「おい……見ろよ、あれ……」
「ああ、凄いな……」
会場にいる魔物隊長達はその光景を遠目に眺めていた。
視界の先、上座に設けられた座席に座るのはこの酒宴を開いた張本人たる魔人レオンハルト。
そしてその周囲にいるのは約百名ほどの――
「はい、レオンハルト様。あーん、してください!」
「グラスが空いているようなのでお注ぎいたしますね。それとも……口移しがよろしいですか?」
「あーん、ずるいずるい! 次は私の番!」
女の子モンスター達だった。
彼女たちはレオンハルトに擦り寄り、様々な方法でアピールしていた。
「流石はレオンハルト様だな……」
「ああ、羨ましいな……」
魔物隊長達が唸る。彼らもれっきとした男であり、ああいった所謂ハーレム状態には羨望を覚える。
しかし魔物隊長以上ともなると野心はあるが、魔物兵以上に頭が回るのであまり現実的でないことが直ぐにわかる。そのため次に口から出るのは溜息であった。
「やっぱレオンハルト様程の上級魔人じゃないと無理そうだよなぁ」
「レオンハルト様、実力だけじゃなく実績もあるし、しかも容姿も良いからな。そりゃ好かれるだろうよ」
「……確かに。あそこまでいけば何やっても許されるんだろうな」
「まぁ、女を犯すだけなら遠征先で出来るから、そっちで我慢してようぜ」
魔物隊長が同僚を慰めるように肩を叩く。実際問題、自分達は恵まれている方なのだ。
レオンハルト軍はその名の通り、魔人レオンハルトが率いている。それが何を意味するか、魔物隊長以上で気づいていない者はいないし、下手すれば魔物兵ですら気づいている自明の理。
それは――魔軍の中で最も負ける可能性が低い軍がレオンハルトの部隊であるということだ。
なにせレオンハルトは魔人四天王。かなりの武闘派で剣の達人である彼はそれ相応の実力を持っており、人間に負ける可能性など皆無に近い。
しかもそれだけでなく、彼は魔軍参謀でもある。魔軍全体の指揮官でもあるレオンハルトは自分の部隊を持ちながらも全軍を動かせるし、それを動かせるだけの知性も兼ね備えている。
そんなレオンハルトが自ら軍を率いて戦う時の勝率は100パーセント。戦略目標を達成出来なかったことはあるが、こと戦闘に限れば全ての戦いに勝利している。それには勿論、彼の麾下で戦う自分達の貢献も多少はあるだろう。多くの転戦を繰り返す自分達は魔軍の中でも精鋭だという自負があるが――やはりそれが誰のおかげかといわれるとレオンハルトのおかげとしか言えない。
故に、戦闘後の楽しみは基本的に保証されているようなものなのだ。負けることがないのだからそれはほぼ確実。無論、失敗を犯してそれを取り上げられたり、何らかの理由でそれを味わえないこともある。
しかしそれでも負けて死ぬよりはマシな上、その辺りも考えてくれているのか、レオンハルトも憂さ晴らしの機会を与えてくれたりする――今回のように。
実際、魔物兵も最近はそのことに対して愚痴を漏らしていたものだが今回の酒宴でマシになるだろう。魔物兵は単純だ。こうして好きなだけ飲み食いさせれば、また士気も上がるに違いない。
魔物隊長はそのことを思いながら酒を呷る。ボトルを持って直接口に付ける――所謂ラッパ飲みである。
そして、ボトルから口を離した時だ。
「――――」
「――お?」
「――ん?」
突如、二体の魔物隊長の目の前を小柄な影が横切った。
マントをしているもののシルエットから見るにその影はおそらく女性であるだろう。その手には魔物隊長らと同じく酒のボトルを持っている。
また、レオンハルトが呼んだ女の子モンスターかと一瞬思ったそれは、彼女の顔を見て即座に覆された。
「――!? な、な……!」
「え――えっ!?」
信じられない姿に、思わず二度見するも、魔軍に所属する者が、その顔を見間違えるはずもない。魔物隊長らは揃って唖然とし、気を取り直したところでも今度は酷く狼狽する。それほどの衝撃だった。
思考が上手く定まらないが、強いていうなら彼らの思いは、何故こんなところに、と言ったところである。
その彼女は、ふらふらと千鳥足でありながらも確実にその方向に向かっていく――レオンハルトらがいるところへ。
魔物隊長は彼女が少し離れていったところで、ようやく恐る恐る口を開いた。
「い、今のって……!」
「……あ、ああ……間違いない――」
魔物隊長は酔いが急激に冷めていくのを感じながら、その名を口にした。
「――魔王様だ」
「はい、レオンハルト様ー。次はお刺身ですよー」
「ん、あ――」
……んー、何というか……。
レオンハルトは隣に座った女の子モンスターに刺し身を口に運んで貰いながら考えていた。
それなりに酒も周り、いつもより緩い思考の中、今の状況を考える。
……ハーレムだなぁ……。
この状況を名付けるならそれ以外にないだろう。レオンハルトは周囲を目線だけで見渡す。
どこを見ても目に映るのは女性だ。自身のファンクラブの女の子モンスターが自分を囲むようにしている為だろう。
彼女たちの歓待を受けはじめてそれなりの時間が経ったが、レオンハルトは受け入れ始めていた。
大所帯である為、代わり番こで自分に侍る者が入れ替わり、身体を擦り寄せながら思い思いに接待をしてくる。正直、最初は少し堅い対応だった気がするが、今はそうではない。レオンハルトは両隣に座っていた女の子モンスターの肩を軽く引き寄せる。
「きゃっ、レオンハルト様に抱きしめて……!」
「んんっ……大胆ですね……」
腕の中に二体を抱き寄せてやると、彼女たちの女の子らしい香りが広がり、すべすべで熱を持った感触が自分の身体に押し付けられる。そして顔を赤くする彼女たちに向かって、軽く笑みを浮かべながら、
「……お前達も可愛いな」
「っ! あ、ありがとう……ございます……嬉しいですっ……」
「レオンハルト様にそのように褒めてもらえるなんて……きょ、恐縮です……!」
褒めてやると、より一層頬が紅潮し、身体を押し付けてきた。更には背後、そして前からも、
「……いいなぁ。ねぇねぇレオンハルト様、私はどう?」
「レオンハルト様ー! 私も構ってー!」
背後から首に腕を回して思いっきり抱きついて胸をぐいぐいと押し付けてくる子と、膝に座って背中や臀部を擦りつけてくる子。前者は拗ねたように、後者は無邪気に、こちらにアピールしてくる。
レオンハルトはその二体に対しても、
「……二人とも可愛くて魅力的だ」
「んっ、そうかな……」
「えへへ、ありがとうございまーす」
褒めるとそれぞれ別の反応を見せてくれる。喜んでいるのは同じだが。
レオンハルトは四体の女の子モンスター達を侍らせながら、もはや普通に楽しんでいた。というのも、
……なんというか……妙に懐かしい……。
レオンハルトは古い記憶を思い出す。そういえば人間の王であった時代は毎日のようにこんな感じで遊んでいたなぁ、と。
人間だった時の自分はいつも女遊びに興じていた。戦いと訓練の時間以外はいつも部屋に女中を呼んでは楽しんでおり、普段の苛立ちを発散するにはちょうどいい手段だった。
少し落ち着いてしまうのはその時の経験がある為であるが、昔とは違う部分もあった。それは、
……こいつらは本当に俺を慕ってるみたいだな。
レオンハルトはファンクラブの子達の瞳や何気ない行動からそれを何となく感じ取っており、それが今、素直に楽しめてる理由でもあった。
今となっては少し曖昧だが、昔自分に侍っていた女性達は、皆、眼の中に怯えや打算のようなものが見えたような気がする。それを否定はしないし、だからこそ気兼ねなく楽しめた側面もあった。だが、そんな彼女達を何処か鬱屈に感じていたのは確かだ。レオンハルトは今の方が好ましいといえる。
そしてあと一つ、楽しむ理由があるとすれば、
……さすがに昂ぶってきた。
単純に気持ちよく、気分がいい――という過去を振り返ってみたことが台無しになるような理由である。
だが待て、とレオンハルトは酔いの回った頭で思考する。
正直、これはしょうがないのではなかろうか、と。
レオンハルトは男だ。そして数百年を生きた魔人だ。
そしてそれだけの歳月を過ごしてくるにあたって、性欲のコントロールくらいは出来ていた。そりゃ若い時は常に頭がピンク色な時期もあったし、今でも不意にむらっと来てしまうことはある。だが、普段から忙しいこともあり、一々女を口説いてどうにかしようと思うことは無かった。
しかしだ。それでも言わせてもらうが自分は男なのである。そんな男がだ。
例え数百年生きて精神が成熟したとしても、自分のことを慕う108人の美少女達に変わり代わりに纏わりつかれ、何とも思わない訳がない。断言させてもらう。
簡単に言うなら――
……あー、くっそ……! めちゃくちゃムラムラする……!
ということである。要は興奮していた。
ぶっちゃけレオンハルトは先程からもうやる気満々であった。誰から先にしようか品定めをし始めているし、ぶっちゃけ下半身が大変なことになっている。そしてさっきから膝に座ってる子に当たってる筈なのだが――
「……? どうしたの、レオンハルト様?」
「……いや、何でも無い」
……こいつ……気づいてないのか……!?
妙に子供っぽい性格だが、この催しに参加してるということはこの後何をするか理解している筈。ならばこの股間の剣を知らないわけがない、とレオンハルトは確信する。
……ならこの行動は確信犯か……!
レオンハルトは急に目の前の無邪気な態度が怖ろしく見える。要するに無知を気取った小悪魔系なのだろう。どうりでさっきから妙に下半身を擦りつけてくるわけだ。気づいてないと思って及び腰になっていた自分が情けなく感じる。そういうキャラであるならこちらから斬りつけて突き上げてやったものの。命拾いしたな。
……いかん、思考が馬鹿になりはじめた……。
レオンハルトはそれを自覚していたが、しかし衝動が収まる訳ではない。
ならばそろそろ行くべきか、とレオンハルトは判断する。
魔物将軍や魔物隊長の目があるこの会場で、性的なことをするのは憚られるし、悟られるのも避けたい。手遅れかもしれないのだが。
もうさっさと部屋に言って自分の剣の王としての本性を解放して、股間のオル=フェイルを彼女たちに向かって存分に使ってやるのがいいのではないだろうか。彼女たちもそれを望んでいるだし。
……そうと決まれば。
レオンハルトは近くにいる彼女を呼びつけた。その相手は、
「――キャロル」
「はい! レオンハルト様! 何でございましょう!」
自らの使徒、キャロルを呼ぶ。いつも通り良い返事だ。
ならばこちらもいつも通りの態度で命令をする。レオンハルトは小走りで近づいてきたキャロルに視線を向け、
「そろそろ――」
いくぞ、と伝えようとした瞬間。
「――レオンハルト……」
「!?」
不意に、声が聞こえてレオンハルトは、はっとする。
……まさか……!?
その声量はそれほど大きなものではなかったが、何故かよく聞こえた。
そしてその声はレオンハルトにとってかなり聞き覚えのある声であった。
自分を呼ぶ声、それを発した人物は直ぐに現れた。
「っ!?」
「あ、貴方様は……!」
周囲のファンクラブはその姿を目撃し、自然と道を開け、膝を突く。そうするのが当然の相手だった。
その開けた道から、ふらふらとした足取りで小柄の少女が見えた。
白髪灼眼の少女、その姿にレオンハルトは息を呑む。
顔を俯かせながらやってくる彼女はまるで幽鬼のようだった。その覚束ない足取りがそれを加速させている。
その只ならぬ様子に誰も声を上げることが出来ないでいたが、唯一それに反応する者がいた。
キャロルだ。
それを見かけると、いつものように明るい声で、
「あ――スラル様!」
「!!」
その少女――魔王スラルに話しかけた。皆が驚愕し目を見開く中、その言葉にスラルが反応した。
「んん、キャロル……?」
「はい! レオンハルト様第一の使徒にして魔物界一の完璧使徒、キャロルですわ!」
「……レオンハルトは……?」
「レオンハルト様ならそこにいますわ」
口上を無視して質問をするスラルにキャロルはごく普通に対応し、レオンハルトの方を手で差し向けた。
「……レオンハルト」
「っ……な、何だ?」
何故か物凄い悪寒を感じて、声が震える。
レオンハルトが恐怖する中、スラルが顔をがばっと上げると、
「なんで私に黙って――」
彼女は、
「私に黙って――――酒宴なんて開いてるのよっ!!」
「…………あ?」
涙目で言った。レオンハルトが唖然とする。よく見ると、手には酒瓶が握られており顔が赤く染まっている。
「私だけ仲間外れなんて寂しいじゃない! ばちゅとして――」
そして地味に、罰、を噛んでいた。レオンハルトがまた別の意味で驚く中、スラルは叫んだ。
「――私を……全力で、もてなしなさい!!」
「………………」
それを見ていた皆が静まり返る。無言で、隣の者や周囲の者に視線を送りながら同じことを思った。
……これ、どうなるんだ……!?
「ほらぁ、早くー……レオンハルトはこっちでー、他は適当に。……やらないとお仕置きだからね!」
――彼女は、明らかに酔っていた。
本当は終わりまで載せようと思ってましたが、ちょっと待たせることになってしまうので断念。
その代り、今日はもう1話、夜にでも投稿します。0時前後くらいになるかな……