──シルキィ・リトルレーズンは人間の孤児として生まれた。
肉親はいない。生まれた時には既に人間の隠れ里で里唯一の魔法使いの家の居候として暮らしていた。
なんでもその家の祖父が捨てられている彼女を拾って育てることにしたが、彼女が物心つく頃には亡くなってしまった。シルキィという名はその魔法使いだった老人に付けられた名前で、リトルレーズンという性はその家系の性である。
そんなシルキィの境遇は決して恵まれたものではない。祖父が勝手に拾ってきたどこの誰とも分からない娘のことをその家の者達は快く思わなかった。
「シルキィ。今日も家の事は任せたよ」
「それと外に出て食料も取ってくるんだ。いいな?」
「……はい」
その家の者達はシルキィを召使いのように扱った。彼女を屋根裏に住まわせ、家事や雑用は全てシルキィの仕事。危険な里の外に出て食べられる野草を取りに行くのも日課で、食事も比較的粗末なものを与えられた。
だがシルキィは彼らを恨んだり、自身の境遇に悲観的になることはなかった。
(置いてくれてるだけでも感謝しなきゃ)
自分が血の繋がらない居候で孤児であることはとっくに聞かされている。だから置いてくれているだけで感謝するべきだとシルキィは命じられたことをしっかりこなす。子供を1人養うだけでもそれなりに労力と対価が必要になる。食料は限られているし、彼らも自分達だけで生きていくのに精一杯なのだろうとシルキィは彼らの事情を子供ながらに慮っている。
「よし……これくらいでいいかな」
そうして日課の野草集めと家事を終えたシルキィは大人しく屋根裏に帰る。仕事で忙しいため同年代の友達はいないし、あまり家の中や外を出歩くことを家の者達は良く思わなかった。
だがそんなシルキィにも楽しみがあった。屋根裏に帰ってきたシルキィはそこにある埃被った本棚から一冊の本を取り出して読み耽る。
「へぇ……こんなことが出来るんだ……」
それは彼女を拾った亡き祖父の遺した魔導書だった。
そこに書かれているのは魔法に関すること──だが、攻撃魔法や戦闘用の魔法ではなく、物に魔力を付与して制作する魔法具に関する知識。
どうやら祖父は魔法具を制作し、それを売ることで生計を立てていたようで屋根裏にはその付与に関する書物が沢山残っていた。祖父の子供達はその才能がなかったのだろう。魔法具の類は1つも残っておらず全て売り払われている。
「……できた!」
そしてシルキィは今日も1つ、魔法具の製作に成功する。出来たのは光を発するだけの棒で火や油を使わず松明として使用出来る簡単なもの。
奇しくも拾われたシルキィには付与師としての才能があった。祖父の遺した書物から魔法具の製作に成功したシルキィは、それを養父達に見せて譲渡する。
「よくやったぞ、シルキィ!」
「ええ、さすがはお父さんが拾ってきた娘ね!」
「あ、ありがとうございます」
魔法具を製作すると養父達はシルキィを手放しで褒め称える。その日の食事はしっかりと同じものが与えられ、次の日もその次の日も彼らが食べるものと同じものが食べられる。
しかしそれは長くは続かない。
「シルキィ。魔法具はまだ出来ないのか?」
「えっと……ごめんなさい。もう少しかかりそうです。あと1週間か2周間くらいは……」
「チッ……ならさっさとしろ」
「それが出来るまで食事はこれでいいわよね。今のあなたは穀潰しなのだから」
「……はい。構いません。ありがとうございます」
養父達はシルキィの作る魔法具をあてにするようになり、魔法具が完成したその時は良い扱いを受けられたが、それ以外の時はまた召使いか奴隷のように扱われる。
だがそれでもシルキィは恨み節を口にしたりしない。実際彼らも困っているのだと思った。
何しろ家の外に出れば皆口々に話している。生きていくことの大変さを。
「ちくしょう……せっかく手に入れた食料が……」
「仕方ねぇさ……魔物の群れから生きて逃げられただけ幸運だろ……飯は明日まで我慢すりゃいいだけさ」
「ああ……それもそうだな」
「……………………」
時折、里の外に出て傷ついて帰ってくる者がいる。帰ってこない者もいる。その理由をシルキィは理解している。
人間がこうして隠れるように暮らしているのは魔物のせい。魔物に襲われないように息を潜めて生活する。そして限られた食料を魔物に見つからないように調達するのだ。
朝日を浴びることが出来るのは幸福な人間であり、生きていられるだけ恵まれている。大人達の話によれば魔物達は人間牧場という場所で人間を家畜として飼育しているとも言う。
そしてそれらの話を聞く度にシルキィは胸が苦しくなった。そして、同時に強くこうも思う。
(なんとかしてあげたい)
──助けたい。手を差し伸べたい。シルキィは人助けを苦と思わない人間だった。
養父達に酷い扱いを受けようともそれで彼らの気が少しでも休まるならと受け入れたし、外から取ってきた野草や食料を飢えている人に分け与えることもある。魔法具も実のところこっそり売って食料に変えて里の貧しい人に与えていた。
「ありがとうねぇ……シルキィちゃん」
「いいえ全然! 私はあの家で良くしてもらってますから!」
薄汚れた老婆の手を握り、笑顔を向けるシルキィ。その肌は褐色でこの辺りの人でないことは明らかだ。衣服も粗末な布切れで同年代の子供と比べても華奢な体格。良くしてもらっているというのは明らかに嘘だったが、それを感じさせないように努めている。
「そうかい……私の息子は魔物に殺されてしまったけど……リトルレーズンさんのとこはシルキィちゃんみたいな良い娘ができて本当良かったねぇ……」
「い、いえ……そんな……」
息子を殺されたという老婆の話を聞いてシルキィは上手い慰めの言葉が思いつかなかった。
何かやれることがあるとすればこうして食料を渡すことだけ。その悲しみを無くすには──事前にそれを食い止めるしかなかった。
そう、魔物に殺され、支配される人間を救うにはそうするしかない。自分の力で魔物を倒すしかないと。
「魔法具を使えば……」
自分ならそれが出来るかもしれない。
そう思った時には既にシルキィの心は決まっていた。
「──持っていくものは……これくらいでいいわよね」
シルキィはその日の内に僅かな荷物をまとめる。
世話になった家にはこれまでお世話になった感謝をしたためた書き置きと売れば当分は生活出来るだけの十分な数の魔法具を置いていった。
「お世話になりました」
そうしてシルキィは人を救うための旅に出た──それがシルキィが12歳の時のこと。
旅に出たシルキィはそこから様々なことを学んだ。魔物の知識や戦い方。処世術。魔物討伐隊のこと。
そして──魔王や魔人の存在。
「まだね……まだ足りないわ。もう少し装備を整えないと……」
ダンジョンや野良の魔物を相手にして手に入れた様々なものを付与して自らの装備とする──シルキィは付与師として戦うための回答として自らの鎧であり剣を全て付与した魔法具に。着る装備とすることにした。
自らの姓から「リトル」と名付けたその魔法具に、少しずつ融合させていってそれを操る。自分で製作した魔法具を扱う戦士としてシルキィの名は少しずつ高まっていった。
「大陸の西側……そこに魔王の城があるのね」
「はい。そのようです。何でもここ数十年で新たに巨大な城を建てたという話を魔物兵がしていたようで……」
「わかったわ。ありがとう」
シルキィは特定の魔物討伐隊に所属していないが、それでも人間の隠れ里で情報を集めたり、困っている人を助けたり、魔物討伐隊に助力して魔物を倒すこともあったため関わった人達から慕われている。
「本当に行くんですか!?」
「危険ですよ!」
「危険なのは覚悟の上よ。でも……誰かがやらないとずっとこのまま、何も変わらないわ。なら動かずにいるなんてできない」
「シルキィさん……」
シルキィの瞳には他の人間にはない強い意志が秘められている。彼女は強さでも既に他の人間よりも高いレベルであったが、尊敬されるのはその強さだけではない。何よりも彼女の人格が大きな尊敬を集めていた。
「……わかりました」
「西側は魔物のレベルも高いですから気をつけてくださいね、シルキィさん」
「ええ。必ず魔王の元まで辿り着いてみせるわ」
そうして親交ある魔物討伐隊の面々に見送られ、シルキィは大陸西側へと向かう。そこは特に人間の少ない地域である。
理由は大陸中央に跨る魔物の森であり、比較的強力な魔物が生息することで知られている。ゆえに人里も殆どなく魔物討伐隊の多くも東側で活動しているため情報も少なかった。
だがそんな数少ない情報の中に大陸西側にある巨大な樹の上に城が建てられたというものがあった。
「ふぅ……確かに普段戦う魔物より強いわね……」
魔物が多数生息する森の中をたった1人で進むシルキィ。
辛うじてまだ余裕はあったがその体力は決して無尽蔵ではない。早いところ魔王の城とやらを見つけるか安全に休める場所を探さなければ途中で野垂れ死ぬことだってありえた。
「あれは……」
──そうしてひたすらに進むことしばらく。生い茂る森を抜けた先でシルキィの目に飛び込んできたのは……巨大なドーム状の大樹だった。
「すごい……あんなものがあるなんて……」
初めて見るその世界樹にシルキィは素直に感嘆する。勇壮な自然を見て心を震わせるのに人も魔物も関係はない。
そしてその世界樹の麓には複数の魔物の姿があり、ドームの頂点にはここからでも見える巨大な城がそびえ立っていた。
「──あれが魔王の城……噂通り、とんでもない大きさみたいね……」
赤く塗られたその城をシルキィは間違いなく魔王の城だと確信する。世界樹にも負けないあの壮大な城は今の人間では建てることは難しいだろう。
「問題はどうやってあそこまで登るかよね……中から入れるのかしら。だとしたらどうにかして忍び込まないと……」
息を潜めてそのドームの入口近くまで近づいたシルキィはそこにいる魔物兵の姿を見て考えを巡らせる。おそらくは門番だろう。ドームの中に入るのならまず入口にいる魔物兵達をやり過ごさなければならない。
「……!」
だがそんな時だった。シルキィの感覚が背後からやって来る別の気配を感じ取り。
(おそらく魔物……やり過ごせないなら素早く倒すしかないわね)
茂みをかき分けてくるその音を聞いてシルキィは武装を展開する。シルキィの魔法具は攻防一体の鎧であり矛。
とはいえ全身を覆うようなものではなく、あくまで大事なところを守るためのもの。その上強度もさほどあるわけではないため注意は必要だ。大勢の魔物がやって来ないようにやるなら一瞬でやるしかない。
そうして気配を殺して待っているシルキィの前に、人影が現れた──今だ、と反射的にそう思ったが。
「──うわっ!?」
「えっ!?」
──現れたその相手はシルキィの気配に気づいていたのだろう。向こうもまた恐る恐るといった感じで姿を現したが……そこでシルキィは刃を振るうことなく驚きの声をあげる。
なぜなら相手は魔物ではなく人間だったから。
「え、誰?」
「ごめんなさい驚かせてしまって……私はシルキィ・リトルレーズン。あなたは?」
シルキィは相手の容姿を見て訝しむ。自分よりも背丈は少し小さく華奢で可愛らしい女の子だった。金色の長い髪にリボンにフリフリの洋服。桜色の瞳がくりくりとシルキィの方を向いている。しかも向こうもまた少し訝しむように表情を変えて。
「え……わたしのこと知らないの?」
「知らないけれど……良ければ名前を聞かせてもらってもいいかしら?」
「……天満橋えりすですけど……」
「天満橋さんね。それじゃあなたはこんなところで何をやっているの? まあさすがに戦えはするみたいだけど……」
シルキィは天満橋えりすと名乗るその少女の腰の部分に下げられた短剣や背負うように持っている魔物の肉と思わしきそれを見て相手も同業者だと自然に思った。戦えない人間がこんな場所まで来れる筈がないと。
しかしえりすの方は質問されて更に胡乱な視線をシルキィに向ける。
「えっと……えりすは先生に言われて食材を取って帰るところなんですけど……」
「食材って……その背負ってるもののことよね?」
「ええ、まあ……えりすの先生はとんでもない人なので……どれくらいヤバいかと言うと意味不明な理論を大声で口にしてこんなに可愛いえりすのことを谷底に突き落とすような……あはは……いやほんと、なんでえりすは今日も生きて帰ってこれたんですかね……こんなはずじゃなかったのに……あのアホ筋肉達磨め……!」
死んだ目で乾いた笑いを浮かべるえりすの表情は疲れ切っていたが、すぐに拳をわなわなと震わせて怒りに燃える辺りどうやらかなり逞しい性格をしているようだ。どうやら見た目よりも精神的にタフだと見てシルキィは安心する。その先生とやらの話に苦笑いを浮かべながら。
「そ、そうなのね。なら1人で帰れそう? 無理なら私も付いていくわ」
「? いや、すぐそこだからいらないけど……」
「ここの近くに人里があるの?」
「は? いや人里とかじゃなくて目の前にあるじゃないですか」
「目の前……? どこにあるの?」
シルキィはえりすの言っていることが理解出来ずに頭に疑問符を浮かべる──その様子を見て逆にえりすは思考を回していた。
(褐色の肌で青い髪で小柄の女の子……おまけに外から来たっぽい……これってもしかして前に盗み聞きしたレオンハルト様が探してる人なんじゃ……)
──そう。天満橋えりすは人間でありながら立場は人間じゃない。目の前にあるサイサイツリーの頂上にある紅魔城で暮らす魔人レオンハルトの下級使徒であり、ちょっとした特別な立場にいる魔物側の人間だった。
その立場や才能のおかげもあってシルキィがレオンハルトの探している人間だと推測したえりすはそこで可愛らしい顔には似つかわしくない悪い笑いを内心で浮かべる。
(ちゃ──んす……!! この人がレオンハルト様の探してる人なら連れて行くだけで手柄になるはず! そうすればあの化け物の修行を受けなくて済むかも! 違ったとしてもそれはそれだし……となるとわたしは……)
そこまで考えてえりすは設定を考える。その上で演技を行うため、あえて神妙な表情を作った。
「実は……えりすはあの城で働いていて……」
「!!? 魔王の城で……!?」
「えっ」
シルキィが迫真の反応を見せる。あの城を魔王の城だと思っているシルキィにはえりすの言葉はそれだけ衝撃的なものだった。
(魔王の城……あそこをレオンハルト様の城じゃなくて魔王の城だと思ってるってこと? あーなるほどー……それじゃあ……)
「そ、そうなんです。えりすはあの城で召使いのようなことをさせられていて……」
「そうなの……」
シルキィが考えに耽る。人間が魔王の城で働かされている。それを聞いて嫌な予感がしない者はいない。もしかしたら酷い目に遭わされているかもしれないし、もしそうなら一刻も早く助けてあげたいが逃げないところを見るに逃げたらもっと酷い目に……呪いの類を受けているとか、あるいは家族が捕まっているのかもしれないとシルキィは想像する。
であれば協力を求めるのは酷だろうとシルキィはそこで真剣な表情になった。
「ならあなたは帰って私のことを報告するといいわ」
「え……? ど、どうしてですか?」
「そうしないとあなたが罰せられるかもしれないでしょ。わたしのことなら大丈夫よ。これでも結構強いんだから」
自分の目的のために他の人を危険に晒すことを良しとしない。シルキィはえりすを安心させるために優しい笑みを作る──が、それを見て焦るのはえりすだった。
(いやいやいや! 追い返されたり警備隊に捕まったらえりすの手柄になんないし! それは困るんですけど!)
「えーっと……えりすのことなら気にしないでください。シルキィ……さんは察するにあの城まで行きたいんですよね? えりす、案内出来ますよ」
「……それだとバレた時に貴方まで殺されるかもしれないわ」
「大丈夫です! えりすはこう見えてレオ──魔王様に気に入られてるので! 人間を案内したくらいじゃ罰せられることはないんですよ!」
えりすは必死に説得した。全ては自分の手柄のため。そして無茶な生活から抜け出し、安心安全かつ贅沢で楽な暮らし──そして永遠の若さを手に入れて楽勝な生活をするために。
(このお人好しそうな女を連れて行って修行に学校にあれこれと忙しすぎる日々とはおさらばよ! 目指せ不老の使徒生活! 人生楽勝街道! 化物の弟子からの脱却!)
「だからえりすにあの城までの案内を任せてください!」
「…………本当に大丈夫なのよね?」
「ええ、大丈夫です!」
「……そう。なら……ありがとう。それなら途中までお願いしてもいいかしら?」
──いざとなればえりすは自分が脅して案内させたということにしようとシルキィはその考えを胸に秘める。城の行き方さえ分かればえりすに案内を頼む必要もないため、途中で彼女は解放しようと。
「この天満橋えりすに任せてください! 敏腕ガイドさんの如くしっかり完璧に案内しちゃいますっ! (ふふふ……計画通り……後はいつも通り最強に可愛いわたしのアイドルスマイルで城にまで案内するだけね……)」
──そしてえりすの方は内心でほくそ笑んでいた。彼女は人を騙したり演技したり小賢しい悪知恵を働かせるのに長けている。
もっとも、えりすの一番の才能はそれらではないのだが……ともかくえりすは手柄を立てるために前に出てシルキィを先導し始めた。
「それじゃえりすの後に付いてきてください! えりすと一緒にいてなおかつ堂々としてれば人間でも魔物兵に呼び止められることはありませんから!」
「……わかったわ」
シルキィもえりすを信用して堂々と彼女の後を付いていく。戦闘態勢じゃない状態で大勢の魔物の前に姿を現すことはシルキィにとって慣れないものだったが……それも入口までだった。中に入ったところでシルキィは外からの光景よりも更に圧倒されることになる。
「これが魔物の街……!?」
「サイサイツリーへようこそ~! 今回ガイド役を務めさせていただく天満橋えりすだよ~☆」
「……その振る舞いは何?」
「いえいえお気になさらずお客様~♡ ささ、どうぞこちらに。まずはメインストリートを抜けていきますよ~☆」
アイドルらしい笑顔とポーズでシルキィにウインクを送るえりす。周囲では一部の魔物達がえりすを見つけて遠巻きにざわめいていた。それもあって視線が集中し、シルキィとしては落ち着けない。
「……サイサイツリーというのはもしかしてあの中央にある木の名前かしら」
「その通りだよっ! あの中央にある木とこのドーム全体がツリー都市の基盤となる世界樹で世界に8本しかない貴重な木! 世界樹の周辺には食べ物が沢山出来るから魔物が飢えることなく生活出来ちゃうの!」
「なるほど……だから魔物の数が多いのね……」
ドームの中は外からでは想像がつかないほどに整備されていた。そこは人間の世界では見ることの出来ない摩天楼。高い建物に舗装された道。建ち並ぶお店の数々に警備を行う魔物兵に様々な種類の魔物達。
そして中心にある巨大な塔にも見える大木には特殊な層──強化ガラスによる窓とその内部にある幾つもの階層が辛うじてシルキィ達のいる場所からも見える。
よく見れば周囲にはシルキィには理解出来ない魔導モノレールや魔導エレベーターの類があったが──そこでシルキィは気づく。周囲にある街灯や自動販売機に白いマスコットのような単眼の生き物……それらは全て……。
「もしかしてこれ……全部魔法具なの……?」
「? そうだけど何かおかしいかな? それとここでは魔導具って呼ぶよ!」
「信じられない……あれだけ巨大なものもそうだけど生きた魔法具なんて……いえ、でもそうね……理論的には可能だけど……でもこれだけの数と質を揃えるなんて何百年かかっても……」
「ここにある魔導具は全て安心のガウガウ様製だよっ! あ、ちなみにこの子達はホワイトアイって言って色んな仕事をこなしてるこの都市の根幹となる存在だから虐めないであげてねっ☆」
『がうー』
そう言ってえりすは近くにいたがうがう鳴くマスコットのホワイトアイを持ち上げてシルキィに見せつける──シルキィは自らの常識が一気に破壊されたような心持ちだった。
ここにあるもの。目に映る殆どのものが魔法具……ここでは魔導具と呼ばれるもので出来ていて、しかもそれはガウガウという人物によって作られているという。シルキィもまた付与師の端くれであるためここにあるものの凄さがよくわかる。おそらく自身では何百年かかってもこの都市を実現することは出来ないだろうと。
だが付与師として自分より上の存在がいたとしても、これだけのものを作るには貴重な素材を湯水のように消費しなければならない。つまりは大陸を支配する魔王の財があってことだとシルキィは思った。
「やっぱりどうにかしないと……これだけあるなら人間だってもっと沢山生きられる筈だし……」
「あー……えっと、次行くよ☆ 次はメインターミナルから魔導モノレールに乗ってツリー前駅で降りてそこから魔導エレベーターだから!」
独り言のように呟かれたシルキィの発言をえりすは聞かなかったことにした。そのままシルキィを連れて都市のあちこちにある駅から魔導モノレールに乗り込む。都市内の主要な移動手段であるモノレールには日中から大勢の魔物が乗り込んでいたが。
「すごい満員ね……」
「えりす達はこちらの特別車両に乗るから大丈夫っ!」
「特別……もしかして魔王や魔人が乗るためのものかしら」
「あはは……そういう感じかな。数分もすればツリー前に着くからそこからまた上に移動するよ」
満員の車両を横目に最後尾にある特別車両──魔物将軍以上の地位の者だけが乗ることの出来る車両に乗り込み、街の上のレールに沿って発進するモノレール。
ただ乗っているのはえりすとシルキィだけではなく。
「あっ、えりす殿!」
「! アイシス様……(げっ……こんな時に限って使徒が……)」
停車した駅で乗ってきた朱色の髪の軍人風の美少女──レオンハルトの使徒アイシスがえりすを見かけて笑顔で近寄ってきた。えりすもそうだがシルキィもぎょっとする。シルキィの存在がバレるわけにはいかなかった。
「こんなところで奇遇でありますね。今日は料理長は一緒じゃないんですか? それと後ろの方は見覚えがないのでありますが……」
「…………(料理長?)」
「あ、はいっ。えーっと……修行を命じられたので今日は一緒じゃなくて……それとこちらの方はお友達ですっ。つい先日入学してきたばかりで……」
「ははぁ、そうなのでありますね。でもなんだか……」
アイシスがシルキィを上から下までまじまじと見て目を細める。何かを思い出そうとしているようだった。えりすは色んな意味で思い出してもらったら困るのでそこでアイシスの胸に抱えている紙袋に目をつける。
「あ、アイシス様は何をしてたんですか!? その紙袋はもしかしてあの“肉のムラマサ”の限定コロッケじゃないですか!?」
「お、さすがはえりす殿。これを知ってるとは通でありますね! 今日はハンティ殿とホワイトアイ殿の模擬戦を観戦してなおかつ強制的に戦わされたので消費したエネルギーを摂取するために食べ歩きの最中だったのでありますが、色々食べた最後にムラマサの限定コロッケを並んで買ってきたのであります!」
「……(ハンティはわからないけどホワイトアイと模擬戦……あの魔法具って戦えるの?)」
「そうなんですねっ! どんなところに食べに行ったんですか!?」
「えーっと……まずは最近流行りの麺魔軒の姉妹店麺処魔匠の限定麺を食べてから、確かお寿司屋に行ったでありますね。それからこかとりす専門店で親子丼を食べて偶然ミシェーラ殿と出会ったので一緒にハニワ蕎麦のお店に行ったのであります。それから魔トマト専門店で野菜をも摂取してフルーツビュッフェのお店にも行ってそれからケーキバイキングにも行ってきたであります。それから肉ももう少し食べたいなとムラマサによってコロッケを買ってきてこれは後で食べようかと。どれもすごく美味しかったでありますよ!」
「よ、良かったですね!」
(ほ、殆どわからないけど……なんだか美味しそうね……それに紙袋から確かに香ばしい匂いが……)
──くぅー、と。シルキィの腹から音が鳴る。
「あ……」
思わず気の抜けた音を鳴らしてしまったことにシルキィが顔を赤くする。そういえばここに来るまでにあまり食べていなかったことを思い出し、しかし腹が減ることは野良の人間にとって慣れたものであるため腹の虫を鳴かせてしまうのは久し振りだった。
「お、お腹が空いていたでありますね! それならこのコロッケをどうぞであります!」
「い、いえ、その……」
「自分のことならお気になさらず! ちゃんと自分の分は確保しているのであります!」
アイシスは気を使ってシルキィとえりすに紙袋から1つずつコロッケを取り出して押し付ける。えりすは見慣れたものだが、シルキィにとっては初めて見る食べ物だった。
「そ、それじゃあ頂きます」
「うわぁ~ムラマサのコロッケ久し振り! いただきまーす! (前にロケで食べたから全然久し振りでもないけどまあいいか……)──んっ、美味しいー!」
えりすが作られたリアクションを取る中、食べ方すら分からないシルキィは見様見真似でコロッケにかぶりつき、そしてあまりの美味しさに目を見開いた。
「! すごく美味しい……!」
「ムラマサのコロッケは有名でありますからね!」
「こんな美味しい食べ物初めて食べた……」
「え? コロッケ食べたことないのでありますか? 人間街にも結構有名なお肉屋さんが確かあったでありますが……」
「……人間、街……」
美味しすぎてコロッケを一瞬で食べ終えてしまったシルキィの反応にアイシスが首を傾げる。人間街という単語を聞いて思わず反復してしまったところで見かねたえりすが慌てて間に入ると。
「最近入ってきたばかりの娘なのでまだ全然知らないんですよ料理とか!」
「へぇ~そんな人もいるんですね。ではこれから色んなものを食べるといいでありますよ!」
「だ、だから今日はちょっと外に連れ回して……あ、そろそろ着きますね。アイシス様もお城に戻るんですか?」
「それが自分はこの後も仕事なのであります。なのでお二人は休日を楽しんでくださいね!」
駅のホームに降り立ったところでアイシスは2人に手を振って「よっ」と軽い声と共に羽を出して飛んでいってしまう。それに驚いたのはシルキィだが、表に出すことはなくえりすと共にそれを見送った。
「あの人……人間じゃないの? もしかして……」
「アイシス様は使徒だよ。まあ人間の時からああいう変身能力を持ってたみたいだけど……」
「そうなのね」
「そうそう。それじゃこっちの魔導エレベーターで屋上の城まで向かうよっ!」
えりすが元気よくアイドルらしく先導し、世界樹に取り付けられた各階層に移動出来る魔導エレベーターに乗り込むシルキィ。
そうして徐々に昇っていくツリー都市全体の景色を見下ろしながらシルキィは決意を強くしていた。
──人の世界にもこういう活気を取り戻したい。
魔物達が和気あいあいとしているその光景は今まで魔物を退治するものとしか見ていなかったシルキィにとっては良くも悪くも新鮮ではあった。そこに嫌悪感はない。魔物に対する偏見はなくむしろ見方は変わっていたが、それはそれだ。シルキィはあくまでも人間であり人を助けると決意してここまでやって来た。
だからこそ──これ以上無関係の人間は巻き込めない。
「ごめんなさい」
「えっ? ──うわっ!? ちょっと! 何するのよ!?」
「っ……」
そうしてシルキィはエレベーターが屋上に辿り着いたタイミングで、えりすを優しさから気絶させようとしたが──その手刀が躱されたため、シルキィは目論見が失敗したことを理解する。
「ここまでの案内助かったわ。でも貴方はもうこれ以上、私を助けちゃ駄目よ。言い訳の余地を作るためにも……私に脅されてやって来たってことにするといいわ。……本当は気を失わせようとしたんだけど思ったより貴方強いのね。逞しそうで何よりだし、急に襲っちゃってごめんなさい」
「い、いやいやいや……そんなこと気にしないでいいよ(急に何言ってんのこいつ!?)」
ふ、とシルキィは自分の攻撃がえりすに躱されたことを苛立つどころか微笑ましい視線を向ける。魔王の側で働いてこんなにも逞しく生きている。それだけでシルキィにとっては十分だったが、そこまで言うのならばとシルキィは真剣な表情で問いかける。
「そう……覚悟は出来てるのね」
「いや、覚悟というか……」
「なら本当に案内を任せてもいいの? 城の主のところまで」
「はい! もちろん! (まあ城内に入ったら親衛隊かメイドか誰かに言って回収してもらうけど。ふふ……これで手柄は私の物! 安心安全楽勝人生はもうすぐ目の前──)」
えりすが快く頷く。その表情は純真な少女そのものだったが、その内心ではシルキィを騙して城の主であるレオンハルトに引き渡す気満々だった。
そしてエレベーターを降りた先──ドームの屋上部分に当たるそこには巨大な庭園が広がっていた。下よりも更に長閑で広々とした緑の空間。更にその先に巨大な赤の城はある。
「それじゃついてきてください。城まではまだもう少し歩──」
「料理とはあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「っ!? 誰!?」
──そんな時だった。シルキィとえりすの前に巨大な人影が降り立ったのは。
シルキィはその声と巨躯。何よりもその存在感に戦士としての直感から武器を構える。──現れたその仮面の筋骨隆々の男はおそらくは魔物。あるいは使徒や魔人だと。
「えりすさん! 下がって!」
「力!!! そして心ォ!!! 己の全てを費やし、注ぎ込むべしっ!!!」
「あ、先生……」
「…………え? 先生?」
えりすの目の前の怪物に対する反応に、この人が? というニュアンスを含んだ疑問符がシルキィの口から漏れる。
「そして天満橋えりすッッッッ!!! そなたはこの料理界を統べる救世主になる者ッッッ!!! そのためにはこの私を超える者とならなくてはならないッッッ!!! さあ、食材を手に入れてきたのなら今日も強くなるために共に喰らい合うぞッッ!!!」
「いやだから料理って絶対そういうのじゃないでしょっ!? 馬鹿じゃないの!?」
「フハハハハ!!! さすがは我が弟子にして我を超える才能を持つ者ッ!!! 私を否定するその不遜は良し!!! しかし我がミシュラン2千年の歴史はそう簡単に超えさせぬゥッ!!!」
白目を剥いたその筋骨隆々の大男──料理長が全身を漲らせ、オーラを上昇させる。その背に背負う巨大な包丁を構え、今にも襲いかからんとするその異様な様子にやっぱりとシルキィは汗を掻きながらえりすに声をかけた。
「……あれがあなたの先生なの?」
「はい……残念ながら……でも別に客人には無害なので気にしないでいいよ……害があるのはわたしに対してだけだから……」
「む……そちらは客人か?」
「そうです。なので今は忙しいので後にしてもらえます?」
「客人の案内か……ならば致し方な──」
えりすがシルキィという客人を理由に迷惑すぎる師匠をやり過ごそうとする。それが上手く行こうというその時に──また更に人が唐突に現れた。
「──いえ、問題ありません。客人の案内は私が引き継ぎますわ」
「おお! メイル様!!! それは真ですか!?」
「げっ……(め、メイド長!! 何余計なタイミングで現れてくれてるのよ!?)」
「ええ。なのでシルキィ様は私についてきてください。この城の主が貴方を待っています」
「……! 気づかれていたのね……」
「いえ、気づいたのはつい先程ですし、罠でもありません。信用せずとも結構ですが、大人しく付いてきてもらえた方が貴方様の目的には都合が良いかと」
「…………わかったわ。ただし条件がある。そこの天満橋えりすさんは私に脅されて──」
「ええ、わかっておりますのでご安心ください。えりす様が罰せられるようなことは決してありませんし、何よりこれからえりす様は師弟での修行のお時間です」
「その修業自体が罰なんだけど!!」
「……それならいいわ。大人しく付いて行かせてもらう」
「良くないよっ!! くっ、せっかくの手柄が──」
「フハハハハハ!!! 感謝するメイル様!!! ──さあ、征くぞ!! えりすよ!!! 血祭りにあげてやる(料理で)!!!」
「だから料理だってのに何で一々戦う必要があるのっ!!? この馬鹿一族────っっ!!!」
「強くなりたくば喰らうのがこれ即ちミシュラン流!!!」
「絶対間違ってるからっ!!!」
巨大包丁を振り上げて独特な足音で走ってくる料理長ガストロノミー・ミシュランに対し、天満橋えりすは必死に逃げ回る。
シルキィはその異様でありながらも活き活きとしたその2人を見送った。多分、おそらくまあ、大丈夫だろうと。包丁を振り回しているが殺意や敵意はないように見えるし、えりすも嫌がってはいても恐怖しているようには見えなかったから。
「ではここからは案内を引き継がせていただきますわ」
「……ええ。牢屋や魔物の群れの前に連れて行かれないことを願うわ」
「ふふ、ですから御安心を。玉座の間には一瞬で辿り着きますので」
「…………! これは……!?」
「転移陣です。──こちらの大扉の先にご主人様がいらっしゃいますのでどうか失礼なきようお願い致しますわ」
「…………」
メイルによって案内されて一分と経たずに城内の巨大な扉の前に辿り着いたシルキィ。よく見れば先程まで自分がいた場所には魔法陣のようなものが床に描かれている。魔族の特別な魔法か、あるいはこれも魔導具なのかシルキィには判断がつかないし、今考えるべきことでもない。
(この先に……魔王がいるのね)
シルキィはここまでの旅路を思い、自然と喉を鳴らす。思ったよりは安全ですんなりとこの場所まで辿り着けはした。シルキィは器用な方ではない。本当なら立ち塞がる魔物を全て斬り伏せてでもこの場所に辿り着くつもりだった。
だが消耗が少ないのならそれは好都合。これで万全の状態で魔王に挑むことが出来る。
(下の街や人間の扱いに関して気になることは沢山あるけど……人間を解放してもらうにはやっぱり魔王を討つしかない)
シルキィは覚悟を決めてその大扉の先の玉座の間に足を踏み入れる。赤く豪奢なその広間。玉座に腰掛けていたのは金髪灼眼の覇気を放つもの。
「──来たか」
鋭い双眸がシルキィを捉える。途端に呼吸が難しくなるほどの圧倒的な魔の気配がシルキィを襲った。
並の人間であればその気配だけで気を失いかねないその存在感。辛うじて命を落としていないのはその者の気まぐれであり将器が故。人や魔を自然と跪かせるその王としての在り方が、その力をコントロールすることに繋がっている。
(あれが……)
玉座に座る魔の王。あらゆるものを支配するであろうその気配にシルキィは畏怖と納得を覚える。人の形をしているものの、人とは明らかに違っている。人として完全過ぎるようにも見えた。
正直言って、シルキィにはその力の差がどれほど隔絶しているのか分からない。分かるのは桁違いだということだけ。おそらく勝負を挑んでも勝ち目はほぼ0に等しいか0だろう。勝機がないと判断しないのはシルキィの人としての意地でしかない。
(でも黙っていることなんてできない)
それを自覚しながらもシルキィは武器を取る。
全ては人間のために。
全ては救いを求める人のため。
この手で魔王を討ち、人間に安寧と平和を与えたい。
そのためならば死ぬことも本望──そうしてシルキィは、遂にその者に宣言した。
「あなたが魔王ね……!! なら──」
武装を展開し、戦闘態勢に入りながら未だ立ち上がらない王者の余裕を見せる相手に告げる。
シルキィと、そして人の願いを。
「私はシルキィ・リトルレーズン!! 私はあなたを倒して人間を救ってみせる!! 勝負よ!! 魔王!!!」
相手が魔王だとしても卑怯な手は好まない。こうして堂々と案内をされたこともあり、正々堂々とシルキィも勝負を持ちかけた。
緊張の一瞬。玉座に腰掛ける男もまた目を見開いた。その不遜な決闘の申し出に──ではなく、そのシルキィの言葉に対して。
「……俺は魔王ではないが……」
「来ないならこちらから行かせてもら──えっ?」
困惑した様子で、魔人レオンハルトはシルキィの言葉を否定した。
魔王ではない──そうはっきりと返答した男の言葉にシルキィの思考は止まる。最初は混乱。次に焦り。そしてその次に羞恥がある。シルキィはその感情から身を守るために問いかけを行った。
「…………本当に?」
「ああ。俺の名は魔人レオンハルト。魔人筆頭にして魔軍参謀を拝命している……この城の主だ」
「…………なら魔王はここには……」
「いないな。魔王ガイ様の城はここからもっと北にある。もっともその城にはあまりいないが」
「……………………」
「……………………」
気まずい沈黙が玉座の間を支配する。レオンハルトの圧倒的な気配やシルキィの覚悟も何のその。相手が魔人とはいえ勘違いでここまでやって来て宣言したシルキィのその言動はレオンハルトや背後に控えていたメイルにとっても意外だったし、何よりシルキィ自身が己を恥じていた。
「……私は!! 貴方をも倒して必ず魔王の下に辿り着いてみせるわ!!」
そして誤魔化すように新たな決意を口にした。その頬は少し赤い。褐色の肌だから分かりにくいだけで明らかに心は羞恥で乱れていた。
「……なるほど。何故態々俺の城にやって来るのかと思えばそういうことか……」
「!」
だがそれでもレオンハルトが玉座から立ち上がると羞恥は消え、戦士として意識を集中させる。相手が魔人であるなら一瞬たりとも油断は──さっきまではしていたが──出来ない。魔人や使徒との戦闘経験はないもののその強さは有名である。
中でも魔人レオンハルトと言えば最強の魔人として有名で──
「落ち着け。俺はお前に危害を加えるつもりはない」
「……ならこのまま大人しく帰してくれるとでも?」
「それでも構わないが俺にも少々事情がある。そこで1つ確認だがお前の目的は人の救済──それで間違いないな?」
「……ええ、そうね。間違いないわ」
人間の救済。そのためだけにシルキィはここまで旅をして戦ってきた。大チョンボをしてしまったがその決意は一切揺らいでいない。
レオンハルトに見つめられても真っ直ぐ揺らぐことのない瞳の強い意志をシルキィの中に見たレオンハルトはそこで玉座から、そして壇上からも降りてシルキィの前までやって来る。
「どうやら意志は固いようだな」
そしてシルキィが身を屈めて警戒する中、レオンハルトもまた告げた。
「──なら俺も人類の救済……いや解放に協力しよう」
「……!? ……何を言っているの?」
「今言った通りだ。俺も人間の解放を望んでいる。だからお前に協力したい。それだけの話だ」
──人類の救済。そして解放。
それに魔人が協力すると告げてきたことに対してシルキィは驚き、まずは正気や罠を疑った。
だがシルキィがそうであったように、レオンハルトの言葉にも嘘は見られない。シルキィにもそれはわかった。
「なんで魔人がそんなことを……」
「理由は幾つかあるが、大きな理由の1つは人類には人類の歴史と文明を新たに築いてもらいたいと思っているからだ。そしてそのためには色々と条件があるし、俺が大々的に動きすぎるのは問題も多く、だからこそお前がその目的を持つならばお前に協力した方がこちらとしては都合がいい。……今の魔王様には厄介な護衛も多いしな」
「……………………」
レオンハルトはあえて全ての理由を口にはしないが、だが嘘も言わなかった。
だからこそシルキィは警戒しながらもその言葉をある程度真実として飲み込む。
それに今にして思えば先ほどまで見ていた下の街やえりすや他の人間達、魔物も平和で幸福な生活を謳歌しているように見えた。
この街がこの魔人レオンハルトの治世による結果だというのなら──話に聞く普通の魔人とは違うことは確かだろうと。
「……それなら、貴方は私に何を求めるの?」
「──魔王ガイの元まで辿り着く強さを得ることだ」
「っ、それは……今の私では辿り着けないと?」
「さあな。それはやってみないと分からないが……だが万が一にでも失敗してもらったら困る。だからこそ力を付けることを手伝ってやる。そのための提案だ──お前が協力するのなら今魔軍が自由に行っている人狩りを俺の権限で止めさせよう」
「! それは……」
魔物が人を襲わない。それは人間にとっての何よりの願いだ。
「協力を拒むのならそれでも構わない。その場合も人間を苦しめたりはしない。お前がどちらを選ぶにしろ人狩りは止めさせる。牧場の稼働までは止められないがそれは魔軍参謀の名に置いて約束しよう」
「……………………」
そしてここまで言われてしまえばシルキィとしては選択肢はないに等しい。
元々ここから生きて帰れる可能性も薄いと思っていた。そして相手が魔人とはいえだ。判断は話を聞いてからでも遅くはないと。
「──わかったわ。なら話を聞かせてもらえる?」
「……話が早くて助かる。ならさっそく聞かせよう──人類を解放する計画を」
──それは人類史において語られることのない一幕。
これより紡がれる人間の歴史。その始まり──古き英雄と新たな英雄が邂逅した瞬間だった。
やっとある程度話が固まってきたのでここから人類解放編。そして人類の歴史が始まります。シルキィの現在レベルは60くらい。人間時代のレオンハルトと同じくらいです。
ということで次回はまたシルキィと交流。そして偉大なるマスターガウガウの出番だったり、現在の魔王ガイとその周囲とかも描写したい。お楽しみに。
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