カラーの集落を目指して木々の下を歩く一行。その前列にて、ハンティはやり難いものを感じていた。
周囲、並ぶ順番は適当だ。先頭に道案内も兼ねて新しく魔人となったケッセルリンクがおり、中心には一応護衛しやすい様にとスラルがいる。それだけを決めて集団は歩いていた。
既に日は落ちかけており、茜色の日差しが木々の隙間から降り掛かる。それなりの距離を進む間、やはり時間というのはそこそこ掛かるもので、無言という訳にはいかない。
集まればそれなりの会話がある自分達だが、今は新入りともいえるケッセルリンクがいる。なので話題は当然、自己紹介も兼ねながら、彼女の話題となる訳で、
「へぇ、お前が夜の王なのか。道理で強そうな訳だ」
「それほどでもない」
ガルティアが言葉を送る先、先頭を歩くケッセルリンクはある程度の余裕をもって会話に興じている。再び声が来ても、
「でもそれなりに戦ってきたんだろ?」
「同胞の為に戦ってきたというだけのこと。降りかかる火の粉は、払わねばならないのだから」
「ほぉ、なるほどな。格好いいねぇ」
その堂々とした態度で応答し、それを見たガルティアがからからと笑う。初対面の魔人であっても戸惑わず平然と出来るその胆力は感心せざるを得ない。
……動じまくってたあたしって、ひょっとして情けない?
そういう疑いが浮かぶも直ぐにそれを消す。どう考えてもこちらが普通で、あっちがおかしい。それは視界の端で、ケッセルリンクとレオンハルトの間を行き来して人見知りのような感じになっているペールを見ても明らかであり、
……普通、魔人相手だと警戒するよねぇ……。
その気持ちが理解る分、ペールに同情してしまう。会話に入りたそうにしているのは、レオンハルトに懸想しているからだろうか。今もガルティアが出す話題に反応して、
「夜の王って言うからには、夜に戦うのが得意なんだろ?」
「あ、う……」
「……そうだな。魔法の関係上、夜に戦う方が力が発揮出来る」
何かを話そうとして小声で呻くだけになっている。元々引っ込み思案なのか、コミュニケーションが苦手のようだ。助けてやりたいとも思う反面、話に加わるとこちらの話題になりそうなのであんまり行動を起こしたくないとも思う。少し薄情だろうか。しかし、そんなことを考えていると、視界の横で、
「きゃっ――って、あれ、レオンハルトさん……?」
「っと、気をつけろよ、ペール」
「あ……は、はい……ありがとう、ございます……」
小石か何かに躓いたのか、転けそうになるペールを、レオンハルトが身体を支えることで助ける。抱きとめられる形になったペールは、頬を染めてお礼を言った。それを見たスラルが足を上げて、
「……あ、足が滑っちゃったー」
「痛っ――!?」
レオンハルトの足を思い切り踏みつけた。その動きは明らかにわざとであり、
……何やってんだか……。
一連の流れに溜息が出る。あれくらいでときめくペールもアレだし、スラルもスラルだ。でも悪いのはレオンハルト。ベッド汚されたし。今度何かしらで仕返ししてやろう。
と、考えていると今度は逆側から声が来た。キャロルの声だ。しかもそれは、こちらを含むもので、
「そういえば、ケッセルリンク様とハンティさんは同じカラーですわよね? 面識とか、あったりしませんの?」
……げ。
面倒な質問が来た。あまり答えたくないなぁ、と思う。しかしケッセルリンクの方が顔を横にやると、視線がこちらに向けられた。そして、
「いや、面識はない」
「……そうだね」
案の定、ケッセルリンクの方が答えたので便乗しておく。話の流れが危ういがこれはしょうがないし、いいだろう。ケッセルリンクが面識がないと言ったのは有り難い上に、事実だ。
しかし、ペールが知っていた事から、自分の事は知っているのだろう。自分が所謂、始祖と呼ばれていること。その事について突っ込まれるのかもしれない。すると芋づる式に、
……あたしが、ドラゴン・カラーだっていうことが、バレるかもしれない。
実際、この面子だけにならバレてもいいかな、とも思う。だがその事を知るのは今の所、レオンハルトのみ。他の面子はこちらのことを普通のカラーだと思っているだろう。ずっと隠していた種族的な部分を明かすのは、やはり躊躇してしまう。
ひょっとしたらスラルは知ってるかもしれないが、確証はない。後はカミーラもそんな感じだ。
明かさないのであれば、適当に、寿命が長かったとかなんとかで言い訳すればいい。
……どうしようかな。
色々と考えたが、結局はケッセルリンクの答えによるだろうな、と半ば諦めながら、ハンティはそれを耳にした。
ガルティアの、思い返すような声で、
「あー、そういやハンティは始祖様なんだっけか?」
「……うん、そうだ――」
……あれ?
今、おかしくなかっただろうか。いや、明らかにおかしい。
何故、ガルティアがそのことを――
「ならケッセルリンクも知ってはいるのか?」
「無論だ。カラーにとっては重要な祖先で、知らぬ者はいないとも。……そういえば、始祖様は何故――」
「ちょ、ちょっと待った……!」
話題が流れてしまいそうになったので慌てて止める。見れば皆がこちらに注目していた。その顔つきは軽い疑問の表情が見えている。空気は軽く、ハンティが突然慌て始めたこと対するもののようだ。始祖様発言は、それこそ流されており、
……え、ひょっとして……皆知ってる?
そんな感じがする。だが、一応確かめなくては、とハンティは言葉を作った。
「……あたしがそう呼ばれてるのって、皆知ってたっけ……?」
聞く。すると発言した張本人であるガルティアが頷き、
「おお、さっき出発前にそこのペールって嬢ちゃんから教えてもらったぞ」
「あ、はい。そうですね。先程、お教えしました」
「…………」
……原因はアンタか――!?
あっさりとそう言うペールに絶句する。そして他の面々も、
「そういえばハンティさんは、その時、家の中に荷物を取りに行っていて居ませんでしたわね。親切なペールさんが教えてくれたのですわ!」
「……俺は前から知ってたが……」
「……私も、実は前から知ってたりして……」
何で教えてくれなかったんですの? と、目を輝かせて言うキャロルや、バツが悪そうに指を突き合わせて、苦笑いするスラルを見て、ハンティは頭痛がした。
ドラゴンカラーだということまでは知られていないにしろ、あっさり知られすぎ――というかペールがあっさり教えすぎな気がする。眼前、こちらに近寄ってきたペールが、小声で、
「し、始祖様。私、頑張って皆さんに始祖様の武勇伝をいっぱい教えておきましたよ……! これで一目置かれる筈なので、頑張って下さいね……!」
と、親指を立てて励ましてきた。衝動的にその指を関節とは逆側に曲げたくなる。暴力的な思考だが、使徒になった影響だと思うことにする。決してイラッとしたからではない。気分を落ち着けながら沈んだ声で、
「…………頑張るよ」
「? 始祖様、何だか元気がなくなってますが大丈夫ですか?」
……誰の所為だと……!
ペールの言葉が、こちらを煽っているように聞こえるのは気の所為だろう。衝動的に雷撃を放ちたくなるも、そこはぐっと堪えて、しばらく放っておいてほしい、と苦笑しながらペールを遠ざける。
疲れたのでしばらくは精神的な傷を癒やすための回復期間だ。これ以上連続で傷を負えば、割と本気で暴れたくなってしまう。
しかし、
「それで一つ聞きたいのだが……始祖様はレオンハルトの使徒だというが、いったいどのような経緯でそうなったのだ?」
ケッセルリンクがこちらの話題を再度出してくる。おそらく先程、自分が止める直前に尋ねようとしていたことなのだろう。一瞬、答えた方がいいかな、と思うも、ケッセルリンクもレオンハルトに聞いているようだし、彼が適当に答えるだろう。なのでそちらに任せようと、だんまりを決め込もうとし、
「ケッセルリンク様、それはわたくしがお答え致しますわ! ええとですね……確かハンティさんが、偶然出会ったレオンハルト様に憧れて、使徒にしてほしいと懇願――」
「全っ然、違うんだけど!?」
過去が捏造されそうになっていたのでやむを得ず大声で否定した。なんて恐ろしい。あまりにも堂々と嘘をつくので止めるのが遅れてしまった。
しかしキャロルは、違いましたか? と言わんばかりに首を傾げている。何故そうなるのかと思うも、よくよく思い出してみれば彼女はその時、現場にいなかった。なので認識の齟齬があるのは仕方ないか――って、そんなわけない。
ハンティが疲れを感じながらもそれを全力で否定した後、それを見ていたケッセルリンクは、
「……ふっ、なるほど」
何かを理解したのか、不意に暖かく、微笑ましいものを見るような笑みを浮かべると、
「始祖様も、良い時間を過ごされてきたようだ……」
……その目、節穴?
今のやりとりを見てどうしてそう思ったのか、本気で理解に苦しむ。
もう気を使うのやめようかな、と考える。さっきから空気を読みすぎるばかり、自分ばかり苦労している気がするし、よくよく考えたらいつもこんな感じだ。
キャロルみたいに――までとはいかないが、少しくらいぶっちゃけた方が楽なのかもしれない。なので次からはそう出来るように努力しよう。
手始めに、使徒になった理由を訂正しようと、ハンティは口を開こうとした。
その時だ。
「――おい」
ガルティアが、不意に声を掛けた。軽い声じゃない。真面目な声で、表情で、それを伝える。
「誰か来るぞ」
それに真っ先に気づいたのはガルティアだった。
体内のムシによるレーダーは、先程から自分を中心に周囲を索敵し続けている。ある程度の距離にいる生物の情報は、余さずガルティアに伝えられた。
ガルティアの声を聞いた直後、続いて気づいたのは探知魔法を常に発動させているスラル。
少し遅れて、気配を察知したレオンハルト。次にケッセルリンクにハンティ。かなり遅れてキャロルが気づく。
ペールは茂みをかき分けるような音が聞こえた段階で気づいたが、その時には、影は近くまで来ていた。
森の中から、人が飛び出してくる。それは、長い青髪を持った、カラーの少女であり、
「はぁ……はぁ……ここま、で、逃げれば……!?」
息を切らして、その場に出てきた少女は、目の前にいた集団を見て言葉を失った。
人間――の形をした何か。人間とは圧倒的に存在感の違う集団が、人の形をして立っている。それを見て、少女は思った。ここまでか、と。しかし、その中にいる知った顔には、気が動転していたこともあって気づかなかった。
諦めきった少女の前に、その知った顔が前に進み出る。現カラーの長であるペールと、前長であるケッセルリンクだ。
「大丈夫か?」
「あ……」
ケッセルリンクが屈んで声を掛けると、そこでようやくカラーの少女は見知った存在に気づいた。そして驚きと安堵が入り混じった表情になる。
今度はペールが慌てたように、
「な、何があったんですか!?」
「ぺ、ペール様に……ケッセルリンク様……」
名前を呼ぶカラーの服は、ところどころ破れており、肌を傷つけ、幾つかの血の線が走っている。それを見て、皆が嫌な予感を感じる中、少女は震える声で言った。
「に、人間、が……人間が……攻めて来ました……!!」
その言葉に真っ先に反応したのは、ハンティだった。
彼女は眉を立てた顔になると、直ぐ様、
「――っ!」
その場からかき消えようとした。ハンティの得意魔法である瞬間移動だ。しかし、
「――待て、ハンティ」
「!」
横から鋭い声が飛んできた。魔人レオンハルトだ。普段はなぁなぁで済ませた上下関係とはいえ、主の有無を言わせない迫力の声に、ハンティの動きが止まる。
しかし一瞬の怯みが起きても、意思までは変わらない。彼女は憤った様に抗議する。
「早く行かないと、集落が……!」
「落ち着け。――まずは状況を聞いてからだ。……ケッセルリンク」
レオンハルトが呼びかける声に反応して、ケッセルリンクが顔を上げる。そして、
「集落までは後どれくらいだ?」
「……十分も進めば外周部に辿り着く」
なるほど、とレオンハルトが頷きを入れた。そして次に見るのはガルティアだ。視線を横に向け、
「ガルティア」
「……んー、こっからじゃさすがに何も分かんねぇな。もうちょっと近づかないとな」
名前を呼ばれたことで、自分に何を求めているかを理解したガルティアは、聞きたいであろう答えを口にする。
まだ何も分からない、という答えではあるがレオンハルトにはそれで良かったのか、再び頷くと、今度は傍らにいるスラルに聞いた。
ただし今度は、上位者に聞くという意味で、
「ということだがスラル。……どうする?」
「……そうね……」
スラルが考えるように目を細めて顎に手を当てる。そのやり取りを見てハンティやケッセルリンクはようやく気づいた。
今、行われているのは、魔軍として、方針を決めるための、即席の会議だ。人間とカラーの戦争。それを避けて通るのか、介入するのか、その瀬戸際なのだと。
皆の顔が急に引き締まったのはそういうことだろう。どちらになろうとも、その覚悟は既にあるのだ。
そしてその判断は、スラルに一任されている。それを感じ取り、ハンティはどうするべきか、と思考を巡らせた。
……スラルは、戦いは好きじゃない。なら選び取られるのは――。
戦いに関与するのを嫌うスラルだ。理由が無ければそうなるのは必然。その舵を、反対側に切らせようとするならば意見を具申しなければならない。
だが、一方で、
……あたしは、一体誰の味方だ?
カラーを助ける為に、瞬時に人間を殺す判断をして、魔王にどう言えば、望み通りになるかを計算し始めた自分に、嫌気と迷いが生じる。
カラー、人間、魔物。そのどれもに背信を帯びているような感覚。自分の立ち位置が分からない。
もし己が、一人であるなら、助けたいものだけを助ければいいのかもしれない。弱い者が虐げられるのが嫌いなのは、性分だ。
しかし今の自分は、魔人の使徒という明確な立場がある。上下関係は曖昧で、やりたくないことはやらなくていい、とその命令に甘んじてきた。魔軍の仕事に、殆ど関わってこなかった自分が、どの面下げて魔軍の方針に口を出せるというのか。
「…………」
結果、ハンティは歯を噛み締めながらも沈黙した。判断を委ねたのだ。
願わくば、その命令を下してほしい。スラルは非情な魔王ではないはずだ。それを信じて。
そして考えがまとまったのか、冷静にスラルが答える。静かな声で、
「――魔軍としては、動かない」
「――――」
その言葉を聞いたハンティの顔が、絶望に染まる。見ればケッセルリンクも表情を顰めさせているだろう。
そんな中、スラルは続けた。
「人間の国同士の戦争に、魔軍として関わると面倒なことになる。だから魔軍としては動かない。――それでいい?」
了解の意が、レオンハルトやガルティア、キャロルから発せられる。遅れてケッセルリンクも頷いた。ハンティも黙ってそれを受け止める。
だが、
「でも――」
「……?」
スラルはなおも続けた。一体何を、と顔を上げるハンティが聞く。それは、
「今は……プライベートだから。レオンハルト、ガルティア、ケッセルリンク。そしてその使徒に、私用で動く許可を出すわ」
つまり、
「自由時間ってこと。……これでいいかな、レオンハルト?」
「ああ、良い判断だ」
スラルがレオンハルトに尋ねる。そして彼が頷くと、ガルティアも肩を捲りながら笑みを見せ、
「よし、そんじゃ腹ごなしに暴れるか。なあ、レオンハルト。どっちが多く片付けられるか勝負しようぜ」
「別にいいぞ。俺はペールとの取り引きを果たせなかった義務もあるからな。今回は本気でやる」
「おお、珍しいな。雑兵相手にマジか。ならキツいかもな……」
と、盛り上がる魔人二人。しかし残されたもう一体の魔人が声を上げた。
「……スラル様」
「ん、何?」
軽い調子で応じるスラルに、ケッセルリンクは疑問を尋ねた。
「……良いのですか?」
曖昧な、短い言葉での質問。しかし、それでも意味は伝わる。
スラルが、息を入れた。そして苦笑して、
「いいのよ。……元々、そこの二人はやるつもりだったみたいだし……私としても、後味が悪いのはちょっと、ね」
そう言うと、レオンハルトとガルティアが応じた。先にガルティアが、
「なぁに、敵ならともかく、味方の味方くらいは助けても構わねぇさ」
「最早恒例行事みたいなものだからな……俺達としても文句はない。自分達を否定することになるしな」
「それは……」
二人の言にケッセルリンクが軽い驚きを入れる。その言葉の意味は理解るものだ。
そしてそれを見るハンティの傍ら、別の声がきた。それはいつも騒がしい金髪の高い声で、
「ハンティさん! これは、レオンハルト様に良いところを見せるチャンスですわ! 七星を越える為にも頑張りますわよ!」
「そ、そうだね……」
全く振れない態度のキャロルに戸惑いながらも返事をする。戦いであっても、本当にいつも変わらない。それは、彼女だけでなく、
「……あはは、変わらないな……」
周囲の者達を見てそう思う。ハンティが決意を顕にする中、同じ様にケッセルリンクが、目を丸くしていた表情を元に戻すと、その目を伏せて、
「……慈悲深い判断に、感謝します。スラル様」
「べ、別にいいけど……」
一礼を受けたスラルが少し戸惑いながらも、感謝を受け取る。それを見届けたレオンハルトは、周囲に聞こえる声で、
「それじゃ、戦場の場所まで案内してもらうか。そこで登山前の軽い運動だ」
「あ、は、はい……! 分かりました……!」
視線を受けたペールが頷く。そして皆を見て、
「み、皆さん……ありがとうございます……!」
深々と礼をした。しかし、その声には応じない。
今から行うのはあくまで、偶然の出来事だ。偶然、魔人達のピクニックの道中に、人間がいたから蹴散らすだけ。
そしてそれは、その通りとなるだろう。
その未来を感じ取ったハンティの眼前で、スラルは配下の魔人達に命令を下した。
「――行きなさい」
了承の声が上がると、その一行は、戦場を目指して直進した。
スラル「前回の続きだけど……ケッセルリンクが男になるプロットはどうなってたの?」
ケッセルリンク「それは私も気になる」
キャロル「ええと……何でも、森に行くのはレオンハルト様とスラル様の二人になる予定でしたわ。でも、道中でレオンハルト様が迷子になったので、スラル様が一人で不安になっているところを、ケッセルリンク様が発見する。簡単に言えばこんな感じですわね」
ハンティ「あーなるほど……何となくわかった」
キャロル「因みにこのルート。レオンハルト様が更にポンコツ化するとのことで、わたくしとしては、そういう一面も見てみたかったですの……」
レオンハルト「主のポンコツ化を望むな!」