魔王城の一角、かつての同胞との再会は、微動だにせずに続いていた。
目の前の魔人、カミーラから視線を向けられ続けるハンティ。圧を感じてこちらも視線を逸らせない。
ハンティは自らの迂闊さを呪った
……魔人になったってのは聞いてたし、そりゃ遭遇もするか……!
なにせここは魔王城。魔人になったカミーラが出歩いていても何も不思議はない。
そしてハンティは改めてそれを思い出す。カミーラは自分達、ドラゴン種にとっては特別な存在だと。
ドラゴン種に生まれた最後の雌にして、決闘で勝ち残った最も強いドラゴン王だけが所有出来る生ける王冠。ドラゴンカラーである自分はその事を知っている。彼女が魔王アベルに連れ去られて魔人になったということもだ。
魔人カミーラは生まれついての上位者。それを知識としても知っているし、実際に目の前にしてみてもそれは正しい。魔人になって強化されたであろうプラチナドラゴンの姫が発する圧力は、間違いなく今を生きるドラゴン種の頂点に他ならない。
そしてそこから導き出される結論は、
……怒らせたら、まずい……。
カミーラは今もこちらに視線を浴びせ続け、返答を待っている。その問いの意味は何だろうかとハンティは思案する。一つ、思い浮かぶのは、
……あたしの正体に感づいた……?
今、自分の姿はヒューマンカラーのものだ。黒髪であることやクリスタルの形などの差異はあるものの、少なくともドラゴンカラーとは到底思えない姿だ。
その上で気づいてしまうものなのか。だが、同族であるからこそ感じ取れるものもあるのかもしれない。
「…………」
ハンティは迷う。それを言うべきか、それとも隠すべきか。
完全に気づいているのなら言うべきだろうが、確証を持てていないのなら隠し通すべきだ。自分としてもあまりこの事を人には言いたくない。
そろそろ答えを出さねばいけない。誰も声を発しないまま時間だけが過ぎていく。絶対的な上位者の問いには誰も口を挟めない。
「……あたしは――っ」
何かを言おうとして――言い淀んでしまう。カミーラの視線が鋭くなったように感じる。
この場の絶対的な上位者からの質問に、他の二人は口を挟むことが出来ずに口を噤んでいる。だが、
「――こいつは俺の使徒だ」
「!」
こちらの横に並ぶ声が来る。レオンハルトだった。
上位者からの問答に口を挟めるのは同じ立場であるレオンハルトだけだ。それを受けたカミーラが視線をハンティからレオンハルトに移して再び問う。
「……使徒、だと?」
「ああ、名前はハンティ。見ての通り、カラー出身だ」
カミーラの圧を感じる視線にレオンハルトは極めて普通に答える。
その答えにカミーラが眉根を寄せた。
「……カラーは皆、青髪の筈だが?」
「――っ」
その言葉に、ハンティは身を固くする。反応に出さないように努めるが、やはりバレているのかとも思い表情が動いてしまったかもしれない。
その問いに何と返せばいいのか、再び迷う中、レオンハルトはあっさりとした様子で、
「……ん、これのことか。これは使徒化の影響だな」
「…………それで髪が?」
「珍しいことじゃないだろ。キャロルだって髪が金色に変わったし、場合によってはもっと大きな変化もあり得る。こいつもそうってだけだ。――そうだろ?」
「! ええ……そう、です」
「………………」
レオンハルトから差し向けられた使徒化の影響という言葉に敬語で乗っかるハンティだが、カミーラの訝しげな視線は変化しない。未だレオンハルトを睨むように見続け、それに対しレオンハルトはその圧を涼しい顔で受け流す。
ハンティはそれを緊張の面持ちで待っていた。ほか二人の使徒も妙な緊張感に動けないし、動かない。
……どうなる……?
その答えは咄嗟のものにしてはよく出来ていると思う。使徒化による容姿の変化、というのは魔物界や特に魔人や使徒の中では常識に近いものであり、別段おかしな話でもない。
これなら逃げ切れる、追及を避けれる。そんな願いが届いたのかややあってカミーラが、
「……ふん、レオンハルト」
「……何だ?」
その圧を和らげた。鼻を鳴らして再度口を開く。しかしその表情には笑みが浮かんでいて、
「――また随分と面白いのを使徒にしたようだな?」
そう言ってレオンハルトを見る。
「見込みがあると思ってな。……まぁ、あまり怖がらせないでくれ。お前の圧力は中々にキツい」
今度はやや困ったように息を吐き、レオンハルトが答える。その言葉はこちらを案じたものだろうか、それとも自分もキツいと思った為か。
そんなレオンハルトの言葉に、カミーラは目を細める。
「……お前が言えたことか」
「……普段の俺は大したことないだろう」
「……ふん、いけしゃあしゃあと、よく言う……」
……ん? 何か今……。
ハンティがそのやり取りと空気に違和感を感じる。
しかし何がおかしいのかは分からない。そのやり取りはレオンハルトの戦闘時の事を指して、カミーラがツッコミを入れたように聞こえる。しかしそうではないようにも聞こえるような――。
「――ハンティ、だったか……?」
「! は、はい」
思考を中断せざる得なくなる。カミーラに声を掛けられた為だ。
ハンティが固い表情で見上げる中、その黄金の瞳がこちらを映す。そして、
「……精々頑張るといい」
「……えっ……あ、はい」
思わぬ無難な言葉を掛けられ、ハンティが戸惑いながら。そして何とか返事をする。直後に彼女の視線がハンティから切れた。
「……行くぞ、七星」
「……畏まりました」
と、それを聞いてカミーラは興味を失ったようにさっさとこちらの横を通り過ぎていってしまう。呼びかけられた使徒、七星はそれを恭しく了承すると、去り際に顔を向け、
「では、レオンハルト様。失礼します」
「ああ」
「そちらの、ハンティ、でしたか。同じ使徒としてよろしくお願いします」
「……ん、そうだね。よろしく」
レオンハルト、そしてハンティ、と視線を移し挨拶をしてきた。一瞬迷うも、無難に挨拶を返す。
そして最後に自分の横にいたキャロルが、あっ、と気を取り直したように短く声を上げ、
「ごめんあそばせ、ですわカミーラ様! 七星は首を洗って待ってなさい! わたくしとその後輩がいずれけちょんけちょんにしてやりますわ!」
「いつの間に2対1に……!?」
「い、いや、あたしにそんな気は……」
「くくっ……キャロル。七星を倒せるよう、頑張るといい……くっ、くくっ……」
「勿論ですわ! 近い内に七星をギャフンと言わせてみせますので! 楽しみにまっていて下さい、カミーラ様!」
「七星がぎゃふんと……くっ、くくくっ、……それは是非、見てみたいものだな……」
「か、カミーラ様まで……お戯れを……と、とにかく失礼します」
「応援ありがとうございますわー! カミーラ様ー!」
七星が驚愕してハンティを見るも、その場を後にしようとしていたカミーラの含み笑いによって気勢を削がれる。そしてそのまま逃げるようにカミーラを追いかけ、急いで去っていった。キャロルがカミーラに大きく手をぶんぶんと振って別れを告げている。
その光景にハンティは目を丸くして呆然としてしまう。
……あのカミーラが、笑ってる……!? というか今のやり取りは何なの!?
正直自分が知ってるカミーラのイメージにそぐわない。いや、彼女のことをそこまで知ってる訳ではないのだが、ああいったおふざけは嫌いそうな印象だったのだ。
しかしハンティの印象は他所に、隣のレオンハルトがぼそりと、
「最後はいつものカミーラだったな……」
「えっ、今のが!?」
「ああ、アイツは笑いのツボが行方不明だからな。それと基本的に同性が嫌いなのに、キャロルを妙に気にいってる節がある」
「カミーラ様は女性にキツいという噂は聞きますが、そんな事ないと思いますの。会う度に笑ってますし、何かと優しいのでわたくしは好きですわ!」
「それはお前にだけだ」
「え、えぇ……」
困惑してしまうハンティだが、二人の話を聞くに思ったよりも愉快な性格らしい。何というか、自分が思い描いていたカミーラ像がガタガタと音を立てて崩れ落ちていくようだ。
だがそんなことよりも問題がある、とハンティは頭を振る。それは、
……最初のアレは気づいた訳じゃなかった……?
黒髪のカラーが珍しかったから聞いてみただけなのだろうか。それともそうじゃないかと思っていたが、レオンハルトの答えに納得して引き下がったのか。一体どっちなのか。もしくは別の――
「……俺達もそろそろ行くぞ」
「了解ですわー!」
「! ん、そうだね」
レオンハルトがさっさとその場を立ち去ろうと声を上げたので、キャロルと自分も付いていく。今度は自然とレオンハルトが先導するような形となった。
前を歩くレオンハルトを見て、ハンティはふと思う。それは先程のカミーラとのやり取りに関係することだ。
……レオンハルトは、あたしの正体に気づいてるみたいだけど……。
以前にも少し思ったことだ。レオンハルトには自分の真の姿とも言うべきドラゴンカラーの力を解放した姿を見せているのは確かな事だ。
しかしあれはドラゴンカラー本来の姿ではない。本来はちゃんとしたドラゴン種と同じような姿であり、既にいかなる理由か、人間種の姿となったハンティには取ることの出来ない姿なのだ。
それにドラゴンカラーという種は500年以上前に絶滅している。元は人間であるレオンハルトにはドラゴンカラーの姿どころか存在も知らない筈なのだ。それなのに、何故自分がドラゴンカラーだとわかったのか。それが分からない。
カミーラの追及は逃れたが、代わりにそんな謎が残った。だが、ハンティは、
……でも、今はいいかな。
その思考を今は放棄することにした。どんな理由であれ、レオンハルトのおかげでカミーラの追及から逃れることが出来たのは確かだ。
なら、自分も主のことを詮索するのはよそう――少なくとも今くらいは。
ハンティは大人しくレオンハルトの後ろを付いていくことにした。
レオンハルト達から少し離れた魔王城の一角で、思考する女性の影がある。
「…………」
魔人カミーラだ。その背後には使徒である七星。
歩みを止めることはなく、そんな彼女に付き従うように七星は黙って後ろを歩く。
よく出来た使徒だと思う。七星を使徒にしてからというもの、彼は周りの事によく気が付き、あらゆる事を補佐してくれる。面倒な事は命令するまでもなく代わりにこなしてくれたりもする。
単純な戦闘力も申し分なく、頭もいい。非の打ち所がない使徒だ。
……キャロルのことは苦手のようだがな……。
レオンハルトの使徒であるキャロル。何かと七星を目の敵にして勝負を挑んだり、勝手に勝ち負けを決めたりとしており、普段からも何かと落ち着きがない賑やかな使徒である。
カミーラとしてはキャロルは珍妙かつ可笑しな、見ていて飽きない故に戯れるにはちょうどいい愛玩動物といったところで嫌いではないのだが、七星は彼女の対応に四苦八苦しており、それもまた面白い。
「くくっ……」
「……カミーラ様?」
七星が不思議そうにこちらを見てくるので、それに返事をしてやる。
「……今度からは2対1だな……?」
「……そうですね」
こういった話題だといつも淀みない返事を返す七星が言い淀むように返事が遅れる。それは愉快ではあるが、一応釘を刺すように言っておかねば。
「まさか、負ける……とは言うまいな……?」
「…………エエ、ソウデスネ」
「……? ならいい、が」
何故か七星の表情が死人のようになった気がする。声も棒読みのように聞こえたが――まぁ、了承はしているのだし、指摘するほどのことでもないだろう。カミーラは再び思考の海に潜る。
使徒同士のじゃれ合い、そこから思い出されるのは、
……先程の者は……。
レオンハルトの新たな使徒である黒髪のカラー、ハンティと名乗った女。
カミーラはあれを見た時、奇妙な感覚を感じた。あれは、
……同胞の匂い。
そしてその感覚はおそらく間違いではないと判断し、ドラゴンカラーの生き残りではないかと推察した。
カミーラは思い出す。ドラゴンカラーは、自分達ドラゴン種の中でも最も早くに絶滅した種族だ。その理由は不明だが、その後直ぐにあの忌まわしき天使が現れ始めたので、同じ様に天使に狩られたのではないかというのが可能性としては高い。
生き残りがいるというのもドラゴンカラーに関しては聞いたこともなかったが、いたとしても不思議はない。だがまぁ、興味は湧いたので直接問いを投げかけた。
だが、ハンティは答えることが出来ずだんまり。挙句の果てにはレオンハルトが口を挟んできた。別に使徒であるハンティを主であるレオンハルトが庇うことに不思議はないのだ。それ自体は構わない。カミーラが解せないのは、
……レオンハルト……何故、それを隠す……?
ハンティを只のカラー。つまりヒューマンカラーだと言い張った事。ドラゴンカラーであることを隠す理由が分からない。
おそらくだが、何か深い理由があるのだろうとは察することは出来た。それはあのレオンハルトの圧の強さでわかった。
……レオンハルトめ。私にだけ圧力を掛けてきおって……圧が強いなどよく言えたものだ……。
他の者は多分だが気づいていないだろう。レオンハルトが自分に向かって視線、そして一緒に圧を乗せてきたことを。
そしてあの紅い眼は言外にこう言っていた――「詮索するな」と。
そういった意味を込められたその視線に、カミーラは少し悩んだが、結局は引き下がった。別にその事実を白日の下に晒さなければいけないという程でもない。七星は気づいていないようだったが、それもいいだろう。
カミーラとしては隠されたことが多少、気に障るというくらいだ。それもレオンハルトの顔に免じて許してやろう。
……自分の主に感謝するんだな……。
カミーラは元同胞であり、今は魔人の使徒になったハンティを思い、軽く息を入れた。