日の落ちた翔竜山の一角で、両者は向かい合っていた。
横穴から這い出てきたレオンハルトの正面、下層に続く山道を塞ぐように女が立っている。
女性としては長身の、カラーの女だ。
そんな彼女の容姿、言葉にレオンハルトは反応せざるを得なかった。なにせ、
……巨乳美女が俺を探していた……?
見つけた、と言うなら探していたということだろう。それは当然の帰結だ。
しかし目の前の美女にレオンハルトは心当たりがない。そもそもカラーの知り合いはハンティとペールを除けば皆無なわけだし、関わりも――
……あ、もしかすると……。
と、レオンハルトが一つ、彼女の目的に察しが付いた時と、彼女が口を開いたのはほぼ同時だった。彼女はこちらの姿を見て眉を顰めながら、
「……その尋常ならざる気配、魔人とお見受けするが如何か?」
「! あ、ああ……魔人レオンハルトだ」
返すこちらは少し戸惑いつつも、相手の問いに同意し簡潔に名乗る。
すると向こうは頷きを入れた。しかし警戒の色が強い。いつでも動けるように、何らかの手段を取れるように身体から戦意が出ているのが見て取れる。そんな様子のまま彼女は一方的に続けた。
「私はケッセルリンク。見ての通りカラーだ。こちらへは攫われた同胞を取り戻すべく参上した」
どうにも気取った口調だが、別に気にはならない。というよりもべつの部分が気になっていたからなのだが。
それを気にしつつもレオンハルトは、ああ、と彼女の目的を理解する。彼女が言う同胞はというのは、
……後ろの横穴に寝かせたペールのことか。
確かによくよく考えてみれば、ペールには了解を取ったものの他のカラーには何もそのことを伝えてはいなかった。なので魔人に攫われたと思い、こちらを追いかけてきてもしょうがないことだろう。
差し詰め自分は、王を拐い何かを企んでいる悪人、といったところか。
レオンハルトはそのことに辟易としながら息を吐く。そして後ろを顎でしゃくりながら、
「……ああ、それなら後ろで寝てるが――」
連れてくならさっさと連れてけ、と。そう言おうとした言葉が止まる。
レオンハルトは後ろの横穴で寝てるペールの、今の姿を思い返した。そういえばつい先程、彼女の服を脱がしたところであり、
……このまま見せると勘違いされるんじゃねぇか……?
とそんな危惧を抱く。
ならばどうするべきか。正直、ここまで来たならもう流石に道案内してもらわなくとも山頂までは辿り着けるだろうし、彼女の安全を考えるなら連れて行ってもらうのがいい。
だが、今彼女の姿を見せると勘違いされ襲われるやもしれない。別に襲われても構わないのだが、その場合は話が更にややこしくなりそうで――。
「その後ろの洞穴にいると?」
「……ああ、いや、そうなんだが――」
何と言うべきか。迷った挙げ句、
「つ、連れ帰ってもいいが、今は待て。ちょっとやることがあってな……」
「……どういう事だ」
「……とにかく、少し待てば返してやる。――だから待て。お前も、俺と戦いたくはないだろ?」
「………………」
とそんな無茶苦茶な言い分でゴリ押した。
当然だがケッセルリンクはこちらを訝しむように表情を固くする。
だが、相手はどうやら理知的な人物のようで、魔人相手でも普通に会話をしてくれる人物のようだ。ならば分かってくれるだろう。魔人と戦うリスクを負うくらいなら、ほんの少し待った方がいいのではないかと。
そういう意図があっての言葉だったのだが、ケッセルリンクはそれを聞いて目を据わらせると、
「――ならば無理やりにでも、取り戻させてもらう」
――ダークミスト。
とそんな魔法を唱えて、彼女は敵意を向けてきた。
「…………あ?」
いや、ちょっと待て。何でそうなる?
レオンハルトが戸惑う中、周囲が黒の霧で覆われていく。
そしてほぼ同時に、遠い空。夕日が完全に沈みきり、辺りに夜の帳が下りる。
周囲が闇に覆われていく中で、レオンハルトはケッセルリンクの声を聞いた。
「……ちょうどいい時間帯だ。天はどうやら私の味方らしいな……」
何言ってんだ、この巨乳。話聞けよ。
その思いをぶつけようと口を開く。
「おい! 待て! 俺は戦う気は――」
と口に出したところで、気づく。自分とその周囲を一緒に飲み込んでいく闇。
……視界が全く利かねぇだと……?
視界封じか、と魔法の正体に見当を付ける。他の効果は今の所見受けられない。
そんなことを思ったところで、
「――っ! ちっ!」
突如、音もなく振るわれる攻撃を剣で弾く。
こちらの身体を狙っての攻撃。それも打ち合わせた手応えから察するにおそらく剣だろう。
「……!」
そしてこちらが防御出来たことがそんなに不思議だったのか、相手が驚きに絶句した――ような気がする。あくまで勘だが。
……というか全然口を利かないし、音を出さないって事は、それでバレるってのがわかったのか?
相手の考えを推察し、口端を釣り上げる。なるほど、中々悪くない。
「――ハッ、なるほどな! 俺が、視界に頼り切りの三流剣士じゃねえことを直ぐに見抜いてきたか! だから音を――って」
と、そこまで言ってからはっと我に返る。危うく戦ってしまうところだった、と。
落ち着け。ここで戦ってしまえば本末転倒だし、そもそもこちらには先約があるのだ。あまり時間を掛けるのよくない。
しからば、自分はどうするのか。頭の中で考えをまとめてみる。
まず、ペールの今の姿を相手に見られてはいけない。見られて何か良からぬことを――ってな感じで襲われる。
ケッセルリンクと戦うのもよくない。別に戦う理由もないし、巨乳美女を虐めるなんて男の風上にもおけない。
そして時間を掛けてライゼンを待たすのもよくない。だが、最悪これは別にいいかな、と思う。少しくらい待つ、とライゼンも言っていたことだし。
これらを全て満たして、円満に事態を収拾する方法。
……いや、うん……それしか、ないか……。
その答えを瞬時に導き出したレオンハルトは少し憚られるものの、それを口にした。
「――おい、聞いてくれ!」
「――――」
闇の中にいるであろう彼女はこちらを警戒している為、答えない。
だが、それでも構わない。耳に聴こえているのならそれでいいのだ。
レオンハルトはそのまま続けて、
「いいか! 俺は、ペールの安全を確保するために! あの横穴にペールを隠しておくことにしたんだ!」
どこにいるのか分からない為、大声でそう説明する。
勿論剣は収め、戦意は出さない。戦う意思はないと喧伝するようにそれらの圧は霧散させる。
するとその甲斐あってか、闇の中から声が聴こえてきた。
「……どういうことだ?」
……釣れた!
レオンハルトは相手が耳を傾ける様子を取ったところで内心ガッツポーズを取る。
この機会を逃す手はない。レオンハルトは意を決した。
こちらが取る方法、それは即ち――
「俺はこの山を制覇するためにやってきたんだが――」
――誤解されるのを承知の上で、包み隠さず事情を素直に話すことだ。
「――なるほど」
レオンハルトが事情を説明し終えると、ケッセルリンクは闇の中で頷きを返してくれた。
未だ魔法は解いてくれないものの、戦意は殆どかき消えており、今からまた戦うことはないと思われる。これ以上話がこじれなければ、だが。
「……どうだ、わかってくれたか?」
「……つまり、君は――」
ケッセルリンクが闇の向こうで言葉をまとめる。
「――休暇で山を登りに来たものの森で迷子になり、宝箱だんごに煽られたのでそれを追いかけている内に人間とカラーの戦いにうっかり迷い込み、せっかくだから森に詳しいカラーに道案内を頼もうと偶然そこにいたペールに人間を追い返す代わりに道案内をして欲しいと取り引きを交わし、それをペールが受諾したことで人間を追い返した後に山を登ったはいいものの、ドラゴンとの戦いで気絶してしまった彼女を安全な場所に隠しておくためにあの横穴にペールを隠してある、と?」
「お、おう……一気に言い切ったな……だが、事実だ」
「……正直――」
ケッセルリンクはそこで考えるように言葉を区切ると、ややあって、
「――到底信じきれるものではないな」
「…………」
「というかそれが本当だとしたら」
「……だとしたら、何だ?」
一息で、
「率直に言うが…………君は馬鹿か?」
「……………」
一蹴されてしまい、沈黙する。
黙りこくるこちらに対し、ケッセルリンクは続けて、
「山を登りに来た。それはいいとしよう。森で迷子になるのもしょうがないかもしれない。カラーに案内を頼むのもわかる」
だが、と。
「道案内なら山の手前で下ろせば良かっただろう」
「……そ、それはだな……」
言えない。山ですら道に迷う気がしたなんて言えない。色々と承知の上で事情を説明したが、それでもまだプライドは残ってる。その残りのプライドを守るためにも、その事実は断固として隠し通したい。
前置きの言葉を放ったものの、黙秘するレオンハルトに対し、ケッセルリンクはじっと闇の中からこちらを見詰めていたようであり、
「…………ふー……」
「お……?」
やがて長い息とともに闇が晴れていく。
とは言っても視界に映るのは夜の景色であるのだが、それでも真っ暗な闇の中にいたこともあってやたらと明るく感じる。
レオンハルトがその変化に表情を緩和させる。すると見えてきた視界の先、ケッセルリンクは疲れたように頭を抱えており、
「……まぁ、確認すればわかることだ」
今は判断を保留にする、とケッセルリンクは言う。
だが、
「――あ、あのう……?」
「……!」
「っ! ペール……!」
不意に、レオンハルトの背後から呼びかけられる声がある。
横穴からそっと覗き見るように声を掛けてきたペールだ。
話の渦中にあった当人の登場に、レオンハルトはほっと息をついて安堵する。
……これで俺の身の潔白が証明される……!
やはり正直に話すのが一番。誤解や勘違いはそういうところから生まれるのだ。
そんな思いを抱くこちらの視界、ケッセルリンクはもはや自分を無視してペールに駆け寄る。
「大丈夫か……?」
「ケッセルリンク様……」
するとペールはケッセルリンクを見て首を――横に振った。
そしてあろうことか、顔を赤らめた状態でこちらにチラチラと視線を寄越しつつ、とんでもないことを宣言した。
「わ、私……私――お、大人の階段を登ってしまったみたいです……!」
「――――」
「――――」
ペールのその発言に、その場の空気が一瞬にして凍りつく。
そしてケッセルリンクの動きが止まるのを見てレオンハルトは、
……おい! 話が違ぇぞ!! というか何でそうなる!?
若干嫌な予感を察知していたため、少し早く気を持ち直す。
ペールを睨もうと視線を向けようとし、
「――話が違うようだが?」
と、ケッセルリンクの敵意の顔がこちらを振り向き、先に彼女に対応する羽目になる。
レオンハルトは慌てたようにしながらも直ぐに叫んだ。
「待て待て、早とちりするな! よく見ろ! クリスタルは赤色のまんまだろうが!!」
「む――それは……確かに」
ペールを指差して言うと、ケッセルリンクも遅れて確認して頷きを得る。
そう、カラーは額に赤いクリスタルを持つ種族だが、処女を失うとそのクリスタルは青に変化するのだ。レオンハルトはそのことを知っており、ケッセルリンクも、自身がカラーであるから絶対に知っている筈なのだが、爆弾発言によってそこまで気が配らなかったのであろう。
そして、その言葉が聞こえていたペールはそこで驚きを入れ、
「えっ……まだ赤色ってことは――」
自分の額が見えない為、今その事実を知らされたペールは再び顔を赤くし、
「――ほ、ほほ本番以外をしたんですね……!」
「……おい」
「違ぇよ!」
ケッセルリンクの顔が再びこちらを向いたので即座に否定をする。
そしてそのまま視線をずらしてペールに牽制するように、
「おい、お前は誤解してるからな。俺は何もやってない」
「で、でも、服を脱がされていましたし……」
「……と、言っているが――」
「……あ、あれはお前が汚れないようにしただけだ」
「よ、汚れるようなことをしたんですね……!」
「してねぇよ!」
再び否定を返すもこのままじゃ埒が明かない。というか妙に嬉しそうなのが気になってしまう。
「……とにかく、大事は無いんだな?」
「だ、大事はありますけど……女の子にとっての――」
「……もうお願いだから黙ってくれ」
「……大丈夫……そうだな」
ケッセルリンクがまとめてくれるのをペールがまたややこしい発言をするので、もう疲れたと言わんばかりに力無く呟いたレオンハルト。ケッセルリンクもペールが元気そうなのを見て、何故か抑える側に回ってるのが救いか。完全に立場が逆転してしまっている。
――異変を感じたのはそんな時だった。
「――ん?」
女二人が話し合ってる最中に違和感を感じて何気なく周囲を見渡す。
……何だ今のは。
何となく嫌な予感を感じて視線を鋭くするも周囲には何もない。
一瞬、視界が動いた気がしたのは気のせいだったか、と二人に向き直った直後のことだ。
上から音と振動が響いてきた。なので上を見上げながらも一応、
「……おい、もう少しこっちに来い」
「? 何ですか?」
ペールが首を傾げて尋ねてくる。ケッセルリンクが若干訝しんできたが、それを考慮してレオンハルトは簡潔に事実を伝えた。
「――落石だ。その辺でも当たらないとは思うがもうちょっと寄っとけ」
「あ、はい!」
「……ふむ」
こちらの言葉に二人が従ってくれる。近づきすぎると警戒されるか、と思いレオンハルトも少し距離を置いて壁際から離れると、ややあって、
――轟音とともに岩石が落ちてきた。
「きゃっ!? ほ、本当に落ちてきました……」
「……ペール。もう少し耳を鍛えたほうがいい。さすがに落ちる直前に気づくのは危なっかしいというか……」
十メートル前後のそれなりの大きさの岩石の落下によって地面が揺れる。
そしてそれを途中まで察知出来ていなかったであろうペールに、ケッセルリンクが苦言を呈する。
「あ、あはは……な、何のことですか? 私は数秒前には気づいてましたよ?」
「ふー……全く」
バレバレの嘘を吐くペールにケッセルリンクが息を吐いて眉根を抑える。どうにも苦労している様子というか、何となく二人の関係性や力関係が見えてくる。
差し詰め前長と現長。先程聞いたケッセルリンクという名前と少しだけ垣間見えた実力から察するに、おそらくだが、
……こいつが夜の王、だろうな……。
と頭の中で当たりをつける。だからどうという訳ではないが、
……仕事でなくてよかった。
休暇中ではなく、仕事中に出会っていたのなら面倒なことになっていただろう、ということだ。尤も、それには魔軍がカラーの集落を襲っていなければならないため、最近ではあまり意味のない仮定ではある。
その一方で、微妙に戦ってみたいと思う部分もあり、
……おっと。そういえば戦いと言えば楽しみがあったな。
戦いという単語で、上層に残してきたドラゴンを思い出す。
四大聖竜のライゼン。彼との決闘は中断している最中であった、と。
ペールの問題も、ケッセルリンクが来たことで片付いたことだし、そろそろ行かせてもらうか。
夜なのはちょっと面倒だが戦いにはそこまで支障が出ないだろう。そう思いレオンハルトは声を掛けようとした。
次の瞬間。
「――っ!?」
――地面が激震した。
「きゃあぁぁ!? な、なんです!?」
「地震か……!」
「いや、これは――!」
大地が揺れているわけではない、と。それを言う前に、
「――!」
地面に亀裂が走り、足場が崩れ落ちた。
レオンハルトは断裂した地面による浮遊感を得ながらも、冷静にそれを見ていた。
地面であった岩場は幾重にも砕かれ大小様々な破片となって落ちていく。
突然の出来事ではあるが、事が起きた後であれば原因は推測出来る。おそらくは、
……あの落石が切っ掛けか……?
あれだけで崩れ落ちるとは思ってはいないが、それ以外に原因は見当たらない。
いや、もしかすると一つ上の層でのライゼンとの戦いの余波によるものかもしれない。お互いに周囲の被害など考えていなかったので周囲への被害は極小――というわけにはいかなかったからだ。
確かな原因は不明だが、起こってしまったならしょうがない。レオンハルトは思う。
自分は今、宙に落ちる瓦礫の一つに乗ったままだ。
しかし今なら上に跳躍すれば問題ない。見たところ自分たちがいた層は半分から断裂しており、未だ大地は健在だ。
なら、と足に力を込めた時。
耳に声が聞こえてきた。
「きゃあああああぁぁ――!?」
「くっ――!」
「!」
レオンハルトはその方向に顔を向けた。
眼下、山の破片に紛れて二人の女性が抱き合ったまま宙に投げ出されていた。
ペールは叫び声を上げて半ばパニックになっているようだが、ケッセルリンクは幾分か気を持っており、周囲に目配せしながら対処の方法を探している。
レオンハルトはその様子を見て、手汗が滲み出るのを感じた。
しかしその半面、頭は冷静にこの後の結果を弾き出す。あのまま――いや、このまま落ちれば、
……間違いなく助からねぇ……!
眼下の二人を見て思う。ケッセルリンクはカラーにしてはかなりの実力を持つが、宙に投げ出された状態で何かを出来るとは思えない。それは彼女の焦りに満ちた表情を見れば明らかだ。そしてパニック状態のペールは論外。彼女が悪いというわけではないが、飛行でも出来ない限りどうにもならないだろう。
そして見えてくる結果は――地上まで真っ逆さまだ。翔竜山は細長い塔のような山だ。途中、山の急斜面や段差に転がり落ちることも考えられるが、それは何の慰めにもならないだろう。この高さなら魔人である自分とて、どうなるか分からない。人間やカラーなら死は確実だ。
――なら、どうするのか。
そんな問いに、冷静な自分はこう答えた。――見殺しにする、と。
今日、そしてついさっき出会ったばかりの二人を、命を危険に晒してまで助ける義理はない。いくら休暇中だとしてもだ。
故にレオンハルトはほんの数瞬。一瞬の猶予も殆どない状況下では長い時間、そのこと考え、
……残念だが――。
と結論を出そうとした。眼下にいる二人に視線を向け、レオンハルトは下を見なければ良かった、と後悔した。
なぜなら――
「――!」
「っ……!」
――落下中のケッセルリンクと目があってしまったから。
彼女の瞳はどこか諦観の念を持ちながらも、こんな状況であっても意思を感じさせており、ペールの身体をしっかりと掴んだままでいた。――自身の身体を下側に向けながら。
レオンハルトは息を吐く。
……おいおい、何考えてやがる……そんなんで助かるわけねぇだろうが。
考えてることは、わかる。自分を下側にして衝撃を少しでも緩和しようとしているのだろう。
しかしそんなのが通用するのは精々数十メートルの話だ。こんな高所でそれが通用するわけがない。
……そういうのはファンタジーだろうがよ。ましてや人間やカラー程度の力なんかじゃ……。
レオンハルトはそう断じる。そう冷静に分析する。そして一つの仮定を思い浮かべる。
――自分ならどうだ?
頭は危険信号を鳴らし続ける。早く上に跳べ、やがて間に合わなくなるぞ、と。
幾ら何でも無茶もいいところ。危険が大きすぎる。
故に、レオンハルトは瓦礫の上で姿勢制御を行った。
心の中で思う。
……そんなことは、馬鹿のすることだ。
そう。無茶苦茶。道理を弁えていない身の程知らずの所業。自分の力を越えることを行う馬鹿。
故に――レオンハルトは跳躍した。
――下に向かって。
「はぁ……嫌になるな、全く――」
自分はこんなに馬鹿だったのか、と頭を抱える。
今何が起こっているのか理解しているのだろうか。地上数千メートルからの飛び降りだぞ。
どう考えても無茶。
だが、
「――クク」
――どうにも笑えてくるのはどうしてだ?
レオンハルトは風と身体に来る抵抗を感じながら、宙で落下している二人に高速で追いつき、二人を抱え込んだ。
「なっ――!?」
「――よう! 大丈夫か!」
風の音が喧しいため大声で叫ぶように声を掛ける。驚愕したケッセルリンクの顔が近くにある。ペールはどうやら気を失っているようだ。よく気を失う奴だな、と思いながら、
「何故ここにいる!! 君は死ぬ気かっ!?」
ケッセルリンクがこちらと同じ様に叫ぶように問うてくる。
なのでレオンハルトはそこで良い顔を浮かべてやった。
不敵な笑みで表情を飾りながら、
「決まってんだろ――助けに来たんだよ――!!」
「っ! 助ける義理なんてないだろうに!」
ケッセルリンクは続けて、
「君は初対面の、今日会ったばかりの縁のない者の為に命を捨てるというのか!?」
「初対面の縁のない奴の為に動くってのも悪くない気分だぜ!!」
ハイになってるだけかもだけどな! とレオンハルトは笑う。
ケッセルリンクは更に戸惑いを大きくしつつ、
「――っ! 助ける理由がない!!」
と言った。
なので軽く答えてやる。
「男が女を助けるのに理由はないんだよ!」
「――――!」
ケッセルリンクが絶句する。
ふん、そこまで驚くことかよ、と鼻で笑いながらもレオンハルトは更に口を開き、
「――それに何か勘違いしてるな!」
「な、何を……!」
先程より声量が小さくなったが、かろうじて聞こえる。
レオンハルトは続けて言ってやった。その思い違いを。
「俺は死ぬ気はないし、お前らも死なせねぇ」
「っ、だが――」
どうするのか、と言おうとするケッセルリンクの言葉を、レオンハルトは注意してやった。
「いいから少し目を閉じて歯を食いしばってろ! ちょっと色々やってみるが、痛みと衝撃はそれなりに来るだろうからな!」
「そんなことで――」
「いいから黙ってやれ! そうしてりゃ――」
それなら、
「――俺の力で救ってやる」
「――――」
俺は強く断言する。
ケッセルリンクはその発言に、暫しの間目を丸くして言葉を失くしていたようであったが、
「――わ」
「あ?」
口を開いたのだけしか分からない。故に問い返すと、
「わ、わかった……任せる」
そう言って目を瞑った。
なんとか耳に届いたその言葉に、レオンハルトは気合いを入れ直す。
「――よし、任せとけ!」
風を巻き、浮遊感を感じながら、レオンハルトは高速で落下する自分を自覚した。そして思うのは、自分への自信と、
……さて、それじゃこの窮地に色々と成長させてもらうとするか……!!
――成長と危機感。そしてそれへの期待と喜びだ。
レオンハルトは肉体を完全に動かせるように集中しながら、宣戦布告をする。
……高所何千メートルから落ちたくらいでこの俺が死ぬ? クク、何の冗談だそりゃあ……。
相手はこの翔竜山という山と、高所からの落下という現象自体。それくらいで死ぬ自分なら願い下げだ、とそう自分に言い聞かせ、レオンハルトは笑みを深くした。
……精々、俺に危機感を味わわせてみろ。そうすりゃあ――
後に待っている喜びと全ての感情に身を震わせながら、レオンハルトは二人を抱いて翔竜山から落ちていった。
キャロル「レオンハルト様が落ちてますわー!」
スラル「レオンハルトが――って、何こんな時にフラグ立ててるのよ!?」
ガルティア「高所から笑いながら落ちるとは……アイツ、とうとうマゾになったか……」
ハンティ「…………(レオンハルトっていつもこんな感じな気がするのはあたしだけ?)」