※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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ハンティと魔王の料理4

「――さて、心の準備はいいか?」

 

「……一応」

 

 ハンティはレオンハルトの言葉に渋々と頷いた。

 ……とうとう、魔王とご対面か……。

 内心で呟くも暗いものが混じってしまうのは気の所為ではないだろう。

 ハンティはレオンハルトとキャロル、そしてその背後にある扉を見る。

 レオンハルトに連れられてきたこの場所に三人以外の気配はない。少し離れたところに警備の魔物兵や女の子モンスターのメイドさんがいるくらいだ。

 それはこのフロアに魔王の部屋があるからに他ならない。先程案内してもらった食堂近辺のフロアと違って、私用で訪れる魔物は一人としておらず、全員が何らかの仕事をこなしている。

 いるとすれば、それは自分達くらいのものだが、これも魔王がハンティに会いたいと言った為であるから、命令を聞くということになる。ならばこれも、ある意味仕事のようなものだ。

 

「よし、ならいくぞ」

 

 ハンティが思考する中、レオンハルトが扉をノックする。そして、少し声のトーンを落とし、

 

「……俺だ、スラル。使徒を連れてきたんだが、入っていいか?」

 

 と魔王の名を呼ぶ。そしてその態度に密かに驚く。レオンハルトが魔王相手に、何とも気安い口調であったからだ。

 だが、少し間をおいて中から返事がきた。

 

「――入って」

 

「!」

 

 その声は、女性のものだった。ハンティの眉が思わずぴくりと動く。

 そしてレオンハルトがドアノブに手を掛け、躊躇なく扉を開いた。そこに入っていくレオンハルトにキャロルと一緒に付いていく。

 

「失礼しますわ!」

 

「……失礼します」

 

 彼女に倣って挨拶しつつ、室内に入る。

 ぱっと見た感じは普通の部屋だ、魔王の部屋というだけあって、それなりに豪奢で調度品もそこそこではあるが、本が好きなのか大きい本棚に本がぎっしりと詰まっている以外は極めて普通。

 そんな部屋の主、魔王がとうとうハンティの目の前に姿を現した。

 

「いらっしゃい。ん……貴方がハンティね?」

 

「――――」

 

 ハンティは魔王の姿を視線に捉え、絶句。

 言葉は口が詰まって出なかったし、出なくてよかった。何故なら、目の前にいる魔王スラルの姿は、

 ……えっ、こんな少女が魔王……?

 は? という思いが真っ先に湧き上がる。その間にレオンハルトが淡々と、

 

「ああ、そうだ。こいつが俺の新しい使徒だ」

 

「わたくしの後輩でもありますわ!」

 

「……ふーん」

 

 キャロルの自慢するような声を聞いて、魔王が半目になりながらこちらをじろじろと眺める。視線が上から下まで動き、何やら見定められているような感覚を覚える。だが、

 ……さすがの存在感……なんだけど。

 何処か違和感を感じた。見た目は人間の少女のようだが、そこはやはり魔王と言うべきか、魔人のそれを数倍にした様な凄まじい存在感と重圧ではある。

 しかしそこに恐怖というものを不思議と感じないのだ。

 例えるなら、先程のカミーラ。彼女のプレッシャーたるはそうそうたるものであった。

 なら目の前の魔王は?

 威圧は感じるものの何というか、そこに覚えた感情は――強いて言えば、バツが悪いである。それに魔王の表情も、こちらを責めるようで、

 

「……何かないの?」

 

「……おい、ハンティ」

 

「――あっ」

 

 と、魔王、そしてレオンハルトに軽く注意されてハンティは我に返る。レオンハルトが、何やってんだ……、と小声で嘆いている。キャロルからは「落ち着いて挨拶すれば大丈夫ですわよ」と励まされた。

 そう、言われた通りまずは挨拶だ。それすら抜けているとはよっぽどである。注意したくもなるだろう。ハンティは内心で自分の失敗を恥ずかしく思いながらも、表では丁寧にゆっくりと頭を下げた。

 

「……お初にお目にかかります魔王様。レオンハルト様の使徒、ハンティ・カラーと申します」

 

 そしてちらりと魔王を見上げてみると、機嫌はどうか、と。

 魔王がニコリと笑みを見せてくれる。故にハンティは安心した。

 

「……ふーん……そうなんだ。私は、レオンハルトの、主のスラルだけど」

 

「? は、はい」

 

 今、言葉のアクセントがおかしかった様な気がする。何気に言葉尻もよく分からない。しかし、一使徒風情が天下の魔王様にそんな細かい事を指摘出来るわけないので頷いたが、自分の頭には疑問符が浮かんでいた。

 だが、それにツッコミを入れたのは、

 

「……何だその変な自己紹介。急に頭でも悪くなったのか?」

 

「ちょっと!? その言い方はないでしょ! 失礼よ!」

 

 レオンハルトだった。魔王が言う通り、随分な言い草である。だが、それを言われても彼はやめるつもりはないようで、言葉を続ける。

 

「それに、ハンティはしょうがないにしても、なんかお前の方まで固くなってないか?」

 

「っ! そ、そんなことはないけど」

 

「……そうか?」

 

「そうよ。……ハンティも、そんなに固くならなくていいからね? もっと普通に喋っても大丈夫だから」

 

「えっ、あー……」

 

 不思議そうに魔王スラルを見るレオンハルト。だが、魔王はそれを否定すると取り繕うようにわたわたとしながらこちらに話しかけてきた。思わぬ言葉にどうしたものかと視線を右上に逸らす。

 魔物の親玉にして世界の支配者である魔王との謁見にしては、

 ……相手、魔王なんだけど……思ったよりも緊張感ないなぁ……。

 目の前でこちらを見上げる少女の姿に、そんなことを思ってしまう。確かにレオンハルトが言っていたように、自分が想像していた魔王像とは全然違っていた。

忠誠の証に人間の血でも求められるかも、とか冗談半分、本気半分で想像していたのだが。

 だが、結局は――

 

「……なら、お言葉に甘えさせてもらう――けど、いいかな?」

 

「うん、堅苦しいの嫌いだから」

 

 魔王の言葉に、あ、許された、と安堵する。恐る恐る顔色を窺いながら言ってみたが、本当に大丈夫そうである。少なくとも表には不機嫌な色は全然見えない。

 むしろこちらに気を使っているようであり、今もソファーを手で示しながら、

 

「それじゃ皆、こっち座って。今、お茶淹れるから――」

 

「あ、はい」

 

 と普通にもてなそうとしてくれる。

 そしてそれを、

 

「――待て」

 

 何故かレオンハルトが止めた。急にシリアスな顔と声色で、スラルの手を握る。

 それにスラルがビクッとした。

 

「え、な、何? きゅ、急に手なんか握って……い、いきなり来るとびっくりするんだけど――」

 

「お茶を淹れるのはやめてくれ」

 

「……えっ?」

 

 何かと思えばお茶を淹れるのを止めさせたらしい。スラルが疑問符を頭に浮かべる。

 だがそれを無視しながら、レオンハルトはこちらに顔を向け、

 

「キャロル、代わりに淹れろ」

 

「畏まりましたわ! ささ、お茶はわたくしが淹れますのでスラル様はこちらに。ハンティも」

 

「あ、ちょっと……!」

 

「? それじゃあ……」

 

 キャロルがレオンハルトの言葉を受け、少し強引にスラルを引っ張って席に着かせる。そしてこっちにも言葉を掛けてきた。またしても微妙な違和感を感じるが、主にそういった雑務を代わり出るのは不自然ではない。なので深く考えずにソファーに腰掛けた。眼前から声が聞こえた。

 

「…………レオンハルトの馬鹿……お茶くらい大丈夫なのに……!」

 

「えっ?」

 

「えっ? ……あ、いや、その……何でも無いから気にしないで……」

 

「そうだ、気にするなハンティ。お前は大丈夫だ」

 

「……? わかった」

 

 あはは……、と取り繕うような笑みを浮かべるスラルに首を傾げる。何だかよくわからないがこの状況が少し不満を感じているのだろうか。横目でレオンハルトを恨みがましく見つめるスラル。しかしそれすらも受け流しながらレオンハルトも席に座ろうと移動した。

 その動きと同時。

 

「――スラル様ー! レオンハルト様ー! 茶器が見当たりませんわー!」

 

 と部屋の奥から声が聞こえた。二人を呼ぶキャロルの大きな声だ。

 そしてそれに反応したのも、二人だ。両者とも立ち上がり、

 

「えっと、茶器は――」

 

「いいからお前は大人しく座ってろ! キャロル! 茶器は――」

 

「むっ」

 

 その強めの制止に少しイラッとしたのかスラルが不満顔になる。言い返すように、

 

「場所教えに行く位いいじゃない。レオンハルトこそ座ってて」

 

「いや、駄目だ。俺が行くから座ってろ」

 

「……部屋の主は私なんだから」

 

「主なら大人しく部下に任せてろ」

 

 スラルがそのまま向かおうとするのをレオンハルトが止めた。何故か口喧嘩のようになっている。微妙に雲行きが怪しくなってきた。

 ……え、何これ、どういう状況?

 ハンティが困惑する中、スラルはレオンハルトから視線を切り、

 

「……ふーんだ。私は魔王なんだから魔人の言うことなんか聞かなくていいもん」

 

「なっ――」

 

 ぷいっとそっぽを向き、そのままキャロルの方に足を進めた。それに絶句するレオンハルトだったが、それも一瞬だけだ。直ぐ様、スラルに追い縋り、

 

「……チッ! わかったわかった。なら俺も見てるからな」

 

「……そこまで慎重にならなくても」

 

「余計な事はするなよ。茶器にも一切触れるな。何が起こるかわかったもんじゃない」

 

「人を危険物みたいに……」

 

 そう言ってぶつぶつと文句を口にするスラルと一緒に部屋の奥に引っ込んでいった。

 ハンティはそれを見て、唖然とする。その場にはハンティだけが取り残されてしまった。それ自体は構わないのだが――色々と不可解であり、今日何度目かになる溜息と共に生じた感想は、

 ……うん、とりあえず仲は良さそうだけど……。

 何というか、つくづく魔王と魔人に相応しいやりとりではない。主と従者にしては結構――いや、かなり距離が近いのだ。

 まるで家族や恋人、兄妹や親友同士のような関係に見えてしまうくらいには。少なくとも仕事だけ、魔王と魔人というだけの関係ではないだろう。

 

「……はぁ……ちょっと疲れた」

 

 溜息と共にちょっとした弱音を吐き出す。今日一日だけで色々とイベントが目白押しだった所為か、体力的にも精神的にも結構きている。ここ百年では一番キツい日かもしれない。目尻を揉みながらそれを考える。

 ……でもまぁ、最悪ではなかったのかな。

 これからも一ヶ月毎に、レオンハルトが居る場合は魔王城を訪れることになるだろう。それをこなしていく上で避けきれないものを今日である程度消化出来たのは良かったかもしれない。

 カミーラとスラル。ドラゴン種の生ける王冠と魔物の長である魔王。この二人との邂逅以上に気を揉む出会いはこの世界には無いんじゃないだろうか。この世界で最上級にヤバい二人だろう。どんな立場でどんなシチュエーションかにもよるが、少なくとも普通の人間からすると最悪に違いない。

 ……あたしがドラゴンカラーで、使徒だったからかもしれないけど。理由もなく危害を加えられるような事は無さそうだね……。

 ハンティとしてはそれに尽きる。実際に出会ってみた感じ、二人共そこまで悪い感じではなかったのが不幸中の幸いなのだ。

 

「これからは思ったより楽出来そうかな……?」

 

 しかしそれでも気疲れした。ハンティは三人が近くにいないこの間だけでも、多少気を抜くことにした。一背もたれに背中を預ける。さすがに魔王の私室に置いてあるだけあって良いソファーで、座り心地は良い。

 続けて今度は視線を下げる。そこにあるのは黒を基調にした色彩の長方形のテーブル。これも中々の物なのだろうな、と何となく眺めていると、

 

「……ん、これは」

 

 テーブルに一つ、何やら丸い、何かを包んだ袋のようなものが無造作に転がっていた。ハンティはそれを手に取り中を開いてみる。中には親指サイズの黒くて丸い物体。それだけなら何か怪しいものだが、その匂いからハンティは正体に気づいた。

……チョコレート、だね。

 甘い匂いでそれに気づく。最初はゴミが落ちているのかと思ったが、気づいてみればお菓子を包む袋である事がわかる。

 何故、一つだけ。しかもこんな無造作に置かれていたのかは分からないが、片付け忘れだったりするのかもしれない。あの魔王ならソファーに寝転がってお菓子を摘んでいても違和感がない為、浮かんだ想像だが、あながち間違って無さそうだ。

 そこで、ハンティはちょっと魔が差す。

 ……食べようかな。

 これが大切な物に見えなかった故にそんな考えが真っ先に出る。本来なら、戻ってきた時に差し出す方がいいのだろうが、隠れてお菓子を食べていたことがバレてレオンハルトに怒られる――というのはさすがに行き過ぎた考えだが。

 

「……何か、妙に美味しそう……」

 

 どことなく変な魅力が、このチョコレートから漂っているような気がする。それが食べようと思った原因だろうか、大した物じゃないだろうし、食べても問題ない。そしてそもそもバレもしないんじゃないかと思ってしまう。

 

「――んっ」

 

 ハンティはやがて、その魅力に抗えず、それを口にした。

 甘味が舌の上で広がり、身体に刺激を感じた。その瞬間。

 

「お待たせしましたわ!」

 

「――!」

 

 キャロルの声に身体がビクッと跳ねて強ばる。キャロルの手には茶器とカップを乗せたトレーがある。

 そして続いてレオンハルトとスラルも戻ってきた。

 

「……何でお茶淹れるくらいでこんなに苦労しなくちゃならねぇんだ……」

 

「あ、あはは……ご、ごめんってば……」

 

 何があったのか、レオンハルトがげんなりと肩を落としており、スラルが気恥ずかしそうに謝っていた。

 ……あれ、このタイミングまずくない?

 ハンティが、あ、と思った瞬間、キャロルの視線がこちらを捉えた。そして不思議そうに首を傾げ、

 

「……? ハンティは何を食べていますの?」

 

「あっ、これは――」

 

 やってしまった、とハンティが視線を逸らすと、

 

「!? は、ハンティ!!」

 

「!」

 

 突如、慌てたようにレオンハルトがハンティに詰め寄ってくる。そして肩をガシッと掴んで、

 

「お前、何を食べた!? まさかこの部屋にある物を食べたんじゃ……!」

 

「っ!? あ、その……ご、ごめん……!」

 

 ああ、あれは食べてはいけないものだったのか、と後悔するももう遅い。レオンハルトが必死に肩を揺さぶってくると、

 

「――身体は大丈夫か!?」

 

「――へ?」

 

 何故か身体を心配される。

 更には小走りでスラルがやって来て、心配そうな表情で、

 

「――い、意識はある?」

 

「――えっ?」

 

 と聞いてきた。ハンティは二連続で来た謎の質問に間の抜けた声を出すしかない。

 何故そんな事を聞くのかは分からないが、身体も大丈夫だし、意識もある。なので二人の様子に面食らいながらも、

 

「大丈夫、だけど……?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 それを聞いた二人が黙ってしまう。そして小声で何かを相談し始めた。

 ……え、どうしたの……?

 ハンティは黙ってそれを待つしか無かった。

 

 

 

 

 

 レオンハルトは眉間を指で揉みながら、疑念に満ちた表情で呟く。

 

「食べたのはスラルの料理じゃないのか……?」

 

「多分、いや、きっとそうよ。私の料理を食べて無事な訳が――って自分で言ってて凹む……」

 

「……ああ、うん。わかったから落ち着け。……ハンティはとりあえず大丈夫そうだが……じゃあ、こいつは何を食べたんだ……?」

 

 スラルが落ち込んでしまう中、新たな疑問がレオンハルトの中に浮上する。

 だが、不意にそれは解消された。キャロルがハンティの手元を見て、先程の「何を食べてるか」という自身の質問を自らで推理する。

 

「……その包み紙から察するに――お菓子ですわね!」

 

「……うん、チョコレートだよ。テーブルの上に一つだけ置かれてて……あー、ごめんなさい」

 

「いや、それは良いんだが……」

 

 テーブルの上にあったチョコレートを食べた。そう告げて申し訳なさそうに謝るハンティ。が、それ自体は別にいい。問題は――

 

「――あっ」

 

 そのフレーズに反応する者がいた。

 スラルだ。故に嫌な予感がする。

 

「……スラル?」

 

「な、なに……なんでもないけど……?」

 

 改めて顔を向けると視線を逸らされる。何でもないならそんな気まずそうな表情にはならないだろう。

 レオンハルトは確認を取ろうと恐る恐ると口を開く。

 

「……おい……まさかとは思うが……」

 

 スラルが視線を逸しながらも観念したように。

 

「…………えっと……その……昨日、作っちゃった……」

 

「…………マジ、か……」

 

 作った、というその発言に絶望し、レオンハルトは頭を抱える。しかし、それを見たハンティが、

 

「あの、本当にごめん。そこまでの物だとは思わなくて……」

 

 と、再び謝ってきた。何を勘違いしているのか、毒物を食べさせてしまったのだからむしろこっちが謝りたい気分だ。

 ……あれ、でもこいつ……?

 レオンハルトはハンティをまじまじと見つめる。その様子は申し訳なさそうではあるものの、以前と変わりない。

 それを見て、あれ、と疑問を覚える。

 ……こいつ、スラルの料理を食べたのに何で平気なんだ……!?

 スラルの料理は必殺料理だ。理由は不明で、見た目も香りも普通だが、食べれば何が起こるか分からない。しかし最低でもとてつもない衝撃が全身を襲い、他にも失神、幽体離脱、一時的に瞳孔が開いたり、呼吸が止まったりする。

 以前、使徒であるキャロルが食べた時は命の危機だった為、魔人以外の喫食を禁止した。自分などはよく練習に突き合わされて地獄を見ている。

 

「レオンハルト……」

 

 苦い経験を思い出していると、スラルが不安そうに声をかけてきた。ハンティをちらちらと見て様子を窺ってる辺り、自分と同じ様な疑問に行き着いたのだろう。

 

「……スラル、そのチョコレートまだ残ってるか?」

 

「残ってるけど……え、食べるの?」

 

 何故かちょっと嬉しそうだ。何で喜んでんだよ、とツッコミを入れそうになるも、レオンハルトはその様子に呆れて息を吐きながらも答えてやる。

 

「……一応、確認しないとな。もしかしたら本当に大丈夫かもしれん」

 

「っ! ――すぐ持ってくる!」

 

 スラルが一瞬、希望を見つけたように顔を輝かせ、しかし気を引き締めるように真剣な表情に戻る。そして目的の物を取りに駆けていった。

 

「……一体どうしたのよ」

 

「ですわねぇ……とりあえず、お茶淹れときますわ」

 

 ハンティとキャロル、二人の使徒が不思議そうにこちらを見ていた。ハンティはまだよく分からないが、キャロルは以前とんでもない目にあったのだが、料理の副作用なのかその記憶を忘れてしまっているので事態の深刻さが分かっていないようで、お茶を淹れ始める。

 ……だが、助かる。お茶でも飲んで落ち着いて――

 

「――持ってきたわ!」

 

 スラルが戻ってきた。

 

「…………速いな」

 

「重要な事だから! はい、これ!」

 

「……ああ」

 

 スラルが興奮したようにチョコレートを俺に差し出す。それを手に取り眺める。

 ……ちょっと心の準備が欲しかったんだがなぁ……。

 見た目はチョコレートだ。微かな甘い香りもチョコレート。

 しかし、見た目や作り方に問題がないのはいつもの事だ。問題は変な刺激や症状が出ないこと。味も二の次だ。

 だが、今回ばかりは少しだけ安心出来る要素がある。ハンティが食べて平気なら、大丈夫なのでは、という希望が。

 唯一スラルの料理を好むガルティアには毒に強い耐性を持つムシ使いの魔人ということであんまり当てにならないが、ハンティは違う。ならば今回こそは大丈夫かもしれない。

 スラルも隣でハラハラしているのかじっとこちらを見つめる。スラルにとっても念願ともいえる自身の料理の改善。それが叶うかもしれないと固唾を呑んでいるのだろう。

 ――よし、いくか。

 

「――ん」

 

 一口サイズのチョコレートを口に放り込む。そのまま舌で確認する。そして、

 

「ど、どう?」

 

「…………味はチョコレート、だな……」

 

「嘘!? やった――!!」

 

 スラルが跳び上がって大喜びする。

 

「? ……よくわかりませんが、おめでとうございますわ!」

 

「おめでとう……?」

 

「うわぁぁん! ありがとうーー!!」

 

「え、えぇっ……!? ほんとに何が……?」

 

 使徒たちに祝われちょっと涙ぐみながらお礼を言うスラル。スラルに手を掴まれ若干混乱してるハンティを見ながら、レオンハルトはチョコレートを味わう。

 ……しかし、おいおい……マジかよ……。

 咀嚼してみても特に問題は見つからない。食感もチョコだし、味もチョコだ。信じられない出来事だが、本当に大丈夫みたいだ。

 ……でもまぁ、良かったな。

 あれだけ料理の練習に付き合った身としては少し肩の荷が下り気分だ。まだチョコレートだけなので、全てが改善したとは言えないが、一種類だけでも大きな進歩だ。なにせ今まではまともに食べられるのが一つも無かった訳だし。

 そんな事を考えてる内にチョコレートを食べ終わる。そして、

 

「……うん、やっぱ普通のチョコレ―――」

 

 不意に、意識が反転した。

 

 

 

 

 

 ――ん、ここは……?

 

 気がつけば辺り一面、真っ白な空間にいた。

 自分以外は全てが白に染まった空間。そこに自分は立っている。

 

――俺の身に何が起こった……?

 

 身体の感覚はあるものの、それだけだ。真っ白な空間にただ居るだけ。

 自分が何者かも分からなければ、一体何故ここにいるかも分からない。

 しかし、とても心地良い空間であることは確かだ。このまま空間と同化し、消えてしまっても構わない程に。

 そんな時だ。頭上から一筋の光が差した。そこから声が聞こえてくる。

 

『――――』

 

 ――な、何だ?

 男とも女とも、老人とも子供ともつかない声が耳に届く。

 ……一体誰なんだ……?

 その正体をその誰かに問う。

 

『――――』

 

 ――!

 その答えが頭上から聞こえた。

 そしてそちらを見上げ、その答えに身を震わせる。

 なるほど、理解した。

 片膝を突き、両手を合わせる。その動作は自然と出た。

 何故ならそう、この声の持ち主こそが――

 

「神よ――」

 

 ――神なのだ。

 

 

 

 

 

「――はっ!?」

 

 突如、レオンハルトはその意識を覚醒させる。そして身を起こすと、

 

「レオンハルト!!」

 

「ん、お前ら……」

 

「気がついたのね……よかった……」

 

「急に倒れたのでびっくりしましたわ……」

 

 スラルやキャロルが酷く心配した様子で胸を撫で下ろす。

 

「……それで、何があったのさ」

 

 ハンティが訝しげにそんな事を聞いてくる。返答は直ぐには出てこなかった。

 

「いや……急に意識が無くなって……何かヤバい何かと言葉を交わしたような……」

 

「……はぁ?」

 

 ハンティが眉をひそめる。その気持ちは分かるが、しかし、そうとしか言いようがないのだ。

 何か、見てはいけないような何かと対峙した覚えが――いや、やめよう。思い出すと頭がおかしくなりそうだ。

 そんなことより、とレオンハルトはさっきまでの状況を思い出しすと、ハンティに顔を向けて疑問を言葉にする。

 

「ハンティ……お前、あのチョコ食べたのに何も無かったのか?」

 

「た、確かに……何で平気なの?」

 

「皆さんチョコお嫌いでしたの?」

 

 脳天気な質問を重ねるキャロルは無視して、スラルと二人でハンティに視線で問う。その質問が来ると思ってもいなかったのか。え? と一瞬驚くと、少し考えた後に、

 

「うーん……味はただのチョコに――あ、いや、確かにちょっと変な味はしたかも」

 

「味の批評を求めてる訳じゃないんだが……それと味だけを言うならその変な味とやらは感じなかったな。むしろ美味しかった」

 

「そんな事言われても――って、そういえば……」

 

 困ったように頭を掻いていたハンティだったが、何かを思い出したように声を上げた。そしてややあって、決まりの悪そうな表情になると、

 

「……あー、関係あるかわかんないけど、そういえばあたし、よく味音痴とか言われるかな……その所為かもね」

 

「……そんな事でスラルの料理を無効化出来るのか……」

 

 レオンハルトはそれを聞いて微妙な顔になる。そしてスラルも顔を俯かせた。

 

「気にしないで……元はといえば私の料理が悪いんだし……はぁ、やっぱ駄目なのかな……」

 

「……なんかごめん」

 

「あっ、ううん。気にしないで、いつもの事だから……」

 

 謝罪するハンティにスラルが気を使って苦笑する。ははは、とハンティが若干乾いた笑いを響かせる。

 そんな中、キャロルはじっとその話を聞いていて、何を思ったのか、

 

「……うーん、やっぱりよくわかりませんので、わたくしもそのチョコを頂いても――」

 

「「絶対駄目(だ)!!」」

 

「……あ、あはは……賑やかだね」

 

 ハンティこれから先が思いやられるといった様に溜息を吐いて、頭を抱える。

 ――これからの使徒生活は、少なくとも退屈はしなさそうであった。

 




 皆様どうも、黒岩です。大きな区切りの時は後書きを挟みます。
ということでこんな話ですが、これでSS300年は終了。次から年を飛ばしつつ幾つか間の話を挟みます。
 原作をご存知の方々はこの文を読んだ時点で分かってるかと思いますが、SS300年は節目であり例の事件が起きる年でもありますが、この作品では少しそれは異なります。もうここまで読んでる方ならそれこそお気づきのように起こらない訳ではないのですが……。
 SS期の予定してるエピソードも残り数少なく、登場予定の人物の話を終えて、それらの人物を加えた日常を書いたら「締め」にいきます。なので不穏な描写や話も増えます(と言ってもその途中のエピソードが長くなりそうなのでまだしばらくは大丈夫ですが)。

 ということで、次からも応援よろしくおねがいします。
 誤字報告をしてくれる方々、ありがとうございます。いつも助かってます。
 いつの間にお気に入りが2000を越えたり、いつも感想を頂けて本当に嬉しいです。感想を頂ける度にモチベが上がります。
 ここからはSS期も後半戦。次の大きな話は例の魔人の話。出来る限り早く面白く書けるよう努力しますので、ご期待下さい
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