この戦争ははっきり言ってお遊びだ。かつて行われていたそれとは程遠い。人間やガイを苦しめるために魔王ジルが戯れで始めたこの戦いは徹頭徹尾その目的のために調整されている。あのガイも人間の時ほどは強くはない。俺自身が本気で臨むには値しないものだ。
さりとて重要でないかといえば決してそうではない。
この魔王戦争は時代を先に進めるための重要な戦いだ。ゆえに俺は魔人を召集しながらもガイが死なないように気を使い、ガウガウの作った人工生命体であるグリーンアイをキリング商会の者として人間側に潜入させたり、悪魔であるインデックスを使っての地位向上も兼ねた人間側への助力すら行っている。
それにこの戦いを見越して過去には魔人を倒せる二振りの内の1つをとある人間に与えた。それらは全て利敵行為に他ならないが、言ったようにこの戦争は本気で相手を倒すためのものじゃない。ガイと人間を苦しめるために戦えというジルの命令には全く背いていないものだ。
なぜならこの戦いは間違いなくガイも人間も苦しむことになる。魔軍だけでなく人間側の調整も魔軍参謀である俺の仕事だ。戦場はほぼ俺の手の内にある。
──が、それでも全てを掌握しているわけではない。幾つかの計算外や未知の物事もある。そういったものに対しても俺は備えをしていた。
「──ご苦労だったスケアクロウ。お前のおかげで魔物討伐隊の掃討が想定より早く進んだ」
「ははぁっ!! 勿体なき御言葉!! ありがとうございますレオンハルト様ぁ!!」
再編した人類討伐軍の司令部に設けた自室。椅子に腰掛ける俺の前で土下座する勢いで頭を下げるのは痩躯の悪人顔の男。俺の息子の1人であるカイゼルの使徒であるスケアクロウだ。
俺の周囲にはお町にリーにガウガウ。ミシェーラとイヴの使徒の5人にガウガウの造った人造生命体のパープルアイ。
外には親衛隊が見張っている。つまりここには身内しかいない。ゆえに内緒の話が出来るのだが、そうでなくとも対策は講じている。数年前の話だが。
『スケアクロウ。お前も含めた他の俺の子の使徒達に関しては外で他の魔人や使徒に見つかった場合は主を失ったはぐれ使徒として通すこととする』
『げげぇ!? ま、マジですかい……』
『心配するな。身元が確かなことは俺が証明する。例えば……そうだな。ザビエルやメディウサ。あるいはギリ……ギリウムだったか。そういった過去に亡くなった魔人から適当な奴を選んで詳細を後で送っておこう。外で行動する際はそれを記憶してもらった上で許可を出す』
『な、なるほど……?』
『既に亡くなった魔人の使徒のことなど殆どの魔人が気にしない。よっぽどのことがなければ嘘が露見することはないだろう。とはいえ細心の注意を払え。──万が一があれば俺が直々に処理をすることになる』
『ひいっ!? わ、わかりやした! 絶対にバレないよう注意します!!』
……と、いうやりとりがあった。
俺の子の中で魔人であるのはアルベルト、カイゼル、ルイゼルの3人。その3人に関しては外での行動をかなり制限しており、俺の許可がなければ城の外に出ることすら禁じている。許可があっても出すのはカラーの村ペンシルカウなどの俺の管理下にある土地のみだ。万が一他の魔人や使徒。まず城から出ないのでありえないがジルなどに出くわしたら謎の魔人がいることになり少なからず問題になるだろう。
だがそれ以外の俺の子に関しては他の魔人や使徒が見たところで問題はない。これは俺の身内の魔人や使徒に協力してもらって実証済みだ。
そして俺の子供の使徒に関してははぐれ使徒とする。ザビエルの使徒であった戯骸や藤吉郎と同じ扱いにした。はぐれ使徒のことを一々気にする魔人や使徒はいない。そもそも俺のように全魔人と使徒を把握していることが珍しく、過去多くの魔人や使徒が戦いで亡くなったこともありはぐれ使徒という存在は珍しいがあり得ることである。
他の魔人も多くは同じ魔人であっても嫌いな相手や興味を持たない相手に関わったり詳しく調べるようなことはしない。根本的に自己だけで完結する生き物である魔人はそういうものだ。
もちろん例外もあるため注意は必要だがな。……それに魔人にとって使徒は己の家族や身内も同然。いや、永遠を共にするという意味ではそれ以上に重い。
ゆえに子供の使徒を手にかけるようなことはしたくない。だから注意はしてもらう。そうなる可能性は限りなく薄いが、それくらい脅しておく方がちょうどいいだろう。
──そしてその対策を講じた上で俺がスケアクロウを借りて頼んだ仕事は、大規模な魔物討伐隊……影の楔も含めた人間の拠点の場所を案内してもらうことだ。
影の楔というのはあのクエタプノの作った鋼の騎士団と同じくGL期が始まる頃には存在した大規模な魔物討伐隊であり古い組織である。
つまるところ1000年も存在した人間の組織だ。国という規模感ではないとはいえ人間の組織でそれだけの長い期間、組織を維持していることは驚嘆に値する。
ゆえに過去には使徒を送って調べもしたし、スケアクロウにも改めて話を聞いた。スケアクロウは影の楔の“四影刃”という最高幹部の1人であり、拠点の位置や抜け道に詳しいだけでなく人間の事情もある程度知っていた。それによれば。
『へい。影の楔の棟梁はJAPANの忍者ですぜ。それもかなり由緒正しい流派らしくて忍者の始祖ももたんの流れを汲むとかで』
『……なるほど。シーフや盗賊職が多いのはそのためか』
『僕ちゃんも四影刃になった時に棟梁から直々に忍者の技術を学びまして』
『そうか。……棟梁の名は?』
『へ? えっと、すいやせん、今の棟梁のことは知りやせん。一応僕ちゃんの時はクロカズラっていう女でしたが……』
『いや気にするな。お前はお前の仕事をしてくれればいい。頼んだぞ』
『へ、へい! 僕ちゃん頑張ります!』
──そうして俺は影の楔や他の魔物討伐隊のことを知り、拠点の位置を正確に掴んで戦闘員のみを少しずつ削っていった。
拠点に魔軍を送り込めば大抵は何も出来ずに壊滅する。レンジャー職であるものも含めて野良で生きてる人間は逃げたり隠れたりすることに長けているため注意は必要だがそれでも敗北することはなかった。
ただ完全な無傷ともいかない。中には強者の存在もある。
「レオンハルト様。発言の許可を」
「許す。なんだ?」
「はっ。先日、人間の拠点を襲いながらも敗北し、死体となっていた魔物隊長カトラスの件もあります。相手が人間とはいえここは慎重を期すべき。ついては一個軍に最低でも魔人の方々や我々使徒の1人を付けることで人間の強者に対する備えとするべきかと愚考します」
俺の隣にいたリーが丁寧に進言してくる。……リーの方策はつまるところ魔人や使徒の指揮下にない軍は動かさないことで損耗を回避するということで納得がいくものである。俺の軍の中でも特に強かった3体の魔物隊長の内、ダルタニアンは勇者にやられ、カトラスは今言ったように人間の拠点を襲いにいった際に死体となって発見された。残るは最強の魔物隊長ゲンリュウサイしかいない。リーとしても部下がやられたことでほんの僅かだが感情的になっているのだろう。本を持つ右手。手袋が少し張っているがそれをあえて言及はせずに俺は言葉を返した。
「損耗を少なくするだけでなく、こちらも固まっていては人間との戦いが成立しないという事情もある。だから元よりそのつもりだ」
「……私が提案するまでもありませんでしたか。早まった発言を謝罪します」
「構わない。──だが少し気になる情報も入ってきている。場合によっては軍や戦力を分けずに接敵することになるかもしれない」
俺がそう口にすれば僅かに緊張が走る。この場にいる者はスケアクロウを除いてインデックスから上がってきた情報を聞いている。
ゆえに今回の戦いが人間を追い立てるだけでは済まないと危機感を感じている。だから声が上がるのも当然で、
「大丈夫なのだ! 人間の強者がやってきてもこのパワーアップしたスーパーミシェーラ……いえ、スーパーハニーミシェーラが撃退してやるのだ!!」
「…………ああ、期待しているぞ」
その時、俺に控えている使徒の1人であるミシェーラがそう勢い良く声を上げた。目を輝かせ拳も振り上げている。見る限りやる気満々だ。
だがそれを見て他の使徒は眉をひそめる。一体どうしたのだという風で。
「……レオンハルトよ。ミシェーラは何があった……?」
「頭がおかしくなる実験でもしたのか? 私よりマッドじゃないか」
「そんなことはしていない。ただの修行の結果だ」
「すごい変わりようですな……色んな意味で」
お町もガウガウもリーも少し見ない間に物凄い変化を遂げたミシェーラをやや心配しつつ困惑している。使徒化の際もあまり変化がなかっただけに確かに驚きだが……まあこの変化が使徒化の結果起きたものだと思えばギリギリ理解できなくもない。実際は違うから意味は分からない。分からないが、ハニーキングがそういうものだと理解しているため遺憾ながら理解が出来る。
まあ数十年か百年。あるいはもっと短く数年もすれば慣れるだろう。それまでは努力しよう。
「はーっはっはっは!! そんなキャラ変したってレオンハルト様の護衛も性処理も雑用もこのボク、究極生命体パープルアイには敵うまい!」
「何をー!? ガウガウさんの作った人工生命体風情が生意気なのだ!!」
俺の隣で俺に胸を押し付けながらしたり顔を浮かべるパープルアイがミシェーラに喧嘩を売り、ミシェーラもそれを買ってしまう。……元々抜けた奴ではあったが戦闘力と引き換えに更に気が抜ける……いや勉強は出来るし頭は良いんだがな。頭は良いが馬鹿というか……。
「ふふん。さすがはこの私が使徒業務代行のために作り上げたパープルアイだ。なあレオンハルト、すごいだろう? 人間を容易く打ち払う戦闘力に大陸の端まで迷わずお使いにもいける雑用力。そしてレオンハルトが劣情をもたらすような美貌も兼ね備えている。私のことを褒め称えて研究費用を増額し、私の銅像を立ててもいいくらいの偉業だと思うんだが……」
「…………よくやったなガウガウ。だが費用はもう十分に充てているだろう。それと銅像は欲しいか?」
「……いや、よくよく考えたら銅像はいらないな……うん。それよりも私に休みをくれ。最近は戦争のせいで殆ど休みがない。このまま私を働かせすぎると私が疲労とストレスで死ぬ! なのにハンティはいつもよりイキイキしてるしイヴもなんか前よりも私に容赦がないから心が休まる暇がないんだ!」
「容赦はしてますよ。これでも魔法の師の1人ですから」
「ならこの間、私が研究室に隠していた魔道具やお菓子を捨てたり部屋にかけていた結界を解いて私を外に連れ出したり書類仕事をグリーンアイとパープルアイに代行させようとしてたのにそれを私にもやらせようとしたり私が嫌いな野菜を料理長に頼んでこっそり入れるように指示したり逃走を試みた私を魔法で攻撃したりしたのはどういう了見だ!?」
「ああ、試作品1305番『全自動甘味製造機ドーナツくん』ですね。あれは城の料理人達の仕事を奪うことになる上に制作の際に必要な材料を勝手に盗んだりしてしまうので禁具指定です。それと結界は城のメイドたちが部屋を掃除出来ないし外に出ないのは不健康なので解除しました。書類仕事はガウガウ先生しか分からない魔法研究に関する書類を回してますし野菜は健康にいいのでちゃんと食べてください。それと仕事から逃げようとした先生を攻撃したのは確かですがちゃんと拘束用の魔法しか撃ってませんよ」
「おい見ろレオンハルト! こいつ人間だった時より遠慮がなくなってる! 何とかしてくれ!」
「──よくやったイヴ。後で褒美をやろう」
「ありがとうございます。光栄です」
「あれぇ!? 私の方が先に使徒になったのに信頼度に雲泥の差が!? なぜだぁー!?」
「わはははは!! ガウガウさんは馬鹿なのだ!!」
「こいつもこいつで人間だった時より失礼なんだが!! 私は天才魔法科学者ガウガウだぞ!? ぐぬぬ……」
「……幼子よ。元気を出せ。我が慰めてやろう」
「そんでお前もお前でいつまでも私を子供扱いするなよ!? 私の方が歳上なんだが!?」
「……レオンハルト様、如何しましょう? そろそろガウガウ様を黙らせますか?」
「騒いでるのこれ私が主犯判定なの!? お前も地味に理不尽だからなリー!!」
…………何というか……賑やかだな。
まるでこれから戦争に行くとは思えない雰囲気だ。嫌いじゃないが……それでも頭が痛い時もある。それと俺の使徒ってなんだかマイペースな奴が多くないか? いや別に文句はないんだが……。
「──レオンハルト。戻ったよ。……って、なに騒いでんの?」
「完璧使徒のわたくし、帰還しましたわ!」
「斥候任務もといピクニック楽しかったですね~。あ、レオンハルト様お土産ありますよう。隠れ里まんじゅう食べてください」
そうして使徒の乱痴気騒ぎに思考を回していると更に情報収集の任務に出していたハンティ、キャロル、ペールの3人が帰ってきた。更に騒がしくなるが、まあいい。正直慣れている。
ゆえに俺はペールが持ってきたまんじゅうの包みを受け取りながらも椅子から立ち上がった。
「帰還したか。なら報告は道中で聞く。──そろそろ出陣の時間だ。準備はいいな?」
「もちろんですわ!! わたくしはいつでも準備万端ですのよ!!」
「強いやつがいるといいけどねぇ。最近歯ごたえがある奴が全然いなくて戦りたりないんだよ」
「相変わらず始祖様はゴリラですねぇ……痛あー!!? あ、私も大丈夫ですよう」
「万事抜かりなく」
「問題解決みたいな雰囲気出されても困るんだが……まあいい。なら実験再開といくか。行くぞブラックアイ、パープルアイ」
『イエス。マスターガウガウ』
「はーっはっはっは!! マスターガウガウとレオンハルト様のために!!」
「うむ……我も言われた通り仕事は済ませてきた」
「ミシェーラの力を見せつけてやるのだ!!」
「ご随意に。何でも私共にご命令ください」
「あ、一応僕ちゃんも準備出来てやす……(や、やべー奴らしかいねぇ……)」
使徒達に声をかければ頼もしい返事が返ってくる。マイペースだが人格も能力も信頼している。俺の頼んだ仕事は十全にこなしてくれるだろう。
──だがそれでも油断出来ない。
この戦いで時代が終わる。そう俺自身が定めている。
ゆえに何があろうと俺はそれを完遂する。どんなに苦しくとも。
「なら行くぞ。闘争の時間だ」
後世に魔王戦争と名付けられるこの戦争をそのようにする。
そして終わらせる。そのために俺は部屋を出て本陣へ──ジルの下へと向かった。
──戦場は魔王城からそう遠くない大陸東部のとある盆地。
東部最大の山脈の麓にある地下都市こそ魔物討伐隊”影の楔”の現在の本拠地であり、現在は多くの魔物討伐隊が隠れ潜んでいるという情報が斥候に出た使徒キャロル、ハンティ、ペールの調べで分かった。
故に10万の魔軍が既にその盆地に集結している。本陣は小高い丘の上。切り立った小さな崖は全軍を見渡すのに適切である。
ゆえにそこには既に魔人と──魔王が陣取っていた。
「────あれか。ガイの味方をしている人間は」
「は。総勢1万人。各地の残る魔物討伐隊。野良の人間がほぼ集結しているようです」
「ふ……よくそこまで生き延びていたな」
魔物兵すら震え上がる濃密な魔の気配が周囲の大気を変質させ、天候すら不安定にさせる。
その場に参陣する魔物大将軍カエサルや魔人の使徒。そして魔人すらもその暴威には戦慄を覚えるほどだった。
それを起こすのは大陸の絶対支配者である魔王──ジル。
即席で作られた玉座に腰掛け、遠くに見える人間の軍とやらを見てくつくつと笑うジルの姿は美しく、それでいて恐ろしい。
ジルの側に控える4体の魔人もまた個々に差はあれどジルに対して畏怖は感じている。
だが人間からすれば魔王も魔人も恐怖の対象だ。その付き従う4体の内訳は、人間を絶望させるのに十分なものだった。
「ぼ、僕頑張ります! 頑張って人間を沢山苦しめながら殺しますね! (こ、怖い……早くこの場を離れてぇ……)」
魔人四天王の一角。この中で最も異形かつ巨体を持つ最古の魔人ケイブリス。
彼は武者震いではなくジルに対する純粋な怯えから身体を震わせ、それから離れるために早く人間を狩りにいきたいと考えていた。
「くけけけけ!! まだヒューマンいっぱい!! まだまだキル・あなた!!」
赤い宝石が眼の中心に浮かぶ目玉と触手が本体の魔人レッドアイは人間を殺戮して己が強くなることしか考えていない。近くにはレッドアイのボディであるゴールデンハニーや幾つかの魔物の姿が確認出来たが、寄生魔人である彼はこの戦いでもそれを駆使しようとしていた。
「人間風情が無謀なことを考えるものですな。だがこれらもジル様を喜ばせる玩具。せめてジル様が永遠の魔王となられた祝いとして凄惨に踏み潰してご覧に入れましょう」
更に魔人四天王の一角。岩肌を持つ老躯。地竜の魔人であるノスはジルの信奉者としてこの戦いに誰よりも純粋に意欲を持って臨んでいた。目的はジル様のため。人間を凄惨に踏み潰し、ガイを苦しめる。ジルのために働ける喜びで珍しく彼の表情には隠しきれない笑みが溢れている。
「ジル様。ご命令を。この場に参陣した魔に属する者達一同、既に準備は完了しております」
そして最後は魔人筆頭にして魔軍参謀の地位を持つ最強の魔人レオンハルトがジルに最も近い位置で命令を待つ。その姿は覇気に満ちた英雄。将であり王そのものだが、それでいながら忠義を尽くす騎士のようでもある。
「ああ。たまにはこうして戦いの場を設けてみるものだな。千年前に行った国狩りほどではないが、心の壊れていない人間を相手にするのは心が踊る……! ガイだけでなくそちらでも楽しめそうだ……!」
「……左様ですか」
ゆえに誰も疑わない。魔王ジルでさえ。
この中で唯一叛意を持っているのがレオンハルトであることは。
ジルはまた更に人間を苦しめることができることに歓喜している。
ガイがこの戦いの果てに自らの足元に這いつくばり、諦めと絶望の中で自らの足を舐めるような光景を夢想して愉悦している。
「……さすがに身体が震えるねぇ。あたしらだけで相手をすることになってたら間違いなく逃げてるよ」
「そのための策だ。とはいえまさか魔人だけでなく悪魔に頼ることになるとは思わなかったが」
ゆえに人間の軍の陣容などどうでもいいし興味がない。
既に盆地に集う人間達が戦いに挑むにあたって作戦を用意してきてることも関係がない。──全て踏み潰せばいいだけだからだ。
魔王には、魔人には、それだけの力がある。慢心ではない。事実としてそれだけ隔絶した力があるからだ。
ゆえに人間の強者がどれだけいようと彼らには関係はなかった。
「ん……?」
「あれは……」
だが、彼らにとってどうでもよくても予想外であることは間違いなくある。
目に見える山脈。霧の立ち込める麓から、足音が聞こえる。武器を持つ統制された兵の姿が少しずつ進み出てくる。
「オー……あれはどういうことか?」
「な……!? (えええええええ~~~~~~~~……!!? どうなってんだ!?)」
しかしそれがただの人間の軍であるならば驚きには値しない。せいぜいまだ生き残りがいたかと思うだけ。殺せる人間の数が増えるだけだからだ。
だからそうではなかった。彼らの眼に映ったのは、人間ではない──魔物の兵だったから。
「これは……凄まじいな。魔軍を丸々1つ操っているのか……」
「にゃふふ。悪魔界の魔法の神とまで言われたニャンには朝飯前にゃ──準備は整ってるにゃ?
「──は!! ニャングザイ様万歳!! 魔王様に革命!! 革命イズビューティフォー!! 私革命大好きだから何も問題ない!! ヤッター!! ヤッター!!」
──そして、魔人や魔王の目の届かない山脈の回廊にはその人間の軍の首魁である魔人ガイの姿と人間と契約したことで地上に現れた第壱階級悪魔ニャングザイがおり、更にその側にはニャングザイの力で寝返らせた魔物大将軍ゲバラが正気を失った様子でそこにいた。
その大将軍と魔物兵。総勢20万──彼らを操ることで魔王率いる魔軍の数を、少なくともこの場にいる数の上では上回る。
「これならば魔人を惹きつけることも出来るか……」
「いーや、これでも完璧じゃないにゃ。だから大契約を結んでくれた人間達向けに特別サービス──こいつを使ってやるにゃ」
魔人を惹きつける役目をこなせるというガイの言葉を否定し、ニャングザイが悪い笑みと共に掌からふよふよとした何かを取り出す。初めて見るそれにガイは眉間に皺を寄せた。
「……それは……?」
「魂にゃ。それもニャンが何千年も前に契約で手に入れた強大なドラゴンの魂。これを禁呪でドラゴンの死体に一時的に憑依させて──」
そう。それは魂だった。
悪魔が地上にいる生物と契約することで奪うことの出来る生物の魂。その1つをニャングザイは事前に仕留めてきたブルードラゴンの死体に押し込む。その上で呪文を唱えた。
「ニャン・シュタン……ニャン・ガシャンナ……ニャン・シュタン……ニャン・ガシャンナ!!」
「! ドラゴンの死体が膨張している……!?」
呪文を唱え終わった瞬間、凄まじい魔力と禍々しい力がニャングザイとドラゴンの死体から湧き上がる。
それは遠くにいる魔王ジルや魔人達にも伝わってしまうほどに強大だった。
だがそれも当然。第壱階級悪魔のニャングザイの力も然ることながら、そのドラゴンもまた歴史に名を残していた竜の一体。
「にゃふふふ……!! さあ蘇るがいいにゃ!! 魔王との戦いすら生き残った
「────!!!」
ニャングザイの高らかな宣言と共に……声にならない号吼と大地を揺るがす轟音が戦場全体に響き渡った。
参陣していたハンティ・カラーはそれを見た。
「あれは……!?」
遠くに見える霧間から覗く巨体。それは元ドラゴンであるハンティにとって懐かしくも危険な存在だった。
かつてこの大陸を支配していたドラゴン。その唯一の国家である大陸統一国家トロンにはドラゴン王であるマギーホア以外にも強大なドラゴンがいた。
その代表が大陸各方面軍を率いる四大聖竜。
西部方面軍将軍──ダイヤモンドドラゴンのライゼン。
東部方面軍将軍──エメラルドドラゴンのクアルコム。
南部方面軍将軍──アレキサンドドラゴンのA・P・シリコン。
そして北部方面軍将軍──サファイアドラゴンのインテル。思い出すのはその個体。
ライゼンに匹敵する巨体と青い鱗を持つかのドラゴンは北部の豪雪地帯を住処にしていたマギーホアの幼馴染にして冷静沈着かつ無慈悲な法の番人だった。
「なんだか肌寒いですわ!!」
「魔軍の裏切りだけじゃなくてなんか変なものも召喚されてますよう!?」
「ううむ……あれほどの巨竜が他にもいたとはの……」
「それほど数がいるわけじゃないけどね……だけど間違いない。あれはライゼンと同格のドラゴン……インテルだ」
出撃までにハンティと共にその場にいたレオンハルトの使徒の内の3体。キャロル。ペール。お町がそれぞれ反応を見せたのでハンティは知るものとしての義務として説明をする。
かの青い竜はライゼンの伝導超過やノスの膨張硬化のように特殊な力を持つ。それは──
「──面白い。力を見せてみろ」
「!? あ、あれは……」
「っ……なんと禍々しい……」
「魔王ジルの……
しかしその力を説明するより先に戦端はあまりにも唐突に開かれる。ハンティ達がいる魔軍の陣地の後方。崖の上から魔王ジルがその魔法を行使した。
魔法に長けるハンティはそれもまた規格外であることを知る。
魔王ジルは決して暴威を振るうだけの魔王ではない。その力の根源。その本質は元々賢者である。
多くの知識を有し、古代や魔法の研究に長けたジルは魔王となってからもその在り方を全て損なってはいない。ただその知識は人間を苦しめる方向に全て向けられただけ。
人を救うために少なからずつけた魔法の力。才能。だが魔王になってから開発した魔法は全て──人間を苦しめるためのもの。
「この魔法は痛覚を維持したまま対象を腐らせる──耐えられるものなら耐えてみるがいい」
ジルは嗜虐的な表情で魔法を行使する。
それはただ人を殺すだけではない。より苦しめて殺す。
痛覚を増大させる魔法。生命活動を維持させたまま人を焼く魔法。内蔵や骨を食い荒らす魔法。神経に直接痛みを与える魔法など──多くの魔法を生み出し、それらを人間に使って苦しめた。
その数多くの魔法の中でジルが最も好んで使うのがたった今放った黒い棘──対象を腐らせる魔法。
それで四肢を穿ち、四肢を腐り落とさせる。そうして人うしを作る。ジルがかつて受けた痛みと苦しみを味わわせるその魔法こそ、ジルの根源だ。
どこまでも──いつまでも、人が憎い。
賢者であった己を欲望と猜疑心。嫉妬から虐げた人間が憎い。利己的な人間が憎い。悪意を持つくせにそれを覆い隠す人間が憎い。自分のことしか考えていない人間が憎い。そのくせ気まぐれで偽善を行う人間が憎い。不平等を是としながら平等を謳う人間が憎い。同族同士ですら殺し合う人間が憎い。歴史から学ばない人間が憎い。人の痛みを理解できない人間が憎い。安全なところから一方的に攻撃してくる人間が憎い。頭の悪い人間が憎い。醜い人間が憎い。弱い人間も強い人間も憎い。大人も子供も老人も憎い。男も憎い。女も憎い。人間が憎い、人間が憎い、人間が憎い。
「1万人、だったか。ならある程度は生かし、その上でどこかにいるであろうお前たちの家族は人うしにしてやろう。逆らえば死ぬまで苦しめる。己の縁者を泣きながら、それでも我が身可愛さに苦しめるお前たちを城の庭先でしばらく飼ってやる。くく……今から楽しみだな」
──故に未来永劫苦しめ。
ジルの渇望は一切変化していない。
また一切満たされてもいない。
もっともっともっと──苦しみ抜いて死ね。苦しんで死ぬために生きろ。苦しむために生まれろ。この世に生まれ落ちたことを後悔するほどに苦しんで死ね。
魔王ジルの呪詛。憎悪はあまりにも深く大きく、負の気配として他者にも感知出来る程に凄まじい。魔人ですらその呪詛には参ってしまう。恐怖してしまう。その憎しみが万が一にでもこちらに向けられたら──それを思えば恐怖するしかないのだ。
そしてジルは己の願いを叶えるために、未来永劫魔王であるために神への謁見を果たし、永遠の魔王となった。
後はもうこの地獄を地上に永遠に顕現させるだけでいい。それを是としないガイの抵抗ももっともだ。止めなければ永遠に続いてしまうのだから。
しかしそんなガイの抵抗すらジルは愉しみでしかない。根本的に人の苦しむ様を楽しめるようになったジルは人間の抵抗にすら後に与える苦痛の下ごしらえとして愉悦できる。
そして必然──この戦いには勝利する。それを微塵も疑っていない。己の力はそれを容易に叶えられると客観的に理解している。だからこそ、
「ゴオオオオオ──────!!!」
「! ほう……! 面白い力を持っているな……」
「あれは冷凍気化ですジル様。かつての四大聖竜、インテルの持つ特性……身体から冷気を噴出してあらゆるものを凍らせる……まさかそれが復活するとは」
「ファンタスティック!! あれはミーのボディに最適!! 欲しい!! 絶対手に入れる!!」
「あわわわわ……(冗談じゃねぇ! 誰があんなのと戦えるか! 俺様は寒いのは嫌いなんだよ!!)」
──魔王ジルの放った黒い棘。それが青い竜の放つ冷気によって凍らされる。
遠方から。それも全力ではないとはいえ、魔王の放つ魔法だ。それを防ぐことが出来るというのはまさに規格外──魔王とすら戦って勝利したドラゴンの力に少なからず驚きを見せるジル。
自身も元ドラゴンである魔人ノスが驚きと共に血を滾らせる中、レッドアイは新たな寄生先の候補を見つけ、ケイブリスはやはり怯えていた。
そしてレオンハルトは変わらないジルの背中を見て……その意思を再度固め直す。
「……ではジル様。我々も動きましょう。指揮は私が行っても?」
「ああ。好きにしろ。私はしばらくここで遊ぶ。お前達も適当に遊んでくるといい」
「畏まりました。──ではそれぞれ人間の軍とどういうわけか寝返った魔軍を相手してもらう」
ジルに許可を取ってからレオンハルトは事前にある程度決めていた配置換えを行う。ジルの希望通りにあえて隙を作ってやるための配置だ。魔人がそれぞれ四方に散って人間の部隊や魔軍を相手にする。
「人間の部隊はケイブリス。左翼の魔軍の部隊はレッドアイ。右翼のドラゴンとその麓にいる人間の部隊はノス。俺もドラゴンの方に向かう」
「ま、任せてください! (ほっ……人間が相手で助かったぜ……)」
「オーダーは任せるよろし!! メイクドラーマー!!」
「ふん……ドラゴンは儂に任せてもらうぞ」
「好きにしろ──ではすぐに動け」
魔人だけでなく魔軍全体の指揮も行い、レオンハルトはジルの背中を数秒見ていたがそれから視線を切る──その表情に僅かな憂いを残しながら。
そして魔人達は幾つかの計算外もありながら──遂にガイ派と激突する。
同時に魔軍の軍勢もまた動き出すが……そこには今回の軍勢を指揮する魔物大将軍カエサルと側近の魔物将軍ブルータスが共にいた。
「ふ……ふふふ……!!」
「──どうしましたかカエサル閣下?」
「どうしたもこうしたもない!! 私は歓喜しているのだ!! これほどに歯ごたえのある戦いに!! 我が知略と武力と美しさを存分に行使できる戦いに!! おお……神よ感謝します……!! あのゲバラはいつも革命したいと口で言うのみで何もしない口だけ野郎だと思っていましたが、本当にこのような愚考を犯すとは……私の生に潤いを与えてくれてありがとうございます……そして願わくば美しい女の子モンスターになりたい……」
「……そうですか。では更に潤いを与えてあげましょう」
「ん? 何なのだ、ブルータス──ぐおぁ!!?」
魔物大将軍カエサルが高笑いし、神への祈りを短く済ませて側近のいる背後に振り返る──その瞬間、カエサルは身体に衝撃を受けた。
「な、何が起きた……斬撃……? 私の身体を傷つけるほどの攻撃を一体誰が……? というかこれは……ブルータス?」
「……………………」
「……おい、冗談はよせ。お前は私の最も近しい側近。お前が私を裏切る筈が──」
「──カエサル様暗殺する!! ガイ様万歳!! ガイ様万歳!! ヤッター!!」
「ブルータス、お前もかぁ──!!? ぐわぁぁぁぁぁ!!?」
──カエサルが再び背後から斬撃を受けて叫び声をあげて倒れる。裏切り者だけでなく謎の攻撃を受けたことに対しても彼の驚きは相当なものだった。
そしてそのカエサルの背後から短刀を抜き、ブルータスの背後に移動した小さな黒い影があり。
「──魔物大将軍……
短く呟き、襲撃者は短刀を懐に収めるとブルータスの背後から闇に消える。
戦いはいきなり激動の展開を迎えようとしていた。
今回はここまで。軽く今回出てきたキャラの説明。
魔物大将軍ゲバラ:GL期の魔物大将軍の内の一体。真面目だが革命大好きで戦争もないし根が真面目だから革命も出来ないので燻っていた。元からそういう感じなので心の隙がでかかったので容易に操られた。大将軍としてはかなり優秀で魔物にしては自分を律するタイプ。ただし部下にもそれを求めるので暴れたい部下からはあんまり慕われてない。真面目に1000年間勤務した結果がこれ。
サファイアドラゴンのインテル:四大聖竜。マギーホアの幼馴染で冷静沈着なクールキャラ。体長40メートル。全身から冷気を放出する。ドラゴンのルールを破ったものを氷漬けにするので怖かったし、敵対者に厳しかったので配下に命じてホルスの戦艦を襲わせたりしたがアベルに撃退されたりして色々あった。ドラゴンの例に漏れずカミーラが好きだった。天使に狩り殺される前に悪魔と契約して魂をニャングザイに奪われて使役されることに。
開戦したので次回からまだまだ戦い。お楽しみに。
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