※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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最恐の魔王

 

 人間とは儚く弱い存在だ。

 そのことをこの場の誰もが言葉や意味合いは違えど知っている。

 

「ぁ……あ……」

 

「もう……殺して……くれ……」

 

 荒野に広がる嘆きと呻き。

 一面の肌と血の色──その正体は全て人間だ。

 野良の人間と違い、魔物討伐隊はこの魔物の黄金時代においても戦う力と知恵を持った強い人間である。

 彼らは並の魔物兵を凌駕し、時に魔物隊長や魔物将軍などの強力な魔物すら討つこともある。決してそれは珍しくない。彼らはそうやって魔物を狩って今日まで生きてきた。

 

「──どうしたガイ? もう戦える人間はいなくなったぞ」

 

「っ……ジル……!!」

 

 しかしだ。そんな人間達も使徒や魔人──そして魔王に比べれば塵に等しい。

 

 魔物討伐隊1万の軍勢は戦いが始まって僅か1時間も経たない内に、魔王ジルによって全て殺され、あるいは人うしとなっていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……いい加減、楽になりやがれ……! (くそくそくそ! 押しきれねぇ……! でも人間の時にレオンハルトと引き分けたって割には弱ぇな……それとも俺様が強くなったのか……?)」

 

『ガイ……! 気をしっかり持て……!』

 

「わかっている……!」

 

 ゆえに中央に残っているのは魔人ガイと魔人ケイブリス。そして魔王ジルのみ。

 残りは第壱階級悪魔ニャングザイが寝返らせた魔物大将軍ゲバラとその軍20万と召喚した四大聖竜インテル。それと使徒のバークスハム。

 後は数十名の人間が散らばっているのみでほぼ全滅。つまり──この時点で魔王ジルに対抗するガイ派という勢力はほぼ消滅したことになる。

 そしてそれに導いたのは他ならぬガイだった。ガイは周囲に広がる人間の亡骸と生きていると言えない状態の彼らを見て嘆き、魔剣カオスに声をかけられる。

 元よりこうなることは覚悟の上の戦いであったが、それでも実際にこうしてジルによって苦しめられる人間を見ると心が苦しくなる。

 

 その様は相対している魔人ケイブリスをして弱っているのが丸わかりだったが、それでも倒し切れないのはガイの強さと残った決意と覚悟が自らを奮い立たせているからこそ。

 

 絶対に犠牲は無駄にしない。必ず魔王ジルを討つ。

 

 そのために彼らは死んだ。苦しんだ。後は己が役目を果たすだけ。

 

「どけ……!」

 

「うわっ!? ど、どかねぇよ!!」

 

 それなのに魔人ケイブリスが思ったより強く、ガイは苛立ちを露わにする。ケイブリスも強くなった自分に比類するガイに内心恐怖して早くこの場から逃げたいと思っているが、逃げたら魔王ジルに殺されるかもしれないため逃げられず、仕方なく全力で抵抗して戦っている。

 

 そしてそれがガイにとっては焦れったい。剣技に魔法をどれだけ使っても通常の状態でケイブリスが中々倒せない。禁呪を使えば倒せるだろうが、禁呪はやはりジル用。何度も使えるものではない。

 

 人間時代の自分ならばもっと楽にジルとの一対一に持ち込めた。それがガイにとっての不幸でありケイブリスにとっての幸運。どちらもまさか魔人になって弱体化する存在がいるとは思わなかっただろう。

 

「オラオラオラオラオラ!! 死ね!! 早く死ね!!」

 

「邪魔だ……!!」

 

 ケイブリスの四本の腕に握られた剣が暴風のようにガイに振るわれる。その一つ一つが人間を紙屑のように斬り裂く剛剣だったが、魔人ガイは魔剣カオスを使ってそれを弾き、躱し、時折魔法を放って反撃。ケイブリスはダメージを貰って一瞬ビビるも背後のジルの圧力でビビっている場合じゃないと後退せずにその場で剣を振り回し、同じように魔法も使う。

 

 その戦いは大陸屈指の激闘であり、まさに魔人の戦闘だった。人が立ち入ることは決してできない。踏み入ればたちまち死に沈む。

 奇しくもどちらも魔法剣士。だが剣技と魔法の腕前はガイの方が上。

 だが肉体的な能力は異形の魔人であるケイブリスの方が上。

 どちらも精神は安定していない。しかしそれが両者が決め手に欠けて拮抗する理由。

 

 故にだ。仮に他の誰かがこの戦闘を見ていれば、素晴らしいものだと称しただろう。

 

 達人同士の決闘。果たし合い。殺し合いは見る者の感情を動かす。それが魅了か畏怖かはさておき、魔人ガイと魔人ケイブリスの戦いはそれに足るものだった。

 

 だが──

 

「──つまらん」

 

「へ?」

 

「何……?」

 

 それを最も間近で見ている唯一の存在。魔王ジルはその戦いをつまらんと吐き捨てた。思わぬ言葉にケイブリスが間の抜けた声を出し、ガイも剣を一度引いてジルの方へ意識を向ける。

 

 だがジルは小さく息を吐いていた。先程まで人間を虐めて浮かべていた愉悦もその顔には見えない。

 何故そうなったのかはガイにもケイブリスにも理解出来ない。だが、ジルにしてみればそれは本当につまらない見世物だった。

 

 ──何しろガイがあんまり苦しんでいない。

 

 そして全然決着が付かないためやることがない。人間を虐め終わり、しばらくガイとケイブリスの戦いを見ていたジルはその拮抗に驚きを感じたし、同時に拍子抜けもした。

 

 何しろガイは魔王である自分を打倒すると言って出奔したのだ。

 

 ならここに来た時点で何らかの方策。対抗策は持ってきているはず。魔人が魔王に無策で挑むなんてそんな馬鹿な話はない。

 

 だからこそジルは待ち構えた。ガイが集めた人間をガイの目の前で虐殺し、ガイが持ってきたあらゆる手を打ち砕き、無駄だと言って地面に叩き伏せ、足でも舐めさせる。苦悶と絶望に染まるガイの表情を見ることがジルにとっての楽しみだった。

 

 それなのにだ。ガイはいつまで経ってもケイブリスを倒せない。ジルの予想では何らかの手段でケイブリスをさっさと一蹴し、自分との一対一に持ち込む。そこで奥の手を出してくると思っていたのに……何故かそうならない。何故だ。退屈だ。面白くない。つまらない──そうしてジルは焦れて前に進み出た。巨体なのに背中を丸めて怯えているリスをジルは一瞥する。

 

「どけ、()()。お前はもういい。適当に散って……いや、レオンハルトでも呼んでこい。奴の戦いが終わってからでいい」

 

「は……はははははいぃ……! 畏まりました魔王様……! すぐに行ってきます……!」

 

 魔王の恐怖の視線と命令を受けたケイブリスはこれまでで最も怯え震えながら返事をすると巨体を必死に動かしてその場から逃げるように去っていく。

 そしてその滑稽な姿をジルは見もしない。思ったよりは強かったが、所詮は魔人の内の一体でただのリスだ。思考を割く価値もない。

 

「──さあ……お前が望んだ私との一対一だ」

 

「……!」

 

 今のジルは目の前のガイを虐めて楽しむことしか頭になかった。

 そこでジルはようやく口端を歪めてみせる。

 

「まさかさっきまでのが全力じゃないだろう? 試してやる──力を見せてみろ」

 

 ジルの周囲に黒い棘が生み出される。ジルが開発したオリジナルの魔法であり、人を苦しめる魔王の魔法。

 大陸の支配者である魔王の力。人間も魔物も決して敵わない最強の魔が今──実に約1000年振りにその力を箱庭で振りかざす。

 

「──禁呪エルトダウン・シャーズ」

 

「何……!?」

 

 そしてその力を前に、ガイは迷わなかった。

 召喚された悪魔から学んだ新たな禁呪。その切り札をここで切る。

 瞬間、ガイは己の能力が限界まで向上したことを本能で理解し、魔王ジルの放つ数十の棘を回避してジルへと肉薄。そのまま魔剣カオスを振り下ろす。

 

 ──魔王ジルが驚きを見せたその禁呪の効果とは自身のレベルを一時的に限界まで上げるもの。

 

 その効果でレベルを最大値まであげたガイは先程と比べ物にならないほど強くなった。以前は使えていた禁呪アポカリプスは相手依存の肉体強化魔法だったが、こちらはレベルが上がるので肉体だけでなく魔力なども跳ね上がる。

 

『ぐああああ……っ!』

 

 しかしその強力な力の反面、やはりリスクはある。

 以前のように禁呪をほぼノーリスクで使うことは出来ず、ガイは表と裏の人格揃って苦しみ、鼻血を出す。肉体的にも精神的にも負荷が大きく、全身には激痛が走っている。

 やはり禁呪は1、2回が限度だろう。あと1回ならばもしかしたら耐えられるかもしれないが、その次は間違いなく死ぬか廃人になってしまう。

 

 だからこそこの禁呪が効果を発揮している間にジルを討つ。そのために虚を突いての先制攻撃。

 ジルが驚愕し、対応出来てない間に決着をつける。短時間の戦闘しか出来ない以上、ガイのその戦術は的確なものだった。

 

 だが……ただ1つガイの予想を超えていたものがあるとするならば。

 

「──面白い」

 

「ッッッ!!?」

 

 ──魔王の強さ。

 

「がっっ……!!」

 

 限界までレベルを上げたガイの剣がジルのその黒い右手によって受け止められ、そのまま魔力の波動を正面から受ける。

 

 ただそれだけ。たったそれだけで──ガイはそのまま100メートルは吹き飛んだ。

 大地を転がり、何とかガイがその場で踏みとどまったからその程度で済んだ。レベルを上げていなければあるいは今の一撃だけで戦闘不能になっていたかもしれない。

 

「禁呪……と言ったか。それがお前の切り札か? だとしたら……くくく……ははははは……!! お前の想いは一瞬で露と消えることになる……!!」

 

「っ……これほど、だったか」

 

 そしてそれが魔王。全ての魔族の王。魔人を統べる存在。

 

 そして誰よりも人を憎む魔王。

 

「ガイ……お前は人間を憂いている……人間を好んでいる……だから私が永遠の魔王であり続けることに強い抵抗を感じていたな? だからこそ私と戦うことを選んだ……その意思が、たった、この程度……」

 

 くく、くくくく……と、魔王ジルはガイの元へ悠然と歩きながら笑い声を零し、呪詛のような言葉を吐く。

 何もかも。全てが滑稽。人間など。人間の想いなど。所詮はこの程度。

 人の善性など大きな力や人自身の欲望。利己のためなら容易に露と消える儚いものに過ぎない。

 

「この程度で……! 人間が魔に抗うことができるなど本気で思っているとはな……!! はははははっ……! やはり──お前は唆るぞ、ガイ……!」

 

「ジル……!!」

 

 そして、そんな人の権化のような混沌とした在り方を持つからこそジルはガイに興味を持つ。

 人間でありながら魔王を倒そうとした戦士。魔人でありながら人間に味方する戦士。

 なのに迷う。憂う。見通しが甘く、おまけに潔癖で行動力がない。

 そんな愚かな人間らしいガイだからこそ──己の玩具に相応しいのだと。

 

「そうとも……! この世にまともな人間など1人も存在しない……! 全てが欲の化け物……! 社会性の動物でありながら他者の足を引っ張ることを習性とする不完全な生き物だ……! 価値のある慈しむべき人間など1人たりとも存在しない──だからこそ人間は玩具だ……! 苦しむところを眺めて楽しむ……! それが人の役割だ……!!」

 

 魔王ジルは人間をそう定義する。人間は、上位存在が眺めて弄び、楽しむための生物。

 なぜなら人間は愚かだから。どうしようもないから。度し難いから。救い難いから。

 だから魔王がいなくても人間は争うし、足を引っ張り合い続ける。永劫続く我の押し付け合い。輪廻を超えてなおも続く闘争。

 そんな人間の本性を、かつて人を救おうとした賢者ジルは見てしまった。

 

「だから私は永遠にこれを楽しませてもらう……!! 人を苦しめ、人を産ませ、その分だけまた人を殺して、人を苦しめる!! それが人間のあるべき役割であり、私が魔王として布くこの大陸の治世だ……!!!」

 

 ──愚かな人間よ未来永劫に苦しめ。

 

 ──そして上位者を楽しませろ。

 

 魔王ジルの心に根付いたその想いは、奇しくもこの世の理に最も合致したものだった。

 最も神の意思を反映した──神にとって都合の良い魔王。

 だからこそ魔王の交代など起こさなくとも構わない。

 

 少なくとも現時点ではそれを望む者はいなかった──この戦場以外には。

 

「ふざけるな……!」

 

 魔王ジルの魔力の波動に吹き飛ばされたガイは想いを言の葉に乗せて立ち上がる。

 

「ふざけるな、ふざけるな……! そんなことは、許さない……人間を苦しめ続けるなんてそんなことは……!」

 

「ほう? ならばどうする……? 私を殺して人を救うか? くく……そんなことはできないとお前も理解している筈だがな」

 

「黙れ!! 私は……私は、お前の治世が続くことに我慢ならないんだ……!!」

 

 ガイの想いは肉体に力を与える。魔力を与える。禁呪の効力は未だ続いている。

 魔王との戦闘は可能。ゆえにここで折れる選択肢はない。

 だがそんなガイの醜ささえ、ジルは見透かしている。

 

「そこで答えが何も出てこず、ここまで私を許してきたのがお前だ。力は多少強くとも意思が弱い。具体性を持って行動できない。全てが後手後手で行動した時にはもう遅い。くく……なんと愛らしい悪だ。愚かさだ」

 

「黙れ、ジル……! なんと言われようと私はお前をここで討つ……!!」

 

「くくく……ああ、やってみるがいい。それに安心しろ。お前のその弱さが私には愛らしい。これからもペットとして飼ってやる。次は首輪を付けてやるとしよう──この戦いが終わってからな」

 

 魔王ジルが両手を広げる。魔王の暴威が周囲一帯に広がり、ジルの持つ力が空気を、大地を振動させる。

 軽く指を動かして魔法陣を生み出し、そして背後に数百、数千──数万の黒い棘を生み出しながらジルは視線を鋭くしているガイを愛おしく見下ろす。

 

「お前の抵抗力なら腐り落ちることもないだろう。膝を折るまで永遠に放ってやる。お前が本当に私を倒せるほどの強い意思と力を持つなら……防ぎきってみるがいい」

 

「その前にこの剣を突き立ててやる……!!」

 

「ふっ──ならいくぞ」

 

 魔王ジルが指をぱちんと一つ鳴らしたその瞬間──ガイは黒い雨に打たれた。

 幾億も降り注ぐ魔王の黒い棘が戦場を、大陸を支配していた。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 人間の死体と人うしだらけになった中央からどたどたと必死に走り距離を取ったのは先程までガイと戦っていた魔人ケイブリスだ。

 彼はようやくジルとガイが見えなくなる場所まで辿り着き大きく息を吐いてから背後に振り返る。そうして見えたのは──魔王ジルのとてつもない規模の魔法とそれに相対する魔人ガイの姿で。

 

(なっ……なんだありゃ!? あの野郎、俺様との戦いでは手を抜いてやがったのか!? ジルとあそこまで戦えるなんてヤバすぎる……さっきまでアレと戦ってたとか俺様はなんて無謀なことをしてたんだ……!)

 

 両者の戦いを見て先程よりも遥かに良い動きをするガイと魔王ジルの戦いに戦慄する。怖い。怖すぎる。自分がさっきまであの場にいてガイと戦っていたことも恐ろしいし、まだこの戦場に居続けているのも怖い。本音を言えば今すぐここから逃げ出したいぐらいだ。

 

(だがそれをすると後でジルに殺される……しょ、しょうがねぇ……命令通りレオンハルトを呼びに行くしかねぇな……)

 

 ジルに殺されるくらいなら、とぐっとこらえてケイブリスは右翼の方へ向かう。おっかなびっくりでちょっとした崖の陰からそこを覗いてみた。

 

(まず……なんか遠くで馬鹿でかいドラゴンが戦ってて……)

 

 山脈の麓で四大聖竜インテルが何かを相手に暴れまわっているように見える。周囲は氷漬けになり、霜が降りている。おそらくはレオンハルトの使徒が、それを相手にしていて。

 

(その奥の森からまた別の……何だあれ? 気持ち悪ぃな。変なのが戦ってて……)

 

 更にその奥の森から肉塊のような触手のような何かが蠢き、規模のおかしい魔法が連発されて周囲を破壊している。こっちも相手は消去法でレオンハルトの使徒かと思い。

 

(そしてすぐそこでレオンハルトがなんか人間と戦ってやがる……しかもその人間超強くねぇか……? おまけにレオンハルトが暴れまわってて声をかけるなんてできねぇ……)

 

 そして手前。ケイブリスが崖から覗いた100メートルほど先でレオンハルトと謎の人間が戦っていた。斬撃が天を、地を、大気を斬り裂いて吹き荒れて嵐になっている。

 

 それらを見てケイブリスは絶句する。どこもかしこもケイブリスにとっては危険地帯。命令通り戦ったし、このあとは勝負が終わるのを待ってレオンハルトに声をかけるだけ。たったそれだけなのにケイブリスはここを離れたくてしょうがない。

 だが離れるのは命令違反になってしまう。なら戦闘に巻き込まれないように。そしてなおかつ周りに見つからないように待つには……どうすればいい? 

 

(…………穴でも掘って隠れるか…………)

 

 それらの危険性を全て考慮した上で、ケイブリスは崖の下にちょっとした穴を掘り、土の中で巨体を丸めてレオンハルトの戦いが終わるまで見守ることにした。

 

(ふぅ~~~~……まだ近いがやっぱり穴の中は落ち着くぜぇ)

 

 ケイブリスは戦いが終わるまで隠れ続けた──それこそ時代が変わるその時まで。

 

 

 

 

 

 ──魔軍の指揮は極端なトップダウン方式である。

 

 魔物兵スーツを身に着けることで兵士として運用することが可能になる魔物兵はリーダー能力を持つ魔物隊長に指揮される。魔物隊長は200体までの魔物兵を指揮することが出来るため一個部隊は200名。

 その上には魔物将軍。彼らは魔物隊長を100体指揮することが出来る。つまり2万の魔物兵を指揮することが一体につき可能なため魔軍における一個軍は2万となる。

 そしてその更に上には世界に7体までしか存在することが出来ない特別な魔物──魔物大将軍がおり、彼らは魔軍の司令官として数十万単位の魔軍を指揮する。これらで構成される魔物の軍隊こそいわゆる魔軍となる。

 

 魔軍の階級は更にその上に血の契約を行っていない魔人の使徒である下級使徒。血の契約を行った魔人の使徒。最大24体の魔人。そして魔王──となっているが、魔軍の指揮に関しては魔物大将軍や魔物将軍が行うことが多い。

 ただ当然魔人や使徒が指揮することも可能であり、その場合は上位者が魔物大将軍や魔物将軍らに指揮することになる。

 

 魔軍は人間の軍隊と比べて非常に強固な軍勢であり、数の上で多少劣っていても正面から跳ね返すことが可能な戦力を持つ。その上で戦える兵士の数は人間より遥かに多い。それなのに人間では敵わない魔人などの存在が彼らを絶望させる。

 

 ──だがそんな魔軍にも太古から続く弱点がある。それが……。

 

「カエサル様が討ち死になされたぞ……!」

 

「俺達どうすりゃいいんだ……!?」

 

 ──上位者がやられると途端に統率が乱れること。

 

 太古から人間は魔物兵ではなくその上に立つ存在を狙って戦争をしてきた。魔軍を瓦解させて迎撃するにはその方法しかなかったと言えるが、その方法はいつの時代になってもいつまでも有効な策として機能している。れっきとした魔軍の弱点である。

 

 ゆえに魔物大将軍カエサルの死は多くの魔物兵を動揺させることになる。それを狙って裏切りの魔物将軍ブルータスはカエサルを刺して多くの魔物兵と共に寝返った。操られて正気を失った様子で。

 しかしそれで完全に統制が乱れたかといえばそうでもない。

 

「落ち着け!! こちらには魔人の方々が! 更には魔王様もおられる!! カエサル様の死は残念だが狼狽える必要はない!!」

 

「そ、そうだよな……ああ! そうだよな!!」

 

「こっちにはレオンハルト様もいるしそれだけじゃねぇ!! 魔王様もいるんだ!! 負けるはずがねぇ!!」

 

「おお!! 親衛隊の方々もいる!! このまま裏切り者共をぶっ殺せ!!」

 

「おう!」

 

 魔物隊長や魔物将軍の激励が飛び、魔物兵に平静さを取り戻させる。それが出来た理由、魔物将軍らが動揺を最小限に抑えられた理由は第一に普段から訓練を行っていたレオンハルト軍の将校だったから。それも多分にあるだろうが、それよりも大きいのはこの戦場に魔王ジルや魔人レオンハルトといった上位者が多数存在したからだろう。

 

 魔物大将軍がやられたことは確かに指揮系統に混乱を与えるが、士気を保って戦線が崩壊せずにいるのはより強い上位者が健在であることが大きい。

 ゆえにレオンハルト軍は瓦解せず、それどころか裏切った魔物大将軍ゲバラ率いる20万の魔軍を少しずつ減らしていた。

 数の上では倍以上の差はあるがレオンハルト軍は魔軍最精鋭。更に中央には魔人レッドアイが、なぜかレオンハルトの使徒ガウガウと戦いながら数人の人間を弄んでいるためその暴力もあってレオンハルト軍はゲバラ軍を押し込んでいた。

 

 そしてその戦場は、敵対するガイ派の魔軍が正気を失っていたこともあって混沌としていた。大将軍カエサルが暗殺された本陣も荒れに荒れている。即座に戦闘に入ったこともあってカエサルの死体をどうこうする余裕もない。本陣は放棄されて既にレオンハルト軍もゲバラ軍も野戦に突入している。

 

 ゆえに空っぽになったレオンハルト軍の本陣に──

 

「ぐ……お……お……」

 

 ──瀕死の魔物大将軍カエサルはいた。

 

 魔物将軍ブルータスに背後から刺され、指揮する魔物隊長にも全身を串刺しにされたカエサルだが、彼らが正気を失っていたこともあり狙いが正確ではなかった。

 魔物大将軍の本体はその肉体ではなく腹の中にあるブレインである。そのブレインをカエサルは辛うじて守りきった。

 だが既に肉体は失い、ブレインも傷を負ってしまっている。

 

「く、そ……ブルータ、ス……この私を、裏切るとは……許せん……忠実なよい男だった、だけ、に……ショック、だ……」

 

 ゆえに治療しなければもって数分の命。そうであるにも関わらずブルータスへの愚痴を言葉にしたカエサルはハッとして地面に横たわりながら状況を打破しようとする。

 

「っ……いや、言ってる場合ではない……誰か、誰かいないのか……」

 

 だがカエサルは動けない。ブレインを動かして這いずるように数センチずつ移動するのが、そして掠れた声を出すのが関の山であり、その言葉は誰にも届かない。

 

「誰も、いない、か……」

 

 そうしてカエサルは自らの運命を悟る。

 己はもう死ぬ。ここで息絶えるのだと。

 

「口惜しい、が……ああ……しかし、良い生だった……この世で最も美しい御方に仕えた美の信奉者カエサル……神よ……その恵まれた生を与えてくださり感謝します……」

 

 自らの死が近いことを理解した時、カエサルは神への祈りと感謝を行った。

 元よりカエサルは信心深い。誰よりも美に拘っているからこそ美しく祈る。神もまた美しいと信じて疑わずこの1000年間祈りを欠かしたことは1日たりともなかった。

 

「そして願わくば次の生では私を美しい女の子モンスターへと変えてくださいませ……」

 

 そしてそんなカエサルだからこそ次の生では己の何よりも欲する願い──美しく可愛い女の子モンスターとして生まれ変わりたいと告げた。神を信じながら。

 そう。そんなカエサルだからこそ──

 

『むぅ……生まれてから死に際までの1000年間毎日願われたにも関わらずその程度の願いを叶えないのはバランスが悪いな……いいだろう』

 

「……え……?」

 

 ──彼は今際の際で神の声を聞いた。

 

 その声の主は魔物を担当する三超神プランナー……ではなく、その化身。第一級神である中立の王神ナウトアラ。

 カエサルが祈っていたのは魔物の神。特定の神に祈っていたわけではないが、カエサルの祈りは担当する神には届いていた。

 そして大それた願いならともかく、その程度の大したことのない願いであれば叶えてやってもいいと告げる。

 

『ただし魔物大将軍でなくなるから今より弱くなるがな。──だがその方がバランスが取れるし適切だろう。特別なレア女の子モンスターにしてやるからバランス良く生きるがいい』

 

「あなたは……あなた様は、もしや──」

 

 ──だがその性根は本体とあまり変わっていないが。

 ともあれカエサルのブレイン。本体が光に包まれ。

 

「おおおおおおおおおおっっっ──!!!?」

 

 叫び声が木霊し──カエサルの身体はそこから綺麗さっぱり消え去った。




今回はここまで。ガイの才能限界は無限でもなんでもないです。ちゃんと上限あります。ということでガイVSジルも始まり。次回は主にVSインテルです。お楽しみに。

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