※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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修行の日々

 

 ──GI45年。

 

 その日、紅魔城に何十年振りにある魔人が帰還した。

 

「お帰りなさいませ──白兎様」

 

 その魔人を出迎えるのは綺麗な銀髪を靡かせ、谷間が見えるブルーのドレスを身に着けた気品ある美女だった。

 その容姿の特徴から、一行の先頭に立つ魔人白兎は一瞬、目を見開いたがすぐにその相手を気配で察する。そしてその名を呼んだ。

 

「お久しぶりです、メイド長さん。……少し見た目や服装が変わりましたね。それにその気配はもしや──」

 

「ええ。お察しの通りです。使徒にしていただきました。今は以前の名前だけでは不便ということで……メイル、と名乗っております」

 

「なるほど……良い名前ですね」

 

「ありがとうございます。自分でも気にいっておりますわ」

 

 メイド長さんと呼ばれていた女の子モンスターの突然変異体──今はメイルと名乗る見知った相手の微笑みに合わせ、白兎もまた小さく笑みを浮かべる。幼少の頃よりメイド長さんには世話になってきた。それだけに彼女が新たな名と立場を得たことには嬉しく思うし、収まりが良いとも思う。使徒になって当然の相手だったからだ。

 白兎もまた魔人となり己の使徒を作ってからそれを強く思う。やはり使徒になる相手は自分にとっても特別だと。

 

「白兎様も随分とお変わりになられたようで何よりですわ」

 

「ありがとうございます。結構冒険……修行してきましたからね」

 

「ある程度は話に聞いております。──では白兎様に使徒の方々もこちらへ。レオンハルト様がお待ちです」

 

「はい。では皆さん、行きましょうか」

 

 ──白兎が自分に付き従う者達に声をかければ短い応答の言葉が返ってくる。

 

 そうしてメイド長さん──メイルの先導に従って白兎と共に歩き出すのはJAPAN風の異形の集団だ。

 

「ここに来るのも久し振りだな」

 

「きー!」

 

 まずは褐色の肌に煙のような髪や毛並みを持った炎を吹かせる使徒戯骸と白兎の肩に乗る小さなさるぼぼ、使徒藤吉郎がいる。彼らは正式な白兎の使徒ではないはぐれ使徒だが、今は白兎に付き従って行動している。

 

「妾は何度か手紙を届けに、もといヤリに来てたがの」

 

 次に続くのは丈の短い和服の上にコートを羽織るくノ一であり白兎と同じ藤原家の血筋でもある使徒杏。

 伝説の忍であり、白兎より少し上程度の小柄な体躯を持つ彼女はいつも通りマイペースに白兎の背に付いていく。

 

 その面々は以前から白兎と共にいた面々であり、城にも来たことがある者達だが──それ以降は新たな顔ぶれが並ぶ。

 

「広いし大きい。ご飯も美味しそう……あむっ」

 

 1人は少し外ハネした白くて長い髪を靡かせる黒衣の和装の人物。背中に弓と針を背負い、黒いヘアバンドとゴーグル。そして赤いマントを羽織る傭兵のような格好の美少女。

 白兎達よりも更に少しだけ大きいものの小柄なその少女は腹を空かせているのか城で食べれるであろう食事に期待を膨らませながら大福を頬張る。

 

「さすがに感慨深い……話には聞いていたが……ここが白兎様の父君……レオンハルト様の御わす城か」

 

 そして次に重量感のある足音と金属が擦れ合う音を響かせるのは3メートルはある巨体の鎧武者だった。

 鬼を思わせる突起や口元には牙を思わせる意匠の黒い兜に全身を覆う黒い甲冑を持つその者は人の形を持ちながらも体長やその気配からもどう見ても人間ではない。背にはその体躯に見合った巨大な大刀を背負い、兜だと思われる口元が言葉に合わせて動いている。

 

「それを言うなら儂も生きてここに来ることになるとは思わなかったな。まったくよォ……人生ってのは何があるか分からねェとはよく言うが、まさにその通りだな。カッカッカ」

 

 そして最後に続いたのは他の面々に比べればまだ人間らしい容姿と気配を持つ老人だった。

 シンプルな長ズボンに下駄。茶色の腹巻にこれまた白いシンプルなTシャツ。その上から和風の黒い羽織を肩にかけ、長楊枝を口に咥えて、逆立つ白い髪ともみあげから繋がる白い髭を右手で撫で、腰に差した白鞘に左手を添えるその男は老人でありながら鍛え上げられた肉体と刃のように研ぎ澄まされた気配を持っている。

 更にその瞳は赤くギラついている。未だ現役である熟練した剣の達人──誰が見てもそうだと思わせる人物がそこに続く。

 

「皆さん、お喋りはその辺りで。着きましたよ」

 

 先頭に立つ白兎は彼らを従えながら久方振りになる玉座の間に辿り着き、そこで自分の使徒達と共に父であり師でもある金髪灼眼の魔人と向き合った。周囲にはその魔人の使徒もいる──己の母親もまたそこに並んでいた。

 

「只今帰りました──父上」

 

「ああ。よく帰ったな白兎」

 

 その父親──魔人レオンハルトに白兎は頭を下げて挨拶を交わし合う。魔人としては部下のようなものだが、ここでは親と子でもある。ゆえに互いにそれほど堅苦しい挨拶は必要なく、レオンハルトも白兎に付き従う使徒との体裁のためにあえて玉座の間で出迎えただけに過ぎない。

 

「どうやらそれなりに修行してきたようだな。JAPANでの冒険は身になったか?」

 

「はい。ですが一区切り付いたので1度戻ってきました。ガイさんの新しい城も西側に出来るということですし、転移陣も張っておきたいので」

 

「ふ……魔人としても多少は慣れてきたか。使徒も増えたようだしな」

 

「父上程ではありませんが。それじゃあ紹介させていただきますね」

 

 と、白兎が背後に控える使徒達を順番に紹介していく。

 

「戯骸さんに藤吉郎さん。それに杏さんは知己ですから……まずは大福ちゃんから」

 

「ん…………」

 

「……大福?」

 

「元の名前だとちょっとアレなので名付けました。元々は復讐ちゃんでしたので」

 

「復讐ちゃんって……レア女の子モンスターじゃん。またすごいのを使徒にしたね」

 

「ふふん、友達になったので」

 

 レオンハルトの傍らにいた使徒ハンティが目を見開いて驚く。復讐ちゃんといえば宝箱に潜み、それを開けた者が指名する標的を殺すことで有名なレア女の子モンスターだ。

 レオンハルトもまたそのことは知っているが、まさか白兎の友人になり使徒になっているとは思わなかったとさすがに驚く。……内心ではもう復讐ちゃんはこれで新たに生まれなくなるのか、それともまた新しい復讐ちゃんが生まれるのか疑問が湧いていたが、それを口にすることはない。

 

「……なるほどな。ならそっちの鎧武者も元は魔物か」

 

「はい。こちらは左近さん。元魔物将軍です」

 

「は──レオンハルト様に拝謁の栄を賜ることができ、身に余る光栄に存じます。私はこの度、白兎様の使徒になりました左近と申します。どうかお見知りおきを……」

 

「左近さんも友達になったので魔物将軍のままだと不便ですし使徒にしました!」

 

「……そうか。一応お前のことについては報告は聞いている。そうだな、リー」

 

「はい。JAPANを管轄する魔物将軍から少し前に報告がありました」

 

 次に紹介された相手のことはレオンハルトもまたリーからの報告で知っていた。魔物将軍の内の一体が戦列を離れて使徒になったという報告を聞いたのが数十年前のこと。白兎と知り合い、友人になった時点でそうなることは運命だっただろうと。

 

「使徒になったのなら魔軍から抜けたわけでもない。俺に言われるまでもないだろうがこれからも白兎を支えてくれ」

 

「は、我が身命に代えましても姫様をお守りすると誓います」

 

「わたしは守られるほど弱くはないので気持ちだけで十分ですけどね」

 

「いえ! それでも御身に万が一がないとも限りません!! 外出の際には必ず私めか誰かしらを伴うよう! この間のように1人で迷宮に挑むなど以ての外でありますぞ!」

 

「でも修行で……」

 

「なりませんぞ白兎様! 修行でも世話係は必要な筈! 私に申し付けて頂ければ最低でも数百──いえ、数千の兵を連れて迷宮の内外を警邏し、不審な人物や魔物は全て排除し、安全な修行が行えるよう取り計らわせていただきます!」

 

「それじゃ修行になりませんよ!? ……と、こんな感じで忠誠心というか過保護がすごくて困っていますが良い使徒で友達ですよ」

 

「気持ちはわからないでもないですけど……」

 

 どうやら使徒左近はかなりの過保護であり口うるさいタイプであるらしい。白兎の親友でもあるイヴは苦笑いを浮かべる。白兎は少し無茶というか冒険しすぎるところがあるのでこういう忠臣がいるのはそれはそれで安心かもしれないと白兎を知る者達は思った。

 

 ──と、そこまで紹介されたところでレオンハルトは先程からずっとこちらに視線を真っ直ぐ向けている老人に目を向ける。誰かは分からないがこちらのことを知っているようだと。

 

「──それで、最後の奴は……」

 

「ああ、はい。この方は──」

 

「おう。久し振りだな、レオンハルトよォ」

 

 と、紹介される前に不敵な笑みで前に進み出てきた老人に驚きを見せるのは1人や2人ではない。

 呼び捨てを行ったその人物に声を荒げたのは未だ膝を突き続ける左近であった。

 

「──宗近! レオンハルト様に無礼であるぞ!」

 

「うるせェぞ、左近。儂らの主は姫様だけだろうが。それに姫様と親子ってんならある程度気安く接しても構わねェだろ」

 

「直接の主でなくとも我ら使徒の序列は魔人の方々よりも下位に当たるものだ! 貴様も使徒になったのなら弁えよ!」

 

「ケッ。うっせェなァ……だがまァ、仕方ねェか。──申し訳ありませんでしたよレオンハルト様」

 

「……宗近だと?」

 

「確かその名は……」

 

 その名を聞いてレオンハルトやその場にいる者達が同樣に驚愕する。

 特にリーやお町などの反応は大きかった。何しろ直接目にして戦ったことがある──目の前にいる老人が本当にその名前の人物であるなら、だが。

 

 そしてその老人──宗近もまた彼らの反応を見て不敵な笑みを深くした。

 

「おう。儂なんかの木っ端のことなんか忘れてると思ってたが……覚えててくれて光栄だぜ。カカ」

 

「……レオンハルト様、レオンハルト様、この人はお知り合いでありますか?」

 

 ちょんちょんとレオンハルトの側に近づいて耳打ちしてきたのは使徒アイシスだった。新たに使徒になったハウセスナースやセラクロラスと同じく彼のことを知らないため、レオンハルトは改めてその素性を告げる。

 

「まだ魔人だった時のガイ様に味方した元勇者だ」

 

「ははぁ、なるほどなるほど──って、ええっ!?」

 

「この強そうな貫禄あるお爺ちゃんが勇者……ま、まあミシェーラはわかってましたよ」

 

「ミシェーラちゃん、知ったかはやめてくださいね」

 

「つっても元だけどな。そっちの使徒も久し振りだなァ」

 

「……………………」

 

「貴様……白兎様の使徒になるとは何を考えている? もしや何か企みが──」

 

「ねぇよそんなもんは。姫様──白兎様の誘いに応じただけだ」

 

 使徒達がそれぞれ色めき立つ中、勇者に敵意を持つリーは宗近に鋭い殺気を向けたがその問いに関しては即座に否定する。

 虚を突かれたリーが言葉を迷わせる間に、何かを思わせるような間を置きながら。

 

「ま、色々あったし思うところもあったけどな……儂は悟ったのよ。この世は無情であり無常──だからこそ、楽しんだもの勝ちだってな」

 

 そうして元勇者宗近はこの45年程を振り返った。

 

 

 

 

 

 ──45年前。宗近は白兎に命を助けられた。

 

「──さあ来ましたよ、宗近さん。約束の決闘の時間です!」

 

「まさか本当に来るとはな……私が言うのもなんだが、正気ではないな」

 

「まあよいではないか。せっかくじゃし今日はおにぎりを作ってきたぞ、食うか?」

 

「……魔人やその使徒が作ったものなど食える筈がない」

 

「なんだと貴様! 白兎様に温情をかけられた身でありながらなんと無礼な……!」

 

「食べないなら私が食べる……むぐ……」

 

「これこれ頂きますと言わんか。──強情じゃのう。魔物討伐隊であったのなら魔軍から奪った食料に手をつけることも確実にあったじゃろうに」

 

「食べないと力が出せませんよ?」

 

「問題ない……自分で採ってきた野草をもう食べた」

 

「へぇ、そりゃ逞しいな」

 

「キキー」

 

 勇者の期限を過ぎて、世界の厳しさと自らの失敗と罪を思い、未だ失意にある中で宗近は次の日も呑気にやって来てピクニックのような光景を繰り広げる一行に訝しげな視線を向け続けた。命を助けられたとはいえ、魔の者を簡単に信用できはしない。

 

 いや、そもそもそれ以前の問題だ。誰も信用出来ない──魔人は当然だが、人間ですら。そして勇者というその役割や世界さえ。

 宗近は信じていたものに裏切られ続けてきた。だからこそ絶望し、現実を逃避しかけた。

 

「それよりもやるなら早くやりましょう……どうせ死ぬなら戦いの中の方がいい」

 

 そして生きる気力を半ばなくしかけていた。だからこそ白兎との決闘という絶好の口実が転がり込んできたことに宗近は最後の希望を得る。これでようやく死ねると。その思いで刀を抜いて。

 

「──悪くはありませんね。しかしまだ刃が濁っています。また明日やりましょうか」

 

「っ……何故、殺さない……!?」

 

「決闘だからって殺さないといけない決まりはありません」

 

「情け、ですか。そんなものはいりません……貴様が殺さないのなら私自身で──」

 

「あ、駄目ですよ。決闘に勝ったので生殺与奪の権利はこちらにあります。なので明日私と戦うまで生きていてくださいね」

 

「なっ……!?」

 

 ──だが宗近は死ねなかった。

 白兎に勝つことが出来ないのは予想していた。白兎の剣はその父親に迫るほど。少なくとも宗近にはそう見えたし、自分では敵わないものと既に悟っていた。

 だからこそあっさりと斬られて死ねると思っていたのに、それを覆される。

 

「ではまた明日」

 

「……………………」

 

 決闘を終えて去っていく一行を見送る。

 宗近はその約束を無視して自死を選ぶことも出来たが、まだ僅かに残った理性か、あるいは日本人としての血か宗近自身の性格的にその約束を違えることが出来なかった。

 そしてまた次の日。

 

「昨日よりも更に弱くなってますね。おそらくは栄養が足りてないんでしょう。ということで死なないために今日はご飯を食べてくださいね」

 

「……食事なら、取っている……」

 

「取れてないじゃろう。今日は味噌汁も振る舞ってやろう」

 

「……大福は?」

 

「あるがそれは食事の後にすべきじゃな」

 

「はい。死なないためにどっちも食べてくださいね。約束ですから」

 

「特別に私の大福ちょっとだけあげる」

 

「私の……?」

 

「っ……」

 

 昨日に引き続き決闘に負けた宗近は、その力を取り戻すために食事を与えられた。かなり久し振りのまともな食事。おにぎりや味噌汁といったJAPAN料理を口にして、宗近はその味に内心で感動を覚える。杏の料理の腕か、久し振りの食事のせいかは分からないが、とにかく今までで1番美味いと感じられるものだった。

 そしてまた次の日。

 

「昨日よりはマシですね。でもまだまだ足りてません。明日はもっと栄養付けて頑張りましょう」

 

「……私を弄んで楽しいか?」

 

「? 弄んではいませんよ。これは修行です」

 

「なら私はいつになったら死ねる……お前が満足したら死ねるのか?」

 

「……それは分かりませんが、そうですね。あなたがわたしに勝ったら生きるも死ぬも自由です。ですが今日は私が勝ったのであなたは次の決闘まで生きてもらいますよ」

 

「ということで今日は漬物もあるぞ」

 

「んぐんぐ……美味しい」

 

「……………………」

 

 宗近はまた決闘に負けた。そして決闘に勝つまで死ねないことを告げられ、宗近は久方振りに怒りをまた感じる──なんだそれは、と。

 やはりこの魔人は自分を弄んでいる。自分の修行のために人間を使っている。傲慢にも程があると怒りを抱いた。

 そしてそれを思い、宗近は白兎達が去った後に1人で剣を振り始めた。勝てるとは思ってない。だが、ほんの少しだけ鼻を明かしてやると。それが出来ればあるいは死ねるかもしれないし、あの小さな魔人を苛立たせることが出来るかもしれないと。

 

 ──そしてまた次の日が来て負けてその次の日も負けて……宗近はしばらくまた負け続ける。

 

 そんな日々が続いたある日のこと。

 

「……そろそろ帰る」

 

「え? 実家から呼び出しでも来たんですか?」

 

「違う。……そろそろ時間切れ」

 

「あー名前言わなきゃそうなんのか」

 

「ほう。宝箱に帰るみたいな感じかのう」

 

「…………そう、帰らなきゃいけない」

 

「そうですか……」

 

「……でも楽しかったし美味しかった。ありがとう」

 

「……………………」

 

 レア女の子モンスターの復讐ちゃんが唐突に別れを切り出した。

 その場にしんみりした雰囲気が流れる中、宗近もまた何も言えなくなる。魔物とはいえこの中で1番純粋だと思った相手なだけに、宗近としても少しだけ残念に感じた。

 そして復讐ちゃんは全員にお礼を告げて皆の前から──

 

「──わかりました。ではわたしの使徒になりませんか?」

 

「え?」

 

 ──と、思っていたら突然に白兎がそんなことを提案したため復讐ちゃんは呆気にとられる。

 宗近もまた驚いていた。まさかそんなことを言い出すとは到底思わなくて。

 

「……使徒って……魔人の手下?」

 

「立場上はそうなりますね。でも別にそうじゃなくても構いませんよ。復讐ちゃんは友達ですし、別れるのが寂しいだけです」

 

「…………でも……私の役目は……」

 

「それに使徒になったらまだまだ美味しいご飯を沢山食べれますよ」

 

「──なる。よろしく」

 

「そ、それでいいのですか……?」

 

「ほう。また使徒が増えるか。となると新しい名前が必要かの」

 

「レア女の子モンスターは世界に一体だけでしょうから新しい復讐ちゃんが生まれるかは微妙なところですけど……そうですね。せっかくですし何か考えてみましょうか。あ、宗近さんも考えてくださいね」

 

「……なぜ私まで……」

 

 そうしてなぜか使徒になる復讐ちゃんのために全員で名前まで考えることになり、宗近は頭を捻らせたが良い名前が特に思い浮かぶことはなく、最終的には──

 

「だったらこれがいい」

 

「む……大福かの?」

 

「食べ物の名前と同じ名前で良いのですか?」

 

「……これ好きだから」

 

「本人が気にいってるならそれが1番いいですね。それに大きい福が来ると書いて大福ですし、良い名前かもしれません」

 

「ん……」

 

 表情が薄い復讐ちゃんがほんの少しだけ頬を赤くして目を逸らしている──そうして復讐ちゃんは使徒大福へと生まれ変わった。

 使徒になったことで見た目に変化が起こり、更には針を振るうだけでなく弓矢のように飛ばすことが得意となった。

 

 ──それを見届けてからも宗近はまた負け続けた。

 

「ぐっ……何故勝てぬ……!」

 

「ふん……普通の魔物将軍よりはやるみたいだがそれでも大したことないな」

 

「何だと貴様っ……!」

 

「サコンさん。大振り過ぎです。もう少し当てることを意識してください。膂力の差があるので当てる方に意識を向けるだけで宗近さんからすればやりにくいと思いますよ」

 

 ……だが途中から他の者達とも戦うことになり、宗近は勝つことになった。

 とりわけよく戦ったのは以前、魔軍を率いて敗走した魔物将軍のサコンだった。

 

 ただそれでも白兎には負け続けた。杏にも負けたし、戯骸にも負けた。大福とは良い勝負で藤吉郎とはそもそも戦っていない。

 

「今日は迷宮で腕試しに行きましょう」

 

「……決闘はしないのか? 試したい技があるんだが」

 

「それはまた後で。たまには野良の魔物を相手に戦うのも良い緊張感があって修行になりますよ」

 

「……ま、別にいいが」

 

 ──それから20年が経った頃。宗近は未だ負け続けていた。

 

 顔には無精髭が生えてすっかり中年といった様相だが、住処であったボロ小屋は自ら補強をして自給自足のために畑も耕したりして生活をする。

 そして白兎達が来ない時は暇であったためとにかく剣を振り続けた。レベルはとっくの昔に上限を迎えており、肉体の力は上がるどころか衰えていくのみ。

 しかし剣を振るうことをやめる理由はない。決闘の約束はまだ続いているから。

 

「今日こそは私が勝たせてもらうぞ、宗近」

 

「ハッ、使徒になったからといって簡単に勝てると思うなよ、左近」

 

 ──そして気づけばあの魔物将軍も白兎の使徒になっていた。

 白兎と戦った後に左近とも決闘を行う。名前を呼び合うようになったのはいつ頃からだったか、細かく覚えてはいない。

 

「ひいっ!? こいつら化物だ!?」

 

「逃げろ! 敵う相手じゃねぇ!」

 

「そいつは都合が良すぎるな」

 

「ん、仕留める」

 

「ぎゃああ!?」

 

 そして時折決闘ではなく迷宮に挑むこともあり、野良の魔物や野盗を相手に戦って命を奪うこともあった。

 剣を抜いたのなら殺し殺されるのは当然だ。人間同士だろうと殺し合いに発展することはままある。魔物討伐隊としての経験から野盗を斬り殺すことに思うことはない。

 

「チク……ショウ……なんで、俺達ばっかり……こんな苦しい目に……」

 

「…………」

 

 だが失意のままに死んでいく人間を見下ろして思うところはあった。そう──かつては自分もそういう信念を持ち、そういった思いをさせないために戦おうとしていた。

 ただ世界は非情で残酷だ。力ある者や運が良い者は全てを得る一方で、力のない者や運の悪い者は全てを奪われる。

 そんな世の中を力のない自分は変えることは出来ない。既にそれは理解している。どうあろうと世の中は変わらない。

 

 ──で、あるならば弱者が幸福に生きるにはどうすればよいのか。

 

「……変わるべきは俺の方、か」

 

 世界ではなく自分自身を変えること。

 年齢が40を過ぎた頃、宗近は腹に落ちるものを感じて決意を新たにする。

 

 ──だが、それでも宗近は負け続けた。宗近の技術がほんの僅かだが向上する中、白兎は更にその剣の腕を上げていく。

 

 ゆえに腕前は離れる一方である。

 

「ッ……今日も勝てねェか……! カカ……全く容赦がねぇな……!」

 

「宗近さんも悪くないですよ。腕前はほんの少ししか向上してませんが……でも打ち合ってて楽しくはあります」

 

「正直で助かる……以前よりも強い……なんて軽々しく抜かしやがったらぶん殴ってるところだ」

 

「見違える、という意味では以前よりかなり変わりましたがね」

 

「そうか? ……ま、そうかもな」

 

 ──そうして負けに負け続け……更に20年。

 

 気づけば齢60を超えていた宗近は顔に皺が目立ち、髪や髭も白くなっていた。

 だがそこいらの老人とは一味も二味も違う。自信と快活さに満ちた不敵な表情を浮かべた宗近はその日もまた決闘の時を待つ。

 

「行け。弱い奴を斬って楽しんでもしょうがねぇ」

 

「ひ、ひいぃ……!」

 

 時折小屋に近づく魔物──イカマンやぷりょといった魔物を宗近はあえて殺さない。多ければ間引きもするが、生かすも殺すもこだわらなかった。

 それは人間相手でも同じ。野盗だろうと魔物討伐隊だろうと悪人だろうと善人だろうと挑まれたり必要があれば斬ることもあるし、そうでないなら何もしないこともある。

 結局のところは自分の都合。気まぐれでしかなく、そこに楽しみを見いだせるかは自分次第。だからこそ──

 

「よう──嬢ちゃん。今日も来てくれて助かるぜ」

 

「どうもです宗近さん。ですが嬢ちゃんじゃないですよ。わたしの方が余裕で歳上です」

 

「カッカッカ、そりゃそうだわな。悪い。でも見た目的には儂のがジジイでお前らはいつまで経っても変わんねぇからな。そう言ってもしょうがねェだろ?」

 

「見た目はそうでも若々しさはあると思いますがね」

 

「ああ、そりゃあ──楽しくて仕方ねェからな」

 

 ──この勝ち目のない決闘だって宗近は楽しめる。

 

 宗近が負けた回数は既に百や千ではくだらない。万は超えているだろう。

 何日か空ける時もあったが、その分は1日に何度も挑んだこともある。白兎以外に負けたことも多い。白兎の使徒達も手強く、ただの人間である宗近にはいつだって厳しい戦いを強いられた。

 

 だがその日々はとてつもなく充実している。あれだけ嫌いだった魔の者を相手にだ。その心境の変化から宗近は既に悟っている。人間や魔物とかそういう括りは単なる種族差であり、どっちに所属しているかの差でしかない。

 たまたま人間に生まれたから魔物を嫌悪し、躊躇いなく殺す。たまたま魔物に生まれたから気まぐれに人間を殺す。世の中というのはそもそもが命の奪い合いであり、善悪はそこに理屈や感情をつけて生まれるものでしかない。

 

 そこで己個人でどう挑むのか。どう楽しむのか。どんな目的を持って生きるかはそれぞれ違うし違ってもいい。怒りや憎しみで生きるのもいいだろう。悲嘆に暮れたっていい。宗近もまた大切なものを傷つけられた激怒するだろう。それは宗近自身、しっかりと分かっている。

 

 だが結局は自分が楽しめなきゃ意味がない。自己満足出来なきゃ意味がない。仮に己の復讐が成ったところで自分が満足して幸福になれるとは宗近は思えなかった。

 何しろ──それで失った父母や故郷が帰ってくることはない。

 それにそもそも、元来の自分は復讐に向いていなかったと宗近は思い出した。最初はただの悪童だったし、父や最強の剣に憧れるだけの何の未来の展望もない若者でしかなかった。

 

 そう──別にこうやって剣を振って楽しめれば何でもいい。

 

「──ありがとう」

 

「? 急にどうしました?」

 

「礼を言っとこうと思ってな。こんな矮小な人間1人にここまで時間を使って──いや、違うな。儂に生きる楽しさを思い出させてくれてよ」

 

 だからこそこの魔人には感謝しなければならない。

 今までの決闘の日々。40年にも渡る時間で宗近にとって確かに人生の楽しさを味わわせてもらった。

 人間としては間違いなく幸福だっただろう。若い時に故郷が滅ぼされたことを差し引いても己は恵まれている。

 それを思い出させてくれた魔人白兎の助けになるべく、宗近は剣を振るのだと。

 

「構いませんよ。わたしとしても良い修行になりましたしね」

 

「そんじゃ今日も戦ろうや」

 

「ええ、良いでしょう。かかってきてください」

 

 ──白兎は常に待ちの姿勢を取る。

 

 それは魔人として、剣士として遥か高みにいるがゆえの驕りであり自負もあるが、それだけではない。白兎の剣速と反応速度を持ってすれば相手が攻撃の起こりを見せた瞬間に追いついて斬ることは可能だ。

 

 謂わば、寄らば斬る──居合の姿勢に入った白兎には先制攻撃が通用しない。先制攻撃をするならば少なくとも白兎の知覚範囲外から。あるいは白兎が感知していない瞬間に。もしくは剣を構えていない時を狙わなければ先に攻撃しても迎撃されてしまう。

 つまりこの一対一での決闘になった時点でこの魔人白兎には──そして魔人レオンハルトには絶対に勝てない。

 魔人であればどうかとも思うが宗近は人間。身体能力で覆すことは出来ず、技量にも圧倒的な差がある。

 

 そう、何度思考しても勝てる可能性はない──が、それはそれだ。

 今はこの馬鹿みたいに強い小さな魔人に無鉄砲に挑むのが楽しい。

 

「──“三日月”ィ!!!」

 

 だから宗近は躊躇しない。迷わない。

 40年以上続けた己の最強の技を、愚直なまでに研ぎ澄ませて振るった。初手から最強の必殺技。白兎相手に力や技を出し惜しみする意味はない。

 だが一方で小手先の何かがなければ勝てはしない。それもまた悟っていた。

 故に宗近は──

 

『──“白光”』

 

「──“瞬光”」

 

 ──魔人白兎に……そして、魔人レオンハルトに負けた。

 

 そしてその高みを清々しく思った。勝てないが、しかし全くの無意味ではないことを。

 

「……なるほど。これがお前の得たものか」

 

「ああ。私は勝つことが楽しいんじゃない。剣を振れること──剣に関われること。それだけで良かった」

 

 ──謁見の間。そこで再会したレオンハルトに、宗近は剣を抜いて勝負を挑んだ。

 

 そして以前と同じように、使徒になる前に白兎と最後に戦った時のように全力で奥義を放ち、それを難なく返されて宗近は剣を収める。そして若い頃のような口調で思いの丈を吐く。

 

「だからこそ出会いがあんな形だったことは不運だった」

 

「そうだな。だが謝るつもりはない」

 

「わかっとるわ。思うところがないわけではないが……ま、帳消しにしてやるわい。この娘に出会わせてくれたってことでな」

 

「……そうか。俺の方は特段思うところはない。お前ほどの人間の強者が使徒になってくれて心強い」

 

「ハッ……そういうところだ。儂がお前に憧れたのは」

 

 だからそれでいい──と、宗近はそう言って背を向けて下がった。ずっと昔に不幸にも取り憑かれたその憑き物が落ちて、ようやく新たな生を始められる。

 魂に刻まれた剣の楽しさを思い出させてくれた父娘に感謝して、宗近は新たな主、藤原白兎に付いていく。

 

「それじゃどうします? わたしが城の中を案内してもいいですが……」

 

「ご飯食べたい」

 

「まあ時間的にの」

 

「お供いたします」

 

「儂は何でも構わん」

 

「俺等も何でもいいぜ」

 

「キー」

 

 ──そして彼は……。

 

「はぁ……マジで面倒くせぇ……なんであたしがこんなことしなきゃなんねぇんだ……これでもあたしは元騎士だぞ……あいつら覚えてやがれ……」

 

「ふぅー……やはりアプリちゃんのパンツを頭に被ると落ち着くな……」

 

「……? なんだあの……改造メイドと変態は……」

 

「……ん? ──ああ、確かに面白い者達がおるが……お主に見覚えはないのかの?」

 

「あるわけねぇだろ。やっぱあの魔人の下にはおかしな奴が多いんだなとしか思わんわ」

 

「ふっ、まあそうだの(あれ、スタークとグリムリーパーなんじゃが……ま、黙っといた方が面白そうじゃし黙っとくか)」

 

 ──廊下でそれぞれ、七色に光る髪と手足や肌が合金となっている謎の改造ビキニメイド騎士と頭に女性もの縞々パンツを被ったパンツ一丁とブーツの白い髪の変態を見かけたが、互いに変わりすぎてそれに気づくことはなく、互いに気づいて驚愕するのは後のことだった。




今回はここまで。メイド長さんとかその辺の話も入れようと思ったけど長引いちゃった。というわけで白兎の使徒に大福、左近、宗近が追加されました。藤原家結成です。メイド長さんことメイルさんの詳細も合わせて今度また更新します。
次回は遂に人間の英雄シルキィちゃんです。お楽しみに。

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