レオンハルトは、二人の提案を聞いて考え込んでいた。
それは、
「――怪我がある程度治るまでここで泊まる、か……」
暫くの間この家を拠点にするという、そんな提案だ。
そしてレオンハルトの復唱するように呟いた言葉に反応する声があった。
「ああ。君の身体は……はっきり言って重傷だ。本来なら動くこともままならない程に。……そうだな、ペール?」
「は、はい。普通の方なら全治数ヶ月はかかる……と、思います。レオンハルトさんは、その……魔人なので傷の治りも速いとは思いますけど……」
「まぁ、それはそうだが……」
ケッセルリンクの説明を引き継いで語るペールに、レオンハルトは何とも言えない様な表情で同意する。
自分の傷を詳しく見てくれたのはペールだ。なんでも、書物を読むことが趣味らしく医術書に関しても、知識が少しあるらしい。なので診断が曖昧なのは仕方ない。少しでも知識があるなら有り難いことだ。それに、
……魔人の回復力は、普通の人間の尺度には当て嵌まらないしな。
普通の人間なら死んでしまうような傷や、回復に長い時間がかかるような傷も。魔人であるなら耐えられるし、その回復速度も、人間の何十倍も速い。
しかしそうであっても、この傷の深さだと満足に動けるまで最低でも数日は掛かってしまうし、これでは色々と待たせる羽目になってしまう。その事実が業腹だが、それは認める他ない。
だから、という訳ではないがレオンハルトは続けて言った。
「……確かに回復にはそれなりに掛かるかもな。でも、お前らまで付き合う必要はないぞ? 多少動くだけなら問題ないから一人でも何とかなる。お前らだけ先に帰っても――」
「いや、それは無理だ」
こちらの言葉を、バッサリと切るケッセルリンク。
レオンハルトは目を細めて疑問した。
「……どういうことだ? 俺はともかく、お前らは大した怪我じゃないんだろ?」
ケッセルリンクはそこで、ふっ、と笑うと自分の手を肩の位置まで上げて首を振る。
「確かに動くだけなら問題ない。しかし、ここから我々の集落までは距離があり、道中に多くの魔物と遭遇することになるだろう。満足に戦えない私とペールでは、そこまで辿り着くのは困難と言わざるを得ない」
「そ、そうなんです!」
「…………」
その言葉に同調して、両手を胸の前でぐっと握るペール。腕に押された胸が強調される。そうじゃない。
レオンハルトは視線だけを動かし、二人を見やる。言外に、疑いの視線を向けていた。
だが、
「……それに、私達の為に怪我を負った君を置いていくなど、こちらの気が済まない」
「そうです! なのでお世話をさせて下さい!」
真剣な、強い意志を秘めた目でそう言われてしまう。
レオンハルトは、それを見て胡乱な視線を解くと、息を吐いてぼそりと、
「…………好きにしろ」
「! ……では、しばらくはここを拠点にするとしよう。……ペール」
「ま、任せて下さい!」
そう言った。
了承を得て露骨に気合を入れ始めた二人に、レオンハルトは肩を竦めるしかない。
……はぁ、どう考えても後者が本音なのがバレバレなんだけどな……。
どうやらこの二人、どうあっても自分を看病したいらしい。恩だの、何だのを魔人に覚えるとか大丈夫か、こいつら。
しかし、それを許してしまう自分も充分甘いのだろう。と、レオンハルトは微妙な感情で二人を見た。
「そ、それじゃあ、早速食事にしましょう! さっき、薬草を取りに行くついでに色々と食べられる物を取ってきました!」
自慢気に机の上に置いていた籠から野草や果物を取り出すペール。
それを見て思わず感心したように口から出るのは、
「大したもんだな……」
「こ、これでも一応カラーなので……森には詳しいんです。えへへ……と、とりあえず、これでお料理作ってきますね」
「ああ、悪いが頼む」
褒められて照れているのか、ペールが逃げるように台所に向かっていった。そんな彼女にレオンハルトは、なるほどな、と得心する。
常人が迷う森で、こうも簡単に食料を集めてくるとは、流石はカラーと言ったところだろう。自分も、狩りなんかは得意だが、今は難しいだろう。
しかし彼女達が居れば食料なんかには困らないのかもしれないな、と少し気持ちが楽になる。
食べなくても死ぬことはないにしろ、一人だと面倒なことになっていたかもしれない。そんなことを思いながら、
「あいつ、料理も出来るんだな。――お前はどうなんだ?」
「…………私か?」
残ったケッセルリンクに軽く話しかけてみる。
しかし返ってきた言葉は、確認するような言葉だ。お前しかいないだろ、というツッコミが脳裏に浮かんだのでその通りに、
「いや、お前しかいないだろ?」
「ん……それもそうだ……」
ケッセルリンクの表情が急に強ばる。
しかし硬い顔、というよりは、どことなく困っている様な表情にも見えなくもない。出会って間もないものの、凛然とした表情の彼女にしては珍しいな、という思いを抱く。
……緊張でもしてるのか?
と、単純にそんな考えが浮かぶもそんな先程までは普通に喋っていた訳だしなぁ、と否定する。
そうして思考を巡らせながら言葉を待っていると、やがてぎこちない様子で、
「……料理、は………………まぁ、まぁ……だ」
「……そうか」
何でそこで区切った? という思いが浮かぶも口には出さない。そしてやはり、と続けて思うのは、
……緊張してるってことでいいのか?
二回目のそれだ。でもだとしたらどうすればいいだろうか。
何とか緊張を解してやりたくはある。こちらとしても二人きりで居心地が悪いのは避けたいところだ。
窓から差し込む夕陽を感じながら、レオンハルトはゆっくりと思考を巡らせた。
ケッセルリンクは戸惑っていた。
椅子に腰掛けるこちらの眼前、ベッドに腰掛けるレオンハルトと二人だけになった。話がまとまり、ペールが料理を作りにいった為だ。
そして彼に話しかけられたのだが、
……ど、どうすれば……?
話しかけてきた意味は何となくわかる。気を使ってくれているのだろう。
その軽い感じは、これからも気軽にしてほしいという相手からのメッセージとも言える。こういった気づかいは、長であった頃に自分も行った覚えがあるのでよくわかる。
立場が上の相手に対して、下の者達は話しかけにくいものだ。それは、自分なんかが気軽に話しかけていいのか。邪魔になってしまわないか、などの様々な思いがあるためだ。例え会話がしたくても、それによって伴う失礼を畏れている。
しかし上位の者から気軽に話しかけることで、会話は容易になる。
下の者はそれに答えるだけでいいし、相手側から出されたお題に、”あ、この程度なら話題にしてもいいんだ”と気づかせる事が出来る。
そして今のこの場合、レオンハルトは気遣われる立場なのだ。
実際、こちらとしても様々な思いからそうしたい、と思っている。彼は命の恩人であり、そのために自分の身を削ったのだ。その行為には報いるべきだし、報いたい。
だが、彼はそれに気づいているのだろう。しかしこちらに配慮してそれを口には出さず、気軽に話しかけることによってこちらを気づかう。
そして同時に、その気遣われる立場というのを受け入れてくれたのだ。
やはり出来た人だな、と思う。気づかせてしまったのは申し訳ないが、ならばこの場に至って出来ることは、それをこちらも受けて入れてやることなのだ。ケッセルリンクはそうしたいと思っている。
――だが、何故かそれが出来ない。
今も彼の質問に対して、迷った挙げ句、
……う、嘘をついてしまった……!
ケッセルリンクは内心、頭を抱える思いだ。
なにせ自分は、料理など殆どしたことがないのだから。
昔から料理は周りの者に任せていたし、長を辞めた今でも、人を雇って作らせているのだ。
……痛恨の極みだ……!
それはあまり良い行いとは言えない。ましてや恩人に嘘をつくなどありえないことだ。
しかし、ケッセルリンクはそうしてしまった。その理由も、何となくではあるがわかる。
おそらくだが、レオンハルトと二人きりになってから、妙に緊張しているのが原因だろう。心拍数が上がり、顔が熱いのだ。
そして先程の彼の問いに対し、自分はこう思ったのだ。
……料理が出来ない、などと……思われたくない。
故に咄嗟に嘘をついてしまった。
どうにも自分はおかしくなってしまっているらしい。落ち着かなければ。
ケッセルリンクは息を入れて、自分を戒める。今、白状してしまおう。そうしようと決意を秘めた。そんな時だ。
「……それなら、明日にでも食べさせてくれ」
「…………えっ?」
と、レオンハルトから何気なく言葉が投げかけられた。
彼の紅い瞳がこちらを向いている。気がつけば自分は視線を逸してしまっていた。なので再び彼と目を合わせると、
……う、あ――。
まただ。胸の鼓動が大きくなる。そして思考が定まらなくなる。
早く答えなければ。いや、違う。嘘を白状しなければ。さっきのは嘘で、実は料理なんで微塵も出来ないと――
「…………わ、わかった」
――気づけば頷いていた。
「魔人も食べるのと食べないのとじゃあ治りの早さが全然違うからな。きちんと食べれるのはありがたい」
「そ、そうか……」
再びぎこちない頷きをして視線を逸しながら、ケッセルリンクは思った。
……言い出せなかった……!
何故だ、と思う。自分で自分を制御出来ない。だがその一方で、
……食べたいと言うなら食べさせてあげなければ……!
という使命を帯びたように意気込む自分もいた。
なのでまぁ、料理については明日までに隙を見てペールに教えてもらおうと誓う。嘘じゃなくしてしまえばいいのだ。と、そんな言い訳をして。
「ああ、そういえばあったらで良いんだが、肉も欲しいな」
「に、肉か……分かった」
了承する。
狩りに出なければならないのだが、それくらいなら可能だ。この森には多くの生き物、魔物が生息する。自分なら魔物と戦っても後れを取ることはないだろう。
そんなことを考えていたら、レオンハルトが苦笑して再び口を開く。
「俺の身体が大丈夫そうなら、狩りにでも行くんだけどな。狩りは得意なんだ」
「……そうなのか」
それを聞いて一瞬、魔人でも狩りに行くことがあるのか、と口から出そうになったが、それを心の中だけに押し留める。
そういった事情を詮索するのはよくないことだ。
しかし、ケッセルリンクは迷う。それならばどんな話をすればいいのだろうか、と。
いや、本来なら迷うことはないはずだ。何気ない世間話をすればいい。自分はそういった交流能力は高くないが、それくらいなら出来る筈。
しかし、
「…………」
口を開こうとして、言葉が出ない。
何を話せばいいのかわからないからだ。矛盾しているが、していない。彼に対してどんな話題を出すのがいいのかで、悩んでしまうのだ。
先程のお礼と謝罪、そして今後の事についてなど、言わなければならない事については普通に言えるのだが、それ以外の自由な言葉となると選択が難しい。
……わ、私はこんなにも口下手だったか……?
これではまるで知らない人と話す時のペール――いや、それよりも酷い。引っ込み思案で人見知りの彼女でさえ、彼とはちゃんと会話が出来ている。ならば自分も出来ない筈はないのだが。
そう思っていたら、
「……いや、俺もかなり昔……子供の時なんかは一人で狩りに行ってたんだ。食い扶持は自分で探さなきゃならなかったからな」
彼から言葉が来た。
しかもそれは、先程の言葉についての”裏”にあるもので。
「……そう、なのか」
ケッセルリンクは内心項垂れた様に言葉を返す。
言わせてしまった、と思った。彼にとっては何てこと無いことかもしれないが、それでも魔人の過去と言うのは、
……言い難い話ではないだろうか……。
そう推測する。ましてや今の言葉からすると。やはり彼は元々は人間で、しかも親といった存在も――
「……何故、魔人に――」
「…………あ?」
気がつけば、言葉は口から漏れ出ていた。
「――っ! す、すまない。何でも無いんだ……」
「………………」
咄嗟に失言を取り繕う。
何てデリカシーがないことを、と自分を恥じる。
軽々しく踏み入って良い話題ではないことは明らかだ。彼の呆然とした表情からもそれが窺える。
彼の様な良識ある人物が、どうして魔人になったのか。そんな疑問で頭がいっぱいになってしまった。しかしだからといって、それを口にすることの迂闊さが分からない自分ではあるまい。
ケッセルリンクは再び頭を下げようとした。先程から失敗してばかりだ。命の恩人である彼に面目が立たない。
「そ、その……私――」
「――俺は王だった」
不意に、レオンハルトは言った。
「――え……?」
思わぬ語句に、今度はこちらが呆気にとられる。
そしてそれを補足するように、
「王と言っても国みたいな大規模なものじゃなく、小さい集落を幾つか纏めた長って感じだけどな。剣の王なんて呼ばれてたんだが……さすがに知らねぇよな」
「い、いや……それよりも――」
「あ、一応だが、誰かに言い触らすのはやめろよ。知り合いにどっかから知られるのは面倒だし、改めて話したことは誰にも無いからな」
「それは……」
彼のそんな軽い声色を耳にして、言葉に詰まってしまう。
口に出すべきは、否定の言葉だ。そんなことを言わせるのはどうなのだ、という気を使った言葉。
しかし、その理性に反して心は、
「…………わかった」
彼の事情を知ろうとしていた。
「よし。まぁ、飯が出来るまでの暇つぶしみたいなもんだからあんま真面目に聞かなくてもいいからな」
と、そんな頷くことの出来ない前置きを置いて、レオンハルトは語り始めた。
「んと……とりあえず、俺はとある人間の集落の王だったんだ。王になった理由は、集落で一番強かったからだな。その集落は俺が生まれた時からずっと魔軍と戦ってて、王の仕事は先頭切って戦うことだった」
レオンハルトは左手を枕にして、ベッドの背後にある壁にもたれかかる。
右手で前髪を弄りながら思い出すように上を見る彼の言葉に、ケッセルリンクは頷いた。彼女にとっても理解出来ることだったからだ。その頃から魔軍は人間を襲っていたということ。
そして彼は、自分の集落を、仲間を守っていたということだろう。当然の話だった。
だが、
「――その頃の俺は、集落の人間が嫌いでな」
「え……?」
予想していなかった言葉に、唖然とする。
そんなこちらの様子を見ていた彼は、それが面白かったのか、いたずらが成功したかのように口端を上げた。
「意外か? でもまぁ、事実だ」
意外だ。しかしそうは言わない。
代わりに問いを投げる。
「……それは、何故?」
レオンハルトはあっさりと答えた。
「ま、色々あるが……一番の理由は、俺が強すぎた所為か」
「……強くあったから……?」
「俺は集落の人間の中じゃ、圧倒的に強かったからな。集落の人間に化け物扱いされてたんだ。ほぼ全ての人間が、俺を避けて、怯え、おべっかを使い、利用する。恵まれた生活はしていたが、満たされた気は一度もしなかったな。そんな生活に、毎日苦悩してた」
「それは……」
何とも報われないことだ、と心で思う。
仲間の為に戦い続け、しかしその彼らから冷たい扱いを受ける不条理。
それを受けていた張本人は、実に面白い思い出を語るように笑みを浮かべた。
「それである時、魔軍との戦いに出たら魔人に出会って――負けた。あの時はさすがに死んだかと思ったんだが、どうにか生きながらえてな」
何故なら、と。
「今の魔王――スラルの奴に魔人にさせられたんだ。どうにも俺が欲しかったらしい」
「!」
魔王。この大陸の支配者であり、魔軍の頂点に立つ暴君。
その恐怖の存在の名前が出たことに、ケッセルリンクは表情が強ばる。
構わず、レオンハルトは続けた。
「その時にこう言われた。忠誠を誓え――って」
だから、と。
「これ幸いと思ってな。集落の人間を裏切ってやることにしたんだ。あの生活にも嫌気が差していたしな」
「…………」
そうなるのも当然だろう。
人間に虐げられていたのなら、人間の為に戦う義理もない。故に裏切って魔物に与するのも当然。
ましてや既に魔人となった身なら、魔王に逆らえる筈もない。
……しかし……。
その選択を残念に思ってしまう。彼の思いは当然かもしれないが、同時にそうあってほしくなかったという思いが胸に生まれる。
ケッセルリンクが少し気落ちする中、レオンハルトは、
「で、まぁ……忠誠を誓う条件に言ってやった」
それは何だろうか。
代わりに集落を滅ぼすことだろうか。
色々と想像を巡らせる。その答えは、
「――俺の集落から手を引けってな」
「…………は」
想像とは真逆の言葉が来た。
「それでその条件をスラルが飲んでな。俺は魔人としての生活を続け、今なお集落は無事って訳だ。……まあ、今となっては集落って規模じゃないんだが――」
「い、いや、待ってくれ」
話を続けようとしたレオンハルトを止める。
彼は首を傾げて、
「どうした? ……ひょっとして、少し分かりにくかったか?」
「そうではない。何故――」
ケッセルリンクは言い辛いものを覚えながらも言う。ここまで聞いておいて今更な気づかいだ。
一息で、
「――嫌いな人間のいる集落を救ったのだ?」
言う。
ケッセルリンクは確信していた。
きっとそこに彼の根幹がある。彼が魔人となり、今のような人格を得た芯。重要な物が存在するのだと。
そして、自分はそれを――
「教えてほしい」
知りたい、と。ケッセルリンクは願った。
その大本の理由を自覚しないまま。
そして、その問いを受けたレオンハルトは、
「……別に美談でも何でもないんだがな……」
頭を掻いて、バツが悪そうにしながら、言う。
それは、
「……結局のところ、アレは俺が悪かったのさ」
「……悪い……か。原因は君にあったと?」
ああ、とレオンハルトが頷きを入れる。
「俺は王と呼ばれる人間だった。だがその立場を、俺は戦うことでしか示せなかった。ずっと民の事を考えている、とか言い訳をして、あいつらに目を向けることをしなかったんだ」
「目を向けるしか……?」
「そうだ。俺は自分の内に目を向けるばかりで、俺を怯える奴らの気持ちを慮ることはしなかった。――俺はお前らの為に戦ってやってるんだから、報われて当然だ。だからもっと良くしろ。と、心の中だけで思っていたんだ。仮にも王と呼ばれる人間が……!」
レオンハルトは過去の自分を思い出して、少し熱が入っているのか、吐き捨てるような強い口調になる。
そして苦虫を噛み潰したような表情で、
「良くしてもらいたいのなら、自分の行動を改めて怯えられないように立ち回ればいい。もしくは、その気持ちを口で伝えるか、命令してしまえばいい。何も言わないで心の内が伝わるなんて、ガキの戯言だ。王どころか人間としても救えない」
「…………」
そうやって自分を恥じる彼に、何も言えなくなる。
だが、こちらの相槌が無くても彼はそれを続けた。
「結局俺は、仁君にも暴君にも成れなかった中途半端な王だった。……今考えると本当に笑えるぜ。やろうと思えば俺は、政治を牛耳る長老達を殺して、本当の意味で王になることも出来た。強引でも何でも、そうやって導いてやれば、少数でも本当の意味で俺を必要として、慕う奴らは現れる。それを俺は、面倒くさいという理由で避けた。王の責任から逃げたんだ」
レオンハルトの表情が侮蔑するようなものに変わる。
だがその対象は自分なのだろう。彼は、そんな語りを聴かせてしまったこちらに対し、目を向けると、
「……悪いな。少し、熱くなったか」
「……謝らないでほしい。聞いたのは私なのだから」
ケッセルリンクはそう否定する。
それに何も否定することはない。結局のところ、彼は、
「……つまり、集落を救ったのは――」
「……今にして思うと、だけどな。俺は魔軍参謀っていう職に就いてるからよく地図を見る。だから、嫌でも向き合うんだ。あいつらを見逃すのは、生まれ故郷を見捨てて魔人についた贖罪なんだとよ」
「数百年も残っている集落……か」
「今は王国だけどな。魔軍と一切戦争をしないからか、随分と馬鹿でかい裕福な国になってるぜ。人間の国じゃ一番の大国かもな。結構な事だな」
結構な事だ、と言う割に彼の顔色は優れない。複雑な思いがあるのだろう。
ケッセルリンクはそんなレオンハルトの姿を見て、
「……君は、いや、貴方は――」
言う。何を言うのか、と呼び方を変えたこちらに、訝しげな視線を向けるレオンハルトに、
「――優しい人なのだな」
「…………は?」
レオンハルトが何を言っているのか、と言わんばかりに疑問符を浮かべる。
ようやくこちらの言葉で、表情を歪ませられたな、と思いながらレオンハルトの言葉を迎える。
彼は立ち直ると、半目で息を吐き、
「……今の話のどこに優しい要素があったんだ?」
「……なら、聞くが」
ケッセルリンクは問う。おそらく、覆い隠している彼の芯を、
「その集落を救うと口にした貴方の思いは、本当にそれだけかね?」
「…………」
レオンハルトが無言になる。重ねて問う。
「本心では彼らのことを救いたいと思っていたのでは?」
「………………」
レオンハルトが視線を逸した。彼の本音を暴く。
「あまり良い奴だと思われたくないから、敢えて悪い部分だけを抽出して伝えている……なんてことは――」
「……………………違ぇよ」
レオンハルトがそっぽを向いて否定する。
そんな彼の様子に、微笑を浮かべる。その行動が、意地っ張りな子供の様で微笑ましくなってしまうからだ。
そして得心する。彼は、
……何と言うか……気づかいが下手だな。
自分が言えたことではないだろうが、そう思う。
先程の結論に加えるのなら、彼はきっと、自分を大した奴じゃない、と思わせようとしていたのだろう。
そして真面目な人物なのだろう。こちらが尋ねてしまった問いに、真摯に答えつつも、自分の良いところについては覆い隠そうとした。
それは彼の気質なのかもしれない。自分の話を客観視してしまい、その中にあった良いところについては自分の口から言うのを憚られる、と言ったところだろうか。
……しかし、やはり魔人らしくない人だな。
どこまで的を得ているのかは不明ではあるが、こちらに気を使い、普通は躊躇するような話を平気で話し、その上で更に気を遣わせないように綺麗なオチを避けたであろうことは事実だ。
良識や寛容さ、優しさを持ち合わせ、それでいて責任感があり、自分へは厳しい理性ある人物。その上であの時のような、頼もしい姿も見せ――。
考えてみると彼は、魔人どころか人間の男らしくもない。
……いや、寧ろこれが男らしいということなのだろうか……。
男という存在に、悪いイメージしか持っていなかったが、彼は随分とそれからかけ離れている。
そんな彼に再び話掛けてみる。何となく、もっと彼の話や、声が聞きたくなったからだ。
「……それにしても、魔軍に属しながら人間に与するというのは……その、大丈夫なのか?」
「……ああ。スラルがそもそも……寛大だからな。あいつは別に人間を苦しめることを喜ぶ奴じゃない。というか魔王らしくもないな。ただの引きこもりのお嬢様って感じだ」
「……そうなのか?」
「ああ。あいつはいつも俺に仕事を任せっきりで自分は部屋に引きこもり、研究したり本を書いたり読んだり、甘いお菓子食いながらごろごろするだけの――って、これちょっと駄目な奴だな……。改めて言うが、絶対誰かに言うなよ?」
「ああ、約束しよう」
「……お前、口堅そうだし大丈夫か。まぁ、スラルは本当に魔王っぽくなくてな。毎日夜になったら俺を部屋に呼んで遊んだり、本の感想を言い合ったり、適当に話をしたりするんだ。俺だけじゃなく、俺の使徒やガルティアっていう魔人も呼んだりしてな」
「魔王が……俄には信じ難いが、貴方がそう言うならそうなのだろうな」
まるでそこらにいる普通の子供のような人物像。確かに彼が言うように、元来の魔王のイメージとは程遠い。
しかし、先程の集落を見逃していることから考えるに、そういうのもあり得るのだろう。
そして何より、彼が魔王の話になってから急にいきいきとし始めた。きっと今の彼は、
「……それに楽しそうだ」
「ん? ああ、まぁ……」
「そんな魔王ならば貴方が魔軍に付いたのも頷ける」
「……ああ……まぁ……」
レオンハルトはそこで言葉を濁した。しかしそれは認めるのが癪、といったもののようで、
「……あいつは……俺がいないと駄目だからな」
「……それほど頼りないのか?」
「いや、そうじゃないんだが……」
煮え切らない様子で、視線を右往左往させるレオンハルト。
どうにも答えにくい質問なのか、迷っているような色が表情に出ている。
しかしややあって、
「……俺が、あいつを――」
と、そこでレオンハルトは言葉を止めた。
そして、
「……いや、うん。何だ……俺があいつの為に戦いたいって思っただけだ」
「……なるほど」
何故か言い直したのが気になるが、そういうことらしい。
ケッセルリンクはこの場でそれを深く考えることはせず、それを素直に受け止めると、
「色々と、貴重な話だな」
「……喋りすぎたか。もっかい言っとくが、絶対誰にも言うなよ」
「ふふ……ああ、わかっているさ」
微笑を浮かべて了承する。
彼はそこで息を入れて、気を取り直してようにこちらを見る。そして、
「……俺ばかりは癪だな。問題なければそっちの話も聞いていいか?」
「! …………私の話か?」
ドキッと、鼓動が跳ねる感覚を得る。
当初より砕けてきたのか、彼は幾分か、気安い口調で、
「少しくらいいいだろ。カラーの長の話なんて聞ける機会、あんまりないからな」
「そ、それは……」
自分の話、となると戸惑ってしまう。そこでケッセルリンクは気づいた。
先程まで、随分とスムーズに会話をこなせていたというのに、
……ま、また緊張がぶり返してきた……!?
再び彼の視線を意識し、顔が熱くなってくる。
ケッセルリンクは迷った挙げ句、彼の問いに対して、
「…………す、少しだけなら」
小さい声で頷いた。
「お、それじゃあ聞かせてもらうからな」
レオンハルトが口端を歪めて、笑みとなった顔をこちらに向けてくるのを見て、ケッセルリンクは思考をフルに回転させた。
――彼が退屈しないような、面白い話を考える為に。
台所。
一人用の狭い家の中で、レオンハルトとケッセルリンクがいる部屋とは程近い場所にペールはいた。
時刻の頃は、夕方から既に夜に変わっている。料理もとっくに作り終わり、持っていくだけなのだが……彼女はとある理由から動けないでいた。
一つは、部屋の雰囲気があまりにもシリアス。そして楽しそうになったりと、常に入りにくい雰囲気を醸し出している為。
そしてもう一つは――
「ケッセルリンク様……」
自分の尊敬する人物の変化に、顔を赤くして整理している為だ。
「まさか……ケッセルリンク様までレオンハルトさんの事を――」
頭を抱えたペールの言葉は、部屋で語らう二人には届かなかった。
七星「――おや、ガルティア様だけですか?」
ガルティア「ん、ああ。今回は女衆に見せる訳にはいかねぇからなあ」
七星「それは………………ああ、なるほど。理解しました」
ガルティア「ま、というわけだ。今日は特に面白いネタはないぜ?」
七星「……でも、この話。少し気になるところが――」
ガルティア「……俺は何も言わないからな。勝手に予想しな」