――カラーの集落。
その外れにある小さな一軒家。そこには現在、とある大物が住んでいた。
日の当たる部屋にて、大きなチェアに腰掛けて本を読む女性。その姿、女性として完成に近い魅力を持つ彼女はごく普通の行動であっても絵になる存在で、周囲には不思議と落ち着いた空気が流れていた。
「…………」
その彼女こそ、カラーの集落の先代の長。夜の王――ケッセルリンクである。
そしてここは彼女が長を辞してから住み始めた家。現在の彼女の住居がそこだった。
建物や人が殆ど見られないことから周囲に音は少なく、物静かな場所が好きなケッセルリンクが自らこの場所を指定して作らせたのがこの家だ。そのため、彼女にとってはもっとも落ち着いた気持ちになれる場所であった。
だが、
「…………ふぅ」
ケッセルリンクは息を吐き、読んでいた本を閉じる。その表情には微妙な色が見え隠れしていた。その理由は、
……戦いはどうなっただろうか……。
額を抑えてそれを思う。ケッセルリンクは人間との戦いの結果を思い不安を感じていた。
昨日、自分からペールに厳しい言葉をかけ、もう戦いには出ないと表明したのにも関わらず情けない限りだ。結局はこのように心配してしまうのは、彼女と集落の皆のことを信じきれていないのだろう。自分の内心を分析しながら同時に戒める。
他ならぬ自分が言ったことなのだ。信じないでいてどうする。ましてや今からでも戦いに参戦しようか、などと考えるのはおこがましい。
だが、それでいて一つ希望もある。というのもこうやって自分が今、この場所でゆっくりと穏やかな時間を過ごせているということは、少なくとも致命的な結果にはまだなっていないということだろう。
戦闘は未だ続いているのだろうが、集落にまで敵の進撃を許すことにはなっていない。それだけでも戦いに不慣れなペールにとっては上々だろう。指揮官が不安定だとそれは下にも大きな影響を与える。伝播されるものは少なくない。それこそ部下にまで不安を覚えさせ、致命的な失敗をしてしまうこともある。
だが今日を乗り越えれば成長もするだろう。それを少しずつこなしていくことでそれを実感してくれれば後は何をしなくても前へ進んでくれるだろう。
その時は、自分も集落の一員として戦うのも悪くない。まだその時がきていなければだが。
と、そんなことを考えていると、
「――ケッセルリンク様ぁー!!」
「……む……?」
外から人の気配と音を感じて数秒後、こちらの名前を呼ぶ声が外から聞こえてきた。
ケッセルリンクは直ぐに部屋から出ると、玄関の戸を開き訪問者を迎える。案の定、そこには同胞であるカラーの少女がいた。
「……どうかしたのか?」
「ケッセルリンク様! あの、そのっ……大変なんです!」
と、おそらく伝令を任された少女が焦ったようにそう言う。どうにも的を得ない説明だが、その焦燥感に嫌な考えが脳裏によぎる。
まさか、と思いつつケッセルリンクは真剣な声色で尋ねた。
「……戦闘はどうなった? まさか――負けたのかね?」
「あっ、いえ! 戦いには勝ちましたし、人間の部隊は撤退しています」
ただ……、と少女はそこで言いづらそうに表情を歪めた。勝利の報を聞いて安堵しかけたケッセルリンクだが、直前でそれを引き戻される。
再度口に出すのはそれを促す言葉で、
「なら一体何が?」
戦いには勝利したが言い辛いことがある、と聞いてケッセルリンクが最悪の想像を頭に思い浮かべる。戦いの結果で引き起こされる悲劇など想像に難くない。
……まさか、ペールが……。
それは親しい者に何かがあったということ。それを思い、身を硬くしながら言葉を待つ。
少女はケッセルリンクの再度の問いに、ややあって口を開いた。
「その……ペール様が――」
その言葉に身を跳ねさせる。やはり嫌な予感が当たってしまったのか、と絶望しかけ――
「――男の人に拐われていきました」
「!」
ケッセルリンクは目を見開かせながら思う。最悪、ではないが良い知らせでもない。生きているなら助け出せるのだ。
まさしく不幸中の幸いと言うべきだろう。ケッセルリンクはそのことを思いながらも、取り乱したりするようなことはせず、一度頷き、
「……そうか。……人間の、兵士に拐われていったのかね?」
と詳細を聞くために声を出した。
だがその問いを再度、裏切られることになるとは、ケッセルリンクは夢にも思っていなかった。
「あ、いえ、聞いた話によればどうやら魔人のようです」
「…………魔人?」
予想外のものが話に登場し、ケッセルリンクは僅かに眉をひそめる。
一体どういうことなのか、何故急に魔人が出てくるのか、そんな疑問を浮かべ、次ぐ声が出ないケッセルリンクに、少女の口から詳細が語られた。
「はい。その、私達が戦っていたら、突然の地震とともに戦場に現れて……人間を蹴り飛ばしたと思ったらペール様を、その、えー……か、抱えて、そのままの状態で次々と人間を蹴り飛ばしながら戦場から去っていきました」
「…………」
ケッセルリンクは言葉を失くす。驚き、というより意味が分からないからだ。
ややあって、頭にそれを落とし込み、吟味する。そしてまず行うのは確認で、
「……すまない。よくわからなかったのだが……蹴り飛ばしたというのは?」
「人間です。人間を木を越す勢いで蹴り飛ばしてました」
「…………そうか」
再度の返答を聞いてもよくわからないが、それが本当であるなら滅茶苦茶な話で人間には到底不可能。魔人であるなら確かに説明はつくのだが、蹴り飛ばす意味がわからない。
……人間を苦しめにきたのか?
魔人は暴虐の存在。人間に暴力を振るうこと自体はおかしくないが、それにしては生ぬるいように感じるし、男の魔人だというならカラーを狙わないのも不可解だ。
しかし常識外れの存在の考えを読むことは難しいだろう。ケッセルリンクはその疑問を頭の隅にしまい込む。魔人の考えはこの際後回しだ。今重要なのは、
「……拐っていった、ということだが……。何処に行ったかはわかるかね?」
「あ、はい。おそらく翔竜山ではないかと追跡中の隊からの報告が……ただ、魔人の足取りがあまりにも速く、正確には追いきれていませんが――」
「――いや、充分だ」
頷きを返し、ケッセルリンクは扉から外に出る。
そして家の戸を閉めると、足早に歩き始めた。突然、動き始めた元長の反応に少女が若干の戸惑いを見せる。
「け、ケッセルリンク様? 一体何を――」
「決まっている――」
少女の声に即座に答える。必要最低限の事は聞き終えた。ならば次は行動に移す番だ。
その答えは今、ケッセルリンクが出来ること。ケッセルリンクがそれを行うのに最も可能性が高く、それでいて彼女の信条に則ったもの。自分の言葉に従い、行動と責任を果たした彼女を守ること。
ケッセルリンクは強い意思を込めて、それを口にした。
「――彼女を、助けにいくつもりだ」
――魔人から囚われの少女を助けるため、ケッセルリンクは今一度、その力を振るうことを決めた。
「――ら、ライトビーム!」
「――!」
詠唱を終え魔法を発動すると杖の先から光の光線が放出されて大型の影を飲み込んだ。
魔法の直撃を受けた大きな巨人のような魔物――ギガントが断末魔を上げた。大きな音を立てて地に伏す魔物と、それを為したカラーの少女――ペール。
それを見ていた魔人レオンハルトは、感心するような表情で声を上げた。
「へぇ、ギガントを一撃か。お前、中々やるな」
「え、えへへ……大したことないですよぅ」
未だに腕の中にいるペールを褒め称える。そしてどうやら満更でもないのかもじもじとしながらペールは照れていた。レオンハルトは倒れたギガントを横目に見ながら足を進め、
「いや、これなら俺は登頂に専念出来る。雑魚は任せたぞ、ペール」
「あっ、はい! 私に任せてください!」
気合を入れるように杖をぎゅっと握りしめるペールに、レオンハルトが、ふっ、と軽く笑みを零す。
……思わぬ拾い物だな。
この辺りの地理に明るいだけではなく、魔法の腕も長けている少女。迷子――ではなく、少し道に迷いそれを宝箱だんごに煽られ怒りのまま剣を振るった挙げ句、更にはそれで人間とカラーの戦争に介入してしてしまった時はどうなることかと思ったが、結果、良い同行者が出来たのでよしとする。――あの宝箱だんごは絶対許さないが。次に見かけたら殺す。レオンハルトは再び湧きかけた憤りを抑えながらペールの魔法の実力を見て、
……これは楽出来そうだな、
と、楽観を覚える。こちらの腕は彼女を抱えていることで動かせない。宣言通り雑魚は任せて、ペールでどうにも出来ないような相手が出たら彼女を降ろして自分で戦うとしよう。
それまではこのまま登るとするか、そう考えレオンハルトは足を進めた。
だが、
「――って、そうじゃありません!!」
「おっ」
笑顔のまま何やら固まっていた様子のペールだが、不意に大きな声を上げる。どうやらこちらに言ってるようだ、とレオンハルトは耳を傾けると、
「何で普通にパーティ組んじゃってるんですか私!? 任せてください、とか言っちゃってますよぅ!?」
「……そっちかよ」
全力でツッコミを入れるペールに、レオンハルトはツッコミを呟く。
「てっきり一緒に登ってることを指摘するのかと思ったが……」
「そう! それもですよ!」
ペールは大いに頷く。テンション高いなぁ、と感心する中、ペールは上を指差した。
そこにはひたすら上に伸びる壁のような岩肌があった。その正体を、彼女は叫ぶ。
「何で私まで翔竜山に来てるんですか――っ!?」
二人がいる場所は、レオンハルトの目的地であるそれ。
ペールが指差した先、そこにはほぼ垂直に近い断崖絶壁が雲の上まで続いた細長い塔のような山。
世界最高峰の山――翔竜山。
その山麓に当たる崖の上でペールは絶叫した。
それを最も間近で聞いていたレオンハルトは、微妙そうな表情で視線を逸しながら、
「あー……うん、まあ……成り行きだ」
「な、成り行きって……」
その返答が予想外だったかのようにペールが愕然とする。しかしレオンハルトとしてはそうとしか言えないので、微妙に申し訳なく思いつつも視線を逸し続けて誤魔化すしかない。
……本当は山の手前で下ろすつもりだったんだがな……。
何となくまた道に迷いそう予感がしたので、山をちょっと登ったところまでは道案内をしてもらうことにした。別に自信がないわけではなく、あくまでも念の為だ。
それで結局はここまで来てしまったわけだ。もうすぐで山の中腹に差し掛かってしまう。
さてどうするか、とレオンハルトが思案する中、ペールが息を吐きながら、
「……ま、まぁ、別にいいですけど……」
「……いいのか?」
レオンハルトが目を丸くする。別にここで降りていってもいいのだが、という言葉は口にする前にペールによって言う意味を失った。
彼女は視線でこちらをチラチラと見ながら、指をつんつんと付き合わせる。
「み、道案内というか……取り引き? を受けちゃったのは確かですし……人間を追い払ってもらったのは助かりました……まぁ、やり方はちょっとアレでしたけど……」
「アレ?」
「に、人間をボールみたいに蹴り飛ばしまくってましたよね? し、しかも私を抱えながら……か、軽くホラーでしたよぅ……」
ああ、あれか、とレオンハルトは得心したように頷く。
ペールとの取り引きを交わした直後、レオンハルトは指揮官らしき人物をひたすらに蹴り飛ばした。数がそれなりにいるようだったので、お得意の首刈り作戦を無殺生でやろうとしたのだ。
鎧の色が違ったりしてわかりやすくて助かったり、やっぱりわからないので適当に身体のでかい奴を集団に向かって蹴り飛ばしてダウンさせたりした。
そしてその時のことを思い出しているのか、腕の中で若干震えているペールを見て、レオンハルトはバツが悪そうな表情で、
「……一応殺さないようにと思ってやったんだがな……斬るよりはマシじゃないか?」
「……生きてるんでしょうか……? 百メートルも飛ばされたら大体死ぬ気がします……」
「…………」
そう言われると自信がなくなってくるから困る。
人間をやめて久しいし、感覚が麻痺してきたのかもしれない。ここ百年、戦ってきた相手は一部の魔人やキャロルやハンティの使徒二人。後は人間の指揮官くらいで雑兵は適度にやらないといけない時は戦うというよりは適当に蹴散らしてるだけなので何とも言えない。
……でもまぁ、ハンティ――はともかく、キャロルですら強めの打撃は耐えるしな。最初の奴以外は相当弱めにやったから大丈夫だろう。
手加減ってのは難しいなぁ、と思いつつその旨を簡潔にペールに伝える。
「…………指揮官連中はそれなりに鍛えてるだろうしな。生きてるだろ」
そう断じる。
ともあれ、大凡の指揮官は文字通り蹴散らしたし、そうでなくても怪我人だらけだ。撤退していくのも確認したししばらくは問題ないだろう。
これでようやく目的を果たせる、とレオンハルトは思う。腕の中のペールも、
「……と、とにかく。道案内くらいなら全然問題ないですよ。……見晴らしのいい山でまで道案内が必要なのかは疑問ですけど……」
「そうか……」
協力します、とそう言ってくれている。その誠意というか親切心にレオンハルトは感嘆する。後半は聞こえない。
その気持ちに答えるべくレオンハルトは上を見上げて、決意する。
「――なら、行くか……!」
「は、はい。行きましょう」
そう。当初の目的通り――
「――登山、頑張るぞ!」
「が、頑張ります……!」
翔竜山の制覇。それを目指すため、声を出して道案内役のペールと共に意気込む。
レオンハルトはそうして再び、ペールの指示に従いながら山道を進み始めた。
――なお、このあと状況に流されてか、登山という言葉の意味がそのまんまだと気づいていなかったペールが一度それに気づき絶叫するも、結局うやむやになり一緒に進むことになるのだった。
ラウネア「…………(次回はレオンハルトがいない間の魔王城の話です)!」
キャロル「へぇ、そうなんですの!」
ラウネア「…………(だから楽しみだね)!」
キャロル「それは楽しみですわ!」
ハンティ「……何言ってるかわかるの?」
キャロル「はい! レオンハルト様のことを言っているのはわかりますわ!」
スラル「私もわかるわ」
ハンティ「えぇ……?」