士、カトラス!」
「……ゲンリュウサイ」
「「「ここを通りたくば我らを倒してから行け!」」」
「…………なるほど。面白い」
高レベルの魔物隊長3体が立ち塞がったところで彼女は僅かにどうするべきかを逡巡する。ここで真正面から戦って倒すべきかと。いや、そうした方が良いはずだと目を燃やして槍を強く握る。
だがすぐにその考えは捨て去ることになった。横から現れた味方の存在によって。
「こ、こっちを見ろー!」
「むっ!」
「増援か!?」
「あれは……きゃんきゃん……!?」
茂みの中から飛び出てきた女の子モンスターに警戒し目を向ける3体の魔物隊長。
だが3体ともその姿を見て目を見開いた。その姿は女の子モンスターのきゃんきゃんに似ていたが、きゃんきゃんではない。そのオーラから幸福きゃんきゃんと言うべきものだ。
だが見た目はその幸福きゃんきゃんよりも大きい。通常120センチほどしかないきゃんきゃん種と違って、その幸福きゃんきゃんは150センチほどの体躯を持っている。髪も長く、どう見ても普通の幸福きゃんきゃんですらなかった。
そして──どうしても魔物の本能とも言うべきものがその幸福きゃんきゃんに向けられてしまう。高い経験値を持つであろうその存在は、強さを求める魔物にとっても、そして男の子モンスターとしても目の毒だった。ゆえにその瞬間に、また別の増援が魔物隊長に出来た隙を突くことが出来る。
「えいやああああ!」
「隙ありー!」
「ぐっ……!?」
「何……!?」
「し、しまった! つい気を取られて……!」
「“師匠”! 今だよ!」
「……ああ、助かった!」
そうして木々の間から奇襲を仕掛けたのはまた別の女の子モンスター達だった。魔物隊長相手に攻撃を加え、出来た隙を見て“師匠”と呼ばれた女の子モンスターが魔物兵の間を素早く駆け抜けていく。
そしてそこにはこの軍を指揮する魔物将軍ティトゥスがいた。師匠はその大刀を構えてティトゥスと目を合わせる。
「そこか!」
「……来たか! 迎え撃て! 私がやられれば終わりだぞ! 何としても私を守れ!」
「はっ!」
師匠の姿を見たティトゥスが周囲の部下達に檄を飛ばす。魔物兵達がティトゥスの周りを固め、師匠を撃退しようとした。
「はああああああっ!」
「ぐっ……! ま、待て!」
だが師匠は止まらなかった。魔物兵の群れを倒し、一気に跳躍して刀を振り上げる。
倒された魔物隊長が声を上げるも師匠は止まらない。そのまま、ティトゥス将軍に向けて刀を振り下ろし──
「…………私達の勝ちだ」
「…………ふぅ。負けた、か……」
──その刀がティトゥスの眼前で止まる。
そうして2人は共に勝利宣言と敗北宣言を行った。その瞬間、
「終了ですわ~~~~~!! 各部隊、それぞれ負傷者を回収しながら陣地に戻ってくださいまし!」
森の中で聞き覚えのある大声が響き渡る。
それはこの模擬戦の審判をしていた使徒キャロルの声だった。
「はぁ……まさか負けるとはな」
「あいつら容赦ねーな。いてて……」
「誰か運ぶの手伝ってくれ!」
「動けない奴いるかー?」
決着宣言と指示を受けた魔物兵たちが一斉に負傷者の確認と回収を行い、森から撤収していく。
「……完敗だ。やはり流石だな」
「いえ、そちらも魔軍最精鋭の名に恥じない強さだった」
「そう言ってくれると助かる」
互いの指揮官が健闘を称え合う。レオンハルト軍側はティトゥス将軍。
そしてその相手はレオンハルト様親衛隊で、その指揮官は師匠だった。その2人が握手を交わす。
「ふむ、終わったか」
「いやはや……素晴らしい! さすがはレオンハルト様の親衛隊! 大軍に不利なこの地形とはいえ、我が精鋭を打ち破ってみせるとは……! エクセレント! マーベラス! ディモールトベネ!!」
「……興奮しすぎではないか?」
「興奮もしますとも! あの美しい強さを目の当たりにすれば誰でも!」
──そして模擬戦が終わったのを見て丘の上にいたリーとカエサルもまた移動を開始する。その道中での会話はカエサルの賛美に終始したが、それも仕方がないだろう。美しさを信条に置くカエサルにとって親衛隊はまさに理想の部隊であったのだ。
「ああ……叶うことならば私があの部隊を指揮したい……」
「隊長はキャロル様だ。それにお前では持ち味を活かせんだろう」
「それもまた口惜しい……! おお……神よ……なぜ私は女の子モンスターに生まれなんだ……!」
「ただの女の子モンスターでも親衛隊には入れない。来世に望みをかけるなら突然変異種になることも追加しておくのがいいだろう」
「確かに! ではそのように今日から祈っておきます! 神よ……! どうか私を女の子モンスターの突然変異種に……! バトルノートの突然変異種など私には適しているかと思うのですが如何でしょうか……!?」
「──帰ってからやれ。立ち止まって祈るんじゃない」
「おお! これは私としたことがうっかり……! 申し訳ありませんな! はっはっは!」
「……まあ分かればよいが……」
リーはカエサルの気が抜けそうな振る舞いに軽く息を吐きながら軍と親衛隊に合流していく。こんなのでもレオンハルト軍を指揮する魔物大将軍であるため能力は高い。なので注意はするもののそれほど強く咎めることはしなかった。その個性こそ、魔軍においては貴重なものである。
そのことは親衛隊を見ていても強く思った。全員が女の子モンスターの突然変異種であるレオンハルト様の親衛隊は、その強さも然ることながら個性も強いことをリーは知っている。普段は城の警備を行っており、キャロルの指揮する部隊でもある親衛隊は同じ使徒であるリーにとっても関わりが深い部隊なのだ。
その実力もレオンハルト様への忠誠心もまたよく知っているため、信頼している。彼女達であればこれから始まると危惧される戦争においてもしっかり働いてくれるだろうと。
「…………」
(今日も見られているな……)
──そう、だからこそリーは問題を起こしたくないのだ。特にこの大事な時期に、色恋沙汰など以ての外だと、リーは背後の木の陰からこちらを見る1体の、きゃんきゃんにも似た女の子モンスターの気配を感じながら深い息を吐いた。
──レオンハルト様親衛隊。
それは魔人レオンハルトの居城である紅魔城の警備を行うレオンハルト直轄の部隊である。
その特徴は全員が女の子モンスターの突然変異種で構成されているということ。
ゆえに親衛隊の総員は100名にも満たないが、その実力は高くまさに少数精鋭という言葉が似合う特殊な部隊である。
また彼女たちは全員が魔人レオンハルトの下級使徒でもあり、その立場は魔軍において非常に高い。
そのため魔軍で最も華やかな部隊であり、多くの男の子モンスターの眼差しを受けながらも誰も手を出すことが出来ない高嶺の花のような存在であった。
「はぁ……」
そして、そんな誉れある親衛隊に所属する下級使徒がここにも1人。
彼女の名はフォーチュン。女の子モンスター、幸福きゃんきゃんの突然変異種である親衛隊の一員だった。
「今日も話しかけられなかったなぁ……」
フォーチュンは悩んでいた。
珍しく外に出ての模擬戦が終わった後の午後の休憩時間。フォーチュンは弁当を持ったまま木の陰で溜息をつく。
「やっほー、フォーチュンちゃん」
「こんなところにいたんすか」
「獅子またちゃんに神絵師ちゃん……」
そしてそんなフォーチュンを見かけて声を掛けてきたのは彼女の友人である親衛隊の2体、猫またまたの突然変異種である獅子またまたとスケッチの突然変異種である神絵師ちゃんだった。
2体とも親衛隊の中では分隊長を務めるレオンハルト様親衛隊の四天王であるが、同じ突然変異種ということもあって親衛隊は上下関係に厳しくない。全員がはぐれものということもあって、同じはぐれもの同士で仲間意識を抱いているのだ。
その中でもこの2体はフォーチュンと特に仲が良い2人であった。そのため、この2体はフォーチュンの秘密を知っている。
「もしかしてまたリー様のことで落ち込んでたんすか?」
「う、うん……また声掛けられなくて……」
「一気にアタックしちゃえばいいのにー。そろそろデートくらい誘わないと他の誰かに取られちゃうかもよー?」
「そ、それは嫌だけど……でも勇気が出なくて」
神絵師と獅子またまたが近くに座って弁当を広げながらいつも通りそれを話し合う。
そう──フォーチュンはレオンハルト様親衛隊でありながら、レオンハルト様ではなくその使徒のリーのことが好きだった。
そのきっかけは以前、フォーチュンがまだ1人だった時。
幸福きゃんきゃんの突然変異種として生まれたフォーチュンは、普通の幸福きゃんきゃんよりもオーラがあり、誰からも狙われる存在だった。
人間の冒険者だけでなく同じ魔物からも経験値として狙われ、どこにも落ち着ける場所がなかった。いつ誰に襲われて経験値に変えられるか分からない。
だからずっと1人で旅をしてきたし、このままずっと死ぬまで1人だと思っていた。
──だがそんな時だ。人間に襲われ、傷ついていたフォーチュンの前に彼が現れた。
『──大丈夫か?』
『あ、貴方は……』
人間の冒険者を拳でバラバラにしたそのダンディな風貌の使徒に、フォーチュンは最初、助けられながらも怯えを見せてその救いの手を撥ね退けた。
だがその彼──リーはその手を撥ね退けられても怒るようなことはせず、そして襲うようなこともせずにそっとフォーチュンを抱き上げた。
『ふむ……どうやら普通の幸福きゃんきゃんではない……突然変異種のようだな』
『い……虐めないで……ください……』
『……案ずるな。私は何もしない。そして……行く当てがないのなら私に付いてくるがいい。我が主……レオンハルト様であればお前を救ってくださるだろう』
『そ、それは……』
『信用出来ないのも分かるが、それでも信用してくれ』
『…………は、はい……分かりました……』
──そしてフォーチュンはリーに助けられ、彼に付いて彼の仲介で城に住まわせてもらうことになった。
親衛隊という突然変異種の女の子モンスターだけで構成される部隊に入り、そこで似たような境遇の仲間と知り合い、友人になり、安全な生活を送れるようになった。
そうして居場所を作ってくれているレオンハルトにフォーチュンは感謝をしている。
だがフォーチュンは自分をその場所に連れてきてくれたリーに惚れてしまっていた。
それ以来、フォーチュンはリーを目で追いかけ続けているのだが──未だ進展はなかった。
「まあリー様はかなり奥手の堅物っぽいですからネー。ペール様がこの間の即売会で会った時に言ってましたけど今までに1度も恋人を作ったことないみたいっすよ?」
「あ、聞いてきてくれたんですね……!」
「そりゃモチっすよ。友達の頼みっすからね」
「神絵師ちゃん……!」
神絵師ちゃんがにへらと笑ってその大きな胸を叩く。彼女はスケッチにしてはかなり絵が上手で、画力が高すぎる──スケッチ風に言えば画風が違いすぎるために排斥された過去がある。
だが今ではレオンハルトシティ一の人気漫画家。幾つもの連載作品を持ち、ペールが執筆する“剣王伝”のコミカライズも担当している漫画界における中興の祖だ。
「あたしはアプリちゃん経由で性癖とかも聞いてみたけど特に変わった趣味はないってさー。バニー好きとかなら良かったんだけどねー♡ もぐもぐ……」
「そ、そうなんだ……でも変な趣味がないなら良かったよね……?」
「そだねー。あ、でも特殊性癖とかなら受け止めてくれる人も少ないだろうからそっちの方が良かったかも? 男が趣味とかじゃない限りはフォーチュンちゃんにも可能性あるし……」
「確かにBLは可能性ないっすねー。まあでもそうじゃなかっただけ良かったってことで……」
「あ、でもその時はフォーチュンちゃんが男になれば良いんじゃない? アプリちゃんに聞いたけど、性転換の方法もどっかにあるらしいよー?」
「さすがにそれは嫌だなぁ……って、リー様がそっちの趣味なわけないでしょ! 変なこと言わないでよ!」
「あはは、ごめーん♡」
獅子またまたが全く反省してない甘い声で謝ってくる。彼女もまた同種から排斥された存在だが、その事情は他とはまた少し異なる。
猫またまたはそもそも群れで行動せず孤立する種族なのだ。そのため見た目が違っていたところで干渉されたりすることはなかったはずだが、獅子またまたはむしろ群れで行動するのが好きであり、他の猫またまたに常に絡んでいく──本人が言うにはかなりウザ絡みをしてしまったため、そのことで排斥されたらしい。
そして大勢の魔物がいるレオンハルトシティにやって来て、何となく親衛隊に入ってきたらしい。食べることやエッチすることが大好きで、レオンハルトの娘であるアプリとも友人でよく遊んでいるところを見かける。
……ちなみに親衛隊の仲間から聞いた話だとかなり上手いらしい。そのことを思い、フォーチュンは少し恥ずかしくなる。
とはいえリーと恋人になるならいずれはそういうこともあるだろうと知識は密かに身に付けていた。
「でも確かにそろそろ一声くらい掛けた方が良いかもっすね。そのリー様やレオンハルト様が言うにはそろそろ戦争が始まるみたいですし」
「しかも相手が魔人のガイ様ってのがちょっと怖いよねー。ま、ガイ様の相手はレオンハルト様とか他の魔人がやって、あたしらはガイ様の味方についた魔物とかの相手になるだろうけどねー」
「そっすね。まあガイ様が勝つことはないと思うので心配はいらないと思いますけど──あ、それにかこつけて応援するとかはどうっすか?」
「うーん……でもそれってリー様の負担になりそうだし……」
「それはそうっすけど負担とか何とか言ってたらいつまで経っても進展しないっすよ? レオンハルト様なんて今でも毎日のように女の子とエッチしまくりですし! 尊敬するレオンハルト様と同じように女の子としてみませんか!? って今思いついたっすけどそんな感じでいけないですかねー」
「ありあり! それでなし崩しにエッチして既成事実ゲットだよフォーチュンちゃん! 恋愛は押し倒したもの勝ちだし! フォーチュンちゃんの超絶テクニックでリー様をアヘアヘにしちゃおう!」
「そ、そんなの無理に決まってるでしょ!? そんな、いきなりそういうことするなんて……」
神絵師ちゃんと獅子またまたのあけすけな肉食トークにフォーチュンが顔を赤くする。他の親衛隊と違ってフォーチュンは未だに処女を守っている上、本能に従いがちな魔物の中でもかなり奥手とされる価値観を持っていた。そういうことは、きちんと順序を踏んだ上で行いたいと思っている。
とはいえ妄想するのは止められない。フォーチュンはその時のことを頭に思い浮かべ、顔を赤くする。
「で、でもそういうことになったら……」
「あ、妄想モード入った」
「フォーチュンちゃんも大概むっつりっすよねー」
友人の2人がフォーチュンの態度に軽く笑いつつ呆れる。そして弁当に再び口をつけようとしたところで──
「──やっと見つけたぞ。こんなところにいたのか」
「あ、師匠ー」
「どうしたんすか? 師匠」
「あ……お、お疲れ様です」
そこで3人を見かけて近寄ってきたのは親衛隊の副隊長を務めているソードマスターの突然変異種である師匠だった。
親衛隊でキャロル様を除いて最も強くレオンハルト様への忠誠心も高い師匠は、その趣味以外ではあのメイド長さんと肩を並べるほどの女の子モンスターであり、魔物の鑑とされるような存在である。親衛隊の教練も担当しており、キャロルの副官として作戦指揮にも携わる重要な立場でもあった。親衛隊の隊員からも慕われており、ここにいる3人も師匠のことはその名の通り強く尊敬している。
「もしかしてまた決闘相手でも探してるんすか? 元副隊長……ミシェーラ様ならここにいないっすよ」
「師匠ー。次の勝負はメイド長さんと料理長のどっちに挑むんですかー?」
「む……それはまあ、どっちも捨てがたいところではある。メイドさんの突然変異種であるメイド長さんはとにかくあらゆることをこなす万能型であって手強そうだが、人間の突然変異種であると思われる料理長はやはり未知数で格上には違いないしな。だが、やはり次に挑むなら──」
「あ、あの……何か用があったんじゃ……? それと、多分料理長さんは突然変異種じゃないと思います……自信はないですけど……」
「──おっと、そうだった。お前達、すぐに城に戻るぞ。これから来客がある」
「え、来客ですか?」
神絵師ちゃんと獅子またまたの言葉に反応して楽しそうに分析し始めた師匠をフォーチュンは恐る恐る止める。
そしてすぐに正気に戻ってくれた師匠は3人に城に戻るように告げた。来客があるため、親衛隊として城で出迎える必要があると。
「ああ。カミーラ様がやって来るらしい。だからすぐに城に戻るぞ。昼食休憩は一旦中止だ」
「あー、それなら仕方ないっすね。了解です」
「了解りょうかーい。ほら、フォーチュンちゃんも戻ろ?」
「あ、はい。了解です」
そうしてフォーチュンは3人と共に紅魔城へ戻ることにした──次の機会ではリーに何とか声を掛けられればいいなぁ、と思いながら。
──そして紅魔城の応接室では、1人の魔人がレオンハルトに対してある要求を突きつけているところであった。
「いいな? レオンハルト……ガイは、私が狩る。そのために協力しろ」
「──そうだな……」
かつて魔人四天王から除籍された魔人カミーラからの要求を受け、レオンハルトは頷きながらも内心であることで悩んでいた。
そのあることとは……ガイとの戦いに参加したがる魔人が思ったよりも多いため、誰を参加させるべきか──ということだった。
今回はこんなところで。次で準備フェイズは最後かな。魔人の参加メンバーが大体明かされますのでお楽しみに。
良ければ感想よろしくねー。