※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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初陣

 

 ──大陸南部。

 

 その平原にある人間牧場には、現在魔軍の司令部が設置されていた。

 

「よし、これは運び終わったな」

 

「隊長。次の指示を」

 

「ああ。次はこっちだ」

 

「第1部隊から第20部隊は先に休憩時間だ! 列に並び食事を取るように!」

 

 緑、青、赤の魔物兵がそれぞれ魔物隊長の指示で行き交い、魔物将軍もまた大勢の魔物隊長に仕事を振り分けるその姿は統率の取れない普通のモンスター達とは明らかに違ったもの。

 リーダー能力や統率能力を持つ魔物隊長や魔物将軍に率いられた魔物兵達は人間以上の組織的な動きで効率的に作業を行っている。

 

 ──たかが普通の魔軍と同じにするなかれ。

 

 彼らは魔軍の中でも精鋭であるレオンハルト軍。

 兵の練度、指揮官の能力などあらゆる面で他の軍とは違う彼らは自分達が魔軍の最精鋭であるという誇りと誉を抱き、その評価に恥じないよう気合を持って臨んでいた。

 

「うーむ……この美しく調和の取れた組織的な行動……! ンン~~ビューティフルッ!」

 

 そしてそんな最強のレオンハルト軍を率いる魔物大将軍こそ、その魔物兵達の動きを見て大げさに感動している──カエサルである。

 

「やはり我が軍は素晴らしい……そうは思わぬか、ブルータス」

 

「はっ。毎日の訓練の賜物でありましょう」

 

 ──レオンハルト軍所属の魔物将軍ブルータス。

 カエサルの側近の内の1体である彼がカエサルの言葉に同意を返す。

 

「うむうむ。加えてレオンハルト様の美しい威光と私の美しさのおかげだろう。皆美しい我々に恥じないようにしているのだろうな……その心意気も実に美しい!」

 

「きっとそうでありましょうな」

 

「うむ、そうだろう。そうに違いない……そしてそれを理解している貴様もビューティフルだっ! 褒めてやるぞブルータス!」

 

「ありがとうございます。では我々もそろそろ夜襲に備えて休憩に入りましょう」

 

「うむ、そうしよう。それが美しい」

 

 カエサルとの付き合い方を熟知しているブルータスはカエサルの自己完結気味な会話にも慣れた様子で応じる。

 あらゆる能力に優れた完璧なカエサルの唯一の欠点がこの何事に置いても美しさを重視するこの癖だらけの性格だが、それゆえに美しさの極致として見ているレオンハルトには極めて従順であり職務も忠実にこなすためそれほど問題視はされていない。

 軍務を真面目にこなしている以上、個性は尊重される。2000年以上培ってきた文化や思想がレオンハルト軍には根付いていた。

 

「ふんっ……ふんっ……!」

 

 そしてそのレオンハルト軍の最古参の将兵もまたそこにいた。

 台の上に寝た状態で2メートル以上もある長い槍を上げ下げしているその男の上半身は鍛え上げられた逞しい筋肉が脈動している。

 普段身に着けている赤い軍服の上だけを脱いで、そうしていつもの筋トレに励むダンディな男の名は──リー。

 魔人レオンハルトの使徒である元魔物大将軍であり、軍歴2000年以上のベテラン中のベテラン──レオンハルト軍の将兵から密かに“兵士の父”と呼ばれ慕われる使徒、魔軍の将である。

 

「はぁ……レオンハルト……」

 

 そしてもう1人──近くに置かれた机と椅子に腰掛け、悩ましげな吐息を零しているのは10本の尾を持つJAPAN風の衣装を着た爆乳の美女。元妖怪の使徒──お町。

 共に主のレオンハルトによって本陣に振り分けられた2人は思い思いの時間を過ごしていた。

 

「お、お疲れ様です……リー様。た、タオルをどうぞ……」

 

「……ああ」

 

 リーが筋トレを終えて立ち上がったのを見てタオルを持って駆け寄るのは、本来ここに1人でいるはずのない幸福きゃんきゃんの特別変異種。親衛隊のフォーチュンだった。

 同じ親衛隊の仲間の働きかけもあり、今回レオンハルトからの辞令でリーの副官に就いたフォーチュンは懸命にサポートをしようとリーの一挙手一投足を見逃さないよう熱視線を送っていた。

 そこには明らかに好意が入り混じっているものの、リーはそれを気づかない振りをしつつタオルを受け取ると汗を丁寧に拭い去り、衣服を着用する。

 

「ゆ、夕食をお取りになりますか? あの、それなら私、取ってきますけど──」

 

「──いや、大丈夫だ」

 

「え、でも……」

 

「問題ない。食事なら、これから用意する」

 

「え……?」

 

 フォーチュンからの夕食の申し出を断り、リーは言うやいなや、自らの荷物から道具と材料を取り出して準備を始めた。

 土台を作り、火を起こし、網を熱し、肉を切り分け、それを串に1つずつ丁寧に刺していく。その際に調味料で味付けをするのも忘れない。

 そうして網の上で1つずつ丁寧に焼き始めると、リーはそれをじっと不思議そうに見ていたフォーチュンに説明した。

 

「遠征時の食事はこれを摂るようにしている」

 

「そ、そうだったんですね……」

 

「ああ──お町殿。私はこれから食事を摂るがお町殿は?」

 

「うむ。頂こう」

 

「ではお町殿の分も」

 

 言ってリーは再び串に肉を刺して焼いていく。

 レオンハルトシティの名物である“串焼き肉”は街が建てられた頃からある歴史の深い料理である。

 フォーチュンもまたそのことは知っていたが、リーがその串焼き肉を遠征時に決まって食すことは今まで遠征を共にしたことのないフォーチュンには知らない情報だった。

 

「……フォーチュン。貴殿も食べるか?」

 

「い、いいんですか?」

 

「栄養補給は戦いにおける重要な要素の1つ。怠っていい理由は1つも存在しない」

 

「は、はい! ではよろしくお願いします!」

 

「……ああ。では用意しよう」

 

 肉を焼いていく様をじっと見るフォーチュンを見かねてリーがお町にしたように食べるかと問いかけるも、その返答が硬いものだったことを自覚し、気まずくなりつつも肉を焼くことでそれを誤魔化す。

 はっきり言って、リーはこういう状況が苦手だった──いや、普段ならばにべもなくあしらうだろうが、主であるレオンハルトが副官に就けた意味を考えるとそう簡単にあしらうことも出来ない。

 おそらくはこれはお膳立てなのだろうとリーは解釈している。リーにではなく、フォーチュンに対しての。

 つまりフォーチュンの想いは本物であり、それを見かねた親衛隊がレオンハルトに頼み、リーに近づけるようにした。そうして接点を増やし、然るべき時に想いを伝えるがいいと。

 思いの外副官としても優秀であるため──いや、優秀であったからこそレオンハルトもまた認めたのだろう──リーとしてもそれに文句はないが……とはいえ少しばかりいつもと勝手が違うのは否めなかった。

 しかしこれもレオンハルトから込められた期待なのだとリーは気を引き締める。フォーチュンを自らの部下としてしっかり動かすことが出来れば軍務もより円滑に進めることが出来る。兵数の多い本陣にフォーチュンを置いておくことは戦術上、悪くない選択でもある。

 ゆえに若干の気まずささえ乗り越えれば問題ないのだとリーは自分に言い聞かせた。そして緊張している様子のフォーチュンを解き解そうとリーは思案し、世間話でもするべきかと口を動かすことにした。

 

「親衛隊では上手く──」

 

「──はーはっはっはっ! リー様! ご機嫌麗しゅう! 串焼き肉であれば私も一緒して構いませんかな!?」

 

 ──だが空気の読めないカエサルがリーの串焼き肉の香ばしい匂いに誘われてやって来たのでリーの試みは失敗に終わる。

 

「……ああ、構わない」

 

「ありがとうございます! いやはや私は運が良い! リー様と同じ陣にいてリー様特製の串焼き肉が食べられるとは! ああ、やはりこれも私の美しさに見かねて天がもたらした幸運なのだろう……! ──フォーチュン様もそうは思いませんか!?」

 

「え、わ、私ですか?」

 

「勿論ですとも! レオンハルト様の下級使徒にして美しき親衛隊の顔と名前は皆記憶しておりますからな! 実のところこうやって会話出来るのを楽しみにしていたのです!」

 

「紅魔城ではあまり話す機会がありませんからな」

 

「そうなのだブルータスよ! 祝い事や用事の際に紅魔城に出向くことはあっても親衛隊の方々と話す機会はあまりない……以前からそのことを私は口惜しく思っておった……美しき私と美しき親衛隊! 共に美しい存在であるというのに1度も交流がないのは勿体ないであろう! そうは思いませんかな!? 美しきお町様!」

 

「知らぬ」

 

「ああっ! その冷たき反応もまた美しい! その一言でこの場の美しさ指数が限界点を超えましたぞ! ──まあ私がいる時点でとうに限界点は超えてますがな! はっはっはっ! イズ・ビューティフォー!」

 

「すみません……リー様、お町様。フォーチュン様も」

 

「……お前も苦労しているな、ブルータス」

 

「あいも変わらず喧しい奴だな……」

 

「私はその、大丈夫ですけど……」

 

 またしても自分の世界に入り込み始めたカエサルを見て、ブルータスが小声で3人に謝罪をする。

 

「カエサル閣下も久方ぶりの戦争に昂ぶっておるようですので……その、いつも以上にテンションが」

 

「理解している。大将軍という種族に生まれた以上、戦いを渇望するのは当然のことだ」

 

「はい……それに、正直なところ私もまた高揚しています。生きている間にこのような戦争を体験出来るとは思ってもいませんでしたから」

 

「今は平和な時代だ。無理もないだろう」

 

 元々同じ魔物大将軍であったためその気持ちは分かるとリーはブルータスの言葉に理解を示す。

 そしてそれはカエサルやブルータスだけではない。魔軍の将兵全てに言えることでもあった。

 戦いに慣れている魔物と言えども規模の大きい戦争ともなれば勝手は違うものであり、初陣には良くも悪くも心が乱されるだろう。精鋭と言われるレオンハルト軍であってもそれは変わらない。如何に精鋭であろうと、彼らは実戦を殆ど経験していないことに変わりはないからだ。

 

「……勇み足にならぬよう注意して見ておかなければな」

 

「それは……逸るな、ということでありましょうか」

 

「それもある。まずは戦場の空気に慣れ、自らが何者であるかを思い出すことだ。そうすれば自ずと為すべきことを為せるようになるだろう」

 

「自らが何者であるか……」

 

 リーの言葉にブルータスが呟く。そして近くで聞いていたフォーチュンもまたその言葉を受け止めていた。

 精鋭たるレオンハルト軍の将兵。厳しい訓練を乗り越えてきた彼らであればきっと良き兵士になれるだろうとリーは薫陶を授ける。

 

「不安になりすぎることはない。自らの力を発揮し、周りを見失わなければ結果は付いてくる。そして、結果が付いてこずともまずは生き残れ。さすれば成長が叶う。焦ることはない」

 

「……はっ! そのお言葉……心に刻んでおきます」

 

「わ、私も刻んでおきます!」

 

「うむ。──では食事にしよう」

 

 ブルータスとフォーチュンの兵士としての顔を見たリーは満足そうに頷きながら串焼き肉をそれぞれに渡していく。ちょうど良い焼き加減だ。

 リーはそれを口にしながら思う──それに、この本陣であれば余裕はあるだろうと。

 何かがあったとしても自らの力で何とかしてやればいい。それくらいの自信なら既に持ち合わせている。

 そして、本当に大変なのは襲撃に出向いている他の軍だろうとリーは自らの同志達の武運を祈ることにした。

 

 

 

 

 

 ──大陸南部、南方。

 

 木々が生い茂るその一帯。

 その手前に陣を築いているのは人間ではなく統一された魔物の群れ。

 

「レイ様。陣を張り終えました」

 

「……おう」

 

 そしてその魔軍を率いる魔人は──魔人レイ。

 元人間であり、武闘派かつぶっきらぼうなその魔人はこの軍を指揮する魔物将軍ジョヴァンニの報告にも適当に答えていた。

 

「今食事を持ってこさせます。我らは戦場での食事にも力を入れておりますのできっとレイ様のお口にも合うかと」

 

「…………」

 

「……ああ、そういえばメニューが幾つか選べるのを失念していました。レイ様はうし肉とこかとりす肉だとどちらか良いですか? それと、苦手な物などありましたら伝えて頂ければなと……」

 

「……おべんちゃらが上手だな」

 

「っ……い、いえそんなことは……」

 

 レイの前髪に隠れた鋭い眼光が魔物将軍を射抜くと、ジョヴァンニは言葉を迷わせる。コミュニケーションの取りづらさというか、素っ気なさに困っている様子だった。

 なので私はそれを見かねて彼に声を掛ける。

 

「ジョヴァンニ将軍。レイ様に食事を運んでくるよう魔物兵に伝えて来て頂けますか?」

 

「イヴ様……はっ、了解しました」

 

 背後から声を掛けてきた私を見るなり、畏まるのは私がレオンハルト様の使徒であるからだ。

 魔軍において使徒の地位は魔物将軍どころか魔物大将軍よりも高いもの。

 また実力の上でも上位である私は自信を持って振る舞う。軽く自らの能力を行使しながら。

 

「それとレイ様はおそらくうし肉を好むようですのでそちらのメニューでお願いします」

 

「……? わ、分かりました」

 

 私が小声でそう耳打ちすれば魔物将軍は「なぜそんなことが分かるんだ?」といった言葉を心に思い浮かべたが、それを飲み込んで陣内から出ていく。

 そして代わりに私は魔人レイと相対した。にっこりと笑顔を浮かべながら。

 

「レイ様。ご報告をしてもよろしいですか?」

 

「……一々前置きを置くんじゃねェよ。それとも、俺の了解がなきゃ報告1つ出来ねェのか?」

 

「ええ。魔軍において上下関係は重視すべきものですから。使徒である私が魔人であるレイ様に勝手に報告など出来ませんよ」

 

「──なら俺がヤらせろよつったらお前は俺に抱かれんのか?」

 

 私の営業スマイルを崩したいとでも思ったのか、レイ様が爆弾を投げ入れてくる。何とも下品な威圧であり冗談だが、私は表情を崩すことなくそれに答えた。

 

「それはやめておいた方が良いかと」

 

「何でだ? 上下関係は絶対なんだろうが」

 

「絶対とは申しておりません。あくまで、重視すべきと申したまでです。──それと、これはレイ様のためでもあります」

 

 1度間を置いて魔人レイに告げる。少しまた機嫌を悪くするのだろうなとこの後の反応をある程度予想しながら。

 

「魔軍において上下関係は大事です。なので、レオンハルト様の下僕である私をレイ様がどうにかしてしまうのはその上下関係を揺るがす大事です。秩序を重んじ、身内が傷つけられることを嫌うレオンハルト様がお許しになるはずがありません」

 

「そんな脅しで俺が怖がるとでも思ってんのか?」

 

「レイ様から見て、自分の命と釣り合うほどの価値は私にはないでしょうと諌めているだけですよ。レイ様の気に入らないレオンハルト様の使徒である気に入らない私をやり込めるためだけに私を犯したところで、手に入るのは一時の快楽だけ。その後、烈火の如く怒ったレオンハルト様と戦って殺されて、レイ様は満足出来ますか?」

 

「ふん……どうだろうな。案外それも面白ェかもしれねえな」

 

「で、あればレイ様はガイ様とも戦えないことになります。それでも良いのでしたら後はご自由に。……それと、もしレイ様がそうしたとしても私も大人しくしている気はありませんので」

 

 薄く笑いながら言葉にし、もしそうなったら勝てないまでも抵抗することを匂わせていく。本気でそうなると思っているわけじゃないが、そうやって思考を誘導するのが重要だ。こうやって多少骨のある言動を見せつつもメリットとデメリットも説明すればこのチンピラ気質の魔人レイも舌打ちしながら引っ込むしかない。

 

「チッ、気に入らねェな。強気な女は嫌いじゃないが、レオンハルトの女はどいつもこいつも強気が過ぎて気に入らねェ。ハンティと言いお前と言い俺を舐めてやがる。ムカつく女だらけだ」

 

「私の態度が気に障ったのであれば申し訳ありません」

 

「……さっさと報告しろ」

 

「はい。では報告させていただきますね」

 

 魔人レイが口にする言葉は敗北宣言。負け惜しみのようなものだった。なので私は気にせずに再び笑顔を向ける。これでやっと報告が出来る。前置きしなければしなければで不機嫌になったりするのだからつくづく絡みにくい魔人だなと思いながら。

 

「森に偵察を出したところ、その奥に迷宮の入り口を発見しました」

 

「迷宮だと?」

 

「はい。おそらくそこが“影の楔”の本拠地ではないかと思われます」

 

「つまり……そこにガイの野郎が潜んでるかもしれねェってことか」

 

「ええ。なので明日の明朝、レイ様を含む複数の部隊で迷宮内の探索を行おうと思います。それで構いませんか?」

 

 私はこの軍を率いる魔人様に作戦を伝える。私や魔物将軍が決めた作戦でも魔人が了承しなければ実施することは出来ない。魔物社会の辛いところだ。

 

「……なんで今行かねェ?」

 

「向こうは多くのアサシンを抱えていると言われています。夜の森で大勢のアサシン集団と対峙するのは被害が大きくなる可能性がありますので」

 

 レイからの異論に、私は視線を軽く横に向けてもうじき日が落ちることを示唆しながら説明する。既に夕暮れも過ぎつつあり、後10分もしない内に日が落ちて夜になるだろう。

 迷宮内はまだしも、夜の森でアサシンと戦うのは出来れば避けたいところだった。

 

「だったら俺1人で十分だ。お前らはここで留守番でもしてろ」

 

「! それは……」

 

 だが、魔人レイはそんなことは知ったことじゃないと椅子から立ち上がる。そうしてずかずかと外に向かって歩みを進めた。

 1人で何とかしてみせるという自信があるのだろうし、実際アサシンだけなら何をしようが魔人は倒せない。魔人が持つ無敵結界の前にはアサシンお得意の闇討ちも意味を為さないのは分かっている。

 だけどそれを許すのはよろしくない。魔人ガイがもし現れたのなら、無敵結界は破壊されるし、そうなればアサシンの攻撃もレイに当たるようになる。

 夜の森で魔人ガイとアサシン集団と相対するのは如何に魔人レイに魔軍と言えども敗北の可能性を強く考えなければならないほどリスクがある展開だ。

 だからこそ今夜は平原で夜襲のみを警戒し、明日の朝、明るくなってから森に踏み込んだ方が安全かつ確実だ。それを伝えるために私は魔人レイに付いて外に出た。

 

「お待ちを、レイ様。夜の森に踏み込むのはリスクが大きすぎます」

 

「そうやってモタモタしてる間にガイの野郎に逃げられたらどーする。向こうもこっちが来てることには当然気づいてンだろ」

 

「拠点を手放すのであればそれはそれでしめたもの。それを繰り返していけばいずれ向こうは行き場をなくします。大軍に正面から挑むことになる可能性を考えれば、ここで拠点を早々に手放すことは考えにくいです」

 

「ここでは逃げるかもしれねェだろうが。どうせ拠点はここの1つじゃねェ。だったらもっと有利な状況になるまで逃げるのも手だ」

 

「それはそうですが、だとしてもここは1度様子を見た方が……」

 

 夕暮れの陣地をレイが無遠慮に森に向かって歩いていく。これは、駄目かもしれない。レイは何としても今、森に入る気だ。

 それはガイを自分が倒したい、戦いたいという気持ちがあるからだろう。ここで逃げられるくらいならリスクを背負ってでもさっさと仕掛ける。

 それを止める方法は私にはない。いや、相当強引な方法を使えば出来なくはないかもしれないが、それをするにはまだ条件が──

 

「うわあああああ!?」

 

「!」

 

 ──そして、私が更に言葉を尽くそうとした時だ。

 私の視界の先。敷いた陣地の森側が突如として吹き飛ばされる。魔物の悲鳴。声が響いたところで私は声を張り上げた。

 

「何事ですか!?」

 

「て、敵襲です! 森に……あ、あの御方が……!」

 

「っ……」

 

 吹き飛ばされてこっちまで転がってきた魔物隊長から言葉と気持ちを読み取る。

 明らかに動揺していた。それも不安と恐怖も入り混じったそれは、魔物隊長の言葉が真実であることを私に教えてくれる。

 

「ハッ……運がいいぜ。真っ先にお前と出会えるなんてな──なあガイ」

 

 そしてレイはその騒ぎが起こった瞬間には、それに気づいて吹き飛ばされた陣の外に全く恐れることなく出向いていった。

 私はその言葉に反応しつつ、同じく近づいて森の方を見る。すると、森の入り口に立っていたのはやはりと言うべきか──

 

「──確かに。最初にお前と会えたのはこちらとしても都合がいい」

 

 魔王ジルに反乱するガイ一派の首魁である──魔人ガイがそこにいた。

 魔物兵達は分かっていたこととはいえ相対する敵に魔人が、それも四天王に数えられるガイがいることに身を固くする。覚悟はしていただろうが、こんなにも早く出くわすことになるとは思っていなかった。

 

「な、なんですか!? って──あれは魔人ガイですね! ミシェーラ分かります!」

 

「それは誰でも見れば分かります! それよりもミシェーラちゃん、警戒してください! 各部隊も戦闘準備! 近くに敵が控えているかもしれません!」

 

「はい! 警戒します!」

 

「は、はっ! 了解しました! 総員! 戦闘準備!」

 

 騒ぎを聞きつけて私と同じくこの軍に帯同するミシェーラちゃんがやってくるも、相変わらずズレたことを言っていたので言葉で警戒するように言っておく。そして遅れてやってきた魔物将軍の代わりに先んじて戦闘態勢を取ることを指示した。とっさのことでいつもより対応が遅れている魔物兵達も、私や将軍、隊長らの指示を受ければようやく思い出したように一斉に動き出した。

 そしてその間にも魔人ガイと魔人レイは相対し、レイがガイの言葉に対して苛立ちの感情を強くしていた。

 

「あ? そりゃどういう意味だ?」

 

「決まっているだろう。お前なら、倒すのも()()()()()()()という意味だ」

 

「──言うじゃねェか」

 

 ガイからの挑発を受け、レイに起きた反応は低くなった言葉や怒気の入り混じった殺気だけではない。

 レイの身体の周囲に走る一瞬の光。パチパチと鳴り響くそれはレイが戦闘態勢に入った証である放電現象。

 だがそれは未だ本気のそれではない。

 

「だったら……本当に倒せるかどうか試してみろよ!」

 

「!」

 

 レイがバックルを取り出し、前髪をかき上げると同時──レイはその燻っていた怒りと共に電気を放出し、稲妻のように高速でガイに殴りかかった。

 

「オラァ!」

 

 雷を纏ったレイの拳。魔人としての身体能力から放たれるそれは人間はおろか、魔物であっても再現不可能な破壊力を秘めている。

 

「ふっ!」

 

「チッ……!」

 

 だが相手もまた魔人だ。魔人四天王に数えられる強者であるガイはレイの拳を背後に飛び退くことで躱し、返す刀の如く強烈な魔法光を発生させた。

 

「白色破壊光線!」

 

「……!」

 

 数ある魔法の中でも最大の破壊力を持つ白色破壊光線は優れた魔法使いしか唱えられない超高等攻撃呪文だ。

 だが使うだけなら私でも使える。実力が出るのはその光線の規模や威力、あるいは魔力量による何度使えるかという部分だ。

 ガイの放った白色破壊光線は私が放つのより一回り大きいそれである。ゆえに破壊力もまた悪い意味で想像がついた。

 

「おっ……らあああああ!!」

 

 だがそれを魔人レイは拳で殴りつける。明らかに無茶な行為。普通の人間がやったのならば自殺行為とも言える所業。

 だがその無理を通す。雷を先程よりも強く纏った上でのレイの全力のパンチは無効化するには至らずともある程度その威力を抑えることに成功していた。

 

「ハッ、大したことねェな!」

 

「……なるほど。少しはやるようだ。そういえば真正面から戦ったことはなかったか……」

 

「思い知ったかよ! このままいつかの借りを返してやる!」

 

「私には覚えがないことだ」

 

「そうやってフザケてられるのも今だけだ! このペテン野郎!」

 

 冷静にレイの攻撃を躱し、魔法を放つ魔人ガイと雷を纏った肉弾戦を仕掛けにいく魔人レイ。

 並の人間では見ることの叶わない高速の攻撃の応酬と一発でも当たれば人間はおろか魔物ですら致命傷を負うことは避けられない高威力の攻撃が同居している。

 

「っ……これが魔人同士の戦闘……!」

 

 私は改めて思い知る。やはり、魔人というのは怪物。規格外の生命体の集まりなのだと。

 使徒になった自分ですら人間の時と比べれば化け物になったという自覚はあるのに、それですら魔人の前では霞むものだ。

 正直なところ、舐めていた。いや、過小評価していた。魔人レイは魔人の中でも武闘派として知られているが、レオンハルト様には相手にもされず、魔人ノスや魔人レキシントンといった他の武闘派の魔人との戦いには後れを取り、使徒であるハンティ様にも出し抜かれているという話は耳にしていた。

 ゆえにもう少し弱いものだと思っていたのだが、どうやら自分の思っていたよりは強いと私は評価を上方修正しながらも冷静にそれを分析する。

 魔人レイの強さについて評価を改めはしたものの、それでもやはり魔人ガイの方が強い──余裕そうに見えると。

 

「お前に近づくと眩しくて鬱陶しい。少し離れて戦わせてもらうとしよう」

 

「そうかよ……! だったらこっちは何が何でも近づいてそのすまし顔をぶん殴ってやる!」

 

「あっ!」

 

 そして、その時の状況の変化に私は思わず声を上げた。魔人ガイが、森の奥へと下がっていき、それを魔人レイが追いかけたためだ。

 

「レイ様が森の奥に消えていきます!」

 

「くっ……仕方ない。イヴ様! ミシェーラ様!」

 

「ええ! 半分はジョヴァンニ将軍の指揮の下、森の入り口で警戒! 残り半分は私達と共に森に踏み込みます!」

 

「ミシェーラ達に付いて来てください! 森に踏み込んで人間の拠点を襲撃しますので!」

 

「はっ!」

 

 それを見て私はこの軍を率いるジョヴァンニ将軍と声を交わし、事前に想定した通り、半数は残り、半数で攻め込む作戦に移る。

 事前に想定していた中でもあまりよろしくない方のパターンとはいえ、最悪ではない。そもそも想定される相手がアサシンとはいえ1万の魔物兵の軍勢を倒すのは容易ではない──いや、ほぼ不可能と言ってもいい。

 無駄に被害が出る可能性があるからこそ夜の森に入ることを躊躇していただけで、被害をある程度覚悟すればこの数でも十分に圧殺出来る。

 ゆえに本陣を魔物将軍らに固めさせ、私とミシェーラちゃん率いる部隊で拠点を攻略。あるいは森にいるアサシン達を狩っていく。魔人レイや魔物将軍、そして私達がやられないように対策を打ちつつ敵を倒す。

 

「では森に入ります。明かりを持って付いて来てください!」

 

「はっ!」

 

 私は手元の魔導具を確認し、操作しつつもすぐに前を見て魔物隊長らに号令を出す。ガイとレイの戦いはレイの放つ雷のおかげである程度の方向は視認出来るものの、あまり離れすぎるとそれも怪しくなる。

 出来れば追いつき、追いつけなくとも加勢しようとする人間の部隊を妨害出来ればいい。そうして出来る限り、レイが倒されないように時間を稼ぐ必要があった。

 

「いいかお前ら! 人間を見つけたら殺して構わん! 何か異常があればすぐに報告しろ!」

 

 魔物隊長が魔物兵達に指示を送りながらも、私達の後に付いて森の中を急いで進む。出来ればガイとレイの戦いが確認出来るところまでは近づいておきたいが、妨害がある程度入るのは想定している。そうでなければこの森に誘き寄せている意味がない。

 勿論、本来なら付き合わないのが良いが、この戦争は敵の策に付き合う必要があることはレオンハルト様より教えられている。ゆえに、こうして狙いに乗った上で全力で目標を達成することが求められた。

 

「ぐああああああ!」

 

「!? どうした!」

 

「右側より敵襲です! 木々の上に人影を確認しました!」

 

「やはり仕掛けてきましたね……」

 

「総員警戒してください! ミシェーラには分かりますよ! 敵が沢山忍び寄っています!」

 

 そうして思考を回しながら進んでいると、右後方より悲鳴が聞こえる。魔物隊長同士の声掛けでそれが敵襲であると判明するとミシェーラちゃんも再び注意するようにと念押しした。

 そこで戦闘態勢を魔物兵達は取り、足をどうしてもある程度止める必要がある。

 

「……! ミシェーラ見つけました! てやあああああ!」

 

「──ぐああっ!?」

 

 薄暗くなってきた森の中で、突如として敵を発見したというミシェーラちゃんが前方に鋭く跳躍すると一閃し──そこにいた1人の黒尽くめの男、アサシンの1人を斬り裂いた。

 

「ふん! 大したことないですね! ミシェーラには分かりますよ! きっとあなたは下っ端です!」

 

「ミシェーラちゃん。あまり呑気なこと言ってないでどんどんやってください」

 

「はい! ミシェーラどんどんやります! これもレオンハルト様のため! でやああああ!」

 

「ぐ、うっ……!」

 

 前方で敵の死体に分かりきったことを伝えるミシェーラちゃんに声がけして働かせる。いつも通りアホの子だけどその強さは私よりも上だ。優れた剣士。それも使徒になって強化されたミシェーラちゃんの目の良さには如何に夜の森の中で忍ぶアサシンでも不意を突くことは困難を極める。

 

「隊長! こっちも討ち取りました!」

 

「結構いやがるじゃねぇか人間共!」

 

「おらさっさと出てこい! 精鋭の俺達が相手だ!」

 

「最強のレオンハルト軍相手にただの闇討ちが通用すると思ったら大間違いだぜ!」

 

 そしてミシェーラちゃんだけじゃない。周囲から幾つもの魔物兵による敵の撃破報告が届くと最初はガイの襲撃によって緊張していた兵達の士気も上がった。隣にいる魔物隊長も、

 

「夜の森とアサシンの組み合わせは厄介ですがこの数にはやはり太刀打ち出来ない様子ですね」

 

「ええ。ですが気をつけてください。どこから襲ってくるか分からないことには変わりありません」

 

「分かっています。魔物隊長には兵の中心に立って狙われづらくしつつ、そして部隊毎に視認出来る距離を維持させています。仮に誰かがやられてもすぐに敵の位置を発見出来るように」

 

「上出来ですね」

 

 魔物隊長の言葉に私は頷く。レオンハルト軍は当然、起伏の多い地形や森林地帯での演習も行っており、少数の敵と森で戦う際の部隊の動きについてもしっかりとマニュアルが存在する。

 人狩りなどの野蛮な行為を行う魔物は少ないものの、それをやらせれば魔軍一に上手いのがレオンハルト軍だ。冷静に、そして粛々と作業的に敵を狩っていく統率の取れた魔物の群れは人間からすればたまったものじゃないだろう。

 しかし今は魔物兵達も初の実戦ともあって全体的に高揚している様子だ。私はそれを見て軽く魔物隊長に告げておく。

 

「それと、ある程度は仕方ありませんが熱くなって統率を乱さないように注意していてください」

 

「ええ、分かっております。如何に矮小な人間相手とはいえ油断は致しません。……とはいえ、さすがに少し拍子抜けではありますが」

 

 傍らにいる魔物隊長は骨のある相手を期待していたのだろう。軽くボヤキを入れていた。

 しかしそれもまたある程度は仕方のない部分だ。厳しい訓練を行ってきた精鋭である彼らも、敵がいなければその能力を発揮することは出来ない。

 それでも待遇の良さから普段の仕事から訓練、日常生活における決まり事も守ってきている彼らだが、強くなったのなら戦って試してみたいと思うのは普通のことだ。

 ゆえにフラストレーションを彼らは募らせている。自分達が力を発揮出来るだけの闘争相手を自然に求めていた。

 

「向こうにはガイ様や使徒のバークスハム様もいますよ。彼らが来ても同じ台詞が言えますか?」

 

「っと。すみません。少し、私も普段より落ち着かないようです。気をつけます」

 

「そうしてください。それに、人間にも何人か要注意人物が──」

 

 私がそうして魔物隊長に情報を伝えようとする──そのタイミングだった。

 

「!? 明かりが……!」

 

「っ……飛び道具……!」

 

 魔物隊長が手に持っていた明かり──レオンハルト軍において採用しているガウガウ先生製の魔導ランタンが、突如として割れる。

 その瞬間を私は見た。ランタンに当たったそれは忍者が使うクナイ。それが木々の隙間を縫うように、恐ろしいほど正確に明かりだけを狙い撃った。

 しかもそれは、私達の周囲を照らしていたものだけではなく、

 

「隊長! こっちも明かりが!」

 

「落ち着け! こっちも消されたがまだ明かりは十分にある! 周囲と連携を取り、敵を1人ずつ倒すだけでいい!」

 

 遠く、辛うじて見える他の部隊でも同じようなことが起きていた。

 

「イヴちゃん! 大丈夫ですか?」

 

「はい。多少暗くはなりましたが平気です。それよりもこれは一体どういう意図で……?」

 

 少し先に行って敵を倒していたミシェーラちゃんが見かねて戻ってきたのでそれに答えつつ私は思考する。多少明かりを消したところで、それほど意味があるようには思えない。まだまだ他の魔物兵達が持っているように十分に明かりはあるし、闇に乗じるにしてもこの程度じゃあまり意味はない。完全な闇にしたいのなら全ての明かりを、そうでなくとももっと多くの明かりを消さなければ成し得ないものだ。

 なのにどうしてか──と魔物隊長の持つランタンが壊されたため、私は他の魔物兵からそれを借りて魔物隊長に手渡そうとする。

 

「魔物隊長。これをどうぞ」

 

「────」

 

「? 魔物隊長?」

 

 だが反応がない。そこで私は訝しみ、もう少し近づこうとして──しかしその前に気づく。魔物隊長がゆっくりと地面に倒れていくことで。

 

「っ……!? 魔物隊長!?」

 

 ──魔物隊長が、既に死んでいることに気がついた。

 

 そしてそれに私が気づくのに少し遅れて、近くにいた魔物兵がそれに気づく。

 

「うわああああ!? た、隊長!?」

 

「隊長が死んだ!」

 

「おい嘘だろ!? あの隊長が死ぬわけ……!」

 

「いやマジだ! クソ、なんで……!?」

 

「いつの間に死んだんだ!?」

 

「た、隊長が死んじまった……」

 

 自分達を指揮していた魔物隊長の死は、魔物兵達に混乱を与え、その統率を著しく乱す。

 

「くっ……! (マズいですね……)」

 

 リーダー能力を持つ特別な魔物以外に魔物兵は従わない。

 とはいえ魔人や使徒であればリーダー能力はなくともある程度従わせることも不可能ではないし、統率技能を持っていればしっかり従うこともあることからここで狼狽えてはいけないと自分を律する。魔物兵に指示を送って戦わせる。それを行おうと口を開こうとし、

 

「皆さん! 狼狽えている場合じゃないですよ! ミシェーラには分かります! 敵はすぐそこまで来ています! 警戒態勢を維持してください!」

 

 しかし私より早く──ミシェーラちゃんが声を張り上げていた。

 そういえば以前は親衛隊の副隊長もやっていたことを思い出す。ミシェーラちゃんは意外にも人をまとめるのが苦手ではなかったことを。

 

「し、しかしミシェーラ様! 隊長が……!」

 

「隊長がやられてもあなた達は負けません! あなた達は魔軍最精鋭のレオンハルト軍です!」

 

「っ……そ、そうだよな……!」

 

「そうだ……俺達はあのレオンハルト様に認められた最強の兵士だぞ!」

 

「人間如きに負けるわけがねぇ!」

 

 ミシェーラちゃんの言葉は少なからず魔物兵の戦意を奮い立たせた。

 それでも全員が全員というわけにはいかないだろうが、完全に敗走させるよりはマシだ。一万の内の200名。たった一部隊と言えども戦闘を放棄されるよりは持ち直してくれた方が都合は良い。

 

「こっちにはまだ魔物将軍も私やイヴちゃんも! 後は一応、多分レイ様も生きてます! ミシェーラには分かりますよ! 私達はまだまだ有利! 全然勝ってます! なので動揺しないように!」

 

「おお!」

 

「言われてみりゃそうか……!」

 

「危ねぇ……危うくおかしくなって逃げちまうところだったぜ……!」

 

 魔物兵が持ち直し始めたのを見て私はほっとする。魔物隊長が急に死んでいたことには驚いたが、これなら──。

 ……いえ、そもそもなんで魔物隊長は死んで……いや、明らかにあれは闇討ちでした。ならあれは、近くにいた他の魔物兵や、私にすら気づかれずに暗殺を成功させたということで……。

 と、そこで私は魔物隊長を殺した脅威が未だ近くにいる可能性が高いことを思い、周囲の警戒を怠らないように気をつける。いや、気を抜いていたわけじゃない。だけどより一層気をつける。何故見逃したのか。私の能力じゃ、見逃すはずがないとそう思ったところで──

 

(──魔物隊長を殺したのに兵が離散しない、か。多分あいつのせいだな。次はあいつを殺すか──)

 

 ──その声を拾った瞬間、私は背筋に寒いものを感じて声を張り上げた。危機意識のせいか、聞いた瞬間にはその意味を理解していた。魔物隊長を殺したと思われる相手が次に狙うのは誰か──

 

「──ミシェーラちゃん!」

 

「っ!? ──うっ!?」

 

 ──そして私が声を張り上げたのとほぼ同時に、ミシェーラちゃんもまた気づいて振り返り、辛うじてその黒い線を剣で防御する。

 だがその線は思ったよりも大きく、そして力強かった。咄嗟の防御だったとはいえ、ミシェーラちゃんをその場から大きく吹き飛ばし、木の幹に背中を打ち付けさせてダメージを負わせるほどには。

 

「え……今何が──」

 

「み、ミシェーラ様!?」

 

「は……? なんで俺、地面に転がって……?」

 

 そしてミシェーラちゃんが吹き飛び、唖然とするその場にいた魔物兵達。彼らもまた、次の瞬間には斬られていた。

 

「──“死円斬”」

 

 それは高い技能を持つ者だけが使える必殺技とも言うべきもの。

 巨大な黒の線の正体は黒い大剣であり、それを用いて放つのは言わば回転斬りだった。

 周囲にいた魔物兵を根こそぎ刈り取るその剣技は、恐ろしいほどに音が無く、鋭く、そして重い。

 当たれば首だろうが胴だろうが真っ二つになって即死。

 それはまるで死神の鎌だった。命を刈り取る無慈悲な漆黒の刃が闇の中で魔物達の命を冥府へと誘う。

 

「う──うわあああああ!?」

 

「なんだあいつ!?」

 

「駄目だ! やっぱ勝てるわけがねぇ!」

 

「逃げろー!」

 

 そしてその戦い方を、私は知っていた。その姿も、10年以上前に見たことがあるそれと相違ない。

 加えて商会経由で予め聞いていた情報からも間違いはない。白髪と白目。白い肌を持つ中性的なその青年は、子供から大人に成長していようとも見間違えようのない相手である。

 

「あなたは……ヨアン君、ですね? それともグリムリーパーって呼んだ方がいいですか?」

 

「……やはり知っているか。まあ魔人レオンハルトの使徒であれば当然か……俺もお前達には見覚えがある」

 

 それは当然のこと。数十の魔物兵の死体の上に立つその青年のことを知らないはずがない。

 何しろ彼はレオンハルトシティの人間牧場出身。

 そのコロシアムチャンピオン。特A級にして──()()()()()()()()なのだから。

 

「やっぱり本人なんですね……それなら投降しませんか? レオンハルト様もあなたの存在は惜しがっていましたよ。今でも投降するなら受け入れるようにと私達に指示を下すくらいには」

 

「そうか。だが、投降はしない。俺の求めるものがそこにあるとは思えないからな」

 

 そして今の彼の肩書は魔物討伐隊“影の楔”の最高幹部“四影刃”の1人で戦闘部隊長。

 彼らは皆名前を隠し、コードネームで呼び合うことが分かっている。そして彼はそこで“グリムリーパー”という名前を付けられたのだろう──その圧倒的な強さであればそれも納得だ。

 

「周囲に敵が無数にいる状況での使徒の相手……それも2対1か……先程の攻撃に反応してきたことといい、どちらも手強そうだな……」

 

 黒い大剣を逆手に持ち、周囲から魔物兵が少なくなり、明かりが限りなく少なくなった状況で彼は淡々とした誰に言うでもない言葉を闇の中で零す。

 

「だがこの状況ならイーブンだな」

 

 しかしその振る舞いには確かな自信を覗かせる。私やミシェーラちゃん。そして周囲の森にはまだまだ大勢の魔物兵がいる状況でのその自信は、おそらく彼の特異性から来るものだろう。それを私もやはり知っている。だからこそ彼の自信は納得出来るものだ。

 

 ──とはいえ、だ。

 

「使徒相手に有利と見ますか。さすがにそれは自信過剰では?」

 

「かもな。だがやれるだけやってみるだけだ。俺の求めるものがもしかしたらそれかもしれないからな」

 

 私もまた手元の魔導具──剣を取り出しながら戦う構えを見せる。

 剣はそこまで得意じゃないが、使徒になってからはそこそこ頑張っているし、魔法の腕前も培ってきた経験も幾つも持ってきた魔導具も全てが万全の態勢だ。

 加えて立ち上がってきたミシェーラちゃんもいる。共にもう人間ではない──使徒として強さはしっかりと培ってきたつもりだ。

 ゆえに、如何に人間として最強クラスの相手であっても負けるわけにはいかない。

 レオンハルト様の使徒として、しっかりと役目を果たすのみだ。

 

「仕方ないですね。では相手になります──ミシェーラちゃん。行けますか?」

 

「ええ! ミシェーラ分かりました! この人は昔なんか見たことある気がしますし、それに──」

 

「それに?」

 

「それに──めちゃくちゃ強いです!」

 

「分かりきったことを言わないでください!」

 

「────いくぞ」

 

 私達の戦闘の態勢が整った瞬間、グリムリーパーは背後に跳躍して夜の森の中に消えていく。

 だがそこからいなくなったわけじゃない。彼は気がつけば、私達の背後からその大剣を繰り出し、その一閃の後には再び距離を取って姿を消す。

 死神と呼ばれた人間牧場の最高傑作との戦闘──それが私達の初陣の相手だった。




やっぱ戦闘回の方が筆が乗るんだよなぁってことで今回はここまで。次回はまた別の場所だったりとかも色々。ちなみにグリムリーパーくんのレベルは80で剣戦闘とシーフのLV2です。また今度他のキャラと合わせてプロフィールを公開します。

良ければ感想よろしくねー。
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