――レオンハルトの休暇四日目。大森林地帯にて。
森の中はざわめいていた。
空は晴れており、昼の陽光が木々の隙間から森のあちこちを照らしている。
その下で、音を鳴らし動く者達がいた。
魔物ではない。人間の男達だ。
彼らは大森林より南に位置する王国の戦士団であり、誰も彼もがその身に鉄製の鎧と剣を装備し、何やら慌ただしい様子で右に左に動いている。
そんな中でいて、動きが少ない者達がいた。
陣の中央、周囲の兵士達よりも豪奢な鎧を着込んだ男達。彼らは各部隊を指揮する隊長達であり、その顔つきや落着き様からも歴戦の兵士であることは明らかであった。
そしてその中でいて、更に一人。屈強な兵士たちの中にいて更に大きい男がいた。
筋骨隆々、といった言葉が相応しいごつい身体を持つ大男は、その身体に見合った分厚い鎧を着て、どっしりと岩の上に腰掛けていた。
そしてその目が森の奥を見据えている。何が見えるというわけでもない。
ただその瞳は、これからのことを期待しているように見えた。
大男は我慢出来なかった。故に、近くにいる兵に声を掛ける。
「――おうい!! そろそろ準備は終わったかあっ!!?」
大きな身体に見合うデカい声。ともすればその場にいる全員に聞こえてしまいかねないのではないか、と近くにいる隊長達が錯覚してしまうほどだ。
その声に反応したのはほぼ全員だったが、その中の一人だけが代表して前に進み出た。
「後、ほんの少しお待ち下さい! アーノルド戦士長!」
アーノルド、と呼ばれた大男がその彫りの深い顔を声の方向に向ける。そして再度、大きな声で、
「ほんの少しってどれくらいだあ!?」
「時間にして――おそらく、後10分もすれば出撃出来るかと!」
隊長の言葉に、アーノルドは頷いた。
「おうっ!! 最初からそう言えバカ野郎!」
「はっ! 申し訳ありません! アーノルド戦士長閣下!」
敬礼し、謝罪をする隊長にアーノルドは再び大きく頷く。
そして膝をぱんと叩くと、今度は兵に向かって、
「10分なら時間はあるな! ようし、お前っ!」
「へっ? じ、自分でありますか!?」
おう、とアーノルドが笑みで答える。突然の指名に狼狽える兵士に構わず、アーノルドはその馬鹿でかい声で手を上げると、指を三本だけ指し示して、
「――酒! セックス! そんで決闘! 俺がやるのはどれがいいか選べ!!」
「…………ええっと」
上官の言葉でありながら思わずもごもごとしてしまう兵士。しかし周囲に咎めるような雰囲気はなく、代わりに、また始まった、と言わんばかりの呆れるような視線が見える。
それに気づいていないのか、気にしていないのか、そのどちらでもありそうなアーノルドが更に続けて、
「酒なら今直ぐ酒樽を持ってこい! セックスなら捕まえてた女を連れてこい! 決闘なら――」
そこで一度だけ言葉を溜め、その背からはみ出していた大きな得物を掴んだ。
大柄なアーノルドと同等の大きさを誇る戦斧。それを掴み、
「――この俺と戦えい!!!」
「っ――」
その戦意を身体から周囲に発散させるように飛ばした。歴戦の兵達が身体をぶるりと震わせる。自分達よりも遥かに強い強者のオーラとも言うべき闘気に身震いを抑えきれないのだ。
そしてそれを一身に向けられた兵は、
「あ……うっ……!」
どうしていいかわからず、言葉を詰まらせた。頭では理解している。早く答えねば、と。
選択は実質二択。決闘だけは避けたい。故に酒かセックス。そう答えればいいだけの話なのだが、中々に声が出ない。
そうこうしている内に視界の中のアーノルドがじれったいのか眉をひそめ始めた。まずい、今直ぐ言わねば、と決意したその瞬間――
「さ、さ――」
「――遅おい!! もう面倒だ!! 全部やるぞ!!!」
と、声を張り上げ、そう宣言した。兵士が呆気に取られる中、アーノルドは再び、別の者達に顔と指を向け、
「お前は酒樽を持ってこい!! そんでお前は女を連れてこい!!」
「は、はっ!」
「か、かしこまりました!」
指を突き付けられて一瞬ビクッとした兵達であったが、とばっちりは受けたくないのだろう。直ぐ様了解の返事を返し、命令通りそれらを持ってくるため、逃げるようにその場を後にした。
そしてアーノルドが立ち上がる。兵士の前まで近づき、
「ようし! お前は俺とやり合うぞ!!」
「!? そ、それは……」
勘弁してくれ、と言わんばかりに表情を歪める兵士。しかし断れるはずもない。
結果、アワアワとしながらも剣を構えるしかないのだが、アーノルドはそれを見て口を大きく開き、
「がははははははっ!! 心配するな! 死ぬまではやらん!! 適当に暴れて動けなくなったら後方に回してやる!! それでいいなっ!?」
「は、はい……!」
その言葉に兵が少しだけ安堵の息を漏らす。だが、
「まあ当たりどころが悪かったら死ぬから防御はちゃんとしろよ! がははははははっ!!」
「え、ええっ!? そ、そんなぁ……!?」
そんなの出来るはずもない。思わず情けない声を出してしまうが、それも致し方ないだろう。
助けを求めて、周囲に視線を巡らせるも、
「戦士長ー! 出撃までには全部終わらせてくださいよー?」
「戦いは一瞬で終わるだろうし、酒が一番時間かかりそうっすねー」
「はははっ! そうだな! 戦士長は早漏だし、セックスは直ぐ終わるだろうしな!」
古参の隊長達はこちらを遠巻きに眺めながら、呑気に笑い合っていた。出撃前だというのに酒瓶を取り出して、それらを呷っているのは、酒の肴にでもするつもりなのだろうか。
その声を受けアーノルドは豪快に笑う。
「がははははははっ! 問題ない! 全部直ぐに終わらせてやる!! 酒もセックスも決闘も――」
そして一息、戦斧を振り回し、
「――カラーとの戦いもな! お前ら、今日中に制圧して終わらせんぞ!! ウォーミングアップ、ちゃんと済ませとけ!!」
「応――!!」
アーノルドの号令に誰も彼もが声を上げた。
彼らは王国戦士団の主力部隊。
昨日までの前衛部隊とは桁違いの練度を誇る精鋭であり、
「がははははははははははっ!!! 今日も楽しいことがあるといいなあっ!!!」
それをまとめる彼――アーノルド・ホーガン。
王国最強の戦士である彼とその部隊がカラーの集落に襲いかかろうとしていた。
「……なんかうるせぇな」
突如、森が震えたような感覚を得た魔人レオンハルトは眉をひそめてそう呟いた。
翔竜山に向かうため、それを囲うように位置する大森林地帯に少し前に足を踏み入れた彼は、ひたすらに足を進めて森の中を行く。
しかし、木々の隙間から時折見える翔竜山を目印にしながらも一旦立ち止まる。そうして背後を軽く振り返り、
「……ひょっとしてさっきいた人間の部隊か?」
そうして思うのは、先程、森に入る前に見た光景。
大勢の人間達が、集団で森を出入りし、何やら物々しい雰囲気を醸し出していた。
……十中八九、軍だろうな。
その装備もさることながら、雰囲気から、レオンハルトは彼らが人間の部隊で、それもこの森を攻めることを目的としていることを察する。
魔軍参謀として普段は魔軍を統括し、指揮する立場にあるレオンハルトは経験や知識からそれが分かった。
単純にこの森が人間の支配地域ではないこともそうだが、それよりもレオンハルトは彼らの士気の高さに注目した。遠目にみた限りでも、迅速で活気のある動きであり、そこらの雑兵ですら高い士気を保っていた。
レオンハルトは思う。軍という組織は守りよりも攻めで活気づくものだと。
やはりどんな者でも自分達の命や生活圏が脅かされるよりは、攻めて脅かす側に回った方がいいと考えるだろう。
それは生き物としての本能に近いものがある。
どんなに綺麗事を述べようが、人は他者から何かを奪うことを好む一面がある。人間の残虐性というやつだ。
勿論、守ることで生存本能や防衛本能が働き士気が増すこともあるが、それは比較的、長続きしないものだ。どんな屈強な精神をもつ人物も、戦いが長引けば当初にあった高い意気は薄れてくる。一般の兵達など言うまでもない。
指揮官は防衛戦の際、士気を保つのに苦労するものだ。
それに比べると攻勢は士気を保つのにあまり苦労しない。
数や相手、その後の報酬などの条件を整えてやれば、簡単に士気が上がってしまうのだ。
どんなに疲れていようと、優勢であれば士気は保たれる。何を優勢とするかは状況によって様々だが、攻めと守り、というのはそれをはっきりと二分させる分かりやすい指標の一つなのだ。
そして今いる人間の軍勢は、それがはっきりと現れているように見える。
高揚した現場の雰囲気と肌がひりつくような、張り詰めた空気。
まさしくレオンハルトの知る――戦場のものだ。
「…………」
故に、レオンハルトは一瞬迷う。どうするべきか、と。
この森に攻め入るということは、まず間違いなく相手はカラーである。この森林地帯を治めているのはカラーなのだからそれは当然。
そして自分は、そんなカラーと縁がない――わけでもない。
他ならぬ自分の使徒――ハンティがカラー出身であるからだ。その縁から、レオンハルトは魔軍参謀として、魔軍をカラーの集落に攻め入らせたことはここ100年では皆無だ。
まあ元々、戦線を広げるのも面倒な上、人間との戦闘で部下が満足するなら、わざわざ亜人種にまで手を出すことはない、と考えていたので元よりあまり手を出していない地域なのだが。
それにいつだったか、とある魔物将軍がカラーの森を攻めたいというので許可を出して、魔軍の一個軍くらいがカラーの集落に攻め入ったことがあった。
だが、魔軍はあっさりとカラー達に追い返されてしまっていた。魔人がいなかったとはいえ、それほどまでにあっさり負けるとは思ってなかったため、少なからず驚いた覚えがある。というか今にして思えば、
……ハンティが追い返したんじゃねぇか……?
使徒になる以前のハンティがいたなら一個軍くらい追い返されるのも不自然ではない。
でもその場合、全く報告が上がってこなかったのが気になるが――
……ま、いいか。
レオンハルトはその考えを頭から消す。そんな過ぎ去ったことよりも重要な、考えなければならないことがある。
そう思い、思案するレオンハルトだが、
……手を出す……のも違うか。
考えるのは即ち――戦場への参戦。
使徒との縁からカラーに味方し、人間を追い払う選択。それを考え、しかし、直ぐ様それも振り払う。
……休暇中に戦争に参加するってのもアレだが……それよりも加担する理由が薄いな。
レオンハルトは現在、休暇中。魔軍参謀としての仕事をしているわけではないが、それでも魔人としての立場はある。理由なく一応亜人種であるカラーに味方するのはあまりよろしくない。
せめて直接、ハンティに頼まれたり、ちゃんとしたメリットがあるなら快く参戦してやるのだが――如何せん、それがない。
それに、だ。まだ負けると決まったわけではない。
人間の軍、その数は中々のものであったが、レオンハルトが見る限り、戦いは一日では終わらないだろう。
ならば、と。レオンハルトは再び歩みを再開した。本来の目的である翔竜山に向かうためだ。
……ま、帰り際に危なそうならそれとなく助けてやるか……。
と、考えレオンハルトは先を急いだ。もう森に入って結構な時間が経っているし、そろそろ同じ景色を見るのも億劫になってきた。
……というか、本当に面倒だな。この森。ちゃんと山の方に向かってるはずなんだが……。
まさか迷子にはならないだろう、とレオンハルトは苦笑しつつ森の奥に向かっていこうとして、
「――お」
「…………」
森の中で、宝箱だんごを見つけた。
地面から肌色の手と顔が生えたような魔物の一種。その手には宝箱を抱えているレアモンスター。
それを目撃しレオンハルトは何気なく、剣を振るう。だが、
「…………!」
「あっ」
逃げられる。不意に振るった斬撃は木を根本から斬り落とした。
レオンハルトは息を吐く。宝箱だんごはその回避力と素早さが特徴のモンスターなのだ。
宝箱を狙って倒そうとする冒険者が後を絶たないが、生半可な腕では攻撃を当てることすらできない。
……にしてもあの宝箱だんご、やるな。
真面目にやっていないとはいえ、自分の攻撃を躱すとは中々の強――素早い個体なのかもしれない。
「……今はいいか」
レオンハルトはその場を後にする。逃げていった宝箱だんごを追いかけることも出来なくはないが、そこまでするほど興味があるというわけではない。
なので再び翔竜山に向かって足を動かす。宝箱だんごのことは綺麗サッパリ忘れることにした。
――1時間後。
「……おかしいな。いつまで進んでも辿り着かない」
レオンハルトは森の中で首をひねっていた。
距離的にはもう森を抜けてもおかしくないはずなのだが、未だに景色は森の中。しかも同じ景色をぐるぐると回っている気もしてきた。
そのことを思い、レオンハルトはある可能性を鑑みる。
……まさか、な。
だがそれはないだろう。いくら森の中が迷いやすいといっても、いい大人、どころか300年以上生きた魔人である自分が森の中で――
レオンハルトは頭を振り、再び歩みを進める。きっともう少し進めば森を抜けるだろう。
と、振り向くと、
「…………」
またいた。宝箱だんごだ。
先程と同じ個体だろうか、感情は見えないがどことなく驚いているように見える。
レオンハルトは徐ろに剣を振り抜いた。
「…………!」
躱される。斬撃は近くにあった岩を両断した。
そして、宝箱だんごがじっとこちらを見てくる。黒い目と口がこちらに視線を寄越し、
「…………」
目を細め、身体を揺らした。少しイラッとする。
……いや、待て。落ち着け。
レオンハルトは息を吐いて、苛立ちを収める。あんなものにムキになってどうする。
今、大事なのは森を抜けることだ。攻撃を躱されたくらいで一々――
……ん、そういえばコイツ、さっきも会ったな……。
だとするなら、今の仕草は、
「…………」
……いや、やめよう。そうであったとしてもくだらんことだ。
例え自分が宝箱だんご如きにそう思われて馬鹿にされていたとしても詮無きことだ。
……無視だ、無視。
レオンハルトは宝箱だんごを横目にちらりと見てから、再び森の中を進んていった。
侵攻は一方的な突撃から始まった。
大森林地帯を横一列になり、厚みのある白の戦士達が突っ走る。彼らは同程度の距離を保ち、森の中で見失わないようにしながらカラーの集落を半包囲するようにしていた。
その数、実に――五万の軍勢。
後方に数千の予備兵力と補給部隊を残し、その他全ての人員を森に投入した、全身全霊の力押しだ。
先頭、前線を行く隊長が声を張り上げる。
「進め――!!」
その声に従い、兵士たちが前進していく。
だが、それを許さない者達がいた。
「あぐっ――」
兵の一人が突如、前方から飛来した矢に頭を撃ち抜かれて即死する。
それを境に多くの矢、魔法が兵達に襲いかかる。
森の奥、木々の隙間から人間を狙い定める者達がいた。
「狙い撃て! これ以上、人間を森に侵入させるな!」
「はい――!!」
水色の髪と長耳を持つ女性の集団。
カラーの戦士団だ。
彼女たちは弓を携え、そうでない者達も魔法を詠唱し、人間達の前進を食い止める。そうして少なくない数を討ち取ることに成功するも、先頭集団にて生き残った者達と後続が継ぎ目なく進んでくる。先頭にいる隊長が、
「構わず進み続けろ!! 弓も魔法も一度放てば直ぐには放てん!」
そのまま速度を落とさずに進む。
だが、隊長の言葉とは裏腹に、弓や魔法は途絶えることはない。
その理由は当然のものだった。
視界の奥、見えるか見えないかギリギリの距離でカラー達が並んでいる、横一列に並んだそれは、今まさに矢と魔法を撃ち込んできた集団だ。
しかし、彼女たちは一旦、それを終えると後ろに下がる。
それと同時に別の集団が前に出てくる。隊長と思わしき女性の声が響いた。
「第二部隊下がれ! 次、第三部隊前へ!」
「はいっ!!」
カラーの防衛隊隊長。その声に従い、集団が統制を守ったまま前後が入れ替わる。
そして弓を番え、魔法の詠唱を始める。一団がそれを終えたのと同時に、カラーは声を張り上げた。
「撃て――っ!!」
「――!!」
その声とともに、森の間を矢が、魔法が、人間の兵に向かって飛び交っていく。少なくない犠牲と共に、生き残った兵達が思わず言葉を吐いた。
「くっ……! あんな正確に狙ってきやがって……!」
木々の隙間を縫うようにして飛来するそれらに人間達は驚愕する。
だが、彼女達、カラーの戦士にとってこれらは当然。生まれた時からこの森に生きるカラーには、自然の木々は障害物とならない。
「――がっ!?」
突如、別の方向からも弓が飛んでくる。
木々の上に潜む、カラーの遊撃隊の仕業だ。
彼女たちは木の枝を足場に、森の中を地面にいるのと同じ様に滑らかに移動する。それを確認し、苦悶の表情を浮かべながら隊長や兵達が声を上げた。
「ちっ、どうにも数が多い……!」
隊長はそのことを思い、苦々しい表情と共に、それを推察する。
ここ数日の交戦よりも明らかに数が多い。それは飛来する矢や魔法の数。更には入れ替わりを可能にしていることからわかる。
「向こうも正念場だからか、数を掛けてきやがったな……!」
隊長の言葉は正しく、返答は絶え間なく襲ってくる攻撃で答えられた。少しまずいな、と隊長はひとりごちる。
数を頼りにした力押しの戦術だが、これらはカラーの部隊には有効な手立てであった。
何しろ向こうの主な戦力は弓と魔法。どちらも連続して放つことが難しいものである。
それだけに命中率は、特に魔法の方は躱すことが出来ないため、一度は受けることが前提となるのだが、これらの問題は数を揃えて突撃を敢行することで無理やりではあるが、解決することが出来ると考えられていた。
そもそも魔法使い相手は一度攻撃を受けて、その間に近づくのが一番の対処法なのである。そして一度の魔法で一人までしか殺せないのなら、二人で突撃すればいい、とそういう考えだ。
そのため数で勝てているうちは、こちらの優勢が続く。前線の士気の低下だけが懸念事項だが、少なくとも今のうちはまだ瓦解するようなことはない。
考えてみてもやはりやることは変わらない。故に隊長は、前に進み出ながら再び声を張り上げようとし――
「――が!?」
突如、衝撃とともに、自分を含めた数十人が吹き飛ばされた。
その閃光から何が来たのかはわかる。おそらく魔法。それも初歩の魔法ではない中級以上の魔法を食らったのだ。
視界の先、微かに見えるのは一人のカラー。帽子を被り長い杖を持つその彼女がやったのだろう。
そしてややあって、再びそのカラーによる魔法が人間達を襲う。
「――ら、ライトビーム!」
その魔法を発動したのは、人間達にはあまり知られていない人物であった。
現カラーの集落の長。ペール・カラーだ。
……きゃー!? めちゃくちゃ見られてますよー!?
ペールは森の奥から向けられてくる視線に内心、慌てふためいていた。
今自分は、無我夢中でひたすら魔法を放ち続けている。それに伴い注目を浴びていたのだ。
しかもそれは敵だけではない。周囲、味方のカラーの戦士団からもそれとない意識が向けられてきている。
魔法を放つ度に向けられるそれらの注目に、ペールは身震いした。
……こ、これが戦場……!
集落を守る戦士団の皆や、尊敬する先代の長であるケッセルリンクが常に立ち向かっていたその場所。
そこに自分が立っている。あの情けなく、弱気で、内気な自分がだ。
その現実に、場違いではないか、と不安になるがどうやらそうではないらしい。
今も周囲の仲間からは、意外、とも、興奮、とも思える感情が不確かながらペールに向けられている。その感覚を自分は初めて味わった。それを何というかは知っている。それは、
……き、期待されてるんですよね……。
期待。それは自分に最も縁がないと思っていたものだ。
おそらく戦場に出て皆の役に立ったからだと思う、と考えペールはそれを理解する。今自分は、
……長として、皆の役に立ててるのかな……?
詠唱を終え、魔法を放ち、軽く息を入れながらそう思う。もしそうなら、それはやはり、昨日のケッセルリンクからの言葉のおかげなのだろう。
ケッセルリンクに頼りきりなのは、自分が一番わかっていた。集落の皆がケッセルリンクの方を尊敬し、頼りにしていることも。
だが、自分には自信がなかった。わかっていてもそれを皆に言うことなんて出来なかったし、ケッセルリンク無しで集落をまとめ、人間を追い返すことが出来るとも思っていなかった。
だから甘えた。問題を先送りにした。ケッセルリンクがいる間は大丈夫だろう。彼女がいなくなってからでも遅くはない、と。
でもそれは間違いなのだ。それも理解している。
……それからじゃ遅いんだよね……。
自分は最低だ。なにせそれを全て理解していながら、昨日ケッセルリンクが戦いに出ない、と自分達を突き放すような発言をして、ようやく動き始めたのだから。
もう助けてはくれない、とわかってから問題に対処しはじめた。それは長としての怠慢でしかなく、
……やっぱり私って駄目だなぁ……。
そう思う。
でも、それだからこそ、別の思いもある。
それは今、戦場に出たからこそわかったことで、
……こんな最低な私でも、役に立てるんだ……。
それは単純な事実だ。自分は普通のカラーと比べても魔法を得意としている。
そしてそれは、戦場では大きな意味を持てる。純粋な戦力としてだ。
故に、皆が自分に期待する。今、この場所にいないケッセルリンクではなく、ペール・カラーを頼りにする。
簡単なことだったんだな、とペールはケッセルリンクの言葉の意味をようやく呑み込む。
自分なら出来る、というのは事実を言っていたのだ。無論、ケッセルリンクは自分に期待し、信頼していたのも嘘ではないだろう。だが、彼女はこうなることをわかっていたのだろう。だからこそ昨日の発言だ。
なら、自信を持て、というのは、
……私の心の持ちようで、いつでもこう出来たってことだよね。
自分がもっと前にこうやって行動を起こしていれば、自分は長としてもっと皆に認められ、違った状況になっていたのかもしれない。
「ああ……」
やはり、自分は馬鹿だなぁ、と敵に向かって魔法を放ちながらペールは思う。
こうやって一つ一つ、積み重ねていけばよかったのだ。それが自信となり、認められることに繋がるのだと。今の今まで気づけなかった。
……今からでも間に合うかな……。
そうあってほしいと思う。
そうするために、ペールは震える声で周囲に向かって声を出す。
「……み、皆さん」
その声に、カラーの戦士団は戦うことを止めずに耳を傾ける。
「……私が、大きいのを撃ち込みます。皆さんも、苦しいかもしれませんが続いてください」
言う。
「――お願いします」
と、ペールは嘆願するような言葉を投げかけた。
それは命令ではない。今なお未熟者である自分には、命令はおこがましいことだ、とそう感じたからだ。
その思いが通じたのか、彼女たちは一斉に頷き、
「――了解」
と応答した。続く言葉は隊長からだ。
息を吸い、その思いに殉じる為の指示を口にした。
「――皆! 長の命令に従って! 一斉に行くわよ!!」
「はいっ!!」
「…………!」
その応答に、ペールの身体が震える。普段から震えることは多いが、怯えからくるものではない。
ペールは、その心に従い、魔法を詠唱し、
「――ホワイトレーザー!!」
それを発動した。光の線が煌めきながら敵の中央に向かっていき、
「――放てぇ!!」
同時に、カラー達の魔法が敵集団に向かって幾重にも降り注いだ。
轟音とともに、人間達が吹き飛ばされていく。その数は少なくとも数百単位。全体から見れば少ない数だが、それは間違いなく、カラー達の反撃の狼煙と成り得る一撃であった。
だが、そんな時だ。
「……!?」
不意に、土煙の中から震えが来た。
と、同時に木が破砕したような音とともに倒れる。
そちらにカラー達が視線を向けた直後、そこから声が来た。野太い男の声で、
「――ああ!? 前線に出た直後に集中砲火ってどうなってんだあ!?」
馬鹿でかい声とともに影が現れる。それは二メートルを有に超える大柄な影だ。
そしてそれと同じくらいの大きさを持つ、巨大な得物を持ち、
「というかめちゃくちゃ痛えじゃねえか!! くそっ、ふざけやがって!!」
それは両側に刃が付いた戦斧であり、男はそれを振り回すと、
「覚悟は出来てんだろうなあ!? てめえら全員ぶっ殺してやる!!!」
目の前にあった木に、その一撃をぶち込んだ。
――その頃。
「…………」
「…………」
レオンハルトは宝箱だんごと再び対峙していた。
景色は同じ。距離は変わらず。
……ああ、これはアレか……。
レオンハルトはことここに至って、自分がどんな状況に陥っているか理解する。
それを冷静に受け止めようとしたその時、
「………………」
宝箱だんごがこちらを見て、へっ、と笑ったのを見て、
「――――」
――レオンハルトは頭が沸騰するのを感じた。
スラル「……ねぇ、ちなみにあのレオンハルトと泥棒猫の話に行くまでどれくらいかかりそう?」
ガルティア「……後、数話はかかるってよ」
スラル「数話って具体的にどれくらい? 後何日? それまで私は何してればいいの?」
ガルティア「……必死過ぎて怖ぇよ」