ガイ一派である人類連合軍の総兵力は約3万である。
内訳としては大小様々な魔物討伐隊が集まっており、人間側勢力に顔が利く鋼の騎士団が声を掛けた他、その多くはキリング商会が金銭などで雇った言わば傭兵である。
「ひ、ひいい!?」
「クソ! こんなの勝てるわけがねぇ!」
「ゲヒャヒャヒャ! ユーら、ベリーベリー弱い!」
つまりは寄せ集めの軍勢であり、それゆえ士気はそれほど高くはないと思われる。
魔軍の本陣に強襲を仕掛けた幾つかの部隊は魔人の強さに恐れをなして逃げ出していく。前金でかなりの金銭を支払い、リスクについても説明したにもかかわらず実際に直面してから命惜しさに逃げ出す──人間の愚かさと言うべきか。
「腰抜け共め……! もう逃げおったか……!」
「副長殿! 第一陣が突破されました!」
「っ……予定よりかなり早いな……!」
──だが、もう一方の人間達も見れば、むしろ生物として正しいのは逃げた彼らなのかもしれないとも思う。
「なんとしても死守しろ! 時間を稼げ!」
「既にこちらの兵の大半が式神であることは露見している! 見目を気にする必要はない! ありったけの式神で防衛しろ!」
「応!!」
魔軍本陣に夜襲を仕掛けた主要部隊。大和剣兵団と呼ばれる魔物討伐隊の隊員である彼らはJAPAN特有の魔法である陰陽術を用いてその数を水増ししてみせていた。
夜の闇の中では式神か人間であるかなど見分けはつかない。人間は殆どおらず、式神ばかりの軍勢であっても魔軍はそれに対応しようとそれなりの数を使ってくるだろうという彼らの作戦は今のところ順調であった。
「うわ~すごい気合入ってるわね~」
そしてその戦いぶりを見て呑気な声を出した紫色の瞳の美少女──こちらに移動してきた同類の声に私は頷く。
「決死の覚悟。そして信頼の表れでしょう。彼らの党首に対する信頼はかなり根強いようです」
「勇者だよね。アタシ覚えてるんだからっ♡」
「ええ、その勇者です。その勇者が、今のうちに敵の将を狩ることを強く信頼している」
戦場を見渡せる崖の上から私は魔軍の本陣──大規模人間牧場に作られた陣の方を見て分析する。
戦場には現在、魔物大将軍カエサルと魔人……レッドアイがいる。
つまりそこにはいない者達が相対することになるだろう。
「相手はおそらくリー様かお町様になるでしょうね」
「えー? それ絶対勝てるわけないじゃーん♡ リー様もお町様もめちゃくちゃ強いんだよー?」
「しかし強襲を仕掛けた。であれば相手が使徒であれ魔人であれ勝つ自信があるということ。勇者の力に加えて聖刀日光様を携えた彼の力は人類が希望を持つには十分な物なのでしょうね」
「無理無理。無理だって。人間ってめちゃくちゃザコだしー♡ 絶対ボコボコにされるに決まってるじゃん」
「ええ。私もそうは思います」
調子の良い彼女の言葉に同意を返しながらも、私は更に報告のための分析を続ける。
──勇者宗近はJAPAN一の剣客でありながら凄腕の陰陽師でもある。
魔物だけでなく鬼や妖怪の被害が絶えないJAPANにおいて彼の武勇は有名だ。多くの鬼や妖怪を討伐し、そして調伏していると言われるその実力は人間にしては破格。
更には他者をまとめるだけの統率力や優れた頭脳も持ち合わせており、性格は冷静沈着かつ疑り深いもの。魔物討伐隊に属している人間は警戒心の強い傾向にあるが、その中においても勇者宗近は特に警戒心が強いのだろう。
なにせ先の会合においても彼は自分の実力の全てを教えることはしなかった。剣の達人であることや日光を持つことは教えても、彼が優れた陰陽師であることは連合軍の主要人物の誰にも教えていない。
口では協力を求め、団結を謳いながらも信用していない──いや、警戒しているのだろう。情報が漏れることや裏切られることを。
そしてそれは概ね正しい。実際にキリング商会……私が会長代行をしている組織も実際は人間側の勢力ではなく魔物側。
私の生みの親でありマスターである偉大なるガウガウ様──その主であらせられる魔人レオンハルト様の息がかかった組織。それこそがキリング商会。
経営力においては並外れた才能を発揮しているが、過去のトラウマにより対人関係において若干の不安のある現会長であるルナ様の代わりに情報を集め、それを余さず伝えることが私の現在の任務だ。
だからこそ勇者の強さに一部漏れがあったのは私の落ち度であろう。
それを挽回するためにも出来れば有益な情報を得たいところではあるが……。
「メイクドラーマー!」
「うぎゃああああ!」
「…………」
眼下で寄生生物を操り、進軍しながら最強の攻撃魔法を連発する魔人レッドアイを見て思う。
その魔法力はやはり桁違いのものだ。魔人になって強化されたその強さは無敵結界の存在が仮になくとも真正面から戦うには無謀と判断するべきものである。
戦うのであれば十分な情報を得た上で準備に準備を重ね、作戦を練った上で挑むべきだ。ただの人間の身でそれを怠っている以上、彼らに待つのは死という救いのない結末だけ。
だがそれを承知の上で彼らはここで時間稼ぎを行っているのだろう。
自らの命を犠牲にすることを承知し、その上で魔族との戦いに臨んでいる。少なくともJAPANから来た彼らはそう見えた。最後の最後、悲鳴を上げ、苦痛の果てに死にゆく段階になって初めて弱味を見せる。
それまでは決して逃げはしない。生物の本能に逆らう人間の愚かさとも言うべきその強さには、興味深さを覚える。
不完全。失敗作であるが……同じ人間として、自分にも同じことが出来るかどうか。
その好奇心が思考の片隅に現れては消えるのだ。
「そんなに人間を興味深そうに見てどうしたの?
「……いえ、何でもありません。それよりも、君もそろそろ働いた方が良いでしょう。レオンハルト様から与えられた任務はしっかりと覚えていますか?」
「もちろんちゃんと覚えてるわよ。アタシは天才だからね!」
「ええ。そうでしょうとも。君は私と違って天才かつ完全な存在。……だからこそ魔軍と人間が戦っている様を見るのに夢中で、予定の時刻から数分ほど遅れているのに気づかないはずがない。その程度の遅れであれば足の速さでカバーしてみせるとそういう算段なのでしょうね?」
「あ……」
私がそう言えば、その可愛らしく自信満々だった顔が虚を突かれて崩れた──が、それもすぐに焦ったように持ち直される。
「も、もちろん! アタシがそれに気づかないはずないでしょっ!」
「はい。もちろん分かっていますよ。ですが、そろそろ急いだ方が良いのでは? 多少の遅れは許されるでしょうが、天才を自負する君が遅刻などしてはその自尊心に傷が付いてしまうでしょう」
「い、言われなくてももう行くわよ。それじゃあね!」
私からの返事を聞く前に、ピンクにも近い長い紫色の髪を靡かせて彼女は焦ったように去っていく。
私はその後ろ姿を見送った。私とは違った成功作。完全な、いや、マスターが想定した以上の能力を持つ彼女は人間でありながら人間以上の完璧な存在。
それが誇らしくもあり羨ましくもある──が、与えられたもので努力するしかないのが人間という生き物でもある。
「ふむ……どうやら本陣も問題ないようですし、もう少し戦場の観察を続けられそうですね」
私はヘルメットに隠れた緑色の瞳で観察を続ける──全ては偉大なるガウガウ様のために。
陰陽師とはJAPAN特有の魔法使いである。
正確には魔法とは違う陰陽術──かつてJAPANの国主となり人類圏を制覇した藤原石丸の側近、悪魔月餅が開発し、それを技術として体系化したその術は札を用いて召喚を行ったり、式神を作ってそれを戦わせたりするなど様々な能力を発揮することが出来る。
そしてその中には調伏能力。鬼や妖怪といった人外の者を従わせることも出来る。
無論、それを行えるのは陰陽師の中でも優れた術者に限られるが、それを行っている以上は勇者宗近はその優れた陰陽師であるということ。
「……おい天狗。貴様から行け。で、まずぶっ殺されろ。その間に余が仕留めてやる」
「いやいや、それは私には荷が重く存じます故、貴方から突っ込んでは? 鬼であれば正面からの競い合い。喧嘩が花でありましょうに」
「妾をそこらの馬鹿な鬼と一緒にするでないわ。チッ……そもそも余がこんな目に……こんな餓鬼に従わねばならんのだ……」
「調伏された以上は従わざるを得ないでしょう。──まあ私の場合はそうでなくとも宗近様の頼みは是非とも叶えて差し上げたくありますが」
「貴様の趣味など聞いとらんわ……余はこんな餓鬼よりもっと大人のいけめんのが好きじゃ……無論、鬼のような脳筋の馬鹿ではない者がな……」
リーはその二者──言い合いをする鬼と天狗を観察し、その戦力を分析する。
見た目としては大天狗の方は足元に届くほどの長い黒髪と黒い翼を持った長身の美女であり、その手には団扇と錫杖を。そしてその衣装は黒と青の入り混じったJAPAN風──いや、山伏というのであったか。歩きづらそうな一本歯の下駄に天狗風の衣装を身に着けた女の妖怪。
そしてもう一方の珍しい女の鬼の方は天狗の方に比べれば小柄である。真っ白い髪に赤目。額から2本の角が生えており、こちらもやはりJAPAN風の着物に分類される赤と白の衣装を身に着けた鬼は腰に2本の刀を差していた。
どちらも人に近い容姿ではあるが、その見た目も気配も人外の者には相違ない。そして人に近いからこそある程度強大な存在であることが察せられる。明らかな異形も警戒は必要だが、一見して異形ではないというのはそれはそれで警戒が必要である。
しかし、だからと言って見ているだけでは何も進まない。様子見も選択肢の1つとして有効ではあるが、先手を取って仕掛けることも戦闘においては圧倒的なアドバンテージを取り得る手である。
「! 言い合いしている場合ではないぞ! 敵に集中しろ!」
「……! と、宗近様の言う通りのようですね……!」
「チッ……本当に手強そうな相手ではないか……! 本当に覚えておけよ貴様らー!」
ゆえにリーは先んじて動いた。
腕に力を込めて素早く踏み込み、拳を振り抜く。言ってしまえばただそれだけの攻撃だ。技術はあるが、それよりも速さ。そして何よりもパワー。当たれば人間を容易に貫き、骨や内臓を一撃で破壊し尽くすだけのそのパワーこそがリーの何よりの武器。
それを先程仕掛けた時のように手加減しない速さで放てば、同じ使徒であっても防ぐことは容易ではないことはこの千年何度も行った使徒同士の模擬戦で実証済みだ。これを真正面から防げるのはレオンハルトの使徒の中ではハンティのみで、それ以外は皆躱すしかない。
「っ、貴様もいきなり殴りかかってくるでないわ……!」
「……! ほう……」
だからこそ、振り抜いた拳がその鬼──童乱剣鬼と呼ばれた鬼の刀によって辛うじてでも受け止められたことにリーは驚きを生じさせる。
鬼である時点で小柄で、しかも女であることは何の判断材料にもならないとは思っていたが、自分の拳を止められるとは想像以上であったとリーは評価を上方修正しつつ次の手を防ごうと拳を交差させた──その瞬間、自分を大いに上回る速さで風の一撃がリーを叩く。
「その調子で肉壁になってくれていると助かりますわ」
「む……! (速い……!)」
知覚はしたものの防御しか行えない。反撃を行う前にその大天狗・根津血はリーを一瞬蹴りつけ、そして離れると突風を吹かせてリーの身体を吹き飛ばそうと体勢をぐらつかせる。
「片腕を取った代償はせめて支払ってもらうぞ……!」
「……!」
そのタイミングを逃すことなく、勇者宗近は片手だけで刀を握り、素早く通りすがるようにして斬撃を放ってきた。その剣もまた鋭く速い。そして確かな技術を擁するものであり、リーも片手間で受けきるには難しい一撃。
そして個々の能力も強いが何より連携が取れていることが何よりも評価に値する。やり取りを見ている限りでは信頼関係を築けているとは言い難いが、戦いとなればしっかり連携を取れるのは宗近の陰陽師としての腕か、あるいはこの2体の人外が戦闘に長けているからか。あるいはそれら両方だろうとリーは判断する。防御に使って左腕に軽い裂傷を受けながらも、リーは問題ないと足に力を込めた。
「ふんっ!」
「っ……!」
一旦天狗は無視して鬼に向けて拳を振るう。
再びその拳は交差した刀によって受け止められるが、完全には受け止めきれずに童乱剣鬼は背後に足を引きずりながら後退させられ、衝撃が突き抜ける。
「くっ……どんな馬鹿力じゃ……!」
「……鬼の力もこんなものか」
「何を……!」
「残酷な話だが……悪いが生まれ持ったパワーならこちらの方が上だ」
「ぐっ!」
拳を振り抜けば鈍い音と共に鋼を打ち付け、あるいは地面や建築物を破壊する。
その重さとパワーは魔物大将軍の使徒という最強クラスの肉体スペックを持つリーとの如何ともし難い生まれ持った実力差だ。
如何に鬼が力に恵まれた種族であろうとも、少なくともその鬼の大部分は魔物大将軍という魔人級の実力を持つと言われる種の強さ、パワーには劣るものだ。
その魔物大将軍でありながら使徒になったリーは、純粋な力においてハンティ以外の他の使徒の追随を許さず、あるいは魔人を含めても上位のパワーを持っている。
だからこそ鬼の中の強者であってもそう安々と防げるものではない。
「──ですが速さではこちらの方が上のようですね?」
「それは事実。だが、戦いようがない程ではない」
鬼に追撃を与えようとしたところで上空から飛んでくる風の打撃を防ぎながら、それでも一歩ずつ踏み出していく。
──これしきの嵐、ハンティ様の放つ魔法の連発に比べれば大したことはない……!
地面に足をめり込ませる勢いで力を込めて駆け出せば、この突進を防ぐ術はない。再び勇者を捕えて全身の骨を砕いてやるとリーはまるで全身に分厚い鎧を纏った重騎士のように──いや、あるいははるか未来に作られる戦車のように突撃する。
装甲においてはガウガウの持つブラックアイ程の硬さはないものの、パワーにおいてはその拳は戦車の突進、主砲の一撃にも勝る。
「安心しろ。一発でも当たれば終わりだ──ゆえに、手加減は行う。勇者の幸運を発揮させはしない」
「……! なるほど、勇者についてはかなり熟知しているようだな……!」
宗近の言葉に内心で是を返しながら拳を振り抜く。即死を狙ってはならない。そうなれば、勇者は必ず助かるための道筋を作ってしまう。
だからこそ複雑骨折程度に留めて弱らせてから捕らえるのが最上。それもその際は、まだ見せていない幾つかの初見の技を持って一気にやる。
「だがその手加減が命取りだ……!」
「!」
──が、そのためにはまず周囲も含めて弱らせる必要があるだろう。
「この脳筋が……! よくもやってくれおったな!」
「3対1という数の利を存分に使わせてもらいましょう」
「……!」
二刀の剣技でこちらに斬りかかってきた鬼と背後を取って遠距離からの攻撃を仕掛けてくる天狗の攻めにリーは対応する。
一対一であれば容易に制圧出来る連中とはいえ、連携して襲いかかってくるのであれば如何にリーとて対応は難しいものとなる。全ての攻撃を完全に受けることや躱すことも難しく、小さな被弾が増えて微々たるものとはいえダメージが入れられるのだ。
無論、一撃当たれば粉砕出来るのだが連携が上手い集団相手であればその一撃を当てるのが難しい。後衛や主力の者は躱したり逸してくるし、当たってもそれが前衛による防御中であればダメージは軽減され一撃とは中々いかないもの。
つまるところこの状況はリー側からすると停滞であり、それを脱するには何か別の一手が必要である。
そしてその手段は援軍や奇手といったもので実現可能である。
「──舐めるなよ」
「!」
──が、リーはその頭の中に浮かんだ手段に対して半分は肯定し、半分は否定する。
更に強い力を込めて拳を放てば、轟音と共に大地が砕ける。
躱されても周囲に影響を与えるほどのパワーを以て、敵に圧をかける。無傷とはいかせない。直撃せずともこの進軍は敵を下がらせ、敵を恐怖させ、敵を圧倒する。
そしていずれは勝利する。王者の戦いとはそういうものだ。
「っ……なんという圧力……!」
「そう。これこそが王者の戦い。だが──」
誇りを持ち、戦術で場を整えた以上、最後に物を言うのはやはり力──いや、その力が圧倒的であれば、あらゆる戦術的不利も数的不利も覆し、踏み越えることが出来る。
これはあくまでリーの持論であり、他者がどう言うかはまた色んな意見があるだろうということは理解している。
だがリーにとっては、実際に見てきたからこそ言える絶対の理だ。
人間という弱者。その輝きを知らぬ彼らにリーは教えてやる。
「──レオンハルト様であれば、この程度ではない」
「うっ!?」
単純かつ愚直な蹴り。勇者の見切り能力を発動させぬよう、あえて単調な技を繰り出し、それを以て鬼をガードの上から吹き飛ばす。
そして告げるのは自らの理であり自信から来る言葉。
「3対1だから何だ。まさか貴様ら、数で優れば勝てるなどと世迷い言を口にするつもりではないだろうな」
「っ……一々言い返すのも癪だが、数の有利は明らかなものだ……!」
「それは互いの力がある程度拮抗した上での話だ。そうであれば数の力も意味を成すだろう。数によって強大な個を討つことも、ある程度は可能ではある」
リーとて元魔物大将軍。魔軍を預かる軍人の1人として、数がどれほどの力を持つかは十分に理解しているし、その有用性は当然認めているものだ。
だが──
「だが、レオンハルト様には通じない」
「……! 風を無視して……!?」
そう──最強かつ至高の存在にそのような小細工や戦術など通じはしない。
無論、レオンハルト様であればその戦術においても人間を上回ることは言うまでもないが、策を弄せずともレオンハルト様は全てを踏み抜けるほどに強いのだとリーは豪語する。
かつての戦争の時代では数百万もの人間の軍勢に先陣を切り、敵を撫で切りにして勝利を収めた最強の魔人。
国狩りにおいては単身で幾つもの敵国を落とした魔物界の英雄。
それこそがリーの主なのだ。
「そして、我々にも通用しない」
拳を繰り出し、衝撃波を飛ばしながらリーは自らがレオンハルトの使徒であることを誇りに思う。
人類黎明期より戦いの場に身を置き、数多の戦場で光り輝いてきた主の使徒であれることに幸福を感じる。
そして主の助けになれることこそ使徒の本懐。生きがいであるのだと強く自覚する。
だからこそリーは研鑽を積んできた。
主の助けになれるように。
主の名に恥じぬように。
「まさか貴様ら……この程度で勝てるつもりか? 策を弄し、数で多少上回り、塵の如き傷を山積みにすればいずれは倒せるとでも?」
現在、どちらかと言えば被弾の回数。ダメージを受けているのはリーの方が多いし大きい。
ゆえにこのペースを守り続けていればいずれはリーを倒すことが出来るだろう。理屈の上ではそうだ。
実際、勇者宗近は決して弱くはない。召喚した人外の者込みとはいえリーと戦闘を成立させることは出来る。拮抗することは出来る。
であればそれを長い時間続け、あるいは勇者の特性をも用いればリーを倒すことは決して不可能ではない。可能性としては十分にありえるものだ。
──だが、リーからすればその可能性は決してあってはならない。起こしてはならないもの。
「──否だ」
「……!」
聖刀日光の刃を躱しながら、リーは否定する。
魔人レオンハルトの使徒として、勇者の力や魔を討つ力如きを言い訳には出来ないししてはならないと。
「レオンハルト様の使徒である我々もまた、人間如きが多少策を弄したところで勝てるような存在ではない」
「随分と自信があるようだが、最強の魔人の使徒だからと貴様たちまでそうであるとは限らない……!」
「無論だ。だからこそ、そうあれるように努力しなければならない。少なくとも私はそうだ」
宗近の言葉にリーは同意を返す。
リーは自らの弱さ、至らなさを自覚していた。それが理由で失敗もしてきた。強くなろうとしなければ強くはなれないことをリーは知っている。
そして、だからこそ強くなったのだ。自信を、僅かながらでも得たのだ。
負けて屍を晒すようなことは決してあってはならないし、主の足手まといになることを決して是とは出来ない。
「ゆえに、貴様らでは勝てない。研鑽してきた年月が、積み重ねてきた想いの数が違う」
リーは愚直に自らを鍛え続けてきた。
ゆえに愚直に拳を振るいながら思うのだ──自分は、この愚直さこそが武器なのだと。
他の使徒と比べて特筆すべき技能を持たないリーにとって、自らを愚直に鍛え、素手で制圧することこそ己の武器であり在り方なのだと自負している。
かつての友──ヴラドが、バルカが、コウウが教えてくれた。
そして主もまたそれを認めてくれた。
戦いにおいては強さが、力こそが全てであり、想いは力の差を覆すものではないことをリーは理解している。
だが理解した上で、なおもこう唱えるのだ。
「私の拳に一切の曇りはない……!」
──ゆえに負けない。
仮に相手が自分を大きく上回る相手であったとしても、リーはその想いだけは捨てはしない。
主の為ならあらゆる障害を全霊を以て取り除いてみせる。主の命であればあらゆる手段を用いてそれを実現してみせる。力も策も全てを用いて。
主のような鮮烈な輝き。魅せる戦いぶりとは程遠くとも、愚直に踏み抜いてみせるのだ──この身1つで。
「捉えたぞ」
「っ……! 待て貴様! 余を誰だと……!」
「誰であろうと立ち塞がるのであれば砕くのみ──」
鬼の二刀をある程度の被弾覚悟で掻い潜り、リーは拳を引き絞る。
そうして放つのは主に捧げる最強の一撃だ。
1度見た技を見切る勇者の前ではあるが、勇者には放てないからこそ使う愚直な全力の一撃。
「“獅子王拳”!」
「──!」
その拳が、鬼の腹を打ち、その身を脱力させる。
「童乱剣鬼が……!?」
「ふむ。死なないか。やはり、高レベルの鬼なのだろうな」
宗近の強い驚きに対し、リーもまた起こった結果に小さく感心する。
普通の人間や生き物であれば身体に穴が空くほどの力で殴ったはずだが、今しがた吹き飛んだ鬼は口から血を吐き、気を失いはしたものの身体に穴が空くことも死ぬこともなかった。自分の拳を受け止めるパワーもそうだが、耐久力も並のものではないと。
そしてそれほどの存在を呼び出せる目の前の勇者はやはり脅威であり、油断ならない相手だと改めて思う。今しがた必殺技を用いて1人は排除出来たが、これが何度も続くようであれば考えねばならないだろうと。
強い意気込みを口にしながらも頭の中は冷静だった──ゆえに、リーは戦場の変化も誰よりも早く察せられる。
「だが、これで2対1──いや……2対2か」
「!? ──宗近様!」
「!?」
そして次にそれに気づいたのは空中でそれを見ていた大天狗だった。大天狗は宗近に飛んできたその攻撃──雷を自らの身で受け止めることで防ぐ。
「──戦場とは反対側であるのに何やら騒々しいと思えば……やはり敵襲。それもリー。お主が戦っておったか」
「ええ。ご助力に感謝します──お町殿」
「つっ……! 貴方は……」
「……! 新手……しかも、妖怪──いや、使徒か……!」
大天狗に向けて雷を放った存在──10本の尾を持つ狐耳の美女の姿に宗近は警戒を、そして大天狗は警戒だけでなく驚きと懐かしみを加えた苦笑いを浮かべる。
「ふふ……よもやよもや、こんなところで出会うとは……500年ぶりといったところでありますね──末知女殿様」
「根津血か……なるほど。調伏されて召喚されておるのか……であればここで倒したところでそのことは記憶出来ないであろう。倒しても問題はなさそうだな」
「多少であれば覚えておりますのであまりご無体なことはやめていただけると助かりますが……そうは言ってられないようですね」
「ならばそちらが引け。我は愛しのレオンハルトの為であれば容赦はせぬ」
「そうしたいところですが出来ぬ相談です。私も調伏された身……そして末知女殿様と同じく、気に入った男児のために働いておりますゆえ」
「……ふむ。そうか。なら引けないのも仕方ない……であれば後は戦うしかないの」
「ええ、戦うしかありませぬ」
「そうか……」
と、ひとしきり会話を行うと姿を現したレオンハルトの使徒──お町はリーの隣に並んで勇者と大天狗と対峙する。
「お知り合いですか?」
「うむ。昔のな……我の配下の妖怪の中では最も強い妖怪であった」
「なるほど」
リーはお町に投げた質問の返答で得心する。かつてJAPANで二代目妖怪王として君臨していたお町であれば確かに知り合いであってもおかしくはない。
そしてその配下の中で最も強いとなれば更なる警戒が必要だとリーは判断する。
それに相性もあるとは言え、先程からリーにとって最もやりにくい相手がその大天狗であった。空中を飛び回る相手に格闘戦しか行えないリーは攻撃を当てることが難しい上、向こうは遠距離からの攻撃で一方的にこちらに攻撃を通すことが出来る。
ある意味で勇者よりも仕留めにくい相手。だからこそ、リーはまず鬼の方を排除し、それから勇者を仕留めるつもりであった。
が──こうなれば大天狗の方はお町に任せればいいとリーは思う。
「であったが……問題はない。上手くやるゆえ、お主は勇者とやらに集中するといい」
「ええ、そうします」
「……お気をつけを宗近様。やれる限りはやりますが、もしもの時は……」
「分かっている。判断を間違うつもりはない……!」
お町が雷の形をした妖力を具現化させ、周囲がバチバチと帯電し始めれば知り合いである大天狗は警戒を口にし、宗近もまた防御式神を多数張り、身を低くして刀を構えた。
……まだ戦うつもりか。あるいは……逃走の隙を窺っているか。どちらにしてもその狙いを達成されぬよう気をつけねばな。
リーは内心でそう口にしながらも勇者だけを見据える。そして、視界の片隅で動き始めたもう一体の魔物を捉え、更に有利になる状況を予見した。
それは相手にとっては正に悪夢のような状況であろう。特に、お町がやって来たことでリーはそう思う。
「ゆくぞ……! 召喚──“雷獣”!」
「!?」
何しろ数が重要となる集団戦においては、自分などよりも元妖怪かつ陰陽師であるお町の方が──圧倒的に脅威であるのだから。
今回はここまで。ちなみにレオンハルトの使徒の強さは状況で変わったり強みが違うので一概には言えないけどスペックだけで言うなら、ハンティ>>>リー>お町>キャロル≧ペール>ミシェーラ>イヴ>ガウガウ(本体のみ)って感じです。リーは使徒にしてはクソ強いけどハンティはその気になればリー並のパワーを瞬間移動しながら御見舞してくるので頭おかしいです。
次回はイヴ&ミシェーラVSグリムリーパー戦とレイVSガイ。そしてガイとカミーラもそろそろ。お楽しみに。
良ければ感想よろしくねー。