※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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首絞め

 

 約1000年ぶりとも言える魔軍による戦争行為。

 その第一陣は多くの人間の撤退と幾つかの拠点の制圧。そして魔人ガイが姿を消したことで一時撤退することになった。

 

「なあ、戦争ってこんなもんなのか? 普段の人狩りとあんま変わらなくね?」

 

「いや他のところは結構ドンパチしたらしいぜ。特にガイ様が現れたところは結構被害が出たとか」

 

「うへぇ。そっちは確かにキツそうだよな。人間と戦うのはいいがガイ様やバークスハム様と戦いたくはねぇなぁ……」

 

 多くの魔物兵にとっても初めて経験する戦争だが、それが思ったよりも小規模かつ拍子抜けするような内容だったことは彼らにとって良いことでもあり悪いことでもあるだろう。

 しかし魔物兵が拍子抜けするのも無理ない。実際、この戦争は魔王ジルによるお遊びなのだ。

 求められるのは人間の確実な滅びではなく、ガイや人間を出来るだけ苦しませること。ゆえに軍を分け、戦いが成立するようにあえて不利な状況で臨んでいる。

 

 そうしなければ戦争が成立しない。ジルが楽しむこともできない。

 だから戦争がこんなものなのかという魔物兵の感想は正しかった。実際に魔軍が本気を出して大勢の人間と戦うような戦争はこんなものではない。

 もっとも今のあらゆる国家と文明が破壊された人類にその力は残っていないため、本物の戦争が起こることは決してない。

 

 ……しかし戦争という形を取り、魔軍を動かしている以上は軍の指揮官としてしっかり仕事をしなければならない。

 

 ゆえに魔軍参謀にして魔人筆頭である魔人レオンハルトは魔王ジルへ報告を行うため魔王城へ登城していた。

 

「──来たか。レオンハルト」

 

「は。魔人レオンハルト。御身の前に参上致しました」

 

 謁見の間。普段ジルがあまり使うことのないその広間で魔人レオンハルトは臣下の礼を取りながら主ある魔王を仰ぎ見た。相変わらず魔が人の形をしたような威容。長い水色の髪に白い肌。全てが光り輝くような魅力を放ちながら、只人が見ればそれだけで生命活動を停止しかねない魔性を持ち合わせている。

 その真っ黒い手足に掴まれたら性欲を感じるより先に死を覚悟するだろう。魔王とはそういう存在だ。

 

「して、ガイはどうだった?」

 

「はい。魔人ガイは魔人レイや魔人カミーラと交戦後に逃走し、再び行方を眩ましております」

 

「ふ……逃げたのはレオンハルト。お前が現れたからだろう。奴は相当お前に怯えているようだな」

 

「否定はしませんが、目的が違うため私と戦うつもりはないのでしょう。ガイの目的はあくまでもジル様を打倒すること。私と戦っていては目的の達成が困難になると考えている。そのため戦力を減らしながら自分たちの損耗は回避する。そのような戦略の下で動いていると思われます」

 

「ふ、そうか」

 

 レオンハルトの報告にジルは機嫌良く応じる。ガイが不可能な目的を設定して四苦八苦しているであろう姿を想像し愉悦している。ゆえにこのようなことで苛立つことはない。

 だが代わりに苛立つのはジルの側に控える一体の魔人だ。

 

「──ガイめ……ジル様に対して何たる不敬な……!」

 

 岩のような肌を持つローブを着た巨漢──魔人ノスが不満を露わにする。

 魔王ジルの信奉者であるノスは反旗を翻そうとするガイに対し、憎しみにも近い嫌悪を抱いていた。レオンハルトに次いでジルの寵愛を受けているにも関わらずジルを倒そうと目論むとはノスの価値観では絶対にありえないことである。

 ゆえに可能であれば今すぐ自らの手でガイを誅殺せしめたいと考えていたが──

 

「……………………黙れ」

 

「! は……不躾にも口を挟んでしまったことお許しください」

 

 ジルは僅かな視線と短い言葉でノスを黙らせる。ジルは配下の魔人には興味がない。それはノスに対しても同じで、多少は力があるのと忠誠心が高いので使ってやっているが毛ほども好感を持っていない。

 ジルが興味を持つ人物はレオンハルトにガイくらいのもの。それ以外の魔人は有象無象に等しい。ゆえに勝手な発言はジルの機嫌を損ねるとノスもまた理解していたが、高すぎる忠誠心とガイへの怒りからつい声を上げてしまった。そのことをジルに注意されたことで戒め、再び側に控えたまま押し黙るノス。

 レオンハルトもあえてそれに言及することはしない。その必要もない。

 

「現在第13人間牧場に本陣を構えておりますが、敗北したカミーラとレイを下げて別の魔人を新たに招集。軍を再編し魔物討伐隊の拠点を襲撃。ガイを捜索する予定です」

 

「ふむ……ならその軍に私も参加する」

 

「……ジル様自ら動くというのですか?」

 

 唐突な主からの参加表明にレオンハルトはやや間を取った驚きを示す。

 魔王ジル自身が命じたガイと人間を嬲れという命令だが、ジルが参加すればその目的は達成し辛くなる。戦いになどなる筈がないからだ。

 ゆえにレオンハルトは確認もかねて問い返したが、ジルもまたレオンハルトの問いかけの意味は理解していた。

 

「久しぶりにガイの顔を直接拝んでやりたくなった。安心しろ。私が直接出ることはない。適当に姿を見せて待ち構えていればそのうちガイの方から姿を現すだろう。お前の言う通り、あいつの目的は私なのだからな……くく」

 

「……承知致しました。全軍に周知させておきます」

 

「ならばジル様……! 私にも参陣の許可を……!」

 

「好きにしろ。──レオンハルト、伴をしろ。湯浴みを行う」

 

「畏まりました」

 

 ジルはレオンハルトの杞憂を晴らすべく目的はただの愉悦だと口にし笑みを零す。そう、結局のところこの戦争はそれだけが目的。ガイが苦しむ様をジルは見物しに行く。そのために散歩でもしに行くかのような気軽さでジルはガイ討伐軍への参陣を決める。レオンハルトもまた異を挟むことはしない。

 そうしてジルが立ち上がると直後にノスから声が上がるが、ジルはそちらに見向きもせずに許可を出すとレオンハルトを伴って玉座の間を後にした。

 

 ──そうしてジルはレオンハルトと共に専用の浴室へと入ると、レオンハルト自らの手でその長すぎる髪や身体を洗わせる。

 

「ふ……レオンハルト。ここ数百年で私の身体を洗うのにも慣れてきたようだな」

 

「……何度もしているので当然でしょう」

 

 自らの持ち物であるレオンハルトに身体を洗わせ、好きに快楽を貪ることに悦楽を感じるジルはレオンハルトの手つきがジルの好みに合致していることに更に気分を良くする。

 ……だが実のところレオンハルトが女の身体を洗うことに慣れ始めているのは別の女の、魔人カミーラとの10年に1度の湯浴みで身体を洗わされているせいでもあるのだが……さしものレオンハルトもそれを口にするのは余計な発言を超えた核爆発級の地雷であると理解出来たため何も言わない。ジルでなくとも他の女の話をこのタイミングでする筈はなかった。

 

「んっ……いいぞ……はぁ……ふふ……♡」

 

 ゆえにレオンハルトはほぼ無心でジルの身体を洗う。その肌はすべすべなんて陳腐な言葉で形容していいか疑問なほどに心地の良いものであり、最高品質の石鹸と擦り合わせた上でジルと包容すれば否応なしに剣は唆り立ち、常人であれば雄に生まれてきてよかったと神に感謝するほどの極上の快楽を得ながら精を吐き出すだろうが、レオンハルトはそうはならない。快楽は感じるが、理性を崩すことなくジルの大きく形の良い乳房やこの世で最も美しい曲線を描く腰つき。長い手足もしっかりと洗っていく。

 そうしてジルが悩ましい声をあげてもレオンハルトは臣下として尽くし続ける。あるいは愛人として、だろうか。魔王であるジルがそう望むのであればレオンハルトは自分の感情を無視してそれを実行する。極めて優秀な愛人としてジルの側に侍り、ジルに最高の快楽を与えるのだ。

 だがもっとも、レオンハルトがジルを嫌悪しているかといえばそうでもない。レオンハルトのジルに対する感情はとても一言で表せるものではなかった。

 

「どうだ、気持ちいいか?」

 

「ああっ……♡ いいぞレオンハルト……♡ やはり……お前を超える雄はこの世に存在しない……♡ んっ♡」

 

 閨においては敬語を使うな──ジルの命令に従い、レオンハルトは素の口調でジルの尻を背後から突き上げる。ジルが命じた体位。浴室の壁にジルを押し付けて獣のようにまぐわう。

 女性の黄金比を形どるジルの肢体は今、レオンハルトの腕の内にあった。人間相手には本気を出せば殺してしまうこともありえるが、相手はジル。魔王であり手加減する必要は全くない。ジルの形の良い臀部に何度も腰を叩きつけてその腰を掻き抱き、背後からでも僅かに覗く胸を揉み乳首をつねりあげ、最後にはジルの注文通りにその首を掴む。

 

「っっっっ♡ あぐっ……♡ はっ♡ っ、ぁ……♡ イイ、ぞ……♡ そのまま、もっと力を……強く……っっっ♡」

 

「ああ……そろそろイクぞ……!」

 

 行為の最中に首を絞める。ジルが好きなやり方だった。レオンハルトの絶妙な強さの首絞め──もっともそれは万力の如きものでジルでなければ握り潰されるようなものだが──全力ではなくジルが好きな強さで絞めることでジルの表情が快楽に染まる。

 同時にジルの極上の腟内が収縮してレオンハルトの剣を締め付け、精を絞り出そうとする。さすがのレオンハルトもこれには抗えない快楽を感じるが、それでもギリギリまで性感をコントロールし、ジルが欲しがる絶好のタイミングでジルの腰に自らの腰を全力で執拗に押し付けてやる。するとジルも自ら腰を押し付ける。快楽をどこまでも貪り食おうとするその様は限界である証明。ゆえにレオンハルトはそのタイミングで──精を注ぎ込む。

 

「っっっっっっ~~~~~~~~~~~♡♡♡ かっ、はっ……♡ ァァ……♡」

 

「くっ……は……!」

 

 ジルの喉から声にならない絶頂の声が漏れる。

 それはまさにジルにとって絶頂のタイミング。最高に気持ちよくなるギリギリの瀬戸際。あとほんの僅かにでもキッカケを与えられれば絶頂するというタイミングで、腰を押し付けられて熱い精をこれでもかと膣の最奥に。子宮に注がれる。表面張力でギリギリまで注がれたコップの中の水に、ホースで水を注いで溢れさせてしまうように──ジルの官能は射精によって引き金を引かれて絶頂へと導かれた。

 

 その快楽にこそジルがこの1000年間、全く飽きが来るどころかドハマリしてしまう理由がある。この世の至上の快楽──イキ狂う。狂う、なんてことは魔王であるジルの耐性から陥ることはないが、それでも足はガクガクと震え、全身が痙攣し、目の焦点は合わず、舌を出しながら、背筋を弓のように思いっきり反らしながらイクほどにはジルが感じている快楽は凄まじい。

 

 対してレオンハルトもまたジルという極上の女を出して精液を注ぎ込むのは単純な快楽の量としては許容量をさすがに超えていたが、我を忘れることはない。

 

 理由は経験と精神的なものだろう。

 

 レオンハルトは人間時代から数えて100万回を優に超える性経験を持つ。あらゆるタイプの文字通りの意味でのその時代の絶世の美女を抱き、自らの下級使徒に加えて侍らせ、聖女の子モンスターなどの特別な女の子モンスターすら夜を共にし、使徒は当然ながら魔人とすら恋人関係になっている。

 そして何よりも魔王との性交渉はジルが初めてではない。

 

 ゆえに雄が得られる快楽の最大値──あくまでレオンハルトがそう思っているだけのものだが──最上の性感というものをレオンハルトは既に経験している。

 

 もしそうでなければレオンハルトはジルに溺れてしまっていたかもしれない。

 だがそうはならない。なぜならジルですらレオンハルトにしてみれば劣っているから。

 

 相手がジルとはいえあえて比べるようなことはしないが、それでも度合いはどうしたって生まれてしまうもの。レオンハルトが耐えきれているのはその証左に他ならない。

 

「あァ……♡ 相変わらず、お前は最高だな……♡」

 

「……望むならいつも通り、何度でもしてやる」

 

 互いの絶頂が落ち着き、快楽の大波が引いてもジルの瞳は未だ色欲に塗れている。これもいつものこと。1回や2回で終わるはずがないのだ。大抵は一晩中、これが続くことになる。

 

 ゆえに再びレオンハルトはジルを責めながら、いつも通り行為の最中に会話や報告。そしてお願いを行った。魔王と魔人筆頭としてのやり取りはいつも閨で行われる。先程のような謁見の間で仰々しく報告を行うようなことは極めて珍しい。

 

「ジル様。1つ頼みが……」

 

 そして快楽に蕩けているジルは大抵のお願いは聞き入れる。そもそもジルにとってレオンハルトほど価値のあるものは存在しない。ゆえに行為の最中であろうがなかろうがさほど違いはない。レオンハルトの頼みはどうでもいいと切り捨てられる形で聞き入れられた。

 

 

 

 

 

 ──その魔人は戦争を終えた。

 

「ん、ん~~~~久々に外に出て働いたわねぇ。やっぱり私も使徒でも作ろうかしら。いつになるかわかんないけど便利な奴がいいわよね」

 

 魔王ジルの命令と魔軍参謀レオンハルトの招集によって編成された魔軍。

 それを率いる魔人の一体としてつい先日まで働いていた魔人メディウサは新たに調達した玩具を連れて自らの管理する人間牧場。そこにある自身の屋敷へと帰宅した。

 肩を軽く鳴らし、伸びをするメディウサに疲労の色は全く見えない。むしろ趣味によって存分に発散したことで血色はいつも以上に良かった。

 そして傍らには服を剥かれ、首輪をつけられ、全身に凄惨な傷を負い、虚ろな目をした……見るも無惨な姿となったブロンドの髪を持つ人間の女戦士がいた。

 

「はな……せ……やめ、ろ……あたし、はぁ……ぁ……」

 

「ふふ、まだちょっと反抗的なところを見せるなんて可愛いわね。やっぱ連れてきて良かったわ。これならもう少し楽しめそうだし……ってことでここが今日からあなたの家よ。スタークちゃん♪」

 

 それでもあと数日が限度でしょうけど──と、メディウサはスタークの様子を見て舌なめずりを行う。

 鋼の騎士団の本拠地を落としてから丸一日。メディウサをスタークを可愛がった。

 移動する必要があって3日挟んだあとにまた1日。帰還の許可を得たので出立する前にまた1日。移動しながら休みを挟みつつ楽しみ、合計で約1週間。

 それはメディウサの趣味で消費される人間としては最高記録だった。その理由をメディウサは唐突に思い出す。

 

「そういえばあなたの部下が言っていたけれどあなたってクエ……なんたらっていう勇者の子孫なんだっけ? よく知らないしどうでもいいけどすごく強かったとか。だから血筋的に精神力が強いのかしら。ここまで長持ちする子は初めてよ」

 

「っ……ぁぁ……」

 

「っと。気絶しそうになっちゃってるわね。ごめんね~気づかなくて。このあとまたすぐに起こしてあげるから。それからまたお喋りしましょ」

 

 勇者というものが何なのかよく知らないメディウサだが、先日襲った人間の隠れ里ではかなり尊敬されているようだったので人間にしてはそれなりの人物だったのだろう。さほど興味はないが、暇つぶしの話の種としてはそこそこ。ベッドに着いたらスタークを起こしてもう一度聞いてみようとメディウサは屋敷の扉を開く。

 

「あら?」

 

 しかしそこで異変に気づいた──出迎えがない。

 いやそれどころか人や魔物の気配も感じない。いつもならメディウサが飼っている人間たちが恭しく出迎えてくれるというのに。

 

「おっかしいわねぇ。全員寝てる? いや、そんなわけないか……もしかして逃げちゃったかしら」

 

 だがそんな異常事態でもメディウサは呑気なままだった。動じるようなことではないと。

 

「ちょっと~~誰かいないの~~?」

 

 屋敷に務めている魔物隊長や魔物兵でもいないかと声を少し張り上げるも返事は返ってこない。そこでようやくメディウサが不満そうな表情を浮かべる。

 

「もう、面倒くさいわね。…………ま、いいわ。そのうち誰か来るだろうし先にベッドで遊ぶとましょう」

 

 だがそれでもメディウサは普段通りだった。それも無理もない。

 いなくなった人間はまた刈り取ればいい。魔物隊長も魔物兵もまた呼べばいい。代わりなんて幾らでもいる。大陸の支配者である自分たち魔人が憂慮すべきことなんて何もない。好き勝手に生きるだけなのだ。

 

「着いた。さ、それじゃ始めましょ──スタークちゃん♡」

 

「ぁ…………」

 

 それでもこの状態がお楽しみが終わった後も続いているようならさすがのメディウサも屋敷を出て牧場で働いてる誰かに声をかけるだろうが、今は自分のお楽しみを優先した。

 自室の扉を開け、綺麗になった内装を見て満足そうに頷く。──掃除はきちんとされてるわね。死体も肉片も転がってないし、と。

 

 これなら遊ぶのに何の支障もない。メディウサはスタークに再び蛇を巻き付けようとし、嗜虐的な表情で睨めつける。再び凄惨極まりない凌辱が行われようとしていた──

 

「──遅かったな……メディウサ」

 

「!!? …………レオンハルト?」

 

 ──が、その直前。部屋の隅から聞き覚えのある声を聞いてメディウサは一瞬身体を跳ねさせ、しかし相手が見知った魔人であると知ると疑問符を浮かべた。

 

 暗いメディウサの部屋の端。メディウサがほぼ使うことのないお茶を飲むようの丸い椅子とテーブルに腰掛け、足を組みながら本を読んでいた魔人レオンハルトはそこで本をパタリと閉じると視線をメディウサに向ける。気配を消していたのか、メディウサは声をかけられるまで全く気づくことができなかった。

 

「なんでここに? というかもしかして私の屋敷に誰もいないのってあんたのせい? どういうつもり?」

 

「……どういうつもり、か。その言葉そっくりそのまま返そう──メディウサ、どういうつもりだ?」

 

「はぁ? 意味が分からないんだけど。何の話よ」

 

「契約の話だ。以前俺に寄越したルナという人間の女……精神的に参っていた。妹を目の前で殺したそうだな?」

 

「ルナ……? ん~~……悪いけどあんたに渡した人間のことなんて多すぎて一々覚えてないのよねぇ。どんな子?」

 

「長い黒髪に切れ目。目の下に黒子がある。身長は170cmで胸は大きい女だ」

 

「…………あ! はいはい、確かにいたわね。そういえばそんなこともあったわね。でもいいでしょ? かなりの美人だったし、私も手を出そうと思ったけどあんたとの約束のためにやめといたんだから」

 

「俺との契約は心身共に無傷な女に限ると言っていた筈だがな」

 

「そうだったっけ? でもまあ精神的なって言ってもほら、多少は怖がったりするのは無理ないじゃない? 別に痛めつけたりしてないんだから大目に見てよ。次からは気をつけるから」

 

 ──メディウサは気づかない。契約に反していたこと。レオンハルトが普段よりも、恐ろしいほどに静かな気配を漂わせていることにも。

 

「…………そうか。なら次だ。今回の戦争の件だが、俺からの命令は作戦中に遊ばないこと。特に戦いの最中に人間を捕らえてお前の趣味に使うことは認めないと俺は言った筈だな?」

 

「げっ……あー……そういえば言ってたわね。でもほら、一応ちゃんと戦ったしすこ~し戦利品を物色するのも士気を維持するのに必要じゃない? ちゃ~んと人間の強い隊長? もこうやって仕留めてきたんだし」

 

「ぅ……ぁ……」

 

 メディウサが首輪を軽く引っ張って戦利品であるスタークを見せつける。スタークは床に顔を突っ伏したまま、虚ろな目で呻くのみで反応を返さない。

 それをレオンハルトは冷たく見下ろし、すぐに視線をメディウサに戻す。

 

「……人間を仕留めたことはなるほど。手柄と言っていいだろう。だが命令違反は命令違反だ。お前は何度、俺の命令に背いた?」

 

「手柄で帳消し──ってことにはならない? ならないわよねぇ……はいはい。わかったわよ。ならまた好きなだけ持っていきなさい。私が悪かったわ」

 

「…………呆れたな。ここまで言ってまだ気づかないか」

 

「? 気づかないって何のことよ」

 

 ──メディウサは気づかない。今回の戦争が、メディウサにとって最後のチャンス。生き残るために垂らされた最後の救いの糸だったことに。

 

 そしてその糸は既に断たれている。魔人レオンハルトはそこで椅子から立ち上がり、メディウサに向けてゆっくりと歩を進めた。

 

「俺がここにいる理由。屋敷から人も魔物も消えた理由。そして……これからお前が死ぬ理由に」

 

「……………………は? 何よそ──!!?」

 

 ──そこでメディウサは初めて気づく。

 レオンハルトから放たれる莫大な力の気配。圧迫感。殺気に。

 親交の深いケイブリスが放つ恐瘴気よりもまた別種の恐ろしさ。人の心を折り、恐怖を与える魔の気配が目の前の魔人から放たれたことに。

 そしてようやく事態が自分の想定よりマズイことになっていることに気づく。冷たい汗がメディウサの額を濡らしていた。

 

「ま──待ってよ!! どうして私が死ななきゃならないの!?」

 

「契約違反。命令違反。そして俺を怒らせたことだ。これ以上の理由が必要か?」

 

「そ、それは……だから悪かったってば! 次からは気をつけ──」

 

「黙れ!!」

 

「っっっ!!?」

 

 メディウサの焦った末に出た発言に許容の範囲を超えたレオンハルトが声を張り上げ、メディウサの首を素早く掴み持ち上げる。メディウサは反応したが、それでも抵抗する余裕は与えられない。万力のような力で掴み上げられ、メディウサの顔が青く染まり、苦しみに喘ぐ。

 

「っ、ァ、ァ……!」

 

「次……次だと!? メディウサ……メディウサ……!! 俺がお前に何度次の機会を与えてやったと思ってる……!!? ──1000年だ……!! 1000年間、俺は我慢した……お前を評価してな……!!」

 

 メディウサの恥丘から生える大蛇が拘束から逃れるためにレオンハルトに襲いかかる。だがレオンハルトはその蛇の根本を左手で掴み上げると、そのまま膂力だけで思い切り引っ張り──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アアアアアアアア゛!!!」

 

「お前の趣味なんてはっきり言ってどうでもいい……!! 俺には理解できない趣味だが魔人である以上、人間を苦しめるという根底は同じ。その点をどうこう言うつもりはない……!!」

 

 夥しい出血。血飛沫が上がり、返り血に濡れながらレオンハルトは怒りをぶつける。メディウサの喉から漏れ出る悲鳴もレオンハルトの手を緩める理由にはならない。

 

「お前は暴虐を躊躇しない魔人としての価値があった……!! だから個人的には気に入らなくともお前には利用価値がある……!! だから何度も目を瞑ってやった……!!」

 

「が、ハ……や、め……て……! いだい゛ッ……! だずげ……」

 

「今回お前を招集したのも同じだ……!! 契約違反を犯したお前だが……それでも俺の命令に忠実に従うなら、暴力装置としては使える……!! 人間に怒りや憎しみを抱かせる存在……!! 汚れ仕事を担わせるのにお前という存在は都合が良かったからだ……!!」

 

 そう。それこそがレオンハルトがメディウサを殺さなかった理由であり、メディウサに対する混じり気のない素直な評価だ。

 趣味が合わないなんて個人的な価値観は二の次。そもそも魔人である己からして人にどうこう言えるような生き方をしていないレオンハルトは他者の暴虐に一々口を出さない。

 だからこそメディウサに求めるのは魔人として人間を苦しめる存在としての価値だった。魔人とて十人十色。人を苦しめることを好まない者もおり、それが得意でない者もいる。

 だがメディウサは違う。メディウサは放っておいても人間を苦しめ、その暴虐を撒き散らす。リスクはあるが、上手く使うことが出来るなら使えないこともない。レオンハルトの命令を聞くのであれば暴力装置としては優秀であるとレオンハルトは認めていた。

 

 だが、利用出来ないと判断した。

 

「だがお前は俺の命令を聞こうとしない……言う事の聞かない暴力装置など俺には必要ない。そうなればお前という存在は俺を苛立たせるだけの害虫に等しい生き物だ。生かしておく必要性がどこにある……!!!」

 

「ごべ、ごめん、なさい……ッ。あやま、謝るがらァ……やめで……!!」

 

 怒りを込めてレオンハルトはメディウサの首を締め続ける。逃がしはしない。メディウサも最初は抵抗しようとしていたが、蛇を引き千切られて壁に叩きつけられてからは抵抗は無駄だと思い知った。今は痛みに喘ぎながら必死の謝罪を行おうとしている。まだ生きているのは曲がりなりにもメディウサが魔人であるからに他ならない。

 

「命乞いは自由だ。だがそれを上位者が聞き入れることは決してない。お前も魔人ならわかるだろう。──魔人がこうして暴力を振るっている最中に考えるのは己の欲を身勝手に満たすことだけ。目の前の下等生物の命乞いなど興を満たす囀りにしか聞こえない」

 

 しかしその命乞いも謝罪もレオンハルトは聞き入れない。とうにその段階は過ぎている。

 

「拷問は好きじゃないがジルのおかげでこの1000年、俺は他者をどうすればより苦しめられるかを学んだ。これからそれをお前の身体で試す」

 

「いや……っ……! やめ、で……死にたくない……!」

 

「実のところ俺は憎んだ相手を拷問した経験がない。あるいはこれで少しはお前の気持ちがわかるかもしれないな」

 

「いや……お願い……っ……だすけて……」

 

「お前のために3日ほど時間を作ってやった。人払いを済ませたのもこのためだ。邪魔は入らない。ハンティ、そこの人間を運んでおけ──さあ始めるぞ」

 

「やめっ──あっ、あああああああああああああああああアアアアアアァァァァ…………!!!」

 

 ──悲鳴と慟哭が屋敷に木霊する。

 三日三晩。この世の痛みと苦しみ。負の感情が凝縮されたかのような苦痛の嘆きは響き続ける。

 

 そして四日目の朝。

 

「……終わったかい?」

 

「あ、レオンハルト様! お疲れさまですよう!」

 

 屋敷の前に迎えに来た使徒のハンティとペールは血塗れになったレオンハルトを、真顔と笑顔の両極端な表情で出迎えた。

 

 そしてレオンハルトの顔もまた変わらない。ただ疲労の色だけがそこにあり。

 

「どうでしたか?」

 

「……やはり()()()()()趣味が合わん。さっさと献上して城に帰るぞ」

 

「はーい」

 

「そんじゃ移動するよ」

 

 懐から取り出した赤い球──魔血魂を何とも言えない表情で見下ろしたレオンハルトは、ペールと共にハンティの瞬間移動によってその場から消える。後に残ったのは凄惨な拷問の跡とやるせない気持ち──そうしてその日、魔人メディウサはこの世から完全に消滅した。




今回はここまで。読み返したらこの魔人、結構同族やってる気がするけど直接手を下すのはギリウムくん以来だったりして面白いなと思いましたまる。
次回はランス10で言うところのターントップというか準備フェイズです。お楽しみに。

感想、評価、良ければよろしくお願いします。
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