大陸南部にある山間部。
その木々の間を進むのは魔軍だった。
ゆえにその中心には魔物兵を指揮するための魔物将軍がいたが、そこにいたのはそれだけではない。
この一帯にあるという人里を探し、ガイ一派を滅ぼすために派遣された存在──魔人メディウサがそこにいた。
「ちょっとちょっと~? いつになったら人里が見つかるわけ?」
「も、申し訳ありません。情報は正しいはずなのでもうすぐ見つかるであろうとしか……」
「その割にはここに入ってから人の気配がしないんだけど? それに何だかさっきから同じような景色ばかりだし、迷子になってるんじゃないでしょうね」
「それはないはずですが……いや、でも確かに……」
しかし肝心のその人里が見つからないことにメディウサは不満をこの軍を指揮する魔物将軍に口にする。
山狩りを始めて数時間が経つが、人里どころか人間1人見つからないのは異常であり、情報が間違っているのではと思ってしまうのも仕方のないことだった。
「あー、もしかしてこれ……」
「ん? なにペールちゃん。もしかして何か分かった?」
「ええ、はい。多分ですけど……」
そして誤情報や迷子を疑い始めたメディウサや魔物将軍にその呟きを届かせたのは魔人レオンハルトの使徒であるペールであった。
メディウサの質問に頷きながら何やら森の中を歩き、魔法で何かを確認していたペールは少しするとこの状況の答えを口にする。
「あ、やっぱり。これ結界が張られてますよう」
「結界?」
「はい。人払いのための認識阻害の効果ですかね。しかも相当高度な結界ですよう」
「何と……では我らはそれに引っかかって……」
「同じところをグルグルしちゃってるわけですねー。そりゃ見つからないはずです」
元々カラーの女王をやっていたのもあってそういった結界や呪いに関しては詳しいペールがそれを説明すると魔物将軍は唸る。
しかし理由が分かれば解決も出来るだろうとメディウサは楽観した声で問いかけた。
「ふーん、で? その結界とやらはどうにか出来るのよね?」
「少し時間を頂ければ。それと、周囲にある怪しい置物とか印の類があれば報告していただけると。そういった触媒を使っている可能性もありますので」
「じゃ、それで。あたしはそれが終わるまで休憩してるから。終わったら報告よろしく」
「ええ、了解しましたよう」
そう言って踵を返すメディウサにペールは笑顔でそれを了承する。使徒としての魔人に対する畏まった言動はペールの得意とするところだ。
「あ、それとさっき捕まえた女の子連れてきてもらえる?」
「はい。もちろん構いませんが……何に使うおつもりで? 一応襲撃中は趣味は控えるようにとレオンハルト様から言われてませんでしたか?」
「どうせやることもないし、ちょっとくらいならいいでしょ? ちょっと味見するだけよ。良い山小屋もあることだし」
メディウサはその山間部に入って唯一見つけられた人の痕跡──休憩所と思われる山小屋に視線を向けながら口にした。その山小屋のある地点を中心に魔物兵には周囲の捜索を行わせており、今はこの場所がこの軍の簡易的な拠点のようになっていた。
ゆえにペールもまたそれを聞いて頷きを入れる。確かに、そこなら人目もつかないし少し休憩を取るくらいは出来るだろうと。
「なるほどなるほど。確かに息抜きは大事ですし、ではそのようにしますね~」
「あら、レオンハルトの使徒にしては話が分かるじゃない」
「あはは、お褒めいただきありがとうございます~」
ペールは笑顔でメディウサの言葉を受け止める。その対応は柔軟かつ適当なもので、メディウサにしてもその緩さは面倒な襲撃任務を行う中でありがたいものだった。
何しろメディウサが招集され、襲撃に向かうに当たってレオンハルトからはその趣味を控え、真面目に任務をこなすようにと命令が下っていた。メディウサの趣味である凄惨な凌辱を行うにしても、軍務を終えて拠点で休憩を取る──その決まった時間で行うようにと。
ゆえにペールは問いかけたのだが、メディウサは少しくらいなら構わないだろうと軽く考えて森に入る前に捕まえた女の子を魔物兵に運ばせることにした。
「それじゃ、後はよろしくー」
「はいー。ではごゆっくりー」
メディウサが軽い調子で山小屋に入っていったのをペールや魔物将軍は見送る。
そして姿が見えなくなったところでペールは懐からペンと紙を取り出し、そこに何かを書き込む。
「ペール様? それは何を書かれて……?」
「んー、何でもありませんよう。報告書というか、ちょっとメモってるだけです」
「は、はぁ……では先程の指示通り、兵達には怪しいものを探させます」
「よろしくお願いしますよう。……さて、それじゃ攻略する準備もしましょうかねー」
魔物将軍に指示を出し、ペールは少し開けた場所で待機する魔物兵とは別の集団に近づいていった。
それは姿が同じ者達で構成される魔軍の大部分の将兵とは違い、全員が魔物でありながらも魔物兵スーツなどを身に着けず、そしてそれぞれの種とは違った見た目をしている特殊な魔物達の集団──レオンハルト様親衛隊だ。
「キャロルせんぱーい」
「おや、ペールさん。如何しましたの?」
「いえ、そろそろ人里の目処が付きそうなので親衛隊の様子を見に。……それとアレの相手にちょっと疲れたので……」
ペールが小声で不満を口にする。扱いにくい魔人相手の折衝はペールには慣れたものだが、それでもこうしてたまには愚痴りたくなる時もあった。仕事であるので万全にこなすが、面倒な相手と交流を図るのはそこそこのストレスが貯まる。なのでやらないに越したことはないし、こうして休憩を取るのも大事なことだった。軽く召喚した幻獣を操作し、結界内に踏み入れさせながらもペールは親衛隊との会話を行う。
「あーペール様、R-18G嫌いっすもんねー」
「いやぁ、平気ですけどね。好きじゃないだけで耐性はありますし。どっちかっていうとシンプルに営業トークに疲れたって感じですよう」
「即売会前の締め切りとか当日の挨拶回りとどっちがきついっすか?」
「キツさの種別が違いますよう」
ペールと仲の良い親衛隊四天王の1人である神絵師ちゃんが気安く話しかける。使徒と下級使徒という立場の違いはあっても共にレオンハルトの女でありレオンハルトシティで作家業を共に行っている2人は即売会や締め切りなどで苦楽を共にした──いわゆる戦友だった。
「目処が立ったってことはもうすぐで突入する感じー?」
「結界で隠れてるのは分かりましたからそれを何とかしたら突入ですよう」
「おお! それじゃそろそろお祭りの始まりだね! 素振りして身体温めておかないと!」
「素振りするのはいいですけど何かに当てて雷発生させないよう気をつけてくださいまし!」
「モチのロンですキャロル隊長! そういうのは戦いが終わった後の打ち上げの時とか二次会までです! 三次会からは騒がしくしない! ちゃんと覚えてますよあたい!」
親衛隊四天王である獅子またまたが更に軽い調子でペールに問いかける。
そしてペールの答えに対し、明るく大声で反応したのは同じく親衛隊四天王の1人である赤い髪の巨大ハンマーを持った小柄な少女。女の子モンスター“雷大鼓”の突然変異種であるトールであった。
その小柄な身体からは想像のつかない怪力でハンマーを振り回す魔法使いである彼女はキャロルの注意を受けながらも自信満々な様子で既に戦いが終わった後の打ち上げのことを考えていた。親衛隊の盛り上げ隊長かつ体育会系である彼女はオツムは少し弱いがその明るさと高い戦闘能力もあって頼りになる存在だ。
「ふぅ……ようやく突入か……」
「師匠! 何か気になることでもあるんですか!? あたいならいつでも相談に乗りますよ!」
「いや、トールちゃんが相談に乗ったところで元気は出るけど具体的な解決策は出ないっすよね……」
「というかいつものアレでしょー。師匠ちゃん特有の悩みと言えば」
そして親衛隊四天王の最後の1人にして最も古株。現在は副隊長を務めているソードマスターの突然変異種である師匠の溜息に誰もが反応する。彼女が憂鬱そうな反応を見せている理由は、この場にいる者は全員が知っていた。
そしてそれを隊長であるキャロルが唯一注意をする。
「師匠さん! いけませんわよ! 相手が格下であってもやる気は出さないと! 獅子はうさぎを狩るにも何とやら、ですわ!」
「何その諺っぽいやつ。あたし雪うさぎ狩ったことないよ?」
「レオンハルト様が前に言ってましたわ! どんな小物相手にも手加減してはいけないみたいな意味ですの!」
「うむ……確かにその通りだ。どんな相手にも手を抜くのは失礼に当たる。戦士としてその心構えは勿論理解しているが……しかし、格上でないのがな……残念だ……人間相手じゃ格上など殆ど見込めない……しかもこっちが圧倒的有利ともなるとな……」
親衛隊の隊員全員にとっての師匠でもある師匠は、キャロルからその言葉を聞いて当然理解を示すも、しかし残念そうな様子に変わりはない。
その理由はまさに彼女が語るそれだった。師匠は──とにかく格上と戦いたいという癖を持つモンスターだった。
「ふぅ……強くなればなるほど楽しい相手がいなくなるのは本当にどうしたものか……いっそレベルを下げることも考えたくなるな……そうすれば人間相手でもあるいは格上に──」
「駄目ですよう?」
「無論、冗談だ。さすがにそんなことをしては周囲にも迷惑がかかるからな。──やるのは誰にも迷惑がかからない個人的な決闘の時だけに決まっている」
「それもどうかと思うっすよ?」
「ふ……低レベルで格上を倒した時の快感は凄まじいんだがな……一発でも当たれば致命傷。ちょっとしたミスが命取り。肌がひりつき、焦りそうになるところをグッと堪えて勝機を見出し飛び込んでいく。そうして格上を討ち取った時のカタルシスは他では味わえないものだ」
「それ理解出来るの、レオンハルト様と始祖様くらいですよう」
「その変態的な趣味さえなければ完璧超人なんすけどね」
女の子モンスターの突然変異種としてはメイド長さんと並び称されるほどの美人かつ優秀な魔物である師匠だが、その趣味だけが彼女に憧れる隊員達にとっても理解出来ない部分である。
レオンハルトに仕えるようになるまでは人間の強者や魔物の強者を狙った格上狩りを行い続けてきた師匠は今回の戦いにおいても出来れば強者と戦うことを楽しみとしていた。
だがそれが叶う可能性は少ないことを彼女自身、この時点で理解している。事前に聞いていた情報として、この場所にいる鋼の騎士団という魔物討伐隊の中に、師匠より格上の人間はいないとされていた。
「しかしかといって勝ち目0の相手に挑むような自殺行為は出来ないからな……その見極めが難しいところだ。今回の相手で言うならガイ様の相手は不可能だろう。しかし、バークスハム様ならどうだ……? あるいは噂の勇者というのも期待は出来るが……」
「まーた分析し始めちゃったー」
「さすが師匠! 戦う相手の分析なんてあたいには出来ないことを簡単にやってのける! そこに痺れます!」
「格上を倒すには事前の分析も大事らしいっすからね……」
「何でもいいですけど仕事はちゃんとこなしてくださいよう?」
「そこは抜かりありませんわー! わたくし率いる親衛隊は、完・璧──な集団ですのよ! レオンハルト様から言い渡された仕事は完璧にこなして見せますわ!」
「──うむ。もちろん任務はこなす。戦士として戦いには集中するべきだ。皆も緊張はしているだろうが浮足立たないよう気をつけるといい」
「了解です!」
師匠の薫陶に親衛隊員達が凛々しい声を揃える。癖のある者も多いが、親衛隊は紛れもない魔軍きっての少数精鋭部隊であり、彼女たち以上に強く優秀な部隊は存在しない。
──とはいえその集団から外れているとなると部隊としての強みは活かせないため、些か不安要素も存在した。それを師匠は口にした。
「フォーチュンも今頃はリー様の下で懸命に働いているだろう。彼女が親衛隊とは別の任に就いた時は些か不安であったが、きっとフォーチュンも親衛隊の名に恥じない働きをしてくれているはず。彼女に負けないよう我々も任務を完璧にこなし、レオンハルト様に勝利を届けなければな」
「おー!」
「そういえばあの子はリーさんの下にいましたわね! 確かに、リーさんに負けないようこっちも頑張る必要がありますわ!」
「まあこの分だと本陣も安心っぽいですしね。危なそうなのはどっちかっていうとイヴちゃんとかミシェーラちゃんの方っぽいですよう」
そう言ってペールは手元の魔導具を確認した。そうして軽く操作を行い、簡単なメッセージを送る──『問題なし』という意味を込めて。
大陸南部、中央部に位置する魔軍の司令部。ガイ一派討伐軍の本陣は徐々に静けさが訪れていた。
それは日が落ちて夜になったことで、大部分の魔物兵が休み始めたことによるものである。夜襲の警戒は当然行うとはいえ、大勢の魔物兵を動員する必要はない。
何か異常があれば銅鑼を鳴らしてすぐに叩き起こす。夜番を行う兵士達はそのことをしっかりと理解しながら見張りの任に務めていた。
「──敵襲ー!」
「ちっ……またか! 次はどこだ!?」
──そしてその備えはしっかりと役立っているが……少しばかり役に立ち過ぎてもいた。
魔物隊長は魔物兵の報せを聞いて居場所を特定しようと声を出すが、しかし。
「こっちです! 東側入り口の……! あっ、もういません!」
「もういないだと……!? ふざけるな! これで何度目だ!」
「すみません! しかし、確かに複数人の人影が……!」
「くっ……なら探しだせ! これではいたずらに兵を起こすばかりだ!」
「は、はい!」
見張りの魔物兵はしっかりと人影を確認した上で報告をしていた。黒い影が横切った程度でも気の所為だと済ますようなことはない。レオンハルト軍の魔物兵は優秀だった。
しかしその優秀さが彼らの睡眠を妨げている。その事実を見て、南側の入り口近くで何となくその考察をしていたフォーチュンは呟いた。
「もしかして……わざと気づかれるようにしてるんでしょうか……?」
「なるほど。その可能性はありますな」
と、反応したのは南側の見張り担当の部隊を指揮する魔物隊長ダルタニアン。
夜襲を仕掛けてこちらの睡眠を妨げるという遊撃戦における常套手段を理解した彼はフォーチュンの言葉に頷きを返しつつ周囲を見渡す。
「であればこちらの方でも敵が現れる可能性があります。より一層の警戒をせねば」
「そうですね……それとリー様やカエサル閣下にも報告した方がいいかもしれません」
「了解致しました──おい」
「はっ。行って参ります」
ダルタニアンの一声で近くで話を理解していた魔物兵が直ぐ様司令部の方へ駆け出す。
「はぁ……せっかく申し出たのに……リー様の手を煩わせてしまうなんて……」
「心配ご無用かと思います。リー様は軍務に真摯な御方。必要な事柄に対し腹を立てることはありませぬ」
「いえ、そういうことじゃないんですが……」
「?」
リーの役に立ちたい。役立つ存在だと思われたいフォーチュンは小さく呟くもダルタニアンは理解出来ずに頭に疑問符を浮かべた。さすがの優秀な魔物隊長もフォーチュンがリーに好意を抱いていることには気づけない。
だが代わりに、やはり他の異変についてはすぐに気付けた──その音を聞いて。
「むっ……!」
「? どうかしましたか?」
「いえ、北側で音が──」
その直後、フォーチュンや本陣にいる者であれば誰でも気付ける程の大きな音が鳴り響く。
「うわあああああ!?」
「ぐっ……今度はなんだ!?」
──そしてその現象はフォーチュンらがいる南側とは反対方向。北側で起こった。
本陣を強襲するそれは間違いなく敵が放った魔法であり、それにより北側に敷かれた柵や門などが無惨に破壊される。
だがそれだけの破壊をもたらすには数人程度じゃ不可能。ゆえに今度の報告は空振りに終わらなかった。
「北側にて敵襲! しかも今度は……いました! 北側に人間の集団を確認!」
「今の破壊は魔法か……! 数は!?」
「おそらく数千人規模かと!」
「大部隊だな……! なるほど、こっちが本命か!」
「如何致しましょう! ──あっ……」
「? どうした──あっ」
人間の集団を確認したことで応戦する指示を出そうとしたところで、北側にいた彼らは背後に来ていた2体の怪物を見て間の抜けた声を出す。
「…………」
「こ、これはカエサル閣下! お、起きていらしたのですね!」
その内の一体は今回の討伐軍全体を指揮している魔物大将軍カエサルだった。
普段はうるさいほどにテンションが高く、自分の世界に入り込みがちなカエサルはしかしいつもと違って無言である。
その理由を知るがゆえに魔物隊長は若干怯えていた。もう一体も怖いが、こちらもどんな反応をするのかと北側に敵の集団がいることも一瞬忘れて戦々恐々とする。黙ってカエサルの言葉を聞いた。静かなトーンから入ったその語りを。
「……睡眠不足は美を損なう恐れがあるのだ……」
「は、はっ! 理解しております!」
「うむ……当然のことだ。如何に馬鹿な野良の人間とはいえそれくらいは常識だろう。それなのに、この美しい私を起こすとは──」
美しさを信条とするカエサルは、美しさに対する意識も高かった。その効果の程は実際にどうなのかは分からないとはいえ、カエサルには幾つものこだわりがある。
その1つが睡眠だ。カエサルは毎日絶対に10時間は睡眠を取る。美容と健康を維持するために必要なのは三大欲求であり、それら全てをカエサルは大事にしていた。
ゆえにしっかりと栄養のある食事を取った後、大将軍特製の浴槽にて入浴し、しっかりと身体を拭いてから植物性由来の特製クリームを身体に塗った後、軽くストレッチをして耳栓とアイマスクをして就寝する。そのカエサルのルーティーンはこの遠征においても変わらなかった。日中はしっかりと働くし、事前にしっかりと睡眠を取れたならば夜に動くことも1日や2日程度ならば許容する。
「──醜い人間の分際で……! この私の美しさを汚すつもりか……!」
だが、唐突な夜襲による睡眠妨害はカエサルを怒らせた。
ゆえに彼はその美しさを補充するためにこの司令部としている人間牧場から持ってきた1人の人間を無造作に地面に捨てる。
「ひっ……!」
魔物兵がそれを見て怯えを強くした。何しろそのカエサルの手から解放された人間は、ボロボロの骨と皮だけになって干からびて死んでいたからだ。
「捨てておけ」
「……はっ!」
カエサルの老化の手とも呼ばれる特異な能力を見て魔物隊長も内心では戦慄したが、それを表に出さずに命令を粛々と聞いて忠実に動く。魔物隊長の指示で干からびた人間の死体が魔物兵によって掃除されると、そこでようやくカエサルは僅かだが落ち着いた。
「全く……やはり野良の人間というのは救いがたい。弱者は強者の機嫌を損ねないように生きるべしという世のルールすら遵守出来ない──そんな愚かな人間には罰として強者からの有り難い洗礼を以てあの世に送ってやるのが他ならぬ人間のためだ。そうは思わぬか?」
「はっ! その通りであるかと!」
「うむ……そうだよな。醜い人間も生まれ変わって美しい存在になれるかもしれない。そして苦しい思いをして死ねば来世ではしっかりと世のルールを遵守出来る人間になれるかもしれないだろう」
そして自己完結気味にカエサルは頷く。魔物隊長の返事にどれほどの意味があるのかは分からないが、少なくともこの場で怒りを発散するほど激高していないことは救いだった。
「であれば! 我が軍の全霊を以て! この世の王者足る魔軍の力で! 人間を殺し! 我らの糧とするべきであると! ──そうは思いませぬか! レッドアイ様!」
「──クケケケケ! あなた、中々グッドなことスピークするね!」
カエサルは両手を上げて振り返り、大げさに、まるで天に語りかけるように同調を求めれば、そこにいたカエサルの上位者──魔人レッドアイがその輝いた身体の上から声を返す。
ずしん、ずしんと一歩ずつ。その巨体を動かして北側にいる人間の集団に向けて近づくその身体は、レッドアイの物であってレッドアイではない。
魔人レッドアイの寄生能力によって手に入れた現在のボディ。それをレッドアイは人間に向けてお披露目する。
「モンスタージェネラ~ル? 向こうにガイはいるか?」
「おそらくいないでしょうな! あれは人間の群れ! それもどうやら魔法使いの集団のようですぞ!」
「オーケーオーケー。ではミーが踏み潰すね。ユーらはヒューマンをエスケープさせないよう先に突っ込むがよろし。オーケー?」
「オーケーでありますレッドアイ様! ──さあ者共起きろ! 美しき王者の戦いの時間だ!」
カエサルが魔物達に号令をかける。北側に布陣している人間の集団の数は人間にしては多い。
そしてこうやって夜襲を仕掛けながらも姿を現したということは、それなりの勝算があってのことなのだろう。向こうに明かりが少ないのも何らかの手段によって夜でも問題なく行動出来るようになっていると見るべきだ。
あるいは他にも策があるのかもしれない──が、王者はそれらを全て踏み潰して勝利するものだとカエサルは何が起こっても問題ないと自信を覗かせる。
「絶対的な力はそれだけで美しい! それを思い知れるとは……幸運だな人間共よ!」
「来たか……ではもう1度、放て──!」
魔物兵が続々と布陣し、北側の人間に向かって近づこうとするとそこにいた魔法使いと思われる指揮官は再度の攻撃を命令し、近づこうとしてくる魔物達を火力で出来る限り倒そうとする。
それは少なからず、魔物達を殺すことに成功したが──彼らはその奥からやって来る光り輝く物体を見た。
「……!? あ、あれは……!?」
「まさか……!?」
魔法使いと思われる集団の指揮官達がその形を見て戦慄する。本能的に恐怖する。
何しろその身体──レッドアイのボディは魔法使いにとって天敵であるものだった。
「ミーは天才! なのでよくルックしておくがよい! あのデンジャラスガイともし戦うことになってもこのボディならノープロブレムよ! 対策はパーフェクト! メイクドラーマー!」
言ってレッドアイは人間達の前に姿を現す。魔法が得意なガイを相手に、レッドアイが選んだボディ。
それは──巨大な黄金のハニワだった。
絶対魔法防御の特性を持つハニー。その特殊個体であるゴールデンハニーに寄生しているレッドアイに魔法は無意味。ハニー特有の飛び跳ねる動きでどしん、どしんと近づいてくるレッドアイに、魔法使い達はは恐怖する。
「ぶ、分隊長! 逃げましょう! あれでは……!」
「っ……駄目だ! 少しでも時間を稼げ! 幸いにも動きはそこまで速くない! 攻撃は効かずとも足を止めさせることは出来る! 撃ち続けろ!」
「はっはっは! 無駄なことを! ──では進軍! 人間共を叩き潰すぞ!」
「魔法無敵のこのボディに最強魔法使いのミーのコンボは無敵! ベリー弱いヒューマン達! 最強のミーの戦闘をよくルックするね!」
『はにほー……!』
「ケケケ! それではいつもの」
「おお、いつもの決め台詞ですな! では僭越ながら私も一緒に!」
「「──キル・あなた!」」
魔物大将軍カエサル率いる魔軍と魔人レッドアイが人間の集団に向かって戦闘を開始する。
──そしてその時、南側ではフードで顔を隠した1人の人間が本陣に忍び込もうとしていた。
「……兵の大半は北側で戦闘を開始したようだな」
『ええ。注意が北に向いている今がチャンスでしょうね』
「ああ。今の内に、狩れる者は狩っておくとしよう」
少年は腰に差した喋る刀と会話を行い、冷静かつ俊敏に本陣へと突入する。
「ぐあっ!?」
「! どうした!?」
「──何でもない。大声を出すな」
「っ……!? き、貴様は……」
見張りに立っていた魔物兵を一刀に伏せ、近くにいた魔物隊長も斬り捨てた少年。
その姿を──近くにいたフォーチュンが目撃した。
「っ……あ、あなたは……」
「……やはり見られてしまうか。本職の忍びのようにはいかないな」
と、目撃されたことで少年は嘆息しながらもあえてフードを外し、顔を現した。注目をあえて集めるために。
「──私は勇者、宗近だ」
「!? 勇者……! 報告にあった通り……!」
「ああ。そして、悪いが指揮官らしき魔物は狩らせてもらう」
長い黒髪を後ろに結った中性的な顔立ちの少年は刀を手に、素早くフォーチュンに向かって駆ける。フォーチュンには反応出来ない速度だ。親衛隊の一員であり、普通の魔物に比べれば強いフォーチュンだがその能力は支援寄りであり直接戦闘には向いていない。
「──お逃げください! フォーチュン様!」
「魔物隊長……!」
そのため、それを理解している魔物隊長ダルタニアンは剣を構えて間に立ち塞がる──敵わないと知りながらも。
「さっきの魔物隊長よりは強いようだな」
「っ……抜かすがいい! 私はレオンハルト軍の三剣士! ここで勇者を討ち取らせてもらう!」
「……残念だが」
「──!?」
と、そう言った時には宗近は刀を払い、残心に入っていた。
「剣士としても戦士としても──私の方が何倍も上だ」
「っ……無念……」
腹から血を流し、地面に倒れるダルタニアン。
宗近は刀に付いたその血を払い、次に狙いを付けて走り出す。一片の無駄もない。JAPAN一の剣士であり、卓越した剣の技量と速さを持つ宗近は勇者の特性をも理解しているがゆえ、単独での敵陣強襲を行い、敵の将をできる限り狩ることを目的としている。
仮に負けたところで死なないし逃げられるという保証付きの達人による突撃は如何に魔物と言えども止めることは容易ではない。
「っ──!」
そして相対して狙いを付けられれば、逃げることもまた難しかった。
フォーチュンは自分ではどうしようもない存在が近づいてくることを知覚する。反応は出来ない。なのに感じられる。いわゆる走馬灯とも言える現象。
宗近には何の感慨もない。容赦も慈悲もない瞳がフォーチュンには見える。最弱モンスターであるきゃんきゃんを、何も気にせず倒す人間達の例に漏れないその表情を。
そしてフォーチュンは絶望した。こんなところで死ぬくらいなら、仲間のアドバイスに従ってさっさと想いを伝えておくべきだったと。現実は非情でいつ死ぬか分からない。魔物の世界は弱肉強食であり、そのことは理解していたはずなのに。
幸運にも安全が得られたことで忘れてしまっていたことを悔いる。そして、こんな部下ですらやられたら悲しむ優しさを持つあの方に内心で謝罪した。
「──しっ!」
「っ……!?」
「……え……?」
だがその時、フォーチュンの目の前でフォーチュンには理解の出来ない攻防が起こった。
横から現れたその赤い影は、低く身構えた状態で勇者宗近に突っ込み、その右の拳で刀を横合いから殴りつける。
そして身体が開いたのを見て左の拳による二撃目。そしてもう1度右の拳による三撃目。いわゆるフィニッシュブローを行おうとした。
だが宗近はそれに反応し、後方に跳び下がることで回避をする。
魔物隊長を一瞬で倒した強者である宗近を下がらせたその赤い軍服を着たダンディな男。その使徒の名を、フォーチュンは床に尻もちをつきながら口にした。
「リー……様……」
魔人レオンハルトの使徒であるリー。
その男が、フォーチュンの前に立っていた。以前と同じように、常に持っているはずの本──剣王伝を懐に収め、両手を空けた状態で勇者と対峙する。
宗近のことを、じっと険しい瞳で見つめた上で。
「…………報告通りの容姿にその身のこなし……貴様が勇者で相違ないな?」
「……ああ、そうだが……そちらは……使徒、か?」
「──ああ。レオンハルト様の使徒……リーと言う。覚えておけ」
「覚えておく? なぜだ?」
一瞬の攻防で警戒を行う宗近に、リーは間違いなく使徒であることを告げると再び、ゆっくりと構えを取った。両手を顔の前に置き、力強く拳を握りしめる。
そして決意を口にした。
「──勇者である貴様を狩る者の名であるからだ」
──この時を1000年以上ずっと……待ち望んできたと。
今回はこんなところで。宗近くんも大分強いです。技能LV2が2つあります。それが何かは今後のお楽しみってことで次回はレオンハルトパートと戦闘パートです。次回をお楽しみに。
良ければ感想よろしくねー。