時代が変われば大陸に住む生き物は否応なしに変化を迫られる。
歴史上、人間はそれで何度も住処を追われてきた。魔物もまた時代の支配者たる魔王の鶴の一声には逆らえない。魔軍の召集に応じて国狩りを行い、かつて人が住んでいた場所には魔物が住むようになった。
──だが、時代が変わろうと変わらない場所が1つだけある。
「おう。おはようさん」
「ふわぁ、眠ぃ~」
「今日お昼どうするよ?」
「馬鹿。今日は忙しくなる日だろ。多分外出てる暇ないぞ。出前だろ出前」
「あ、そっか……魔王様が代わったからそれに合わせて問題文の訂正とかすんだっけ……じゃあコロッケそばでも頼むかぁ」
そこはいわゆる千年都市だ。2000年以上の歴史を持ちながらずっとそこに在り続け、魔物だけでなく人も住んでいる。
人間牧場が郊外に併設されながらもその街並みはずっと変わらない。極めて文明的かつ文化的に平和な日常を謳歌している。建ち並ぶ飲食店や小売店。劇場や浴場施設などには常に魔物と人の姿がある。
そんな街の名は──レオンハルトシティ。
魔人レオンハルトが治めるその街は魔物の黄金都市としてその場所に在り続けていた。
街の中心には巨大な真紅の城──紅魔城が悠然と聳え立ち、その周囲は魔軍最精鋭のレオンハルト軍の魔物兵が警備を行っている。
贅の限りを尽くした城の中には見目麗しい数百名のメイドにレオンハルト様親衛隊。レオンハルトシティでも有数の料理人など下級使徒に選ばれた者達が働いている他、体長50メートルにもなる巨大なドラゴンや強大かつ妖艶な大悪魔。それにトッポスにも似た筋肉ムキムキの怪物。
更には多くの使徒に魔人も居住している。
そしてその荘厳な城の上層階。最も広いその部屋を寝室にしているのは当然、この城の主である──魔人レオンハルトだ。
「…………ん……」
日が僅かに差し込む寝室。そこにある巨大なキングサイズも超えた最高級ベッドの上。
そこで僅かな眠りについていたのは輝くような金髪と燃えるような紅い瞳。そして人の雄として完璧かつ黄金律。1つの正解形を体現した顔立ちと肉体を持つ者だった。
魔人レオンハルトはいつも通りの感触。そして先程まで感じていなかった気配を察知して意識を覚醒させる。
無敵結界を持つ魔人には上位者として当然の自信と慢心を持つ者も多いが、並ぶ者のいない剣の達人であるレオンハルトは生物の気配に敏感である。
今部屋の中には自分以外に10人の気配がある。
まず己の身体の右。しなだれかかった状態で寝ているのはインデックス。元カラーであり現在は悪魔。それも第参階級悪魔にまで昇進したレオンハルトの恋人の1人である。
童顔気味だが色気ある顔立ち。小柄なのにしっかりと肉のついた柔らかで張りのある肌がレオンハルトの右側に吸着し、それが極上の抱き枕のようにもなっている。
あるいは掛け布団と言うべきか。レオンハルトは左半身にのしかかっている長い紫色の髪を持つ美少女──パープルアイの肌と肉の感触を感じながらそう思う。
レオンハルトの使徒であり天才魔導学者ガウガウの作り上げた人工生命体パープルアイはガウガウの使徒業務の一部を代行させるために生み出された存在である。それゆえに見た目は当然ながら美少女に。おまけにレオンハルトの女の中で最も胸の大きいお町を参考にモデリングしたその豊満な乳房がレオンハルトの胸板の上でむっちゅりと押し潰れていた。
それだけでなく足の方にも女性らしい太腿が絡みつき、右脇腹辺りにもインデックスの足が絡みついている。レオンハルトの逞しい腕を腕枕にして眠る彼女達の顔立ちは可愛らしく美しく。髪から漂っている甘い香りがレオンハルトの鼻先をくすぐる。
それだけでも雄として極めて贅沢な状況だが、更にそれだけでは飽き足らない。パープルアイの隣には更にもう一体のパープルアイと他のメイドが数名。インデックスの隣には先日部下となった猫系悪魔のアナノトラに親衛隊が数名。
昨夜──というより数時間前まで抱いていた美少女達10人がレオンハルトの周囲で眠りにつき、レオンハルトの短い睡眠を少しでも心地よく、快楽に満ちたものにするための抱き枕であり肉布団となっていたのだ。
(……今日も気持ちいいな)
平然とレオンハルトはそう思い、自分を抑えることなく軽く腕に力を込めて両側の女達を抱きしめる。
「ん……♡」
「ぁ……♡」
レオンハルトの身体にたっぷりと密着してくる女体の数々。右手で綺麗に手入れされたメイドのサラサラの髪を手櫛でかき、左手で張りのある尻を撫で、胸板で2人の大きくて柔らかい乳房を、全身ですべすべふよふよの女体を受け止める。
それはどんな高級布団でも敵わない極上の寝具。レオンハルトにとっては普段使いするものであり、その心地よくも快楽を与えてくる感触も日常でしかない。
この場にいる10人じゃ収まらない。100人どころか1000人以上の女を囲うレオンハルトにとってこのハーレムは日常であり当然のものなのだ。多くの雄が羨むその状況を、レオンハルトは当然のものとして享受する。
(これは……誰だ?)
ゆえに自分の股間。聳え立つ陰茎を誰かが弄っていても動じることはない。レオンハルトは冷静にそれを考える。
なぜなら朝の奉仕はそれもまたいつものこと。レオンハルトの使徒や下級使徒達によって当番表が作られているため、朝から誰かしらがそうやってレオンハルトを目覚めさせる。
だから本当に珍しくはないのだが……レオンハルトが疑問したのはその気配を直前まで感じなかったことが理由だ。
自分がよっぽど疲れていたのか、あるいは相手が隠れるのが上手いのか。それは分からないが、とにかくレオンハルトは軽く考えながらそれを確かめようとする。
──ぺろ……ぺろ……。
(亀頭を誰かが舐めている。舌が小さいな。口も……というか手もそうだ。身体全体が小さい。胸も大きくない。……リムか? あるいはトール……? いや、それほど小さくはない。こんなに小さい相手は……)
そして思い至る相手がメイドや親衛隊の中にいない。だからそれ以外の相手は……と考えたところでレオンハルトは視線を下に向けてそれを確かめた。
「……セラクロラス。何をやっている?」
「んゆ……ふぇらちお」
「それは見ればわかる」
──小さな頭部。全体的に小さく、眠そうな瞳でこちらを見上げ、レオンハルトの陰茎に舌を這わせていたのは意外な人物。聖女の子モンスターの1人……時のセラクロラスだった。
レオンハルトはそれを見て何とも言えない気持ちになる。いや、気持ちはいい。快楽は感じているが、セラクロラスは小さすぎるためそれを行うに適していない。
以前子供を作った時もヤってはいなかった。キスをして精液を上げはしたが挿れたりはしていないし、そもそも小さすぎて入らない。
だからこそレオンハルトとしては何とも言えないが。
「あれ……なんで入らない……?」
「挿れようとするな。なんでも何も見ればわかるだろう」
腰の上に跨り、割れ目に亀頭を押し付けて頭に疑問符を浮かべているセラクロラスにレオンハルトは冷静にツッコミを入れる。どう考えても無理なのに、セラクロラスはそれが入らないことを不思議に思っているようだった。
しかしセラクロラスは時を司るがゆえに意識が過去と現在と未来を行き来している。そのためレオンハルトにしても理解が及ばない言動をすることが多々あるのだが、しかしセラクロラスがこう言っているということは少しばかりレオンハルトにとって眉をしかめる未来の可能性を示唆している。
「挿れたことがあるのか……」
「? いつもやってる……」
「そうか……」
──未来の俺はロリコンなのか? と、そんなことを思い憂うレオンハルト。
あるいはセラクロラスが大人になるかだが、聖女の子モンスターの中でもセラクロラスだけは大人状態と子供状態で見た目が変わらない。
だからこそ不思議に思うレオンハルト。しかしその時、ちょうどよく扉が開け放たれた。
「──ダー……リ~~~~~~~ン♡」
「あ……ハーちゃんだ」
「うわっ!? 何々!? 敵襲!?」
「ん……ああ、誰かと思えば確か聖女の子モンスターの……レオンハルト。今日の朝のご奉仕はこの子達に頼んだの? ──それくらい下の娘もいけるようになったのね」
「いや違う。誤解するな」
レオンハルトの寝室を勢いよく開け放ち、そのままレオンハルトの胸に飛び込んできたのは青い髪色の聖女の子モンスター。地のハウセスナースだった。
その勢いと大声で隣にいたパープルアイが飛び起き、インデックスや他のメイド達もゆっくりと目を覚ます。
「やっと会えたわ……はぁ……♡」
「……ハウセスナース。それにベゼルアイも久し振りだな」
「──ええ……」
そうしてレオンハルトはハウセスナースを受け止めながら、更に少し遅れて入室してくる赤い髪の聖女の子モンスター。力のベゼルアイにも挨拶をする。
だが相変わらずの好き好きオーラを出して擦り突いてくるハウセスナースと違い、ベゼルアイはなぜだか頭を抱えていた。レオンハルトとハウセスナース。その2人を見て溜息をついている。
「とうとう出会ってしまったわね……」
「……どういうことだ?」
「そうよ──ねえ聞いてダーリン!! あたし、ダーリンと愛し合いたくて……だから使徒になりたいのにべーが邪魔するの!!」
「俺の使徒に?」
「レオンハルトのチンチン入らない……」
「まあその小ささなら難しそうね。なら代わりに口でしてみたらどう? 私も一緒にするわ」
「んゆ……そうする……」
「なら我も混ざるぞ! レオンハルト様の性処理はこのパープルアイの役目なのだからな!」
またどういうことだとすごい剣幕のハウセスナースにレオンハルトはベゼルアイの方を見る。そして股間ではセラクロラスが肉棒を突いていた。そこにインデックスも混ざっている。更に反対側からパープルアイまで参戦してきた。
「……もしかして使徒にならないと俺と気軽に出来ないから、か?」
「そうなの!!! だから使徒にしてダーリン!!!」
「そしてそれをベゼルアイが邪魔をしていると」
「そうだけど……レオンハルトくん。よくそんな状態で話が出来るわね」
「いつものことだからな」
「まあいいけど……そうね。事情を説明するとこの数百年くらい、私はずっとハウを邪魔してたの」
「れろ……れろ……」
「ちゅっ、今日も大きいわね……」
「ん……朝からビンビンであるな……♡」
そうして股間では悪魔と聖女の子モンスターと人工生命体のトリプルフェラが始まる中、レオンハルトはベゼルアイの話に耳を傾ける。空気を読んで他のメイド達はそそくさと部屋を出ていった。
「レオンハルトくんと子供を作ってからハウがもうレオンハルトくんにメロメロ過ぎてね。いつもみたいに失恋もしないし……新種が生まれなくなったの」
「良いことじゃないっ!!」
「よくないわ。だからハウを無理やり連れ出して、それから私は刺客を差し向けたわ」
「刺客?」
「男の子モンスター達よ。カッコいい男の子モンスター。強い男の子モンスター。賢い男の子モンスター。特殊な男の子モンスター……とにかく色んな男の子モンスターに話をつけてハウとお見合いさせる。そんな仲人みたいな生活をずっと続けたわ……でも──」
「ダーリン以外の男なんて無理!! キモい!! だから全員ぶっ飛ばしてやったわ!!」
「──と、ハウは私が放った刺客……男の子モンスター梁山泊の百八衆を次々と乗り越えてしまったのよ。数百年かけてね……」
「……壮大な話だな」
「あたし頑張ったの! だから褒めてダーリン♡」
「ふ……気分は悪の組織の親玉だったわね。──そしてその男の子モンスターは全員私が相手をしたわ」
「そうか……」
そういえば大陸西側で魔物達の小競り合いがあったという報告があったな、とレオンハルトは思い出す。あれは仁義なきお見合い戦争だったのかとレオンハルトは微妙な気分になった。──股間は気持ちいいが。
「相変わらずモテモテね。レオンハルト──んっ♡」
「レオンハルト様なら当然だな! れろれろ……♡」
「んにゅ……」
「──まあ私としては子供を沢山産んでくれるなら別にレオンハルトくんと幾らしてくれてもいいんだけど……」
「ダーリンに苦労をかけるのは駄目よ。それに子供を作らずに気軽にイチャイチャしたいし……♡」
「というわけよ。だから本当は会わせたくなかったんだけどね。会ったらレオンハルトくんも普通に使徒にしてしまいそうだし」
「なるほどな」
レオンハルトは事情を把握する。確かにレオンハルトとしては聖女の子モンスターとエッチをすれば幾らでも子供が出来てしまうため、控えたい事情はあった。
ハウセスナースもそれを理解しているからこそ使徒になりたいと思ったのだろう。しかし疑問なのは……。
「使徒になったら孕まなくなると考えていいのか?」
「大丈夫よ! まあダーリンの精子は逞しいし、あたしとの相性もバッチリだから結局出来ちゃうかもだけど……ポッ♡」
「普通は魔人や使徒になった時点で子供は出来なくなる筈よ。──まあレオンハルト君は常識が通用しないからハウの言う通り、それでも出来る可能性はあるけど」
「絶対に孕むことはなくなるが俺ならどうなるか分からないか」
レオンハルトは思案する。抱きついているハウセスナースを見て、その能力を改めて振り返る。
地のハウセスナースはその名の通り、大地を操る能力を持つ聖女の子モンスターだ。そして人間や魔物ではなく8級神──つまり神に分類される。
だからこそ使徒にしてしまえば強化幅はあまり大きくはないだろうが、それでも能力自体は魅力的ではある。今進めている計画についてもハウセスナースの力を借りれば大幅な短縮が見込めるだろう。魔軍に協力してくれるのは正直かなり助かる。自分のことをかなり好きでいてくれてることもあるし、何も問題はない。
ただ使徒か……とも思う。レオンハルトはちょうど直近でそのことについて考えていたところだった。
即ち、今後の未来のためにどうするべきか。新魔王ガイの体制。それも含めた魔軍の再編について。
「……使徒にするのは構わないが少し待て。今日は大事な用事がある」
「ほんと!? あ~んダーリン好き好き好き好き~~~~~~♡」
「ああ。それとインデックス。咥えて飲んでくれ。隣のセラクロラスには渡さないようにな」
「わかったわ。はぁむ……♡」
「……だめ?」
「駄目だ。お前に精液を渡すと孕むかもしれないだろう」
「…………むぅ。毎日飲んでるのに……」
「んんっ♡ んっ♡ んっ♡」
「ボクも欲しかった……」
──本当に未来の自分は何をしているんだとレオンハルトは思った。
だがとりあえず今は避妊しておく。そして程なくしてインデックスの口内に精液を送り込み一息ついたところで呆れるベゼルアイに対して答える。
「ん……朝一番、すごい濃いわね……♡」
「まったく……それで、用事って何かしら?」
「──試験だ」
──人間を集める予定だと。
──レオンハルトシティにある人間街。
そこは人間牧場でA級判定を受けた者だけが住める選ばれし人々の街。
いわば人間の中の特権階級であり、彼らは皆レオンハルトシティで要職につく優秀な人間である。
人口は僅か800人程度。
毎年行われる試験で選ばれるA級の数は10名程度。年度毎にばらつきはあるものの100万以上の人間を収容する大規模人間牧場の上澄みであることは間違いない。
──そして能力別に人間を区分けするこのシステムが試行されて約千年。
優秀な人間を優遇して特区に住まわせるその施策はより優秀な人間を生む。
親から子へ。人間は血筋によってある程度は才能が受け継がれる。もちろん絶対ではないが、優秀な人間同士で子を成しやすいようにしていることもあり、A級同士の子供はA級並の才能を持っていることが殆どだった。
更に、中には特A級──この街の人間牧場の歴史においても僅か10人しか存在しないその等級は、歴史に残る天才の証であり彼らは皆一様に多大な功績をあげてきた。
そう。だからこそ──
「はぁ……憂鬱でありますぅ……」
──紅魔城内の応接室。その扉の前でその少女は肩を落とし、溜息をついていた。
浮かない表情を浮かべるその顔立ちは可愛らしく美しい。整ったものであり、その白い肌や朱色の髪の質も触れる必要はなく見ただけでサラサラと分かる。メイド服に身を包んだ肢体は女性らしい丸みと凹みを共存させた美しい曲線を描いている──特に胸元の部分が豊かであった。
「そもそもドジで鈍間な私が特A級に選ばれただけでも幸運でありますが……」
そう。その憂鬱そうに髪をくるくると回して悩んでいるその少女の名はアイシス・ハッピーハート。レオンハルトシティ人間牧場における10人目の特A級に選ばれた人間である。
つまりは超エリートだったが、アイシスは自分を優秀だとは思っていない。自分はただ、どこまでも運に恵まれていただけだったと今までの人生を回顧する。
──今から19年前。アイシスは人間街にて生を受けたのであります。
アイシスの家はハッピーハート家という人間街のエリート一族。四大名門とまで呼ばれる名家中の名家で、一族は全員A級でありました。
しかしそれはA級でないなら家族ではないという意味でもあります。ハッピーハート家も含めた多くの名家ではその思想は珍しいものではなく、アイシスも物心つく前より優秀であるようにと言われ続けていました。
幼い頃はアイシスも子供ながらに「やるぞ!」という気持ちでいっぱいだったのでありますが……牧場で学び始めてからその自分への期待はバッキバキにへし折られたのであります。
『おいそこ! 遅いぞ! 周回遅れだ!』
『は、はひぃ……!』
まず体力。人間、何をするにも体力が必要でありますし、身体能力も大事であります。街ではコロシアムという人同士で戦う催しもありますし、そこで戦う才能を認められてもA級になれるのであります。
しかし恥ずかしながら、アイシスは幼い頃から鈍くさかったのであります……ランニングをすれば周回遅れは当たり前。武術の成績は最下位でありました。
ならばと勉強も頑張ったのでありますが……。
『先生! 出来たのであります!』
『はい。どれどれ……ああ、全然違いますね。それと答えを書くところも間違っていますよ』
『ええ!? も、申し訳ないのであります!』
知識をつけることも大事であります。学ぶ内容は何でも構わなくて専門的な何かに長けていればA級に選ばれる要素となりえるのでありますから。
しかしアイシスは全然駄目駄目でありました……必死に勉強したので最下位ではなかったでありますが、成績は真ん中くらいでありましたし、よくケアレスミスを連発したのであります……。
ならばと何か得意なことを探してみたのでありますが……。
『あー……何というか、うん。普通だな普通だ』
『食べれなくはないが……店に出すレベルではない』
『そ、そんなぁ!?』
料理はかなり重要であります。毎年輩出されるA級の約半数は料理人であるとのデータはありますし、ハッピーハート家はなんと料理人の一族でもあります! まあ今は料理人以外にも色々な職に就いておりますが、それでも料理なら才能はあるはず!
そう思って頑張ったのでありますが、その評価は平々凡々……最終的に家庭料理レベルで落ち着いてしまったのであります。
そしてそうなれば嫌でも気づきます。アイシスには、才能はないのだと。
ですがアイシスにも意地がありますし、負け犬のまま終わるのは嫌であります。なので一応頑張ってはみたのですが……。
『はぁ……はぁ……疲れるで、ありますぅ……』
『……おい見ろよ……』
『……あの娘、どこの誰だっけ……?』
──なんと言いますか……10歳くらいからでありますか。
『うわぁ~……テストの紙が……やっちゃったのであります……』
『…………おい、あいつの名前は?』
『……はい。アイシス・ハッピーハートです』
『なるほど。ハッピーハート家の……』
──他の子供達や先生。上官の魔物様の視線がアイシスに向かうようになってきたのであります。
アイシスも最初は「お、もしかしてアイシスに隠された才能が? それを見抜いて覚醒するパワーアップイベントでありますか?」と期待もしたのでありますが、いつまで経っても声がかけられないので期待はまたしても打ち砕かれ……その間に何の成績も残せなかったのでアイシスは正直絶望していたのであります。
このままじゃC級はなくてもB級になってしまうのであります……それでも奇跡を願って15歳の最後のテストに臨んだのでありますが……勉強も運動も正直微妙な成績でありました。
『──よし、問題ないな』
『うむ。問題ない』
『問題ないどころではない。今すぐ献上するべきだ』
『ええ、ペールちゃんも賛成ですよう』
『むぅ……まさか我に匹敵するとは……』
『ええ、きっとレオンハルト様もお喜びになりますわ!』
『私が言うのも何ですが、才能って残酷ですよね……』
『え? え??』
──それなのに最後のテストが終わった後。アイシスは1人管理棟に呼び出され、そこにいた魔物隊長様や魔物将軍様。教師を取りまとめる人間の教師長に、使徒の方々まで集まってアイシスにまじまじと視線を向けてきたのであります。
正直あの時は混乱して、なんだったら怖かったのであります。まさかアイシスが何か粗相でもしてしまったのではないかと。そう思って戦々恐々としていたのでありますが……。
『アイシス・ハッピーハートさん。あなたを特A級に認定します。そして同時にレオンハルト様付きのメイド。下級使徒に任命するので今すぐ私達と共に付いてきてください』
『了解であります!! …………え?』
──使徒のイヴ様にそう告げられ、アイシスは即座に了承し、すぐに疑問しました。
そして困惑しながらも聞いてみたのでありますが……。
『あ、あの……1つ聞いてもよろしいでありますか?』
『ええ。構いませんよ。何でしょう?』
『な、なんでアイシスが特A級なのでありますか? ああいえ、文句があるとか不服とかではなくて非情に光栄で嬉しくて我が世の春という感じなのでありますが、理由と言いますか何故選ばれたのか心当たりがなくて、えっと、つまりその、アイシスがなんで選ばれたのか──』
『あー……そうですね。では伝えておきます』
そうしてしどろもどろになっていたアイシスにイヴ様は深呼吸して苦笑しながら言ったのであります。
『──おっぱいです』
『…………へ? おっぱい、でありますか?』
『はい。おっぱいです。あなたはおっぱいの特A級。なのでまあ……レオンハルト様を喜ばせてあげてくださいね?』
『……………………』
あれにはアイシスもぽかーんでありましたねぇ……何を言われるかと思ったら、まさかのおっぱいでありました。
確かに人と比べて多少大きめである自覚はあったのでありますが、人間街に住んでいた大人の女性は大きめの人ばかりでありましたし、これくらいは普通だと思っていたのであります。
だからそれで選ばれるとは思っていなくて。
「おっぱい様々でありますねぇ……」
アイシスはその時のことを思い出し、何となく自分の胸を触ってみるであります。しくしく……アイシスはおっぱいで選ばれただけの取り柄のない駄目人間であります……。
まあとはいえレオンハルト様の下級使徒になれたことは光栄で、レオンハルト様が凄くかっこいい御方だったのでそれは全然、これこそ我が世の春と言いますか成り上がりひゃっほうという気分でありましたが、それはそれとして自分に自信はあまりないのであります。
だからこれから任された仕事をこなす自信は全然ないのであります……もちろん精一杯やりますし、まさかアイシスの、というよりハッピーハート家特有のあの能力の才能がそんなにあるなんて思いもしなかったでありますが……。
「いえ、こんなことではダメであります!」
いやいや、ここはぐっと拳を握ってやる気を出すのであります! アイシスはこれでも特A級! 歴代で多分1番無能でドジな特A級でありますが、頑張って仕事をこなすのであります。
ということで。
「お、お邪魔しまーす…………」
「──あら、遅かったわね」
「ひいっ。も、申し訳ないです」
──アイシスは部屋に入る前にしっかりと準備をして、鏡で自分の姿を確かめてから入室したのであります。
すると早速、アイシスと同じ髪色の、気品あるドレスを身に着けた小柄なお嬢様から声がかかったので謝っておくのであります。するとお嬢様はアイシスを見下してこう言ったのであります。
「あら、あなたは本当に愚図で鈍間ね。ハッピーハート家の末席である自覚がありますの? あるのなら1番最後に来るなんてありえませんわよね?」
「も、申し訳ありません。ディートリンデ様」
アイシスは頭の中で部屋の中にいる人達の情報を脳の引き出しから急いで出すであります。普段はメモを取っているのでありますが、今はメモを取り出してみるわけにもいかないので頭の中で反復するしかないのであります。
──そしてこの小さくて高飛車なお嬢様はディートリンデ・ハッピーハート。
現コロシアムチャンピオンでA級。人間街の町長も務めているハッピーハート家の当主であります。ガウガウ様から伝えられた情報に拠りますとレベルは63で才能限界も63。喧嘩LV2。政治と経営がLV1であります。
アイシスとは親戚で本家筋の方ではありますが、一応顔見知りなのでアイシスにも遠慮がないのであります。容赦なく叱責されてしまうのであります……うう、ほんと容赦がないのでありますね。見た目は可愛らしいのでありますのに……今もあえて周りに見せつけるように叱責を続けるのであります。
「良いですこと? 我がハッピーハート家は人間街において頂点に立つ名家。特A級を2人も輩出し、食文化に貢献してきた。今も多くの飲食店を預かり、紅魔城の厨房にも勤務する方も多い。その栄光ある一員に恥ずかしくない振る舞いを──」
「やめなさいよ、みっともない」
「ほんとよねぇ。それに頂点というのは聞き捨てならないわ」
「……うるさいですわね。人の家のことに口出ししないでくれるかしら。オカマ兄弟」
そうしてディートリンデ殿に声をかけたのはまた別の2人であります。応接室の窓際で後光を浴びてポーズを取っているのは2人の中年オカマであります。
「人間街における有数の名家。その頂点に立つのは私達エロソン家に決まってるわ。ねぇ、エトー兄さん」
「そうよ、ワール。A級の輩出人数では私達の方が上。特A級だって2人出してるわ。実績なら私達も負けてない」
「現に偉大なるレオンハルト様は私達兄弟に壮大な仕事を任せてくれているわ」
「これも私達に対する信頼の高さからくるものでしょうねぇ」
人間街の名家。四大名門の1つ──エロソン家。
そのエロソン家の当主──エトー・プティン・エロソンとワール・プティン・エロソンであります。
アイシス脳内メモに拠ればエロソン家は職人や芸術家が多く、分家の数も最も多い家柄であります。そのせいで色々と苦労しているそうでありますが、このオカマ2人。プティン兄弟は上手くエロソン一族をまとめてレオンハルト様に頼まれた大事な仕事を、エロソン家全体で百年以上行っているとか。
ガウガウ様情報によれば2人ともレベル50の才能限界50。建築LV2で踊りLV1。兄のエトー殿は格闘LV1で弟のワール殿は魔法LV1。──何か常に2人でベタベタしながらポーズを取っていて気持ち悪いでありますが、相当優秀であります。
ただエロソン家は色々と問題もあったのであります。だからディートリンデ殿も鼻を鳴らしてきっとそれを指摘するのであります。
「ふん。その特A級も1人はともかく、もう1人は歴代最悪の大犯罪者じゃない。それをカウントに入れるだなんて先祖の犯した罪を自覚していないのかしら。だとしたらとんだ厚顔無恥。ただでさえ気持ち悪いオカマなのに化粧が薄くってよ」
「お、お黙り!!」
「ふん、私達の美貌に嫉妬してるのね」
「そうよ。まあ貴方はハッピーハート家では珍しい……いえ、人間街でも珍しい貧乳だものねぇ」
「ええ。きっと胸だけでなく心も貧しいのよ。おお──ケル・ピティ」
「マ・ポーヴル」
「誰が残念で可哀想な胸ですの!? ぶっ殺しますわよ!!」
えーっと……何というか、醜い争いでありますねぇ……オカマも貧乳も胸はないのは同じなんでありますから仲良くすればいいのであります。
「──黙れ。騒がしいぞ愚物共」
「! あら、言われてるわよディートリンデちゃん」
「松陰ちゃんに言われるなんて恥ずかしいわねぇ。もう一度牧場からやり直したらどうかしら?」
「うっさいですわ! ──ふん、姫原家の当主様は随分と余裕そうですわね」
その時、応接室のソファに腰掛け、書類に目を通している1人の白スーツの男性が3人にぴしゃりと言ったのであります。
その顔は中々整って──まあ人間街はそもそも眉目秀麗でない者の方が珍しいので普通なのでありますが──レオンハルト様には劣るにしても、眼光が鋭くて黒髪で刀を腰に差してるのも中々イカすでありますね。
「重ねて言う。黙れ愚物共。私は今、今朝上がってきたテストの採点で忙しい。全く……今年もC級に落ちるゴミ共が多くて嘆かわしい。おまけにこんなのが私と同じA級だと思うと吐き気がする。時間は有限だというのに努力をしない。そんな怠惰なゴミは皆死ねばいい」
そしてそんな鋭くも過激な言葉を口にするのは四大名門の1つ。姫原家の当主──姫原松陰殿であります。
彼はアイシスも少し怖いといいますか……というのも松陰先生は人間牧場の教師長。つまり教師達のまとめ役であります。
魔物将軍や使徒の方々と一緒にカリキュラムを作成したり、振り分けを行ったりする方で超絶厳しいと有名であります。努力しない人間を見下していて「努力しない人間はムシ以下だ」と公言して憚らないのであります。アイシスも牧場の入園式でその言葉を聞いてちょっと怖かったのであります……。
ガウガウ様メモによるとレベル58の才能限界58。教育LV2、剣戦闘LV1、魔法LV1、料理LV1と、すごい万能でありますねぇ……姫原家は品行方正で万能な人が多いでありますが、松陰先生も教師長を務めるだけはあるであります。
ただやっぱり過激でありまして……。
「だがそんなお前達の争いに一言言えるとするならば、だ。使徒を輩出したのは私達姫原家のみ。そのことをもう一度頭に叩き入れてから答えをよく考えるんだな」
「むぐ……」
「それは……」
「……言ってくれますわね」
おお……確かに。言われてみればそうであります。特A級は歴代で10名いますが、その中でもレオンハルト様の使徒になられたのはイヴ様とミシェーラ様くらいであります。
そしてイヴ様は名家の生まれではないので、その基準で言うと姫原家出身のミシェーラ様だけが人間街出身の使徒ということになるであります!
「使徒がどうとか特A級がどうとか……下らないな」
「──何だと?」
「──なんですって?」
わわっ、そういえばもう1人特A級がいたであります。
部屋の隅。壁にもたれ掛かってる白い髪に赤い瞳の男性。大きな剣を持ってる彼は何年か前に脱走した特A級でありますね。名前は確か──
「ヨアン・サンソン……」
「貴方……」
「何だ、文句でもあるのか?」
「いえ、文句というか……ねぇ?」
「さすがの私達エロソン家でもそれは……」
「──なんでパンツ一丁なんですの!?」
そう。鍵付きのパンツ一丁に靴下と靴。たったそれだけの変態的な格好をしているヨアン・サンソンであります……。
彼は戦闘力での特A級で何年か前まではコロシアムチャンピオン。ディートリンデ殿のライバルだった筈ですが……。
「この格好を理解出来ないのか? ──お前達は頭が悪いな」
「理解したくもないですわ!! ほんっっと、わたくしのライバルが野良からようやく帰ってきたと思ったら嘆かわしい……!」
「……一応聞くけどどういう意味があるのかしら?」
「このパンツは拘束具だ。貞操帯とも言う。これがないと俺は延々と自慰をしてしまう。アプリちゃんのことを思い出してな……」
そう言ってヨアン殿は後ろからもう一枚の下着……それも女性物を取り出したのであります……水色の縞パンでありますね……しかも小さめであります。しかも更にそれを顔の前に持っていって息を吸い込んで……うわぁ……。
「すー……はー…………なんて芳しく素晴らしい……これだ、これが唯一価値のあるもの。俺はあの戦場を越えて、ようやく答えに辿り着いた……」
「し、下着が唯一価値のあるものなの?」
「──馬鹿が。違うに決まっているだろうお前らは頭が悪いな。ただの下着ではなく、アプリちゃんの下着でなくては駄目なんだ。言っておくがやらんぞ」
「い、いえ……いらないわ……ねぇ、エトー兄さん。あの子、マジの変態になってない?」
「そうね……分家の子からの報告だとちょっと前まではもっと死神みたいな子だったって聞いてたんだけどねぇ……」
「ほんっっと気色悪いですわっ!! ちょっとそこの鬼畜教師! あいつには注意しないんですの!?」
「──序列は遵守されるべきだ。それがどれだけ理解不能で一度は野良に脱走するなどという大罪を犯した者でも、レオンハルト様は受け入れられた。ならば私もそれを受け入れるのみだ。気色は悪いが」
「ふ……可哀想に。アプリちゃんと過ごす幸せを感じられず理解出来ないとは……」
「この子、マジよ……」
「大マジね……でもこれくらいぶっ飛んでないと特A級には選ばれないのかしら……」
そ、それはどうかと思うのであります。その理論だとアイシスまで変態になってしまうので断固抗議するのであります!
というか本当に変な人しかいないのであります! まともなのはアイシスだけ! こんなのあんまりであります!
「──あらあら~。喧嘩は駄目ですよ~?」
「!」
「あ……」
と、アイシスが内心で抗議を行っているとまた部屋に新しい人が、しかも知ってる人が入ってきたであります!
身長は150センチ程でありましょうか。少し癖のあるミディアムヘア。パステルピンクの髪色で、赤い彼岸花や蝶の紋様があしらわれた衣装の上にエプロンを身に着けてる童顔で可愛らしい人なのであります。見た目だけで言えばこの中の誰よりも若く見えるでありますが実は1番歳上でしかも下級使徒なので全員が頭を下げるであります。そうこの人は──。
「お見苦しいところを申し訳ありません──クレルモン・ミシュラン様」
「ああ~全然気にしないで楽にしてください~。私はただの夫の代わりでしがない普通のパティシエですから~」
──ミシュラン一族のNo.2。
あのミシュラン一族総代にして何千年と紅魔城の料理長を務めるガストロノミー・ミシュランの妻……クレルモン・ミシュラン様であります!
A級を多数輩出してる人間街の名家の中でもミシュラン家は格が1つ違うのであります。
何しろ人間街という枠組みが出来る前からレオンハルト様に仕えていた家柄でありますし、栄光ある紅魔城の厨房の料理人を務め、人間街でも高級レストランを開いているのもミシュラン一族。
そして有名なのはやはり料理長ですが、実はいつもその大きな身体に隠れて(本当に大きいので見えないのであります)、料理以外に興味を持たない料理長の代わりにミシュラン一族を取り仕切ってるのはクレルモン副料理長なのであります。娘にベアトリス殿という副メイド長もいますし、本当にエリート中のエリートでありますね!
「あ、そうです~。皆さんのために軽食としてマカロンを作ってきたので皆さん良かったらどうぞ~」
「はい。謹んでいただかせて頂きます」
「……頂きますわ」
その得意料理はお菓子全般で、ガウガウ様が言うにはパティシエLV2らしいのであります! アイシスもクレルモン様のスイーツは大好物なのでありますが……1つある噂があって、それだけが怖いのであります。
「んん~すごく美味しいわっ!」
「この甘み……最高ねっ!」
「それは良かったです~。皆さん、それを食べたならもう喧嘩はしちゃ駄目ですよ~。それとお残しも駄目ですからね~。食事の席でそのルールを破ったら殺しちゃうかもしれませんね~」
「っ……」
「じょ、冗談よねぇ……?」
「うふふ~はい~冗談ですよ~。いちごソースならともかく~城内で血を流させるなんてもってのほかですから~」
──なんでも元殺人鬼なんだとか……で、でも今はお茶目で優しい人なのでありますから……それにしても料理長と副料理長ってどうやって知り合って結婚したのでありましょう……ちょっと気になるであります……おっと、アイシスも今のうちに1つ拝借するのであります。
「ゆっくり食べてくださいね~。それが終わったらそろそろ時間でしょうし~」
「あ、そうですね。皆さんそれが終わったら移動をお願いします」
と、もくもく食べていたらもう13時になるのであります。副料理長に指摘されたのでアイシスは全員に移動をお願いして仕事の準備をします……こっからが大変なのであります……でも頑張るしかないのでアイシス思い切ってやってみるのであります!
──紅魔城玉座の間。
GL期においてはあまり使われることのなかったその場所に、今はレオンハルトシティにおける人間達の代表が集まっていた。
──姫原家当主……姫原松陰。
──エロソン家当主……エトー・プティン・エロソンとその弟ワール・プティン・エロソン。
──ハッピーハート家当主……ディートリンデ・ハッピーハート。
──ミシュラン家当主代行……クレルモン・ミシュラン。
──特A級……ヨアン・サンソン。
現在、それぞれが要職に就いているA級の人間であり現在833名いる人間街の代表達は揃いも揃って傑物である。
彼らは特A級に選ばれずとも人間における上澄みであり、1000年もの時間をかけて作り上げた人間の優秀な遺伝子。そこから生まれたサラブレッド。
だがそんな彼らでも仰ぎ見るべき高み。その足元にも及ばない大陸の支配者がそこにはいる。
即ち──
「面を上げろ」
──この紅魔城の主にして彼らの主人でもある魔人レオンハルトである。
紅の玉座に腰掛ける圧倒的な魔性。純粋な力。将器。それらが人の形をなした存在。
彼ら人間達にとっては本当に王や神のような存在である。人間という種族を有効に使い、庇護を行うレオンハルトは人間街に住む一族らにとって恩人でもあるのだ。
故に彼らは緊張していた。先程まで互いに争っていた者達でさえ、魔人レオンハルトやその横に並ぶ使徒達──キャロル、ハンティ、ペール、リー、ガウガウ、お町、ミシェーラ、イヴ。その8人の前に立てば本能から頭を下げるだろう。
唯一緊張していないのはグリムリーパーことヨアン・サンソンくらいだったが、彼でさえもうレオンハルトに逆らうつもりはない。今はもうただ大人しく頭を垂れていた。
「人間街における代表者。それとこの街の軍を預かる責任者に来てもらったのは他でもない──お前達に俺から聞きたいことがあるからだ」
「はい~何なりとお聞き下さいませ~」
そして玉座から見下ろすレオンハルトの言葉に彼らは絶対に否定を示さない。彼らは疑問が浮かぼうとそれを口にする立場にないし、口答えなど以ての外だからだ。
人間街や人間牧場で育ってきた多くの人間はそれが染み付いている。クレルモン・ミシュランを除いた下級使徒ですらない他4人は代表して返事を行った彼女に乗っかって真っ直ぐ魔人の赤い双眸を受け止めるしかない。
「まずは──魔物大将軍ヨシテル」
「は……何で御座いましょう?」
そして更にもう一体──人間達と共に並ぶ者がいた。
だがその巨体は明らかに人間のものではなく、それどころか魔物としても規格外である。魔物将軍をもう一回り大きくしたような巨体に、腰に大太刀を下げているその魔物は、GI期になってから新たに生まれた魔物大将軍であり、レオンハルト軍を新たに指揮することになった個体──魔物大将軍ヨシテルである。
彼に対し、レオンハルトは声を送る。事前に決めているその言葉を1つずつ。
「先日の戦争から離反していた大将軍ゲバラの討伐、ご苦労だった」
「は……当然のことをしたまでです」
「ついてはお前に褒美を与える。何か望みはあるか?」
「……であれば1つ、お願いしたいことが……」
「言ってみろ」
「は。重々厚かましいことは承知の上ですが……私はレオンハルト様に剣の稽古を付けてもらいたく……」
「ふ……なるほど。お前らしいな」
大将軍ヨシテルは軍の指揮も十全にこなし、先日は正気に戻ったにも関わらず「こうなったらこのまま革命を最後まで楽しむぞ!」と離反していた魔物大将軍ゲバラを軍を率いて討ち取る戦功をあげた。その時の様子は活き活きとしており、戦いに参加出来ることに喜びを感じている様だったという。
そんな彼だが彼にとっては軍を指揮することだけが喜びではない。己の剣で戦うことも喜びである。
ゆえにヨシテルはレオンハルトに剣の稽古を付けてもらうという建前で、レオンハルトと戦ってその高みを感じてみたかった。
故に失礼を承知でその願いを申し出たヨシテルに対し、レオンハルトは小さく笑みを零す。そして鷹揚に頷いてみせた。
「いいだろう。お前に一度剣の稽古を付けてやる。いつでもやれるよう準備しておけ」
「ははっ……有難う御座います……!!」
ヨシテルはその巨体を地に沈め、深く頭を下げて感謝の意を示す。新たに生まれた魔物大将軍らの中で最も癖のない実直な武人。ゆえにレオンハルトは自分の軍を彼に任せることに決めたのだ。
前大将軍カエサルが死んでから空席となっていたレオンハルト軍の魔物大将軍は既に埋められ、職務を問題なくこなすことが出来る。それを改めて示したところでレオンハルトは人間達に意識を向けた。
「さて……次はお前達に聞きたい」
「は……」
「外の人間……魔物の支配に抗う野良の人間をどう思う? お前達人間街に住む人間と同じに思えるか?」
レオンハルトはあえてそういった言葉を選んで彼らに質問する。
これからやるべきことに対して、彼らがどう思うのか。それを試す意味も込めて。1人ずつ名指しを行う。
「クレルモン」
「はい~。そうですね~……まあ歴史的にも同じではないのかと思います~。私達はずっと魔軍の、ひいてはレオンハルト様の下で生きてきたので~」
考える素振りを見せつつも笑顔で事実を口にするクレルモン・ミシュラン。
「エトー」
「はい。愚かな生き物だと思います。魔王様やレオンハルト様に逆らうなど愚の骨頂。到底考えられませんわ」
「ワール」
「兄に同じ。愚かすぎて呆れ返ってしまいます。何故に従わないのか……理解に苦しみますわ」
過去に起こした一族の謀反もあり、内心では戦々恐々しながらも表面上は涼しく忠誠を見せつけるエトー・プティン・エロソンとワール・プティン・エロソン。
「松陰」
「──は。同じ人とは思っていません。人の幸せとは魔物に支配される中でこそ生じるもの。であるにも関わらず、その支配から逃げたものはもはや人ですらないゴミであると認識しています」
人間牧場の教師長。最もその思想に染まっていることをその言葉の節々から表す姫原松陰。
「ディートリンデ」
「……はい。おそらく血統的に劣っているのではないかと思いますわ。中には有能な人間もいるかとは思いますが、大部分はC級に属する人間と同じ無能の輩。故に己の無能を棚に上げて怯えているのだと」
有能な者も中にはいるだろうが、その大部分が無能であるが故に処分されることを恐れているのだと分析するディートリンデ。
「ヨアン」
「…………外も中も変わらない。同じ人間かと」
「……!」
そして最後に唯一脱走歴のある特A級。ヨアン・サンソンの静かな発言に、クレルモンを除いた4人が程度の差はあれ、ヨアンに敵意を向けた。
人間街。そこに生きる多くの人々にとって、A級という価値は己を支えるもの。
自分達はB級の奴隷やC級の家畜とは違う。増してや野良で生きる獣とは雲泥の差がある。
彼らは自分達だけが真の人間であるのだと本気で思っている。
それはGL期における人間牧場というシステム。その中でも特殊な環境下にあるこの街が生み出した人の歪みとも言える。
だが彼らは事実、幸せを謳歌している。故に完全な間違いというわけではないが、それでもヨアンに言わせてみればそのラベリングに拘って生きるなど馬鹿らしいとしか思わないし、だから弱いんだろうと思ったがそれを口にはしないし出来ない。
その前に絶対者である魔人が口を開いたから。
「……なるほど。よくわかった。なら次に──俺がお前達、人間街に住む人間を外へ放逐したらどうする?」
「!?」
そしてその質問は、彼らにとって考えもしないものだった。
千年間。彼らにとっては、それが人間の文明であり常識であるこの世の理であり仕組み。それが急に破壊され、無責任に放り出されたとしたら──それは考えるだけで恐ろしいものだった。
「松陰」
「っ……私は……も、もしそうなったのなら……こ、懇願致します。額を地に擦り付け、レオンハルト様へ謝罪し、許しを請います」
それは彼らにとっては比喩ではなく──死ね、と。そう言われているのと同じ。
「エトー」
「わ、私も許しを願います! し……城の件でしたら我ら一族の力を結集させ、何年かかろうと絶対に完成させると誓います! で、ですからどうか……」
「ワール」
「ぎゃ、逆賊フリードは我が一族の恥。その汚名は一生をかけ……い、いえ! 子々孫々に至るまで、償うとお約束します!」
彼らはなまじ人間街での暮らしを続けてきた分、野良の人間の扱いを知っている。C級の人間がどうやって一生を終えるか知っている。
「ディートリンデ」
「……何も、考えられないかと。何をするにしても絶望すると思いますわ……」
そして魔人や使徒。多くの魔物の強さを知っている。
だからこそ魔王の強さもまた想像出来てしまう。魔物の支配から放逐されれば、自分達は死ぬ。それもただ死ぬのではなく、醜く、何も成せないまま死んでしまうだろう。
能力があるからこそ彼らはそれを忌避する。虐げられていないからこそ現状を望んでいる。
それは彼らが常識的に、能力さえあれば上位者に虐げられることはないと思っているからだ。
ただそれだけでなく、その彼らの怯えぶりは今の人間の脆弱さを証明していた。
しかしそれも致し方ない。彼らはそれ以外の生き方を知らず、魔物の下で生きてきたのだ。だからこそそれ以外の答えを忌避するし、理解出来ないものだと蔑視する。
「クレルモン」
「ん~……レオンハルト様が仰るなら仕方ないですね~。夫と一緒にレストランでも開いて生きていこうと思います~。あ、でもベアトちゃんとかレオンハルト様のことを大好きな一族の子達の面倒は出来れば見てほしいですね~」
「……!?」
「ヨアン」
「何も変わらない。普通に生きていくだけですね」
「……!!?」
──だからこそクレルモンやヨアンの答えに彼らは驚愕するしかない。
尤もクレルモンに関してはNC期などの人間が国という枠組みの中で生きてきた時代を知っているがゆえの。そしてレオンハルトがそんなことはしないと信頼しているがゆえの答えだったが、ヨアンの場合は違う。彼は本当に何も変わらないと思っている。
環境が変わってもどうにかして生きていく。結局のところ、生きていくにはそれしかないのだと本能で、それも昔から知っていた。
もっとも今の彼の頭はアプリという付き合うことになった美少女のことでいっぱいなので実際は何が何でも残ろうとするだろうし、残れるとも思っていた。
ただそれ以外の者達はやはり未知の生き方に恐怖する。
だからこそそれを見下ろしていた少女は困惑していたが、それでも変わらず告げる。
「なるほど。ならお前達は俺に一生の忠誠を誓うか? 俺のために死ねるか?」
「も、勿論でございます!」
「それは当然のことかと!」
「は! 忠誠を誓います!」
「元よりこの身はレオンハルト様の為にありますわ!」
下級使徒でも特A級でもない代表者4名がそれぞれレオンハルトの問いに全力で答える。忠誠を誓うと本心から口にしていた。
その言葉を聞いたレオンハルトがイヴに視線を向ける。そしてイヴから頷きが返ってくるとレオンハルトもまた頷いた。
「よく分かった。ならこれより、お前達全員を俺の下級使徒に召し上げ、その上で現在サイサイツリーに建設している新たな街の要職に就けることにする」
「……!!」
「れ、レオンハルト様……」
「──異論はあるか?」
「ございません!!」
──レオンハルトの決定。彼ら4人を下級使徒に召し上げるという言葉は、未知への恐怖と捨てられるかもしれないという絶望に陥っていた彼らを一気に救いあげた。
その瞬間は全員が同じ思いを共有する仲間だった。ディートリンデが思わず拳をぐっと握りしめ、プティン兄弟はそれぞれ手を繋ぎ合い、松陰は目頭が熱くなり涙を堪える。人間街において特A級や一部のA級の人間しか召し上げられない下級使徒という地位は人生においての目標でもあるのだ。
ただその多くはその目標を叶えられずに人間街で一生を終えていくが、彼らは運良くレオンハルトの目に留まった。その価値を認められたのだ。
ゆえに全員がその場で深く頭を下げて忠誠を誓うと共に感謝を申し上げる。
魔人レオンハルトは魔物界の英雄でありながら人類最古の王である。そう呼ばれるに値する理由を、彼らは改めて知ったのだ。
「仕事の内容については追って命じる。それまでは住居を紅魔城内に移して今まで通りの仕事に励め」
『──畏まりました!』
永久保護魔法がかけられた紅魔城で暮らすことはほぼ不老を意味している。
下級使徒という本当の意味で栄誉ある選ばれし者達の末席に、彼らはようやく並んだのだ。
「さて……では──」
そこでようやく人間達は解放される。──レオンハルトの仕事も一旦は終わりだと、そう思った。
「──待って頂きたい!!」
「む……?」
だがレオンハルトが言葉を紡ぐその直前、玉座の間の扉が開け放たれ、そこに凛とした、それでいて通る声が響き渡った。
誰もが視線をそちらに向ける。レオンハルトやレオンハルトの使徒。魔物大将軍ヨシテルや人間の代表達もその女性の姿を見た。輝くブロンドの髪をシニョンにしてまとめた貴族風の衣装の美少女で。
「その話、この私も参加させて頂きたい!!」
「……誰あれ? レオンハルトの女にあんな奴いたっけ?」
「いやぁいなかったと思いますよう。先日の戦争で出会った人なんじゃないですか? リーさん見覚えあります?」
「いえ、私は記憶に御座いませんが……」
「ふふん、ミシェーラわかりました! あれはレオンハルト様が引っ掛けてきた女ですね!」
「むぅ……また胸の大きな女か……」
「巨乳ならいつものことだろ。ま、一応見てやろうじゃないか……どれどれ……ふむふむ政治LV2に剣戦闘と軍師に音楽がLV1……レベル40か。結構やるぞあいつ。政治LV2っていたか?」
「さすがはレオンハルト様ですの! 使徒全員に気づかれないように息をするように女性を落としてしまうんですわ!!」
「いやあの皆さん、今は聞いても……」
8人の使徒が口々に「誰あれ?」と頭に疑問符を浮かべる。そしてレオンハルトに尋ねるも、今は仮にレオンハルトが見覚えがあったとしても、聞いても分からないとイヴが全員に思い返すように小声で注意する。
そんな中、予定していた展開と違うことに酷く動揺しているレオンハルトは態度だけは誤魔化しつつも言葉を返す。
「さて、見覚えはないが……美しき女よ。断りもなく玉座の間に侵入した狼藉はその美しさに免じて許してやる。早急に用を言え。──俺の寵愛を受けることが望みか?」
「ア……レオンハルト様、それは……」
「寛大な心に感謝します! 誰よりも美しきレオンハルト様! そして、この我を美しき者と一目で見抜くとはさすがは美しさの真贋を見分ける確かな審美眼を持つレオンハルト様!! ──そして寵愛は是非!! こちらからお願いしようと思っておりました!! この身体であれば何の問題もないゆえに!!」
「……この身体であれば?」
ん? とイヴやリーなどの頭良いかつ真面目組が違和感を感じる。──ちなみに頭は良くてもそれを巨乳かと理解したのはハンティ、ペール、お町、ガウガウ。キャロルとミシェーラは自然にやり取りを見守っていた。
そして当のレオンハルトは真ん中である。ゆえに考えた末に……こう答えた。
「──いいだろう。ならば後で部屋に来い」
「おお……おおおおお!!? な、なんと……♡」
そして答えを聞いたその謎の美少女はその場で感動に打ち震える。
己の魅惑的な身体を自ら掻き抱き、捻りながら悩ましい声をあげて悶える。
「ああ……♡ なんて……♡ なんて甘美な……♡ あのレオンハルト様に閨に誘われるなど……♡ それを想像したことは幾度とあったが、実現してみればこんなに甘いものだとは……♡ んっ……♡ このスウィ~~トなハートが……♡ ラブリーでビューティフルでグラマラスな余のボディが自然と悦びに打ち震えているぞ……♡」
「──ああ。そういうところも可愛いぞ。唆るな」
「あぁんっ♡」
「ちょっと!?」
たまらずイヴがツッコミを入れる。そして思考を読みながらいい加減に介入するべきかと判断する。今のレオンハルト──それに変身しているアイシスは大真面目にそれを演じようとしているのを見かねて。
(な、謎の金髪美少女登場なんて聞いてないでありますよ~!! で、でもレオンハルト様からの試験の可能性もある以上、この状況でも全力でレオンハルト様の影武者を務めるしかないのであります! ──リカーマンのハッピーハート家! アイシスの才能をここで証明するのであります!)
──そう。アイシス・ハッピーハートはリカーマンであった。
リカーマンは人間の少数民族の1つ。ムシ使いやドルイド、ラパンらと同じく大陸南部に居住する部族である。
彼らの特徴は変身能力を持つこと。それは魔物のまねしたやライカンスロープに似た能力でありながらも、その能力は両者のように能力を劣化コピーしたりするようなことはなく、あくまで見た目だけとされている。
だがアイシス・ハッピーハートは違った。彼女の才能は決しておっぱいだけではない。
リカーマンLV3──人間街に移住してから1000年続いたハッピーハート家でようやく生まれ、偶然見つけることが出来た伝説級の才能。
それを使ったレオンハルトの影武者を務めること──それがアイシスに命じられた任務であり試験である。
ちなみに使徒が全員揃っているのはアイシスを万が一でも殺させないため。強さ自体はレベル10程度しかないアイシスのままであるため、通りすがったレオンハルトの子供であったり魔人であったり使徒であったり誰かしらが軽くレオンハルトを叩くだけでアイシスは死んでしまう。無敵結界も当然存在しないので事故にも弱い。
アイシス自身が強くなってくれれば問題ないのだが、今のところはまだ弱い。それは今後の課題だ。
だからせめて。アイシスは全力でレオンハルトを演じるために謎の美少女を口説いた。
それは最近になって積極的になったレオンハルトをアイシスなりにエミュレートしたものであるのだが、問題は相手が謎の美少女という部分である。
素性が分からない相手を気軽に誘うのは良くはない。悪くもないが、とにかく一旦待てとイヴは思う。
しかし致命的なことにはなってないので介入の仕方が難しい。どんな言葉をかけるべきか。それをイヴが考えている間に。
「やはりレオンハルト様は……♡ 私の思った通り……選りすぐりの美女を集めた至高のハーレムを築く……そのために新たな街を!! 城を!! 体制を!! 築くのですな!!?」
「──俺がハーレムを築いているのは事実だ。ならその女達のためにも環境を整えるのは当然のことだろう」
(……言いそう!! だから止め方が難しい!!)
そして絶妙にアイシスの演技が上手だったのでイヴは内心で拳を握る。会話が問題なく進行してしまっている。いや、問題ないわけではないのだが。1番の問題はとりあえず、目の前の美少女がいい加減誰なのかということ。
「……あの、それよりも貴方は一体──」
もうこちらから聞いてしまおうか。1番単純なのに誰も実行していなかったそれをイヴは行おうとした。
だがその前に謎の美少女は自ら答えた。
「おお……♡
「え?」
「カエ……サル……?」
──カエサル。その名前を知らない者はこの場にはいない。
だがだからこそ困惑し、受け止めきれなかった。その者は既に死んだ筈。後任のヨシテルや人間街にいる者達でさえそれは知っている。
だが……そう。知っている者達だからこそ、その言動に見覚えがある
見た目は似ても似つかない。見た目はどう見ても人間の美少女か女の子モンスターといった風情。
だから信じられないと、同じく魔物大将軍出身でよく会話もしていたリーが問いかけた。
「まさか……魔物大将軍カエサル……なのか?」
「ええ、勿論そうですとも!! 他にこのような美しい者がおりますか!?」
「ええぇぇー……」
「どうなってんの……?」
ペールが困惑を意味するだけの声を出し、ハンティが普通に疑問を言葉にする。他の使徒も似たりよったりだったが、そんな中でカエサルだけはくびれた腰に手を当てて上機嫌だった。
「はっはっは!! しかし、確かに!! この生まれ変わった美貌を前に改めて自己紹介せねばなるまいな!!」
そして堂々と、大々的に、大げさに告げる。
以前と違って本当に美しいから逆に腹が立つ。そんなカエサルの決めポーズと名乗りを。
「──我が名はカエサル!! 神の奇跡により、新たな聖女の子モンスターに生まれ変わった美の体現者にして信奉者!! 愛のカエサルだ!!!」
「「「え?」」」
「そして我が新たな能力はおそらく美そのもの!! なぜならここに来る途中、数多の男の子モンスターに狙われて大変だったから!!! そう……あれは本当にしんどかったぞ……」
──遠くで覗き見ていたある3体の聖女の子モンスターが驚きを声を出す。
それが本当であるなら5体目の聖女の子モンスターということになるからだ。
とはいえ現時点ではただのカエサルの与太話である可能性も高く、真偽は分からないのだが。
そして誰もが言葉を失う中、カエサルは宣言する。
「まあそれはともかく、このカエサル!! レオンハルト様が許して下さるのであれば!! 我もまたレオンハルト様の美しき使徒達の列に加わり!! そして新たな魔軍と人間達!! 街の差配を美しく!! 完璧にサポートしてみせましょうぞ!!! はっはっは!! はーはっはっはっは!!」
「……………………」
そうして玉座の間にカエサルの高笑いがしばらく響き続け、ようやく事態を呑み込んだイヴがアイシスの代わりに検討する旨を伝えてアイシスにも告げてもらい、そしてその場は解散となった。
──そしてその全てを俺はガウガウの魔道具越しに、執務室から遠隔で見ていたが……。
「ご、ごめんなさいであります!!」
「ちょっとダーリン!! あの女誰!? あんなぽっと出の女なんて使徒にしないわよね!?」
「レオンハルト様。別室で待機させている自称カエサルですが、どうやら本当にカエサルのようです。本人しか知らないであろうことも全部知っていましたし、どれだけ心を読んでも自分はカエサルだと……」
「…………わかった。それとハウセスナースは少し落ち着け」
あまりにも混沌としていたため、俺も額に手を当てて考える。
だが思い返してみれば混沌の原因は生まれ変わったカエサルであったため、それさえ認めてしまえば考えることはシンプルだ。
今日行ったのは人間街で管理する人間達を魔物界西部に作る新たな街に連れて行くかの試験とアイシスに対する試験であった。
それは今後のため。未来で起こりうるであろう人類にとって。この大陸にとって転換期となる──人類の解放に向けた準備である。
もっともそれは100年以上先の出来事になるだろうが、それでも今から準備を進める理由は至極簡単──とてつもない混乱が予想されるからだ。
何しろ大陸西部に魔人も魔物も引っ込み、人間牧場を廃止して人間を全て解放するなんてはっきり言って急には無理だ。
いや無理じゃないかもしれないが、魔軍参謀である俺は思う。
もしガイが「人類を解放する。大陸西部に移動するぞ」なんて気軽に言ってきたら困るしもしかしたら怒るかもしれない。
それを指揮するのは当然自分で、多分だがガイの奴はそれがどれだけの苦労がかかるかなんて正確には分かっていないからだ。人間はまだ放置でもいいが、大陸西部に魔物達の住処を作ってやる必要がある。
だからこそ準備が必要だし、1年やそこらで出来るはずもない。おそらく数年はかかるだろう。
もっともそのイベントは望むところであるため、それを行うこと事態に文句はなくむしろ推奨するがそれはそれ。これはこれ。行うためにはやるべきことが山程あるため、今のうちから進めておくことにしたのである。
──そして更にその人類の解放とその先のことを考えれば有能な者は幾らいても困らない。
だから人間街にいる人間くらいは連れて行っても構わないと思ったし、使徒に関しても有能であれば血を分けることは厭わない。力の感じからしてもまだ限界には達していないのもある──10体は無理そうでも5体程度ならいける感覚がある。
ただ当然相手は選んでいかなければならない。有能な者を召し上げるに当たって俺が考えたのは寿命に関するものだ。
永久保護魔法という反則染みた技で下級使徒を生き永らえさせているから感覚が麻痺しかけるが、人間や普通の魔物には当然寿命が存在し、外で生活したり働かせていると短い期間で死んでしまう。どれだけ有能な者であってもそれは変わらない。
だからこそ目を引くほどに有能であるなら。そして自分が信頼出来る。あるいは好ましいと思った相手であるならばやはりそれを厭う理由は存在しないだろう。力なら幾らでも鍛えればいいだけのこと。使徒を作った程度で生じる減少など大した差にはならない。作れるものならば100体でも200体でも作ってしまいたいが、さすがにそれは不可能。だから使徒は慎重に厳選するべきだが……。
「──まずはアイシス」
「は、はいであります……」
「お前は合格だ」
「へ?」
意外だったのだろう。あっさりそう告げてやれば間の抜けた声を出すアイシス。
だが考える必要はない。リカーマンの能力。これは非常に使える。
「ど、どうしてでありますか? アイシスは失敗してしまったのでありますが……」
「それは反省して次に活かせばいい。お前の力は見事だったし、代えが利かないものだ。みすみす寿命などで死なせるには惜しい」
俺は正直にそう口にする。好きな相手に変身できる能力はどう考えても有効だ。事前の控え室でも別のハッピーハート家のメイドに変身して人間達を騙せていたし、玉座でも合格点は十分にあげられる出来であった。
ただその能力を活用するにはどうしたって内勤だけじゃ限界がある。十全に行うには外に出てもらう必要がある。
そして他の才能に関しても文句はない。例えば巫女技能──
「代えが利かない……なるほど! おっぱいですわね!」
「ああー確かに。リラックスバストはストレスの多いレオンハルト様には必須ですよねー」
「どこでもおっぱい枕ってことか……それはちょっと欲しいな」
「む……枕ならここにもあるというのに……」
「ミシェーラ分かりました。おっぱいは、幾らあってもいいと」
「それより強くなった方がいいんじゃない? なんだったらあたしが鍛えてあげるよ」
「ハンティ先生。その話の切り替えは幾ら何でも……」
「いつも通りですな……」
「……本当にな」
……と、いつも通り使徒達が騒がしいが、それもまあいい。これだけ信頼できる者が作れている事実はむしろ安心するものだ。
「改めて言わせてもらう──俺の使徒になれ。俺の使徒になれば俺に全てを捧げてもらう代わりに、お前にも幸福を約束する」
「れ、レオンハルト様……! は、はいであります! このアイシス……レオンハルト様の期待に添えるよう、誠心誠意努力致します!!」
そして俺は改めてアイシスを勧誘し、その承諾を受ける。瞳を潤わせていたと思えばビシッと敬礼してくる真面目なアイシスは今は弱いが努力を続けてくれると期待している。
それと──
「びええええええええええん!! また先を越されたああああああああ!!」
「……ハウセスナース。泣くな。泣かずともお前の期待には応えてやる」
「えっ……♡ じゃああたしも……?」
「むしろ不安にさせて悪かったな。──俺は俺の女を不幸にはしたくない。お前がそう望むのなら拒む理由はない」
「──ダーリン!!」
……ハウセスナースもまた信頼のおける相手。俺に惚れすぎてて理解出来ない部分にときめく部分は問題だが、それもまた可愛いものだろう。俺は否定しない。更に能力面においてもお釣りがくるレベルだ。
そう思い、ひしっと抱きついてくるハウセスナースを受け止めてやる。……聖女の子モンスターが使徒になるのはどう影響してくるか気がかりではあるが、それを理由にこれだけ惚れてる相手をずっと抱けずに袖にしてやることは俺の流儀じゃない。
それだとジルの時と同じだ。俺の持つ力の限り、大事なものは全て守ってやればいいだけのこと。
後は……まあカエサルのことも気になるが、それも後で確かめておこう。それと俺の膝の上にずっと乗り続けている──
「……セラクロラス。もしかしてお前も使徒になりたいのか?」
「……? ううん……? もう使徒だけど?」
「そうか──……は?」
「だから大丈夫……」
──俺はフリーズする。何となく、そう、何となく思って聞いてみたのだが、その返答がまたしても未来を行き過ぎていた。当然だが血の契約を交わした覚えはない。
「なあレオンハルトってもしかしてロリコンなのか? 私もロリ目当てか?」
「黙れガウガウ。多分だが……セラクロラスの発言的に使徒になれば大きくなる……のか?」
「んにゅ……? 胸は大きくならないよ……?」
「ちょっと駄目よセラ! ダーリンをロリコンにしたらあたしまで困るじゃない!」
「た、確かに使徒になったばかりでそれだとアイシスも困るであります……」
「ミシェーラは小柄で胸もそこそこなのでどちらでもいいです」
「聖女の子モンスターって一応下級神だよね。使徒になって強化されるかは微妙だけど強くはなれそうだね」
「始祖様は本当に……いつかバトル脳から恋愛脳になってくれる日は来るんですかねぇ……」
「無理だと思いますけど……」
……とりあえず収拾をつけるか。
俺は一先ず場を静めてから使徒になることを了承してくれた者達と血の契約を交わすことにする。やるべきことは山積みだが、人手が増えればそれだけ楽になる。
魔王であるガイやその側近の白兎の様子を見ること。そしてカミーラとの約束もあるし、そちらも果たす必要はあるが並行して人類解放の準備を秘密裏に指示しながら俺は使徒達とその場を後にした。
今回はここまで。というわけで400話記念かつ新たな時代に使徒が増えました。リカーマンは設定にはしっかりある種族ですが本編未登場なので独自設定です。聖女の子モンスターは8級神だし、大人ベゼルアイが折目と同格くらいの力ならまあ使徒化もいけるかぁ……って感じ。でも能力はなんか良い感じにバランス調整されます。
次回からは数話日常回です。お引越し準備も含めて色々あります。まずはケッセルリンクとサイゼルとハウゼルかな。カミーラもそろそろ出ます。ガイと白兎やらその周囲も書かないとなので書かないといけないことは多いですが、時代が変わったばかりだと変化を書くのが楽しいのでまだまだ書けそう。シルキィちゃんも割とすぐ出てきます。キャラプロフもそのうち。ということで次回もお楽しみに。
感想、評価、良ければよろしくお願いします。