とある一体の魔物将軍はレオンハルトが各席を回っているのを遠目に見ていた。
周囲はそれなりに盛り上がっているように感じる。魔物兵らがやるようなバカ騒ぎはしないものの、当初より幾分か空気が軽くなっており、明るい様子で談笑しつつ、この日のために用意された沢山の料理や酒に舌鼓を打つ。
無論、そうなっている原因は、視線の先にレオンハルトの存在が大きいだろう。今も別の魔物将軍に酒を注いでおり、魔物将軍は恐縮するように畏まっているものの、レオンハルトが幾分軽い様子で接してくるので対応に困ってはいる。
だが、嫌そうではなかった。魔物将軍はレオンハルトの振る舞いを見て確信する。
……やはり気を使っておられるのだな……。
レオンハルトという魔人について、自分はかなり熟知している方だと思う。なにしろ彼が魔軍参謀になって間もない頃から、彼の麾下で働いているのだ。まだまだ不明瞭な部分もあるものの、そういう自負はあった。
そしてその長年の記憶と経験から、レオンハルトは魔人の中ではかなり良識のある存在だと魔物将軍は思っていた。ある意味、変わっているとも言っていい。
魔人という存在は、魔軍、魔物にとって絶対の存在であり、魔王の意思に反しなければ基本的には何をしようと許される。文句を言えるのも同じ魔人くらいであり、故にもっと傍若無人に振る舞ってもいいはずなのだ。事実他の魔人にはそういった方が多い。
しかしレオンハルトは部下に気を使ってこのような宴を自ら開催し、今もテーブルを周りながら酒を注いで周り、気軽に話しかけ、好きに楽しめ、という風に念を押している。そして、それを観察していると、
「……レオンハルト様」
「ん、お前か。悪いが邪魔していってもいいか?」
「はっ、どうぞ」
一言断ってこちらのテーブルに近づいてきたレオンハルトに一も二もなく頷く。とうとう自分の番が来たか、と内心で呟いた。
するとレオンハルトはこちらの返事に苦笑を見せる。返答が少し硬かっただろうか、ボトルを掲げてきて、
「……それじゃ、ほら」
「! ……いただきます」
グラスを差し出して、レオンハルトに酒を注いでもらう。分かっていても多少緊張してしまうのは、この行動が普段の彼にあまり見られない行動だからだろうか。普段は――というより仕事の時の彼は泰然自若、という言葉が似合う、正に魔軍参謀に相応しいお方なのだ。同時に仕事に対しては実直で有無を言わせないような厳しさも併せ持つ。部下にも規律を求めるが決して横暴ではなく、部下からの提言を採用する寛容さもある。それでいて魔人としての強さは魔人四天王の座に就くほどだ。
統率力、知略、武力、その全てに優れたお方だ。欠点らしい欠点は強い敵を見つけると熱くなってしまわれる事だが、それでも頭は回っており、部下に退避するように命令する程度の冷静さは残っている。それに魔人自ら敵を倒すことは兵の鼓舞にもなる為、十分許容範囲である。
……やはりとんでもないお方だな……。
改めて確認してみても末恐ろしいほど完璧な方。そんな彼の部下であることは魔物将軍にとっての誇りである。
だが、同時に畏れ多くも感じる。尊敬し、畏怖しているが故に緊張してしまうのは避けられない。
……いかんな。
これではレオンハルトがこの酒宴を開催した意味がない。彼の意図を正しく汲み取ったのはいいが、他ならぬ自分がその意図に反してしまうのはよろしくないし、恥ずべきことだ。
故に魔物将軍はその緊張を緩和する為にもグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。すると、
「……いい飲みっぷりだな。ほら」
「……ええ、まぁ……その、恐縮です」
ふっ、とレオンハルトが軽く笑い、もう一度酒を注いでくれる。
そして今度はレオンハルトも手に持っていた自分のグラスに酒を注ごうとしていた。魔物将軍はそれを見て即座に止めるように、
「あっ、では次は自分が――」
「おう、悪いな――んっ」
いえ、と短く否定しレオンハルトのグラスに酒を注ぐ。すると今度はレオンハルトが先程の魔物将軍のようにグラスに入った酒を一気に飲み干した。それを見て魔物将軍は目を丸くする。
「――ぷはっ! これ、結構効くな……って、どうした?」
「……あ、いえ……」
こちらの驚いた様子を見て、疑問符を頭に浮かべたレオンハルトに、魔物将軍は少し悩むも、言葉を選んでその答えとなる疑問を口にした。
「……レオンハルト様がお酒を嗜まれるのは珍しいな、と思いまして……」
「あー……」
レオンハルトはその言葉に何とも言えない声を出した。少しバツが悪そうにしながら、
「戦いが終わっても俺は基本的に飲まないからな……というより普段もあまり飲まないな」
「飲めない、という風にも見えませんが……差し支えなければ理由をお聞きしても?」
魔物将軍が見る限り、レオンハルトは酒宴が始まってからもそれなりに飲んでいるように見えたし、今も普段よりはフランクではあるものの平然としている。酷く酔っているわけではなさそうだ。
「ああ、それはだな……」
少し不躾な質問だが、レオンハルトは特に気にした様子もなく口を開いた。
「――仕事中だからだ」
「…………え?」
その言葉に少なくない驚きの感情を覚える。呆然とするこちらに構わずレオンハルトは続ける。
「俺は基本的に一年中毎日、殆どの時間が仕事だからな。仕事中に酒を飲むのはちょっとな……駄目だろ?」
「へ? ――あ、そうですね……」
レオンハルトの問いかけに魔物将軍は我に返る。それほどの衝撃だった。
魔物将軍はレオンハルトのその認識を頭の中で噛み砕いてみる。
しかしそれでも足りないので、理解するための言葉を口にした。
「……休憩時間ならよろしいのでは?」
「確かに食事時や就寝前、後は遠征時は合間の空き時間なんかはあるけどな」
「……その合間に飲むのは駄目なのですか?」
「……?」
レオンハルトは不思議そうに首を捻る。そして当然といった様子で、
「……それだと急の仕事が入った時に酒が残るかもしれないだろ」
「そ、それは……っ」
そう言い切った。それに魔物将軍は言葉を詰まらせる。
だが、持ち直して改めて言い直す。
「確かにそうですが……僭越ながら言わせてもらうと……酒が多少残っていても誰も気にしないかと」
魔物将軍はそう確信する。というかその基準なら部下の魔物兵や魔物隊長の殆ど。そして同僚の魔物将軍ですらもそれを犯してしまっている。
魔物将軍はそれを思い起こす。そもそも魔軍ではそういった規律はあまり重視されない。
陣地での待機中に酒を飲んでいたら、敵が近づいてきたのでそのまま出撃。なんてことはざらにある。酷い時は敵から略奪した酒をその場で飲み干し、そのまま戦う兵もいるくらいだ。
それで泥酔して大きな失敗をしたり、上位の存在の気に障れば処分されるし、それが原因で死んでも自己責任。命令を聞けるほどの理性があり、なくても敵を倒せればそれで構わないのだ。命令違反を許すわけではないが、魔軍では実力と結果が重視されやすい。
故に誰も気にしない。というか自分達がやっているのにそれを注意する馬鹿はいないだろう。ましてや相手は魔人だ。泥酔していたところでそれを咎めるものはいない。レオンハルトもそれは承知の筈だ。
だがレオンハルトは魔物将軍の質問に、少し真面目な顔になると、
「それだと示しがつかない」
いいか、とレオンハルトは前置きする。
「俺は魔軍参謀だ。謂わば魔軍の全権を任されてる存在な訳だ。当然、魔軍に属する全ての魔物、使徒、魔人が俺の一挙手一投足に注目する」
「……確かに、そうかもしれません」
レオンハルトの真剣な声色に魔物将軍の身が反射的に引き締まる。元からその気はないが、この話を聞き逃してはならないような気がした。レオンハルトが続ける。
「仮に俺が毎日酒を浴びるように飲み、仕事も放棄するような奴ならどうだ? そんな奴が魔軍参謀だったら心配になるし、俺がやってるって事で部下が同じように怠慢になるかもしれないだろ?」
その言葉に魔物将軍静かに頷く。同意を得たのを確認し、レオンハルトも頷いた。
「そして俺が全権を握ってるって事は失敗も俺の責任になる。全部が全部そうじゃないかもしれないが、少なくとも俺が指揮を執ったものは疑いようもなく俺の責任だ」
だから、と。
「休憩中だろうが酒を飲んで判断を鈍らせるようなことは出来ない。俺はお前らの命を預かってるんだからな」
「……なるほど」
魔物将軍は得心した。そしてその言葉に深い感嘆を覚えた。
やはりこの方は上に立つべきお方だ。その姿勢、心意気には脱帽するしかない。
……自分も見習わなければな……。
そう思い、レオンハルトに再度視線を寄越した。すると再び彼が口を開き、
「――というのはどうだ?」
「…………へ?」
納得したところでの不意打ちのような言葉に、思わず間の抜けた声を出してしまう魔物将軍。残った思考が疑問を寿ぐ。
「えっ……それは、どういう意味で……?」
「……いや、偶には上司らしく有り難い話でも授けてやろうと思ってな」
「…………」
レオンハルトは口端を上げて、白い歯を見せるように笑う。
魔物将軍は気が抜けたように息を漏らした。どうやら煙に巻かれたようだ。
「……そういうことでしたか……」
「あ、でもな――」
少し残念に感じて声を落とす。しかしまた言葉が来た。
……今度は何を……?
魔物将軍が疑問をとともに顔を向ける中、レオンハルトがグラスを見ながら、
「――こういう口実がないと飲めないってのは一応、本当だ」
「それは……ん?」
一体どういう意味なのか、それを思考するより先にレオンハルトが言葉を繋げて、
「気にしなくていい。……こういう酒宴は俺にとってもありがたいってだけだ」
「……それ、は……」
そう言ってグラスを傾けた。
魔物将軍はようやく胸のつかえが取れたような、得心した気持ちだった。それでいて化かされたような気分もある。
……このお方には敵わんな。
レオンハルトの振る舞いに苦笑してしまう。
だが、それで終わりではなかった。レオンハルトがグラスを口から離すと、気を取り直したようにして、
「ああ、それついでに聞きたいんだが」
「? 何でしょうか?」
さっきよりも落ち着いた心持ちでレオンハルトの質問を待つ。
「……こういうの、迷惑じゃないか?」
「迷惑、ですか?」
言葉の意味が分からず問い返す。レオンハルトは少し表情を落とし、
「俺が――魔人がいると緊張するだろ? こんな風に付き合わせるのもどうかと思ってな……」
と、そんな事を言った。その気遣いに魔物将軍は嘆息してしまう。
気遣いもここまでくると何とも行き過ぎたものを感じてしまう。嫌な気はしないものの、
「……レオンハルト様」
言っておこう、と魔物将軍は自分の思いを伝えた。
「もう少し、自分本意に行動してもよいのでは――」
「――その通りですわ!!」
「おおっ!?」
突然、言葉の終わり際に高い声が割って入ってきた。
金髪ツインテールの少女、魔物将軍の上司にしてレオンハルトの使徒であるキャロルだ。
魔物将軍の言葉に同意するような声を上げたキャロルにレオンハルトが呆れた目を向ける。
「……急にどうした? というかその通りって――」
「レオンハルト様にはもっと自分のやりたいようにやってもらいたい――という意味ですわ!」
魔物将軍の言葉を引き継ぐように、改めて言い直す――というより横取りしたような形だが。
……うーむ、相変わらず嫌われてるような……。
魔物将軍はキャロルの行動に肩を竦める。彼女からは何かと目の敵にされているような気がするのだ。
だが、考えていることは同じな様なので別にいいか、とだんまりを決め込む。するとレオンハルトが、
「……いや、俺は結構好き勝手やってるつもりだがな。強い相手と戦う時や、他にも――」
「もっと好きにしてもいいのですわ! いいですか――」
キャロルが語気を強めて、言う。
「レオンハルト様よりも偉い存在はスラル様しかいないのですから、構いませんのよ! 誰にも文句は言われませんわ!」
「……でもなぁ」
「というか文句を言うような不逞の輩はレオンハルト様の使徒であるわたくしが黙らせますわ!」
そう言って胸を張るキャロル。
魔物将軍にとっても、そこまで極端ではないが概ね同意見だ。なので援護しようと声を上げる。
「そうですね、我々としても――」
「魔物将軍はちょっと黙ってくださいます!?」
「…………はい」
がるる、とまるでわんわんのように威嚇をするキャロル。一応上司である使徒の言葉に魔物将軍は従うしかない。解せない気持ちを抱えながらも素直に頷く。
レオンハルトもやれやれと言ったように肩を竦める。
「……まぁ、それはいいが、用事とやらは終わったのか? 後、皿寄越せ」
「あ、はい! どうぞ!」
どうやらキャロルは用事があり、少し離れていたらしい。持っていた皿をレオンハルトに渡す。
レオンハルトが料理に手を伸ばす中、キャロルが最初の質問に答えた。
「とりあえず準備は終えましたので、そろそろファンクラブの方に顔を出して頂いてもよろしいですの」
「……ファンクラブ?」
「……!」
あまり聞き慣れてない言葉に、魔物将軍が反復してしまう。
そしてそれに反応したのはキャロルではなく、レオンハルトだった。身体をビクリと反応させると、
「あ、あー……そうだったな。そろそろ行くか。……邪魔したな、魔物将軍」
「? ……いえ、とんでもないです。良い時間を過ごせました」
挨拶を交わし、レオンハルトが席から立ち去っていく。キャロルがそれに追従するが、去り際にこちらを見て、ふふん、と何やらドヤ顔のような表情を向けてきたのはちょっとよくわからない。
その行き先を見て魔物将軍は先程聞いた言葉の正体に気づく。
……ああ、あの女の子モンスターの集団か。
何故、この会場にいるのかとも思ったがレオンハルトやキャロルが見咎めるようなことはせず、普通にスルーしていたので誰も指摘しなかったが、どうやらあれがレオンハルトのファンクラブであるようだ。
魔人のファン、というのは何ともおかしな感じだが、
「……ある意味、自分もファンなのかもしれないな……」
魔物将軍は今度試しに自分も入れないかキャロルに聞いてみようと思いつつ、断固として断られる光景が目に浮かび苦笑した。
レオンハルトは、囲まれていた。
周囲にいるのは様々な見た目を持つ少女の群れ。魔軍に所属する女の子モンスター達だ。
その数、実に――108名。種類は様々だが、彼女達は皆、同じ目的を持っている者達である。それは、
「きゃーーー!! レオンハルト様がこんなに近くに!!」
「レオンハルト様ー! サイン下さい!!」
「生レオンハルト様を拝めるなんて……! もう死んでもいいかも……!」
「………………」
全員が、レオンハルトファンクラブの会員であるということだ。そしてその騒がれている当人はというと、
……本当にいるのか……。
その彼女達を、レオンハルトは何とも腑に落ちないような雰囲気で見ていた。キャロルから聞いてはいたが、やはり心の何処かで信じきれていなかったのだろう。会場に着いて女の子モンスター達の群れが集まっているのを目撃した時は目を丸くしてしまった。
そしてその中心たる会長、レオンハルトの使徒であるキャロルが、
「みなさーん! お静かにー! 皆さんを見て、レオンハルト様が困ってますわー!」
少し曖昧だが、的確にこちらの内心を言い当てるキャロル。そしてその指示通り、少しずつ声は収まっていった。
……一応、統率は取れてるみたいだな……。
どうやら会長としてちゃんと彼女たちをまとめきれているようだが、正直言うとそこに関しても半信半疑だった。元コマンダーというだけはある。それによくよく考えてみれば彼女たちも普段は魔軍に所属しているのだから命令を聞くのには慣れているのだろうと、レオンハルトは適当に当たりをつける。
そして完全に静かになると再びキャロルが口を開き、
「それでは皆さん! 打ち合わせ通り、これからレオンハルト様をもてなしますわよー!」
おー! と女の子モンスター達が声を上げる。その反応にキャロルは満足そうに頷いた。
「では、『レオンハルト様を良い気分にさせて全員お持ち帰りされちゃいましょう作戦』――開始!!」
「何だその作戦名は……」
レオンハルトは思わずツッコミを入れてしまう。というかそんなバレバレの作戦名を思いっきり口にしているがいいのだろうか。
だが、そのツッコミを置いてけぼりにして、周囲の女の子モンスター達はキャロルの号令に従い、レオンハルトをもてなくすべく動き始めた。
2話くらいで収めようと思ってた酒宴回。地味に長くなる。
次で最後です。