※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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影の楔

 魔王ジルの国狩りによって人間の文明や歴史は全て失われた。

 今でも数少ない文献を受け継ぎ、口伝を繋いでいる者達もいないわけではないがNC期やそれ以前の歴史についての細かい部分はAL教の法王や一部の賢者と呼ばれるような人間しか知らないだろう。

 

 しかしそんな今の時代の人間でも知られる伝説。歴史が1つある。

 それは──魔人だ。

 

「がはっ…………」

 

 胸を刺され、激痛と精神が摩耗する感覚を感じながら意識を再覚醒させた勇者宗近はすぐに距離を取って目の前の魔人を忌々しく睨みつける。紡がれる言葉はただのカウントだ。

 

「これで3度目の死。……剣技も身体能力も多少は上がっているが目新しいものはないな」

 

「だま……れぇ!!」

 

 全身を奮い立たせ、聖刀日光をその魔人レオンハルトに向けて振るう宗近。その剣技は達人の域に達しており、大和剣平団の誰も宗近には敵わない。

 しかし目の前の魔人は違う。違うのだと宗近は歯を食いしばりながら思い返す。彼にとって、JAPANに住む人々にとって、あるいは剣士にとって魔人レオンハルトはただの最強の魔人というだけではない──世界最強の剣士として語り継がれる存在でもある。

 

 文明や歴史が失われてもなお、現実の脅威として生き続ける魔人達の情報は人間に伝わる。

 だからこそ日本人の剣士であり、あの剣の聖地を知る宗近にとって魔人レオンハルトという存在は一種の神話に対する畏怖を抱いており、その感情は複雑だった。

 幼き頃から父に教えられてきた剣技。その剣を伝えるにあたって世界で最も強いとされる剣士のこともまた伝えられた。

 

 曰く──その剣は大地を揺るがす。

 曰く──その剣は雷光より速い。

 曰く──その剣は風を裂き、山をも割る。

 曰く──その剣は雲耀を超え、神の領域に達す。

 

 故に決して挑んではならない。挑めば死なずとも頂の高さに心を折ることになるだろう──と、宗近は父にそう教えられてきた。

 

 魔人の逸話は全て恐ろしいものばかりだが、魔人レオンハルトの逸話はどこか人を惹きつけてしまうものがあった。

 言うなればそれは英雄譚だ。

 決して人の英雄ではないが、不倶戴天の敵であろうとも真の偉業というものは種族を超えて伝えられる。

 

 故にだ。言葉を選ばずに言えば宗近は憧れていたのだろう。魔人レオンハルトという伝説に。恐れながらも世界最強の剣士という高みに憧憬を抱いていた。

 

「ぐうっ!!」

 

「遅いな。勇者の見切り能力を使ってもこの程度か」

 

 そしてそんなかつての自分を──今の宗近は嫌悪している。

 人間と魔人が分かりあえる筈がなかったのだと。

 

「っ……“三日月”……!!」

 

 裂帛の気合い。死力を振り絞り、奥義を放つ。

 音を超えた神速の剣閃。美しく弧を描き、魔人の首を落とそうと凶刃が煌めく。宗近の必殺の剣技。

 だがそれすらも。

 

「無音の剣か。悪くはない──が、力が足りないな」

 

「くっ……!」

 

 最強の魔人はその長い緋の剣で難なく受け止めてみせる。その術理すらも初見で見破りながら。

 

「奇襲に特化する発想はいい。脇構えという刃が見えない状態からの一閃……居合にも似ているがお前のそれは初速の遅さからの急加速。それが淀みなく放たれることによって相手の感覚を惑わす。視覚と聴覚、どちらの感覚も今放たれると判断した。それなのに来ない……と、一刀の中で時間差を作っているわけだ。それにより相手は対応が遅れて斬られる。下手に戦闘経験があるものほど引っかかるだろうな。俺も1000年以上前に似た技を考えたことがある──」

 

「──!」

 

 そうして宗近は見た。己と同じように脇構えから必殺の剣を繰り出す魔人の姿を。

 

「──“三日月”」

 

「っっっ……!!?」

 

 美しき弧を描く一閃──相手が見惚れてしまうほどの剣の正体は相手の感覚を狂わせる奇襲の剣。

 それを見抜くだけでなく、より高い練度で模倣……否、技が昇華される。

 宗近は身体を袈裟斬りにされ、しかし勇者の運と生き返るという特性によって両断されることなく生き返った。視界がブラックアウトして少しして復活。精神力の消費と肉体の痛みを感じながら宗近は胸を抑えるも魔人レオンハルトは剣を振るって軽く血を払いながら淡々と告げてくる。

 

「……こうか。まあ十分に使える技ではある、誇っていい──俺には通用しないがな」

 

「っ……なぜ……それほどの技量を……強さを持ちながら……!!」

 

 宗近は血を滴らせるほどに刀を握る手に力を込めながら、忌々しくレオンハルトを睨む。

 だがその理由は自分の技を真似られたことでも手加減されていることでもない。脳裏に蘇るは数年前に見た光景で。

 

「なぜ……私の父を()()()()()()()()()……!!?」

 

「……………………」

 

 あの時と同じように冷たい熱のない表情で見下ろしてくるレオンハルトも、怒りに染まる宗近もどちらも思い出す──。

 

 ──それは今から5年程前のことだ。

 

 宗近はJAPANにある隠れ里の出身であり、代々魔物討伐隊を営む一族……その党首の家系だった。

 幼き頃から厳しい稽古を課せられ、剣や陰陽術の修行に明け暮れた甲斐もあり宗近は13歳で既に並の大人を凌駕する実力を持っていた。実戦にも参加し、JAPANにいる魔物や妖怪を討伐する日々……その中には当然、宗近の父である党首もいて。

 

『宗近よ。お前はいずれ私の後を継いで多くの人を導くことになる。今のうちに学べることは全て学んでおくがいい』

 

『はい! 父上!』

 

 厳格だが常に最前線に立ち、里を守る父のことを宗近は尊敬していた。

 いずれ自分も父のようになるのだと強く意思を持ち、今の実力に満足することなく己を鍛え続けた。

 父への恩返しとしていずれ父を超え、自分が里の皆や人間を守る。そんな未来を夢想していたし、勇者と呼ばれる存在にもなったことでそれが叶えられるかもしれないと希望を抱いた。

 

 ──だがその未来はあまりにも唐突に、音を立てて崩れ去った。

 

『はぁ……はぁ……!』

 

 曇天かつ赤い空の下──小部隊を率いて遠征していた宗近は燃えゆく里を見て走った。

 周囲に感じる強大な魔の気配。里を包囲していた魔物兵の集団を突破し、宗近は里を守護している父の下に辿り着いた。

 

 そこで。

 

『ち……父上ぇえええええ────!!!』

 

 宗近は、無惨にも魔物兵の集団によってバラバラにされた父の死体を見た。

 四肢も舌も切断されている。いわゆる人うしになったと思われるそれを見て。

 

『貴様ぁああああああ……!!!』

 

『……まだ生き残りがいたか』

 

 ──近くにいたその金髪灼眼の魔人に剣を振るい、挑みかかった。

 魔人の側には大勢の魔物兵や魔物隊長や魔物将軍の姿もあったが魔人はそれを抜いた剣で制し、そして。

 

『かはっ……』

 

 一瞬で宗近を斬り捨てた。

 それは間違いなく殺す気で放たれた一刀。即死を狙い、身体を両断しようとした必殺の一撃であり宗近も本来であらば魔人の狙い通りに即死していただろう。

 

『っ……この、程度……』

 

『……! お前……』

 

 だが宗近は死ななかった。勇者の不死特性によってすぐに死の淵から蘇った宗近は地面に刀を突き立てながら目を見開いた魔人を睨みつける。

 そして驚く魔人に対し、再び刃を振るおうとしたが。

 

『……なるほど。お前は勇者か』

 

『だったらなんだ……!! 絶対に、許さない……里を……!! 父上をよくも……!!』

 

『……歳はまだ若いな』

 

 魔人は宗近の攻撃を容易に回避し、その刃を掴む。凄まじい膂力でその刀を折って軽く蹴りを入れて宗近を地面に転ばせた。その上で頭上から一方的に告げる。

 

『……そうだ。俺は魔人レオンハルト。お前の父と里を魔王ジル様の命令で滅ぼしたもの』

 

『っ……!!』

 

『ふっ、そう睨むな。言い訳をするつもりはない。だが謝罪もしない。これはこの世の縮図。力を持つものが全てを手中に収め、弱者を弄ぶ。お前達はその強者にたまたま選ばれて弄ばれた。お前の父や里の者が死んだ理由は言ってしまえばただそれだけだ』

 

 魔王ジルによる人狩り。ジルは何年か置きに野良で生きる人間を標的に人狩りに興じることがあった。

 目的は牧場にいる人間以外の、正常な人間を苦しめて楽しむこと。そのために魔人レオンハルトは魔王ジルと共にこの隠れ里にやってきて宗近の父を含む多くの者達を苦しめて殺害した。

 そして後始末の最中だったレオンハルトに宗近は出くわし──そして言葉と力を与えられる。レオンハルトが近くにいた使徒と思われる女に声をかけ、一瞬で何かを持ってこさせた。

 

『受け取れ』

 

『……!? 何、を……?』

 

『魔人や魔王を殺せる武器の1つ──聖刀・日光だ』

 

 そうしてレオンハルトが宗近に向けて投げ渡してきたのは白く光り輝く聖なる刀だった。

 魔人を殺せる2つの武器の1つ……聖刀・日光。それを無造作に宗近に与えながら、レオンハルトは宗近に背を向ける。

 

『それがあれば万が一はあるだろう。お前が父の仇を取りたければその刀を使って俺やジルを殺しに来るがいい』

 

『っ、ふざ、けるな……だったら、今ここで……!』

 

『ただし忠告しておく。俺やジル様の前に立ち塞がれば、お前は死ぬ』

 

 相反する2つの言葉を送りながら、レオンハルトは周囲の魔軍に命令を下して撤退を行う。魔物兵らが困惑する中、魔人はその赤い双眸をもう一度だけ宗近に送り。

 

『……人の生は短い。よく考えて決断することだ』

 

『待て……待て……! 魔人、レオンハルトぉおおおお……!!』

 

 宗近の慟哭も虚しく、最強の魔人は魔軍と共に宗近の前からいなくなった。

 

 ……それが宗近にとって忘れられない記憶。今なお魔王を滅ぼすために戦う理由。最強の魔人を恨み、戦いを挑む理由だった。

 

「……お前の父は弱くはなかった」

 

「黙れ……」

 

 宗近の放つ陰陽術。剣撃も軽く捌きながらレオンハルトは言う。

 

「里に住む非戦闘員を逃がそうとし、己は部下と共にその場に残って戦った。……誰も生き残ることはなかったがな」

 

「黙れ……! “根津血”!! “童乱剣鬼”!!」

 

「はっ!!」

 

「応!!」

 

 宗近が呼び出した大天狗と女鬼。両者の攻撃も防ぎ、一刀で返り討ちにしながらレオンハルトは言う。

 

「誰も逃げ切れないと悟ったお前の父は俺に一騎打ちを申し入れた。魔人を殺せば魔物兵は動揺する。そうなれば活路を見いだせると思ったのだろうな」

 

「黙れっ……!!」

 

 式神を放ちながらも己も刀を振るう。無敵結界は既に割れているが、レオンハルトは張り直さない。そして言った。

 

「俺はそれを受けた。そしてすぐに人うしにした。その場にいたジル様に命令を受けていたんでな」

 

「黙れ……!!!」

 

「人うしにした上で守ろうとした民間人を1人ずつ殺す。その見世物を行った。お前の父は絶望し、嘆き、苦しみながら死んでいった。ジル様は大層喜んでいたな」

 

「黙れと言っているッ!!!」

 

 宗近が怒りを一刀に込めて振り下ろす──しかし、その怒りは届かない。

 魔人レオンハルトはその世界最強に相応しい剣技で宗近のあらゆる攻撃を捌き、そして返礼の一刀を返す。

 

「っ……ぁ……!!」

 

「──弱くはなかったし人格も見るべきところがあった。ただ魔人を殺せるほど強くはなく、運が悪かった」

 

 ──今のお前と同じようにな、とレオンハルトは宗近を斬り捨てながら上位者として、あの時の人狩りを主導したものとして告げる。

 

 あるいはこの時代を作り上げてしまった者として。自分が殺してきた者達に告げるように。

 

「どんな理由があろうと。そして俺が何を言おうとお前達のやられてきたことは変わらない。俺への恨みや怒りは正当なものだ。仇討ちがしたければいつでも来い。文句を言うのも自由だ」

 

 だが、と。

 

「俺は俺の守りたいモノのために力を振るう。この世の生物が感情と剣を捨て去ることが出来ない以上、立場が違えば必ずどちらかが滅ぶのが必定」

 

 必ずどちらかが割りを食う。敵対せずとも幸福になれるのは一方だけ。

 どんな世界でも全ての生き物が幸せになれるようには出来ていない。

 

「だからどれだけ殺そうが俺と俺の守りたい人は幸せにしてみせる。──お前達は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、と改めて結論をレオンハルトは口にする。

 そう、結局のところは、

 

「運が悪かったな」

 

「っっっ……なっ──」

 

 ──傲慢に、敵対者は全て斬り捨てる。

 

 宗近を斬り捨てる瞬間に、背後から奇襲を仕掛けてきたくノ一も含めて。

 それに対してレオンハルトは驚きすらしない。血を流しながら驚愕したのは奇襲を仕掛けてきた長身の女──影の楔の棟梁であるホオズキだ。

 

「気づいてたのかい……」

 

「ああ。いつ仕掛けてくるかと思っていたが……タイミングは良かった。ただ俺には通用しなかったというだけだ。有り体に言えば──相手が悪かったな」

 

「っ……はは……化け物、だね……」

 

 そして人間はいつの時代も思い知る──なんて不公平なんだ、と。

 生まれや才能。運で全てが決まる。努力で道が切り開けることもあるが、強者の気まぐれで凡人の努力は無に帰すことも珍しくない。

 

 魔人という絶対の壁にぶち当たった人間は死の間際にいつもそれを理解する。影の楔のホオズキもまた乾坤一擲の奇襲を見破られ、笑みを浮かべながら死んでいった。最期に──かかった、と声に出さず呟いた上で。

 

「勇者宗近。お前の役目はここで終わりだ。後は人間として幸せに生きる道でも探すといい。日光は返してもらうぞ」

 

「────」

 

「!?」

 

 地に伏した宗近に声をかけ、日光を回収しようとした刹那──レオンハルトは()()()()

 無慈悲で無情。一切の気配を悟らせない……その影の一撃を。

 

 

 

 

 

 ──同時刻。

 

「ふっふっふ……この我がまかり通る!!」

 

「静かにしてくれねぇっすかねぇ……おっ(お宝みっけ。これは拝借、と……)」

 

 戦場である平原から少し離れた山の麓。その迷宮は影の楔の本拠地であった。

 しかしその本拠地から人は殆ど出払っている。それもその筈、影の楔のシーフやレンジャーも大半は今回の戦いに駆り出されて命懸けで戦っている最中だからだ。

 ゆえにその迷宮に侵入してくる2人の存在──紫色の長い髪と瞳を持つ愛らしい爆乳美少女と痩躯の男。ガウガウの作った人工生命体であるパープルアイに、痩躯の悪人顔のシーフにして元影の楔であるスケアクロウの侵入には誰も気づかないし、気づいても誰も止められない。

 

「はーっはっはっは。それにしても他愛ない!! これほどまでに警備が手薄だとは!!」

 

「僕ちゃんはそれがいいと思うけどなぁ。げっへっへっへ……」

 

 2人は迷宮内をひたすらに物色する。レオンハルトから両者に与えられた任務は影の楔の本拠地から貴重な宝や文献などを根こそぎ回収してくること……つまるところ空き巣だった。

 襲いかかってくる人間がいれば殺してもよし。ただし奴隷だったり非戦闘員は殺さずに放置する。

 その任務を2人は過不足なく果たしていく。……一方は隠密とは程遠く、もう一方はこっそり宝をくすねてしまうことはあったが、それ以外に問題はない。

 

「っと。ここは何の部屋だ? かかし男よ」

 

「棟梁の私室になるぜぇ……(僕ちゃんも初めて入るな……)」

 

 そして遂にパープルアイらは影の楔の棟梁の私室に辿り着く。高レベルのシーフであるスケアクロウや透視機能を持つパープルアイには隠された部屋を見つけるのも鍵を開けるのも造作もないことだった。

 

 そのため部屋に入るなり、さっさと部屋にある貴重な品々を風呂敷に詰め込んでいくのだが……そこでパープルアイはとある巻物を開き、そこに描かれた紋様を見て首を傾げる。

 

「むむむ……」

 

「どうかしたんですかい? (つーか使徒の制作物って立場どっちが上なんだ? 対応に迷っちまうが……一応下手に出ておいた方がいいよなぁ? あと乳がでかくてたまに気が散る)」

 

「どこかで見たことがあるような……むむ、これは確か……」

 

「? ──ああ、これは藤の紋っすねぇ。まあ棟梁は大体JAPANの流れを汲む忍者っすから」

 

 スケアクロウも影の楔の最高幹部だった男で当然JAPANの文化に詳しい。その巻物に描かれた紋様が藤の花を模したものだとすぐに指摘する。

 そこで更に中身にも目を通すが……それを理解するより前にパープルアイが頭上に電球を閃かせたように声をあげた。

 

「あ! 思い出したぞ! 紅月が持っていた印籠に描かれていた模様と同じだな!!」

 

「はぁ……それってつまり──どういうことですかい?」

 

「ふっ、天才である人工生命体パープルアイ様はわかったぞ! この組織の長は──()()()()()()()()()()()()()!! ここに名前もあるしな!!」

 

「へ……?」

 

 スケアクロウが意味を理解出来ない中、パープルアイの高笑いだけが棟梁の私室で響き渡る。

 巻物の中には確かにその名が刻まれていた。

 

 

 

 

 

 ──その少女は呪い付きだった。

 

 十五歳の時に修行の最中にとある妖怪に襲われ、影の中でしか生きることが出来なくなった。

 日の下に出ることは出来ず、外を出歩くには夜か、曇天を待つしかない。

 だがその代わりに不老となり、少女は呪いに負けることなく、それどころか呪いを利用して仕事を行った。

 彼女の曾祖母は忍者の始祖。かの高貴な血統の正統後継者であり、少女は物心ついた時から一族に課せられた目的を持っていた。

 

 そのために己を鍛えてきた。何年も。何十年も──。

 

 曾祖母が亡くなり、祖父が亡くなり、父や母が亡くなってもただひたすらに鍛錬を続けた。

 少女は呪い付きで不老。故に少女の姿のままで生き続け、いつしか長老として後進を育成しながら牙を研ぎ続けた。

 

 それを続けることまた幾星霜──花が咲き誇り、時代が移り変わる。

 

 多くの国が滅びゆく中、少女は配下や裏の人間を引き連れて闇に潜った。

 そうして表向きの棟梁を配下で最も優秀な者に任せ、自身は影に潜み続ける。

 

 魔物討伐隊“影の楔”──組織が出来たのはGL2年。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それからも少女は何年も、何年も……牙を研ぎ、組織を運営してきた。

 時に優秀な者を招き入れた。勇者の血を引く青年やある街から逃げてきた白い死神もそう。少女はどんな者も受け入れる。目的を達するためには戦力はどれだけあってもいい。

 

 ──だが最後はやはり自らの手で。それが血に刻まれた本能であり運命だろう。

 

 故に少女は奴隷として影武者に指示を送り、その影武者の影に潜み──

 

「…………まさか、俺に手傷を負わせられる程の達人がまだいるとはな」

 

 ──魔人を奇襲した。

 

 その結果は一目瞭然。かの最強の魔人レオンハルトの右肩に、短刀が薄く突き刺さっていた。

 魔人の肩口から血が流れている。しかしレオンハルトは一切動じることも痛がることもない。むしろ薄い笑みを浮かべながら、その短刀を引き抜いて無造作に放り投げた。傷は浅く戦闘に支障はない。

 

 そして視線を送るのは丈の短い和服、忍び装束に身を包み、黒髪を2つ結びにした赤く暗い瞳を持つ幼い少女。

 

「──寸前で気づかれて急所を外された。それだけでなく反撃してくるとは。さすがは高祖父様に勝利した最強の魔人。仕留めるのは簡単ではないのう」

 

 幼い見た目に反し、立ち振舞いや口調は熟練のものを思わせる。

 その言動と腕前も含め、レオンハルトは目を細めた。内心で──強いな、と人間に対しては何百年振りかそれ以上にもなる感想を思いながら。

 

「……高祖父か。お前の名前と素性は?」

 

「半ば予想がついているのではないか? ──妾は影の楔の棟梁にして創始者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……藤原杏(ふじわらあん)と申す

 

 ──その名が出た瞬間、レオンハルトの目が見開かれる。

 

 藤原石丸。かつて人類を統一し、魔人討伐を成し遂げ、魔人レオンハルトと一対一の剣の決闘を行い、手傷を負わせたほどの大英雄。

 その玄孫が目の前にいる藤原杏だという。ならばその年齢とからくりは。

 

「……呪い付きか」

 

「左様じゃ。妾は不老じゃが影の中でしか生きられぬ身。ここまで生きて影に潜み続けたのもそのおかげよ」

 

「なら──」

 

「肉体年齢は15歳じゃ。小柄でロリぃがの。年齢は1000歳を超えてから数えるのはやめておる。お主も似たようなものであろう?」

 

「…………まあな」

 

 容赦のない奇襲を仕掛けてきた割には思ったよりもフランクに話しかけてくる杏にレオンハルトは誰かを思い出す。表情の機微は薄いが、この雰囲気は確かに血統を感じる。

 ならばその実力は──と期待をしてしまうのも無理ないことで。

 

「ほう……殺気を向けてくるか。時折感じておったが、直接ぶつけられると唆るのう」

 

「お前の目的は俺の殺害でいいのか? 石丸の……祖先の仇でも討ちにきたか」

 

「仇討ちなどという安い言葉で括られるものでない」

 

 言って藤原杏は印を組み、己の姿を10人に増やしてみせる。

 分身の術。言葉にすればそれだけだが、数は普通の忍びの比ではない。動作にも一切無駄がなく、音は全く聞こえない。

 レオンハルトはそれだけで藤原杏が忍びとして伝説級の技量を持つと推測する。娘にも忍びとして才能を持つ者はいるが1000年以上の研鑽がある分、こちらはそれ以上だと。

 その才能と研鑽の一端を見せつけながら、藤原杏は感情の起伏の薄い瞳を向けて。

 

「妾にとってお主は生きる目的じゃ。物心ついた時よりお主に刃を突き立てるために牙を研いで生きてきた。……もっともお主と直接出会ったももたん様のように負の感情を持つわけではない。むしろ……………………」

 

「むしろ?」

 

「──エロい目で見ておる」

 

「…………………………何?」

 

 そしてジトッとした目を向けながら、小さく笑みを浮かべて大真面目にそんなことを言ってみせる。

 人間の強者に昂り始めていたレオンハルトの気も僅かに削がれた。

 

「おっと失敬。だが偽りなき事実じゃ。妾はこう見えてエロが大好きでな」

 

「……その話、まだ続ける気か?」

 

「まあ聞くがよい。実は影の楔を立ち上げたのも趣味の一環なんじゃ。そういうのが向いていたというのもあるが……奴隷の立場でいると結構ハードなプレイも楽しめるじゃろう? ふふ……裏の人間はどうも鬼畜でよいものだ」

 

「……良い性格と趣味をしているな」

 

「長く生きていると自然とそうならんか? ……ああ、そういえばお主の街から逃げ出してきたヨアンという小僧にも出会い頭にボコってチンコを握ってありとあらゆる手練手管で勃たせて楽しもうとしたんじゃがあの不能は筋金入りじゃな。快楽は与えることは出来んこともないが勃たないんじゃ妾は気持ちよくなれぬ。あれでは伝説級の性技の持ち主か医者でもなければ治療はできんじゃろう。可哀想にのう……可哀想だからグリムリーパーと名付けて組織に入れてみたが強さ以外はつまらん男じゃ」

 

 ──可哀想にグリムリーパー。こんな鬼強いエロいのじゃロリババアに出会ったばっかりに……とレオンハルトは内心でのみ言葉を作る。

 というか1000年続いた最大規模の魔物討伐隊の長がこれというのは中々に報われないが、この大陸ではよくあることであるためレオンハルトは動じない。長く生きてる奴ほど変なやつが多い、というのはあながち間違いではないのだ。

 今も近くで倒れているホオズキに対して思い出したように。

 

「──ああ、ホオズキよ。今までご苦労じゃった。仮死状態は解除して傷を治してからさっさと逃げるがよい。どうせ影の楔はもう終わりじゃからな。報酬の妾の財産を忘れるでないぞ」

 

「は、はい師匠……! それではご武運を……」

 

 死んだふりをしていた影武者であるホオズキを軽く労う。それを聞いたホオズキは一目散にその場から立ち去っていった。レオンハルトも追う気にはならない。──それよりも目の前の藤原杏の方が重要だからだ。

 

「さて……どういうわけかお主も急いてはおらんようじゃ。話を戻すが、妾にとってお主は生きる目的。恨みも怒りも何もないが──」

 

 どこまでも淡々と。藤原杏はいつの間にか回収した短刀を二刀構えて低い姿勢を取ると。

 

「1000年以上研ぎ澄ませた忍びの秘技の数々──どこまで通用するか試してみようかの」

 

 気配と表情を完全に消してみせた。

 僅かな殺気や敵意すら感じさせない。忍びとして極致にいる者の所作。

 それは魔人レオンハルトをやる気にさせるのに十分なものだった。

 

「面白い……!! なら遠慮なく俺が受け止めてやる……!!」

 

「うむ。それと──妾が負けたら殺す前に本気でぶち犯してくれんかの? 逆に勝ったら妾が本気でお主を犯すということで……」

 

「……………………暇があればな。それとその賭けはあまり意味がないと思うぞ」

 

「意味はある。どちらが上位に立つかのな──」

 

「!!」

 

 ──お喋りはここまで、と言わんばかりに警告なくレオンハルトの背後から刃が襲ってくる。

 それを防ぎ、返す刃で斬り払うも藤原杏はレオンハルトの刃を回避してみせる。分身。そして霧に紛れるように。

 

「──藤原杏。参る」

 

「──ああ、来い」

 

 決して正々堂々とは戦わない。影の頂点と最強の魔人の戦いが始まった。




藤原杏:影の楔の真の棟梁。実年齢1146歳。身長142cm。肉体年齢15歳。レベル120 才能限界120 くノ一LV3 忍者LV2 短剣戦闘LV1 マフィアLV1

今回はここまで。やっとGL期の登場人物を全員出せました。これでようやく心置きなく戦闘と締めに入れるので後は戦いをお楽しみください。ってことで次回はスーパーマジック大戦です。お楽しみに。

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