森林地帯での戦闘は、カラーの一斉魔法攻撃により一時的な優勢を得るはずであった。
しかしそれは、突如飛び込んできた相手に止められた。
……い、一体何が……!?
ペールは視線を森の奥に向ける。そこには自分の身長の二倍近い大きさを持つ影が手に持った戦斧で木を割り砕くように折った者がいた。それは、
「森ってのは狭苦しくて面倒だな!!」
……え、嘘!? 人間!?
視界に映ったのは人間の頭だ。姿形も人間のそれだが、その身体の大きさからペールは、
……きょ、巨人族かデカントかと思った……!
今はもう殆ど存在しない種族とそれから生まれたとされるモンスターを思い浮かべていた。人間にしてはかなり大柄でそう思わざるをえないのだが。
そんな巨体の人間が木を薙ぎ倒すと、憤っているような声で、
「おらお前ら! チンタラやってねえで俺に続け!!」
「……了解!!」
指示の一喝に混乱しかけていた兵士たちの目に再び統一された意思が宿る。声を上げ、再度こちらに向かって前進を開始する。
それを見て、ペールは気づいた。
「――あ、あの大きい人を狙ってください……!」
「はいっ!」
即座に頷く声と、実行する音が聞こえたのは、彼女らも同じ考えに至ったからだろう。それは、
……あの人が向こうの頭……!
そういった思いだ。豪奢な鎧や見た目から想像出来るその戦闘力。兵達が即座に従ったその動き。その全てからあの男が人間の軍の指揮官だということを推測する。
そしてそれを取り除けば戦いが有利になる。ならば取る行動はそれだ。
その考えに従い、カラーの戦士団は一斉に、その大男を狙って矢と魔法を放った。
「――エンジェルカッター!」
ペールもそれに加わるため、大男に向かって魔法を発動する。
光の刃を加えた幾つもの魔法が木々の隙間を縫って、かの者に殺到した。
そして、
「――――!」
視界の先、大男に魔法が直撃した。
……当たった!
魔法は回避不能の特性を持つ。故に当たるのは必然。しかし直撃させることが出来たのは良い結果だ。防御か何かするのだと思っていたというのもある。凄腕の戦士であるなら魔法を弾いたりすることも可能だということをペールは知識の上でだが、知っていた。
だが、その時だった。視界の奥でとある動きを見た。
……え?
そして驚きを得る。と同時に耳に声が届いた。
「――ああっ!? そんなもん効くかあっ!!」
「う、嘘っ!?」
爆煙や、光の奔流の中から出てきた大男に驚愕の表情を浮かべる。
確かに魔法は直撃した筈だ。なのに、彼の鎧は多少の汚れや傷はあれど、肝心の大男にはダメージを与えた様子が見えない。
自分を含めたカラーの戦士団が驚く中、こちらを確認した大男が声を上げた。
「俺あ魔法が大嫌いなんだよ!! だからなあ……」
空いた左手で自身の胸を叩き、金属音が鳴る。それは鎧を指しているもので、
「陛下に無理言って魔法耐性がバカ高い鎧を貰ったんだよ!! これを装備してから楽になったぜ!!」
「……っ!」
そんなこちらにとって都合が悪いものを偶然敵が装備してるとは、何とも運が悪い。思わず顔を歪めるペールだが、相手は止まってくれない。今も視界の先で大男が自慢気にしながらも、
「つっても痛いもんは痛いけどな!! でもまあこれがある限り魔法使いは敵じゃねえ。つまり――」
大男が戦斧を構え、
「――俺は無敵!! 最強ってことなんだよ!!!」
突っ込んでくる。
「……っ、矢を放て!」
先に反応した隊長が部下に指示を飛ばし、今度は矢を飛ばす。
魔法が効かないというなら物理攻撃。それは至極当然の帰結であったが、
「おおおおおおおおおおおおぉぉぉ――!!」
大男が戦斧を振り回し、矢をその刃と、衝撃によって吹き飛ばす。
そしてそれによって起こる結果はそれだけじゃなかった。
「この木も、邪魔邪魔邪魔あ――!!」
唸りを上げ、戦斧が振られる度に木々が次々と薙ぎ倒されていく。その結果にペールは戦慄した。
……む、無茶苦茶ですよぅ……!
かの巨体にとってこの木々の間隔は手狭なのはわかる。だが、だからといって立ち塞がる木を倒しながら進もうなどと普通するだろうか。
しかもその動きは巨体に反して高速のもの。周囲の兵士たちを置き去りに、どんどんこちらとの距離を縮めてくる。
そして、
「がはは……! ようやく顔がちゃんと見えたぜえ――!!」
「……ペール様! 後退を!」
「――っ!」
隊長から掛けられる必死の言葉、それを聞いた直後。
「はっ! 遅えんだよ馬鹿が! 死ねえ――!!」
「――! がっ――」
「きゃああああぁぁ――!?」
跳躍するようにこちらに急激に速度を上げて突っ込んできた大男がとうとうこちらと接敵する。幾人かのカラーをその戦斧を横薙ぎに振り回す。直撃を受けたカラー達が嫌な音を立てて吹き飛ばされ、直撃しなかったカラー達も戦斧の一振りによる衝撃で吹き飛ばされる。
「あ、あ……!?」
運良く、その直撃を免れた側の存在だったペールはその光景を見て愕然とした。自分の目の前で、味方が殺される。それは彼女にとって初めての目撃したものであり、
「う……っ……!」
胸の奥からすえた何かがせり上がってくる。それを何とか我慢しながら、ペールはその原因となった相手を視界に映した。
「がはははははっ!! 弱い弱い!!」
「あうっ……!」
「かっ……くふっ……」
視界の先で起こっているのは――蹂躙だ。
味方は未だ戦い続けているものの、大男の攻撃の連続に、その範囲にいた味方が容赦なく屠られていく。
しかし最悪はまだ訪れていない。それが来たのは、今だった。
「――おおおおおおぉぉ!! 戦士長に続けぇ――!!」
「カラーを打ち倒せ――!」
遅れてやって来た人間の兵達。彼らの雄叫びにペールが絶望の表情になる。
「あ、ああ……!」
地面に座り込み、身体を震わせる。
違う、戦わなきゃ、と頭では理解するも、身体が動いてくれない。
……動け、動いて……!
それは初めての戦場、初めて目の当たりにする死に、身が竦んだ結果であった。
そして、
「――お?」
「――!!」
遂に、大男と目が合ってしまう。
その瞬間、ぞくりと背筋に悪寒が走る。死の予感を身体が無意識に感じたのだ。
そして皮肉にも、その死の予感を感じたことで、ペールの身体は一時的にだが、動いた。
「――ら、ライト!」
「――!」
動いたのは口と手。光の初級魔法を発動し、それを相手にぶつける。
閃光が走り、周囲を煌めかせるも、その攻撃が先程の相手に通じるはずもない。故に結果は必然で、
「がははははは!! んなもん効くかあ!!」
呆気なく弾かれ、笑い飛ばされる。そして多くの味方を屠った巨体が自分の方に向かって高速で迫る。
……あ、駄目なんだ……。
そこでペールは悟ってしまう。目の前に迫りくる大男は自分とはレベルの違う相手なのだと。
自分はカラーの長であり、向こうもおそらくだが、敵の指揮官。立場でいうなら上に立つ者ということは共通している。
しかし、自分と向こうでは格が違うのだ。なにせ自分は今まで引き篭もってばかりで、碌に戦ってこなかった情けない上役。
そして相手は、きっと今までかなりの数の戦いを経験してきた百戦錬磨の戦士。毎日のように自分を高め、誰かの役に立ってきた者。
こちらで例えるならケッセルリンクのようなもの。幾千もの死線をくぐり抜けてきた――いわゆる英雄のような者達。
そんな彼らに凡人である自分は敵わない。立ち塞がっても道端の石ころのように簡単にあしらわれてしまうだけ。
……長として、役に立たないといけないのに……!
だが、ペールは迫りくる巨大な敵を目の前に、震える手で杖を握りながら思う――まだ死にたくない、と。
せっかく、自分は長として集落の皆の役に立ちたい、と思った頃なのだ。それがこんなところで終わるなんて嫌だ、と。
「おらおらおらあ!! 死ねえ――!!」
「――――!」
しかし現実は非常だ。どうしようもなく。この世界では弱者はあっさりと死ぬ。打撃の暴風を前に、ペールはそれを苦々しくも悟った。
生まれ持った才能、生まれ持った強者に、弱者は敵わない。
……わ、私は……駄目な人でしたね……。
死を目前とし、ペールは自らの生を省みて、後悔をした。
もし、もっと経験を、研鑽を積んで、成長していれば結果は変わったのかもしれない。もっと何かを成せたのかもしれない。
……ごめんなさい……ごめんなさい、皆……ごめんなさい、ケッセルリンク様……!
何も成せなかった。そんな自分を情けなく思い、ペールは心の中で謝罪をした。
そして自分の終わりを受け入れた。そんな時だ。
不意に、森に轟音が響いた。
「――!?」
そして遅れて衝撃が来る。
「何だ――うおっ!?」
「――!」
そして地面が揺れた。
「地震か……!?」
「皆、姿勢を低くしろ……!」
人間の兵達も、カラーの戦士達も、一瞬、戦いを中断せざるを得ない。そんな衝撃。
それは地震のようで、また少し違う何かだった。
森の奥から響き渡る、重低音。地面に何かを叩きつけたかのようなそんな震え。
……これは一体……?
森の生き物がざわめき立つのをペールは感じた。翼のある者は空に飛び立ち、地に足つける者は必死に逃げ惑い、隠れ潜む。
まるで森全体が何かに怯えているようで――
「――」
と、そんなことを考えていた時。
ようやく震えが止まった。
「お、収まったか……?」
誰も彼もが、一瞬、敵も味方も忘れ安堵したように息をつく。
だが、それはほんの短い一時で、直ぐ様戦いが再開されようとした時。
――それは来た。
「――!?」
突如、轟音が間近で聞こえた。先程よりも近い距離だ。
……ち、近いというより……!
ペールが嫌な予感を感じたその瞬間。
「――――!」
地面に衝撃が走り――周囲を巻き込んだ破壊が生まれた。
その破壊は突然のものだった。
森林地帯の上空。数十メートルかそれ以上。軌道上、空中を巻き込んだそれは、宙を斬り裂き、次いで木々を斬り裂いた。
そして最後に、
「――――ッ!!」
それが地面に到達する。
そこで止まるかと思われた衝撃は、さらなる破壊を呼んだ。
地面を断ち割り、土飛沫が上がる。
衝撃波によって周囲の地面、木々は少なくない揺れを生み、近くにあるものは吹き飛んだ。
それは偶然、森林地帯で戦闘を行っていた両軍をも巻き込み、
「――――!?」
人間もカラーも、等しく運の悪い者達が衝撃でその場から吹き飛んだ。
それを引き起こすのは人間ではありえない。
衝撃が走った直後、森の奥から一つの影が現れる。
それは人間の男の容姿をしていた。ダークグレーの一張羅を来た金髪の美丈夫。
「…………」
その右手には長く蒼い剣が握られており、圧倒的な存在感とともに周囲を見渡している。瞳は朱く、鋭いもので、その視線を目撃した者は、彼が周囲に発する赤いオーラと息が止まってしまうような重圧に戦慄をおぼえる。
何よりもその表情は、迫力に満ち溢れていた。
彼は眉根をひそめながら辺りを見渡し、何かを探しているようだった。その顔は真剣そのもの。触れれば即座に激発してしまいかねないような、そんな雰囲気だ。
「…………ッ!」
そして彼の視線が、一点を捉える。
多くの者は男が何を探しているかうかがい知ることは出来なかったが、偶然、彼と同じものを目撃したものがいた。
一人の人間の兵士だ。彼は偶然、目の前に現れた存在に、目を丸くする。
「あ――宝箱だんご……」
条件反射気味に兵士がそう呟いた瞬間。
男の表情が変化し、口を開いて絶叫した。
「――そこかああああああああァァァ!!!」
その咆哮ともいえる声とともに、男がその手に持った剣を振るう。
そして、再び森を激震させた衝撃が周囲を襲った。
――人間やカラーを遥かに凌駕し、英雄すら屠るこの世界の絶対的強者。
――魔人が戦場に出現した。
「ぎゃあああああああぁぁぁああ――っっっ!?」
人間の兵が吹き飛ばされ、衝撃が周囲に走る中、ペールは同じ様に悲鳴を上げていた。
「きゃああああああああ――!?」
……な、何なんですかこれ!?
ペールは頭上から来る風と衝撃、そして土から頭を守りつつしゃがみこんでいた。混乱した頭でそれを考察してみるも、地震、雷、竜巻などの自然現象に、今の状況と一致するものは存在しないことがわかり直ぐに断念する。本の知識も当てにならないものだ。
なら、ドラゴンでも降りてきたのだろうか。確かに翔竜山には多くのドラゴンが生息する。上空からブレスでも撃たれたのか。意外と間違ってはいなさそうな考察に、ペールはそうかも、と頷くもそんな場合ではない。
だが、そんな中、声が聞こえた。それは人間の声で、
「――ごらぁッ!! どこいきやがった!?」
「ぴっ!?」
近くから聞こえてきた怒声に身体をビクッと跳ねさせ、思わず変な声を上げてしまう。
そんな中、林を掻き分けながらペールの前に現れたのは、
……人間……の、男……?
見た目は人間のそれ。高めの身長に、金髪の髪。鋭い赤い目。そして整った顔立ち。結構タイプ。って、そうじゃない。
ペールは男の容姿を見て人間である、と断定しかけたが、その雰囲気に違和感も彼女は畏怖を覚えてしまう。人間ではありえないその存在感は、ペールが知る中で最も強いケッセルリンクや先程の大男を数倍濃くしたようであり、異彩を放っていた。
しかしそうであるなら人間以外であるなら該当する種族は少ないがと考え、
「また逃げたか……? くそっ、どこまでもコケにしやがって……! 俺は迷子じゃねぇぞカスだんご野郎ッ!!」
「ま、迷子……?」
言葉が聞こえた。迷子とはどういうことだろう。目の前の相手にはあまり似つかわしくない言葉にペールが思わず声に出す。
すると、男がこちらに振り向き、
「誰が迷子だぁ!? 俺は迷子じゃねぇ!!」
「ひぃっ!?」
その圧力がこちらに向けられ、ペールは命の危機を感じて、反射的に頭を下げた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! そうですよね! 迷子じゃありませんよねっ!!」
「ああ、その通りだ! 分かれば――」
と、そこで男は一度言葉を止める。
そして、こちらをまじまじと見つめ、
「…………お前、カラーか」
「は、はいっ! そうですがなにかっ!?」
「…………ってことは――げっ」
男が周囲を見て、嫌な予感が当たったと言わんばかりに表情を歪める。
近く、周辺には先程の衝撃で吹き飛んだ人間達が身体を打ち付けて、地面で呻いている。全員ではないにしろ死屍累々の有様だ。原因は不明だが、そのおかげで自分は助かったともいえる。
この惨状を見て何か思うことがあるのだろうか。それともこの人も巻き込まれて――
「……人間とカラーを吹き飛ばしちまったのか……」
「…………へ?」
さり気なくとんでもない言葉が彼の口から放たれ、ペールは間の抜けた声を出す。
……吹き飛ばした? ……この人が?
まさか、と思う。だが、目の前の彼は微妙な表情でバツが悪いといった様子で頭を掻いている。どうにも本当のような態度だ。
しかももう一つ気になるのは、人間とカラーを、という言葉。
それは自分が人間なら出てこない言葉じゃないだろうか。人間なら他の人を人間とは呼ばないだろう。
そんな事を考えていると、その対象である目の前の彼は、何やら思案するように、顎に手を当てながら、
「……さっさとここから離れないと――あ、いや待て」
「……?」
立ち去りかけていた彼の視線が再びこちらを捉えてきた。何やら思いとどまったような反応にペールは首を傾げる。
そして彼はこんなことを聞いてきた。
「……お前、この森詳しいか?」
「……え?」
「いや、何というかな。あの山――翔竜山の行き方を教えてほしいんだが……」
ペールはその言葉に目を丸くした。いまいち意味がわからない。何故なら
……えっ……山に向かって真っ直ぐ行けばいいのでは……?
と、思うがよく考えてみればこの森は迷いやすいのも確か。多少、方向音痴気味かもしれないが、森を知らないのであれば迷子になるのも致し方ない。
ややあってペールは答えを彼に伝えた。
「え、えっと……つまり迷子になってしま――」
「――迷子じゃない」
その言葉は被せ気味に止められた。
彼は視線を明後日の方向に向けながら、
「そう、決して迷子じゃない……ちょっと、ほんの少し、道に迷ってしまっただけだ……!」
「………………あ、そうなんですねー」
「分かってくれたか」
「……翔竜山に行きたいなら、山を見ながら真っ直ぐ進めばいいのではないでしょうか?」
「それは無理だ」
「…………」
迷子だ、とペールは確信した。無言のまま笑顔を浮かべてみせる。
そんなこちらの表情に何を思ったか、彼は、
「……出来れば道案内を頼みたいんだが……」
「……ええっ……それは……」
別の要求を提示してくる。そのお願いに困った顔になるペール。
道案内なら可能だ。引きこもり気味ではあるが、腐ってもこの森に生きるカラーの端くれ。森の歩き方は熟知しているし、たまに薬草を採取しに行くことだってある。たまに。
なのでそれは難しい頼みではない――今の状況がなければ。
故に断ろう、とペールはそれを口にしようとした。
「……それはちょっと――」
だが、そんな自分の言葉はまたしても、遮られることとなった。
「がはははははははははは――っ!!!」
「っ!」
「うおっ、うるさいな」
馬鹿でかい大声とともに、林の中から大男が飛び出してきた。彼とともに耳を抑えながら、目の前に現れた男に視線を移す。そして気づくのは、
……さ、さっきの巨人男!?
普通の人間の倍近い身体の巨体に岩のようなごつごつとした肉体。そしてそれを覆う鎧と手に持った戦斧。間違いない、先程まで戦っていた人間の指揮官だ。どうやら向こうも無事だったらしく、馬鹿笑いしながら身体を見せつける。
「よくわからんが、耐えてやったぞ! この俺があんな衝撃程度でくたばるか!!」
「……暑苦しいな」
彼の言葉に内心で同意する。
だが、そんな悠長にしてる場合ではなかったようで、
「ようし! 戦いを再開するか!! 死ねえ――!!!」
「ひぃっ!? きゅ、急すぎ――」
あまりにも性急な突撃に、ペールは為す術がない。この距離と相手の速度だと、効くかどうかはともかく、魔法の詠唱も間に合わないし、相手の攻撃を捌いたり、躱したりするような体術はペールには備わってない。
……こ、こんな出落ち気味に死にたくないですよぉ――!?
心の準備も出来ていないため、情けなく涙目になってしまうが、相手は止まらない。岩石のような巨体がペールに向かって迫りゆく。
万事休す、とペールが瞳を瞑った。
だが、
「…………あ、あれ?」
いつまで経っても予想される衝撃が来ない。あの速度ならもうとっくに死んでいてもおかしくないのだが、
……もしかして気づかない間に死にました?
それなら僥倖かもしれない。痛みもなく死ねたのだから、
……いやいやいや、とペールは頭を振った。そんなはずがない。身体の感覚は未だ確かに存在する。五感は健在だ。
なら、なぜいつまで経っても来ないのか、それを確認するべく、ペールは瞼を開くと、
「……ったく。面倒な奴らだな……」
「――!?」
視界の中、金髪の彼が大男の振るったであろう戦斧を手で掴み取り、抑えていた。大男は必死の形相で力を込めている様子だが、戦斧は全く動かず、相当の力の差があることが窺える。
だが、その体格差は明らかに大男の方が有利に見える。彼も背が高く、よく見れば体つきもそれなりに鍛えているのか、しっかりしている様だが、大男の巨体には敵うべくもないはず。
しかし現実では彼の方が大男を抑えている。それを相手もおかしく思ったのか、大男が、
「く、くそっ!! 何故動かんのだ!? ぐぐぐ――!!!」
顔が赤くなるほど力を込めてている様子だが、てこでも動かない。それを億劫そうに眺めている彼が、
「……おい、カラーの」
「――え、あっ、私ですか……?」
不意に首だけで振り返り、横目でこちらを見てくる彼に、びっくりした様に反応するペール。よそ見して大丈夫なのだろうか。
だが、その心配は無用の様で、その表情には全く苦しそうな様子は見えない。身体も全く動いていないことから、力を入れているのかどうかも不明である。
そしてそんな彼が、
「――取り引きだ」
「……へっ?」
またしても間の抜けた表情で返すペールに、彼は構わず話を続けた。
「俺がこいつらを何とかしてやる。その代り、お前は俺を翔竜山まで案内しろ」
「……え、それは――」
どういう取り引きなのか、釣り合っているのか、そもそも可能なのか。そんな言葉が頭に思い浮かぶものの、戸惑いがまだ大きいのか、ペールの口からは具体的な言葉が出ない。
それを考えている間に、彼はこちらに鋭い目を向けて、
「……どうする? 出来れば頷いてほしいんだが……」
「えっ、あっ、は、はい……」
その困ったような表情に、ペールは反射的に頷いてしまう。彼の口端が少しだけ上がる。
「――決まりだな」
それを了承と受け取ったのか彼も頷きを返し、再び正面を向く。
――それが行動の始まりだった。
彼は、目の前の大男を下から視線で射抜くと、
「……というわけだ。悪いが邪魔させてもらうぞ――」
「何を――ぐぅっ!?」
不意に、彼が目の前からかき消えたように見えた次の瞬間。
彼は大男の懐に飛び込むと、助走を付けて足を背後に振り上げ、
「本来なら真面目に相手してやってもいいんだが……生憎と今は休暇中なんでな。殺しは無しだ。だから――」
それを思い切り大男の腹にぶち込み、
「――とりあえず消えろ」
そのまま上に向かって大男を蹴り上げた。
「がああああああああぁぁぁ――――!?」
とんでもない衝撃が大男を襲ったのか、一瞬の硬直の後、大声を上げながら、相手が上空に吹き飛んだ。そのまま彼は森を横断するように飛んでいき、
「せ、戦士長――!?」
それを見ていた兵士たちの叫び虚しく、森の奥に消えて見えなくなった。
……え、ええ……!? 何今の!?
あまりに衝撃な光景を目の当たりにして、ペールが引き気味に驚く。周囲のそれを見ていた者達も同様に、呆然としたように口をあんぐりと開けている。
そしてそんな反応を引き出した張本人である金髪の彼は、軽く息を入れて、自らの足に視線を移すと、
「……結構重かったが、何とかなったな……」
と、呟いた。ペールは内心でツッコミを入れる。
……お、重いで済んじゃうんだ……。
流石にそれは人間やめてる気がする、と思ったのもつかの間、再び彼は予想外の行動に出た。
大男を蹴り飛ばした足を確認し終えると、こちらに振り返り、すたすたと真っ直ぐ歩いてくる。
……こ、今度はなに……?
内心、怯えながら彼の行動を見守っていると、彼が目の前にやって来る。
そして、こちらに向かって屈み込むと、
「――っと」
「――――」
こちらの足の下と背中に手を差し入れ、すっと自然な動作で持ち上げた。
……えっ。
あまりにも自然過ぎるスムーズな動作に、戸惑いも置き去りにしてそれを理解する。横向きに、こちらを抱っこするその抱き方は、
……お、お姫様抱っこ――!?
それは女の子の夢の一つ。男に縁がないカラーで、しかも引きこもりのペールにとっては憧れであっても、一生縁がないと思っていたはずのもの。それを唐突に叶えられてしまい、
……お、おち、落ち着いて私。こ、こんなの只の抱っこみたいなもので――
心を落ち着かせようとそう言い聞かせる。だが、彼はこちらに顔を向けると、
「悪いが、このまま適当に蹴散らしながら向かわせてもらうからな。我慢してくれ」
「…………ひゃい」
……無理無理無理――っ!! 落ち着くなんて無理ですよぉ――!!
彼の顔が近い、というか身体とかも当たってるし、距離も全体的に近すぎる。男に免疫力ゼロのカラーにとってこの仕打ちは厳しすぎる。そう分析するペール。
もう何なのだ、この人は、と何気なくペールは声に出す。
「あ、貴方は何者ですか……!? 人間じゃないんですか……!?」
それは先程から頭にちらついていた純粋な疑問。最初の衝撃だったり、発言だったり、あの強そうな人を簡単にあしらったり、自然にお姫様抱っこをしたりするようなのが、普通の人間であるはずがない、とペールは断言する。
そしてそんな質問に彼は、
「……あー、まあ、名乗っても問題ないか」
何とも言えない声を出しながらも、
「……俺はレオンハルト――魔人だ」
「――――えっ」
魔人。と、名前の後にそんな単語が聞こえ、ペールは、もう本日何度目かの表情を浮かべた。
それは呆気に取られたような、あまりの驚きに言葉を失ってしまった表情であり、
「因みにお前の名前はなんて言うんだ?」
「…………」
そんなことはお構いなしに質問を返してくる彼、もとい、レオンハルトに、ペールは顔を赤くしながらも、
「…………ペール・カラー」
「ペールだな。わかった」
素直に名前を教えた。頷きを返すレオンハルトの顔を見ながら、ペールは不意に自らの尊敬する人を思い出す。そんなかのお方に語りかけるように、
……ごめんなさいケッセルリンク様……私の初めてのお姫様抱っこの相手は魔人でした……。
と、事実を報告した。
「……後、結構速度出すからな。しっかり掴まってろよ」
「………………はい」
こくり、と頷き、ペールは素直にレオンハルトの首に手を回す。言うとおり、しっかりと彼に掴まって揺れが収まる中彼女は、
……でも、案外悪くないです……。
と、満更でもないように息を漏らすのだった。
キャロル「レオンハルト様のお姫様抱っこ! 羨ましいですわー! ねっ、スラル様!」
スラル「…………ソウネ」
ガルティア「…………(スラルの目のハイライトが消えた……?)」