――魔王城
ルドラサウム大陸の東部。そこは魔軍の――魔物達の拠点であった。
魔王城。魔王スラルの居城であり、SS歴に入ってスラルが魔物達に造らせた城がそれであった。
その中の一室。幾つかの本棚が並べてある書斎が特徴的で、他は椅子や机、ベッド等普通の家具が立ち並ぶ。
そしてそれに隠れるようにして幾つもの魔法トラップが仕掛けられたその部屋が魔王スラルの私室であった。
そこには二人の強大な力を持った存在がいた。
一人は魔人レオンハルト。金色の髪を持つ美丈夫でその力は人間であった頃よりも遥かに増しており、その鋭い双眸を一点に捉えて離さない。
そしてもう一人は当然、この部屋の、この城の主である世界の支配者。魔王スラル。
一見可愛らしい少女であるが、その力は神などを除けばあらゆる生物の頂点に立つ存在である。
そんな彼女も自らの配下である魔人と視線を合わせたまま離さない。
そして魔王は何度めかになる命令を魔人に下そうとしていた。彼女の小さな口がゆっくりと開く。
「――レオンハルト。貴方は……」
「――嫌だ」
「…………!」
瞬間、スラルの怒号が響き渡った。
「っっっ! なんで断るのよ!!!」
魔王の一喝は部屋を揺らす。余波ですら生物を縮こまらせるには十分だ。
しかし、レオンハルトは嫌そうな顔をしたまま短く答えた。
「……いや、なんで俺が魔人筆頭にならなきゃなんねぇんだよ……」
魔王の配下である魔人に栄えある転身をした俺こと魔人レオンハルトは魔王城の魔王様の一室に連れてこられていた。
魔人になることを受け入れ、さてどんな役目というか、どんな働きをさせられるのだろうかとか色々考えてしまう。
といっても俺に出来るのは戦うことくらいだ。部隊の指揮なんかは任せられるかもしれんが、魔軍には魔物将軍という知恵の回る便利な魔物がいるのだからそんなにやることはないだろう。
魔人であることから魔軍での地位は高い。しかしながら、魔人の中では俺は新参者であるわけだ。
下っ端とまではいかないが、魔軍と魔人を繋ぐ中間管理職的な立場になることは明白……というかそれが適当である。
と思っていたのだが、言うに事欠いてこの魔王少女スラルちゃんは俺が考えていたこととは正反対のとんちんかんな事を言いやがった。
魔人筆頭。
言葉を額面通りに受け取るなら、魔人のトップ。最高位の称号だ。
それを俺みたいな木っ端の人間の魔人が就任って、前世なら陰湿ないじめが起きるところだ。
というかここだといじめだけならまだいい。下手しなくても戦いを挑まれる。相手が俺より強けりゃ俺が死ぬ。
それを俺に命令している張本人、スラルは怒ったように俺を見上げる。
「というか何で私の命令に逆らうのよ! 貴方、私に忠誠誓ったでしょ!」
「いや……確かに誓ったけど……なぁ」
「歯切れが悪い! 約束はちゃんと守らないと駄目なんだからね!」
「ああ、うん……まぁ、そうだな」
「だったら頷きなさいよ! 絶対命令権使うわよ!」
「どんな脅しだよ……」
なら普通に絶対命令権使って命令すりゃいいのに、とは言わない。そんな事を言えばマジで魔人筆頭になってしまう。
「というか大前提なんだが……魔人筆頭って何なんだ?」
「魔人の最高位の称号よ。私が作ったの」
「何でちょっと自慢げなんだ。そういうことじゃねぇ。一体どういう事するんだ?」
というか魔人筆頭ってスラルが作ったのか。それは初めて知った。
「ん……仕事とかはあんまり、仕切ってもらったりはするかもしれないけど他は何もしなくていいわ」
それに、と一旦区切ってスラルは続ける。
「魔人四天王と違って別にそこまで強くなくてもいいしね」
「何だそりゃ。じゃあ誰でもいいって事か?」
記憶だと魔人の中でも強い奴が魔人筆頭になっていた憶えがあるんだが、そうじゃないのか?
「そういう訳じゃなくて、えっと、魔王にとってお気に……いや、贔屓。……でもなくて」
スラルは俺の言葉に少し言葉を選んでいるようだった。
「だから……私が作った――」
そこでスラルはようやく我が意を得たのか声を大にした。
「そう! 貴方は私が初めて作った魔人なのよ! だから魔人筆頭になるべきなの!」
「…………」
何だそれはつまり。
自分の作った魔人は近くに置いておきたいってこと、か?
思い出してみるが、確か魔人筆頭であったのは……ガイ、と……ホーネットだったか?
それらの共通点。サンプルが少なすぎてなんとも言えないが、その当時の魔王が作った魔人というのは共通してるだろう。
だが、それだけなら他にも沢山いるだろうし、条件はそうじゃない。
いや、違うな。多分、これはもっとシンプルな問題だ。魔人筆頭を決めるのは魔王。ならそれに選ばれるのは――
……最も魔王に気に入られた者、か。
…………いや、でもなぁ。
何だかやぶさかでもない気がしてきたが、それでもデメリットを無視することは出来ない。
せめてもうちょっとどうにかならないものか。
「なぁ、せめてもうちょっとこう……どうにかならないか?」
「? どうにかって?」
「いきなり最高位の称号なんてもらっても角が立つだろ? 最初はちょっと下で周りに認められるまで様子を見た方がいいんじゃないか?」
「……んー、そうね……」
スラルは目を瞑って考え込みはじめた。
そんな時だ。部屋のドアがノックされたのは。
「魔王様。そろそろお時間ですが……」
おそらく魔物隊長か魔物将軍であろうその声にスラルは反応した。
「……わかったわ。レオンハルト、行くわよ」
「行くって、何か用事でもあるのか?」
スラルは考え込んだ状態のまま、片手間のように俺の質問に答えた。
「……貴方のお披露目よ」
魔王城の謁見の間。
魔王が座る玉座があるその一室には、既に魔軍の重要人物が集められていた。
魔軍の幹部である数体の魔物将軍。それに追随する数体の魔物隊長。
そして彼らより少し離れた視線の先には――魔人。
数こそ少ないものの魔王を除けば大陸の絶対強者である彼らには魔物将軍とはいえ迂闊には近づかない。
遠巻きに畏怖と敬意を込めた視線を送るだけだ。
その中でも特に視線を集めているのは二名の魔人。
「…………」
魔人メガラス。
この大陸にやってきた宇宙人ホルスの魔人であるメガラス。
無口で何を考えているかは誰にもわからない。
しかし、前魔王アベルの時代より戦ってきた最速の戦士は魔軍の中でも特に畏怖されている。
だが、そんなメガラスよりも更に、魔王に次いでの崇拝を集める存在が一人。
「――――」
周囲に与える威圧感はその実力だけではない。彼女の圧倒的な美貌も要因の一つだろう。
白い肌に、見ているだけで滑らかさを感じる長く青白い髪。
その体つきは女性としての魅力が詰まっており、端正な顔立ちが見る者に息を漏らさせる。
女性としての黄金率、一つの正解形がそこにいた。
魔人カミーラ。
第二世代メインプレイヤー、ドラゴンの生ける王冠。プラチナドラゴンの魔人である。
その美貌でラストウォーの切っ掛けにもなった魔人は退屈そうに虚空を見ていた。
そしてもう一体。そんなカミーラをチラチラ見ながら、部屋の隅で隠れるようにしている魔人がいた。
「カカカミーラさん、相変わらず綺麗だなぁ……眩しすぎるぜ……」
彼こそが初代魔王ククルククルに作られた最古の魔人。
魔人ケイブリス。
リスの魔人であり、魔人になって二千年以上経った今も魔人としての実力は低く、ともすれば魔物将軍や魔物隊長にすら負ける最弱の魔人である。
他にも数体の魔人がいるも、彼らは皆魔王が現れるのを待ちながら、遠巻きにカミーラに視線を向けたりして手持ち無沙汰そうにしていた。
ケイブリスを気にかける者はいない。それはこの場に限った話でもなく、大体いつもそうだ。
気にかけられるのは仲間である筈の魔人からいじめられる時くらいである。
今更そんなことを気にした様子もなくケイブリスは独り言を呟いた。
「ていうか遅ぇな魔王様は……」
それはこの場にいる者の代弁でもあった。いちいちそんな事を口にする者がいないだけで、この場にいる者の内心は魔王の遅れと魔王が連れてくる魔人の存在で占められていた。
新しい魔人の紹介。魔王スラルが皆を集めた理由がそれだ。
魔物将軍らはともかく魔人達はそんなことでいちいち全員集めなくてもと思わないでもなかったが、魔王の命令には逆らえない。こんな事で機嫌を悪くして殺されでもしたら最悪だ。
それで欠席は一人もおらず、全員時間どおりに集まっている訳だが、興味が無いわけではないため、新しい魔人の存在に思考を巡らせる。
集合がかかるまでの間、幾つかの情報が魔軍内には流れていた。
曰く、元は人間で剣の王と呼ばれていた魔人である。
魔人達は何となく聞いたことがあるという程度の認識だったが、魔物将軍達はその事実に恐れを抱いた。
魔物将軍はその指揮能力もさることながら、強さも魔物の中で上位であるエリートである。
そんな彼らを何体も単身で倒してきた剣の王。そんなやつが魔人になる。
だが、恐れと同時に喜びを感じたのも確かだ。それだけ強い奴が魔人に、味方になったのならば頼もしい。
「人間の魔人なぁ……つってもどうせ俺様より強いんだろうが」
その魔人が弱いことを望んでいるケイブリスはしかし期待出来ないと息を吐いた。
そもそも魔王スラルが人間だ。ククルククルやアベルより弱いと言っても魔王は魔王。
人間の一個体が脆弱でも魔人になったのなら別。ケイブリスはその事実に暗然たる感情を抱く。
さて、ならばどうやって媚びようか。そんなことをケイブリスが考えた時。
「――!」「――!」「――!」
居並ぶ魔物隊長、魔物将軍、魔人がそれを感じ取った。
この場で最も強いであろうカミーラ。それを凌駕する絶対的な圧。
「……待たせたわね」
魔王スラル。
ゆっくりと部屋に入ってきた彼女に彼らは膝を突き、臣下の礼を取る。
そして礼を取りながら、ちらりと皆が盗み見る。
魔王の背後から付いてくる人間。
だが、魔に属する彼らは直ぐに理解した。人間の姿を取っていても隠しきれない存在感。
――あれが新しい魔人か。
皆がそれを認識した。
金色の髪に紅い瞳。黒を基調とした服を着た青年。
幾つもの視線を受けながら二人はゆっくりと玉座に近づく。
そしてスラルが玉座に掛ける。
「楽にして」
短いその言葉で居並ぶ面々は立ち上がる。
「皆に紹介するわ。彼が――」
そこでスラルは一度言葉を区切り、横目で隣にいる魔人を見る。
そしてはっきりとした口調で宣言した。
「魔人レオンハルト。新しい魔人四天王」
「――!?」「――!?」「――!!???」
魔王の言葉に謁見の間が騒がしくなる。いや、厳密には誰も言葉は発していない。
彼らの内に渦巻く感情は驚愕。その言葉に尽きるだろう。一番驚いているのが、件の魔人であることには誰も気が付かなかったが。
しかし、彼らの驚きはそれだけでは済まされなかった。
「そして……新たに魔軍参謀という職に彼を付けるわ」
その言葉に皆が絶句する中、今度こそ口を噤ませることが出来なかった者がいた。
「――お、お待ち下さい!」