※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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鍛えあげられたもの

 ──魔軍の陣地がそれぞれ襲撃を受ける数時間前。

 

 遠くに北側にそびえ立つ翔竜山が見えるその地域を行くのは俺が指揮する魔軍の一軍だ。

 だがその兵はいつもより多少緊張しているのが分かる。

 やはり初の実戦。それも俺や隣にいる上級魔人が居ることが効いているのだろうと俺は彼らの心情を理解しながらも、行う会話は兵の緊張を解きほぐすものではない。

 多少の緊張感を持つことは実戦、それも初陣において悪いことではないからな。これも良い経験になるだろう。今回の戦争は実戦経験を積むのに利用出来る。

 そしてそれは一般兵だけに限らない。

 

「「──はーはっはっは!」」

 

 戦場で2つの異なる声が重なる。

 一方は俺の使徒であるガウガウのものでもう一方はガウガウが制作した人工生命体パープルアイのものだ。

 ペットは飼い主に似るというが、人工生命体もまた制作者にはある程度似るのかもしれない。戦場で高笑いを行う2人の姿は容姿こそ大きく異なるものの根本のところで近しいものを感じられる。

 

「さすがの性能だパープルアイ! レベルの概念がない人工生命体でありながらこの戦闘力は歴史上類を見ないぞ! 誰だこんなやばい代物を作ったのは!? ──天才美少女の私だった!」

 

「そう、我は天才……! 狂気の天才魔導科学者によって作られた最強美少女ホムンクルス……! そんなボク以上に完璧に作られたものは存在しないのだ……!」

 

「楽しそうだな……」

 

「ああ! 自分の制作物が自分のほぼ理想通りに出来上がっているのを見るのはやはり良い気分だ! ……まあ材料にレオンハルトの体液を混ぜ合わせたせいか、若干規格外の性能も備わってしまったが……それもまあ良し! 結果的に上手い方に転がっているならそれでいいんだー!」

 

「戦闘、雑用、性処理! 三拍子揃ったボクこそ最高の存在ということだな……! マイスターガウガウよ!」

 

「そう! だから私は天才なのだ! もっと私を褒め称えろー!」

 

『マスターガウガウジーニアス! マスターガウガウパーフェクト!』

 

「……まあすごいことではあるがな」

 

 痛い感じで紫色の瞳を輝かせるパープルアイに合わせ、自分の装備している魔導具ブラックアイにも称賛されるガウガウのテンションはいつも以上に高い。

 パープルアイの実戦でのデータなどを取れたのもやはり大きいのだろう。人間相手とはいえ、三千近い数の人間の部隊と戦うことなどこの時代ではまずないことだ。

 

「レオンハルト様。敵の殲滅を確認しました」

 

「そうか。では予定通り、隠れ里の捜索及び襲撃を行ってくれ。手順は覚えているな?」

 

「はっ。殺すのは武器を持ち、戦う意思を見せた戦士だけ。それ以外は捕虜として捕らえます」

 

「良し。ではこれより部隊を分ける──カミーラ。お前達もそれでいいか?」

 

「……ああ。構わない」

 

 今回の遠征軍の指揮官でもある魔物将軍ティトゥスからの報告を聞いて指示を送り、俺は近くにいたカミーラ達にも確認を行う。

 先程まで人間を相手に大規模な狩りを自ら行っていたカミーラはその手を赤く染めながら鼻を鳴らす。

 

「ふん……数は多いが手応えのある人間はいなかったな。ここは外れか」

 

「お疲れ様ですカミーラ様!」

 

「カミーラ様。こちらを」

 

「ああ」

 

 使徒のラインコックに労われ、同じく使徒の七星から血を拭くための白い布を手渡されながらカミーラは先程まで起こっていた戦いをつまらないものと評する。

 しかしそれも仕方のないことだ。この時代を生き残る魔物討伐隊に所属するような人間は牧場の人間どころか、かつて戦争が多く起こっていた時代の人間よりも警戒心が強く手強い者も多いとはいえ、魔軍と比べればどんぐりの背比べだ。

 ただでさえ目ぼしい強者がいない人間の軍勢に、魔人を、それもカミーラなどの上級魔人や、俺の使徒のような使徒にしては戦闘に長けた連中を送り込めばどうなるかは火を見るよりも明らか。

 仮にこの場に警戒対象である人間がいたところで結果は変わらなかっただろう。手強い獲物がいないことはカミーラにとっては残念なことだが、ある程度は仕方のないことだと理解はしているはず。

 それに何より──標的であるガイがいなかったことも相まって、カミーラの機嫌はいつもより悪いように思われた。

 

「……レオンハルト。次はどこへ向かうつもりだ?」

 

「無論それはガイのいる場所だ。着く頃には連絡が来る手筈になっている。とりあえず付いて来てくれ」

 

「……連絡だと?」

 

「ああ。ガウガウ制作の魔導具でな。簡単な連絡が行える」

 

 2つの軍が分かれて捜索に入っていくのを眺めながら、俺はカミーラの質問に懐から小さい板のような魔導具を取り出して答えると横からその制作者がまたしゃしゃり出てきた。

 

「その“魔導通信電話”もまた天才である私が発明した傑作の1つだ!」

 

「……なんかよく分かんないけど、それで何が出来るのよ?」

 

「ふっふっふ! 聞いて驚くなよ! なんと! 離れた場所にいる者と言葉を交わすことが出来るのだ!」

 

「は?」

 

「それは一体どういう……? テレパシー魔法の一種ですか?」

 

 ガウガウの説明にラインコックや七星は付いていけず頭に疑問符を浮かべるが……まあそれも無理もないことだろう。

 未だ魔法電話のような技術も表向きには発明されていない中で、ガウガウの作ったこれは情報魔法の革命とも言っていい発明品だ。

 

「ふっ……テレパシー魔法か。確かにあれは便利だが私の発明品はその比じゃない性能を誇るものだ。通信距離は大陸の端から端までも余裕で届く上、魔法の使えない者でもこれさえ持っていれば同じ魔導具を持つ者さえいれば声を交わし合うことが可能なのだ!」

 

「……何それ。そんなこと本当に出来るわけ?」

 

「……確かに。にわかには信じがたいものですね……」

 

「まあ普通はそう思うだろうが、天才はそういった常識には囚われないものだ。JAPANでは主流の陰陽術に目を付けた私はそれを応用し、組み合わせることで遠距離での通信を可能にさせる術を思いついた。魔導具を媒介に時間の概念に囚われない異空間を経由すれば互いの声を同時に交わし合うことも可能だと。そのためにはまずあのゴリラもといハンティと協力し──」

 

 そうしてガウガウは自信満々に自分の作った発明品が如何にして作られたのかを説明しようとする。

 だがその揶揄するあだ名を口にすると、ちょうどその後ろにその相手が現れた。

 

「……私がどうしたって?」

 

「うわっ、ハンティ!? 急に現れるな! 現れる前に1度連絡しろって言っただろ!?」

 

「あー……魔導電話? と言ってもあたし持ってないし。あたしの分は他に貸してるって言わなかったっけ?」

 

「ぐっ……そういえばそうだったか……」

 

「そもそもあたしの場合はなくともこうやって直接連絡出来るから別にいいでしょうが。……で? 何? もしかしてまたあたしの悪口?」

 

「わ、悪口は言ってないぞ!」

 

「いや、別にいいけどさ。──後で戦闘訓練に付き合ってもらうだけだし」

 

「そんな後で地獄を見せるくらいなら今怒れよ!」

 

「はいはい。それじゃもうちょっと後で怒ってやるよ。……それよかレオンハルト。もうこっちは準備出来たよ」

 

 瞬間移動で戻ってきたハンティがガウガウを軽くいなしながら俺の命令をこなし終えたと報告を行ってきたため、俺は頷いてカミーラ達に再び向き直った。

 

「なら向かうとするか。カミーラ達も付いて来てくれ」

 

「ああ」

 

「ぐ……私の天才的な発明品の説明がまだなのに……」

 

『ドンマイマスター』

 

「情けないわねマイスター」

 

 呑気なガウガウとその発明品達を無視して歩き出す。

 森林地帯を捜索する魔軍の部隊とは1度離れ、近くにある施設へと少し時間をかけて向かっていった。

 

「あれは……」

 

「人間牧場?」

 

 そしてやがて、その目的地が見えてくると背後からカミーラの使徒2人の疑問を感じる声を出した。

 俺はそれには答えずに1度スルーし、その次のカミーラからの言葉に答える。牧場の前にたどり着いたカミーラがそれを見て、どこか得心したような表情を見せたからだ。薄い笑みを浮かべて、俺に声を送ってくる。

 

「ふ……なるほどな……最初からこうするつもりだったか」

 

「ああ。ガイがどこに現れようとこれを用いれば接敵することは難しいことじゃないからな」

 

 そう答えて近づくのは地面に描かれた2つの魔法陣だが、その意味をカミーラも当然理解する。

 何しろこれは──転移魔法陣。

 魔人の秘術と呼ばれる高等魔法であるからだ。その存在も効果の程もカミーラは知っているし、ハンティが瞬間移動を行えることも先程のガウガウの説明で遠距離からの連絡を行えることも分かればやり方を理解するのはそれほど難しいことじゃない。

 

「ちょうど連絡も来たようだな」

 

 俺の持っている魔導具から聞き慣れない音が鳴ったのを聞いて、俺はそれを確認する。日がちょうど沈んだタイミング。魔導電話の簡易連絡機能によって送られてきた通知によるものだ。

 それによれば、相手はイヴでその内容は“緊急”の意味が込められた赤い光。

 まだ文字を入力する機能は付いていないため、詳しい状況を聞くには電話をするしかないが、この通知が来たということは電話をする余裕がない──つまり緊急性の高い事が起こったということ。

 事前に取り決めしていたこともあって俺は即座に声を出す。

 

「ハンティ。イヴからだ」

 

「じゃあ南だね。それじゃ行ってくるよ」

 

 と、言うが早いかハンティが瞬間移動でその場から消える。

 そしてすぐ、数分後に。

 

「おっけー。陣描いて来たよ。これでいつでも移動出来る」

 

「よし──それじゃカミーラ。先に向かってくれ」

 

 俺はカミーラに転移魔法陣で移動し、ハンティが瞬間移動で描いたその場所──ガイが現れた南の森に向かうように告げる。

 しかしカミーラからは疑問が来た。どこか訝しむように。

 

「……お前は一緒に来ないのか?」

 

「俺もすぐに向かうが、先にやることがある」

 

「……そうか」

 

 カミーラが頷く。転移魔法陣の上に乗りながら、軽く目の前にある人間牧場と俺の方を見て。

 

「……くく……レオンハルト……」

 

「……なんだ?」

 

 そして、笑みを浮かべる。

 対して俺は何でもないように問いかけるも、カミーラには既にバレているようだった。あるいは推測でもしたのだろう。カミーラは俺に対し、くつくつと笑いながら確認を取ってくる。

 

「また悪いことを考えているようだな……?」

 

「…………さて、な。俺としてはそんなつもりはないが」

 

「惚けなくてもいい。私は知っているぞ。この牧場は、あの女の担当だろう?」

 

「そうだったかもな」

 

 俺はカミーラの言葉をやんわりとはぐらかしつつ転移魔法陣に魔力を込める。

 そしてカミーラにもこちらから言葉をかけた。

 

「ガイとの戦いの際は注意してくれ。奴はその気になれば卑怯な手だろうと何でも使ってくる。正々堂々と戦えるとは思わないことだ」

 

「……ああ。分かっている。……そうだな、お前の企みも気にはなるが……今はこっちに集中するとしよう……!」

 

 俺からの助言に自分の目的を思い出したようにカミーラは戦意を昂らせる。ようやくあのガイにリベンジが出来るのだ。そこには怒りの感情が強くあるだろうが、やり返せると分かれば怒りを飛び越して喜びすら覚えるものだ。

 その目的の前では俺の企みは些細なこと。そう思い、カミーラは使徒2人と共に魔法陣の中心に立ち、

 

「武運を祈る」

 

「先に行ってガイを捕らえておいてやる。それでこの戦いは終わりだ」

 

「俺もこの後すぐに向かう──ではな」

 

 魔法陣に十分な魔力が充填され、発動されればカミーラ達の姿はその場から一瞬で消えていなくなった。

 そして残されたのは俺とその使徒達だけ。会話もまた気安いものが飛び交う。

 

「カミーラだけ先に行かせて大丈夫なの? ガイにやられちゃうんじゃない?」

 

「やられるにしろ瞬殺はされないだろう。その前に割って入れば問題ない」

 

「この私が作ったグリーンアイからの情報だと相手にはそこそこ強そうな人間もいるらしいが……まあそれも本当にマズいことになるようなら緊急連絡を入れれば済む話だろうからな! 何の問題もないというわけだ!」

 

「我が同胞が潜り込んでいるとは露とも思うまい。くっくっく」

 

「日光渡した勇者とあの脱走した元特A級のヤツがいるんだっけ」

 

「ああ。だがそれも問題ない。誰がどこに現れようが対応策は仕込んである」

 

 ガイ一派の動きは既に掴んでいるし、そうでなくとも読みやすい。ガイの目的を考えれば狙いを読むことはそれほど難しくはないことだ。

 なので事前に策を仕込んで自分の都合のいいように動かすのにも苦労はしない。

 それでも強いて不安要素があるとすれば戦闘で予期しない相手がやられてしまうことだが……それも各地に戦力を置き、素早い連絡手段と移動手段を確立した時点でほぼクリアしたも同然だ。

 とはいえある程度のリスクはあるので油断は出来ないが、それでも俺の使徒達ならどうにかするだろう。

 

「それで用事とは何だ? レオンハルト様。……もしかして、ここで休憩してボクとエッチなことを……」

 

「……違う」

 

「読みは悪くないぞパープルアイ。レオンハルトがこうやって動く際は大抵女絡みだからな!」

 

「そ、そうなんだ……へぇ~……」

 

「おい……誤解を招くようなことを言うな。いつもそうなわけじゃない」

 

「でも今回も女絡みだろ」

 

「……………………」

 

「あ、逃げた」

 

「レオンハルトは戦いと女で動く。これが基本の行動パターンだ。パープルアイよ、記憶しておけ」

 

「ふっ、言われずとも我が紫色の脳味噌はその情報を既に記憶している! ……ええと、メモメモ……」

 

「……いいから行くぞ」

 

 何とも言えない質問に俺は無言で回答を拒否して牧場内に歩き出す。

 そうして目的の施設内──メディウサの管轄する人間牧場の、“美少女管理小屋”へと足を踏み入れることにした。

 

 

 

 

 

 目の前にいる赤い軍服の男──魔人レオンハルトの使徒であるリーが殺気を放出した瞬間、宗近はまた再び距離を取って回避行動を取った。

 それは安全策であり、同時に様子見をして確実に仕留められる瞬間を作るためであった。

 勇者の特性を理解している宗近にとって、時間を稼ぐことは場合にもよるが悪いことではない。回避に専念して時間を稼ぐだけで、宗近と相手の差はどんどん縮まっていく。

 ……先程の攻撃の重さから察するに、この使徒のパワーは尋常ではない。今は回避を優先に後の先を狙う方が無難だな。

 内心でそう思い、宗近はリーから目を離さないままに口を動かした。言葉もまた相手から情報を抜き出す有用な手段。そうして勇者の持つ見切り能力の精度を更に上げる。不思議な力で見切れるようになるとしても、頭と経験でしっかりと理解した方がより動きが洗練されることは戦闘における基本である。そのため宗近は軽視せずに刀を構えながら最善を尽くした。

 

「……随分と力がこもっているようだが、人間に恨みでも持っているのか?」

 

「人間への恨み、か。確かにそれもあるだろうが正確には違う」

 

「だとしたら勇者に対するものか? どちらにせよお門違いも甚だしい。人間をあれほど苦しめている魔物が、やり返されるのは当然のこと。人間にしてみれば当然の抵抗だ。仮にそちらの大事にしている兵や誰かがやられたところでそれを気にしてやる必要はない」

 

 敢えての挑発を本心を交えながら行えば、相手もより怒って攻撃が単調になる。

 そういった狙いがあっての言葉選びであったが、宗近の狙いに反してリーは冷静であった。静かに言葉を返す。

 

「そうではない。私が感じているのは、自分に対してのものだ」

 

「……自分に対してだと?」

 

「そう。ゆえに私がここで勇者を狩ることには意味がある」

 

 宗近の疑問を呈する言葉に頷き、リーは再び拳を構える。そして宗近が僅かに懸念することへの言及を行った。

 

「だから心配するな。他の者を集めて袋叩きにするような真似はしない。貴様は私の手でしっかりと追い詰めてやる」

 

「……それはどうも、とでも言えばいいのか? そのような気遣いは結構だ。そのリスクもまた考慮している。あまり舐めないでもらおうか」

 

 宗近は自分の強さに確かな自信を持っている。魔王はともかく、魔人であっても下位の実力の者であればやり方次第で十分に仕留められると宗近は見ていた。

 だからこそ使徒如きに負けてはその計算も崩れてしまう。だから警戒は怠っていなかった。

 

「──それはこちらの台詞だ」

 

「っ!」

 

 素早い踏み込み。恐ろしいほど素早く眼前まで距離を詰めてきたリーはその拳で真っ直ぐに宗近の顔を撃ち抜こうとしてくる。

 危険を感じ、宗近は顔をずらしての回避を選択。そしてそれは見事成功するが、

 

「……!? 拳圧が……!」

 

 その拳の速さ──いや、パワーが異常だった。

 リーの放ったストレートパンチは宗近の顔を貫くことはなかったが、その数メートル先にあった魔軍の天幕や柵、見張り台といった陣内設備を吹き飛ばして破壊する。

 それは間違いなく必殺技並の威力を誇る衝撃波。つまり、それが意味するところを宗近は理解した。

 ……格闘LV2はあるようだな……! 

 衝撃や斬撃といったものを飛ばす技にはそれ相応の才能が必要であることを宗近もまた理解している。そのためリーの格闘戦の強さを推察した宗近は、あまり近づくのは危険だと返す刀を振るって間合いの差を利用することを決める。

 当然、刀と拳では間合いに差はある。格闘家は剣士に対し、その懐に入らなければ基本不利だ。

 ゆえに迎撃のような形でその拳や身体に傷を負わせることでリーに対し有利に戦闘を運ぶことにした。あるいは、見切りの精度によっては一撃で仕留めることも可能だろう。不服ではあるものの、長期戦を選ばざるを得ないかもしれない。そう、宗近が覚悟する。少なくとも北で戦っているものが完全に潰れるまでは余裕はあるだろうと宗近は読んでいた。

 

「──かかったな」

 

「……! なっ……!?」

 

 ──が、そうして長期戦覚悟の安全策。距離を取りながらの斬り払いで攻撃と防御と回避を同時に行おうとしたその瞬間に、宗近の予想に反してリーは動いた。

 先程よりもずっと速く。そして僅かに傷つくことも覚悟してリーは肩に刃を掠めながら宗近の懐に入ってくる。

 

「っ……! (マズい……! あのパワーで殴られたら……!)」

 

「──殴りはせん。安心しろ」

 

「!?」

 

 何を、と宗近が思う。先程まで手加減していたかと思うほどの──いや、間違いなく抑えていたスピードで宗近を油断させ、そのまま殴りつけてくる。

 そう思った瞬間には、宗近は手を取られていた。その意味もまた、宗近は遅れて理解する。

 

「投げ技……! いや、関節技か……!」

 

「御名答だ、勇者殿」

 

「っ……! ぐ、あっ……!?」

 

 腕を掴まれ、地面に引き倒され、関節を極められる──そう、それは投げ技であり関節技であった。

 しかも手加減し、1度隙を作ったところで懐に潜り込んだ上での初見のそれは勇者の見切り能力の発動の条件に合致しないもの。

 

「……悪いが勇者の能力は全て把握している。見切り能力や不死に近い生き返り能力に、どんな時でも絶対に助かるとまで言われる幸運能力」

 

 地面に倒され、腕を極められて押さえつけられながら宗近はリーの言葉を聞いた。

 それは宗近も把握し、持っている勇者能力の話であり、同時にその対策の話であった。リーは、宗近にそれを教え込む。

 ──その身体を用いて実際に。

 

「!! っ~~~~!?」

 

「──まずは腕を一本」

 

 宗近の右腕。掴まれたそれが、逆側に力をかけられて素早く折られる。

 痛みに悶絶し、それを耐える宗近を見下ろし、リーは続けた。その対策を口にする。

 

「ゆえに私は考えた。勇者を倒すためにはどうすればよいかと」

 

「っ……それが、これか……!」

 

「左様。初見で対応出来ぬほどのパワーとスピードを以て、見切り能力が発揮出来ぬよう初見の技で、殺さず、押さえ込み、後に助かっても動けなくなるよう──全身の骨を折る」

 

 それが宗近の陥っていった罠であり、リーの仕掛けた策だ。

 

「私が千年の時間をかけて研究し、研鑽し続けた格闘術であればそれは可能だ」

 

 ──そしてリーは回顧する。千年にも及んだその……後悔と研鑽の日々を。

 

 

 

 

 

 千年以上前──魔物大将軍であったリーは同僚であり戦友であった魔物大将軍をたった1人の勇者の手によって失った。

 リー自身もまた勇者の手にやられ、主であるレオンハルトによって使徒化され、救われなければ命を失っていたのだ。

 ゆえにリーはそのことでレオンハルトに深く感謝し、一層の忠誠を、それこそ命を捧げて仕えることを決めた。

 だがそれと同時に、リーは自らのある部分を呪った。

 

 それは──自分の弱さ。

 

 魔物大将軍として、一体の魔物として。リーは決して強くはなかった。

 魔物将軍であった時代も自分は飛び抜けて強くも優秀でもなかったはずだとリーは自覚している。多少、他の魔物に比べて気を使ったり心を慮るのが得意であった──というのはレオンハルトや亡き友に教えられたことだが、それ以外にはっきりと言えるほどの強みがなかったことは事実だ。

 自分には力もなければ知恵もない。また魔物としての誇りも薄いものだった。

 使徒になって更に力が増してもリーのその思いは変わらなかった。自分は弱い。能がない。これまでの自分のままであれば、自分はまたあのような状況に陥った時にまた何も出来ずにやられてしまうだろうと。

 それでは主であるレオンハルト様にも、自分のことを身を挺して救ってくれた友にも申し訳が立たない。

 

 ──ゆえにリーはそうならぬよう、鍛えた。

 

 毎日、亡き友の残した槍を用いて身体を鍛え、格闘技の研鑽に努め、力を強めた。

 毎日、亡き友のようにチェスや将棋の盤面を前に戦略、戦術について研究し、知恵を学んだ。

 毎日、亡き友を見習って魔物としての誇りを自覚し、己の心を鍛えた。

 

 主や亡き友が誇れるような兵士となり、自らの価値を証明する。

 そのためにも、自分達が歯が立たなかった勇者に対してもその対策を講じた。

 いつか相対することになったとしても、以前のような無様は晒さない。そういう覚悟を持って今までの日々を過ごしてきた。

 

「敵を上回る“(パワー)”!」

 

 鍛え上げられた肉体は敵の抵抗を許さず、自分とその周囲を守ることが出来る。

 

「敵を凌駕する“戦術(タクティクス)”!」

 

 備わった知恵や頭の回転は敵の取る策を読み、あらゆる状況に対応することが出来る。

 

「そして敵が持ち得ない魔物としての“誇り(プライド)”!」

 

 その誇りは自分に自信を持たせ、そして敵に慈悲を与えない。いっそ残虐な程に敵を討ち滅ぼす心を授け、それを敵だけに向けることが出来る。

 

「私がこれまで鍛え上げたその3つを以て、これより貴様の全身の骨を粉々に粉砕する──そうして動けぬようになった貴様をレオンハルト様に献上してみせよう……!」

 

 そして高めた強さは全て主のために捧げる。

 レオンハルトはリーにとって“光”のような存在。見上げ、敬い、感謝し、捧げる。もはや信仰と言っていいほどの忠誠心をリーは持っている。

 レオンハルトであれば魔物にとっても、そして人間や他の種にとっても救いを与えることが出来る。

 その眩しい生き様を側で見届け、その一助になりたい──リーはそう願い、そのための研鑽を積んできたのだ。

 ゆえに──

 

「観念するがいい、勇者。貴様ではレオンハルト様には届かない──私1人で十分だ」

 

「……!」

 

 ──ただの勇者如き、自分1人で十分に対処は可能だとリーは豪語した。

 

 これから有言実行し、勇者の全身の骨を折っていく。不死だろうとなんだろうとしばらくは回復不可能なほどに徹底的に。

 ただの勇者であり剣士でしかない勇者宗近にこれを抜け出すことは不可能だと、油断は見せないまでもそう判断した。

 

「っ……なるほど。私1人ではどうやら荷が重いようだな……!」

 

 ──が、宗近もまたそれを理解する。

 自分1人では勝てない。ただの剣士としての能力じゃ、勇者の力に頼るだけではどうしようもないと。

 だから、やることは1つ。

 

「人が1人きりの力で出来ることには限界がある……! そのようなこと、初めから分かっていたが……手の内を隠しておきたかった……少なくとも、私の手だとは思われたくなかったが……そうも言ってられないようだ……」

 

「!? 貴様、何を──」

 

「──遅いな……!」

 

 リーが宗近の奇妙な様子と、その左手の裾からこぼれ出てきた札を見て、理解するより速く宗近の喉を潰そうと拳打を繰り出す。

 だが、僅かに宗近の方が速かった。宗近は口にする。魔力を注ぎ込んだ上で、大陸にはない彼の出身地由来の術を。

 

「召喚──“大天狗・根津血”。そして“童乱剣鬼”」

 

「──っ!」

 

 刹那、札から発生した力の奔流がリーの身体を後方へ飛び退かせる。

 爆発でも起こったかのような白い煙の中、羽や角が特徴的な2体の影が加わっていることにリーは驚き、そして遅れて把握した。

 報告にあった勇者宗近は、ただの勇者でも剣士でもないことを。

 

「──ほう? 今度は何かと思えば……使徒の相手か。これは中々梃子摺りそうな相手だの」

 

「──チッ……また呼び出しおって……鬼使いが荒すぎるのじゃこの童が……!」

 

 自ら調伏した人外の者を従え、召喚し、戦わせることの出来る存在。その知識を、リーは頭の中から引っ張り出して口にした。そう、勇者宗近は──

 

「貴様……陰陽師でもあったか……!」

 

「──ご明察だ使徒殿。故、これからは複数人で当たらせてもらうぞ」

 

 人に近い姿の妖怪と鬼──それらを自在に操れる陰陽術の使い手……陰陽師であった。

 




そういうわけで今回はここまで。妖怪と鬼も召喚されて(無理やり)参戦。特に鬼の方は存在し得ないとされてる(でもちょいちょい登場する)女の鬼です。だからなんだって話ですが。
次回は戦闘回&戦闘回。お楽しみに。

良ければ感想よろしくねー。
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