スラルや使徒達に行き先を伝えた翌日。
レオンハルトは休暇を迎え、魔王城から旅立つところであった。
城の前には見送りに来てくれた――
「いってらっしゃい。ちゃんとお土産買ってきてよね?」
「お土産はメシでよろしく」
「レオンハルト様! 後はわたくしにお任せ下さい! 立派に役目を勤め上げて見せますわ!」
「…………」
魔王スラルに魔人ガルティア。そしてキャロルとハンティの使徒二人。
いつもの面子が集まってきていた。
レオンハルトはその光景にやや呆れながら、
「ガキじゃねぇんだから雁首揃えて見送りとか……」
「む、別にいいでしょ。しばらく離れるんだし……」
「遠征の時とかよく離れてるだろうが」
「そうだけど……」
荷袋を肩に担ぎながら言うレオンハルトの前、素っ気ない態度にスラルが少し不満顔になる。
そして、その横にいた褐色の男、ガルティアが相変わらずの様子で肉を口に掻っ込みながら、器用に喋り始めた。
「ま、たまにはいいんじゃねぇか? 記念すべきお前の初休暇だろ。……んっ、これ美味いなぁ。お前も朝飯代わりの肉、いるか?」
「つってもこの面子だと目立つだろうが。……ほら、くれよ」
ガルティアから肉を勧められ、そういえば朝飯を食べてないことを思い出したレオンハルトは、珍しくそれを所望する。
「おお、マジで食うのか。そんじゃあ――」
ガルティアが軽く驚き、肉を持つ手を掲げると、
「――あーげた」
「…………あ?」
「よし、約束通り上げたからな……んぐんぐ、この肉美味くてな。油が少なくて朝方でも食べやすい。――ん? レオンハルト。その手はどうしたんだ?」
「……ちょっと出かける前にお前のことボコるわ……!」
「わー!? ストップストップ!! こんなとこで暴れちゃ駄目!」
レオンハルトが半ば剣に手を掛けていたところをスラルが慌てて止める。
それを見たガルティアがからからと笑いながら、
「ははっ、悪い悪い。どうにもまた面倒な事考えてるみたいだったからな。緊張をほぐしてやろうかと」
「ほらっ、ガルティアもこう言ってるんだから。抑えて抑えて」
「ちっ……」
なんなんだよ、と舌打ちをしながら興奮を抑える。スラルに言われてはそうせざるを得ないし、その理由にも自覚があった為だ。
そして自分の右側、キャロルもその理由を聞いていたのだろう、首を傾げながらこちらを見上げて、
「レオンハルト様? どうかしましたか?」
「ん……いや、まぁ、な……」
曖昧な質問に、しかしレオンハルトは微妙な表情でそれを肯定した。
何と言っていいものか、と額を抑えながら息を吐くと、
「……行く直前になってまた不安になってきてな……。俺がいない間に問題が起こったりしたらと思うと……」
「……もう、またその心配?」
スラルが半目になる。呆れているような生暖かいような、何というか駄目な子を見るような目で言う。いや、自分でもいい加減にしろ、と思うレオンハルトだが、どうにも考えてしまうのだ。
自分がいない間の対応や引き継ぎなどもちゃんと昨日の内にキャロルや魔物将軍に話しておいたし、大きな戦いがあるわけでもないのだから問題はない。そう、何も心配はいらないと頭では理解しているのだが……。
……俺、大丈夫か? 働きすぎて一種の病気みたいになってないか、これ。
と今度は自分に対しても妙な心配をしてしまう。やはり今の内に休暇を取って良かったのかもしれない。働きすぎると休んだ際に不安が募ってしまう。幸いにもそれを自覚できるのだから軽度のそれだろうが。
……切り替えないとな。
折角の休暇なのだ。やりたいこともあるのだから気分をもっと明るいものにしようとレオンハルトは改善に努める。
「……でもまぁ、言っててもしょうがないしな。切り替える」
「そうして。……はぁ、何だか私の方が心配になってきたなぁ……」
「あー……うん、悪いな」
不安そうに嘆息するスラルに軽く謝る。あまり考えすぎるのもよくないな、と嫌でも思わされてしまうレオンハルト。
……そろそろ行くか。
あまり長いこと立ち話をするのもよくない。しかもこんな場所では余計に目立つわけだし。
故にレオンハルトは軽く息を入れると、皆に向かって、
「――それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃいませ! レオンハルト様!!」
「おー、適当に楽しんでこい」
「……ん、あー……いってらっしゃい」
キャロルは元気よく、ガルティアは軽い調子で、そしてあまり話に入ってこず、何とも取り繕った表情を浮かべているハンティが挨拶を返すと、
「……レオンハルトっ」
「……?」
スラルが一歩前に出てくる。改まって名前を呼び、さらには微妙にそわそわとした様子にレオンハルトが疑問符を頭に浮かべる。普通に別れの挨拶をするだけなのだが、何を言うのだろうかと。
「えっ、と、その……っ」
言葉が出ないのか、何度か声を出そうとして取りやめる。というのを繰り返す。何を言うべきか迷っているのだろうか。しかし、最終的には少し遠慮気味に微笑を浮かべると、
「き……気をつけて楽しんできてね?」
「…………」
と、時間を掛けた挙げ句、スラルはそう口にした。
そしてその言葉とスラルが悩んだ意味を、ふっと理解し、レオンハルトは肩を竦める。
……しょうがないやつだな……。
自分が言えたものではないが、その気づかいの仕方は心にしこりが残るだろう。
無論、気持ちはわかる。故にレオンハルトは口を開き、
「……スラル」
望んでいるであろう言葉を口にした。
「……出来るだけ早く帰ってくる」
「――っ!」
スラルが目を見開かせて驚く。
そしてどうやら当たっていたようであり、呆気にとられて固まっているスラル。だが、
「…………ん」
レオンハルトがじっと視線を合わせながら笑みを浮かべているのを感じてその言葉を飲み込むと、今度は先程とは違う、ちゃんとした笑顔でやりとりを交わす。
「――いってらっしゃい! レオンハルト!」
「――ああ、行ってくる」
レオンハルトはスラルのその表情に、不安が完全に払拭されたことを確信し、彼女達に背を向ける。そして思うのは先程の言葉の意味だ。
……言いたくても言えなかったんだろうな……。
そう。彼女は自分に対し、早く帰ってきてね、と彼女はそう言いたかったに違いない。
だが今まで長いこと働いてきて休暇も満足に取れていない自分が、ようやく取れた自分の時間。それに水を差すようなことは出来なかったのだろう。
故に出た言葉が、気をつけて楽しんできてね、だ。
何ともまぁ、優しい彼女らしい言葉である。おかげで肩の荷が下りた気分だが。
レオンハルトは魔王城を背に、どんどんと足を進めて距離を離していく。もう自分の声は彼女たちに――彼女には聞こえないだろう。
故に、レオンハルトは言葉をそのまま宙に放った。
「――全く、たかが休暇だって言うのに、大袈裟なやつだな……」
その声色は、言葉に反して温かさを含んでおり、
「……早めに戻ってやるかな」
レオンハルトはスラルのことを思い、そうして普段よりも軽い足取り旅路へと向かっていく。
先程までの緊張や不安は、綺麗さっぱりと無くなっていた。
――レオンハルトの休暇、○日目。とある家にて。
――前略、スラル様へ。
新緑が眩しい――些か眩しすぎる季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか? 因みに私は元気です。
さて、先日はいたらぬ私に休暇を与えて下さりありがとうございました。おかげさまで充実した余暇を堪能しております。
……えー、何だか面倒、そして余裕が無くなってきたのでこの話し方やめます。手紙の正式な書き方なんてうろ覚えだし、そもそも誰に言うでもないのですが。
……というわけで、レオンハルトだ。魔人四天王、魔軍参謀を拝命している。
さて、あまりにも状況が意味不明過ぎて狂乱してしまったが、状況を整理しよう。
自分は今、休暇で魔王城を離れている。実に320年振りのまとまった自分だけの時間だ。そして、その休暇を利用して旅行に出かけたわけだが。
……いや、うん。実に良い休暇を過ごしていると思う。これに至った経緯は諸説あるだろうが、今の状況は少なくとも世界の半分の生き物が羨ましく思うのではなかろうか。
徐ろに辺りを見渡す。自分が今、寝泊まりしている場所は木造の一軒家だ。と言っても内装は質素で手狭。簡易的な台所や何とか使える程度のボロボロの机と椅子。生活感どころか人が住んでた痕跡すら無いような埃被った室内。その他にも生活に必要最低限のものしかない家。さらに言うなら立地はどこにあるのかもわからない一面の森の中。
正直掘っ立て小屋よりはマシ、といった程度の家である。
幸いなのはベッドだけはあることか。一人用の小さなベッドとシーツ、後は申し訳程度の毛布しかないが、これもないよりはマシである。
……今のところ、全くもって羨ましい部分はないし、良い休暇とも言えないが問題はそこではない。
自分は今、その一人用のベッドの上で枕側を背もたれにして座っている。部屋の中には塩気がないもののそこそこにいい香りがする――って、熱っ!
「――っ!」
レオンハルトが思わず咳き込む。
すると――
「――だ、大丈夫か?」
目の前からこちらを心配する声が聞こえてくる。ハスキーで、しかし聴きやすい、女の声だ。
それもその筈、視界の中にいるのは紛れもない女性。しかも飛び切りの美女だ。
そしてその美女は顔をしかめさせたこちらを見て、
「……やはり、私の料理は口に合わなかっただろうか……?」
と落ち込み気味に発言する。その手元には小さな器に入った煮込み料理とスプーンがあった。
レオンハルトはそんな女性の言葉を否定するように、
「い、いや、そんなことない。少し熱くて戸惑っただけだ」
「……それなら良いのだが……ん……」
そう言って胸を撫で下ろす美女。そして何かを考えるように言葉を止めると、何を思ったか、
「……こ、こういう時は――」
「ん?」
彼女が手元に持った料理をスプーンで掬うと、それを自らの口元に持っていき、
「ふー、ふー……」
と息を吹きかけた。
熱い、と言ったのでおそらく料理を冷ましてくれているのだろう。
故に次に取る行動は先程と同じ、
「こ、これくらいでいいか……よし」
料理の入ったスプーンをこちらの口元にぎこちない様子で持っていき、
「あ、あ~ん……」
「…………」
恥ずかしそうに顔を赤らめながら、そう声にだした。
やはり何度やろうと恥ずかしいものは恥ずかしいらしい。だが、それを受けるこちらは、
「…………あーん」
こちらが恥ずかしがってもしょうがないので、普通にそれを口に含む。程々の暑さの料理が口の中で広がる。その料理を味わいながら、レオンハルトは、
「ん……どうだ……?」
それを受け渡す為に彼女が前に屈んだ際、その豊かに膨らんだ胸元を見てしまい、
……スラルやキャロルには無いもんなぁ。
とそんな失礼なことを思い出してしまう。自分の周りにいる女性はこの辺が足りてないよな、と。スラルは言うに及ばず、キャロルやハンティも持たざるものであり、男として視界的には少し寂しいものだ。持ってるのはカミーラくらいのものだが、あれはあからさまに見ると殺されそうなので基本的に視線は向けない。
とそこでレオンハルトは余計な思考から脱出すると、その料理の味を少し考えてから、
「……やっぱ悪くないな。料理を殆ど作ったことないんだろ? それにしては上出来だ」
「う、うむ……頑張った、が……そ、その……」
「……? どうした?」
何故か、どんどんと顔を赤くする彼女に、レオンハルトは様子がおかしいな、と視線を合わせにいく。
すると、
「あ、その、だな……」
どうやら言ってくれるようなので、レオンハルトは催促するようなことはせずに彼女の言葉を待つ。ややあって、視線を逸しながら、
「あ……あまり見ないでほしいんだ。その……」
彼女はちらちらとこっちを見ながら、
「……き、君に見られると……恥ずかしい」
「………………」
と、そんな事を言ってきた。
その彼女の様子は何というか、意識しているのがバレバレであり、気恥ずかしい様な何とも言えない気分にさせられる。レオンハルトは天井を見上げて今の状況を思う。
クールな印象の大人びた巨乳美女に、満更でもない様子で献身的にお世話をされている。
……何だ、これは……夢か? 夢なのか?
随分と都合の良い展開に一瞬、自分の認識を疑ってしまうレオンハルトだが、五感から来る情報から今起こっていることは間違いなく現実であり、断じて自分の夢や妄想ではないことがわかる。
ならばどうするか、と考えてみるも幾ら自問自答を繰り返してもその結論は変わらない。
――まだ、ここにいるしかない。
今はまだここから去ることは出来ない。故に、しばらくはこの状況に甘んじるしかないのだ。レオンハルトは口を開いて三口目を食べさせてもらいながら改めてそう決心する。
だが、それでもやはり思うのは、
……何でこんなことに……。
レオンハルトはそれを思い起こして内心憂鬱になる。
自分は何故、こんな場所で、目の前にいる彼女――
「あ、あ~ん……」
「……あーん」
――夜の王、ケッセルリンクとイチャイチャと同棲生活を送っているんだろうか。
それを思い、レオンハルトは内心で嘆息し、
……すまん、スラル。早く帰るとは言ったが……色々あって……まだ、帰れそうにない……。
魔王城からほど遠いその場所で、レオンハルトは心の中でスラルに侘びた。
――巨乳美女とイチャイチャしてるけど怒らないでね? と――
スラル「…………」