魔人レオンハルトは魔王城の中庭で、決闘の相手であるギリウムの強い視線を受けていた。
両者の戦いを見ようと魔軍の幹部達は離れた場所で二人の周囲を囲むようにしており、決闘の時を今か今かと待ち続けている。
「…………」
「…………」
お互いに何も語ることもなく、集中しているようだ。二人の魔人が戦闘状態に入り、周囲の圧がどんどん増している。
「……これは、中々に効きますね」
「ああ……滅多にない魔人同士の戦いだ。目に焼き付けておかねば」
集まった魔物隊長や魔物将軍は魔人が気を高めているのを感じ取り、ごくりと喉を鳴らす。
「しかし、どちらが勝つのでしょうか。将軍はどう思います?」
とある魔物隊長が自分の上官である魔物将軍に問いかける。この場にいる誰もがそれぞれ考えている部分であろう。
魔物将軍は少し考えてから魔物隊長に返答した。
「……さすがにギリウム様、だろうな。ドラゴンと人間では同じ魔人でも地力が違う」
「……ですよね」
魔物隊長も魔物将軍と同じ考えだったようで、同意を返す。魔物将軍は付け加えるなら、と話を続けた。
「それに経験の差もあるだろう。魔人になって長いギリウム様とあの新しい魔人――レオンハルト様とでは戦ってきた年月が違いすぎる」
ギリウムはドラゴンの時代――魔王ククルククルとの戦いからラストウォーを経(へ)て現在に至るまでとかなりの数の戦いを経験してきている。
それに対してレオンハルトの歳は二十代といった所。剣の王と呼ばれる程の実力を持っていたとしても戦ってきたのは精々十数年。この経験の差は簡単に埋められるものではないし、彼はドラゴンや魔人と戦った経験はないだろう。
「なら、ギリウム様の圧勝ですかね」
「いや、そうとも限らんぞ」
「え? どういう事です?」
魔物隊長の言葉を魔物将軍は否定してみせる。彼がそう考えるのには理由があった。
「レオンハルト様は長年空席だった魔人四天王にあの魔王様が推す程のお方だ。ならばそれ相応の実力を持っているのだろう。それに――」
魔物将軍は視線をレオンハルトに向ける。隣の魔物隊長も同じように顔を向けた。
視線の先にはレオンハルト。そして彼の背に背負われている物。
身の丈を越し、刀身が蒼く輝いている長剣を彼らは見た。
「あの剣。先程の謁見の間ではあれは無かった。おそらくだが魔王様に下賜されたものだろう」
「確かに……何だか吸い込まれそうな、何処か貫禄を感じる剣ですね」
「ああ。レオンハルト様は剣の王と呼ばれる程の剣の達人だと聞く。それに加えて魔王様に太鼓判を押された実力を裏付けるかのように賜ったあの剣。ギリウム様相手でも善戦はするのではないか、というのが俺の予想だ」
魔物将軍の予想に魔物隊長は納得したように頷く。
「なるほど、なら凄い戦いが見れそうですね。早く始まりませんかね?」
「うむ。……それに決闘が終われば勝敗に関わらず魔王様に伺わねばならない事もあるしな」
「伺う、ですか?」
「仰っていただろう。レオンハルト様を魔軍参謀の職に就けると」
「ああ、あの」
魔軍参謀。
言葉の響きから察するに魔物将軍の仕事に関係してくるであろうことは想像がつく。
「我々も無関係じゃない。おそらくは新しい魔軍の要職。詳しい内容はまだわからないが、我々の身近な上司になるかもしれんし、その事についての方がよっぽど重要だ」
「……なら、今のうちに見れたのはラッキーですね」
「ああ、複雑ではあるが魔王様が決めたこと。どのようなお方なのかもこの戦いで見定める事も出来る」
そう言って彼らは再び、決闘を行わんとする二人に集中する。
他の居並ぶ面々も意見は違えど、予想や話を交えていた。
――そんな視線を受ける魔人レオンハルトは。
……やっぱやるしかねぇんだよな……。
背中に背負った剣を感じながら内心、忸怩たる思いを抱いていた。
――それはレオンハルトが魔王城中庭に移動する前の事。
魔王スラルが決闘のお触れを出し、二人して謁見の間から先に離れ――そして二人は一度、スラルの私室に戻ってきていた。
部屋の中では主従関係であるはずのレオンハルトと魔王スラルがお互いに怒号を相手に浴びせていた。
「なんで決闘なんて許可しやがった! いや、そもそも魔人四天王とか魔軍参謀とか変に地位上げやがってよ! これなら魔人筆頭の方がマシじゃねぇか!」
「何よ! 貴方が良いって言うから許可したんでしょ! それに貴方が魔人筆頭は嫌だって言うからその通りにちょっと下の地位に就けたのよ! 何が不満なのよ!」
「んだと――」
先程からお互いにこの言い分の繰り返しである。
俺は譲らないしスラルも譲らない。話は完全に平行線だ。
「もう! だから勝てばいいでしょ! 勝ったら何も問題なくなるじゃない! 違う!?」
「それが難しいから頭抱えてんだろうがっ!」
そう、問題はそこだ。俺がめちゃくちゃ――それこそあの場にいるどの魔人よりも強ければ別にこんなの大した問題じゃない。
やっかみなんて起きないだろうし、決闘なんて相手をたたっ斬れば終いだ。ある程度、傍若に振る舞っても誰も何も言わないだろう。
魔人四天王だの魔軍参謀だのそれらの要職はスラルを説き伏せるか、無理でも別に構わない。一応、俺はこの魔王スラルに忠誠を誓ったんだ。散々ごねている身では説得力も無いかもしれないがこいつが例えば人間を虐殺しろとか水汲みしてこいとか、どんな重い命令も軽い命令も聞くつもりだ。
そう考えているのに俺がスラルの命令に駄々をこねるのは自分の進退や命に関わるからだろうか。
……いや、違う。スラルとの関係、雰囲気に呑まれているんだ。
まだ短い付き合いだが、こいつは俺に何かと良くしようとしてくれているのがわかる。絶対命令権なんかも使わない。魔王と魔人という関係には相応しくない雰囲気をスラルは作ろうとするのだ。
そこに俺が考えていた関係と少なからずギャップ――乖離があったのは事実だ。俺はもっとあれをしろ、これをしろ、と否応もない絶対的な主従関係を想像していた。そんな妄想は覆された。
つまり俺は、スラルに甘えているのだ。予想と違って随分と優しいもんだからそれに引っ張られて素で反抗してしまう。
そうやって自分を見つめ直すと怒りが萎んでいくのがわかった。
こいつがそういった地で話せるような関係をたとえ望んでいたとしても、俺は最終的に折れるべきだ。反抗して嫌々でもその命令を遂行する。でないと忠誠を誓った身として情けない。
俺は一度、溜息を吐いて気持ちを落ち着けると口を開いた。
「……魔人四天王だのは置いておいても決闘で勝つのはやっぱ厳しいと思うぞ。俺は剣士だ。なのに肝心の剣がないんじゃな」
そう。今の俺には剣がない。以前に使っていた銀の装飾が付いた直剣はメガラスとの戦いの時の一撃で何処かに飛んでいってしまった。
……あれ気に入ってたんだがなぁ。集落でも数少ない職人にわざわざ造らせた一品で、切れ味も悪くなかった。
「あ、それなら大丈夫よ」
「あ?」
「ちょっと待ってて。良い物上げるから」
スラルはそう言って部屋の隅にあったタンスからある物を取り出して見せた。
「ほら、凄いでしょ?」
「――これは……」
スラルが抱えるようにして持ってきたそれは――剣、だった。
綺麗に真っ直ぐ伸びた刀身が蒼く輝いている。
だが、俺が目を見張ったのはそこではない。
――――長い。
その蒼い剣はスラルの小柄な身長よりも大きく、ともすれば身長が180を超える俺の身の丈をも超える程だ。
「――魔剣オル=フェイル。古いダンジョンで見つけたの。ほら、持ってみて」
「魔剣、ね……」
俺はスラルから渡された魔剣オル=フェイルを手に取る。長さの割には軽いな。
それに長すぎて使いにくいだろうと思っていたその剣は持った途端、予想に反して驚くほど手に馴染んだ。
刃先が曲線を描いていて何だか前世でいう大太刀みたいだが……。
俺は手に持った剣を何気なく軽く動かしてみる。
「あ、気をつけて。それ切れ味が――」
「――ん?」
思わず剣の先が軽く机の足にぶつかる。
だが、俺は机に剣が当たったと思わず、それを見て気づいた。
何故なら――
「あ、斬れてる」
机の足を殆ど抵抗なく通過した刃はするりと机の足の先を斬り落としていたからだ。
そしてスラルが一拍置いて、叫んだ。
「あ、斬れてる。じゃないわよ馬鹿!」
「い、いや、すまん」
「その剣、斬れ味鋭すぎて刃を立てて置いたりするだけで斬れる時もあるんだから気をつけなさい!」
足が一本、床から離れて不安定になった机を指差して怒るスラル。
俺はあまりにも鋭すぎる魔剣オル=フェイルを見ながら恐々とする。
「なんつう物騒な剣だ……下手したら俺が斬れそうだ。最早凶器だな」
「……貴方、剣の達人でしょ。剣の王だし、問題ないわよね?」
「うーむ、いや、まぁ確かに自分でもびっくりするくらい剣がしっくりくるんだが……」
というか何だこの感覚は。確かに剣を持ってる筈なんだが、俺が知ってる剣と違う。
魔剣だからだろうか――剣ってのはこんなにも手に馴染むものだったか?
どうにも不思議な感覚が消えない。以前はこんなこと無かったんだが。
「何にしてもこれで剣の問題は解決。これなら勝てるでしょ?」
「――! ああ、そうかもな」
スラルの期待した声で我に返る。
確かにこれほどの剣ならどうにかなるかもしれない。相手が硬くてもこの剣ならそれを上回ってくれそうだ。
「良かった、それなら行くわよ。剣は背中にでも背負って。確か魔法でくっつく筈だから」
「……ああ」
言われて俺はスラルから貰った新しい剣、魔剣オル=フェイルを背中に背負ってみる。ゆっくり手を離すと――落ちない。確かに魔法か何かでくっついているようだ。
……まぁ、こんな物くれる程期待してるなら頑張らないとな。
そうして俺はスラルと共に決闘の場へと赴いた。
――だが、しかし。本当に勝てるかどうかは別問題だ。
レオンハルトは中庭にてギリウムと相対してそう感じていた。
……いや、あいつ、俺が魔人になったからか実力差が何となくわかるがかなり強くねぇか? 俺との実力が結構離れてるような気が……。
この世界ではLV。それがある程度の強さの指標になる。
自慢じゃないが俺のレベルは結構高い。確か68だ。この数字は客観的に見てもかなり上の方だと思う。
しかし、LVが同じでも強さが全く同じにはならない。
それは生物としての特性や個体としての特徴で大きく前後するからだ。
力の強い奴と足の速い奴では同じレベルでもその差ははっきりと分かれるだろう。その点俺は人間であった頃より強くなったと確実にいえる。魔人になったからだ。
生物としての格を引き上げられた俺はレベルは人間の頃と変わっていなくても膂力も体力も俊敏性も跳ね上がっているだろう。
魔人は魔人というだけで他の生物よりも強いのだ。
相手が人間であれば同じレベルでもその差で勝利することが出来るだろう。だが問題は、魔人同士であること。
それも魔人になる前の種族差だ。
俺より少し離れた場所で決闘に向けて戦意を高めているであろうギリウム。
来る途中にスラルに聞いたがやはりドラゴンの魔人であるという。
ドラゴン。それは人間より遥かに強大な生物だ。
その身体能力、地力の差は歴然であり、仮に奴が俺と同じレベルだったとしても敵わないのだ。
それに同じレベルの筈もない。何百年と戦ってきた経験値は確実に俺よりも上なのだ。
……さて、どうしよう。勝つ気ではやるつもりだが客観的には勝算は絶望的だな。
一応技能LVという概念もあるが、これはこの世界に生きる個体がそれぞれ持っている才能を数値化したものだ。
だが、自分や他人にどんな技能LVがあるかは基本的に調べられない。何でも特殊な魔法などで調べられるらしいのだが……。
だが、俺の場合は予備知識で何となく予想出来る。多分、剣戦闘LV2ってのが妥当なところだろう。これだけでも十分恵まれている。
だが、これだけで差を埋めることはおそらく出来まい。
明確に勝っていそうなのは剣技とスラルから貰った魔剣――つまり装備の差くらいじゃないだろうか。
頭の中で勝算を弾き出そうとしていると、周囲がざわつきはじめた。
何だ、と思ったが見るとスラルが中央に進み出てきていた。その後ろには魔物隊長。
「――そろそろ始めるわ。魔物隊長」
「はっ!」
スラルの呼びかけに魔物隊長がスラルの前に進み出る。
「僭越ながら私が決闘の開始を宣言させていただきます!」
宣言っていうかそこは審判とか立会人って言うんじゃねぇのか?
少し訝しげに感じるが、その理由は直ぐにわかった。
「魔人の方々の決闘ということでルールを設ける無粋は致しません。両者、存分に納得のいくまで戦ってくださいとの事です!」
「……それは」
思わず声を漏らす。
いやだって、それはつまりあれだろ? 事実上のデスマッチって事だろ?
…………はぁぁああ!? ふざけんじゃねぇっ!!!
てっきり気絶するまでとかまいったと言ったら負けとかルールを設けてやると思ってた部分が――いや、そりゃあそれを守る程相手はお優しくないだろうが、だからと言ってデスマッチなんかするか?
スラルは何考えてんだ? というかこれだと俺が勝ったとしても相手を殺すことになるがいいのか?
横目でスラルに視線を送るも、スラルは視線に答えずだんまりを決め込むだけだ。
「……では、お二方。準備はよろしいですか?」
「いつでも構いません」
「……! ああ!」
いや、待った。いきなり声掛けられて返事しちまった。
魔物隊長は頷くと手を振り上げた。え、もう始めんのか?
「――では…………始めッ!!!」
「――――!」
「――――ッ!」
俺が開始の宣言を受け地面を思い切り蹴ると、同時にギリウムが襲いかかってきた。