――レオンハルトの休暇、十日目。
「――ほお、凄ぇ森だな」
視界一杯に広がる森を見て、ガルティアは感嘆の声を上げた。
……ここまで広い森は初めてだな。
ガルティアの出身地は大陸南方であり、気候は乾燥している。森もない訳ではないが、それよりも圧倒的に荒野が多い。故に珍しく感じるのだ。
そして物珍しさを感じているのは自分だけではないようだ。横を通り過ぎるキャロル。続いて並ぶようにスラルが来て、
「辺り一面、木、林、森……樹木だらけですわー!」
「うーん、分かってはいたけど森かぁ……。森って視界悪いのよね……探知魔法多めに置いとかなきゃ……」
元気いっぱいで今にも走り回っていきそうなキャロルとは正反対に、スラルは何やらぶつぶつと呟きながら、魔法を発動しまくっている。わかりやすくアウトドア派とインドア派だな、とそう思う。
しかし続けて別の反応を見せる者がいる。残った一人、ハンティ・カラーは森をしげしげと見つめて、
「……? 何かいつもと違う……?」
そう言って訝しげに眉をひそめた。
ガルティアは深く考えずに声を掛ける。
「そういやお前さんにとっては故郷になるのか? 元々はカラーなんだろ?」
「……ん、そうだけど……しばらく離れてたから……」
「……ふーん?」
微妙にやりづらそうに答えるハンティ。その反応に首をひねりつつ、
……何だ、気を使ってんのか? それとも……。
今更確認することでもなかったかな、と思い直す。この大森林地帯が大勢のカラーが住む一帯であることはそれなりに周知された情報だ。実際ここまで来るのにも自然とハンティが先導してくれていたので、それは間違いないのだろう。
だが、その代りに気になるのは周囲を訝しむ彼女の様子であり、
「……あら、ハンティさん? どうかしましたの?」
「……いや、別に何でもないけどさ」
「……? なら早速進みましょう! ハンティさん、道案内お願いしますわ!」
「……了解。それじゃ適当に付いてきて」
キャロルの言葉を受けたハンティが先行する。後の三人はそれに付いていくような形だ。
ただその足取りは軽く、周囲を警戒した様子はない――というのもこちらのムシによるレーダーや、スラルの探知魔法があるのでそちらに気を回さなくてもいいという判断だろう。それなりに信頼はしてくれているようだ。
それにこの森に住む魔物くらいならどうとでもなるというのもある。魔王と魔人に使徒の一行だ。普通の魔物は出会ったとしても一目散に逃げてしまうだろう。
そんな事を考えながら何となく周辺を見回す。顔を上に向けてみれば、木々の隙間から細長い塔のような山が見える。
……あれが、翔竜山か。近くで見るとやっぱデカいなあ……。
レオンハルトはあれに登ろうとしているのか。なるほど、気持ちは分からんでもない。世界一の山、前人未踏の境地。そういったことに全くの興味がないといえば嘘になる。
と言っても、自分にとっては美味しいメシの方が興味が湧くので、休暇を取って何処かに行くとすれば世界の名産を食べ歩いて行く感じになるだろう。結構色々なものを食べてきたが、まだまだ知らない食材も多いし、人間の食文化の発達から未知の料理も増えているという。そういった物を発掘するのも――
……考えてたら腹減ってきたな。
道すがら、大量に持ってきた弁当を食べながらここまで来たが、それでも腹が空くのはしょうがない。腹の中のムシ達もお腹が空いた、と言っているようだ。
なのでガルティアは前を行くハンティに向かって声を掛けることにした。
「なあ、腹が減ったんだが、何かないか?」
そう言うと、隣にいるスラルが呆れた目になった。こちらに振り返ったハンティも半目になり、
「何かって……いや、自分の弁当は?」
「もう食べちまった」
「えぇ……」
困惑した表情を浮かべるハンティ。
しかし無いものはしょうがない。いや、肉くらいならまだ持っているがこれはつまみ用だしな、と。
それに、
「せっかくの機会だし、この森でしか食べれない物とかねぇのか?」
「なに普通に楽しもうとしてるのよ!?」
スラルが声を上げる。それをいなしつつ、
「いや……山を登るなら弁当は欠かせねぇだろ? 量も心許ないし、一日で見つかるとも限ら――おっ、今のうちに数日分の食料を準備しとくのがいいんじゃないか?」
「絶対今思いついたでしょ! その理由!」
「ピクニックみたいですわー」
と言っても腹が減ったのだからしょうがない。我ながら良い理由だと思う。それも間違いではないことだし。
そのやり取りを見ていたハンティが息を吐く。そして口を開くと、
「……といっても、この森でしか食べれない物なんて――」
ハンティが間を空ける。そして微妙な表情で、
「……無いことも無いけど……」
「よし、それを食おう」
「この森でしか食べれない物……それって一体何ですの?」
キャロルが聞きたかったことを尋ねてくれる。
ハンティはこちらを見て言った。
「食べれないっていうか採れないものだけどね。――わさびって言うんだけど」
「へぇ、食べたことないな。どんな食材なんだ?」
「わたくしもありませんわ!」
「私も名前だけしか――って、いつの間にかそういう流れになってる……」
スラルが落ち込んでいるのを尻目に、ハンティはそのわさびとやらの説明を始めた。
「ええと……茎をすり下ろしたものを料理に使ったり、葉を揚げたり漬けたりして食べたりとかするかな。一応、ここ以外じゃ見たことない食材だけど……」
「ほう、いいな。味はどうなんだ?」
その質問にハンティは首を捻りつつ答えた。
「あー……美味しい? と思うよ。甘いような辛いようなよく分かんない味だけど、皆結構食べてるし……って、何その顔」
ハンティの説明に、他の三人が微妙な顔になる。そうして同じく微妙な声色で、
「そういえばハンティさん、味覚音痴でしたわね……」
「ああ、うん……聞いた俺が悪かったな」
「でも、皆食べてるなら普通の味なのかな……?」
「……味音痴で悪かったね」
三人の辛辣な評価にハンティが息をついてぼやく。
しかし説明は為になっただろう。ガルティアは興味津々といった様に笑みを浮かべ、
「だが、俄然その味に興味が湧いてきた。さっそく食べに行こう」
「……あー、それなんだけど」
ハンティはそこで言い淀む。そして少し考えてから発言した。
「わさびの殆どはそこらに生えてる訳じゃなくて、畑で栽培してるからね。集落に行かないと採れないから……」
ああ、と皆が言わんとしてることを瞬時に理解した。スラルが皆の思いを代弁するように発言する。
「なるほどね。私達じゃ入れない……というか入ったら騒ぎになるわね」
そういうことだ。魔王と魔人と使徒。そんな集団が亜人種に属するカラーの集落なんかに行ったら大騒ぎになるだろう。ただでさえカラーは排他的な一族だと聞く。人間に近い容姿であっても行くのは難しい。唯一それを解決出来そうなのはハンティだが、彼女は何故かそれを避けているようで、
「……ま、そういうことだね。だからちょっと難しいかな」
少し申し訳なさそうに言う。ガルティアは呻いた。
「くっ、美味が近くにあるというのに……!」
「いや、うん……悪いね」
ハンティが軽く謝る。そして気を取り直そうとするように、
「……森の西側に行けば無くはないけど……そんな暇もないし、そこらで適当に野草や動物を狩って――」
と、言った瞬間だ。
すかさずガルティアは声を上げた。
「――そこに行くぞ!」
「…………へ?」
ハンティが間の抜けた声を出す。
そこに畳み掛けるようにガルティアが続けた。
「そこに行けば美味があるんだろう? ならついでに寄ろうぜ!」
「えっ、いやでも……」
ハンティが戸惑ったようにスラルの方を見る。一番立場が高く、決定権がある魔王に伺いを立てている様だ。
しかしスラルはそれを受けて、頭を抱えると、呆れた声で、
「……なんか食事の話題が出た時からこうなる予感がしたのよね……」
そして一息。間を置いてから、
「……少しくらいならいいわ」
「…………」
と了承した。
そしてハンティが無言になる。どことなく気が乗らない様子なのは気の所為だろうか。同じ事を思ったのか、キャロルが首を傾げて、
「ハンティさん? どうかしましたの? それならそれで構わな――はっ!?」
そこで息を呑むキャロル。
一瞬固まった後に感動したように声を震わせて、
「まさか……レオンハルト様の事を心配して……! そんなにも探索が遅れるのが嫌なのですね! それならわたくしも――」
「……いや、違うから」
きっぱりと否定するハンティ。キャロルがショックを受けたように白目になる。
だがそこで諦めたのか、頭を抱えながら大きく息を吐くと、渋々といった様子で、
「…………なら、行こうか」
「お」
ガルティアが期待の声を出す。
だが彼女は気が進まない様子だ。なので顔を少し真面目なものにして、
「本当に嫌なら別にいいぜ?」
「…………うーん……そういう訳じゃないんだけど……そこなら色々と調達出来るかもだし……」
ならいいじゃないか、と思うも、ハンティが顎に手を当てて考え込んだので口を挟むのをやめる。
しかし彼女は途中、良い機会かな、などと呟くと、気持ちを切り替えるようにさっぱりとした表情で、
「――そこ、私の家があるんだ」
と、それを打ち明けた。
森の中にぽつんと建つ古い一軒家。
そこは数日前よりも幾分か綺麗になっていた。
部屋の中は掃除が行き届いており、少し前までは埃だらけであった場所と同じ部屋とは思えない。
そんな家に、本来の持ち主はいない。最初に見たときの様子から少なくとも数年か、数十年は放置されていた様であり、家主はここに帰ってきていないことが伺えた。
しかし数日前よりその家には、とある三人が住み着いていた。
その家の中にある一人用のベッドの上に、金色の髪を持つ格好のいい男がいた。
この家に一時的に住んでいる魔人――レオンハルトである。彼はベッドの上で優雅に寛いでいた。
気を失ってしまうほどの大怪我を負った魔人は、その様子をもう殆ど感じさせない程には回復していた。
そんなレオンハルトの横、いや上には――
「あっ、ふっ……レオンハルト……!」
「あぁっ、んっ……レオンハルトさん……!」
その回復に大いに貢献してくれた二人のカラーの女性――ケッセルリンクとペールがいた。
彼女達はレオンハルトに覆い被さるように身体を密着させており、顔を紅潮とさせて何やら喘いでいる。
更には三人とも衣服を身に着けておらず、ベッドの上は扇情的な光景が広がっていた。
そんな中、レオンハルトは色々としながら身体の調子を確認していた。
……そろそろ、治ってきたな……。
手を握ったり開いたりと動かしながら思う。自分の身体の事はよくわかっているのだ。身体を少し動かしてみれば自分の肉体の状態が何となく確認出来る。殆ど完治しているだろう、と。
故に明日にはここを発つ事になる。なので、この極楽な状況も今日までの事だ。
レオンハルトが行動を起こせば彼女達は悩ましい声で鳴く。吐息混じりで、
「んっ……レオンハルトさん、元気になってきましたね……」
「……そうだな。だが、それはどっちの意味だ?」
「……どっちもです……」
ペールがうっとりとした様子で答える。
それを見たケッセルリンクが続けて、
「なら、そろそろか……?」
ああ、とレオンハルトは頷いた。オル=フェイルをケッセルリンクが磨いてくれる。刃が二つの球に囲まれて心地よいものを感じながら今度はペールを引き寄せると、
「……その話は、明日だな。明日にはここを――んんっ」
不意に、こちらの顔が柔らかいもので包まれ口を塞がれてしまう。身を乗り出してきたペールの所為だった。彼女は顔を抱きかかえながら言う。
「……その先は言わないで下さいね?」
「…………」
レオンハルトはその言葉にこくりと頷く。その意味が分かったからだ。
そして返礼代わりに手と口を動かした。
「あんっ……もうっ、レオンハルトさん……甘えん坊、ですね。そんなに、あっ、好きなんですか……?」
「…………」
言葉は返さない。愚問であるし、そもそも喋れない。
そんな状況の中、先程の言葉が聞こえていたのか下の方からケッセルリンクの声が聞こえてくる。
その内容は、
「……私には、後悔はない。レオンハルト……貴方のおかげで……」
「……そうか」
今度は言葉を返した。それなら良かった、と内心で安堵する。
それが伝わったのか、ケッセルリンクの動きが激しくなった。同時にペールもこちらに口を落としてくる。
血が高まるのを感じて、レオンハルトはそれを我慢せず自然なものに任せた。
「んっ……レオンハルト……」
「あぁ……レオンハルトさん……」
二人が恍惚の表情を浮かべる。
だが、それで終わりではない。レオンハルトは収まらない昂りを自覚しながら、二人を抱き寄せることにした。
そして囁くように言う。
「……なら、たくさん感じろ」
敢えて言葉足らず、そして遠回しにそれを告げる。それを言うな、と釘を差されたばかりだからだ。
意味は通じていなくても構わない。だが二人には通じていたようであり、彼女達は顔に唇を落としてくると、
「ああ……感じさせてくれ」
「レオンハルトさんも……ちゃんと感じてくださいね?」
と、微笑を浮かべてそう言った。それを見たレオンハルトは息を吐く。
……全くこいつらは……。
どう考えても楽しませてもらっているのは自分の方なのに、まるでしてもらっているという風に捉えているのがタチが悪い。確かにそれは事実かもしれないが、こういう時は良くも悪くも男の方に比重が偏る筈だ。
なのでレオンハルトはその心の内を少し曝け出してみることにした。不敵な笑みを浮かべて言う。
「――真面目なのはこんくらいにしとくか。あまり時間もないし、精々楽しませてもらうぞ……」
「んっ、来てくれ……」
「楽しんで下さい……」
しかし二人はそう言って自分を受け止めるだけだった。自分達のスタンスを曲げるつもりはないようである。それを見て、
……やり難い。
彼女達の好意的な解釈に、レオンハルトはむず痒いものを感じる。自分が都合の良い事をしているだけだというのに、二人はそれに心から感謝している。そしてこの僅かな時間を全力で謳歌しようとしてくれているのだろう。二人の行動の節々から、それは窺える。
……なら、俺も最後まで突き通すか。
彼女達の思いを遂げさせてやる――そういう思いではなく、レオンハルトは彼女達を全力で好きにすることにした。その行動が、二人にとって一番の幸いになるだろうしな、と。
レオンハルトは彼女達に向かってオル=フェイルを突き刺した。
家の中で、二人の艶やかな声が響き、三人は暫しの間、淫蕩に耽ったのであった。
……やっぱやめとけば良かったかなぁ。
ハンティ・カラーは、自らの失言を少し後悔していた。
森を歩くこと数時間。現在、レオンハルト捜索隊の四人は森の西部にあるハンティの家を目指していた。
こちらの背後には、周囲の林を警戒し続ける魔王スラル。新たな食材に胸を躍らせているのかワクワクした様子の魔人ガルティア。そして、
「――ハンティさん? まだ着きませんの?」
「……もうちょっとかな」
何も考えていない様子の使徒キャロル。その三人がついてきていた。
三人は口々に話を続けており、
「わさびか……まずはそのまま食ってみるか。その後で別の食い方も試してみよう」
「美味しかったら少し持ち帰りましょう! レオンハルト様に食べていただくのですわ!」
「……そういえば、ガルティア程じゃないけどレオンハルトも食に結構拘るのよね……意外とわさびを食べに来てたりして……」
色々と好き勝手に話す三人を見て思わず半目になる。緊張感があまりにも無い。まるで本当にピクニックにでも来ているかのようだ。そして思うのは、
……本当に家に帰ることになるなんてね……。
先程キャロルに言った通り、もうすぐでかつて自分が住んでいた家に辿り着く。元々、集落にも家にも立ち寄るつもりはなかったのだ。レオンハルトが翔竜山に行くと聞いた時から何となく嫌な予感がしたので、一応確かめに来てみただけであり、用事を済ませたらさっさと帰るつもりでいた。
なので集落のある南側ではなく、東側から森に入るように誘導したのだ。
しかし結局、ガルティアがわさびを食べたいなんて言うもんだから、適当に話を流そうとしたらその際の発言を拾われて自分の家に向かうことになってしまった。
実際、家の近くには天然のわさびが採れる場所がある。そういった場所は森の中でも少なく、唯一憶えている場所がそこなのだ。
それにあの辺りは魔物も少なく、代わりにしかなどの動物が多く、食料の調達にも最適だし、家の中にはまだ使える保存食や調味料が残っていた気がするし――
……考えれば考えるほど、家に寄るのが最善っぽいのが何とも……。
腑に落ちない気持ちになりながらも、歩みを進める。
集落に寄るのは面子的に無理だしねぇ、とも思いながら、
「…………?」
森の中にあった痕跡を見つけ、ハンティは疑問符を頭に浮かべる。――まただ、と。
先程森に足を踏み入れた時にも思ったが、どうにも人が通った痕跡が多いように感じる。今も、地面には微かに踏み慣らされた跡が残っていた。
……ここらはあまり人は通らない筈だけど……。
南部や東部は人間の冒険者などもよく通るので、人の痕跡があってもおかしいことではないが、西側や北側は魔物の数も多く、強さもそれなりであるため、人が来ることは殆どない。
そこまで気にする必要もないが、
……まさか、レオンハルトが通ってたりして……。
なんてことも思う。流石にないだろうが、人では考えにくくても魔人であるなら危険はないようなものだ。その可能性もなくはない。
しかし翔竜山の登山ルートは基本的に南東方向が登りも緩やかでよく知られている。カラーが薬草などを取りに登る際も、大体はこのルートを使うものだ。
他の場所からも登れないことはないだろうが、中層辺りから一本道となる山道に合流するまでは急斜面なのであまり適していない。
そもそも森に入って真っ直ぐ翔竜山に向かえば大体そのルートになるのだ。迷子になったりすれば話は別だろうが、森に住むカラーでなくとも、ちゃんと目印に従って歩けば迷うことはない。
故にありえないと断じ、そんなところで、
「――着いた」
「お?」
視界の先、緩やかな斜面に沿ったように小さい沢がある。岩に苔が生えており、湿り気が多いことがわかる。
水の流れる音が響く中、ハンティは適当に辺りを見回すと、
……あの辺りかな。
白い花が咲く一帯を見つけて近づいていく。そして、その植物を根本の方から採取し、
「……ほら」
「おっ、ひょっとしてこれが……」
ひょいひょいとガルティアに向かって軽く投げ渡していく。それを受け取りながら口元を釣り上げるガルティアにハンティは頷いた。
「それがわさびだね。その泥がついた部分を水で洗って」
「おお! やっと来たか! よし、任せろ!」
そうやって指示を飛ばすと、ようやくお目当ての物にありつけた喜びか、張り切って沢の水に近づいていくガルティア。
それを隣で見ていたスラルも関心を向けて、
「初めて見るなぁ……一応メモしとこ」
そう言ってどこからか取り出した紙とペンで、さらさらと何かを書き始める。
そして一番騒がしいのが、
「サカナが一杯いますわー! ハンティさん! こちらも捕まえますのよ!」
「……うん、好きにして」
好きにしますわ! とじゃぶじゃぶと水の中に足を踏み入れるキャロルを半目で見る。そんなに騒いだら捕まらない気がするけどなぁ、と思いながらこちらも何となく何本かわさびを摘んでいく。
すると後ろから声が聞こえた。
「よぉし! 洗ったぜ! なぁ、ハンティ! これ、このまま食べてもいいのか?」
「一応、全部食べられるよ」
「ならいただくか。おい、スラル。一緒に食べようぜ。ほら、お前の分」
「え、このまま食べるの? ちょっと怖いんだけど……」
「最初は生で食べてこそだろ。素材の味を楽しまなくちゃな。お前も、料理の探求には必要不可欠だぜ?」
「……まぁ、いいけど」
「わたくしも食べますわー!」
……賑やかだね。
背後で大騒ぎする三人を尻目に適度にわさびを取り終えると、苦笑する。
こうやって見ると魔王や魔人に使徒。人間を苦しめる魔の存在にはとても思えない。それどころか、人間よりも――
「…………」
何となく、ハンティはその場から離れてみた。
森の中を移動して、ある場所を目指す。瞬間移動を使い、この沢より程近い場所にある家を目指す。
距離は短く、時間にして一瞬、ハンティの中でもほんの少しの時間で、それは見つかった。
「……懐かしい」
思わず口に出る。
森の中にあって開けた場所。眼の前には、木造の一軒家が建っていた。
ハンティは思う。ここに住んでいたのはいつ頃だっただろうか、と。
……確か、人間になって少しした後だっけ。
自分がドラゴン・カラーから、ヒューマン・カラーになって数年後。当時親交のあったとあるカラーにお願いして建ててもらったのだ。
あの頃は色々と辛く、集団で生きる気になれなかった為、集落より遠く離れたこの場所でひっそりと隠れ住むつもりで家を建てた。
結局直ぐに何かを求めて森を後にして旅立ったのだが、それでもたまに帰ってはいた。しかし帰ってくると妙な感傷を感じてしまうため、あまり好きではなかったのを憶えている。
だが、今はどうだろうか、とハンティは思う。今はそんな感傷を思い出すのだろうか。
……今は、立ち位置がよくわからないしね。
今の自分はドラゴン・カラーどころか、カラーですらないのだ。魔人の使徒。それが今のハンティの確かな肩書。
だが、それでいて人間とともに住み、時には味方をする不思議な立ち位置だ。どっちつかずとも言う。それは偏に、人間を苦しめる魔人や魔物が嫌いであったからだが、
……今は微妙だよね。
それがよくわからない。いや、大体の魔物が嫌いなのは間違いないと思う。彼らの殆どは野蛮で暴力的で、人間を虐げることをどうとも思わない連中ばかりなのだ。
しかし、そうとは限らないことも知っている。他ならぬ、自分の主や、親交のある人物達がそうだ。それはここ百年で思い知った。
微妙に常識の通じない、個性的な人物ばかりだが、彼らは人間と変わらずちゃんと物を考える理性や知性があり、喜びや悲しみといった感情があり、人を気づかえる心がある。
数日前、レオンハルトの仕事を手伝いに魔王城にいる際も、他の魔物将軍や魔物隊長はあまり慣れていない仕事をするこちらを気遣っていたのだ。一般の魔物ですらそういったことが出来る。
なら、人間と魔物の違いは――
「――――っ」
そこでハンティは考えを無理矢理打ち切った。これ以上思考を巡らせると嫌な考えに行き着いてしまいそうであったからだ。
……切り替えよう。
と、そこでハンティは家を見てみることにした。これ以上妙な考えをする危険性もあるが、どっちにしろ家から使えるものは持っていこうと思っていたのだ。遅かれ早かれ入らざるを得ない。
故に、ハンティは家に近づいた。近づけば近づく程、変わっていないことがわか――
……あれ、ちょっと綺麗になってるような……?
首を傾げながら家の外装を眺める。もっと埃っぽくなっているかと思ったが、窓は思ったよりも綺麗で、扉も、
「……? とりあえず、入ってみようかな……」
と、戸を開いた。
――ハンティ・カラーの不幸はそこだった。
彼女は感傷や直前までの思考で気を抜いており、その気配に気づかなかったのだ。
故にハンティは、自分の家の扉を開き――それを目にした。
自分のベッドの上で行われていた光景を。
「ああっ、レオンハルト……」
「も、もう……今は食事中ですよ? こっちを食べてください……」
「ああ、ちゃんとそっちも食べる。でも今は――――ん?」
「――――――」
「…………あ?」
それを目にして、ハンティは凍りついたように固まった。
同時に男が気がついて、きょとんと顔を硬直させる。
お互いの目が合って、その正体を確認する。
「え、あ……お、お前……何でここに……え?」
突然の来訪者に混乱している金髪の男。その両側に二人のカラーを侍らせた全裸の男。
それを見て、ハンティは、
「――――ひ」
手を動かした。それはハンティが得意とする魔法の詠唱であり、
「……え、ちょっと待――」
「――人の家で、何やってんのよ――っっっ!?」
「ぐおおおおおおお――っ!?」
そう言って、ハンティは自分のベッドの上でカラー二人と情事に耽っていた探し人である主――魔人レオンハルトに雷撃を浴びせた。
魔人レオンハルトは突然の来訪者からの雷撃を、とっさにオル=フェイルを手にとって弾いた。
こちらを見て顔を真っ赤にして、羞恥と怒りが折り混ざったような表情を浮かべる自らの使徒に声を掛けた。
「おい、ハンティ!! なんでお前がここにいる!?」
「うるさい馬鹿!! 死ねっ!!」
「うおっ!」
雷撃を再び放ってきたので、後ろに被害が出ないように弾き飛ばす。家具に被害が出るのは許して欲しい。というか、
「ここ、お前の家なのか!?」
「……そうよ! そして死になさい!!」
……ぐっ、話が通じない……!
瞬間移動を駆使しての高速詠唱と、出だしが見えない剣技を防ぐ。自分の教育の結果か、かなりの練度をもった攻撃に思わず感心しそうになるもそんな場合じゃない。
……一旦、取り押さえるか……!
このままでは埒が明かない。ハンティがここにいる理由を聞くためにも、ここは手っ取り早く取り押さえさせて貰おう。
それに、身体の調子を試すのにも丁度いいしな、と、そう思いレオンハルトは前進した。
「――悪いが、取り押さえさせて貰うぜ……!」
「! くっ、来るな……!?」
「お……」
床を踏みしめ、初速から最高速の踏み込みで近づく。
だが、昔のハンティであればそこで終わりであったが、一月に一度の対決で鍛えられているハンティだ。流石に向こうも瞬間移動を駆使してそれを躱す。
ハンティが外に脱出したのを見て、こちらもそれを追いかけた。逃しはしない、と。
……良い機会だから試してやるか……!
レオンハルトは森に逃げようとするハンティを見据えて、剣に力を込めた。そうして集中を入れ、右に逃げようとする彼女に、
「――これはどうよっ!?」
「――なっ!?」
斬撃を振るい、ハンティの逃走したかったであろう場所を予測してピンポイントで潰す。それが同時に潰されたことで、ハンティが慌てる。流石に予想外であったようだ。
そしてその隙を逃す手はない。すかさず踏み込んでハンティの懐に入ると、
「おらっ!」
「っ――あっ!?」
足を引っ掛け、腕を引っ張り地面に転ばせる。そして直ぐ様剣を手放すと、両腕を抑えて固めに入った。
「よし、もう逃げられねぇぜ……!」
「え、あ……ちょ、やめっ……!」
ハンティの表情に怯えと羞恥の色が混じる。なんか微妙に過剰な反応だな、と思いつつ、レオンハルトは声を作った。
「さて、それじゃあ……お前が何でここにいるか――」
「――――なに、ひてるの?」
「――――ッッッ!?」
その声が聞こえてきた瞬間、レオンハルトは背筋を震わせた。
全身の毛穴から汗が吹き出るように感じ、鳥肌が立つ。
ハンティを抑えながら、妙に滑舌の悪い聞き慣れた声の方向に首を向ける。
するとそこには、
「……す、スラル……?」
「…………」
――ここにはいないはずの、レオンハルトの主――魔王スラルが呆然とした様子で立っていた。
レオンハルトはそれを確認した瞬間、ハンティを取り押さえるのをやめ、直ぐ様立ち上がる。
そして震える声で、
「な、何で、お前がここに……?」
「……っ!?」
何故かこちらを見て身体を震わせるスラル。
顔は赤く、視線は下を見ている。何故、と思う間もなく、
「ひ、ひひからふくひて……!」
「…………は?」
訳の分からない言語で声を掛けられる。
彼女は顔を赤くした状態のままである、良く見れば口元も赤くなっているようで、
「――レオンハフトさまぁ――!」
「……あ……キャロルか?」
突然、スラルの背後から見覚えのある金髪ツインテが走ってきたのを見て、レオンハルトはそれを即座に察知する。
そしてキャロルである証拠に、こちらに名前を呼ばれた彼女が元気よく手と声を上げた。
「はひ! レオンハフト様の使徒、ヒャロルでふわ!」
「……それはいいんだが……お前ら、呪われでもしたのか? 変な喋り方になってるぞ?」
「あ、それはこのわさびの所為でふわ! そのまま食べたら辛くてしょうがないでふの! だんだんマシにはなっへきましたが……」
「わさび……ああ、それか」
よく見ればキャロルの手元に緑色の植物が握られている。
……そういえば昨日、俺も食べたな……。
近くでわさびが採れたらしく、ケッセルリンクとペールが二人でそれを使った料理を作ってくれた。それはとても美味しかったのだが、昨日の思い出ともなると後ろから二人にいたずらした思い出の方が色濃く――
「それよりレオンハフト様!」
「あ、どうした?」
いつもの調子で名前を呼んでくるキャロルに答える。こういう時は何かしらの用件があるのだ。くだらない用件もあるが、結構細かいことにも気づいてくれるので意外と役に立っている。
そんなキャロルは、ほんの少し顔を赤らめながら、珍しく言い辛そうにして、
「そ、その……レオンハルト様。……服は、どこにありますの?」
「……服?」
「はい。レオンハルト様の……その、ご立派な剣が、野ざらしに……」
「はぁ? 何を――――」
と、そこで気づいた。
レオンハルトは自分の全身を見て、今更ながら身体にいつも感じる衣服の感覚がないことに気づいた。
……え、あ……そういえば、さっきまで全裸で色々と……。
顔を青ざめさせる。下を見れば、自分の長剣が臨戦状態のままであり、その影には、
「……こ、この……変態……!」
「…………」
怒りと羞恥が混ざった状態のハンティが目を背けていた。
そして、前方。キャロルの横のスラルを見ると、
「は、ふ……!」
未だわさびの刺激で口元が回らない様子のスラルが顔を両手で隠し――いや、指の隙間からこちらを見ており、
「れ、れほんはふほの…………へんたい…………」
「…………」
何故か変態だけばっちりと聞き取れた。レオンハルトは真顔になりながら状況を把握する。
……そうか、なるほどな……。
どうしてハンティが逃げたのか、スラルが顔を赤くして、指の隙間からがっつりと下半身に視線を送っているのかを理解し、レオンハルトは空を見上げた。
そして、ふっ、と微笑を浮かべて、
……わさびって……辛いもんな……。
と、現実逃避気味になりながら、服を取りに戻ることにした。
一方その頃。
「……このわさび、つーんとした刺激からくる辛味が堪んねぇな。色々な料理に合いそうだ……!」
ガルティアは新しい食材であるわさびの味に感動していた。
スラル「……レオンハルトの剣」
キャロル「良いものでしたわね!」
ハンティ「…………はぁ」
ガルティア「へぇ、どんなもんだったんだ?」
キャロル「ええと、まず長さは――」
レオンハルト「次話で使いそうなネタを出すのはやめろォ!」
※使うとは限りません