※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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調整

 今更ではあるが、俺は魔人筆頭兼魔軍参謀だ。

 その役目は魔人達を統率し、魔軍全体を指揮、差配することにある。

 つまり何か有事が起こった際、どの軍をどれだけ動員するか、どの魔人に軍を任せるか。それらを決めるのは俺になる。

 魔王の一声という何よりも優先しなければならない命令さえなければ尚更だ。魔王が俺に対し「良きに計らえ」といった大まかな命令しか出さない場合、俺は魔物の勝利のために好きなように魔人に命令し、魔軍を動かすことになる。

 だからこそ俺はこれまで、魔軍の勝利というお題目の元、決定的な場面では自分に都合が良いように事を進めてきた。

 明らかに私腹を肥やすようなことや目に見える造反を行うわけではないものの、実際はそれを行っているに等しいことではある。別に正当化するつもりはない。俺は俺の都合を最優先にしている。

 その上で、俺の身内や俺に付き従う大勢の部下、魔物達のことも考えて物事を進めている。俺の都合に反しない中で、皆が出来る限り幸福になれるように努めている。

 つまるところ俺がやっているのは“調整”であるのだ。全ての目的を果たせるように出来る限り、ギリギリのところまで調整する。

 どうしても都合に反する場合は何かしらを犠牲にする必要はあるが、それでもフォローを入れて調整する。

 言わば魔人筆頭兼魔軍参謀という役職に就いている俺は魔物を──いや、世界を差配する必要があるのだ。

 

 ──ゆえに、だ。今回のガイの反乱についても俺は魔王ジルの命令の下、俺の都合に合わせて起こりうる戦いに備える必要がある。

 

『ガイの奴は俺が闘る。だからお前は手ェ出すんじゃねえ』

 

 ゆえに最初──魔王城で偶然出会った魔人レイにそんなことを言われた時、俺は『好きにしろ』とその参戦を認めてやったのだ。

 ガイが反乱したことはすぐに魔物全体に、延いてはほぼ全ての魔人に知れ渡っていたし、ガイがジルに対し戦いを起こすこともまた既に多くの魔人が知っている。

 だからこそレイがこう言い出すこともまた想定内であった。レイはガイに対し、日頃から「ペテン野郎」と言って憚らない。喧嘩を売って売られて、それからやられっぱなしという因縁がある。

 だからレイが勝手に動く可能性は既に考えていたのだ。それを思えば、事前に自ら申告しに来たのはレイにしては筋を弁えているじゃないかとむしろ感心してしまうほどだ。可能性は考えていたが、参戦するかどうか分からない状態よりは、参戦が確定している状態の方が読みやすいことは明らかである。

 

『ガイめ……ジル様に逆らうとは愚かな……!』

 

『……お前も参戦を希望するか? ノス』

 

『無論……! ガイが来るようなら儂が叩き潰す……!』

 

 だからレイの次にノスと会話し、参戦を決めてくれたこともまた俺としては読みやすくて有り難いことだった。

 ジルの信奉者であるノスに関しては、レイと同じでこちらが何をしなくても勝手に参戦してくるであろうことは読めていた。ガイがジルに戦いを挑むならばノスもまたジルの側で戦いに臨むだろう。勝手に突撃するほど馬鹿ではないが、ジルへの反抗を許すような奴でもない。側に控え、状況によっては打って出ることも迎え撃つこともある。あくまでジルの側近として、ジルの楽しみを奪わないようにした上での参戦だ。

 だからノスに関しても大した問題にはならないと俺は見ていた。ノスは強いが、ガイもノスにやられるほど弱くはなっていない。

 それにいざとなればどうとでもなる。だからノスの参戦も、俺は特に支障がなく見ていた。

 

『ちょっといい?』

 

『ハンティか。どうした?』

 

『一応報告にね。レキシントンの奴がガイを探して暴れ回ってるよ。“ちょうど暴れたいところだっだんじゃ! ガイは儂がやってやる!”って言ってジュノーやアトランタ、配下の鬼達と酒飲みながら馬鹿騒ぎしてる』

 

『奴らしいな……まあいい。一応注意はしておけ』

 

『あいよ』

 

 そしてしばらくして次に聞いたのはレキシントンが勝手に動いているという話だった。

 戦いが好きで退屈しているレキシントンはガイに恨みがあるとか気に入らないということではなく、単純に魔王への反乱という魔人が動いても問題ない大義名分にかこつけてガイと戦いたいだけだろう。反抗したのなら大手を振って喧嘩を売れる。そんな風に考えて動いたことは容易に想像出来た。勝手に動いていることは少し呆れるところだが、レキシントンの場合は放置しても構わないだろう。

 何しろこの戦いはガイから挑みかかってくることで初めて成立する戦いである。魔王城や各地の人間牧場に拠点を構えているジルや他の魔人と違い、反乱すると明確な意思を見せたガイの方は未だ隠れ潜んで戦いの準備をしていることだろう。

 つまりどこにいるのか分からないのだ。ゆえにレキシントンのように闇雲に探し回ったところで見つかる可能性は極めて低い。

 ガイとの戦いはガイ側を迎え撃つ戦いになる。だから今はこちらも準備だけを進めることしか出来ない。

 

『──後詰めだと?』

 

『オー、その通りね。だからガイとファイトする時はミーも連れて行くがよろし』

 

『……後詰めで構わないのか? お前なら前線に出たがると思っていたがな』

 

『ノープロブレム。そもそも今のミーじゃあのデンジャラスガイの相手はリスキーね。だからタイミング見る。戦うのはガイのマジックパワーをしっかりアンダスタンしてからよ! それからいつものキル・あなた! クケケケケ!』

 

『……そうか。なら考えておこう』

 

 そして雲行きが若干怪しくなってきたのはレッドアイが魔王城にいた俺に直接尋ねてきた時からだろう。

 しかも無益な殺戮を好むレッドアイにしてはらしくない後詰めで、最初には戦いたくないという申し出だった。

 だがレッドアイの自らのパワーを高めるという目的を考えればそれもおかしなことじゃない。

 そもそもレッドアイの思考はデジタルなものであり、殺戮を好むキチガイとは言え誰彼構わず挑みかかったりするようなことは決してしない。デジタルであるがゆえに、勝てないと判断した時は一旦見切りをつけて別の方向にその残虐性を発揮する。

 だからガイに対してもその判断なのだろう。ガイの実力、魔法の腕を警戒し、まずは観察してから動く。ガイの強さを正確に見極めて、その上でガイに挑むか、あるいはまた別のやり方を行おうと言うのだろう。レッドアイの思考パターンは制作者から直々に教えてもらっているため、大体は把握出来ている。最近生み出された2人と違ってその思考はキチガイかつ不可解な部分もあるとはいえ、目的自体は分かりやすいものなのだ。

 俺がその参戦を突っぱねてもレッドアイは大人しく従うだろう。多分だが。レッドアイも俺を敵に回そうとはしないはずだ。

 

『レオンハルト様。レオンハルト様宛にお手紙が届いてますよう』

 

『手紙? 誰からだ』

 

『ケイブリス様からですね。読みますよう。え~と……『レオンハルト様、ご機嫌如何ですか? 僕はすこぶる体調が悪く、調子も良くないので今は戦えません。なのでガイとの戦いには出さないようお願いします。今度たくさん貢物持って行きます。ぺこぺこ』ってな感じですね。何というか……文章から小物感が凄まじく滲み出てますねぇ……』

 

『…………そうか』

 

『返事どうします?』

 

『……了承した。その旨をしたためて送っておけ』

 

『了解でーす。さらさらさら~っと』

 

 後は……と、これは問題のない記憶だったな。ケイブリスから手紙が届いた時のものだ。

 参戦を表明する血気盛んな魔人ばかりではなく、中にはケイブリスのような……いやケイブリスみたいな魔人は他にはいないが……とはいえ戦いを好まない者や興味のない者も当然いる。

 そういった者達は俺が招集しない限り戦いに出てくることはおそらくないだろう。なので心配はいらない。

 そうして参戦してくる魔人は大体この辺りかと当たりをつけたのはガイが反乱を起こすと宣言してから数カ月後のことだ。

 

「ガイは私が、狩る。そのために協力しろ」

 

「──そうだな……」

 

 そんな時だった。カミーラが城を訪ねてきて、ガイを狩らせろと告げてきたのは。

 俺は思う。確かに、カミーラはガイに恨みがある。

 ガイによって四天王の地位を剥奪され、1度は襲われかけたガイのことをカミーラが未だに恨んでいるのは知っていた。そう、知っていたつもりではあった。

 そしてガイの方も、どちらのガイについてもそれなりに交流を深め、ガイが他の魔人とどのような関係でいるのかも大体は知っていたつもりだったが、その上でこう思う。

 ……ガイ……どんだけ嫌われてるんだ……。

 ガイが他の魔人とあまり交流を持っておらず、それどころか善ガイも悪ガイもむしろ喧嘩を売るような言動をしていることもあってか、ガイを嫌う魔人はいてもガイを好む魔人はいない。強いて言うなら俺かジークくらいだろう。後は無関心か嫌いか、どちらとも言えないかのそれしかない。

 

「……どうしたレオンハルト」

 

「……いや、考え事をしていた」

 

「まさか私に協力しない……なんてことはないだろうな?」

 

「それは勿論だ。協力はさせてもらう」

 

「……ああ。それならいい」

 

 ガイの嫌われ具合を再確認しながらカミーラからの催促を受け、俺は淀みなく答える。

 だが答えながらも俺は考えていた。

 何しろ、このままじゃ参戦する魔人が多すぎる。

 ガイとその集めた同志を相手にするだけにしては過剰戦力である上、カミーラに関して言えばガイへのリベンジを果たせない可能性が高いのが問題だ。

 

「思えば……レオンハルト。お前と狩りに出かけるようになって400年近く経つか」

 

「正確には350年前からだな」

 

「よく覚えているな……」

 

「大事な記憶は忘れないようにしている。忘れるはずがない」

 

「フッ、そうか……相変わらず歯の浮くようなことを言うやつだ……」

 

 俺が思考している間、カミーラは既にその話が終わったものとして俺の返答に満更でもない顔をしている。

 カミーラとの交流は大体いつもこんな感じではあるため俺は動じない。もう慣れている。

 だがカミーラの提案と続く言葉に対しては考えざるを得なかった。

 

「だがそのお前のおかげで力が付いた実感がある……今の私なら、あの憎きガイを気持ちよく甚振れそうだ……」

 

「…………」

 

 カミーラが口端を吊り上げたのを見て、俺は冷静に考える。

 確かにカミーラは強くなった。俺が誘ったレベル上げにも何度も付き合い、10年に1回はあの金の湯に混浴しに行ったおかげでカミーラのレベルは以前にガイに挑んだ時よりも遥かに上がったし、俺は何度も身体を洗わされたおかげでカミーラの3サイズから感じる場所まで完璧に把握するくらいにはカミーラのことを知ったし、まあ仲良くはなったと言えるだろう。

 ……いや、後者はどうでもいい。それよりも問題なのはカミーラがガイに勝てるかどうかだが……俺の見立てでは厳しい勝負になるだろう。魔法の実力は落ちたとはいえ、ガイは強い。剣も魔法も達人級の腕前であり、魔物討伐隊時代から培ってきた経験。勝負勘は衰えていないだろう。

 能力のスペックだけの話で言えばカミーラも負けてはいないが、純粋な戦士としての技能と戦闘のセンスにおいてガイに軍配が上がると俺は見ていた。

 だからカミーラがこのままガイと戦うようなことがあれば、カミーラはおそらく負ける。善ガイであればリスクを考えて殺すまではいかない可能性も高いが絶対ではない上、仮に死ななくともカミーラのプライドはまた深く傷つけられる。

 

「ふふふ……はーっはっはっは! どうした? 貴様の実力はその程度か?」

 

「うるさい! トランプで勝ったくらいで調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 ……外野がいたくうるさいが、今はそっちにかまってる場合じゃないため無視する。出来ればカミーラのプライドが傷つけられることのないよう、また万が一を防ぐための策を打ちたいところだが……。

 

「……さっきから気になっていたが……そいつはお前の新しい使徒か?」

 

「ん? ──ああ、こいつは俺の使徒のイヴだ。紹介したことなかったか?」

 

「そっちじゃない。ラインコックとトランプで遊んでいる方だ」

 

 と考えているとカミーラがそんなことを質問してきたため、俺が座るソファーの横に控えているイヴを軽く紹介するも、カミーラが聞きたいのはそちらではなかったようだ。

 

「……ああ。こいつは──」

 

「──ふっ。我が名を問うか……ならば答えてやろう!」

 

 出来ればそのまま気にかけずに無視しておいて欲しかったが問われたなら仕方がないと俺は少し離れた場所でカミーラの使徒のラインコックと何故か遊んでいたそいつを紹介しようとして──しかし、その流れを感じ取った向こうの方からやってくる。

 

「我は天才マイスター、ガウガウによって作られたホムンクルスの成功体! 最強天才超カワで乳もデカい! レオンハルト様に最も愛される生まれた時から完全な存在なパーフェクトラブガール!」

 

 止める間もなくカミーラの前で名乗り口上を始めてしまったそいつに俺は先を予想してフォローを入れるための文言を考えておく。

 実際、その名乗りは概ね間違っていない。そのメイド服に眼帯の彼女が、ガウガウに作られたホムンクルスの成功体であることも、それなりに強くて頭自体は良いことも、ピンクにも見える濃い紫色の長い髪や瞳を持つ可愛らしい顔立ちの美少女であることも、乳がお町を参考に作ったのもあってデカいことも間違ってはいなかった。

 ただ一個だけ訂正点を入れるとすれば……天才ではあっても、頭が良いかと言われると微妙な存在。

 

「そんなボクの名は──パープルアイ! だ! はーっはっはっは!」

 

「…………」

 

「はーっはっはっは……は……」

 

「…………」

 

「…………ふっ……ぼ、ボクの凄さに声も……」

 

「…………死にたいか?」

 

「ぴっ!?」

 

 極寒とも形容していいほどの冷たい目を向けるカミーラに気圧され、俺の後ろに隠れる最強天才超カワの乳のデカいホムンクルス。

 ……だが絶妙に痛くて抜けているのがこのパープルアイだった。先程までの調子に乗った態度はどこへやら、少し焦り、涙目になりながら俺に助けを求めてくる。一応は護衛も兼ねた役回りを与えられてるはずなんだが……。

 

「れ、レオンハルト様~」

 

「…………ふー……まあ待てカミーラ。今のはこいつも悪かった。だからそんなに殺気を出すな。──ほら、お前も謝れ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「……ふん。別に怒ってなどいない。あまりの命知らずさに少し脅かしてやろうと思っただけだ」

 

「ひ、ひ~……れ、レオンハルト様ぁ……あの人、なんか怖い……」

 

「──何か言ったか?」

 

「ひっ!? な、何でもないですぅ……!」

 

 明らかに怒っているカミーラに威圧されて俺の後ろに引っ込むパープルアイ。やはりと言うべきか、パープルアイのこの空気の読めなさはカミーラと相性が悪かったか。そもそもカミーラと美少女は基本的に相性が良くない。良い関係を築けるのはキャロルとかミシェーラみたいな例外くらいだ。もしかしたらこのバカっぽい感じがワンチャンウケるかと思って試しに同席させてみたが、この実験は失敗だったか。

 

「……それよりもカミーラ。先程の提案だが、少し条件を付けさせてほしい」

 

「……条件だと?」

 

 ならばと俺はこの時間で思いついた単純な手を実行するためにカミーラに声を掛けて話を戻す。

 

「ああ。ガイを狩りに行く際は、必ず俺と一緒に向かうことを約束してくれ」

 

「……それはどういう意図だ?」

 

 僅かに緊張が走ったのは気の所為ではない。俺が懸念していることにカミーラもまたすぐに気づいたのだ。

 だからこそ、ここからの言葉の選び方が重要。俺は気をつけながらその意味を正直に口にする。

 

「万が一の時、俺がお前に助力出来る。そういう意図だ」

 

「…………ほう」

 

 そう言えば、カミーラの目がすっと細くなった。

 その理由もまた理解出来る。何しろこれはカミーラのプライドを刺激する言葉であるからだ。カミーラは、それをはっきりと言葉にする。何を気にしているのかを。

 

「……お前は、私が負けると思っているのか?」

 

「……ああ。その可能性がないとは言えないだろう」

 

「っ……言ってくれるな……」

 

 俺がはっきりと、正直にカミーラの質問に答えるとカミーラは眉を立てる。それと同時に室内の空気が更に凍り、俺の後ろにいるパープルアイがビクッと跳ねていた。

 しかしはっきりと口にすることもまた必要なことだ。俺は苛立つカミーラに向けて更に言葉を追加する。

 

「だがこれはお前を侮っているわけじゃない。勝負に絶対はないという俺の価値観から来るものだ」

 

「……奴は魔人と化したことで以前よりも弱くなった。そう言っていたのはレオンハルト……お前だったはずだが」

 

「ああ、それは嘘じゃない。だからこそお前にも勝機は十分にあるだろう」

 

 200年くらい前にカミーラに問われたので答えたガイの強さについての答えをカミーラは持ち出してくる。

 実際に魔人になったガイと戦い、俺の答えを知るからこそカミーラは今の自分ならばリベンジが叶うと思ったのだろう。

 そしてそれは間違いではない。未だガイの方が力は上とはいえ、勝負にならないほど実力が離れているわけではないのだ。カミーラにも勝機はある。

 しかし負ける可能性も高く、実際に戦ってまた負けてしまえばカミーラのプライドが更に傷つく恐れがある。

 だからこそ俺はこう言うのだ。カミーラの目を真っ直ぐ見た上で。

 

「しかし……負ける可能性があるのであれば、お前を1人で行かせるようなことはしたくない。万が一にでも、お前を失いたくないからな」

 

「……………………それは」

 

 そしてそれを聞いたカミーラが長い間を取る。表情からも険が取れた。言葉を迷わせている。

 やはりここが攻め時だろうと俺は言葉を重ねた。

 

「俺はお前の意思を尊重しよう。……だが、その上でお前に万が一が起こらないように、近くにいていつでも動けるように注意させてほしい。たったそれだけの頼みだ」

 

「……………………」

 

「頼む」

 

 無言になったカミーラに真剣に頼む。カミーラに対しては嘘をつかず、意思を尊重しながら真面目に、気遣いながら正面から男として少し下から、しかしへりくだることなく堂々と頼むことがカミーラという魔人と付き合う上で重要なことだと俺は知っていた。

 そして後は待ち続ける。カミーラの返答が来るまで。背後ではパープルアイがワクワクしている気配と、ラインコックがぐぬぬと歯噛みしている気配と、横にいるイヴからの「……女たらし」という少し呆れと嫉妬が入り混じったかのような気配からの呟きを感じたが、それら全てを無視して今はカミーラに注力する。

 

「……………………そう、だな」

 

 そうしてややあって──カミーラは答えた。俺の頼みに対し、目線を横に逸しながら。

 

「……いいだろう」

 

「……そうか。受け入れてくれて感謝する」

 

「…………礼はいらん。それより……そうだ。また来月には例の風呂に行く時期だろう。それを忘れるな」

 

「ああ。分かっている。いつも通り誘わせてもらおう」

 

「……ならいい」

 

 俺の頼みを受け入れたカミーラは、俺の礼に対していつもの風呂を忘れるなと、そう言って立ち上がった。話は終わりだ、とそういうことだろう。

 それにしても来月か……もし戦争が始まったら大変だが、都合をつけて行くしかないな……あるいは時期をずらすか。その辺りはまた後でその時になってから考えるとしよう。

 俺はカミーラを玄関まで送っていくために同じく立ち上がって付いていく。

 そしてその道中──

 

「あっ……」

 

 俺の城には大勢の下級使徒が住んでいるため、当然玄関までの道のりでもメイドやら誰かしらとすれ違うことはままある。

 だからこそそれは珍しいことではないが、ちょっと気がかりが起きたことで俺は僅かにその小さく声を出した人物に目を一瞬だけ向ける。黒いフォーマルな格好をした、長身のスタイルの良い黒髪ロングの巨乳美女は当然俺にしても見知った下級使徒である。

 その手に書類を幾つか持っていることから、何か業務で報告することがあったのだろう。しかし、俺の方がカミーラと一緒にいるために声を掛けられず、緊張した様子で立ち止まって礼をした。客人、上位者に対する礼儀だ。それをしっかりと行っている。カミーラはそれに全く目を向けないが、それがむしろ礼儀に背いていない証拠である。礼を失すれば目に止まるからな。

 

「では軍を動かす時はこっちから通達させてもらう。それでいいか?」

 

「ああ。…………」

 

 そうして俺はカミーラを玄関で無事に見送り終える。別れる際に、しばし立ち止まって無言でこちらを見ている時間もあったが、俺が何も言ってこないのを見るとすぐに背中を向けて城から出ていった。

 

「カミーラ様がいると空気が締まりますね」

 

「こ、怖かった~……」

 

「……礼儀をしっかりしていれば問題になることはない。お前達も……特にパープルアイは気をつけろよ。二度目はもっと怖いからな」

 

「お、同じ失敗は繰り返さないから問題はない! 完全だからな! ……でも一応気をつける……」

 

「私から見ても結構怒ってましたからね。本当に気をつけた方がいいですよ」

 

「イヴが言うなら本当に苛立ってたんだな。……さて、それよりも──何か報告か?」

 

「あ……はい。その……幾つか改善案についてまとめてきましたのでご相談させて頂こうかと思い……」

 

 そうして注意を終えた後、次に声を掛けたのはカミーラと対面したため、その場で立ち止まっていた下級使徒である。その中でも5年前にやってきたばかりの新参である彼女は、任せられた仕事について俺に相談に来たという。なので俺は当たり前にそれを聞くことにした。彼女を褒めてやりながら。

 

「……さすがだな()()。昨日言い渡したばかりの案件をもう解決か」

 

「いえそんな……私は自分のやるべきことをこなしているまでです」

 

「任せられた仕事を十全にこなしている以上、褒め称えない理由はない。やはりお前に任せて正解だったか」

 

「それもレオンハルト様の慧眼あってのことです」

 

「ルナさんは謙虚ですね。もう少し自分に自信を持っても良いと思いますよ」

 

「……ありがとうございますイヴ様。しかし、今はまだはっきりとした成果があるわけではないので……あ、それとグリーン……グリーンアイ様にも助けられていますのでパープルアイ様にもお礼を申し上げておきます」

 

「おおっ……やはり我が兄は役に立っているか……! さすがはグリーンアイ……混沌から湧き出た恐怖の改造人間よ……!」

 

「まあルナさんを表に出すには色々と問題もありますからね」

 

「ああ、そうだな」

 

 イヴの言葉に頷きながら俺は自らの下級使徒であり、キリング商会の会長であるルナの様子を観察する。

 クールなキャリアウーマンと言った印象のルナだが、その瞳は僅かにまだ揺れていて、落ち着きを取り戻そうとしている最中だった。

 

「……怖かったか?」

 

「あ……」

 

 ゆえに俺はルナの身体を抱き、落ち着かせるようにその背中を擦ってやる。

 するとルナは俺の胸に顔を埋めるようにしながら抱きついてきた。そして、小さく謝罪の言葉を零す。

 

「すみません……思い出してしまって」

 

「気にするな。辛かったらいつでも言え。仕事も放り出したって構わない」

 

「はい……ありがとうございます。レオンハルト様」

 

 俺がしばらく身体を抱いてやると僅かに内心で思い出していた恐怖を忘れることが出来たのだろう。その瞳の揺らぎが止まり、いつものクールで落ち着いたものに戻る。

 

 ──だが原因が原因なだけに、簡単には乗り越えられないだろう。

 

 俺はその原因について考え、何度目かになる怒りを内側だけで浮かび上がらせる。やはり、()()()にはそろそろお灸を据えてやらないといけないだろう。ちょうどもうすぐで契約も切れるところだ。

 加えてガイとの戦争も直に始まるだろう。俺を舐めたツケを払わせるには絶好の機会であり、試しにもなる。

 

 そうして俺は腕の中にいる自分の女を抱きしめながら、魔人の中で誰を招集するかを決め、それを踏まえて調整を行おうと思考を巡らせた。

 

 ──それが各地の人間牧場が襲撃を受けたと報告を受けた……1ヶ月前の出来事であった。




というわけで今回で準備フェイズ終了。登場人物も全員出たかなってことで次回からは作戦フェイズでありバトルフェイズの始まりです。お楽しみに。

良ければ感想よろしくねー。
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