※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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魔人の経験と積み重ね

 人間はいつも同じ失敗を繰り返してきた。

 彼らの不倶戴天の敵は魔物であり、使徒であり、魔人であり、ひいては魔王である。

 種の存続のために彼らは必然的に襲い来る魔物に抵抗し、あるいは自ら攻勢に出て数を維持し続けた。

 そうして戦う者達は経験を蓄えて強くなり、より強大な魔物を倒して自己と周囲の生存圏を維持する。

 

「ひ、怯むな! 心を強く持て!」

 

「う、うわああああ!!?」

 

 ……そうして強くなると同時に彼らは立ち向かう勇気を得る。

 人間の意地と言うべき力を獲得し、自らより強い相手にも矛を振るうことが出来るようになる。

 だがそれと同時に彼らは恐怖というものを忘れ、夢を見るのだ。

 

「ど、どうすれば……!」

 

「助けっ……!! あがぁ、う、あぁ……!! やめてぇ……!」

 

 強くなった自分。魔物を倒してきたという自負。より強い英雄のような他者。虐げられる現状──それらに駆り立てられ、彼らは進んで英雄への道を歩もうとする。

 

「やめでぐれえ゛ぇ……俺はまだ死にたくないっ……!!」

 

「逃げ、てくださ……隊ちょ──」

 

 それはいつも途中までは上手くいく。

 夢を語り、仲間を集め、意思を統一し、武器を取り、全員で立ち向かう。

 しかしある一点で人類はいつも壁にぶつかり、そこで屍山血河を作る。

 その壁こそが──魔人の存在だ。

 

「あーら残念。また大切なお仲間が死んじゃった。また助けられなかったわねぇ?」

 

「ぐ、お、おおおおおおおおお!!!」

 

「叫んでもだーめ。あなたの攻撃は私には通じませんっと。はい次はあなた」

 

「いやぁ……助けっ」

 

 また1人。人間が自らの蛮勇を後悔して死に沈む。

 それをなすのは魔王の血を与えられた大陸の支配者層──魔人だ。

 この時代の人類の最大組織である魔物討伐隊。かつての勇者が作り上げた“鋼の騎士団”は魔人メディウサと交戦し、1人ずつ丁寧に絶望を刻みつけられていた。

 

「こんの、クソ蛇がぁああああああああ!!」

 

「人間にしては速いけど全然ねぇ。あなたのその表情があるから退屈しないけどそうじゃなかったらあくびが出ちゃうかも」

 

 そして仲間の死を交戦開始からずっと見せられている鋼の騎士団の隊長スタークは、今も裂帛の気合を持って魔人メディウサに剣を振り下ろす。

 だがその剣は一度たりとも届かない。物理的な壁。何かの障壁に阻まれるかのようにその剣はメディウサに届かず激突してしまう。

 

「あれが……無敵結界……」

 

 遠巻きに騎士を率いて他の魔物と交戦していた鋼の騎士団副隊長のヴァルダは戦慄を止められない。

 魔人という理不尽な存在の理不尽な強さの一端。あらゆる攻撃を防ぐ無敵結界の存在に、彼らはぶち当たる。

 

 魔人と出くわしたら逃げろ──どんな時代でも言われ続けるその言葉の意味を知る。

 

 それなのになぜ逃げなかったのか。それは人間の意地か。魔人への恨みか。いずれにせよそれが誤った選択であると、いつも手遅れになってから気づく。

 

「なんでだ……なんで勝てねぇ……!! なんでオレの剣は……!!」

 

 人間は学ばない。いつも同じところで躓く。

 魔人という絶対的な壁を前に、誰もが膝を折って上位者からの沙汰を待つしかない。

 振り返ってみれば人間が魔人に勝てたことなんて殆ど存在しないのに。片手の指でも足りるほどの成功しかないのに。

 そんな英雄の中の英雄でさえ最終的には他の魔人に折られてしまうというのに。

 

「ざぁんねんでしたぁ。あはっ、良い表情だったわよ。まだ折れてないのも合格♡ これは長く楽しめそうねぇ……」

 

「っ!? ぐあぁぁ……!!」

 

 メディウサの恥丘から生える大蛇がスタークの鎧の隙間に入り込み、太腿に噛みつく。同時にメディウサは剣でスタークの剣を弾き、彼女を地面へと倒した。蛇が更に巻き付いていき、スタークが苦悶の声を上げる。

 

「お嬢……!!」

 

「そろそろむさいおっさんはいらなーい。キャロルちゃーん?」

 

「──了解ですわ!!」

 

「!!」

 

 スタークが倒れたのを見たヴァルダや他の隊員たちが助けに向かおうと身体に新たな勇気という名の燃料を与えるも、メディウサが声をかけるのと同時に鳴り響く発砲音と高い声。その持ち主に彼らは撃ち抜かれる。

 

「ぎゃあああっ!?」

 

「うあ……!」

 

「なんで……こんなはずじゃ……」

 

 女の子モンスターの群れに次々と鋼の騎士団の隊員たちが仕留められていく。精神的に動揺し、まとまりをなくした彼らは魔物将軍や魔物隊長を殺された魔物兵のように瓦解していった。

 そうして一思いに殺される幸運を得た彼らの上にはいつだって魔物が立つ。

 

「制・圧・完・了!! ですわー!!」

 

「ふぅ……やはり人間相手では……それも劣勢の人間を多勢に無勢で倒しても全く楽しくないな……立場が逆ならいいのに……」

 

「師匠は相変わらずっすねぇ……」

 

「でも確かにそんなに強くなかったわね~」

 

「なははー! トールたちの勝利!!」

 

 女の子モンスターの特別変異体のみで構成されるレオンハルト様親衛隊。

 魔人レオンハルトの使徒キャロルに率いられ、魔軍の中でも少数精鋭の特殊部隊として名高い彼女たちによって鋼の騎士団の多くの兵士が討ち取られた。

 もっとも彼女たちに殺されるのは人間にとって幸運なことである。特にこの戦場では、魔人メディウサという災厄がいるがゆえに。

 

「それじゃどこがいいかしらね。ん~~……あ、そこの建物なんて良さそう。それじゃ早速行きましょう、スタークちゃん♡」

 

「っっ、あ……!」

 

「あの~~メディウサ様?」

 

 メディウサが周囲の建物を見渡し、その中でも特に大きい家を見つけるとスタークを締め上げた状態でそこに向かっていく。その背に魔人レオンハルトの使徒であるペールが恐る恐る声をかけた。

 

「あら、何か用?」

 

「いえそのう……一応レオンハルト様から追討命令が出てましてですね。民間人はともかく、兵士に関しては1人も逃さないようにと指示が出されているのですが……」

 

「ああそう。ならペールちゃんたちやっといてくれる? 私はこれからお楽しみだから」

 

 このメディウサ軍の副官をキャロルと共に務めているペールは困り眉のまま、しかし笑顔は崩さずに愛想笑いを浮かべる。魔人と使徒の上下関係は絶対。使徒であるペールには色んな意味で魔人に楯突くことはできない。

 だからこそペールの返答は決まっていた。

 

「あはは……畏まりました。なら追討はこちらでやっておきますのでメディウサ様はごゆっくりお楽しみください──あ、それとこれで任務は終了なのでもうお戻りになっても結構ですよう!」

 

「あらそう。なら一晩ここで楽しんでから移動しましょうか。良い手際で助かったわペールちゃん。さすがはあのレオンハルトの使徒よね~」

 

「お褒めに預かり恐悦至極です~~それでは何かありましたら配下の魔物兵に申し付けくださいね~~」

 

「ええ。それじゃあね」

 

 メディウサとペールのやり取りに淀みはない。コミュニケーションエラーを起こすことなく、メディウサはスタークを連れてとある人間の家へと我が物顔で入室する。

 その背を笑顔で見送り、ペールは内心のみで溜息をついた。人間の運命に興味はないが気の毒だと感じる。メディウサに連れてかれる人間はいつだって同じ。最初は気丈。しかしすぐに悲鳴を上げ、苦しみに喘ぎ、死を望むようになり、途中で子供のように泣き叫び、最終的に音が鳴るだけの壊れた玩具になる。

 きっとあの人間もそうなるだろうと。そしてさらに先の未来を思えばより怖い。何しろ──

 

「あーあー……もう私は知りませんよう。まさかここまで舐められてるなんて……呆れとか怒りを通り越してもうペールちゃんは怖いです。果たしてどれだけお怒りになるかと思うと……」

 

 ペールは途中まで走らせた報告書の内容を改めて見て、自分で書いた内容に引いてしまう。よくもまあこれだけやらかしたものだと。

 何の罪もないが、これを報告しなければならないペールの方も恐怖を感じる程度には。

 

「ま、仕方ないです。このことは綺麗さっぱり忘れましょう。それではさようならですメディウサ様~」

 

 これにて任務終了。人間が綺麗さっぱりいなくなった鋼の騎士団本拠地でペールは見合わない明るく気の抜ける顔と声でその場から立ち去り、魔物将軍らに指示を出していった。

 

 

 

 

 

 何故、何故勝てないのか。

 魔人との戦闘に臨む多くの人間が思うことを、魔人カミーラもまた思っていた。

 

「おらおらおら!! 喰らえ!! 黒色──と見せかけて粘着地面! そして本命の黒色破壊光線!!」

 

「っ、ぐっ、あ……」

 

 大陸南部にある森の中。深夜にも関わらず辺り一帯を照らすほどの明かりが不規則に発生するその地は、魔人の中でも更に上位。元魔人四天王のカミーラと魔人四天王でありながら魔王ジルを裏切った魔人ガイの激しい戦闘が繰り広げられていた。

 

 上位魔人同士の戦闘ともなれば周囲の環境は耐えられない。木々は紙くずのようになぎ倒され、大地は裂ける。数秒前まで森だったその場所が魔人の放つ攻撃によって何もない原っぱになることなど珍しくもない。

 

 事実、魔人カミーラの疾走はあらゆる障害をないものとして標的を狩るのに十分な破壊力を持っていた。速さと力。純粋な身体能力による暴力に抗うことは難しい。同じ魔人であっても今のカミーラと同程度に速さと力を高レベルで同居させる存在は限られるだろう。

 

 かつて魔王すら退けた大陸の支配者。プラチナドラゴンの魔人であるカミーラの疾走はまさに覇者。龍の妃の進軍を何人たりとも止められない。

 ただ身体で当たるだけで人も魔物も木々も砕け散る。そこに指向性を持つ打撃や爪による斬り裂きを加えればあらゆるものは壊れる。ブレスを吐けばそこにある命は消失する。

 

 ──その筈なのに。

 

「うおっ、はあっ! 危ねぇっ! 回避!!」

 

「っ……! 何故当たらぬ……! 押しきれぬ……!?」

 

 ──魔人ガイは決して砕けず折れもしない。

 

 かつて魔人カミーラを魔人四天王の座から蹴り落とし、辱めを与えようとしたカミーラにとっての憎き相手。

 それでもその強さだけは遺憾ながら認めたのだ。自身がほんの少し強くなれば上回れるが、現時点では勝てないと──プライドを覗かせる認め方ではあったが、それでもカミーラにとっては自らの握りしめた手から血が流れるほどの屈辱だった。

 

 しかしカミーラは百年単位での研鑽を重ねて強くなった。カミーラが魔人の中で唯一認める魔人レオンハルトの協力もあり、その彼に認められるほどカミーラは成長した。

 

『流石だなカミーラ。やはりと言うべきか。お前の強さには無駄がない。お前が身に飾るどんな宝石よりもお前の強さは王道で、その強さは美しくすらある』

 

 一度。一度だけカミーラは自分がどれだけ強くなったか試すためにレオンハルトに軽い手合わせを挑んだことがある。その時に言われた言葉がそれで、カミーラは幾度となくその発言を思い返した。

 あらかじめレオンハルトが強いことは分かっていたためか、レオンハルトにいなされても嫌な気は不思議としなかった。それよりもレオンハルトの真実味のある真っ直ぐな言葉をカミーラは心に残している。

 

 ……そう私は強く美しい。私の強さに無駄はない。レオンハルトの言うように……! 

 

 内心で何度も何度も思い返す。レオンハルトは相変わらず自分を称えるのが上手い。思い返すと心に心地良いものが湧き上がるとカミーラは自覚する。レオンハルトを側に起き、褒め称えさせるととてつもない優越感が得られるのだ。

 

 そしてそんなレオンハルトとの10年に一度の湯浴みもカミーラにとっては楽しみの1つであったが、今回のガイの離反によってそのイベントは延期となってしまった。許すまじガイ。必ず八つ裂きにしてやろうとカミーラは更に強くガイを憎んだ。

 

『だがカミーラ。1つ留意してほしい。戦いは必ずしも王道を持つものが勝つとは限らない。無駄のないものが勝つとは限らない。むしろ完成された強さというのは相手に読まれやすいものだ』

 

『ふん……狡猾な相手を屠る術は心得ている。どんな罠も卑怯な手。小賢しい手管も力で踏み潰せばいいだけの話だ』

 

『それも間違いではない。だがもし力を持つ者がお前の言う小細工を弄した時はどうか俺の言葉を思い出してほしい。お前の身を案じる俺の言葉をな』

 

『…………いいだろう。他ならぬお前の言葉だ。記憶に留め置くくらいはしてやろう。もっともその言葉を思い出すような状況が訪れるかは疑問だがな……』

 

 カミーラはその言葉を今、思い出す。

 なぜならこの今。現在がまさにその状況だからだ。

 

「ぐうっ!!」

 

「ぐははは!! 鋭いがなまっちょろい攻撃だぞカミーラ!! おら反撃だ喰らえ!!」

 

 カミーラの鋭い爪による連撃に、ガイは速さで僅かに劣りながらも的確に回避。避けきれない攻撃は魔剣カオスや手甲で受け流し、魔法で牽制を放ち妨害を行う。

 それは一手で決着がつくような大技ではない。小技の積み重ねだが、その小技が少しずつカミーラの体力と精神力を奪い、カミーラを劣勢に追い込んでいた。

 

「傷が……回復しない……!! これが魔剣の力か……!?」

 

 そしてガイの持つ魔剣カオスは魔王や魔人。使徒も含めた多くの魔族に特効を持つ特殊な武器。

 それによって負わせた傷は小さなものでも再生し辛く、カミーラの体力を奪い彼女を苛立たせる。

 ゆえにガイは少しずつ有利を作り、隙を狙う。反対にカミーラはそれを理解しているがゆえに一切の油断ができない。頭でも本能でも理解していた。魔剣カオスの直撃を受ければ、自分もタダではすまないと。

 

「これがかつてレオンハルトと引き分けた力だというのか……!」

 

 そしてカミーラは更にガイの強さを理解する。認めたくはない。認めたくはないが、ガイは今まで戦ったどんな相手よりも狡猾な狩人だった。

 狩りを本能レベルで刷り込まれているドラゴンと同様。ガイもまた多くの魔物を屠り、時に人間すら相手にしてきた戦士としての経験から戦い方というのを熟知している。

 人間との戦い方。魔物との戦い方。個人での戦い方。集団での戦い方。格下との戦い方。

 そして自分よりも格上との戦い方も。

 

 今のガイは普段表に出ているガイよりも更にクレバーで何でもする。侮れない身体能力を持つカミーラの精神を逆撫でするためなら悪口だって言うし嫌がらせもするしチンコだって出す。

 相手の弱点を突くことを躊躇わない。相手の隙を常に作ろうとする。勝てないなら臆面もなく逃げ出すし、卑怯でも有効な手は即座に実行する。

 

 そして何よりも相手をよく見ていた。ガイがカミーラを明確に上回っているものがあるとすればそれは魔法の腕前や剣の技術だけじゃない──戦闘における知能指数。それが圧倒的に優れている。

 

「ぐははは!! 遅い! 遅すぎる! やっぱり大したことないなカミーラ!!」

 

「~~~~!! こ、のっ……!! 痴れ者が……!!」

 

 カミーラを再度挑発し、冷静さを更に失わせる。それによって更に攻撃の破壊力も速度も上昇し、ガイは危険を感じたが、それをおくびにも出さない。内心では──「危ねぇ!! この脳筋ドラゴン女!! 当たったら死ぬだろうが!! どんな馬鹿力だ!!」と悪態をついているが、表には殆ど出さない。直情的に動くように見えるガイだが、戦闘においては冷静だ。

 それでも余裕がなくなれば悪態も口をつくようになるが──逆に言えばガイはまだ余裕があった。

 元魔人四天王で強くなったカミーラを相手に、ガイは自分の方が総合的に強いと事実を冷静に思う。

 

「消えろ……!! 塵になれ……!!」

 

 ──“闇のブレス”

 

 怒りに狂ったカミーラの龍の咆哮。力が凝縮された暗黒の奔流がガイのいる地上に向けて放たれる。

 正しく魔人すら消し炭にしてしまうような油断できない威力。それを正しく認識したガイは受けることはしない。その気になれば受けることも出来るが、一々苦労するような手段をガイは取らない。躱して幻惑し、カミーラの懐に潜り込む。

 

「これで終わりだ!!」

 

「あ……」

 

 月を背にしていた筈のカミーラの背後に、ガイが魔剣カオスを振りかぶってそこにいる。

 回避も受けることも間に合わない。隙を完璧に突いた振り下ろし。

 それをスローモーションで見たカミーラは自身でも呆れるほどの間の抜けた声を出してしまう。

 怒りで我を見失い、ガイに付け入る隙を与えてしまったことにもそこで気づく。ガイの攻撃が致命傷になりかねないことも。

 

 怒り。憎しみ。悔しさ。そしてほんの僅かな恐怖。

 様々な負の感情が荒れ狂い、しかし肉体はそれを防ぐ術を持たない。気位の高いカミーラがただその時を待つことしかできない。

 

「これにて第一陣は決着、ですね──」

 

 そしてその瞬間を遠く、森の中で感じ取っていた魔人ガイの使徒バークスハムは目の前にいる使徒イヴやミシェーラを無視してそう呟いた。

 彼はここまでの未来もここからの未来も全て知っている。ゆえに理解っているのだ。魔人カミーラはここで──

 

「レオンハルト様の到着によって」

 

「!?」

 

「これは……!!」

 

「おっと。ようやくご到着だね」

 

 ──魔人カミーラは……ここで死なないということを。

 

 バークスハムがそう呟いた直後。イヴやミシェーラも。森から少し離れた場所で魔人レイでサッカーをしていたハンティも気づく。

 

 空気の流れ。乱れ。周囲の環境を一変させるその覇気。

 それが剣に乗って──

 

「ぬおっ!!?」

 

「!? 斬撃……? いや、これは……」

 

 ──魔人ガイとその間にある木々や空気もその背後にある僅かな雲も……何もかもを斬り裂いた。

 

 ガイはその衝撃を辛うじて魔剣カオスでガードするも吹き飛ばされる。そのまま森の中。地面に着地し、カミーラを仕留め損なったと思う前に今の攻撃の正体に苦虫を噛み潰しような表情を浮かべた。

 

「くそっ……! もう少しだったってのに面倒くさい奴が来やがった……! ──おいバークスハム!! どこにいるか知らねぇが監視してんだろ!? 俺はもう引くからな!! 返事は聞かねぇ!」

 

「──ええ。どうぞ撤退なさってくださいガイ様」

 

 互いの声が届いているわけではない。しかしガイはその場で大声をあげて懐から拠点に一瞬で移動することのできる帰り木を取り出し、バークスハムはそれを読み取って聞こえるはずのない返答を行った。

 

 直後──

 

「照らせ──“白夜”」

 

 夜の森が、斬撃の光に照らされた。

 

「な、なんだ!?」

 

「撤退! 撤退だ! 後方より撤退命令!! すぐに引け!!」

 

「魔法の光か何かか!?」

 

 森にいた魔物兵の多くがその現象に驚きながらも後方から飛んでくる魔物隊長らの声に従って引いていく。今の光は魔法なのかと。

 だがそれは決して魔法や超常現象の類ではない。神が降臨したわけでも悪魔が出てきたわけでも魔王が何かしたわけでもない。

 それはただの剣技。光の正体は一個人で為せる技術。

 

 ある魔人の娘が使う“白光”という剣の奥義。光の如き速さで居合を行うその絶技は雷の魔法すら切断してしまうまさに絶技だ。

 

 だがその達人の親であり師である魔人は更に上を行く。その“白光”を、真空波に。遠くまで届かせる斬撃として放ち、その軌道にある全てを一瞬だけ照らした。

 極僅か。光の発生からほぼ同時だが僅かに遅れて斬撃はその者に届く。光に照らされ、その姿を感じ取られ。

 

「──そこか」

 

「ッッッッ!!?」

 

 次の瞬間、その魔人自身も踏み込み、刹那の如き速度でかの魔人に肉薄した。

 距離を一瞬で詰められた魔人ガイがそれを防げたのは一度彼と戦った経験があるからだろう。そうでなければ何が起きたかも分からずに斬り捨てられていた。

 

「──久しぶりだな……ガイ」

 

「っ……いきなりすぎるだろこの化け物が……!!」

 

 魔剣カオスに全力で力を込め、鍔迫り合いを行う。人間の頃とは違い身体能力が強化されているため禁呪を使わずとも力で一方的にのされることはない。ないが──ガイは禁呪無しでは勝てないと既に逃走を目標にし、そのための策を実行しようとしていた。

 そしてその場から少し離れた場所に着地した魔人カミーラもまたその姿を見て、その名を口にした。夜の森に降り立つ世界最強の剣士。魔人筆頭にして魔軍参謀であるその金髪灼眼の男の名を。

 

「レオンハルト……」

 

「少し遅くなっ──」

 

「“光爆”!!」

 

「!? ──ガイ貴様!」

 

 その魔人レオンハルトに対し、ガイは何一つ待たなかった。即座に光魔法の光爆によって目眩ましを行い、距離を取ると再び帰り木を手に取って即座に折る。

 対してレオンハルトはそれをあえて防ぐことなく見送った。結果、ガイの姿はその場から一瞬で消えてしまう。どこにいったのかも分からない。ガイが定めた拠点はガイ派に内通しているガウガウの魔道具“グリーンアイ”でも掴めていなかった。

 

「……逃げられたか」

 

「みたいだねぇ」

 

「!」

 

 レオンハルトが白々しくもそう呟いた直後、今度はレオンハルトの側にハンティが現れる。既に第二形態である竜人状態を解除していたハンティにレオンハルトは動じることはない。

 

「レイはどうなった?」

 

「ガイにはほぼ負けだったから適当に転がしておいたよ。まあまだ勝手をする可能性もあるけどしばらくは大人しくするんじゃない?」

 

「そうか。ご苦労。他の戦線も問題ないようだがお前は本陣に戻ってリー達を手伝え。一度撤退するぞ」

 

「あいよ」

 

 短いやり取り。だが魔人と使徒の勝手知ったる仲であり、ハンティは特に異論を挟むことなくすぐにその場から消える。

 そうしてようやくそこでレオンハルトはカミーラに向き直った。

 

「カミーラ」

 

「!」

 

 名を呼ばれ、そこでカミーラは身体を跳ねさせる。普段はレオンハルトがカミーラを慮って尊重しているがゆえ意識することのない圧倒的格上である魔人の威容を感じ取る。

 そのことが僅かながらカミーラのプライドを刺激する。……あのまま続けていれば自分は負けていた。そして、その窮地をレオンハルトに助けられた。屈辱にもほどがある。幾らレオンハルトと言えど、敗北した自分の姿を見られるのは気分が良くない。2度目といえど慣れることはないと──

 

「……勝負を終えたものに対してかける適当な言葉はあまり多くない」

 

「レオンハルト……幾らお前でも陳腐な慰めの言葉を吐くようなら……」

 

「わかっている。だから1つだけ言わせてもらう」

 

 レオンハルトが息をつく。安堵するかのように。普段はあまり見せない魔人然としていない。少しの人間らしい憂いを帯びた表情で。

 

「無事でよかった」

 

「……!」

 

 ──ただカミーラの無事のみに小さな喜びを見せた。

 

 言ってしまえば、ただそれだけのことだった。レオンハルトからすればカミーラが死んでしまうようなことになれば色々と問題があるため、心情的な意味以外の部分も多分に含んでいる発言だったが、一応本気で心配していることには変わりないが、それでも大した発言ではない。

 

 だからその時、カミーラの心に()()()()()()()()()()()()()()()()()()積み重ねによるものだろう。

 

(なんだ……? 今私は何を思った……? レオンハルトに無事でよかったと言われ……嬉しく感じたのか……? たったそれだけのことで……?)

 

 カミーラは自分に起きたことがあまりにも唐突かつ突飛だと思っているがゆえに自覚できず困惑の最中にいた──が、客観的にそれは唐突でも突飛でも何でもない。

 2000年以上の積み重ね。パーフェクトコミュニケーション。カミーラの好みに合致し続け、湯浴みなんかも行い、更に二度の自分の身を助けられるというシチュエーション。

 それはベッタベタの吊り橋効果を匂わせるシチュエーションだったが、水滴も2000年以上も続けば宝石すら穿つ。穿ってしまった、と言うべきか。

 

「撤退するぞ。ガイがいなくなった今、ここに用はない」

 

「レオンハルト……(まさか私は……)」

 

「? どうかしたのか?」

 

「…………いや、何でもない……それよりこっちをしばらく見るな」

 

「……ああ(やはりガイに敗北したのはカミーラのプライドを酷く傷つけてしまったか……機嫌を取る必要があるな……気は進まないがまた占い師に頼むか……あるいはいつもの宝石か……)」

 

 そうしてレオンハルトはカミーラを背に伴って森を後にする。地味にすれ違いを起こしていたが──それとは全く関係なくガイ派を討伐する魔軍の第一陣は一部の人間勢力の打破という結果を持って撤退することになった。




お久しぶりです。なんか書きたくなった。一応GL期はもう終わるはずなのに待たせてすまん。次回はお久しぶりのジル様。そしてある魔人の話です。お楽しみに。

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