レオンハルトとキャロルの提案を受けて、酒宴を計画した数日後。
魔王城に駐在してるレオンハルト軍では口々にその事について話していた。
「酒宴の話、聞いたか?」
「ああ、レオンハルト様も太っ腹だよな」
「おそらく兵の慰労も兼ねているのだろうな……」
「それに今回はレオンハルト様も参加するとのことだしな」
「あの方に仕えて長いが、お酒を嗜むところは見たことがないな……」
「そういえばそうだな。……もしかして下戸じゃ――」
「おい、滅多なことは言うもんじゃないぞ。まだそうと決まった訳ではないのだし……」
「……お前はお堅いなぁ。ま、無礼講とのことだし、折角の機会だ。俺はレオンハルト様の武勇伝でも聞いてみるかな」
「うーむ……あの方は滅多な事で怒らないとは思うが……それに甘えて失礼な態度を取るのも……」
「……確かに考えてみると他の魔人相手だとまずいことになりそうだな――ん?」
「…………!」
魔物将軍が不意に後ろに振り向く。その様子にもう一体の魔物将軍が疑問を口にした。
「どうした?」
「いや……何かの気配を感じたんだが……気の所為か?」
「気配? ……ふむ」
同じ様に後ろに振り向き、更に周囲を確認するようにぐるりと見回す。見晴らしのいい魔王城の廊下、周囲には銅像があるくらいであり、生き物の存在は見当たらなかった。
「……特に誰もいないな」
「勘違いしてしまったか」
「…………まぁ、いいか。そろそろ仕事に戻ろう」
「……? ああ、そうだな。酒宴の為にも仕事をこなすか」
二体の魔物将軍はそう言って、廊下の先に進んでいった。何故かその内の一体の魔物将軍は頻りに背後を気にしているようであったが、やはり何もいない。
そして、彼らが廊下の角を曲がった後。
「…………」
ひょこっと銅像の後ろから、蜘蛛の足を持つ黒髪の少女が顔を覗かせた。
彼女は魔物将軍達が進んでいった先をしばらくの間、じーっと無表情のまま見詰めていたが、やがて、
「…………」
壁、そして天井と伝い、彼女はその場から蜘蛛のような動きで立ち去っていった。
――それから約2週間後。
魔王城近くの丘陵地帯に陣幕で仕切られた一帯があった。
既に日は暮れ、夜の帳が下りてきた頃、しかしその一帯は明かりに照らされていた。
その原因は、会場に設けられた多数の篝火であり、数多の魔物兵達がその明かりを目指している。姿は一定、しかし誰も彼もがレオンハルト軍所属の者達であり、明るい声を上げながら続々と会場入りをしている。
そしてその列は一つ、しかし入り口は二つに分かれていた。
一つは魔物兵用の大型宴会場で、もう一つがそれ以上の士官、魔物将軍や魔物隊長が集まる会場の二つだ。魔物兵の会場は一応のお目付け役として一体の魔物将軍と数体の魔物隊長が交代で見張ることになってはいるものの、それでも大いに盛り上がっているようだった。
なにせ食べ放題飲み放題。会場には大勢の人間と魔物の料理人が多数の食材と一緒にスタンバイしており、足りなくなった料理を作り続けることになっている。今日の日の為に持ってきた食材と酒は全て消費しても構わないのだ。魔物兵のテンションは鰻登りである。
そして、雑多な盛り上がりを見せる魔物兵達とは別の会場である、幹部用の会場。
魔物兵らのそれとは一線を画する高級感溢れるテーブルや椅子。そして所狭しと並べられた料理と高級酒も含めた幾つもの酒。
そしてそれらを囲むように多くの魔物将軍、魔物隊長。そして例外たる女の子モンスターらの集団が並んでおり、皆は一様にとある一点を見詰めていた。
そこは所謂、上座と呼ばれる部分の横に設けられた簡易ステージの様な場所。そこには金髪ツインテールの少女が立っていた。
「――それでは僭越ながらわたくし、レオンハルト様の第一の使徒にして魔物界一の完璧使徒であるキャロルが、レオンハルト様の代わりに乾杯の音頭を取らせていただきますわ!」
キャロルが妙にキレの良いポーズと共にそう言うと、ややあって会場からまばらな拍手が返ってきた。少し緊張している様子なのはキャロルの何とも言えないポーズの所為――ではなく、とある存在の所為だろう。その存在からの視線を受けながらキャロルが続ける。
「ありがとうございますわ! ええ、では次に、この酒宴が開かれることとなったのは――」
「――キャロル」
その声は上座から聞こえた。落ち着いた、そして決して大きいとは言えない声であるのに、その声は不思議と会場の皆の耳に届く。
そして当然、キャロルはその声の持ち主に即座に反応した。
「何でしょうかレオンハルト様!」
「……そういう挨拶はしなくていい。さっさと乾杯の音頭を取れ」
「畏まりましたわ! では、皆様! グラスの準備はよろしいですの? よろしくなくてもレオンハルト様の命令ですので即座に乾杯しますわ! 乾杯!!」
皆が「えぇっ!?」、と慌てたようにグラスやジョッキを持ち、それらを打ち付けあった。
そんな自分の使徒が起こした光景を見て、この酒宴の主催者ということになっている魔人、レオンハルトが呆れたように頭を抱えてシャンパンの入ったグラスを掲げた。
「……はぁ、乾杯」
レオンハルトの溜息とともに、酒宴は始まった。
――始まったのだが。
「…………」
「では、レオンハルト様、わたくし達も乾杯を――っと、どうかしましたか?」
レオンハルトは酒宴が始まると、キャロルの声を無視して直ぐ様立ち上がり、真っ直ぐにとあるテーブルに向かう。
幾つもの料理が並べられたそのテーブルだ。
だが、他のテーブルと違い、そこの料理だけ、何故か少しずつ減っているのをレオンハルトは見逃さなかった。
故に、テーブルクロスを捲り上げる。するとそこには、
「お前、何やってんだ……?」
「…………!」
もぐもぐと料理を食べているガルティアの使徒――ラウネアがいた。
「…………」
「…………」
レオンハルトはラウネアと睨み合うように視線を合わせ続ける。
責めるように見続けるレオンハルトと何を考えているか分からないラウネア。その間に割って入ってきたのは、キャロルだった。
「あら、ラウネアさんじゃありませんの。奇遇ですわね」
「…………」
キャロルの言葉に顔を向けることだけで答えるラウネアだが、レオンハルトの方は視線を逸らさない。そのままの態勢で目の前のラウネアに詰問するように、
「……ラウネア。何を食べてるんだ?」
「…………」
ラウネアが首をふるふると横に動かす。その手に持った料理と、口元がリスのように膨らんでなければ信じていたかもしれない。
「……なら、それは?」
当然、指摘させてもらう。すると、
「…………!」
「相変わらず良い食べっぷりですわねぇ……」
口の中の物を飲み込み、直ぐ様手に持った料理も食べていく。キャロルの言う通り、主のガルティアに似て凄まじい食べっぷりだ。だが、後数口といったところで、
「…………」
ぽいっ、と食べかけの料理を捨てるように地面に置いた。そして両手をこちらに差し出してくる。
「おい、残すなよ?」
「…………」
「それとは別に、もっと食べたいみたいですわね。ラウネアさんはよくこうやって食事を置いて、別の物を食べますし」
「……はぁ」
レオンハルトはお願いしてくるようにこちらを見上げてくるラウネアを見て息を吐き、そして一言。
「……好きにしろ」
「…………!」
心なしか、常に無表情のラウネアの表情が輝いたように見えた。そのままこちらに頭を下げて、ぺこりとお辞儀をしてくる。
どうやらお礼を言ってるようだ。気にするな、とこちらも言外に視線だけで答えてやると、それが伝わったのかは分からないが、テーブルの下から出てきて料理を取りにいってしまった。
それを見たキャロルが背後からこちらを窺うように、
「……えっと……良かったんですの?」
「ああ、ラウネアだけなら問題ないだろ。食料にはかなり余裕があるしな」
「…………いえ、あの……そうではなくて……」
「?」
キャロルがとても言い辛そうに言葉を濁す。レオンハルトは疑問符を頭に浮かべた。
……何か問題でもあるのか?
部外者が入り込んでしまったのを危惧しているのだろうか。確かに、うちの軍だけの酒宴に部外者が入ってくるのはあまり好ましくないかもしれない。だが、だからといって追い出してしまうのも角が立つ。自分が怒ってそんなことをしてしまえば空気が悪くなるだろうし、そもそもファンクラブとかいう連中が参加してる時点で今更とも言える。
今日の日の為に、態々大量の食料を放出したかいがあってラウネア一匹混じったところで問題はないだろう。ガルティアがいる訳でも――
「…………!」
そこで突如、レオンハルトを謎の悪寒が襲う。その直後、キャロルから言葉が来た。
「……レオンハルト様。その、後ろをご覧になった方が早いかと……」
とても自分の口から言うのは憚られる、そんな思いが声色から感じられる。そしてそれに比例してとんでもなく嫌な予感を感じた。
……いやいや、まさか、な……。
正直、背後を振り向くのが怖い。だが、何だか知った気配が背後で動いているのがわかってしまい、その予感がだんだんと確信に変わっていく。
もはやこうやって確認を取らないことすら無意味な気がする。
故に、レオンハルトはキャロルの提案に従い、ゆっくりと背後を振り返った。そこには案の定と言うべきか――
「ズルズル……ん、この皿うどん、美味いな。餡が絶品だ」
「…………」
「あ、こら、ラウネア。食事を中途半端に残すな。いつも言ってるだろ?」
レオンハルトの視線の先には、予想通り褐色の肌を持つムシ使いの魔人――ガルティアがそこにいた。レオンハルトは頭を抱える。
……マジで言ってんのか……。
「……おい」
「ん?」
レオンハルトはそのガルティアに声を掛けた。というか声を掛けざるを得なかった。ラウネアに注意をしていたガルティアだが、聞こえたこちらの声と姿に反応する。
「おお、レオンハルト。どうかしたか? こっちの皿うどん美味いぞ、食うか?」
「…………いや、先に何でお前がいるのか聞いていいか?」
相変わらず過ぎる相手にレオンハルトはその嫌な予感が見事的中したことを確認した。直ぐに怒鳴ったりはせず落ち着いた様子でガルティアに問いかける。しかし、こめかみあたりに怒りが現れるのを隠すことは出来ない。レオンハルトの苛立ちの混じった視線と表情にガルティアは笑みを見せ、
「いや、ラウネアが今日この場所で宴会があるって教えてくれてな。そんで居ても立ってもいられなくて来ちまった」
「…………!」
ラウネアが自分の手柄だ、と言わんばかりに腕を組んでいたので、衝動的に叩きたくなるもそこを何とか抑えつつ、ガルティアへの質問を続けた。
「……一応、この催しはうちの軍だけのものなんだが、そこについては聞かなかったのか?」
「ん、そうなのか? そりゃあ悪かったな。ま、邪魔はしねぇし、量も抑えるから勘弁してくれ。――つーわけだからお前ら、俺の事は気にしなくていいぜー」
「!」
ガルティアがこの会話に聞き耳を立てていたであろう魔物将軍達に聞こえるよう、少し大きめの声でそれを告げた。返事こそ返ってこなかったが、魔物将軍達が困惑しているのが見て取れた為、レオンハルトは溜息を漏らした。
……だが、言っていてもしょうがない。
レオンハルトはガルティアの食事量を考え、目眩を覚えそうになるも、額に手を当てながら疲れたように、
「……なら、信じるからな。飽くまでも優先するのはうちの部下だ。その分まで食べるなよ」
「お?」
「……何だよ?」
ガルティアが何故かこちらを見て、意外そうな表情を返してくる。その反応こそよくわからなかったのでレオンハルトは訝しげに問い返す。すると、大したことじゃないが、と前置きしつつガルティアが、
「……意外だと思ってよ。てっきり追い出されるかと」
「……そんなことしたら空気が悪くなるだろうが」
周囲が盛り下がるような事は出来る限りしたくない。そういった思いがレオンハルトの中にあった、と。ガルティアはその発言に納得したように頷き、
「なるほどなあ。相変わらず色々考えてるみたいだ」
「うるせぇな、黙って食ってろよ。……あ、お前が自主的に出てってくれるなら大歓迎だぜ?」
「おっと、それは勘弁だな。これでも楽しみにしてたんだ」
「ふん……俺は色々と回ってくるが……いつも通りに食ってるとこ見たら関係なく追い出すからな」
「はいはい。……そんじゃゆっくりと摘んでいくかな。偶には酒でも飲むか」
「……よし、行くぞ。キャロル」
「あ、はい!」
珍しく酒を吟味し始めたガルティアを尻目に、レオンハルトはキャロルに声を掛けながらその場を後にする。
遅れてレオンハルトの斜め後ろに並んできたキャロルだが、それと同時にこちらを見上げて、
「レオンハルト様はガルティア様と仲が良いですわよね」
「あぁ? 今のやり取り見てよくそんな事思ったな?」
不意にそんな事を行ってくるキャロルに、レオンハルトは眉をひそめる。だが、それとは真逆にキャロルは笑みを浮かべたまま、
「だってレオンハルト様、ガルティア様と話す時は荒っぽい口調が多いですが、いつも楽しそうに見えますの!」
「……あー」
レオンハルトは急にバツが悪くなったように頭を掻く。言葉にならない声を出しながらも、
……面倒くせぇ話題だな……。
とても億劫そうに表情を歪める。そして他の人からそんな事を言われると微妙に気恥ずかしいのは何故か、とそんな事を考えてしまう。こんなこと答えなくても構わないのだが、
……今日は酒の席だしなぁ……。
今日の催しの意味を考えると、少しくらいは口を滑らせても構わないか、と思う。使徒の言葉ということもあるのだし。
故に使徒からの問いかけに似た言葉に、ややあってレオンハルトは、
「……ま、境遇も似てるしな。単純に馬が合うってところか」
そう答えた。だが、
「…………何かずるいですわ!」
「……何でだよ」
何が不満なのか、突然声を大にしてそんな事を言うキャロル。その理由を彼女は叫んだ。
「わたくしもレオンハルト様ともっと仲良くなりたいですの!」
「仲良く……いや、もう結構仲良いだろ」
キャロルの言葉をやんわりと否定する。レオンハルトとしては魔人と使徒の関係として考えても良好な関係を築けていると思うのだが、どうやら彼女は違うらしい。口を尖らせて不満そうな表情になり、
「そうですが…………むぅ、わたくしとしてはもっと濃い関係に……」
「…………」
途中からそんな事をごにょごにょと口の中で反復するキャロルに、レオンハルトは目蓋を抑えて呆れ果てる。ある意味いつも通り。目的が全然ぶれていない。そしてよく考えると、
……ん? こいつ、ひょっとしてこの酒宴を開いたのも、あんな事を言ったのも……。
レオンハルトは背後でぶつぶつと何かを呟くキャロルと、遠巻きにこちらに視線を送るファンクラブの子達を思う。そして何となくこれに至った経緯と背景を察するも、
……いや、うむ、ちょっと考えないようにしておくか……。
少なくとも今はやめておこう。レオンハルトはその思考を一旦脳の片隅に放置することにして、目的の場所に向かうことにした。
レオンハルト軍の酒宴が始まった――その同時刻。
会場から少し離れた場所で、一つの小柄な影が空から舞い降りた。
「…………」
暗闇の中では空から注ぐ月明かり、少し遠くにある大量の篝火、そしてその存在が持つ煌めく紅い瞳だけが周囲を照らしていた。
そしてその存在は人間の形をしていた。それも少女のものだ。
しかし、その存在感と威圧感は人間のものに非ず。ましてや人間の少女という脆弱極まりない存在ではない事は明らかであり、この世界でもこれ以上の存在感を放つものは他にいないのではないかと思ってしまう程だ。
そして更に言うなら、その圧は普段のものよりも格段に増していた。その存在を知るものが見れば、普段よりも高まったその重圧に怯えるか、もしくは困惑するかもしれない。
だが、それほどまでに彼女は感情を昂ぶらせていたのだろう。今も、明かりの方を見詰めながら、腕をぷるぷると震えさせ、
「……レオンハルト……!」
その名を呼ぶ。その声は明らかに憤りの感情が覗いていた。
そう、彼女がこうまで憤るのは名前の彼の所為であり、もっと言うなら自分に黙ってそんな事を行っている事についてであり、それに伴って複雑な思いが湧き上がり――
「私に黙ってるなんて……絶対許さないんだから……!!」
その彼女の怒りに周囲が物理的に震えた。
怒りの矛先は――魔人レオンハルト。
彼女はそれを彼に伝える為、その身を宙に躍らせた。
――どんな方法であっても、それを伝える。
彼女の表情はその決意に満ちていた。
「――――!?」
突如、レオンハルトの身体がぶるりと震え、背後を振り返る。キャロルは突然の主の行動に反応して首をかしげる。
「レオンハルト様? どうかしましたの? 急に後ろを向いて……」
「いや、何か今、悪寒が……」
「風邪気味ですの? そういう時はネギがいいと聞きますわ!」
「魔人は病気にならない……と思うんだが」
「そうですの?」
「ああ……まぁ、気の所為だろう」
レオンハルトは急に自身を襲った正体不明の悪寒に震えるも、特に何事も無かったので直ぐにそれを忘れた。
突然の次回予告!!
ガルティア「やめろ! 魔王の嫉妬で、レオンハルトとそのファンクラブの連中が焼き払われたら、会場にある貴重な食材まで燃え尽きちまう!」
キャロル「お願い、死なないでくださいレオンハルト様! あなた様が今ここで倒れたら、魔物将軍やラウネアさんとの約束はどうなりますの? 無敵結界はまだありません。ここを耐えれば(?) プランナーに勝てますのよ!」
スラル「次回、『レオンハルト死す』。デュエルスタンバイ!」
レオンハルト「えっ」
※多分嘘です