――十分後。
「…………」
レオンハルトは、目の前に出てきた料理を見て固まっていた。
視線の先、ケッセルリンクが器を差し出してきている。彼女の表情は赤くなっているが、それがこんな料理を出してしまった自分へのものなのか、それとも別の要因なのかは分からない。
しかし前者の思いは少なからずあるようである。今もこちらを見ては申し訳なさそうに顔を俯かせながら、
「……そ、その……見た目が悪くてすまない」
「……あー……」
間違いなく同意なのだが、同意しづらい言葉が来る。
ケッセルリンクが自分で言う通り、器に入った料理の見た目は少々、いや、かなりよろしくない。
器の中には、白と赤が混じったようなとろみの付いた液体。そしてそこに真っ赤な島の如く鎮座するのは、彼女が取ってきたしか肉。その周囲には野草や何かの固形物であろう色鮮やかな物体がぷかぷかと浮いており、その料理の不気味さを際立たせている。
……ぶっちゃけゲ――うん……アレにしか見えねぇな。
例のアレに入った肉の塊。名付けるならしか肉の例のアレ煮込みと言ったところだろうか。
だが思ったことを直接口に出すのは憚られる。何と答えたらいいものか。
そして自分と同じ思いを抱いたのか、ペールが口を開く。彼女は先程とは違い自分の隣ではなく、ケッセルリンクと同じ様に脇にある椅子に腰掛けている。料理を見ながら、
「ま、まぁ見た目は少しアレですけど、料理で一番大事なのは味ですから! 味! た、食べてみないとわかりませんよ!」
と、そんな擁護をする。正直嫌な予感しかしないものの、レオンハルトはそれに乗っかっておこうと一応頷きを入れ、
「……そうだな。ほら、ちょっと寄越せ」
「あっ……」
ケッセルリンクの手から器をひったくるように奪う。
距離が近くなったことで何処かで嗅いだことのある匂いが鼻孔をくすぐる。その匂いに顔をしかめそうになりながらもそれを我慢して無表情を貫くと、ケッセルリンクは戸惑いの色を見せた。
その表情の意味はわかる。それは、
……食べてはほしいけど、無理はしてほしくない――ってか?
レオンハルトは内心で息をつきたくなる。自分で持ってきておいてどんな言い草だよ、と思いもする。
しかし女というのはズルい。こうやって自分の為に何かをしてくれる。そういった理由を持ち出されてしまっては、受け止める他ない。
故にレオンハルトは更に半ば浸かったスプーンを握る。そして肉と一緒に液体を掬って口元に持っていくと、
「――んっ」
それを口に含んだ。
ケッセルリンクは恥、というのを感じた。
生まれて初めての手料理。それに挑戦したはいいが、その出来栄えは散々な物になった。
勿論、言いつけは守った――と思う。肉にはちゃんと火を通した筈だし、味もしっかり付けた。工夫も殆どしなくていいらしい、煮込み料理の選択も間違っていないように感じる。
だが結果は伴なっていない。そして更に度し難いのが、
……何故、私はそれを持ってきてしまったのだろうか……。
自分でそれを理解っているのに、その上でレオンハルトに料理を見せたことだ。
よくない物が出来た、と何となく理解っていながらそれを食べさせようとしていること。それは何故だろうか。
料理が出来ると嘯いてしまった、自分への見栄の為だろうか。それとも、
……彼に、自分の作った料理を食べてほしいからだろうか。
そうして彼が喜んでくれたら幸いだ。
しかしこんなもので彼が満足出来る筈もない。これでは醜態を晒しに来ただけだ。
「――なるほどな」
「!」
レオンハルトが声を上げた。
料理を口に含み、それを丁寧に咀嚼する。それをまるで味わうように、瞳を閉じながら言った言葉に、ケッセルリンクは恐怖した。
一体どんなことを言うのか。こき下ろされてしまうのか、料理の腕を偽っていたことにがっかりされるだろうか、失望されてしまうのか。そんな思いが心の内に渦巻いていく。
そんな中、彼は言った。こちらを見て、
「基本は出来てるな」
料理をじっくりと味わった結果、出した結論をレオンハルトは、はっきりと口にした。
「味はちゃんとついてる。肉の焼き加減も……ちょっと、レア気味だが問題ない」
肉の味は少し濃いめで、血生臭い。おそらくは血抜きを怠ったためだろう。
そして汁に混じった赤はおそらく血。故に苦味はかなり濃い。
そもそもしか肉には脂が殆どなく、赤身のあっさりとした美味さが売りの食材だ。
焼き方も自分はレアが好きなのでそれはまだいい。生焼けでも食えないことはないのだから。
……問題は――。
レオンハルトは同僚のグルメ魔人――ガルティアの様に料理の批評をする。スプーンで煮込みが入った器をかき混ぜながら、
「他の具材は幾つかの野草と、野菜を細かく切った物だな?」
「……ああ。肉だけでは、味気ないかと思って……」
少し放心状態のケッセルリンクが頷いたのを見て、レオンハルトは続けた。
煮込みに入っているのは血抜きをしていない生焼けしか肉に、数種類の野草と野菜。
だが、これだけでは不味くならない、とレオンハルトは思う。原因はこの白く濁った液体にある、と。
レオンハルトはそれの正体を口にした瞬間に察した。
それは、
「――牛乳、だな」
それに驚いたのは、ペールだった。
「えっ、牛乳入れたんですか!? ……あっ、だから白いんですね……」
「……俺としては牛乳があったことが驚きなんだがな……。まぁ、それはいい」
確認を兼ねてその汁を改めて口に含む。
すると何とも言えない甘味、苦味、えぐみが混ざったような味が舌の上に広がる。
――はっきり言って、美味しくない。
だが、牛乳煮込みという料理自体は存在する。クリーミーな甘さが美味しい料理だ。
ではなぜ、これがそうなっていないのか。それは、
……本当に牛乳だけで煮込んだんだろうな……こっちには味が……というか本当にただの牛乳だな。
本来、牛乳を使用した煮込み料理というのは、他にも白ワインであったりバターであったり、塩胡椒であったり、それらで味付けして作るものだ。
しかし、それらの調味料が全て存在する訳ではないのだからそれをやりようもない。ペールの料理を食べた感じ、塩胡椒くらいはありそうな味ではあったが、
……だから味付けは血抜きされていないしか肉と、野草と野菜から出る出汁だけか。血の味がダイレクトにきてるしな……。
この生臭さと甘味の正体は牛乳と血が混ざりあった結果だろう。それにしか肉の苦味が合わさってなんとも言えない味になっている。
普通の人が食べれば吐き出すかもしれないな、と思いながらもレオンハルトはそれを口にする。
というかこれくらいは自分にとって、なんともない。なにせ、
……スラルの料理に比べたら……な……。
こちらは月一以上のペースで必殺料理の練習に付き合っているのだ。もはやこのくらいの料理を口にしたところで何とも思わない。美味しくはないな、と冷静に判断出来るのだからマシだ。
その上で、更に思うのは、
……栄養価が高い食材ばかり使いやがって。
と、そんな思いだ。
それはケッセルリンクの気づかいなのだろう。
故に、だ。レオンハルトは結論を出す。料理を口にしながら、ケッセルリンクを見て、
「栄養価は高いし、火も一応通されてるからな。普通に食える。……血抜きが出来てないのと、味に多少問題はあるかもしれないが――」
だが、それは、
「――これから気をつければいい。次も楽しみにしてるぞ」
「――――」
ケッセルリンクが瞳を見開いた。
驚きを得たような表情の彼女は、少し間を置いた後、表情を変化させて悔恨の色を滲ませると、
「……すまない。私は、貴方に嘘をついてしまった」
と。それは、
「……私は、料理は出来ない。それを真面目に取り組んだのは今日が初めてだ」
頭を下げるケッセルリンクを見て、息をついて言う。
「……ま、食べた時点でわかったけどな。それは別にいい。味はともかく、俺の身体には必要な物が揃っている訳だしな。作ってくれただけでありがたい」
「……そう、か」
こちらが苦笑気味にそう言うと、ケッセルリンクはぼーっとこちらを見つめてくる。
その視線は妙に熱っぽく潤んだ目をしており、先程よりも更に頬を赤く染めていた。
「…………」
それを見て、視線を横に移動させてみると、そこにはペールがおり、彼女の方も妙にニコニコとしながらこちらを見つめていた。その表情は恍惚としておりながらも、期待の色が垣間見える。その意味を今一度考え、レオンハルトは、
……覚悟、決めるか……。
意識を定める。今までの二人の行動やペールの話から、それは明らかなのだ。
腹を括ったレオンハルトは一度食事の手を止めると真剣な表情で、
「……二人とも――」
二人の視線を受け止めながら、
「――後で……夜にでも話をしよう」
その内容は、
「俺の今後と――お前らの気持ちについての話だ」
彼女達の気持ちを受け止める為のものであった。
夜の森で聞こえたのは怒号であった。
月明かりが照らす中、大木を背に地面に座る大男を兵達が囲むようにして並んでいる。
それは、人間の集団であった。
兵達の表情は強張っており、大男の怒声をひたすらに黙したまま聞き続けている。夜の森で騒ぐと魔物が、など言える勇気を持つものはいない。
それを気にした様子もなく、大男は叫んだ。
「――あんの――くそったれがあ――――!!!!」
人間の大男。この地を攻める戦士団の戦士長――アーノルドは憤怒した。
「もう少しだったというのに!! あの魔人のせいで!! 攻略がまた最初からだと!!??」
アーノルドの全身は包帯塗れになっている。
それはつい二日前、カラーとの戦闘中に突如現れた魔人に負わされた傷であった。
後少しでカラーを蹂躙出来るというところで、彼が率いる戦士団、それも隊長格の連中はほぼ全員が蹴り飛ばされ、高所からの落下を味わった。
木々が衝撃を和らげて命を拾う者達もいれば、レベルが低い者などを中心に最初の蹴りだけで死んでしまった者もいる。
そして隊長格の殆どが戦線を離脱したことによって兵達は統制が取れなくなり撤退したのであった。
だが運良く生き延びていた隊長達を中心に、蹴り飛ばされた仲間の捜索に当たり、先程ようやく戦士長であるアーノルドを見つけたところなのだ。
しかし彼は、怪我をしていながらも、そこに嘆いたり苦しむことはせず、魔人に何も出来ずあしらわれてしまったことに激怒していた。
そんな彼に声など掛ければ、八つ当たり気味に殴られるかもしれない。そのため彼らは皆だんまり状態のまま、立ち尽くしていた。
だが、その無為な時間は唐突に終わった。兵達の中から一人の男が進み出てくる。
彼こそが、運良く魔人に蹴られずに済んだ隊長の一人。彼はアーノルドの正面まで歩みを進めると、堂々と声を掛けた。
「……それで、どうしましょうか、戦士長?」
「ああ!? どうするって何がだ!?」
アーノルドの視線が男を捉える。その瞳は赤く充血しており、彼の怒りの程を思わせる。兵達が一歩、後退りした。
だがそれに臆することなく、男は冷静に続ける。極めて平然とした様子で、
「戦士団を撤退させますか?」
「撤退だと!?」
はい、と男は続ける。
「既にある程度の人員の救出と確認は済ませています。それに……理由は不明ですが、相手に魔人がいるとわかった今、森の制圧にはかなりの苦戦が予想されるかと」
「だから撤退しろってかあ!?」
どん、と衝撃がその場に走る。アーノルドが大木に拳を打ち付けた為だ。
葉がひらひらと舞い落ちてくる中、更に大声で、
「冗談抜かせ!! この俺様が逃げるだと!? そんなことはありえねえ!! 俺様は世界で最強なんだ!! 例え魔人相手だろうが、次はぶっ殺すだけだ!!」
「……ならば、戦いを続けるということで?」
アーノルドは男の言葉に一も二もなく頷いた。
「当然だ!! 次は勝つ!!」
それを聞いた男は、そこで少し間を置いて、ようやく表情を変化させた。
彼の口元が釣り上がる。
「戦士長ならそう仰ると思っていました。ならば準備を始めましょう」
「……あ? 準備だあ?」
ええ、と男は頷きを入れる。ようやく冷静さが戻ってきた戦士長を見ながら、
「多くの指揮官がやられてしまったことと、部隊を再編している途中なので時間が必要です。戦士長の身体も万全とはいきませんし……」
「ああ!? 俺様なら問題ないぞ!!」
「はい、わかっています。それでも兵の再編には最低でも3日はかかりますのでどちらにせよ大規模な人員は動かせません。なので戦士長は、それまでゆっくりとしていて下さい。戦士長が大丈夫でも周りが動けないので」
「……それなら、まぁ、いいが」
若干不服そうにしながらも渋々頷くアーノルド。やはり彼も本心では傷が気になるし、回復を待ちたいだろう。それを見抜いての言葉だ。男はアーノルドが了承したのを見て、更に台詞を繋げた。
「であれば早く駐屯地に戻りましょう」
「言われなくてもわかっておるわ!! よし、ならばさっさと戻るぞ!!!」
がはははは、と笑って立ち上がった戦士長は兵士たちがその場から退くのも待たず、ずかずかと早足で歩いていった。
兵士たちが戸惑う中、男は、
「お前達も、隊長に付いていって差し上げろ。私は少し、この辺も調べてから行く」
「は、はっ! 夜の森は危険ですので、早めにお戻り下さい!」
そう言って兵士たちは、アーノルドを追いかけ夜の森を引き返しはじめた。
足音がどんどんと遠ざかっていき、やがて、
「………………」
周囲に人の気配がなくなる。
その場にいるのは男一人。彼は、誰もいなくなった森で一人跪くと、
「――神よ。これでよろしいのですか?」
その場で祈りを捧げた。
そこには誰もいない。しかし彼はその様な事を虚空に尋ねて、膝を突き続ける。
数分か数十分か、彼はその場で祈りを続けたが、周囲や彼には何の変化も起こらない。
男はそこでようやく立ち上がると、懐に手を伸ばす。
「……今日も聞こえない」
そうして取り出すのは、一冊の書物。
彼や、彼らにとっての教典が書かれている大切な物。
男は百年程前に出来たばかりのとある宗教組織に身を置く信者であった。
「ああ、神よ。なぜ私に言葉を授けてくださらないのか……」
彼は書物を開いて、酔ってしまったかのようにふらふらとしながらそう独り言を呟く。
「……争いが足りないのでしょうか……」
常人では何を言っているのか、理解出来ない言葉を、彼は宙に乗せ続ける。
しかし彼は、自分で言った言葉に納得したのか、本を閉じて懐に戻すと、天に祈りを捧げるように手を組み、
「……ならばこの戦いの結果を、神への供物としましょう」
そう言って、男はふらふらとしながらその場から立ち去っていった。
――レオンハルトの休暇、九日目。魔王城。
魔王城の城壁の上に男が座っていた。
人ではない尋常ならざる存在感を持った生物。
褐色の肌に緑色の髪を持った、腹に大穴が空いた魔人、ガルティアだ。
「……あーーー……この冷やしシチュー美味いなあ……」
彼は外でありながらも食事をその場に広げて、料理を貪り食っていた。
だが、普段よりも料理へ集中していないのか、料理についての批評はそこまで行なってはいない。
「………………」
ガルティアの視線は魔王城の門から先の平野を見据え続けている。彼の注意はそこと背後にあった。
料理を口に運びながら正面に目線を合わせ続け、背後、魔王城からの気配にも注視し続ける。
前者は、ガルティアの友人でもある男を待っている為だ。
魔人レオンハルト。現在の魔軍にとっての最重要人物ともいえる存在。
彼は9日前から休暇を取って城を離れていた。
魔人四天王にして魔軍参謀でもある彼の職務は、どの魔人よりも忙しなく働いている。故にその休暇には皆が納得であり、快く送り出したものだ。
しかしガルティアは思う。あいつは何だかんだ気にする奴だからな、と。
休暇を取りはしたが、出発前にやり取りを交わしたこともあって、割と直ぐに帰ってくるのではないか、と思っていた。
目的も翔竜山に登ってくるだけだろうし、早ければ5日くらいで帰ってくるか、と何となく予想していたものなのだが。
「あいつ……遅いなあ……」
しかしガルティアの予想は外れ、既に9日目に突入してしまった。故にそんな呟きが漏れる。
だが、ガルティアが待っている訳ではないのだ。正直自分としては、何日離れていようが別に大丈夫だろう、と楽観的に構えてられる。好きにすればいい、と。
しかし背後の事を考えるとそういう訳にはいかない。今も、背後の気配が大きく膨れ上がり、
「っと、そろそろ面倒なことになりそうだな」
それを察知したガルティアは直ぐ様立ち上がった。料理を手に持ってそれを飲み干すように口にかっ込む。
「……ごっそさんっと。んじゃ、行くか」
ガルティアは空になった器を持って城壁の上から飛び降りると、一目散にその場に向かった。内心では帰りが遅い友人に対して、
……ったく……お前がいないと色々と面倒だよな。……そろそろ動くか?
軽く悪態をつきながら、ガルティアは向かっていった。
――自らの主でもある魔王――スラルの部屋に。
スラル「ようやくこの物語の正ヒロインの出番ね!(あの二人、抹殺しに行かなきゃ……)」
ハンティ「……そうだね(自分で言うんだ……)」
ガルティア「……おお、そうだな(今は明らかにケッセルリンクの方が……)」
キャロル「あの二人の方が今はヒロインしてますわ!!(……そうですわね)」
ラウネア「…………!?(本音と建前!)」
ライゼン「…………(俺ってどうなったんだろう。まだ待ってんのかな……)」