──人斬り鬼の話を聞いた魔人白兎とその一行は新たに魔物将軍サコンを連れて目撃情報のあったJAPANの山奥へと向かいます。
「せぇいっ!」
「ほう。ドラクを剣で叩き切るとはの」
「腕に自信があるって言うだけはあるねぇ」
「魔物将軍なのに珍しいですね。その剣は独学ですか?」
「はい。その、私は魔人レオンハルト様に憧れておりまして……」
「父のファンですか。魔軍にはやはり多いですね」
「はい。特にJAPANはお父上に憧れる者が軍にも多く…………え? 父?」
「魔人レオンハルト……聞いたことある。お前の父なのか」
「はい。魔人レオンハルトはわたしの実の父親ですよ」
「思ったより知られてないようじゃな。まああえて言う事でもないじゃろうが」
「キキ」
「む……確かに人の気配がしますね。どうやらこの先で間違いないようです」
「レオンハルト様が父親……」
「まだ放心しとるの」
一行は生い茂る森の奥へと進んでいきます。
そして山間部にあるある盆地に辿り着いたところで白兎が人の気配を察知しました。どうやら人斬り鬼とやらはこの先にいるようです。
「向こうも気づきましたね。皆さん、来ますよ」
「──!」
「ほう……素早いの(む? この気配はもしや……)」
白兎の感覚は森の中で動く人影を正確に捉えていました。開けた場所に出る前に死角から一行に襲いかかってきました。
「中々良い太刀筋ですね」
「!?」
ですがその襲撃は白兎の抜き放った一刀に防がれます。
白兎は襲撃者のその剣筋。相手を一刀で屠ろうとする意思の乗ったその一撃を評価しますが、襲撃者は一刀が弾かれた段階で距離を取り、そして驚きを見せて踵を返します。
「あの者が人斬り鬼です!」
「へえ、確かに人間だったな」
「キー!」
「ふむ……やはりか」
「? 杏さん、知り合いですか?」
「まあ本当に顔見知り程度じゃがな。さて、さっさと追わねば見失ってしまうぞ」
「顔は覚えた……いつでも殺せる。あいつ殺すか?」
「殺しませんよー。追いかけましょう」
人斬り鬼が森の奥へと駆け出したのを見て一行はその後を追いかけます。魔人や使徒。魔物の集団である彼らは人間であるその人斬り鬼との距離を徐々に詰めていきます。
そして人斬り鬼もまた逃げ切れないことを悟ったのでしょう。山間部にある開けた盆地。廃墟となった原っぱで彼はゆっくりと振り返り──その濁った瞳を一向に向けます。
「──藤原杏……それに、お前達は魔人に使徒に……全員魔物か……」
「おおう。随分と黒い顔をするようになったのう」
「貴方が人斬り鬼ですね。わたしは最近魔人になった白兎と言います。あなたの名前は?」
「私は……………………」
廃墟となったその広場の中心に佇むその青年は言葉を迷わせます。幾人もの人間や魔物を斬り殺してきたのでしょう。その頬や全身には返り血が染みついて黒ずんでおり、その目は異様に据わっています。正気を失いかけているようにも見えました。
そしてそんな彼の名前を、聞けぬまま10秒程が経ったところで嘆息した杏が代わりに答えます。
「答える気はないのかの?」
「…………」
「……杏さん。この人は?」
「仕方あるまい。妾が代わりに答えよう。そやつの名前は──
──人斬り鬼の正体……それは勇者宗近だと。
人生とは何なのか……と、たまに考えてしまう。
早朝。数分から数十分の誤差はあれどいつも同じ時間帯に目覚めて準備を始める。遅刻なんて絶対にするわけにはいかないと身体と心に染み付いているので寝坊することなんてありえない。
十分な広さの部屋に十分な広さのベッド。部屋の家具はどれも良いものでいつ見ても自分には勿体ないと思えるものだが、慣れているのでいつも通り鏡の前で身支度を整えます。顔を洗って自分の顔を見ればいつも通り目の下に隈が少しあるが、別に睡眠時間に問題があるわけではなく普段通りの自分の顔だ。短く切り揃えた黒髪に中肉中背。不細工ではなく整ってる方だと思うんですがね……如何せん、周りが整いすぎてるので自分は平均を下げてる方でしょう。いえ、別に気になりませんが。
まあそれはともかく顔を洗っていつも通りの衣服──スーツと呼ばれるそれを身に着けてしっかりネクタイを締めます。胸元に特徴的な刺繍がされていますが、これは自分の立場を証明するものなので汚れたり傷ついたりしないよう細心の注意を払わないといけません。傷ついても立場が失われるわけではありませんが一応、念のため、です。ここはかなり特殊な職場ですからね……。
「さて、行きますか……」
鏡の前で最後のチェックを終わらせてから自分は自室の扉を開けて廊下に出ます。すると目に入るのは見目麗しいメイドさんに同じく美人過ぎる武装した女の子モンスターです。目が合いましたので挨拶はこちらからしましょう。
「おはようございます」
「あ、おはよー松生さん」
「おはよー。今日もお仕事頑張ろうねー」
「はい。お互い頑張りましょう」
……と、にこやかに挨拶。これが働くものとしてのコミュニケーションですね。
そしてそんな私の名前は姫原松生と言います。種族は人間で年齢は65歳。
え、すっごいお爺ちゃんじゃんと思われてしまいそうですが肉体年齢的には多分30台前半といったところでしょうかね……私が住んでいるこの城は紅魔城と言うんですが城全体に永久保護魔法という老化を防止する魔法がかかっているので歳を取ることがないんです。外の人間にしてみれば夢のようでしょうね。
そしてこの城に住んでいる人間はこの城の主であらせられる魔人レオンハルト様の下級使徒です。私も45年程前にA級になって下級使徒になりました。
他の人間や魔物にしてみれば喉から手が出るほど欲しい地位でしょうが……まあ私としては恵まれてると自覚しながらも大変なことが多い職場でして……ちょっと胃が痛くなるようなこともたまに起こるんです。
そもそも下級使徒には男性が少ないので肩身が狭いことこの上ない。確か下級使徒は1000名以上はいる筈ですが、そのうちの9割は女性ですからね。
「松生さんおはよー」
「今日もくたびれてますね」
「はは……この顔は生まれつきなもので」
「そっかー。あ、それならメイクしてあげよっか? そしたら隠せるかも?」
「いやメイクはちょっと……お気持ちだけありがたく貰っておきます」
「そっかぁ。ま、でも気が変わったらいつでも言ってねー」
「はい。心遣いありがとうございます」
乾いた笑いをしながら道中でメイドの方々と挨拶や言葉を交わしますが……もう慣れたとはいえこの城には絶世の美女、美少女しかいないのでどうにもやりにくいですよねぇ……しかも中にはとんでもない格好をしてる人もいるので目のやり場に困ったりもします。
まあでも色っぽいメイドがいるだけなら別に問題ありません。中には本当にヤバい人もいるので──
「はーいヨアンくん。お散歩の時間だよー」
「ふーっ♡ ふーっっ♡ アプリちゃんに跨がられて……♡ んひょぉ……♡ お尻ぷりぷり……♡ んおおおっっ……♡」
「やーん。ヨアンくん駄目だよこんなところで発情しちゃ。ほらご飯食べに行くよー。はいよーはいよー♡」
「ひひぃぃぃん♡」
「……………………」
……最悪だ……朝からとんでもない光景を目にしてしまった……。
あれは確か特A級のヨアン……それとアプリ様ですね……アプリ様はいつも通りの可愛らしい格好をしていますが、そのアプリ様に跨がられて四つん這いになっているヨアンは首輪にリードに目隠しにマスクまでされています……貞操帯と靴だけ身に着けた状態で……しかも言動がヤバすぎて明らかに変態です……しかもこのままだと見つかりそうです。別の道を行きましょう。
「料理!!! 筋肉!!! 料理!!! 破壊!!!」
──まあこちらの方がマシですかね……料理長は暑苦しくて限りなくモンスターに近いだけでいい人ではありますから……。
「……おはようございます料理長」
「むぅぅぅうん!! おはよう!! 松生君!! この間の食材の件は助かった!!」
「はは……仕事ですのでお気になさらず」
「そうはいかん!!! 食材の管理は我の仕事!!! だというのに食材を切らしてしまうなど……自分が許せん!!! これはもう……懺悔の1000回スクワットォォォォ!!!」
「はぁ……ここでやるのは迷惑ですし、料理長も仕事があるでしょう……休憩時間にしては?」
「む……それもそうだ!!! 教えてくれて感謝する!!!」
「はは……では私も朝食を取って仕事に行きますのでこれで……」
「うむ!!! 今日も腕によりをかけて全力で作ったので安心して食してくれ!!!」
料理長から暑苦しいポージングの見送りを受けて食堂へ。本当に悪い人ではないんですよね……ただ暑苦しいのと見た目が化け物すぎるだけで……。
まあそれはともかく食堂でいつも通り朝食を食べます。使用人の朝食はビュッフェ形式で好きなものをセルフで盛り付けて食べることが出来ます。
なので私もいつも通りのメニューをお皿に持って席につきます。朝はご飯に焼き魚に味噌汁などのJAPAN料理に限りますね……私の出身である姫原家は日本人の血が入っているのでやはり舌や身体に馴染むんでしょうか。レオンハルト様がJAPAN料理を好んでいるのでレパートリーが多くて助かります。
「──おはよう、松生くん」
「あ……おはようございます、リーマン部長」
──そして朝食に手を付けようとしていたら同じようにプレートを持って手を上げて挨拶をしてきたのは恰幅の良い白髪に掘りの深い顔立ちを持つ眼鏡の男性です。
「昨日はよく眠れた? 野球観戦の後に飲みまで付き合わせちゃって悪いね」
「いえ、楽しかったですよ。それより部長の方こそ大丈夫でした?」
「いや~それが帰ったらかみさんにどやされちゃって。そういや昨日は早く帰って部屋の整理するって約束してたの忘れちゃっててさ」
「マズいじゃないですか」
「いやー大丈夫大丈夫。これくらいよくあることだからさ。100年の内に1000回以上はあるからこれくらいなんてことないよ。ダイエットもしろってよく言われるんだけどそれで走ってきたら、あなたは今くらいが1番いいから痩せすぎないでねとか言っちゃって。どうすりゃいいんだよって感じでしょ?」
「な、なるほど……仲睦まじいようで良かったです。だからそんなに山盛りなんですか?」
「最近またちょっと痩せてきたからさ。いっぱい食べようと思ってね」
「はは……また奥さんや娘さんに怒られないようにちょっとずつ太ってくださいね」
「そしたらまたちょっとずつ走るさ。ははは」
と、トーストやスクランブルエッグやベーコンにサラダを山盛りで持ってきてにこやかに食べるのは私の仕事の直属の上司であるリーマン・トース部長。
私と同じレオンハルト様の下級使徒の中で数少ない男性で、勤続年数600年以上の大ベテラン。若い時に結婚した奥さんに1人娘さんもいて趣味は食べ歩きに野球観戦と選手のグッズ集め。こんな気軽な様子ですが仕事に関してはかなり優秀で私に仕事のイロハや休日の楽しみ方まで様々なことを教えてくれた大先輩です。
特に最近は仕事も色々と体制が変わったので大変でして……朝食を食べ終えたら8時の始業に間に合うように部署毎に与えられた部屋に部長と一緒に向かいます。
「──あら、おはようございます。リーマン部長。松生さん」
「おはようございます」
「おはようございます。エクレア様、私のことは部長って言わないでくれって言ったじゃないですか。大先輩に言われてもむず痒いって」
「そう言われましてもあなたは部長なのですから慣れた方がいいと思いますわよ」
「いやぁ……そもそも部長もエクレア様が引き受けてくれれば」
「わたくしよりも貴方の方が適任ですわ」
「それ貫禄があるってことですか? エクレア様まで私のことデブって言ってます?」
「くす、そうは言ってませんわ。ただ部長の奥さんから愚痴は聞いています。コレクションが増えすぎて部屋に収まりきらないだの色々と……」
「いやはやお恥ずかしい。では今度私の方から妻へのちょっとした意見もそれとなくエクレア様の方から伝えていただけると……」
「わたくしは奥さんの味方ですからそれは生憎出来ない相談ですわね」
「えー、こっちの方が付き合い長いじゃないですかー」
……と、そんな気心知れたやり取りを行っているこの場所は総務部。
これはつい最近のことなんですが、レオンハルト様の下級使徒はそれぞれ役割に応じて部署を設置し、そこに属して役目をこなすようにと大規模な再編がありました。簡単に列挙すると──
家政部……メイドや執事が属する部署。責任者はメイド長さん。
調理部……紅魔城の厨房を取り仕切り、食材管理も担当する。責任者は料理長ガストロノミー・ミシュラン。
経済部……キリング商会という商会を運営し、経済に関わる重要な仕事を行う部署。責任者はキリング商会会長ルナ・キリング。
治安部……新たに創設された。人間の街の警備や取り締まりを行う部署。責任者はディートリンデ・ハッピーハート。
教育部……人間牧場の教育施設や今後出来上がる学校を運営する部署。責任者は姫原松陰。
工務部……建設や土木工事などを行う部署。責任者はエトー・プティン・エロソン。
親衛隊……紅魔城の警備やレオンハルト様の供回りを務めるその名の通りの親衛隊。責任者は師匠。
総務部……各部署の監察や事務作業などを行う部署。責任者はリーマン・トース。
……という具合でして。元々下級使徒の中でメイドや料理人など仕事によって何となく分けられていたのを厳密に区分けしたような形ですね。
そして私は総務部所属の下級使徒。総務部は部長のリーマン・トースが責任者なのですが、今部長と会話しているエクレア様も経営部と総務部を掛け持ちして手の足りないところを手伝っており、下級使徒の中ではかなりの重鎮です。
何でも1500年以上も昔にあった国……という人間の組織の中におけるお姫様。高貴な生まれであるらしく、輝くような長い金髪に見目を引く女性らしいスタイルを持つお美しい方です。事務作業や魔軍が行うような政務関係の仕事も行えるのでレオンハルト様の信頼も厚いのだとか。
なので部長からしても大先輩でやり辛いのでしょうが、決まってしまったのだから仕方ありません。
それに部長はリーマン部長ですが、実質的な責任者は別の方がいますので部長の懸念は実は杞憂……というより部長も分かっていて言っているんでしょう。
「もう8時ですわね。それでは部長に松生さんもよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそお願いします」
「よろしくお願いします」
始業時間の8時になると各部署や街。そして魔軍の運用に関係する書類……主に兵站や装備に関する書類が殆どで、それらを順番に目を通して精査して片付けていく。
その間は私達の誰も黙々と仕事をするのみ。時折仕事に関する会話も行われますし、悪い空気というわけではなく単純に仕事に集中してるので静かです。
そしてそんな私達の部署によく訪れるのが──青の衣装を身にまとった美しくも可憐で聡明な貴人。
「──おはようございます」
「! おはようございますイヴ様」
「少し遅くなってしまいました。書類の確認をしますので失礼しますね」
「ええ、もちろんですわ」
「……お願いします」
──レオンハルト様の使徒であらせられるイヴ様です。
イヴ様は使徒として下級使徒の統括も行っていて、更にレオンハルト様の秘書として様々な仕事に従事しています。なのでこの総務部にも時折顔を出すのですが、イヴ様はとても仕事が早く正確で的確。書類の確認にしても淀みなく、不備があればすぐに気づいて修正してしまいます。
「ああ、リーマン部長に松生さんはそろそろお昼ですし少し早いですが休憩に行ってきてください」
「……よろしいのですか?」
「構いませんよ。私も1時間ほどはここにいますからエクレアさんと一緒に書類を片付けておきます。なので食べ過ぎて奥さんに怒られない程度にランチを楽しんできてください」
「イヴ様まで勘弁してくださいよ。私これでも結構痩せたんですから」
「ふふ、松生さん。リーマン部長の手綱はお任せしますね?」
「はは……畏まりました。それではお先に休憩失礼します」
イヴ様は元々人間牧場出身かつ歴代唯一の頭脳面における特A級。
特A級はA級よりも更に隔絶した優秀さを備えています。見た目も整っている人が多いですし、イヴ様もそれには漏れません。
その上で使徒の方々の中でも特に優秀だと評判の方です。レオンハルト様の秘書として常に側に控えていますし、人当たりもよく指示も的確で人間からも魔物からも慕われ尊敬されています。
噂では密かに裏で行われた使徒の方々の人気投票においてもハンティ様と二分する人気を誇るとか……いえ、あくまで噂なので真偽は不明ですが……ただ好感が持てる人物なのは確かです。まあこうやって評価すること自体が不敬な気もしますが。
「何食べたい?」
「うなぎとかどうですか?」
「いいね。なら街に美味しい店あるからそこ行こうか」
それはともかく、今は部長と昼食に行きましょう。1時間の昼食休憩はあっと言う間ですからね。
「……いつも思いますが部長、よく平然と街を出歩けますね」
「え、なんで? 魔物が沢山いるから?」
「ええ、まあ……魔物兵だけならいいんですが魔物隊長や魔物将軍とすれ違うと未だにぎょっとしちゃって……」
「あーまあ確かに大きいけど俺とあんまり変わんないでしょ? 下級使徒の制服も着てるし、魔物の方も分かってるから全然平気だって。この間なんてさ、試合の後に麺魔軒で飲んでたら隣にいた魔物将軍と同席してすごい盛り上がっちゃって。あのプレーが良かったとか審判の判断がおかしいとかどうとかさ。で、その審判が別の軍の魔物将軍だから今度演習でボコボコにしてやるって息巻いてたよ。物騒なんだけど酒も入ってたからなんか笑っちゃってさ。それからちょいちょい一緒に飲むんだよね」
「なんか……すごいですね」
「いやぁ全然。俺話すの好きだからさ。魔物とも話してみると結構面白いよ?」
そうして街に出ておすすめのうなぎの店に入店してからそんな話を部長とする。リーマン部長はさすがというかなんというか、下級使徒になってそれなりに長いとはいえ魔物とも物怖じせずに仲良くなってしまうし、こんな風に平然と外を出歩いて食事を楽しんだりもする。大抵の下級使徒は城で、というか城でほぼ全ての料理は食べることが出来るため、外で態々食事を取るのは珍しい。
ただ老化に関しても部長に言わせてみれば──
「それに外を出歩くのも珍しいですよね」
「まあね。でもずっと中にいるより外に出た方が楽しいじゃん。こんだけ遊び歩いても肉体年齢的には40後半くらいだしさ。うちの嫁さんもそのタイプだから綺麗なのは良いんだけど老いるのが嫌だからってあんまり外出に付き合ってくれなくて。だから松生くんが付き合ってくれてすごい助かってるよ」
「ははは……」
とのことで。部長は本当に物事に対する付き合い方というか人生の楽しみ方が上手い。仕事中はあんなに真面目で黙々と大量の書類を捌いてるのに気さくというかなんと言いますか。
「あ、そういえば聞いた? 今度出来る城さ、城の中に街が出来るとかって」
「あー……一応噂だけは。永久保護魔法がかかってるから遊び歩いても問題なくなるとかなんとか」
「そうそう。俺はまあ気にせず外出ちゃうんだけど嫁さんがそれ聞いて楽しみにしちゃって。娘も仕立て屋開こうかなとか言っちゃっててさ。ほら、うちの娘ファッションデザイナーでスタイリストしてるから」
「そういうのも出来るんですね」
「噂だから何とも言えないけどね。……と、話は変わるけど松生くん、結婚はしないの?」
……遂にその話が来てしまったと、私はつい苦笑いを浮かべてしまいます。
「いやぁ……それがもう全然出来なくて……お恥ずかしながら」
「あれ? 松生くんって姫原家だよね? だったらそういうの結構うるさいんじゃない?」
「ええまあ。最近下級使徒になった松陰くんなんて良かれと思ってお見合い相手を勧めてくれるんですが……どうにも乗り気になれなくて」
人間街の名家の出ともなると結婚して子孫を作るのは義務に近いものがある。まだ結婚していないことに対して遠い親戚で本家筋の松陰くんは「なぜ松生様はご結婚なさらないのでしょうか?」と正面から心底不思議そうに聞いてきたので対応に困った。いや、色々ありまして……と濁しましたが部長相手にもそうする必要があります。
「自分ももう65歳ですし、枯れてきてるのかもしれませんね……」
「いやいや何言ってんの。俺なんてもう600歳超えてるんだよ? 見た目も若いんだし全然いけるでしょ。誰か気になる娘とかいないの? ……ぶっちゃけた話、下級使徒ならどうにでもなっちゃうでしょ」
声を潜めて言う部長の言葉は正しい。
城に住む男性の下級使徒は主に人間街から配偶者を探す。メイドや親衛隊はそのほぼ全員がレオンハルト様の物なので当然そこは除外されるし、料理人やそれ以外に関してもフリーの女性は限られている。
だからこそ人間街に通って男性の方から適当な女性に声をかけるのが普通。そして部長が声を潜めたのは……ぶっちゃけモテるから。
下級使徒の配偶者として見初められるのは人間街に住んでいる者達にとっては憧れかつ光栄なこと。配偶者になれば自分も下級使徒になれる。玉の輿とも言えるでしょう。おそらく声をかければ幾らでも付き合えるんでしょうが……それも出来ないというか……なのでこれも否定するしかありません。
「……ここだけの話なんですが……自分、実は貧乳好きでして……」
「あ、あー……そういう……なるほどねぇ。なら確かに中々好みの人がいなかったりするか」
「はい。人間街にいる女性の99%は巨乳ですので……」
そう。人間街の女性は巨乳美少女ばかり。どうも遺伝的にそうらしい。正確に統計を集めたわけではないのですが、噂だとFカップやGカップくらいが下限で貧乳扱い。平均はIカップからKカップくらいで中央値だと更に上になるんだとか。もちろん噂です。
なのでもし貧乳好きがいれば相手を探すのには苦労するかもしれないが、別に私は特段貧乳が好きというわけでもありません。正直に言わせてもらえば別にどっちも好きです。なので問題はそこじゃないんですが、それを口には出来ないので方便として貧乳好きということにしておきます。
「……まあそのうち良い人が見つかるさ」
「……はい」
「お、うなぎ来た。さっさと食べないと昼休み終わっちまう」
「そうですね。いただきます」
……リーマン部長はとても良い人なので騙すのは心苦しいですが……仕方ないです。うなぎは部長がおすすめするだけあってとても美味でした。
──そして昼食が終わって仕事に戻り、再び書類の山と格闘すること数時間。5時になり終業の時間になりました。
「お疲れ様ですわ」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。──あ、松生くんこの後どう? 観戦して飲み行かない?」
仕事が終わると大体部長に誘われます。野球の試合がある日は観戦。そうでない時は飲みに行く。それがいつものことですが……。
「すみません部長。今日はちょっと予定がありまして……」
「オッケー。了解。気にしないで。お疲れー」
「はい。お疲れ様でした」
部長ともそれなりに長いので断りを入れても部長は軽い調子で手をあげて部屋を出ていく。魔物の中にも飲み仲間がいるらしいので今日はそっちと飲むんでしょうね。
──そして部長の誘いを断った私は約束の場所に向かいます。
その場所は部長と同じ目的地である野球スタジアム。試合を楽しみにしている大勢の魔物兵が既に長蛇の列を作って続々と入場していますが、自分はそちらではなく専用の入口からある個室に入ります。
そこはVIP席よりも更に限られた者しか入ることの出来ない謂わば超VIP席。
なので入室すればそこには既に、天上人とも言える方々が既に席についておりました。私はすかさず頭を下げて深く謝罪します。
「お、お待たせしてしまい申し訳ありません!」
「──仕事が終わってすぐに来たんだろう。構わない」
そこにいたのはこの街の主である魔人レオンハルト様。
私の約束の相手であり、既にそこには山盛りの料理に1人分ずつの酒が用意されています。同席している方々も全員天上の方ばかりで。
「はぐんぐ……おお、確かレオンハルトの下級使徒だよな? それもあいつの……」
「ああ。リリーフと付き合っている男だ」
「なるほど。あの口の悪い娘の……」
「加えてミシェーラ殿の縁戚です」
「は、はい。レオンハルト様の下級使徒、姫原松生と申します」
ボックス状に並んだソファーの奥にレオンハルト様。その対面には大量の料理を平らげている魔人ガルティア様。
レオンハルト様の隣には使徒のリー様。そしてガルティア様の隣には人間態となっているレオンハルト様の友人である巨大なドラゴン、ライゼン様。
自分以外が全員人外。そして目上の方々ばかり。男性だけという共通点もありますが、それが些細なことに思えてきて胃が痛くなります……。
なぜこうしてレオンハルト様に呼ばれているか。思い返せば──そう。今日の試合にも出てくるきゃんきゃんズのエース。リリーフさんと知り合ったのが全ての始まりでした。
ひょんなことから私はリリーフさんと知り合い、それからお付き合いをすることになったのですが……付き合い始めてから彼女がなんとレオンハルト様の娘であることを知り、私と付き合っていることをレオンハルト様が知り、そうして私をたまに酒の席に呼び出して話をして……と、今日までにあった出来事を思い浮かべます。本当につい最近の出来事ですが、怒涛かつ濃すぎる時間に頭が痛くなってきます。
「松生にはたまに飲みに付き合って貰ってる。だから魔人と接するのにも慣れている。この場に呼んでも問題ないと判断した」
いや……御言葉ですがレオンハルト様、その判断は早計かつ間違っているかと……全然慣れてませんし困ってます。
しかしそれを言うことも出来ないので笑みを浮かべて対応するしかない。席につけというレオンハルト様に従って手前の席に腰掛ける──するとすぐにぬっと巨体が現れた。びっくりした……料理長じゃないですか。あなた、存在感を消すことも出来るんですね……この場にはそぐわないと判断して静かにしている……ということですか……?
「松生殿!!! ご注文は!!!?」
──あ……注文を聞く時はそうなるんですね……とりあえず適当なカクテルを頼んでおきましょうか……。
「承った!!! むぅぅぅん!!!」
そして私に注文を聞くとしゅばっと跳躍して厨房へと消えていく料理長。そして静かになる。……中で人とか死んでないですよね……? 急に静かになると怖いんですが……あ、戻ってきました。そして静かにグラスを置いて一瞬で消えていきます。静かな飲みの席の邪魔はしないという料理長の心遣いが表れているような、むしろ逆効果で邪魔なような……何とも言えませんが、普通の料理人には会話を聞かれたくないためこの個室では料理長が全て1人で料理や飲み物の提供をしているのでしょう。
「それで……どうだ? 最近リリーフとは」
「はい。普通に仲良くさせて頂いております」
飲み物が来るとレオンハルト様にそう問いかけられたため、どもることなくしっかりと答える。いつものことではありますが、この御方は存在感や覇気が凄すぎてどうしたって緊張するんですよね……これでも抑えてはいるそうですが。
「出かけたりはしているのか?」
「はい。一応は……まあその、デートなどはさせて頂いております」
とはいえお忍びでちょっと食事に行ったりするくらいで進展はあまりない。というのもリリーフさんはかなり個性的なので……デートに行くとすぐにお酒を入れてしかもすぐに酔っ払ってめちゃくちゃになってしまうんです。どうやらお酒の力を借りないと恥ずかしすぎてデートも出来ないとかこの間部屋に届けられた手紙にかかれていました。それはまあ可愛いとも思わなくもないのですが、出来れば素の状態でお出かけとかしたいんですがね……。
そんなリリーフさんは今日の試合にも出場するそうで、グラウンドでチームメイトの魔物とキャッチボールをしています。そして時折こちらの方を見てはふいっと顔を逸らします。──ああいうところはほんと可愛らしいんですが……。
「そうか。……まあ仲良くしてやってくれ。ただ──泣かせたら……」
「っ……!」
「どうすんだ?」
「……殺したくはないな。だがとりあえず決闘だな。そうして力を証明してもらう。言い訳を聞くのはその後だ」
冷静に話をしているレオンハルト様の紅い眼光がとても鋭くなり、その気配が色濃くなる。呼吸困難に陥りそうなその気配の正体はおそらくは殺気とかそういう類のものだろう。というか決闘だなんてそんな無茶な……! 殺したくないとか言ってますけど絶対死ぬじゃないですか!
「だから大事にしろ。振るのも無しだ。振られるのは別にいいが。それと浮気したら地獄の苦しみを味わうと思え」
「は、はいっ! もちろん大事に致します!!」
「ならいい」
「お前、自分はハーレム築いてるくせに娘の彼氏の浮気には厳しいのかよ」
「黙れガルティア。それとこれとは話が別だ」
「甲斐性があり女性が許すのであればいいんじゃないかと思うが……それとアプリだったか。あの娘は彼氏が沢山いるようだがそちらは構わないのか?」
「あれは彼氏というよりセフレに近い。彼氏だとしてもアプリはそういう娘だからな。気がついた時には何十人と経験を済ませていたし、正直諦めた」
「なら白兎とミコトはどうなんだ?」
「ミコトは全くそういう気配がないな。白兎も……いや、ない……ないとは思うが……まあ……ないだろうな」
「めちゃくちゃありそうだな」
「はは……」
そして当然だがこんなすごい集まりの中でただの下級使徒である私が会話に割って入れるわけがないので押し黙ります。つまみの料理や酒も喉を通りません。
ただよく見れば私だけでなくもう1人……使徒のリー様もあまりお酒が進んでおらず、何か考えを巡らせているようでした。
「俺の娘の話はもういい。それよりもリー。お前の方はどうなんだ?」
「は……私ですか……」
「フォーチュンとは良い感じなんだろう? 今日男だけを集めたのはお前に配慮してのものだ。決して口外することはない。だから安心して話せ」
あ……そういう目的の集まりだったんですね今日は……だとしたら自分は呼ばなくても……と思いますが、それを言えるわけがないので地蔵に徹します。
ちなみにフォーチュンさんはレオンハルト様親衛隊の隊員でリー様のことを慕っているらしい超幸福きゃんきゃんのことです。彼女のことは私も知っていますが、おそらく良い魔物だと思います。
そしてリー様はいつもと違って得意な話題ではないのかそわそわしていました。
「は……そうですね……どうすればいいか分からないというのが正直な気持ちでして……」
「どういうことだ?」
「何分経験がないもので……その、決心はしましたがそれをどう伝えていいものか……それにアプローチやデートというのでしょうか……それもどのように行えばいいのか分かりません」
座りが悪そうな様子で正直にそう告げるリー様はこう言っては何ですが、そのダンディな見た目に反して初心な青年のようにも見えました。あのリー様にこんな一面があるとは……。
そしてそんなリー様を見てレオンハルト様やガルティア様、ライゼン様も考え込みます。私もその振りをします。ここは長年生きてきた魔人やドラゴンのアドバイスの方が正しいでしょうし。
「雌を誘う方法か……決闘で力を示し──は、時代錯誤か……ではプレゼントを贈るのはどうだ? 我らドラゴンの時代でも自らの力で狩った獲物を贈る風習はあったしそれなりに喜ばれていた。上質な肉であればなおいい」
「プレゼント……肉ですか……」
肉……いえまあ、別に悪くはないですね。決闘で力を示すとか言い出した時は何を言っているんだこのドラゴンは……と思いましたが高級肉は貰ったら普通に嬉しいかもしれません。
「よく分かんねぇが飯に誘われて嫌がる奴もいねぇだろ。美味い店にでも連れて行ってやったらどうだ?」
「食事の席……なるほど……」
まあこれも悪くはないでしょうね。食事の量こそおかしい……いや、本当におかしい……先ほどからテーブルの上に料理長が大量の料理を作っては持ってきているのですが、それらをガルティア様はどんどん平らげていきます。食事に誘うとしてもこの量を食べていたらさすがに引かれるような気がしないでもないですね……。
そして次はレオンハルト様ですか……レオンハルト様は多くの女性と関係を持つ魔性の御方。恋愛事に最も長けているでしょうから、私も何かコツがあるなら聞いてみたいですね……。
「正面から好きだと伝えればいい。想いが本物ならばそれが1番だ。俺はそれで全て上手くいった」
「レオンハルト様が仰るのであればそれが最も正しい方法でしょうな……」
……いえまあ……確かにそれが出来るなら1番良いんでしょうが、それで上手くいくなら悩む必要もないというか越したことはないというか……あまりにも真っ直ぐかつ王道すぎてアドバイスとしては少し……レオンハルト様であればそれで上手くいってしまうんでしょうが、私のような凡人にはその回答は眩しすぎますね……。
「……………………」
「松生。お前はどう思う?」
「……え、私……ですか?」
「お前もリーにアドバイスしてやってくれ」
「ええ。この恋愛を何も知らない若輩者にどうか助言を下されば幸いです」
ええっ……いや、そんなこと言われましても……う、ううん……アドバイス……そうですね……。
「……相手に寄り添った……あるいはリー様らしいやり方であれば相手も受け入れやすいのではないかと……」
「……ふむ。相手に寄り添いながらも私らしい、か……」
腕を組んで再び考え込むリー様。私などのアドバイスを真剣に聞いて下さるのはありがたいですが、もっともらしいことを言っただけなのでそこまで真剣に捉えられると胸が痛みますね……。
「……訓言痛み入ります。皆様の言葉を受け止めた上で私なりに答えを出せるよう努力したいと思います」
「お前の幸福を祈ってるぞリー。なんだったら休暇を取っても構わない」
「いえそれは……今は重大な仕事の最中ですし」
「何も何十年も暇を出すと言っているわけじゃない。多少遅れようが問題ないだろう。それにお前の今までの献身を考えれば長期の休暇を取ろうが文句を言う者は誰もいない。俺も含めてな」
「レオンハルト様……ありがとうございます」
レオンハルト様の言葉に感動しているのでしょう。身を震わせ、否定をぐっと呑み込んで感謝を申し上げるリー様。なんとも良いシーンですが……私の方は気が気じゃありません。ちょうど試合が始まったので今日は何もなければいいなと──
『はぁ!? 今のどこがストライクなのよ!? どこに目ついてんのよ審判! あんたこの間も意味不明な判定出しまくってたわよね! いい加減ぶっ飛ばすわよ!!』
『う、ウワー!? や、やめろ!』
『キャプテン落ち着いてー!』
ああ……またやってますね……これでまた退場ですか……。
「……あんな娘だがよろしく頼む」
「はい……」
苦笑いを浮かべながらレオンハルト様からの言葉に頷きます。いえ、普段は良い子なんですよ普段は……野球になると熱くなるだけで……。
──そんなこんなで目上の男の方だらけの飲み会に私は定期的に参加することになったのです……。
今回はここまで。メイドやらおっぱいやらの話まで行こうと思ったけど長引いちゃった。次回は宗近の末路とエクレアだったりアイシスやお町さんのおっぱい回。温度差すごいかも。一応今回出てきたサブキャラのデータはこんな感じ。
リーマン・トース:特A級ヘーパ・トースの養子。勤続600年。巨乳の嫁とデザイナーの娘がいる。趣味は野球観戦。レベル10 才能限界23 書道LV2 事務LV1 鍛冶LV0
姫原松生:事務員のA級。勤続年数40年。レオンハルトの娘リリーフとお付き合いを始めた。レベル5。才能限界35。事務LV2 情報魔法LV1 政治LV0 経営LV1
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