──GL1003年。
魔人ガイが魔王ジルの下を離れて既に3年が過ぎていた。
最初はただガイが離反しただけと思われていたそれもガイが1年以上をかけて魔物討伐隊を束ね、人間牧場を襲ってからガイの行動はただの離反ではなく敵対行為とみなされ、いつしかそれは戦争と呼ばれるようになっていた。
ガイを討伐するために1000年振りに編成された魔軍は各地で人間の隠れ里を襲い、少しずつ、しかし着実に魔物討伐隊を狩っていった。
だがそれでもガイ派の本隊は狩られることなく生き残っていた。
「今日の被害はどうだい?」
「は……また里が1つ潰されましたが、そこに張っていた27名の構成員が行方不明。おそらく死亡したと思われます」
「はぁ、またかい。困ったね。雑兵もタダじゃないし教えを受けた構成員は貴重なんだけどねぇ」
──大陸東部のとある迷宮に隠された人里。
そこは魔物討伐隊“影の楔”の幾つかある本命の隠れ里の1つであり、棟梁の間では影の楔の棟梁を務めるホオズキがキセルを吹かせながら部下からの報告を聞いていた。
鋼の騎士団がほぼ壊滅した以上、現在人類側の戦力としての最大手は“影の楔”になったが、そのことをあまり嬉しく思わないのは今なお魔軍は魔物討伐隊を狙って人狩りを行い続けているからだろう。その結果、兵士はもちろんのこと代えの利かない人材までも失っている。
「四影刃もグリムリーパー以外は全滅しちまったしねぇ……ほんと困ったものだよ。なぁ、生き残りの死神?」
「あいつらは弱かったから死んだだけだ。俺は生き残れる程度には強いから生き残った。もう少し鍛えておくべきだったな?」
「あーうー……」
ホオズキは壁にもたれかかっていた白髪の青年──四影刃最強の男であり、実質的な影の楔の最高戦力であるグリムリーパーに軽く嫌味を言うが、その嫌味は淀みなく返される。ホオズキの側にいた奴隷のアンが小さく呻いた。それを聞いたホオズキはまたキセルを吹かす。
「愛想がない男だね。それがなきゃ客さえ取れるくらい顔立ちは整ってるってのに」
「生憎と俺は不能だ。そういうことに興味は全くない」
「そうかい。しかしどうしたもんかねぇ……そろそろ何らかの攻勢に出たいところだが……」
「…………」
ホオズキが悩ましげな表情を見せながら膝上の奴隷のアンを撫でる。それを見たグリムリーパーは未だ魔王退治という目的から手を引く様子を見せない棟梁に若干の違和感を感じたが、すぐに興味を無くす。棟梁がどんな目的で動いていようとグリムリーパーには関係ない。彼は彼で己の目的のために動いている。そのためにまとまって動いた方が効率的だからここにいるだけだ。そうでないなら幾らグリムリーパーを拾った棟梁の命令でも聞くことはない。
「──戻った」
「おや……早かったね。もう少しかかると思ったが」
「ただの偵察に時間をかける道理はない。……キリング商会の者と……ガイもいないか」
影の楔の面々が思案している最中、棟梁の間に足を踏み入れたのは和装に身を包んだ中性的な侍にして勇者。魔物討伐隊“大和剣平団”の党首を務める宗近だった。
側には副官であろう黒髪を結い上げた女武士や巨漢の僧が追従しているが、彼らは口を固く結んだまま。会議には参加しない姿勢を見せている。
「商会の連中はいつも通り物資だけを運んでさっさと退散。魔人に至っては使徒だけを寄越して『今は隠れる』だとさ。まったく……矢面に立つのも楽じゃないんだけどねぇ。少しは労ってほしいもんだよ」
「……そうか。いや、それでいい。ガイは我々の切り札。魔王が出てきた時に私たちはそれ以外の戦力を惹きつけるために捨て石となる。初めからそれで私も承知しているし、そちらも同様だと思っていたが?」
「人情の話をしているだけさね。こうやって会議の場を用意してるんだから少しくらいは──」
「──そう言うと思って使徒である私だけは控えさせていただきますよ」
「!」
宗近とホオズキのやり取りが交わされる中、その言葉や展開を読んでいたかのように突然姿を現したのは今まさに話していた魔人ガイの使徒レーモン・C・バークスハムだった。
瞳を閉じたまま柔和な表情で割って入ってきたバークスハムに、この場にいる面々は僅かな驚きの反応を見せるも動揺はしない。この場の人間は誰もが強者だが、それでも人間である。魔王の血を分けた魔人。その血を更に分けた使徒は高みに存在する。
ゆえにその気配に最初から気づいていたのは影の楔の1名のみで。
「……驚かせるんじゃないよ。だがこれでやっと作戦会議を始められるねぇ」
既に鋼の騎士団は壊滅している。残党も少なからずいるが、彼らは影の楔が吸収した。逃げ延びた民間人の方は大和剣平団によってJAPANの隠れ里に移動させられている。
ゆえにガイを除いたガイ派──人間側勢力の首脳陣が再び集結したことで会議は始まるが……その会議の内容は常人では耐えられないような内容を含んでいる。
「こちらの放った斥候から遂に魔王が動いたと情報が来たよ。魔人を伴っての軍勢だが、今度は数自体はそれほど多くはないよ。まだ10万ぽっちさ」
「前回と同数か。なら狩る首の数も5体ほどで済む。魔人の詳細は?」
「そちらは私がお答えしましょう。魔王ジルに随行する魔人は魔人レオンハルト。魔人ノス。魔人レッドアイの3体となります」
「……ならばその3体は引きつける必要があるな」
「担当はどうする? 俺はどこでも構わない」
「魔人レオンハルトは私に任せてもらおう」
彼らの仕事は魔人を自らの命をもって惹きつけること。それを誰もが理解しながらも冷静に口に出来るのは彼らの覚悟の表れだろう。グリムリーパーの問いかけに宗近は真っ先に魔人レオンハルトは自身が担当すると言い放つ。表情は変わらないがその拳はいつの間にか握られていた。
だがそこに待ったをかけた人物がいた。
「それはちょっと無謀が過ぎるってもんじゃないかい?」
その人物は影の楔の棟梁であるホオズキ。彼女は膝の上のアンが擦りついてくるのをいなしながら意見を口にする。
「魔人レオンハルトは最強の魔人。その上、奴には大勢の使徒がいる。それをあんた1人でどうにかするってのかい?」
「無謀であることは承知の上。そもそも魔人に挑むのだから誰であっても無謀な戦いになるのは当然のことだと思うが?」
「それはそうだろうけどちょっとはこちらも頼ってもらいたいもんだねぇ。魔人レオンハルトの相手、私にも手伝わせてもらうよ」
「!」
その申し出には宗近も目を見開く。宗近は自らが相手にすると決めている魔人の強さを理解している。魔王以外では間違いなく最も死に近い相手だと。
つまりそれを申し出るということは死を覚悟しているのと同義。ゆえに宗近は驚きを生じさせ、更に真意を問うた。
「……本気か?」
「本気じゃなきゃそもそも参加してないさね。それに心配はいらないよ。こっちにもあんたの陰陽術とは別の切り札があるんだ」
宗近の問いに淀みなく答え、ホオズキは懐から一枚の札を取り出す。
その札は端が煤けているが、見たことのない紋様と禍々しい気配を漂わせていた。その札の正体を、ややあって宗近は看破する。
「──悪魔の御札か」
「さすがは陰陽師だねぇ。畑違いとはいえ見ただけで分かっちまうとは」
「悪魔を魔人や使徒に当てるつもりか?」
「目には目を。魔には魔を。悪魔の力を借りれば多少は時間も稼げるってもんさ」
「代償のことは知っているのか?」
「そりゃ知ってるさ。魂だろう? 人間の魂を捧げるだけで魔人に対抗出来るなら安いもんさ」
そう──ホオズキが取り出したのは悪魔を召喚する悪魔の御札。
その札を用いると悪魔が現れ、契約した人間の魂を代償に願いを叶えてくれると言われている。つまり悪魔に魂を弄ばれるのだ。死してもなお解放されることはない。そのことをこの場にいる者達は理解している。
もっとも悪魔が魂を奪うという意味を正しく理解出来てはいないが──その点は彼らには関係ない。彼らにとって今重要なのは、如何にして魔人ガイと魔王ジルの一騎打ちを成立させるかのみ。そのためならば自分の命も、魂すらも捧げる。
「……なるほど。そちらの覚悟を見誤っていた。謝罪しよう。そして協力に感謝する。悪魔は契約を重視する。信頼はできないが戦力として信用はできる」
「感謝は必要ないよ。こちらも必要だからやっていることだからね」
「悪魔か……悪魔の強さは魔人級だと聞いたことがある。俺も一度だけ見たことがあるが戦力としては申し分ないだろうな」
宗近が胸に手を当てて軽く礼をして敬意を表するもホオズキは微笑を浮かべながらそれを受け取らず。しかしそれを同志としての気遣いと受け取った宗近は同じく微笑を見せたが、すぐに表情を真面目なものに戻した。そしてグリムリーパーの発言に頷く。
「呼び出される悪魔がどの程度でどのような人物かは分からないが悪魔を戦力として換算できるなら作戦の成功率は上がるだろう。あるいは状況に応じて他の魔人や使徒に当てることもできるだろうな」
「その見立ては正しいと思いますよ。さて、ならば私も魔人の内の一体を担当させていただきましょう。私は──魔人ノスを相手にさせていただきます」
「!」
そして遂に魔人ガイの使徒──この陣営においてガイを除けば唯一の魔の者が口を開く。使徒バークスハムは涼しげに、あの魔人ノスを相手にすると表明した。
しかもその様子には圧倒的な自信を覗かせて。
「ああ、助勢は不要ですよ。人間がこれほど覚悟を見せ力を振り絞ろうとしているのです。ならば使徒である私も魔人の一体でも足止めしなければ格好がつかないというもの」
「……我々の心配など無用だろうが一応今は同志だ。聞かせてもらうが使徒であるあなたに単独で魔人の足止めができるのか?」
「できないのなら私は名乗り出たりしませんとも」
未来視を行う規格外の使徒バークスハム。彼のことを知る者であればその発言は確実に未来を視たのだろうと推測できる。そのために1人で魔人ノスを相手にすると行動を定めた。それがより良い未来に繋がると知っているがゆえに。
「なら俺は魔人レッドアイか」
「ああ。だがそちらも1人では厳しいだろう。私の副官を付ける──国綱、大典太」
「はっ」
「ここに」
そしてグリムリーパーは魔人レッドアイ──だが単独で魔人の相手は厳しいだろうと宗近は2人の名前を呼ぶ。宗近の背後に控えていた顔立ちの整った女侍と顔を隠した巨漢の僧兵が礼を取る。
「我が一党の副長を務める2人だ。腕は保証する」
「……自分は単独で挑もうとしていたのに他人には人を付けようとしていたのか。お前にもこだわりがあるようだな」
「……否定はしない。ただ誤解されぬように言っておくがそちらの強さを疑っているわけではない」
「そうか。なら承知しておいてやる。だが俺は一々他人を助けないし、助ける戦い方を知らない。死にそうになっても俺には頼るな」
「問題ありません」
「我が身を守るくらいは出来るつもりだ」
女侍の国綱と僧兵の大典太はそれぞれ短く言葉を返す。両者共に覚悟は出来ていた。
そして担当がこれで完全に決まる。
魔人レオンハルトに相対するは大和剣平団の党首にして勇者宗近。影の楔の棟梁。
魔人ノスに相対するは使徒バークスハム。
魔人レッドアイに相対するはグリムリーパー。更に国綱と大典太。
この陣営に更に悪魔が付く。
そして魔王ジルには──魔人ガイが挑む。
「なら次はこの場で悪魔を呼び出すよ。その悪魔の力次第で作戦にも変更があるかもしれないからねぇ」
「道理だな。なら頼む」
──そしてホオズキはその会合の場で悪魔を召喚する。その悪魔がどんな悪魔でどんなことが出来るのかを全員で確認し、契約を結ぶと悪魔は一度消えてその場は解散となった。
「では私も先に現地に向かう」
「ああ。そうしな」
「あう~」
既に使徒バークスハムや副官。グリムリーパーも去った棟梁の間で宗近はホオズキに一声かけてからその場を後にしようとする。
だが宗近はそこでふと気になって足を止めた。ホオズキが膝の上で可愛がり続ける奴隷のアン。その彼女を見て僅かに目を細めると。
「……1つ、いいだろうか?」
「なんだい?」
「そこの奴隷……日本人だな。JAPANで調達したのか?」
「ああ……やっぱりわかるかい?」
「当然だ。それと……そちらの生業に口出しはしないが、人間相手に無体をするのはあまり気分が良いものではない。それも呪い付きとあっては気にはなるというもの」
「! ……そっちはわかるとは思わなかったねぇ」
「私は剣士だが陰陽師でもある。魔物退治だけでなく妖怪退治の専門家だ。呪いについても知識はあるし見れば大抵のものはわかる。相当高位の呪いのようだが……」
「気にしなくていいよ。この子はずっとこうなんだ。解呪は難しいが命に別状があるものではないからねぇ」
「……? それは……」
宗近はその言葉に僅かな違和感を覚える。だがその違和感をはっきりとした言葉には出来ずに間を取ってしまうが……その間にホオズキがはっとした。
「う~……」
「──っと。ああ、そういやそろそろ餌の時間だねぇ。あんたも先に行っといてくれないかい」
「……ああ。なら失礼する」
呪い付きで正気を失っている幼い女奴隷とのお楽しみ。それに不快感を露わにした宗近は、しかしそれを口にせずに立ち去ることを決める。感じた違和感もよくよく考えてみれば大したことではない。──
「……勇者宗近。さすがの慧眼と言うべきか……」
たった2人しかいなくなったその室内で棟梁の低い声が響く。勇者宗近は優れた洞察力と強さを持つ傑物。影の楔の棟梁は改めて彼を評価する。
──もっともその強さは
「あれならば宿願を果たせるかもしれぬな」
そうしてガイ派であり人類軍は影の楔と大和剣平団を中心とした1万の軍を編成し、方々に散っていく。
全ては魔を打倒するために。
この大陸において最も平和な場所。それは世界のほぼ中心にあった。
魔族ではなく人間側に属する種族でありながら、魔物に脅かされない聖域で自由に暮らすその種族の名はカラー。
翔竜山の麓にあるカラーの森。その森の奥深く。結界の中に築かれたカラーの村ペンシルカウは魔人の守護のおかげもあり、小規模ながらも魔軍と人類の戦争が行われる最中でもその影響をほぼ受けずに日常を謳歌していた。
彼女たちにとって変わったことといえば、珍しい客人がやってきたことくらいのものである。
「では私が鬼を務めましょう! 10数える間に隠れてください!」
「わー!」
「きゃー!」
「隠れろー!」
村の外れにある屋敷。その庭に村中のカラーの子供たちが集められ、そして全体的に白い華奢な娘の号令で散り散りになる。
その小さな、しかし子供ではない娘の名は白兎。表向きには知られていない、あの魔人レオンハルトの長姉。魔人と人間のハーフであった。
「──アルベルト様。お茶が入りました」
「ああ、ありがとうメリル。……今日も美味しいな。お前の作ってくれるものは全て特別に感じる。城の料理に勝るほどだ」
「ふふ、大げさです。でも嬉しいです」
彼女は何人かの子供達と共にカラーの村に遊びに来ており、カラーの村の裏の王ともいえるアルベルトの屋敷に寝泊まりしている。庭先のテーブルにはそのアルベルトと使徒であるメリルが微笑ましくその光景を見守っていた。
「3……2……1……0! はい、大きな木の後ろに2人! 家の陰に3人! 反対側の林に1人! 屋根の上に1人! 軒下にも1人! 木の上に登ってるのが4人! はい全員見つけました!!」
「えー!!?」
「見てもないのにー!?」
「ふふん。これが私の実力です!」
「……白兎姉にかくれんぼという遊びは何の意味もないな……」
「あはは……でも楽しそうですね」
……そしてアルベルトの目の前では大人気なく隠れた子供たちをその場から一瞬で見つけてしまう長姉の姿があった。そもそも目が見えておらず、それ以外の発達した五感で世界を見ている白兎には屈んで目隠しなんてものは何も意味がないし、物陰に隠れようともそもそも目で見ていないのだから何の意味もない。遊びの選択ミスではないかと思ったが、子どもの遊びに口を出したりはしない。自分の姉をナチュラルに子供と思っているアルベルトも中々のものであった。
「む……聞こえましたよアルベルト! その感じは私を子供だと思っていますね! この姉に対して無礼です!」
「……距離を取って小声で話しても悟られてしまうことを失念していた……」
だがそのちょっとした発言も白兎の異常な聴覚を持つ耳に届き、更にその言葉に含むアルベルトの内心までも悟られてしまい、アルベルトは頭を抱える。このまま姉による説教コースかとアルベルトは覚悟するが。
「──白兎」
「! 母上!」
その前に屋敷から助け舟が来た。白兎を御せる1人──彼女の母親である藤原紅月。
白兎と共にちょっとした小旅行に来ていた彼女の呼びかけに白兎は反応する。それに紅月は微笑みを見せ。
「子供であることを口だけで反応してしまうとそれを認めてしまうことになりますよ。ですからそういう時は……」
「叩きのめして間違いを認めさせる。友人を作る際も仲間を作る際も配下を作る際もまずは力を見せつけよ──ですね。もちろん分かっています母上。弟、妹達の躾はとっくに出来ています。なのでアルベルトもちょっとじゃれただけでしょう。子供じゃない私を子供と言って気を引こうとするなんて可愛い弟ですね。もう伴侶も出来て良い歳だというのにアルベルトはいつまで経っても子供なんですから」
「──ええ、それで構いません」
……いやそれはどうなんだ……?
アルベルトは白兎の脳筋染みた考えに汗を掻く。昔からそうだが、実は子供たちの中で1番喧嘩っ早くすぐに手が出るのは白兎だ。レオンハルトの最初の子供であり、あの藤原石丸の娘であるメイドの紅月との娘だからか、教育方針が何よりも強さ優先だったせいか。藤原家の薫陶もある。その異常な感覚もあってコミュニケーションが独特だった。
だが誰よりも家族思いで、なおかつ友達思いでもある。そのことをアルベルトは理解しているし、母親の紅月や父親のレオンハルトも当然わかっていた。だからこそ──
……白兎姉に魔人ガイのことを教えるわけにはいかない。
アルベルトは悟られないようにそれを決して口にはしない。
現在起きている魔軍と人類の戦争。その人類側の首魁である魔人ガイは、白兎の友人であるのだ。
だから白兎がそれを知れば、何を置いても力になろうとするだろう。友達が危ないと知れば白兎は全てを承知の上で助けに行く。必要なら自らの身分すら捨てるし隠し通すだろう。
弟のカイゼルにも似た節があるが、レオンハルトや石丸の血を受け継ぐ白兎は大事なものを守るためなら何だってする。
それを理解し尊重するがゆえに白兎には事が終わるまで何も伝えない──それがレオンハルトが下した決定であった。
だが問題となったのは白兎の異常な感覚。城に居続ければそれを察知してしまいかねない。
そのためレオンハルトは白兎をペンシルカウも含めた大陸西部を冒険することを許して遠ざけている。まだ見ぬ迷宮や強大な野良モンスターの打破。都市開発計画が行われている最中のツリー都市の見学や翔竜山の登頂。それで数年は楽しめるだろう。はぐれ使徒の戯骸や藤吉郎も旅に同行して協力してくれている。
……俺では本気の白兎姉を止められない。出来れば早々に終わってほしいものだな。
「では次は私が指導してあげましょう。カラーは弓や魔法が主な戦闘手段ですが身のこなしを鍛えることを疎かにしてはなりません。なので次は鬼ごっこです。あそこにいる頑丈だけが取り柄の羽の生えたお兄さんを追い回してみんなで殴りましょう」
「おぉい!? 暇でちょっと様子を見に来てみたらいきなりこれかよ!! 扱い悪くねぇか!?」
母親とのやり取りを終えて再びカラーの子供との遊びに興じようとやってきたばかりのカイゼルを巻き込む白兎を見てアルベルトは嘆息する。しばらくはこれを見守る必要がありそうだと。
──悪魔界。
仄暗いのに光のあるその空間に、強大な魔が座している。
周囲には大勢の獣系の悪魔達。酒樽が転がり、先程まで宴会をしていたと思しきその広間の中心に女性型悪魔を侍らせるのは巨大な獣人のような姿を持つその存在は悪魔界における特階級。
悪魔王であるラサウムとその妻テェロ・エティエノ。その下に位置する──
「わっはっは!! 今日も無礼講だお前ら!! 飲め食え騒げ犯れ!!」
「おおおおお!!」
「さすがです兄ぃ!!」
「きゃー♡ ボレロ・パタン様ー♡」
──三魔子の次兄、ボレロ・パタンだった。
酒をかっ喰らい、下級に位置する部下の悪魔達とも酒を飲み交わすその姿は一見して強大な悪魔とは程遠い振る舞いであるが、それがボレロ・パタンが多くの悪魔達から慕われる理由でもある。
同じ三魔子。長兄のプロキーネは酷く気難しく、第四から第八階級の部下の悪魔達を全て自分で管理しなければ気が済まない性質を持ち、同時に激情家で怒ると手がつけられない理不尽の塊。
末弟のレガシオは冷静沈着だが最も悪魔然としており、悪魔界の法の番人でもある。契約や戒律を破るものがいれば同じ悪魔であっても容赦はしない。直属の部下でありはぐれ悪魔を狩る役目を持つ悪魔界の処刑人──第壱階級悪魔リアンと共に悪魔達に非常に恐れられる存在である。
それらと比べると次兄ボレロ・パタンはおおらかで面倒くさがり。怠惰かつ退廃的な生活を好む悪魔であり、それでいながら部下の面倒見が良く良い酒を作った悪魔を重宝し、何かに困った悪魔がいれば部下に命じて対処してやる度量もある。悪魔としてはいい加減だが、それがある意味悪魔らしい。月に一度に女性型悪魔とヤりまくる日もあるが、大した問題ではない。配下からすれば付き合いやすい上司だった。
「んくんくんく……ぷはぁー。今日も酒が上手くて気分がいい。何もやりたくねぇが何でも出来ちまいそうだ」
「──ボレロ・パタン様であれば事実、出来ないことはないでしょう。我が上司であるプロキーネ様も仰っておられましたよ……『あいつはやれば出来るのになんで何もしないんだ、けしからん。私はこんなにも忙しいというのに……ああ、今日も忙しい忙しい……部下が多すぎてままならん。む、先日悪魔になり魂回収業務に出ている第八階級悪魔の新入り……名前はセェルスンだったか。これは私に報告せずに勝手に仕事を始めて……? ──アアアアアアアア!!! 許せん殺す殺す殺すうううううううう!!!』──といった具合に」
「お、おお……そうか。プロキーネの兄御は相変わらずだな……お前も大変だなレペルタン。相談に乗ってやろうか? 俺は何もしたくないが」
「ご存知の通りそれがプロキーネ様の日常であります。ゆえに慣れておりますから問題ありません」
そして酒を飲みながら眼下に見下ろすのは第壱階級悪魔であり三魔子プロキーネの側近をしているレペルタンだった。
あの管理魔のプロキーネが領地持ちの悪魔の管理業務を委任するほどの存在。悪魔界の宰相とまで謳われる彼女がこうしてボレロ・パタンの下を訪れたのはひとえに管理業務のため。
「それで私が今日やってきたのはニャングザイ殿に用がありまして」
「おお。そうだったか」
「はにゃ? ニャンに何か用かにゃ?」
レペルタンが視線を向けたのはボレロ・パタンのすぐ隣。和服を着た猫耳に猫尻尾が生えた人間に近い容姿の美女。翠色の長い髪に黄金の瞳が特徴的な、レペルタンと同じ第壱階級悪魔でありボレロ・パタン第一の愛人を自称するニャングザイだった。
そのニャングザイは和服の裾に包まれた手を顎に持っていき首を傾げる。自分の容姿の可愛さに自覚がある女の振る舞いだが、ニャングザイのそれはいわゆる萌えに特化したようなものだった。人によってはやりすぎにも感じるほどのそれだが、この場で気にする者はいない。レペルタンもまた気にせず用件を口にした。
「魔法のことだよ。地上で色々あってね。私の部下が地上の人間と契約したのだが、願いを叶える適切な力がなく困っているらしい。そこで他の願いを叶えられる悪魔を召喚してほしいと願いを口にされたそうだ」
「それでニャンが代わりに地上に行けって? 面倒くさいにゃあ~」
「おいおい行ってやらねぇのか? お前なら何でも出来んだろ?」
「だってニャンにはボレロ・パタン様の側に控えるという重要な役目があるのにゃ! 願いなら適当に
「ああ、お前そういやそんなことしてたな。なんだっけか……自動で魂を集められるから効率が良いとかなんとか……」
「そうですにゃボレロ・パタン様♡ 一々地上に出て魂を集めるなんて二流、三流の悪魔がすることにゃ。悪魔界一の魔法使いである賢いニャンはニャンが作った魂を汚染する禁呪を大量に作って地上にばらまく……人間は過ぎたる力があれば分不相応にそれを愚かにも求めてしまう生き物。使うだけで精神が汚染される禁呪を残し、それを使った人間を自動で部下の悪魔達に回収させる……それだけで極上の汚染魂が集まるのにゃ。くふふふ……」
第壱階級悪魔ニャングザイが悪魔らしい悪い笑みをそこで見せる。
それこそが彼女の悪魔としての個性でありもう1つの顔──悪魔界で最も魔法に長けた存在。使えば心身に莫大な負担を生じさせる禁呪を開発し、それを何千年も前に地上に文献や石板にしてばら撒いた。弱い人間は元から強いドラゴンなどと違い、強大な力が得られると知れば抗えない。魔法使いという人種であれば尚更だ。欲に溺れ、禁呪に手を出せばその魂は自然と汚染される。あとは禁呪を使った人間を監視して回収するだけ。
そのシステムは三魔子も手放しで褒め称えるほどだった。ボレロ・パタンもまたそれを思い出す。
「あのシステムはいいよな。何もする必要がないところが特に。あれだ、月餅の奴が考えた天志教の次くらいにはいい」
「ぐにゃっ……げ、月餅も元はといえばニャンの弟子にゃ……だから実質ニャンの功績……にゃんで気づかなかったにゃ……あれくらい天才であるニャンなら気づけたはず……怠惰に過ごしすぎてうっかりしてただけにゃ……」
「ああ。そういえば何百年か前に君のばらまいた禁呪をほぼノーリスクでばんばん使う意味不明な人間が現れたらしいが知ってるかな? 今もまだ魔人になって生きているとか」
「にゃっ!? 人間なのにニャンの禁呪を!? それマジかにゃ!?」
「本当だとも。君の考えたほぼ全ての禁呪を魂が汚染されることなく使っているらしい」
「は? キモすぎにゃんだけどマジで。どんな人間だよ。あの禁呪はニャンでも使うとかなり気分が悪くなるのに……」
「お前の考えた禁呪すげーよな。封印術とかもあんだっけか。頑張れば魔王を封印できるくらいの」
「しかもその禁呪使いまくりの人間もとい魔人は今は魔王と戦っているらしいです」
「マジかよ、魔王とか絶対戦いたくねーわ。いや本気出せば勝てるけどな……絶対戦いたくないけど。めんどくせーし……多分勝てるけど。もしかしたら負けそうなのもめんどくせーし……」
三魔子ボレロ・パタンが魔王と戦うとかねーわーとぼやく中、ニャングザイはニャングザイで禁呪をばんばん使う人間にドン引きしていた。そういう仕様として作ってないのに仕様を完全無視する人間がいるというのは開発者的にありえない。
「…………それでニャンにその人間……いや、魔人は何をさせるつもりにゃ」
「おや、願いを求めたのはその人物だと言ったつもりはないのだがね」
「見くびるにゃ。お前のその思わせぶりな態度的にそうとしか考えられないにゃ。間接的にその魔人にも関係することにゃんだろ?」
「やれやれ……思わせぶりな態度を取ってるつもりはないんだがねぇ。だがその通りだ。人間の願いは3つ──後述する願いを叶えられるだけの力を持つ悪魔を召喚すること」
「願いの内容はなんにゃ?」
「2つ目がある魔軍の軍勢。大勢の魔物兵を寝返らせること。3つ目が──とある魔人に新たな禁呪を獲得させたいそうだ」
レペルタンが契約を取ってきた部下の悪魔──インデックスの代わりに願いを口にする。
第四階級悪魔。地上に出る悪魔の中ではかなりの力を持つインデックスでもその願いは自らの力を超えていたため不可能だと断じた。
ゆえに1つ目の願いを別の悪魔の召喚にすることで願いを叶えられるようにした。かなりの裏技だが、担当する悪魔によってはその願いも通じる。悪魔の契約や願いの叶え方。そのスタンスはそれぞれ異なるためそれを聞き届けない悪魔もいるだろうが、インデックスはそれを聞き入れて上司のレペルタンに相談した。そしてレペルタンは自分よりもニャングザイの方が適任だと話を持ってきた──それが今ここに至る流れである。
そしてそれを聞いたニャングザイは目を細めて思案顔になる。悪魔としてその契約を受けるか考えている。その判断材料として質問を投げた。
「契約で得られる魂はその人間1人なのかにゃ?」
「いいや、その人間の側にいた使徒とやらが相当商談が上手でね。今回起きる戦争で死ぬであろう1万人近い人間。それがかなりの汚染が起こるだろうからついでに回収できるだろうと言ってきたそうだ」
「1万人にゃあ……」
「ほぉ、良い契約じゃねーか。俺は面倒だから絶対嫌だが、その契約を取ってきた悪魔はそれだけで昇進すんじゃねーか?」
ボレロ・パタンが酒を飲みながら感心する。まるで未来でも見ているかのような謳い文句だが、魂が集まるなら悪魔にとっては歓迎すべきことで何の問題もない。実際の契約は1人でも副次的に得られるものがでかい。
ニャングザイにとってその願いを叶えるのは大した労力ではないため、仮に1万人の魂が得られずとも別に構わないが、成功すれば結構な魂が集まる。地上に出るのは二流と称し、退廃的な生活を好むニャングザイだが、この提案を聞いて数秒。ややあって重い腰を上げた。
「はぁぁぁぁ……しょうがないにゃあ……ボレロ・パタン様! ニャンはちょっと地上に行ってくるにゃ! 次の性交日までには戻りますにゃ~!」
「おお、行け行け。好きにしろ」
「はいにゃ~♡ ──それで、その契約者の名前と……あとついでに禁呪を使ってる元人間の名前も聞いとこうかにゃ」
「ああ。契約者はホオズキ。禁呪を使ってる元人間の魔人の名は──ガイ。魔王を倒す戦争を起こしてる中々に面白い人物だよ」
「へぇ……それは確かに面白そうにゃ」
「だろう?」
第壱階級悪魔の2人が笑みを浮かべる。悪魔の目的は魂を集めること。
そして己の趣向を満たすこと。地上がどれだけの地獄になろうが彼女達は構わない。
魔王戦争に新たに悪魔の手が差し伸べられようとしていた。
相変わらず強さの種族差がすごい世界。次回はまた戦争。ジル様もそろそろ大暴れするかもしれない。お楽しみに。
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