――おい、この馬鹿何言ってやがんだッ!?
魔王スラルの横に控えるように立ち、能面のような表情を貫くレオンハルトは、内心パニックになっていた。
眼前では魔人――だろうか。緑色の長髪と角を持つ男が戸惑いがちに声を上げた所だった。
いやまぁ、そんな反応にもなるだろうよ。お前の反応は正解だ。なにせ当事者である俺が一番理解不能だからな。
「……ギリウムね。どうしたの?」
どうやらその魔人はギリウムと言うらしい。俺の知識にはいない魔人だな。
そのギリウムはスラルに問いかけられ、自分がした事を少し後悔しているようだったが、やがて意を決したように話し始めた。
「……はい、魔王様! 恐れながら申し上げますと魔軍参謀、というのはともかく。その魔人を魔人四天王にするのは如何なものかと思います!」
その言葉に周りがざわつきはじめる。こいつ言いやがったって感じの雰囲気だな。魔王に意見するのも一苦労って所か。
……そういや、俺さっきめちゃくちゃ突っぱねたなぁ。何か許してくれそうな雰囲気をスラルから感じたというか口調に関しては特に何も言ってなかったからいいんだろうけど。
さて、肝心の魔王様は――
「――それは何で? 理由は?」
物凄く苛立ってるようだった。口調こそ先程までと変わらないが隠しきれてない苛立ちが滲み出ている。
何でそんなにキレ気味なんだ……というかこいつ普段はこんな感じなのか?
「な、何でと言われましても……今まで魔人四天王の席は殆ど空席であったのに何故今その席を埋めるのかと。……そ、それに! カミーラ様と同じ地位を戴くにその男は相応しくないかと!」
……おいおい可愛そうに。冷や汗かいてめちゃくちゃ怖がってるじゃねぇか。
でもちゃんと理由を言い切ったのは凄いな。肝心の理由がちょっとあれなんだが。どう考えても前半の理由より後半の理由が本音って感じだ。魔軍参謀とかいう訳わかんない役職についても否定してくんねぇかな。
「そう、カミーラはどう思ってるの」
スラルの言葉に皆の視線がカミーラに集まる。って、うおっ! めちゃくちゃ美人!
確かにこの美貌は男なら振り向かざるを得ない。カミーラを巡って過去にドラゴンが戦争したってのも納得の美しさだ。
とんでもなくプライド高そうで俺にはどうも敷居が高そうだが。
「…………」
さて、そんなカミーラ。魔王を含めた部屋中の視線を集めていながら無言を貫いている。予想以上にとっつきにくそうな女だな。
ギリウムもおろおろしている。いかん、俺も沈黙が苦しくなってきた。いっそ、俺から辞退してやろうか。
というかカミーラちょっと俺の事めっちゃ見てないか? 俺の事品定めでもしてんのか、いやそれなら早く言ってくれ。
カミーラが相応しくないとでもいえば直ぐにこの話もなくなるだろうし。
「か、カミーラ様……」
「――異論はない」
「……は?」
「魔王様のお好きに」
カミーラは端的に意思を語るとこれ以上言うことはないとばかりに目を閉じる。いや、異論あるだろぉ!
おい見ろ! ギリウム君なんかぐぬぬって唇噛みながら悔しそうに、それでいて俺の事を後で絞めるっつう意思をバリバリ送ってきてんだよ!
何がお好きに、だ。なら俺が本当に魔人四天王になったらテメェの乳めちゃくちゃ揉みしだいてやるからな! 多分その後、直ぐに殺されるけど!
ていうか……くっそ。あのギリウムって奴の敵意がマジで鬱陶しい。魔人の殺意を直接ぶつけられるのは身体が重くなり、正直快適とは言い難い。
というかこいつもしかしてドラゴンの魔人か? 耳の所にある羽っぽい部分と角っぽいものを見る限り――後、カミーラに執着してるらしきところがどうにもそれっぽい。
おいおいこのままじゃ……俺が嫌な予感を覚えていると、スラルは話を纏めようと声を出した。
「ん、なら構わないわね?」
「は、は……。い、いや、ならば決闘を! 決闘の許可を下さい!」
「う、うん? どういう事?」
スラルが問い返す中、俺はげっ、と声が出そうになる。
いやお前まさか――
「はい! 魔人四天王は魔人の中でもかなりの強者でなければなりません! なので私とその男で魔人四天王の座をかけて決闘させてください!」
言いやがったコイツ! 決闘なんて言いやがって、ライト○ベル最初の巻に出てくるかませキャラじゃねぇんだぞ! 問題が起こったからって何でもかんでも決闘で解決出来ると思うなよ!
しかもこの野郎、言うに事欠いてちゃっかり自分が魔人四天王になろうとしてやがる。その点は、他の魔人や魔物将軍も俺と似た感想を得たのか、じろりとギリウムに非難の視線を浴びせる。
しかしギリウムはそれに気づいていないのか、無視するように言葉を続けた。
「そうでなくては納得出来ません! 魔王様! 何卒、私に決闘の許可を!」
「…………」
スラルはギリウムの嘆願を聞き、ちらりと俺の方を見る。俺と目が合う。おい、わかってるな。断れよ。こ・と・わ・れ。
俺の意思が伝わったのかスラルは少し迷ったように視線を彷徨わせた後、俺の方を再度見て、コクリと頷く。なになに、わ・か・っ・た。よしよしわかってくれたならいいんだ。さすがは魔王様だ。
そしてスラルはギリウムに返答した。
「……わかった、許可します」
「――――!?」
「――! ははっ! 感謝致します!」
俺が驚愕する中、ギリウムはスラルの許可を貰う事が出来て平服する。
そんなスラルは絶句する俺を見上げて小さく苦笑。
そして俺にだけに聞こえる声で。
「……もう、私は止めたからね」
…………んん? 止めた?
「でも、自分でやるって言ったからには勝ってよ。じゃないと怒るからね」
………………ぜっっっっっっっんぜん1ミリも伝わってねぇ!!!
いつの間にか、俺の方が決闘を望んだように曲解され俺はスラルの、やれやれしょうがないわね、とでも言いたげな生暖かい目に心底ビンタしてやりたくなった。
「…………」
魔人ギリウムと魔人レオンハルトによる決闘のお触れが魔王スラルより出された。
そのため、謁見の間に集まっていた魔軍の重鎮達は魔王城の中庭に集まっていた。
そんな中、魔人レオンハルトと唯一人間の時に面識があり、戦ったメガラスはこの決闘の行方を思考する。
……果たしてどちらが勝つか。
メガラスは両者の事を知っている。
レオンハルトの方は記憶にも新しい。まだ人間だった状態での戦いだ。
魔王スラルの命令で彼に接触し、戦いを始めた。
人間の身で魔物を歯牙にもかけず倒していた彼の強さは実際に戦ったメガラスをも驚かせた。
初撃で彼は満身創痍だった。にも関わらず自分の突撃を、もっとも自信のある超高速の突撃を躱し、なおかつ反撃までしてみせた。
通常では、反応することも出来ないだろう。反応出来てもあの状態で動けるものか?
願わくば万全の状態で戦ってみたかった。
そんな彼が魔人となり生物としての格を引き上げられ、どれほど強くなったのか。種族は違えどホルスの戦士であるメガラスにとって彼は同じ戦士である。故に興味がある。
もしかすると魔王スラルへと自らの故郷と引き換えに出した部分を重ね合わせているのかもしれない。少なくとも悪い奴ではないだろう。
だがそれでも、と同時にメガラスは思う。
果たして勝てるのだろうか。
自分と同じ時代を戦った――ドラゴンの魔人ギリウムに。
魔人ギリウムは決闘に向けて集中しながら、内心は荒れていた。
魔人ギリウム。彼は魔王アベルの時代、ドラゴン王マギーホアとの戦い、ラストウォーに備えてアベルが作ったGRドラゴンの魔人だ。
アベルはドラゴン出身の魔王であり、誇り高いドラゴンらしからぬ性格であったが、魔人を作る際に優先したのはやはり同じドラゴン族だった。何体かのドラゴンの魔人が作られたが、生ける王冠であったカミーラを除いてほぼ全員ドラゴン王マギーホアに殺された。
そんな中、唯一の生き残りがギリウム。
彼はアベルについて来たドラゴンの中では異端。どちらかと言うと誇り高い――ドラゴンらしい性格の個体だった。
何故、彼が卑怯者と噂されるアベルに付いたのか。それは端的に夢が、野心があったからだ。
ドラゴン族の生ける王冠カミーラ。彼は他の多くのドラゴン族の例に漏れず、カミーラに懸想していた。当然、何度もマギーホアに決闘を挑んだ。しかし、その実力差は火を見るより明らか、幾つもの敗北を重ねていった。
マギーホアはあまりにも強すぎる。他の四大聖竜といった面々もマギーホアにはまるで刃が立たなかった。
そんな中、唯一マギーホアに匹敵する存在が現れたのだ。魔王ククルククルに偶然とどめを刺して自らが魔王になったアベルだ。
狡猾で臆病であったアベルだが、実力だけはマギーホアに届く程に強い。ともすれば彼ならマギーホアを倒すことが出来るのではないか?
ギリウムにとって目の上のたんこぶであるマギーホア。もし、彼がいなくなれば――。
奴さえいなければ、四大聖竜くらいなら自分でも決闘に勝つことが出来るかもしれない。そうして彼は魔王アベルに付いて魔人となった。
だが、彼は一度絶望した。魔人となってラストウォーを戦い理解した。
魔王アベルはドラゴン王マギーホアに敵わない。そして自身も四大聖竜といったドラゴンのお歴々には敵わなかった。
そんな事実に絶望して数十年。アベルはマギーホアに敗北した。
多くの魔人が殺されたが、ギリウムが早めにアベルに見切りをつけて逃走し、隠れ潜んだのでなんとか助かった。
カミーラも再びマギーホアの物になり、ギリウムはひっそりと息を潜めるように過ごした。
だが、そんなある日。とんでもない事件が起こった。
全てのドラゴンが羽の生えた生き物に殺されていった。
天使と呼ばれる奴らはドラゴン族を狩り続け、滅亡させたのである。ギリウムは怖れた。自分もああはなりたくない。
しかし、ギリウムは狩られなかった。魔人であった為である。その日、彼は初めてアベルに感謝した。
そして更に数百年の時が流れる。
最早、ドラゴン族はその殆どが死に絶え、残っている者は数える程。ギリウムは気ままに暮らしていた。
そしてギリウムは転換の日を迎える。アコンカの花が咲き、新たな魔王を伝える。
――SS期。魔王スラルと人間の時代の到来だ。
ギリウムは本能的に魔王への恭順を誓った。人間という弱い種族とはいえ魔王は魔王。従うことに否応もない。
そしてギリウムは新しい魔王の元に参じた。そこで愛しの存在と再会を果たしたのだ。
魔人カミーラ。ドラゴン族の生ける王冠。長年の想い人だ。
彼女を見た時、ギリウムはある事に気づく。
今、彼女は誰の物だ? マギーホアはいない。アベルもいない。四大聖竜もいない。 ドラゴン族は殆ど誰も残っていない。
残っているのは誰だ?
――――自分だ。
ドラゴン族の掟に従うなら、彼女を手にする資格があるのは自分なのだ!
そう思い、ギリウムは想い人であるカミーラに思いの丈をぶつけた。
だが、カミーラは全く靡かなかった。力づくも不可能だ。カミーラは自分よりも強かった。
地道に口説くしかないのか……? そう思ったが悲嘆することもない。
何故ならドラゴンは、候補は自分だけしかいないから。どれだけかかっても最終的には自分の物になる。そう考えれば中々に滾る。その日を待ち遠しく待つのみだ。
だが、そんな折に邪魔者が現れた。
魔人レオンハルト。魔王スラルが連れてきた人間の、剣の王と呼ばれた魔人らしい。
それだけならばどうだっていい。なんなら別に同じ魔人として仲良くしてやっても構わない。
だが、魔人四天王になる。そんなのは到底許容出来ない。
魔人四天王の席は未だカミーラが座するのみ。あのメガラスも、他の魔人もスラルは魔人四天王を冠する事を認めなかった。
ギリウムは魔人四天王になればカミーラが振り向いてくれるのではと考えた。ドラゴン族として強い雄に雌は靡くものである。
それをあんな人間の新参者にくれてたまるか。あのカミーラと同じ席を。
――カミーラは私の物だ。
嫉妬の炎を燃やして、ギリウムは決闘の相手であるレオンハルトを見つめた。