始まった、とハンティは頭上を見上げて思った。瞬間移動を用いて転移魔法陣を描き、その術を用いてカミーラをこの地に移動させたのは他ならぬハンティであるがゆえに。
魔人四天王にして反乱者ガイと元魔人四天王、プラチナドラゴンの魔人であるカミーラ。魔人の中でも上位の戦闘力を持つ両者の戦いは常人には視認すら不可能。近づけばその圧力、時折吹き荒れる衝撃波だけで身体が壊れてしまいかねない死の領域。
だがそれを問題なく観戦しながらハンティが思ったのは。
……羨ましい。アタシも戦いたかったなぁ……。
そう──
何しろハンティは戦闘に飢えている。自身の
それ以外でもハンティは日常的に強者との戦いを渇望している。無論、レオンハルトから与えられた仕事は十全にこなすし、人間を慈しむ性質も変わっていない。ガウガウやイヴとともに行う魔法の研究も怠っていない。やたら戦闘用の魔法ばかり開発するのが玉に瑕だが。
しかしそれ以外の自由時間は常にバトルだ。仕事の隙間時間を縫って中庭で寝てるダイヤモンドドラゴンのライゼンをサンドバッグにし、魔軍に所属していない野良の魔物がいれば積極的に戦いに行き、他の使徒を相手に模擬戦をしないかと持ちかけ、レオンハルトの子供達を相手にも遊びと称して訓練染みた軽い殴り合いを行う。
その様は誰が最初に呼んだかカラーゴリラ。友人である悪魔のインデックスがそう呼ぶのも無理はない。常識人振っているように見えて実のところハンティが1番イカれてるんじゃないかとその日常を知っている者達にとってはもっぱらの噂だ。
とはいえハンティとしてはレオンハルト程じゃない、と思っている。自分はそこまで人に言われるほど重症じゃない。何しろ自分は戦いの際に人格がちょっと変わったり高笑いなんてしないし。ちょっと殴りがいがある相手と戦りあいたいだけだ。別にこれくらい普通だろう。他の多くの魔物みたいに人を殺したいとか考えていないし、むしろ人は守りたいと思っている。それはそれとして強い人を殴りたいだけだ。できればライゼンくらい硬くて丈夫であれば良しだが、さすがにそこまでの贅沢は言わない。ちょっと殴り合いが成立すればそれでいい。
何しろハンティの強さは自他共に認めるように尋常ではない。レベルにして200は超えているし、そのステータスから扱う魔法。戦闘技術も全て並外れている。そもそも戦闘が成立する相手が希少になってしまっているのだ。
そういう意味ではガイは彼が人間の頃からレオンハルトと同じく目をつけていた相手だった。
あのレオンハルトと引き分けた程の強さ。魔人となった今ではあの凄まじい禁呪の数々は使えなくなったそうだが、それでも魔人となったことで基礎的な能力はかなり向上しているし、強さとしては申し分ない。レオンハルトもガイの現在の強さには興味を無くしてしまっているし、次は自分が相手をしてもいいだろう。カミーラがもし負けるようであればどこかのタイミングで挑んでみたい──そんな風にハンティは思っていた。
「まあ負ける可能性の方が高いのは幸か不幸か……微妙なところだね。アタシとしちゃ嬉しいけどカミーラが負けるのも見てきた身としてはちょっと複雑な気分だし」
ただ、そう。カミーラが負けるというのもそれはそれで何とも言えないとハンティは思う。
何しろハンティにとってカミーラは一応、元同族である。その上でここ数百年におけるカミーラの研鑽。本人は嫌がる言い方だろうがその努力というものを知っている。
だからこそ気持ちとしては報われてほしいとも思うが、それはそれとしてガイと戦いたいと思っているのも事実。その両方の思いを叶えられるとすれば……。
「カミーラが勝つけどガイは辛くも生き延びて逃げる……その後にアタシが戦うってのが1番都合がいいんだが……」
ハンティは顎に手を当てて、んー、と呑気にそんなことを考える。さすがにそれは都合が良すぎだが理想であることに違いない。でもそれもなんかなぁ……とも思う。ガイがカミーラに負けるのはそれはそれで若干テンションが下がる結果なのが何とも言えない。何しろそれはカミーラより弱いってことだ。別にそれでガイが弱いってことにはならないが、自分が求めてるのはもっと圧倒的な強さ。できれば自分をボコボコに殴ってほしい──と、そこまで考えて頭を振る。違う違う。それだと自分がヤバい奴みたいじゃないか。あくまでも戦闘を成立させる。殴り合いを成立させてほしいだけで別に一方的に殴られたいわけじゃない。あくまでも殴りたいのはこっちだ。
ただ殴られないのもそれはそれで寂しいわけで……そう。やっぱり互いに殴り殴られての戦いだとハンティは考える。これは別におかしな趣味じゃない。大丈夫だ。アタシは普通。至って正常な考えだと自分を納得させる。ただちょっと6:4か7:3くらいの割合でこっちが不利で殴られたい。そして殴り返し、最終的に勝利する。そんな結果が1番良いとハンティは考える。
「ならカミーラが勝つけどガイは更に奥の手を隠していて……ってのが良いか。でもそれは夢見すぎか……」
なんて、ハンティは自らの願望を口にする。それであれば1番良いと。だからこそ今はカミーラを。そして後にガイを応援する。両者共に頑張れという結果として常人からすれば意味不明の想いを抱えたところで──
「ッ……クソ……!! 邪魔すんじゃねェよ……!!」
「! おっと!?」
──ああ、忘れてたと。今はレイの坊やと遊んでやってる途中だったとハンティは稲妻のように鋭い魔人レイの攻撃を回避しながら思い出す。
「ああ、悪い悪い。アンタのこと忘れてたよ。──あんまりにも歯ごたえがないもんでさ」
「テメェ……!!」
跳躍し、大木の枝上に身軽に着地したハンティは眼下にいるレイに軽口を叩く。戦闘中のこうした煽り合いは当然のもの。そうすることでレイは怒りを表情にも、そして全身を走る雷がバチバチと音を鳴ったことでその怒りを表す。周囲に雷雲も溜まってきたことでレイの攻撃は苛烈さを増していたが、それでもハンティは捕まらない。瞬間移動を使わずとも殆どの攻撃を躱してしまう。たまに使うこともあったが、そうした時はレイを褒めてやる。自身に瞬間移動を使わせるほどの攻撃をしたということで。
「で、それで終わりかい? だったらそろそろ戻りなよ。アンタの出番はもう終わりだ。ガイに負けちまったんだからさ」
「フザケるな!! 俺はまだ負けてねぇよ……!!」
「ま、そう言いたくなる気持ちも分からなくもないけどね。ただアンタじゃガイには勝てないし……それにこれはレオンハルトの命令でもある。次はカミーラの番だ。アンタの番は終わりだよ。アンタの我儘を許して1番目を譲ってあげたんだからもう諦めな」
「うるせえ!! レオンハルトの野郎が何を言おうが関係ねぇよ!! まだ喧嘩は終わってねぇ……!!」
ハンティは自らが言うべきこと。これがレオンハルトの命令であることも含めてレイに向かって伝える。
だが案の定、レイは聞き入れなかった。魔人レイは吠える。自分の戦いは、喧嘩はまだ終わっていないと。怒れる雷の王。周囲の帯電現象はレイの怒りに反応して更に激しくなる。
それを見下ろしたハンティはまず1つ、息をついた。こうなるだろうことは分かっていたが、それでもレイの無鉄砲さ、我儘振りにも困ったものだと。魔人であれば自分勝手なのは普通のことだが、それでもレオンハルトの命令と聞いて従わないものは珍しい。そういう意味では骨があるとも言えなくもない。力が上の者にも怯まない。そういう性質があると言えるからだ。
だからハンティは僅かに譲歩することにした。息をついた後、ハンティは肩を竦める。
「……やれやれ。本当に聞き分けが悪い子だね」
「ガキ扱いすんじゃねぇ!! 邪魔するってんならお前も消し炭にするだけだ!!」
「収まりがつかないか……ならこういうのはどうだい?」
「ああ!?」
そしてハンティは足に力を込めた。瞬間移動を使わず、己の肉体の力だけで動く。
──そうしてレイの目の前まで一瞬で移動しながら。
「!?」
「──アタシがちょっとだけ相手になってやるよ。だから歯を食いしばりな。舌を噛まないようにね」
「! 馬鹿が……!! 魔人でもねぇお前に俺の相手なんざ──」
そう。ハンティは魔人ではない。あくまで使徒だ。それゆえに魔人の持つ無敵結界──あらゆる攻撃を阻む文字通り無敵の防御結界の前に何もできない。
これがあるからこそ人間は魔人に絶対に勝てないのだ。それ抜きであっても力の差は如何ともし難いが、仮に策を弄しても魔人を傷つけることはできない。
だからこそレイの喧嘩相手には相応しくないと、そう思う気持ちは理解できる。
だがハンティは思う。拳を全力で振りかぶりながら。己の力。ドラゴンの強さ。それは何であるかと。
確かに魔法の腕前は隔絶している。ハンティの強さを語る上で魔法は決して外すことはできない。魔法の実力だけで言えばレオンハルトよりも上でその多彩さ。高度な魔法を扱うという意味では魔人レッドアイにすら勝る。
だがそれでもだ。ドラゴンの強さはそれではない。ハンティの力はそれだけではない。知る者であれば誰でもそう答える。レオンハルトの使徒や下級使徒。ライゼンやインデックスといった友人も。レオンハルトの子供達も誰でも。ハンティの怖いところと言えば──
「ッッッ!!?」
──それは圧倒的な力だと。
それを証明するかのようにハンティは全力でレイを殴った。普段子供達相手にやるような手加減したそれではない。限られた相手にのみ──それこそ魔人レオンハルトや圧倒的な硬さを誇るライゼン。力だけならギリギリ何とか張り合えるほどのリーなどの大丈夫な相手にしか出さない正真正銘の全力。
その結果として──
「!!??」
──魔人レイは吹き飛んだ。
距離にして
それだけの現象を起こしたのはただの全力の喧嘩パンチ。無敵結界の上から殴り抜けた。それでもなお衝撃だけは殺せず、むしろ力が分散されずレイは吹き飛び、そのあまりの衝撃に舌を噛んでしまう。打撃のダメージこそ受けていないが、無傷とはいかなかった。
「──さて、それじゃ遊ぼうか。レイの坊や。子供にしては力もそれなりだし、こっちも全力で相手してやるよ」
「……! て、め……!」
そして森から強制的に排除されたレイの前に、瞬間移動で一瞬で目の前に現れたハンティが好戦的な笑みを浮かべる。その姿は全力を出した影響か、ドラゴンの翼や尾が現れていた。
「殴ったら絶対に痺れるのはいい感じだね。これなら一方的にボコボコにしても歯ごたえはありそうだ。──それじゃ次行くよ……!!」
「!? ふざけ──」
「いつまで寝転がってんのさ──ほら、また舌噛むよ」
「ッッ、オォオオオオ!!」
そうしてレイは再び吹き飛んだ。今度はキック。ハンティが助走付きでレイをサッカーボールにするように全力で蹴りつけた。
再び数百メートルの距離を吹き飛び、転がっていくレイはそうして使徒ハンティの強さを。全力を。ドラゴンの強さを思い知ることになる。ドラゴンの強さ。それは──
──ドラゴンの強さ。それは「力」だと魔人カミーラは理解している。
憎き魔人ガイとの戦闘。大陸南部の森の中でそれが始まり、森の木々はざわめいた。単純な速度。移動ですら疾風が木々を揺らし、葉を落とす。
だが本命の攻撃。魔人の全力の攻撃はそれが何であっても形あるものを破壊する。それはガイもカミーラも同じだ。
「“白色破壊光線”!!」
「!」
ガイの掌からその直線上にある全てを消し炭にする光の奔流が放たれる。そう、これだ。これが魔人ガイの強さ。圧倒的な魔力。魔法の技術。他にも剣技なども挙げられるとはいえ真っ先に浮かび上がるのはそれだ。魔人カミーラはガイの強さを理解している。
かつてこのガイに魔人四天王の座を追いやられ、その後で犯されそうになった屈辱をカミーラはずっと覚えている。ガイが魔人になってからずっと、カミーラはこの憎き相手をズタズタに引き裂いてやろうと怒りを覚えていた。
だがガイが魔王ジルのお気に入りであるからとすぐには実行に移せず、時を待つことになった。それもまたカミーラには気に入らなかったが、それでもカミーラはその間、怠けていたわけではない。レオンハルトの提案によってカミーラはこの数百年間、度重なる人狩りや魔物狩りによってレベルを上げていた。
そうして実に180近いレベルに到達したカミーラはこれでガイを殺せると自信を持ってこの戦いに臨んでいた。ジルに反旗を翻したことで大義名分も立つ。予め情報を得てガイの強さとやらも一応学習していた。
だからこそカミーラは自信を持つ。ガイを殺す。その1つの目的のためにカミーラは疾走した。
「!?」
『躱された!? 気をつけろガイ! この女、前よりも速──』
「血肉を晒せ……!!」
「っ……くっ……!?」
ガイの放った魔法を躱し、一瞬でガイに肉薄した魔人カミーラ。そのことでガイの持つ魔剣カオスが注意を呼びかけるもそれが言い終わるより先にカミーラはその鋭い爪を放っていた。
ガイはその爪の一撃を咄嗟にカオスでガードする。そうして距離を取るために背後に下がったが、カミーラは更に疾走した。高速で空中を飛翔する。
「逃がすか……!!」
「……!! やはり、速い……! それに力も……!」
──その様はまるで狩りだった。
だがそれもその筈。ドラゴンという種族は、元より狩猟する種族なのだ。
翼で空を飛翔し、あるいはその脚で大地を踏みしめ、大陸のあらゆる場所で獲物を追いたて、その鋭い爪や牙で獲物をしとめる。それがかつてドラゴンの世で日常的に行われていた光景である。
そしてカミーラもまた狩りを得意としている。
もっともただのプラチナドラゴンであった頃はそれほど狩りを行う必要もなく行ってこなかったが、魔人となってからカミーラはそれを趣味の1つとして行うようになっていた。それはドラゴンとしての本能だろう。相手は主に活きの良い人間であり、彼らが必死に逃げ惑うのを嘲笑うようにその背中に追いつき、爪で人体を切り裂く。その狩りはカミーラにとって1つの確かな楽しみであった。
そしてその趣味はドラゴンにとって向いているものなのだ。元より、ドラゴンとは完成された種族。その強さゆえに神からは「つまらない」と見捨てられてしまった程の種族として圧倒的な強さを誇る。
その強さを一言で表すなら「力」だろう。ドラゴンという種族は他の種族と比べてそもそも身体能力が圧倒的に優れているのだ。
地を翔ける速さはどんな獣より速く。
空を往く速度はどんな生き物も敵わない。
そしてその膂力は大地すらも砕く。
その上で口から放つブレスがあり、鱗の硬さがあり、魔法も習得する。
それがかつて魔王と二度に渡る戦争を成立させ、そのどちらにも勝利して世界を制したドラゴンの強さ。
ゆえにカミーラもまた同じ強さを持つ。
「“高速飛翔”……!」
『よし! それでどうにか距離を取れ! 距離を離せばお前の間合いじゃ!』
「──その程度か?」
「……っ、まだこちらが遅いだと……!?」
ガイはカミーラの成長に気がついた。もう1人の人格がやったこととはいえ、カミーラと戦ったことはこちらのガイも覚えている。だからこそ以前よりも身体能力が遥かに上がっていることにすぐに気がついた。
そしてそれは自身を上回る。だからこそ速度を上げる魔法を更にかけてカミーラに追いつこうとし──しかしそれでもまたカミーラの方が速いことにガイは驚愕する。
「地に平伏せ」
「ぐ……!?」
すぐに追いついてきたカミーラの爪がガイに向かって振るわれ、ガイはその攻撃で大地へ叩きつけられる。
その結果でも気付いたが、力においてもカミーラはガイの上を行っている。身体能力のスペック。魔力以外のステータスにおいてカミーラは確かにガイを圧倒していた。
ただレベルはガイの方が上だった。ただ、それでも身体能力で劣ってしまうのはガイが元人間の魔人だからだろう。
レベルはこの世界において絶対的なものだが、レベルが同じだからといって同じ能力値になる訳では、当然ない。レベルが同じであっても生物によって、個体によって個体差というものが生じる。
その中でドラゴンという種族は肉体の強さからして他とは違う。同じレベルであっても人間より遥かに強い。それがドラゴンという完成された種族なのだ。
だからこそカミーラはガイに勝る。同じ魔人であって元になった種族が違う。その差がスペックにおいてカミーラがガイを圧倒できる理由だった。
「ようやくだ……この時を待ちわびていた……貴様を八つ裂きにするこの時を……!」
「ッ……」
魔人カミーラの疾走はガイを逃さない。逃げる獲物を圧倒的な速度で追いたて、抵抗する獲物を圧倒的な膂力で叩きつける。
森の木々はそのカミーラの疾走によって常にざわついていた。森の木々もまた憶えているだろう。ただ狩りをするだけで枝を揺らし、葉を落とすこの世の王者の姿を。
「どうした……!? くく……この程度か……!?」
カミーラに嗜虐の笑みが浮かぶ。待ちわびていたこの狩りの瞬間。憎き相手が自身によって無様に追い立てられる姿にカミーラは愉悦を感じる。
その速さは魔人最速であるメガラスには劣るにしても、小回りや他の身体能力で勝っている。獣のように爪を煌めかせ、木々の間を駆けるカミーラの狩りはガイに距離を取らせ、魔法を使わせることを許さない。
ゆえに間近で剣を振るって戦うしかないが、パワーにおいてもカミーラはガイを上回っている。近距離においても不利を強いられてしまうのだ。
つまるところそれは圧倒的な種族差の暴力。
人間は魔物に勝てない。魔人に勝てない。
それと同じように、ドラゴンには勝てない。
単純な「力」の差。それがカミーラの自信の源であり、ガイが不利に陥っている理由だった。どれだけ身体能力を上げる魔法を重ねてもカミーラのスペックには追いつけない。それこそ禁呪のような規格外のものでなければこの覇者の疾走には対抗できない。
だが禁呪は既に使用不可能。であれば対抗策は限られてくる。
(技術を持って対抗するか……もしくは──)
(ああ、クソ……! 見ててムカつくんだよ! それくらいさっさとやっちまえ! そんで犯す時は俺に代われ!)
(黙っていろ。今やり方を考えている。お前に喚かれては思いつくものも思いつかない)
カミーラの激しい猛攻を何とか凌ぎながらガイは思考する。その中でもう1人のガイが口を挟んでくるのはガイにとって珍しくないこと。それゆえに無視しようとした。ガイが用いるのはその戦闘経験。戦いにおける技術。それを活かして対抗する方法だ。
確かにカミーラの身体能力のスペックは如何ともし難い。だが、その技術。技能に関しては決して高いわけではない。身体能力が高いから対応に苦慮しているだけで、そこにつけ込めば対応は可能だ。今こうしてガイが何とかカミーラの攻撃を防いでいるように。
人間時代から鍛えられてきた戦闘経験。戦闘における勘。その技術をガイは更に発揮しようとする。剣も魔法も腕前自体はこちらが上。ならば……と工夫をしようとしたその時。
(だーかーら! お前は真面目に相手にしすぎなんだよ!! もういい、俺に代われ!)
(なっ……!? やめろ、この……ぐっ……最近ずっと表に出ていたせいか抵抗が……!)
(いいから引っ込んでろ! 俺にかかればもっと楽に片付くんだよ!)
ガイの肉体の中でその精神が言い争いを始め、そして入れ替わった。外部からは何が起きているかは分からない。それはあくまでガイ自身の内側でのみ起きる現象。
「……! 諦めたか……!? ならば死ね……!」
ゆえにカミーラは一瞬だけ止まった動きを訝しみながらも容赦なく攻撃を放った。この隙を見逃すほど愚かではない。積み重ねてきた狩りの効率的な動きでカミーラはガイに致命傷を与えるべく爪を放った。
そしてその瞬間に、ガイは己の腰に手をかけ──
「これを見ろ!!」
「!!?」
──ぼろん、と。
唐突に、
戦闘中。今まさにカミーラが襲いかかってくるというこの時にやる行動としては適切ではない。あまりにも意味不明。理解不能。血迷ったかと誰もが思うようなその行動。
だが、だからこそカミーラもまた一瞬、虚を突かれた。カミーラの視線がガイの立派な局部を捉える。そこに目がいった一瞬。思考がフリーズし、しかしそれを飲み込むまでにまた一瞬。再び行動に移すまでに──と、そこまでの隙が生じた。
「ぐはは! 引っかかったな馬鹿が! 死ね!」
「っ!? ぐっ……血を……!?」
その隙にガイは先に動いていた。魔剣カオスに滴らせた自分の血をカミーラの目にぶっかける。血をかけられたことで僅かに視界が利かなくなるカミーラ。その間にガイはパンツとズボンをまとめて履き直し、再び魔剣カオスを握った。
「ぐははは! 久し振りだなカミーラ! 散々やってくれたお礼に今度こそぶち犯してやるから覚悟しろ!」
「っ……貴様……!!」
ガイが本性を現した、とカミーラは思った。このガイこそ以前に己が不覚を取った憎きガイの本性だと。
そうして視界が利きにくくなっている中、ガイがカオスを振るって反撃を開始する──魔人ガイVS魔人カミーラの第二ラウンドが始まった。
人間牧場はGL期において人間の居場所として定められた場所だ。
大陸各地に存在し、大陸にいる人間のおよそ9割以上はこの人間牧場で暮らしている。
この世の人間の9割は人間牧場で生まれ、人間牧場で死を迎える。それは正しく人間にとっての地獄だが、それを地獄だと正しく認識できる人間は少ない。野良で生きている人間でもなければ。苦しくともそれが日常だと牧場にいる人間の多くは認識している。それ以外の人生というものを知らないがゆえに。
「ほら、食事の時間だ」
「残さず食べろ。それが終わったら食後の軽い運動。いつも通りのルーティンを欠かさず行え!」
「……はい。分かりました」
──そしてそれはとある人間牧場の人間達にとっても同じだった。
その人間牧場は一部、他の牧場とは違う飼育方法を行っていた。他の多くの人間達のように放牧されたり粗末な小屋に押し込まれるようなことはない。
むしろその建物は魔人が住む屋敷と何ら変わりない。清潔で家具などもしっかりと配置され、鏡のある個室で眠ることが許されるという一見して恵まれた環境だった。
食事にしても生命活動に必要な綺麗な水に食物繊維と栄養がたっぷりの野菜や果物。タンパク質などが採れる肉類などを多すぎない程度に与えられている。
そこで飼育されている人間はそれらを毎日残さず食べるように魔物兵によって強制され、適度に運動を行うこと。そして身だしなみを整え続けることを義務付けられていた。
そんな多くの人間にとって恵まれた生活を送っているように見える彼女達──そう、女性しかいないその屋敷の人間に笑顔は存在しない。
彼女達は生まれた時から美しく育つように強制されている。まずその美しさが遺伝するように子を成す親は男女共に美しい者が選ばれる。そうして生まれた赤子はしばらく親によって育てられるが、数年して明らかに外見が劣っている者はそこで通常の牧場に送られる。
物心がついて親が必要なくなれば他の者達と同じ屋敷に送られ、そこで外見を良くするための生活を行い続ける。食生活から日々の行動の1つ1つが魔物に定められており、自由な時間など殆ど存在しない。
だが魔物に痛めつけられることや犯されることはない。そんなことをすれば外見に傷がつくからだ。
それもまた恵まれたことのように思えたが、そうやって日々成長し、美しくなっていく彼女達に待ち受ける運命はおおよそ、過酷なものだ。今では誰もが知っている。自分達は玩具なのだと。その恐怖の記憶が脳に焼き付いている。
『──はぁーい。みんな元気してる? あなた達のご主人様が来てあげたわよ』
──そう。それがこの牧場の主……魔人メディウサの愛玩動物である自分達の運命。
『さーて、今月も送る1人とついでにお楽しみ用に何人か連れて行っちゃおうかな』
『……!』
メディウサの人間牧場において毎月のように行われるそのイベントは彼女達の運命を決定づける重要なイベントだ。
選ばれるのは数人。だが、その選ばれた数人は地獄を見ることになる。
1人はどこか別のところに送られることになり、その行く末は分からないがメディウサを見る限り碌なことにならないのは明らかだった。
『──それじゃあなたは送るとして……そっちのあなたとあなたは私と一緒に来てもらうわよ』
『……っ』
『あれ? 返事はどうしたの?』
『……はい……』
『畏まりました……メディウサ様』
それは絶望の宣告。拒否することはできない、死が決まった瞬間であった。
何しろメディウサに連れて行かれた者は凄惨な悲鳴を上げて死ぬことになる。連れて行かれなかった者達は実際に何が行われているか分からないが、その屋敷に響く苦しみの叫び声を聞けば碌なことではないのは明らかだった。
彼女達は知っている。時折、窓の外でその連れて行かれた人間だった死体の山が魔物兵によって運ばれていくところを目撃している。
その死体は損傷が激しく、身体の至るところが変形し、噛まれた痕のようなものが残り、お腹が膨れ上がったり裂けていたり、その顔には涙と血の跡が残っていた。
メディウサに見初められたものはあんな風に殺される。そして、送られた者達もおそらく同じような目に遭っているのだろうと彼女達は予想し、底知れぬ恐怖に誰もが怯えていた。
だがその怯えを出すことは許されず、またあえて美しくなくなろうとするような行動を取ることはできない。以前、そういった行動がバレた人物は魔物兵に回されて凄惨に犯された上で殺された。またある時はそんなことをするのはむしろ可愛いとしてメディウサに連れて行かれた。
つまり彼女達は八方塞がりだった。彼女達はただ、日々を機械的に過ごし、メディウサに見初められるまでの時を過ごす玩具でしかない。
そして選ばれれば最後、彼女達は死ぬ。その日に備えて、彼女達は今日も身だしなみを整え続ける。ただ苦しんで死ぬためだけに。
普段は外の人間のように苦しい思いをしていないからこそ、彼女達の内心は常に恐怖で染まっていた。ともすれば狂ってしまいそうな程に。常に身だしなみを整えるため、与えられた個室の鏡を見る度に彼女達は恐怖で歪みそうな顔を必死に耐え続けるのだ。少しでも長く生きるために。醜くなることもまた死へ続くものであるがゆえに。
──そして今日もまた誰かが送られる。その月は珍しく、メディウサが存在せず責任者の魔物隊長が適当に選んで連れて行くだけだった。
「今日は……なんでいなかったのかな……?」
「はぁ? 知らないわよ。何でも戦争ってのに行ってるらしいわよ。魔物兵がそう話していたわ」
「戦争……? よく分からないけど、そっか……じゃあ今月は安心だね」
彼女達にとって安らげる時間があるとすれば、月に一度の選別が終わった後の残りの日。来月に切り替わるまでの数少ない時間だけだ。
もっとも、来月が近づくに連れてすぐに恐怖が浮かび上がる。彼女達の日常はこれの繰り返しだ。何も変わることのなに日常。人生。きっと一生こうなのだろうと彼女達は悟っている。
選ばれて死ぬその時まで、彼女達はずっと恐怖に苛まれ続けるのだ。
「──ここが施設か?」
「は、はっ! その通りであります!」
「……? 誰?」
──だがそんな諦め続けたある日のこと。屋敷の外から聞き馴染みのない声が聞こえ、彼女達は意識を外に向ける。
「なら入らせてもらうぞ」
「お、お待ちください! メディウサ様からは誰もここには立ち入らせないようにと……」
窓の外を見た者はそれを目撃する。どうやら魔物隊長と誰かが会話している──それも魔物隊長がかなり焦って怯えている様子だった。
そしてその相手は、どうやら人間ではなさそうだった。曲がりなりにも魔人と毎月対面しているから分かる。あの気配、覇気は明らかに人間のものではないと。
そしてそれがより顕著になったのは魔物隊長がそう口にしてからだ。
「──俺とメディウサ。どちらの意を優先するつもりだ?」
「っっっ……そ……それは……」
「お前がメディウサの配下として俺の前に立ち塞がるというなら、成程。それもいいだろう。メディウサに忠義立てする立派な配下だと褒めてやってもいい──だが俺は俺の道を阻む者に容赦しない」
「……ァ……う……あ……」
「さあ選べ。剣を抜く時間くらいはくれてやる。抵抗出来ぬ者を一方的に斬るのは好きじゃないからな」
──その男がただでさえ鋭い目を細め、魔物隊長を睨んだ瞬間、存在感が増した。
その威容、覇気は屋敷の中にいる彼女達にすら伝わる程。否が応でも平伏させられてしまうような王者の気配だった。
見れば周囲の魔物兵はとうに片膝を突いて怯えながらも臣下の礼を取っている。──貴方様には絶対に、何があっても逆らいませんと心から服従している。普段は牧場の人間達を楽しそうに痛めつけ、屋敷にいる人間にも下卑た視線を向けてくる魔物兵達が。
ゆえに魔物隊長の選ぶ選択もまた決まりきっていた。言われたように剣を抜くことはない。むしろ誰よりも低姿勢で平伏する。
「お…………お通りください……っ!」
「……ああ。それが正しい選択だ。安心しろ、お前は間違っていない。より強者に靡くことは当然の摂理。メディウサの命令を守れなかったからとお前が死ぬことはないだろう──魔人筆頭兼魔軍参謀であるこの俺がお前の生存を保障してやる」
「は、はっっ!! ありがとうございます!!」
そしてその金髪灼眼の男は魔物隊長の肩に手を置き、言葉をかけてから屋敷の中に足を踏み入れる。
そのことに彼女達は焦りながらも急いで支度をする。その男は明らかに人間じゃない。おそらくは──魔人。
メディウサ以外の魔人を見たことがない彼女達にとっても、その男が魔人であることはすぐにわかった。だからこそ、この世に生きる人間として当然の対応を。下等な生物として魔人様を迎える準備を行う。
いつもの選別の時のように大広間で。メディウサ様を迎える時のように。誰もがドレスの両端を掴んで跪いた。
「──いらっしゃいませ」
『いらっしゃいませ』
「……………………」
その魔人が人の気配を辿って大広間に足を踏み入れた時、彼女達は揃って礼を行い、魔人を出迎えた。
その動きは何度も行ったものであるため、慣れきっている。機械的に行われるその動作は、彼女達の見目の麗しさも相まって絵になっていた。
そしてその中で、一応は彼女達を代表して取りまとめているアスタルテという年齢は18頃の黒髪で短めのウルフカット。ツリ目と大きな胸が特徴的な美女が正面で挨拶を行う。彼女は他の者達よりほんのちょっとだけ精神的に強かったため、メディウサから直々にここにいる女性の面倒を見るように指名された人物だ。魔物兵だけではどうしても行き渡らない部分があるため、そういった役割を設けている。──もっとも、そうして自分は特別扱いされていると勘違いした者や、心が強い相手を屈服させるためにあえてその地位につかせているメディウサのお遊びのようなものだが、それでも名目上はここの女性達の現在のリーダーである。
(な、何だって言うのよ……! この魔人、めちゃくちゃ迫力あるんですけど……! この魔人に比べたらメディウサなんて可愛く見えてくるくらいだわ……!)
「……お前は……」
「(ひっ!? こっち見た!? な、何よ……!)──アスタルテと申します。彼女達を取りまとめる役割をメディウサ様より命じられています」
アスタルテはかなり取り繕うのが上手だった。処世術に長けているとも言える。そしてここでは珍しく、普通の感性を持っていた。
だからこそその魔人の突然の来訪にもそれっぽく振る舞うことができた。
「どのようなご用件でしょうか? 現在、この屋敷の主人であらせられるメディウサ様は外出しておりますが……」
「ああ。大したことじゃない」
(ま、まさかとは思うけどこの魔人も私達をめちゃくちゃに犯して殺すつもりじゃないでしょうね……? だとしたらお願いします! 私だけは選ばないで! できれば他の人を選んで! なんなら早く死にたがってる子とかいるし! そっち紹介してあげるから!)
アスタルテは中々いい性格をしていた。自分だけは死にたくないと心で願いながら外面は微笑で客人を出迎える。
そしてその魔人は用件をすぐに口にした。あるいは急いでいるのだろう。魔人は特に勿体つけることなどせず。
「お前達を引き取りに来た」
「(ひいっ! やっぱり私達を……!)左様でしたか。ですが……」
「メディウサの事なら気にするな。これからお前達は俺の城で引き取る。それからどうするかはお前達の自由だ」
「成程。私共は自由だと……………………え?」
だからこそあまりにも突然言われたことにさしものアスタルテも間の抜けた声を漏らす。言葉の意味がすぐには理解できなかった。
だがそれ以上に周りの女性達の方が頭に疑問符を浮かべている。自由、引き取りに来た、そう言われて正確に言葉の意味を理解出来る者はこの場にはいない。
だがその魔人は彼女達のその理解を、一先ずは待たなかった。
「とりあえずここを出て俺の城へ向かう。説明はそこで担当の者が行うだろう。ついて来い」
「え、は……はぁ……えっと、分かりました……? (じ、自由……? なにそれ……? 本気で言ってんの?)」
しかし魔人の言うことに逆らうことはできない。ついて来いと言われれば否応もなかった。なのでアスタルテは背後の女性達に目配せして付いてくるように促す。そうすれば全員がレオンハルトの後に付いて屋敷を出た。まさか生きて屋敷を出る日が来るなんて……とそんな困惑と不安が彼女達を襲っている。
そしてしばらく歩くこと少し。明かりの中に小柄な人影が見えた。モノクルをかけた小柄な魔の気配を持った少女で魔人はその人物に声をかける。
「──ガウガウ」
「おお、もう来たのか──って、多っ!? おいおい、これ100人以上いないか?」
「ああ、多分200人くらいだろう」
「うへぇー……いやまあ全員入るだろうし問題はないけどさぁ……とりあえず転移魔法陣の準備は出来たぞ」
「良し。なら俺は一度城に戻ってから南の陣に向かう。ガウガウ。お前は転移を見届けたら先に本陣に迎え」
「えぇー。いやまあいいけどさ。せっかくだし実験していいか?」
「好きにしろ。仕事は忘れるなよ」
「へいへーい。りょうかーい。それじゃ陣の上に全員乗れー」
「よし、全員乗れ」
「わ、わかりました……」
そうして言われるがままにアスタルテを始めとする屋敷にいた全ての女性達をその陣の上に乗せる魔人とその使徒。
その間、メディウサの玩具候補代表のアスタルテは──
(え、何? 自由? 私達これからどうなるの? 突然殺されたりしないよね?)
──まだ困惑の最中にあった。
そしてそのまま陣が発光し、その魔人──レオンハルトと女性達は揃って別の場所へと転移する。何が何だか分からないまま、彼女達は感動も何もなく自由になったのだ──無論、その感動は後から訪れるだろうが。
「さて、面倒だけど戦場に向かうとするか。戦闘データを取れる滅多にない機会だしな」
『如何しますか? マスターガウガウ』
「ブラックアイ。飛翔モードだ。そしてパープルアイとグリーンアイにもこう連絡しろ──実験をするから全員集まれって」
『イエス! マスターガウガウ!』
「ふっふっふ! 偉大なるガウガウ様の発明品が密かに世に轟くその時は今に迫っているぞ! ふふふ……はーっはっはっは!」
そして後に残されたその使徒ガウガウは黒い目玉のような宝石に魔力を込め、人型の装甲へと身を包むとそのまま低空飛行を行い、メディウサの人間牧場から離れ、しまらない高笑いをしながら戦場へと向かっていった。
今回はこんなところで。お久しぶりです。間隔空いたけどまだ書いてるよってことで更新します。次回は使徒の戦いです。お楽しみに。
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