後世に魔王戦争と称されるその戦争に臨む人間にとって、幸運だったのは魔人ガイを中心に多くの魔族が味方として戦ってくれていること。
不幸はそれでも人間は──死ぬために戦っていることだ。
魔人ガイと使徒バークスハムが戦い、第壱階級悪魔ニャングザイがその超常的な魔法を使って魔物大将軍ゲバラと魔軍を寝返らせ、四大聖竜のインテルを召喚してもだ。
人間の役目は、文字通りの肉壁である。
「オラオラオラオラオラオラオラァ──!!!」
「ひいっ!? こ、こんなの──」
「落ち着け!! 落ち着いて盾を──」
魔物討伐隊はこのGL期において魔物を狩って逞しく生きてきた野良の人間達である。
その強さは人間牧場にいる人間達とは比べ物にならない。かつての戦争の時代と比べても彼らは戦闘経験を蓄えた戦士達である。
だが忘れてはならない。彼らが狩ってきたのはあくまでも魔物であり、使徒や魔人ではない。
「おらどけどけ!! 死ねやゴミ人間共!! このケイブリス様に勝てると思ってんじゃねぇぞぉ──!! ぐぁはぁはぁはぁ!!」
ゆえに魔人──その中でも四天王の地位を持つ異形の魔人ケイブリスの暴威の前に全ては蹴散らされるしかない。
中央に陣取る魔物討伐隊。その脅威は右翼や左翼と比べれば大したものではないように見える。彼らの多くはJAPANの陰陽武士。式神によって数を増した上で戦いに臨んでいるとはいえ、それでも左翼の魔軍や右翼の巨竜と比べれば大したことはない。
だが戦力として脆弱でも魔物にとっての敵は人間。魔王ジルにとって苦しめるべき相手は人間なのだ。
だからこそ中央をあえて放置したりはしない。そこには魔人ケイブリスが真っ先に突撃し、人間の軍勢を紙切れのように吹き飛ばしていく。
人間の攻撃は無敵結界によって阻まれる。そして、無敵結界があろうとなかろうとケイブリスの巨体とそこから繰り出される魔人の力。六本の腕から放たれる大剣。それが僅かにでも当たれば人間の盾も鎧も、人間の肉体ごと砕け散る。
そうでなくともケイブリスの体当たりを受けるだけで人間は内臓を破壊される。即ち轢き殺されるのだ。
「ぐぁはぁはぁはぁはぁ!! 弱ぇ! 弱すぎるぜ! 魔人の中で上から数えた方が早い強さの俺様に勝てるはずがねぇだろ!!」
「っ……ぁ……」
ケイブリスの進撃を誰も止められない。
彼らは覚悟して来ていたが、それでもここに来て実感する──自分達は間違いなく死ぬ。
時間を稼いでいる間に魔人ガイか誰かが魔王を倒し、魔人達は撤退する。そんな甘い未来に辿り着くことは決してない。
この戦いに参加する人間は間違いなく死ぬ。魔人か魔王に踏み潰される。誰かが魔王を倒したとしても、その先の未来を見ることはできない。
だがそれでも、それでもと戦いに臨んだのだ。人間の未来が勝ち取れるなら構わないと。
「な、何とか持ち堪えろ!! 防御式神を出せ!!」
「は、はい!!」
しかしそれでも──恐怖からは逃れられない。
魔人が近づいてくる度に何度もそう思った。思って、死んでいく。前や隣の味方が死ぬ度に逃げたくなる気持ちを抑えてその場に留まる。抵抗しようとそれぞれが防御行動を取り、一度でも耐えられれば御の字。二撃目で確実に死んでいく。
「脆い! 脆すぎるぜぇええええええ!! (ガイもここにはいなさそうだし楽な仕事だぜ……!! ぐぁはぁはぁはぁ!!)」
そして力を振るえば人が一気に死んでいく現状にケイブリスは安心する。ケイブリスにとって戦いとはこういうものだ。自分は億が一にも負けはない。ダメージも殆ど受けずに相手は簡単に死ぬ。ケイブリスの理想の戦いとはこういうものだ。
ゆえに1番楽な戦場を任されたことはケイブリスにとっては非常に幸運だった。裏切った魔軍の相手でも良かったが、人間よりは面倒。あのバカでかいドラゴンとは戦いたくない。汚染魔王のアベルと戦ったケイブリスではあるが、あの時は仕方なく味方もいてカミーラもいるから戦ってみせただけで何が悲しくてクソ強いドラゴンとタイマン張らなければならないのか。
それに比べれば今は理想。だからこそケイブリスは調子に乗って力を振るい、口も軽くなる。ここにガイがいないと確信した上で。
「おらおら出てきてみろやガイ!! 人間が味方してくれてるってのに薄情なもんだなぁあああああ!?」
「──ふん。その通りだな。ならその結界だけは破壊させてもらおう」
「へ? ──うおおおお!!?」
──軽口を叩いた瞬間、ケイブリスの頭上から斬撃が来た。
ケイブリスはその奇襲をギリギリで回避するも、無敵結界が破壊されたのを感覚で理解し、小さな心臓を跳ねさせた。ま、まさか、と。汗を掻き、恐怖を感じる。その姿を確認して。
「──来たか。ガイ……!!」
「が、ガイじゃねぇか……よく来たな(いやぁぁああああああ!!? ガイ!? なんでガイがここに!? なんでよりによって俺様の前にぃ────!!?)」
──ジルが口元を三日月のように歪めた。ケイブリスが顔を青くした。同じような台詞を口にしながらもケイブリスは震え声だった。
「これでもう多少は時間を稼げるだろう。それとも……お前も私と戦うか? ケイブリスよ」
「お、おう上等じゃねぇか……(え、俺様死ぬ? でも引いたらジルに殺されるし……八方塞がりじゃねぇか!! うおおおお!!? どうしてこうなった──!!?)」
魔剣カオスという魔人を殺せる武器によって無敵結界を破壊されたケイブリスの動揺は凄まじいものだった。ガイは人間の部隊に紛れ込んでギリギリまで他の魔人をやり過ごしてからジルを襲うつもりだったが、予定にはないケイブリスの突撃によって早期に姿を現すことになる。
そしてケイブリスとも一戦交えることも辞さないとガイはケイブリスを強く睨んだ。対するケイブリスは剣を構えながらも後退る。戦っても逃げても地獄。まさにケイブリス背水の陣。かくしてその運命は──
「──“ダークソーン”」
「!」
「へ……ぎっ、あああああああっっっ!!?」
──魔王ジルによって決定付けられる。
ケイブリスの後方にいつの間にか陣取っていた魔王ジルがその黒い魔法の棘を人間に向かって放ち、その四肢を腐り落とさせる。殺すことはない。生きたまま苦しめるための魔法。それをガイの前でまざまざと見せつけてジルは意地悪い笑みを浮かべる。
「ジル……貴様」
「久しぶりだなガイ……私はこうしてお前と戦う時を心待ちにしていたぞ」
「なら私を狙えばいいだろう……! なぜ人間を攻撃した!?」
「ふ、ふふふ……分からないのか? 決まっているだろう──その方が良い表情を見せてくれると思ったからだ」
言いながらジルは更に黒の棘を人間に向かって放つ。ガイはそれをカオスで叩き落としたが、全てではない。数十人の人間がジルによって一瞬で人うしに変えられる。
「そしてその推測は間違いじゃなかったようだな」
「くっ……!」
(こ、怖ぇええええええ!!! 今すぐここから逃げ出したい……!!)
嗜虐的な笑みを浮かべるジルに、苦悶の表情を浮かべるガイ。人間を犠牲にすることを承知してはいるものの、こうして目の前でジルによって苦しめられる人間を見ると思い悩んでしまう。ガイの良く言えば優しさが、悪く言えば中途半端な対応が発揮された。──そしてケイブリスは怯え続ける。動くに動けない。間違った対応をすれば自分すらも殺されると思って。
「どれ、このまま人間を1人残らず人うしに変えてやろう──魔人ケイブリス。しばらくガイを抑えていろ」
「は!? え、は……はい!! わかりました魔王ジル様!! (うおおおおお!!? 承知するしかねぇえええええ!!!)」
「くっ、どけケイブリス!!」
「そ、そうはいかねぇな! (俺様だってどけるもんならどいて巣穴に帰りてぇよ!! でもどいたら死んじまうんだよクソ!!)」
ケイブリスはジルによって命令され、ガイを剣で抑える。ジルにとってはたまたま近くにいた魔人に適当に命令したに過ぎないが、ケイブリスにとっては命懸けだ。ビビリながらもジルに逆らうことはできないケイブリスはガイと剣を交える。
そしてガイはガイで本気を出すことができない。奥の手はジルに使うと決めている。魔力も精神力も無駄には出来ない。新たな禁呪を使えばケイブリスは倒せるだろうが、昔と違って禁呪は一度や二度が限度。ケイブリスに使ってはジルを倒せない。
「ぎぃやぁぁぁ!!? お、俺の腕がぁ!!」
「あ、足が痛い……っ!! 誰か、助けて……!!」
「手足が……誰か、もう殺してくれ……!!」
「っ……!」
だからこそガイはジルが人間を人うしに変えられるのをただ見続けるしかなかった。通常の剣技や魔法でケイブリスを倒そうと試みながら。
しかしそこにガイと、そしてケイブリス両者にとっての誤算があった。それは、
「っ……(強い……!)」
(あれ? 俺様、思ったよりもガイと戦えてる……?)
ガイとケイブリスの実力が、ほぼ同じだったことである。
いや、正確に言えばケイブリスの方が押していた。肉体的な能力と手数でケイブリスはガイに勝っている。
そのことをケイブリス自身も意外に思っていたが──しかし客観的に見ればそれは不思議でも何でもない。
ケイブリスとガイのレベルはほぼ同じ。200近いものであり、レベルの上で差はない。技能レベルや他の要素に関しては剣技と魔法はガイが勝っているが、素の身体能力はケイブリスが勝っている。
だがガイは魔法を制限されていて、ケイブリスは6本の腕による手数がある。
つまりこの現状においてケイブリスは、ガイを殺しうるのだ。無論ガイが禁呪や奥の手を発動すれば。あるいはジルがおらず、ガイがケイブリス一体に注力した場合の勝負は分からないが──それでもジルが人間を人うしに変えていく姿を見ている現状では。
「ぅおらああああああ──!! (お、俺様強いかもしれねぇ……!)」
「ぐ……!!」
「“ダークソーン”」
「ああああああっっっ!!」
ケイブリスの斬撃がガイを大きく後方に吹き飛ばす。その間にジルはまた人間の四肢を落とす。そうしてガイが歯噛みする──その苦しみにこそジルは楽しみを見出す。
「人間が全滅する前に私の元に辿り着けるといいな……!! 早くしないと全員が人うしになってしまうぞ?」
「っ……うおおおおおおおおお!! ジル──!!」
「うおおおおおおお!!? (攻撃が激しくなった──!!? やっぱ怖ぇ──!! 早く終わってくれー!!!)」
ガイVSケイブリス──そして魔王ジルがいるその戦場はまさしくこの時代を象徴するような地獄だった。
かつて大陸北方の豪雪地帯を生息地としていた巨竜──サファイアドラゴンのインテル。
その体躯は飛竜というよりは海竜に似ていた。翼も持っていて飛行することも当然できるが、地上では四肢を用いて這うように移動する。
そして通り道にある全てを氷漬けにしてしまう。
それはこの戦場でも変わらない。
「ほえーでっけぇですわー……」
「おっきいですねぇ……」
「ライゼン殿とほぼ同じくらいかと」
「ふむ……凄まじいの」
その巨大なドラゴンを、キャロル、ペール、リー、お町の4人は見上げながら呑気にしていた。いや──正確にはどうするべきかと思案しているというのが正しい。
イヴとミシェーラはハンティの捜索の方に向かったため、インテルの前にはこの4人──つまり担当することになったのはこの場の4人ということになる。
だからどうやって倒すかと4人は考えたのだが。
「とりあえず私の幻獣ちゃんで攻撃でもしてみます? 幻獣ちゃんはダメージもありませんし、様子見にはいい感じかなーと」
「我の雷獣でも同じことが出来るであろうな」
「ふむ。確かに。とりあえず殴ったりするよりはマシですね。ではお願いしても?」
「了解ですよう」
「うむ、承った」
まずはペールの幻獣魔法。そしてお町の陰陽術。召喚によってインテルがどのような迎撃手段を取るか様子を見ることにした。その戦略は的確である。未知数の強敵に対していきなり攻撃するような愚は犯さない。
「あれ? キャロル先輩は……」
「む……もうあんなところに……」
──巨竜の顔の目の前まで跳躍し、ガウガウ製の新しい武器の銃口を目玉に向けた完璧使徒以外は。
「先手必勝ですわー!!」
「あ」
──キャロルがその新武具。アサルトライフル型にしたその銃の引き金を引いてインテルの右の目玉を撃ち抜く。
あ、とペールが間の抜けた声をあげた瞬間、インテルは目を潰されて──
「──ギイアアアアアアアアアアアアアアア!!!?」
「おわ!!? 怒り狂いましたわ!!」
「怒り狂いましたわ!! じゃありませ────ん!!!」
──インテルは全身から更に強力な冷気を発しながら、その場で巨体を振り回して暴れ出した。
その場の木々が薙ぎ払われ、大地が砕ける。ペールにリー、お町はそれぞれ跳躍してその攻撃から逃れたが、一歩間違えれば全員吹き飛ばされて大ダメージを負いかねなかった。それゆえにペールは大声でキャロルにツッコミを入れた。近く、キャロルと同じ大地に着地して。
「何をやっているんですか!!?」
「部位破壊、ですわね」
「そうじゃないっ!! そうじゃないですよう!!? 一旦様子を見るために私の幻獣ちゃんかお町さんの雷獣で攻撃するって言ったじゃないですか!? 馬鹿なんですか!?」
「? はぁ、ですがレオンハルト様からこういう時は先手必勝で大ダメージをさっさと与えてしまった方がいいと……それに」
「それになんですか!?」
「──長引けば寒すぎて死にますわ」
「はいわかりました馬鹿ですね!! 馬鹿ですよう!! はいどうしましょうリーさんお町さん!! 私達のチームリーダーはおバカですが作戦は!?」
「落ち着くがよい……」
荒れ狂うペールにお町がやんわりとキャロルへの言葉の暴力を止める。そしてそれを見ていたリーは荒れ狂うインテルを見て、ふむ、と息を入れ。
「しかしキャロル様の言葉にも一理あります。長引けばこの寒さで不利になってしまう。それと片目を真っ先に破壊したのは戦いを有利に進められる。それなりのダメージになったようですし……」
「うっ……まあそれはそうですけど……だからって心臓に悪いですよう……!」
「やはりでかい相手は部位を1つずつ破壊するに限りますわね!!」
先程のキャロルの攻撃は有効だったと結論付け、ペールは若干悔しそうにしながらもその怒りを飲み込む。そうしてお町と共に召喚を行いながら次の攻撃に備えた。
そんな時だった。
『私の目を傷つけたのは誰だ……!!?』
「!? ドラゴンが……」
「喋りましたわ!!」
「意思があるのか……」
「なんと……!?」
暴れ狂っていた状態から立ち直った巨竜──インテルが声を発したことでキャロル達は揃って驚愕する。突然四大聖竜が復活したこともそうだが、それでも声を発せるほど意思があるとは思ってもみなかった。
だからこそ意思が通じるならば、と真っ先に声を発したのはキャロルだった。手で簡易的なメガホンを作って大声で呼びかける。
「申し訳ありませんわー!! でも仕方ありませんのー!! 早く成仏してくださいましー!!」
『謝って許されるのなら法律はいらぬ……我らが大陸統一国家トロンは法治国家だった故──』
そうしてインテルは告げる。眼下の反逆者。自らを傷つけた矮小な者達に無慈悲な──
『法治国家で……ほう、遅刻か?』
「……………………は?」
──唐突なダジャレを告げた。
ペールが驚き、そして極寒の視線を頭上のインテルに向ける。空気も更に凍った気がした。
だがインテルはそこで止まらない。かつて四大聖竜として、そして法の番人として君臨したインテルの厄介な癖を更に発揮する。
『お前達は私を傷つけた……傷害検挙だ……故に生涯謙虚に生きてもらう』
「──このドラゴンは何を言っていますの?」
「私にも分かりませんが……おそらくはダジャレかと」
そう──インテルはダジャレ好きだった。
正確にはユーモアが好きだが、ユーモアのセンスが皆無だった、と言うべきか。クールな法の番人として恐れられていたインテルだが、部下や民を和ませるために唐突なダジャレを放り込むのが癖であった。
ちなみにマギーホアやライゼンといった他の近しい面々には苦笑され、部下からは気を使われていたため自分ではユーモアに溢れていると思っているインテルである。ゆえにその悪癖は死んで魂となっても直らない。
「ふむ、ダジャレ好きの竜か……珍しい竜もおったものだの」
『私の洒落を褒めるのはやめなしゃれ』
「何でしょう……こんな強大な存在なのにどうにも気が削がれるというか……」
『強大で巨大……そんな兄弟は四大なライゼンくらい……』
「なんかラップみたいになってますわ」
「鬱陶しいですよう……とりあえず呪いでもかけて大人しくさせます」
冷気が放出されるよりもある意味寒い空気がその場を支配する。
イラッとしたペールが取り出した杖を用いて呪いを発動する。普段は前髪に隠れたカラーの証のクリスタルや瞳が輝いた。
カラーの女王だったペールが得意とするのは結界や呪い。一度発動されれば人間も魔物もドラゴンもその呪いから逃れることは出来ない。
「──暗闇モルルン」
『!? 前髪で前が見えん……!』
「──竜に前髪はないであろう」
相手の視界を封じる暗闇モルルンが発動され、目が見えないことに驚いた様子のインテル。その際に呟いたダジャレにさしものお町もツッコミを入れたが、とにかくこれで有利だ。キャロルたちは揃って追撃を行おうとする。
「かかりました! このまま攻撃しましょう!」
『──だが凍りついて……故に孤立。
「え……」
──しかしインテルはすぐに迷いなく動いた。まるで見えているかのように正確に動き出したペールに向けて尾を振り回す。
「ペール様!」
「っ……!!? なんで……!? 暗闇モルルンは発動したのに……!?」
その尻尾による攻撃をリーが庇う。魔物大将軍出身の使徒。その膂力で何とかインテルの尻尾を受け止めるも、その巨体から生じるパワーと重みは大地が凍っていることも相まってその場で踏ん張らせることを許さずにリーを吹き飛ばす。
「リーさん、無事ですの!?」
「っ、問題ありません……!! ですがこれは……」
「どうやら目が見えずとも、見えているようだな……」
だが大事には至っていない。ダメージを負いながらも着地して戦線に即座に復帰するリーや他の3人も気づく。ペールの暗闇モルルンが発動して効果を発揮したのが真実なら、インテルは視界に頼らずにこちらを見分けていることになる。
「よくもやりましたわね!!」
『……!!』
キャロルが銃の引き金を引いた途端、インテルは反応してそちらに向けて冷気を放つ。しかし走りながら撃つキャロルはそれを回避した。
反対側ではお町が既に雷獣を召喚し、インテルに攻撃を行う。ペールも幻獣を召喚した。リーはインテルに肉薄し、その身体を直接破壊しようと拳を振るう。
『グオォ……!! 気遣いで傷かい……!?』
「ふむ……ライゼン殿ほど硬くはないようだな……!! ならばこのまま砕いてくれる……!!」
「雷も有効か……あるいは炎を出すか」
「幻獣ちゃんも効いてはいるみたいですけど……」
四方から攻撃され、インテルが苦しむ。
しかしキャロルらの攻撃を喰らいながらもインテルはそれらに反応してみせた。そのことにペールは訝しむ。唯一反応すらされなかった自分の生み出した幻獣を思い──そうして気づいた。
「! もしかして……
「それは何ですのペールさん!?」
「前にガウガウさん達が研究室で言ってました……!! 一部のムシや生物は周囲の環境との温度差や生物の体温を目以外の感覚器官で察知するそうですよう……!!」
ペールは知識を思い出す。自分の幻獣だけが反応されなかった理由は、熱が存在しないからではないかとそこから連想して。
『ほう……知ったかではなく知ったか。私は周囲を凍らせ、熱を奪い去りながら熱を持ち抵抗を続ける生物を見抜く器官を持つ……故に目が見えずとも問題はない……』
インテルがその推測が当たりだと潔く認めてみせる。
冷気を放出して周囲の環境を凍らせるインテルはそれだけで周囲の生物を氷漬けにして狩ることができる。
そして凍っていない生物に関しては熱源探知によって見つけ出す。矮小な生物であれば何もせずとも熱を奪われ凍る。しかし自分と敵対する生物であれば何らかの手段で熱を持ち続ける。
それを見つけ出して狩る。インテルはその手段を生まれながら持ち合わせていた。
『私は魂だけとなり、天に復讐する者……今はもう四大聖竜ですらないドラゴンの残滓インテル……大悪魔ニャングザイ様の道具として生き続けるため、お主らを葬らせてもらう……』
「天に復讐する……?」
「それは一体どういう……」
『知る必要は無し……』
虚ろな声でインテルはそう口にする。意思はあっても生気や熱を全く感じない。
しかし力のみは未だ強大。四大聖竜インテルの放つ冷気が周囲から更に熱を奪い、有利な環境を形作る。
『征くぞ』
「……速っ……!!」
大地を凍らせ、その上を滑るように移動して体当たりを行うインテル──レオンハルトの4人の使徒はそれを受け、反撃のために意思と熱を強くした。
──その悪魔は戦場全体を俯瞰していた。
「ん~やっぱ魔王は結構やるっぽいにゃあ。魔法も結構ヤバそうにゃし、何よりパワーが半端ないにゃ」
森の中にある高台で1人呟くのは猫耳や尻尾を持つ着物の悪魔ニャングザイ。
彼女はこの戦いにおける人間側のプロモーター。人間の願いを聞き入れて戦争を成立させている存在である。
そのため一応の義理と大多数を占める好奇心という名の興味で戦場の各所を魔法で覗き見ていた。
「ふむふむ。魔道具で戦う……いや、こっちの魔人も元は魔道具かにゃ? 面白い発想にゃん。この使徒はかなりやるみたいにゃんね。こっちのインテルと戦ってる使徒も結構強いにゃ。そんで勇者と戦ってる噂の魔人レオンハルトは……確かにちょっとヤバそうだにゃあ。魔人だから魂を複数持ってるのはおかしくにゃいけどなんか違和感もあるし……面白そうにゃけど近づかんでもいいかにゃ」
ニャングザイはプロモーターであり傍観者として評価を行いながら、同時に魔軍を操っている魔法を展開している。暗示に種別されるその魔法は術者も常に高い集中力を保ち、魔力を消費し続けなければならない。
1人2人程度なら目を合わせるだけで操れるが、大軍ともなれば話は別。大規模な術を行使する必要があるため、ニャングザイは森の中で引き籠っていた。
「しっかし魔王のおかげで人間の魂の汚染度が上がってくれてニャンにとっては勝っても負けても万々歳になりそうにゃ。魔王様々にゃ~」
そして中央で人間の四肢を奪っていく魔王を見てニャングザイは尻尾を振る。
悪魔にとって生物の魂、とりわけ汚染した魂は何よりも貴重なもの。
元々この戦場にいる人間の魂は回収してやろうと思っていたが、魔王ジルが人間を苦しめているおかげで魂はある程度汚染されることになるだろう。わざわざ地上に出た甲斐があったというものだ。
後はどちらが勝つかを適当に見ているだけで仕事は終わって契約終了。魂を回収して悪魔界に戻る。あまり地上にいては天使が襲ってくる可能性もあるが、地上を巡回するエンジェルナイト程度ならニャングザイは一瞬で消し飛ばすか、記憶を奪うことで存在を知られないように立ち回ることはできる。
天使は担当地域というものが決まっているためあまり派手に動かなければ問題はない。そもそも派手に動く理由もないが、仮に動いたとしてもどうにでもなるとニャングザイは推測する。
「にゃふふ~。早く魂を持ち帰ってボレロ・パタン様に褒めてもらいたいにゃ~♡」
「──なるほどね。ならさっさと退散してもらおうかな」
「っ……!?」
──と、機嫌良くニャングザイが傘を回した刹那。ニャングザイですら気づくことが出来ない一瞬で誰かがニャングザイを蹴り飛ばした。
女の声。それを察知しながら、高台から森の中に落ちたニャングザイは浮遊して浮かび上がりながらその襲撃してきた相手を見て、同時に訝しんだ。相手のことはニャングザイも情報として知っている。
「この気配……確か使徒だにゃ? しかも……もしかしてドラゴンカラーにゃ?」
「! へぇ……さすがは悪魔。そういうの見てわかるもんなんだね?」
「魂を見ればどういった生物かは大抵わかるにゃ。──で、なんでニャンを攻撃するにゃ?」
ニャングザイはこの場を無関係の悪魔としてやり過ごそうとする。そもそもニャングザイは戦いはあまり好きではない。好きなのは力に溺れる人間や他の生物の喘ぎを見て愉しむことであり、直接矛を交えるような戦いをするのは二流だとニャングザイは考えていた。
だからこそ穏便な対応を行い、その相手──ハンティに笑みを向けたがハンティはそれに不敵な笑みで返し。
「そりゃ決まってるじゃん。あんたがすごく強そうだからだよ」
「……にゃるほど? もしかして戦闘狂タイプにゃ?」
「別に普通だよ。それで、あたしと戦ってくれる?」
「あー……たまにいるタイプにゃあ。……ニャンは優しさで言ってあげるけどニャンと戦っても何の意味もないどころか間違いなく後悔するにゃよ? まず絶対勝てないにゃん」
ニャングザイは己の強さを客観的に見て、地上にいる生物が勝てるものではないと思っている。
例外は魔王やそれに匹敵する一部の存在だけで、それ以外では決して勝てない。それこそあの最強の魔人ならもしかしたら──と思うもののそれでもニャングザイは自分が負けるとは思わないし、事実として力自体はニャングザイの方が強い。
だからその使徒如きがニャングザイと戦っても無意味どころか後悔するというのは間違っていなかった。ニャングザイなら使徒如きは一蹴することができる。
それでも優しく追い返すのはニャングザイにとってそれは趣味じゃないから。直接殺して魂を回収するなんてやり方は悪魔としては邪道も邪道すぎる。魂回収役の悪魔ですらそんなことはしないし、地上で目立つ奴はアホでバカという価値観は悪魔として当たり前のもの。ニャングザイとて人間との契約でなければこんなところまで態々出張ったりしない。
だからこそ悪魔は全体的に人間という種族は営業相手であり、敵対相手ではない。なので対応も優しいものが多い。もっとも例外もあるが──ニャングザイはその例に漏れなかった。しっしと手を払ってハンティを追い返そうとする。
「というわけでさよならバイバイにゃ。ニャンもどうせ仕事が終わったら帰るにゃし──」
「なら帰る前に一戦しとかなきゃね!!」
「!!」
──しかし雷速で攻撃された。電光石火、と言い換えてもいい。とにかく、ハンティの返答は有無を言わさぬ速攻だった。
その喧嘩っ早さはまさしくカラーゴリラと言われるに相応しいもの。千年以上、とあるドラゴンが「サンドバッグにするのはやめてほしいんだが……」と言ってもやめないハンティの強引さがここに来ても発揮される。
──悪魔は契約が終われば悪魔界に帰る→なら早く攻撃して戦わなきゃ! ……という思考回路である。だからハンティは己の力を全力で発揮した。放った魔法は黒色破壊光線に雷属性を組み合わせたハンティオリジナルの複合魔法、雷光破壊光線。
雷を纏った黒の奔流がニャングザイのいる場所に直撃し、周囲諸共破壊する。常人なら跡形もなく消え去ってしまうほどの強大な魔力だった。
だが、
「──使徒風情が……そんなに死にたいのにゃ?」
「! あははっ……やっぱりこの程度じゃ死なないかぁ……!」
土煙から聞こえてきたのは耳にするだけで人間の魂を刈り取れてしまいそうな悪魔の殺気を伴った低い声。
同時に土煙を吹き飛ばす魔力の衝撃にハンティは喜悦を露わにする。ニャングザイの周囲には幾つもの魔法陣が浮かんでいたが、そのどれもがハンティの知識にない魔法だった。
それらを見せつけながらニャングザイは冷えた表情でハンティに告げる。絶対的な上位者。第壱階級悪魔としての気配を隠すことなく地上の生物にぶつけて。
「まったく……これだから地上の生物は愚かなのにゃ。少し力をつけた程度で調子に乗る。始原にして頂点の魔法使いであるニャンに挑むなんて無謀を超えた無謀にゃというのに」
「始原にして頂点、ねぇ……中々唆る肩書じゃないか。せっかくだからご享受してくれないかい?」
「……ニャンは魔法というシステムがこの世に試行されて間もない頃に生を受け、それゆえに多くの魔法を生み出してきた大悪魔にゃ。その魔法を地上で生きていた生物に教える代わりに魂を刈り取ってきた……」
ハンティの身の程知らずの言動にニャングザイは呆れながらも自らの存在がどれほどの高みにいるかを教授してやる。
かつてメインプレイヤーがまだ丸い者だった頃に生まれた第壱階級悪魔達。
その中でもニャングザイは魔法に特化した存在であり、それゆえに魔法を幾つも生み出して地上に伝えた。
それは魂を集めるためだった。丸い者は知能が低くて力も弱かったため大して魔法を使えなかったし、ドラゴンは魔法があまり必要ないほどに強かったため契約をあまり取れなかったが、人間の時代になってからは多くの人間がニャングザイの魔法を求めた。
その中には禁呪といった己の魂や身体を犠牲にして強大な結果をもたらすような魔法もあった。その禁呪を使った者達はその殆どが魂を悪魔に囚われて輪廻から外れることになったがニャングザイにそのリスクは殆どなく人間では使うことの出来ない強力な魔法を幾つも持つ。
だからこそ人間では勝てない。悪魔としての力も桁違いで並の魔人を大きく凌駕するものだ。
「わかるかにゃ? ニャンはお前達地上の生物とは格が違う悪魔界一の魔法使い。悪魔としての力以外でも今の魔法使いがどれだけ束になっても勝てる存在ではないのにゃ」
「そうかい。ならあたしは最新の魔法を披露してあんたと楽しく戦うとするよ」
「……ほんと頭おかしいにゃあ。ここまでの奴は中々いない気がするにゃ」
だがハンティは間髪入れずに言葉を返し、戦う意思を見せた。それに対してニャングザイは怒りを通り越して呆れを見せる。
しかし舐めた態度を見せたのは許せないと強大な魔力を漂わせて告げる。
「ま、いいにゃ。それなら暗示が解けない程度に意識を集中して遊んでやるにゃ。死んで魂奪われてから後悔しないようににゃ~」
「能書きはいいからさっさとかかってきなよ」
「良い度胸にゃ──」
ハンティの不遜な発言。それを合図にニャングザイとハンティは同時に魔法を発動する。
「禁呪──ネクロノミコン」
「複合魔法──アトミックレーザー」
詠唱の完成と共に、悪魔の放つ太古の魔法と使徒の放つ最新の魔法が激突した。
今回はここまで。GL期は多分残り10話切ってると思う。次回はレオンハルトと宗近。回想もありつつということでお楽しみに。
それと設定メモに使徒の人間友好度があったのでついでに乗せておきます。
人間友好度(蔑視度)5段階評価
キャロル 友好度1 元が魔物なので人間をナチュラルに見下してる。ただかといって人間を苦しめるのが好きとかではないし仲良くもできる。下等種族だと思っているだけ。普通の人間を見て「人間って弱いし頭も悪くて可哀想な種族ですわね」と頭の中で考えたりするので実は怖いがこれが魔物スタンダード。レオンハルトは例外。「レオンハルト様は人間とか魔人とかそういう種族を超越した存在ですわ!」
ハンティ 友好度5 人類の守護者。元々は人間相手の方が友好的だったが魔物と接するうちに魔物も人間と同じだということに気づいたのでどの種族にも基本平等。大事なのは強さのみ。「人間ももう少し強さのアベレージが高ければね……」
ペール 友好度2 実は人間はそんなに好きじゃない。カラーに対する友好度は元カラーなので4(同族にも思うところはある)。でも嫌いな相手にも営業スマイルを浮かべられる。「いやーだってカラーたまにもアレですし魔物も人間も基本自分のことしか考えてないじゃないですか」
リー 友好度2 元が魔物だがフラットに物事を見ようとしているので中立より。人間というだけで見下したりはしない。ただやっぱ魔物ではあるので根底の部分で下に見ている部分は否めない。「レオンハルト様の足元程度には追いつけるよう私も見習わねば……」
ガウガウ 友好度3 元人間だが人間より魔道具が好き。ドライなので人間にも魔物にもあんまり感情移入しない。ただ自分の魔道具が人間を殺すことには思うところがある。「そんなことより研究だ!」
お町 友好度3 人間と争うことを宿命付けられた元妖怪王だが自分の意思じゃないので別に人間は嫌いじゃない。ただ別に好きかと言われると普通。なので3。こっちもドライ。「我はレオンハルトのためなら誰とでも戦う……」
ミシェーラ 友好度4 人間街出身の元人間なので友好度は高いが、受けた教育が牧場のものなので怠惰な人間はあまり好きじゃない。勤勉で魔物の役に立てるのが良い人間。「人間の皆さん頑張ってください! ……魔物の支配下から逃れたい? え、正気?」
イヴ 友好度3 牧場出身の元人間だがこちらも感覚がマヒしてるので普通。心が読めるのでどっちもどっちだと思ってる。「知性と理性がある時点で種族差なんて力や得意能力の差でしかないですよ。え、知性がない魔物は? うーん……保留で」
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