※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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グルメ魔人の怒り

 

 カラーの集落。その外周部。

 集落を防衛する戦士団の後詰として簡易的な救護用天幕を置くそこでは、指揮用の陣幕があった。

 中では先程帰ってきたばかりの気弱な長――ペール・カラーの言葉をそこにいる伝令用のカラーと防衛隊の隊長が聞いていた。その内容に目を見開き、声を張り上げる。

 

「――い、一体どういうことですか、ペール様!?」

 

 叫ぶのは問い返しの言葉。それに対し、ペールははっきりとこう言った。

 

「魔人を援護するように、人間を攻撃して下さい!」

 

 魔人を援護、という言葉に反応したのは防衛隊の隊長だけではなかった。

 周囲に居るカラー達も、その言葉に驚いてどよめきがあちらこちらで起こる。

 

「に、人間どころか魔人まで来るなんて……!」

 

「終わりよ! カラーの集落は終わり……!」

 

「で、でも、人間だけを襲ってるらしいからこのまま追っ払ってくれるかも……?」

 

「今は人間と戦ってるが、いつこちらに襲いかかってくるか……」

 

 騒ぐ者や絶望する者もいるが、その多くは疑念を抱いている様子だった。幸いにもカラーに危害を加える様子がないことは、伝令から報告が上がっている。

 しかしそれを信じていいものか。カラー達の胸の内はそれだった。

 だがペールは、改めて落ち着いた言葉で諭すように言う。

 

「……あの魔人達は、この森に遊びに来ただけみたいです」

 

「遊びに……? そういえば、ペール様は、あの魔人達と話したのですか? その、連れ去られ際に」

 

 と言うのは、集落の防衛隊長だ。そのことを思い返す様に言った彼女の問いに、ペールは頷きを入れる。

 

「はい。何でも、翔竜山に観光に来たけど人間が邪魔なので追っ払うそうです」

 

 ペールの説明にカラー達が再びどよめく。聞こえる声から分かるのは、まだ少し疑っているということ。そのことにペールはままならない思いを感じた。

 ……一応、本当のこと言ってるんですけど……やっぱり不安ですよね……。

 魔人と聞いて怯えや疑念を憶えるのは致し方ない。自分も臆病なのでその気持ちは分かる。魔人の悪名高さはよく知られているものだ。外界との関わりをあまり持たないカラーの間でも、世間では恐怖の存在として君臨していることを知っている。この森に攻め入ってきたことこそないが、やはりそういった印象は拭えないものだ。

 実際に魔人――レオンハルトの人となりを知ったペールは怖い印象は薄れて、もはや好印象しか感じないがそれを知らない周囲のカラー達の反応たるや落着きの足りないこと。

 ……レオンハルトさんが良い人ってこと、私くらいしか知らないんですよね……。

 そう考えると微妙に優越感が湧いてくるから不思議だ。よく考えてみると周囲のカラー達は、いわゆる魔人処女のようなもの。魔人経験者の私に敵うはずもない。

 ……は、初めて勝った気分に……!

 リア充カラー達への心の余裕が出てきたところで、ペールは堂々と魔人を信じさせる為の理由付けを言うことにした。

 未経験者への導きは先達者の務めだ。ペールは寛大にそれを教える。

 

「……魔人は人間にしか危害を加える気はありませんし、とても紳士的ですよ! 私がこうやって無事に帰ってきたことがその証拠です!」

 

 ふふん、と胸に手を当てて余裕の笑み。王者の風格。それを自覚して彼女達の反応を見渡す。

 しかし、

 

「…………」

 

 周囲のカラー達はぽかん、と口をあんぐりと空けて固まっていた。

 その反応を見て、ペールは自分の失敗を悟る。

 ……う、うわあああああっ!? 私ってば、空気が読めない子みたいになってますよー!?

 そういえば子供の時から自分は、しばしば周りにこういった反応をさせてしまう事があった。それがトラウマで、自分は家の中に引き篭もるようになったのだ。今の状況は、昔と同じで、

 

「……そ、そういえば、ペール様の額……」

 

 と、誰かが呟いた。皆の視線がペールの額に集まる。

 

「あっ、青くなってる……」

 

「ということは……」

 

 皆が何かを察したような表情になる。微妙に頬を染めてこちらを見るのは、額が赤いクリスタルの者達であり、額の青いものは少し冷静になってそれを見た。見られたペールは頬が熱くなるのを感じ、

 

「そ、そうですっ! 私は魔人の中に、こ、恋人がいますからっ! なので集落を守ってくれるようにおねだりしましたっ!」

 

「そ、そそっ、そうなのですかっ!?」

 

 カラーの防衛隊長がどもりながら言う。あ、この反応処女ですね、と直ぐに察する。クリスタルも赤いし。

 周囲の者達も、クリスタルが赤い者を中心に狼狽えているように見える。カラーは額を見れば直ぐに察することが出来るのが弱点ですねぇ、としみじみ思う。

 ともかく流れが来てる。なのでペールはそこに畳み掛けるように再度、防衛隊長の声に応えるように、

 

「ええ、私の恋人は金髪のイケメンです。彼は信用出来ますし、彼が他の者達も大丈夫だ、と言ってくれました。……因みに、ケッセルリンク様もその方を信頼して想いを寄せてますので安心してください」

 

「け、ケッセルリンク様も!?」

 

 今度は自分の時よりも大きい反応が帰ってくる。少し悔しいが、これが影響力の差だろう。幾分か冷静だった者達も、

 

「そういえば、ケッセルリンク様もクリスタルが青くなっていたと報告が……」

 

「魔人と一緒にいるところを見たという者もいるし……」

 

「魔人が、協力してくれているのか……」

 

 と、口々に良い反応を見せてくれている。

 疑念はほぼ解消された。その手応えを感じて、ペールは改めて配下に命令した。

 

「わかってくれましたね。さぁ早く、前線の者に伝えて下さい。――魔人は味方だと」

 

「りょ、了解しました!!」

 

 命令を受けた伝令役が、前線へと走っていく。

 それを満足そうに見ながらも、ペールは安堵の息をもらす。

 これで戦いも楽になるはず、長としての役目が遅れた分をほんの少しは取り戻せただろうか。

 しかしまだ出来ることはあるだろう。指示を終えたら、自分も前線に向かおう、とそれを決意した時、横から言葉が来た。

 

「あ、あの……ペール様」

 

「どうしましたか?」

 

 見ると、頬を赤く染めたカラーの少女がおずおずと近くにきた。伝令役の少女だ。クリスタルが赤い。

 再び勝ち星を得ながらもペールは長としての対応をする。だが、

 

「わ、私……先程前線を回ってきた時に、その、魔人の方達をお見かけしたのですが……」

 

「あっ、そうなんですね。お仕事ご苦労さまです」

 

 得心する。彼女は魔人についての情報を皆に伝えてくれたものだろう。ちゃんと役目を果たしてくれていることに感謝する。

 

「い、いえそれほどでもっ。……ただ、一つお願いが」

 

「? 何でしょうか?」

 

 少女は、意を決した様に、

 

「あの、方達の――特に、男性の方のお名前をお教えいただけないでしょうか……!?」

 

「……名前を?」

 

 はい、と恥ずかしそうに頷く。

 そして周囲の者達までもが聞き耳を立てるようにその場に立ち止まった。それを見て、ペールは察する。

 ……ははぁ、なるほどなるほどなるほどぉ……!

 ニヤついてしまいそうになるのをぐっと堪えながらも、ペールは頷いて名前を教えることにした。

 

「……ええとですね。まず、金髪のイケメンの方が――」

 

 

 

 

 

「――レオンハルト様……!」

 

「……あ?」

 

 戦場で一通りの敵を斬り捨てたところで、レオンハルトは背後から聞こえてきた女性の声に振り向く。

 そういう風に呼ぶ奴はキャロルくらいなので、キャロルかと思いかけるが、こちらの少し前で人間の死体を漁って装飾品を剥ぎ取っているので違う。

 一体誰だ、と森の中を見渡してみると、遠くにカラーの集団が見えた。

 彼女達は弓を装備しているところや、戦場慣れしている雰囲気から、おそらくはカラーの戦士達だろう。そういえば先程からちらちらと人間と戦っていたな、と思い返す。弓や魔法が時折人間に打ち込まれていたのは彼女達の仕業だろう。

 ただ、少しくらいこちらに飛んできてもおかしくないな、と思っていたのに、その予想に反して一つもこちらを狙ってこなかった。

 その理由を、レオンハルトは彼女達の様子を見て何となく察した。

 視界の奥、カラーの少女達がこちらと目が合ったことに対して、

 

「きゃ、きゃっ……目が合っちゃった……!」

 

「良い男ね……!」

 

「私、手振ってみようかな……」

 

 何やら色めき立っている。そのことにレオンハルトは呆れ返る。

 ……戦場だってのに緊張感無さすぎだろ……。

 距離は遠いがどういった視線を向けられているのかは分かる。ファンクラブで慣れているし、別に構わないが戦場でそうなるのはどうなんだろう。

 そしてその原因は、先に集落に帰ったペールの仕業だろう。多分ではあるが、あの緊張感の無さというか色ボケ具合が似ている気がする。

 というかカラーがそういう種族なのだろうか。あのケッセルリンクでさえ、最初に出会った時と今では印象がまるで変わるのだし。色ボケはカラーの種族特性。持ちネタなのだろうか、と考える。

 しかしキャロルもたまにこちらの行動に対して、感激したり見惚れる時があるから断定は出来ないな、とレオンハルトは息をついてカラー達から視線を切る。

 周囲を見渡して、適当に気配を探ってみても、分かる範囲に生き物の気配は感じない。

 ……ここいらの人間は大概斬ったか。

 面倒だったと、そういう感想が最初に出てくるのは責任感が足りないだろうか。

 取り引きを果たす為に久しぶりに多くの人間を殺したが、やはり感慨は何もない。

 これが戦場とは無縁の一般人や、女子供であれば良心も痛むだろうし、自分が楽しめる程の強者であれば高揚していただろう。

 しかし戦場への覚悟が不十分な兵士をどれだけ殺しても、それは作業でしかない。

 幾つもの戦争に関わって、必要以上に犠牲を減らすやり方で指揮を執っている為か、たまにそういった思いを感じる時がある。

 スラルは人間の犠牲を必要以上に望まないが、彼女が何も言わないということはこれは必要なことなのだろう――そう自分が思っているのも理由としては大きいだろうか。

 ……本当は、もっと真摯に向き合ってやった方がいいんだろうけどな。……それは無理そうだ。

 せめてこちらを倒すという意思が存分に感じられれば雑兵であろうと、戦士として扱ってやるのだが、如何せん、こいつらは只の略奪者でしか無かった。

 敵わない相手と見ればなりふり構わず、仲間を見捨てて逃げる。そんな賢しらな臆病者を戦士とは言わない。生き延びる為の選択としてならば間違ってないが、

 ……全く、人間の質も落ちたな。

 かつて自分が指揮していた人間の兵士達はここまで酷くなかった、と思うのは思い出補正というやつだろうか。しかし、さすがに魔人が現れたからといって悲鳴を上げながら周囲の仲間を押しのけてまで逃げようとするのは情けなく感じる。

 ……それとも、俺はそんなに怖いか?

 他の魔人に比べたら見た目も人間なのだから恐ろしくはないと思うが、最初の口上と威圧が良くなかったのか。効きすぎてしまったのだろう。

 ふと気になって聞いてみる。声の先は使徒であるキャロルだ。片手に装飾品を沢山抱えながら死体を漁り続けるキャロルにレオンハルトは尋ねた。

 

「……キャロル。俺って怖いか?」

 

「怖い、ですの?」

 

 キャロルがその問いに首を傾げた。そして顎に手を当てて考えた後に、

 

「レオンハルト様は強さもカッコ良さも魔人一ですわ! だから人間や魔物が畏敬の念を感じても致し方なしですの! そんなあらゆる事に秀でたレオンハルト様と、その使徒が合わされば――」

 

「……愚問だったな。わかった、もういいぞ」

 

「はい! 疑いようのない事実ですわ!」

 

 自信を持って言い切るキャロルに頭を抱える。キャロルに聞いた俺が馬鹿だった、と内心でそう思うレオンハルト。

 そうして休憩がてら何となくその場でキャロルの死体漁りを待っていると、不意にキャロルがこちらにぱっと振り向き、

 

「そういえばレオンハルト様! わたくしも聞きたいことがありますの!」

 

「……いいぞ。言ってみろ」

 

 ぴしっと手を挙げて言うので、それを許可する。

 ありがとうございます! と元気よく感謝して、キャロルは質問を告げてきた。

 

「わたくしとしては嬉しい限りなのですが……どういった理由でこの分け方になったのでしょう?」

 

「ああ、それか」

 

 レオンハルトはその質問に答える。簡単な事だ、と。背後の木に何となく背中を預けながら、

 

「戦力を出来るだけ均等にする為と――後は、消去法だ」

 

「消去法、ですの?」

 

 ああ、と頷く。続ける言葉は説明であり、

 

「まず、スラルは戦わない。だから魔人と組ませようと思った」

 

 魔王であるスラルだが、彼女が戦うことが好きではなく、戦いたくないと思っていることは理解していた為、戦力としては数えていない。なので次に強い魔人と組ませることは確定していた。

 

「そして、探知魔法を持つスラルと、ムシのレーダーで索敵が出来るガルティアは組ませない。後で合流する際も支障をきたすしな」

 

「あー、なるほどですの」

 

 ふむふむ、と納得したようにキャロルが頷く。

 しかしややあって、

 

「ですが、それならレオンハルト様と組んでも良かったのでは?」

 

 その疑問をレオンハルトは即座に否定した。

 

「いや、それだけはない」

 

 何故なら、とレオンハルトは理由を言おうとして、一度言葉を止めた。

 そして思う。よく考えたらこれは言えない気がする。その理由とは、

 ……キャロルと他の二人を組ませるのは……ちょっと……。

 激しく不安になる。

 自分がスラルと組んだとして、残りはガルティアとケッセルリンク。そしてキャロルとハンティ。

 ガルティアとハンティは特に問題ない。というかハンティ自体が誰と組んでも問題ない。それなりに常識人なので誰とでも合わせられるだろう。ケッセルリンクともカラー同士なので問題ないだろうし。

 しかし問題はキャロルだ、と思う。

 キャロルとケッセルリンクは未知数過ぎて組ませにくいし、キャロルとガルティアは……もう不安でしょうがない。本当に戦場のど真ん中でピクニックを始めかねない二人だ。

 なので自分が引き受けるのが一番安心出来る組み合わせという訳だ。ガルティアとスラルは先程の理由で除外。そして残った組み合わせがこれしかなかった。

 ケッセルリンクとスラルもどうだろうと、一瞬思ったがケッセルリンクも魔人となってかなり強くなっているように感じたし、スラルも了承してくれたから問題ないだろう。出会いはアレだが、魔人化した存在なのだから仲良くはしたいだろうし、この機会に少しでも打ち解けてくれれば、自分の心労もなくなり――

 ……って、これじゃ本当にピクニックみたいだな……。

 遊びに行く時のそれだろうと頭を抱える。

 考えを戻す。しかしどうしたものか、と。キャロルにこれを言うのは憚られる。何か上手い理由付けは――

 

「! そう、何故ならな――」

 

 ふと思いついた考えを瞬時に口にする。それは、

 

「――キャロルは……俺が見ていた方が力を発揮出来ると思っていたからな」

 

「!」

 

 キャロルが目を見開く。そして徐々にその表情が喜びのそれに変化し、

 

「……理解しましたわ。わたくしに期待を掛けてくれているのですね、レオンハルト様……!」

 

 感激したという風に拳を握り、喜びに打ち震える。

 ……いや、まぁ、嘘じゃないしな。別にいいだろう。力も確認出来たのだし……。

 キャロルが喜んでいるので、構わないか、とレオンハルトは考えをそこで打ち切る。眼の前ではキャロルが幸せそうに自分の身体を腕で抱くように交差させながら、

 

「ああ……レオンハルト様の期待を一身に受けるわたくし……! 幸せですわー……!」

 

「…………」

 

 頭の中がお花畑になったのだろう。キャロルが、笑いながらそこらを適当にステップして回る。そこが死体だらけじゃなければ見れなくはないんだがな。これじゃシリアルキラーだ、と思う一方で、足元が汚れるのでやめさせようかとも悩む。しかし結局はそれを眺めつつも、息をつくだけに留めて、レオンハルトは声を掛けた。

 

「……そろそろ行くか。もうここいらに兵はいないし、探しにいくぞ」

 

「――了解ですわっ!! 期待に応えて見せますのよ!!」

 

 力が漲っているのか、直ぐに駆け出したキャロルを見て、レオンハルトもその場を後にした。一つ、心残りがあるとすれば、

 ……結局、デカブツはいなかったな。別の場所にいるのか?

 だとしたらケッセルリンクか、もしくはガルティアかハンティが相手にしているのかもしれない。ほんの少し試してやりたくもあったが。

 どちらにしろ、自分が行く頃には死んでるだろうなぁ、と予想し、レオンハルトはその人間への興味を無くした。

 

 

 

 

 

 夜の森で、二つの影がぶつかり合っていた。

 戦場の真ん中で得物をぶつけ合う二人の男だ。一人は大柄で筋肉質な人間――戦士長、アーノルド・ホーガン。彼は全身を覆う鎧を身に付け、その身を越える戦斧を振り回して戦っている。

 そしてもう一人は、褐色の肌に緑色の髪を持つ魔人――ガルティアだ。その手にはギザギザの骨のような刀身がついた細身の剣がある。それを振るい、大男の肌に傷を付けていた。

 しかしそれだけではない。時折、ガルティアが放つ攻撃は、爆弾、レーザー、毒、糸など様々であり、それらの攻撃が効果的に効いていた。鎧が意外に頑丈であるため、継ぎ目や薄いところを狙わないとならないからだ。正面からぶち当てれば貫けなくもないかもしれないが、それは出来ていない。というのも意外とこの人間、

 

「ぐ、はぁ……ムシ使いの魔人が……厄介な奴めぇ……!」

 

「ひゅー、こりゃすげぇ。兄さん、人間にしてはやるな」

 

 鍔迫り合いをしながらガルティアが口笛を吹く。そこそこ剣に力を込めているのだが、向こうは何とか踏みとどまっている。その事実がこちらを感嘆させる。

 ……力が強い……なんてレベルじゃねぇな。こいつ、本当に人間か?

 まだ本気ではないとはいえ、魔人と力比べをして拮抗出来ている時点で充分おかしい。規格外だ。自分の力を正確に理解しているからこそ、凄さがわかる。

 こちらの剣に付いてこれている事実も、感嘆に値する。ガルティアの剣はレオンハルトにこそ敵わないものの、魔人の中では上位であり紛れもない達人だ。それを防げているのならこの人間も達人なのだろう。世界最強の戦士、というのもあながちホラじゃないかもしれない。――人間の中では、という但し書きは付くが。

 ……このまま押してりゃ勝てるな。

 ガルティアは眼前の大男を見て思う。相手に余裕がない、と。

 既に幾つかの傷を負い、こちらの剣に付き合った結果、体力もなくなってきているのだろう、先程から呼吸が乱れている。そしてムシによる攻撃には、やはり対応出来ていない。ムシ使いを知っている様子ではあったのだが、詳しく知っている訳ではないのか。

 もしかしたら、南の方から来たのかもな、とガルティアは当たりをつける。もっとも、だからどうという訳でもないのだが。

 そして、余裕がない向こうに対して、こちらは結構な余裕がある。いや、別の意味では余裕はないが、戦況的にはこちらが優勢だ。

 いつの間にか遠くに離れ、兵士を次々と倒しているハンティは、こちらに戻ってこない。というか周囲に自分達以外の人影はない。きっとハンティは出来るだけ人間を倒そうとひたすら追撃を掛けているのだろう。瞬間移動があるから逃げ切れないだろうなぁ、可哀想に、とほんの少しだけ同情してやる。戦場が悪かった、と諦めてほしい。

 ……あー、というかしまった。これじゃあ多分、レオンハルトとの勝負は負けだな。

 この男に時間を取られすぎた、と思う。今からじゃ間に合わない。

 それともこの男を仕留めて、獲物のデカさで俺の勝ちだ、と言い張るか。さすがにみっともねぇなあ……。

 そんなことを思っていると、ガルティアは腹のムシが鳴るのを感じた。

 ……腹減ったな……。

 なのでガルティアはこう言った。戦斧を弾き、数歩分距離を取ると、相手に向かって、

 

「――悪い。メシにしてもいいか?」

 

「……は、はぁ?」

 

 呆気にとられた様に口を開いたのを見て、ガルティアは続ける。

 いやな、と。

 

「昼メシ食べてから何も口にしてなくてな。俺も、俺のムシ達も、腹が減ってしょうがないんだ」

 

「……だ、だからって何を食うつもりだっ!?」

 

「大丈夫だ。ちゃんと持ってきてる」

 

 そう言うと、懐から骨付き肉を数本取り出した。城の料理人が作った自信作だ。冷めても美味いのがミソだな、とガルティアは自慢気にそれを見せる。

 

「悪いが、これ食うまで少し待ってくれないか? 許してくれるんなら兄さんにも少し分けてやるぜ?」

 

「…………」

 

 アーノルドが無言になる。考えているのだろうか、やはり戦闘中にこれはさすがに失礼すぎたか。

 しかしこのままじゃムシ達が飢えて可哀想だしなぁ、と思う。許してくれないなら食べるのは難しいか。命を助けてやる、と交渉してもいいが、さすがに親玉を逃がすのはどうなのか。自分はともかく、ケッセルリンクやハンティは絶対逃しそうにない。

 だが、

 

「……いいぜ」

 

「お、本当か?」

 

 ああ、と相手が頷く。助かった、話が分かる兄さんで良かったぜ。

 そんな風にガルティアは感謝しつつ、相手を見た。アーノルドがこちらを見て笑みを浮かべている。

 

「ああ、俺様も腹が減ったしな。ほら、俺にもその美味そうな肉をくれよ」

 

 と手招きしてくる。ガルティアは感心しながら近づいた。

 

「おお、この肉の良さが分かるか? これはな、下味から工夫してるんだ。塩胡椒の加減が絶妙で――」

 

「ああ、よぉーくわかるぜえ……」

 

 そうしてガルティアは肉を差し出した。アーノルドが手を出して受け取ろうとした瞬間。

 

「お前の――アホさ加減がな!!」

 

「!?」

 

 不意に、アーノルドが戦斧を振るった。

 その手に差し出した肉ごと、ガルティアに攻撃をぶち当てる。

 衝撃とともにガルティアが吹き飛び、木に背中を打ち付けた。

 それを見て、アーノルドが大口を開けた。

 

「がははははははっ!! バァカ!! 誰がそんな薄汚い肉なんかいるか!! 俺様は屋敷に帰ったらもっと美味いもん食うんだよ!!」

 

 がはははは、と馬鹿笑いをするアーノルド。

 木に背中を預けるガルティアに向かって戦斧を構え直した。

 だが、

 

「…………………………」

 

 ガルティアは俯いた状態で、アーノルドに見向きもしない。

 その視線の先は、地面に落ちた肉であり、

 

「…………………………」

 

 ――彼の中で、何かが切れた瞬間だった。

 

「がはははははっ! 貴様を殺して、適当に帰らせてもらうからなあ!!」

 

「……テメェ……」

 

 高笑いをするアーノルドに、ガルティアがようやく視線を向ける。

 先程までの笑みは無くなっている。そして、

 

「がはは――おおっと!!」

 

 アーノルドがその場でふらつく。彼には理由が分からない。

 だが、確実に周囲が変化していく。その異変に、異音に、彼は気づかなかった。

 ガルティアが声を上げる。

 

「食べ物を……大事にしない奴は……」

 

 彼には珍しい震えたような声。紛れもない、とある感情の発露だ。

 それは、怒りだった。

 

「――生かしておかねぇ」

 

「……あ? ――うおおっ!?」

 

 瞬間。ガルティアの腹の大穴が異変を起こした。

 そこに周囲のものが吸い込まれていったのである。

 

「な、なんだこれはあ――っ!?」

 

 アーノルドが地面にしがみつく中、ガルティアの腹は周囲のものを次々と吸い込んでいく。

 強い引力で、木々から落ちる葉や枝から地面に落ちた人間の死体まで、あらゆるものを吸引していく。

 そして最後に、

 

「が、ぐ、がああああああああ――!?」

 

 とうとう、引力に負けたアーノルドがガルティアの腹に向かって吸い込まれていく。

 その最後に、彼はガルティアの静かな声を聞いた。

 

「……今日は、お前を食ってやる」

 

 そうしてアーノルドは腹に吸い込まれ、その場には影も形もなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 ケッセルリンクは周囲の人間の掃討を終えると、移動しながら隠れていたスラルとの会話に興じていた。

 その内容は、

 

「魔人には、横暴な者は少ないのですか?」

 

 というものである。それにスラルは不思議そうに答えた。

 

「? そんなことないわよ。基本的には荒っぽい性格の方が多いし。何でそう思ったの?」

 

「……レオンハルトだけなら彼が特別なのかと思いましたが、次に会ったガルティアも、随分と懐の大きい人物に見えましたので……」

 

 その言葉に、スラルは納得した。なるほど、出会ったサンプルが今の所皆そういう人物なら、そう思うのも無理はない。

 特にガルティアは、

 

「まぁ、ガルティアは特別人が良いから。失礼なことされても基本的には笑って流すか、気にしなかったりだしね……」

 

 他の魔人に何を言われても、全く気にした様子は窺えない。常に同じ様な態度で接するガルティアは、魔人の中では評価が別れるところだが、部下や女の子には好かれるタイプだ。

 そしてケッセルリンクは印象良く見えたらしい。道中に話をした彼女は、それを思い返すように続ける。

 

「確かに、彼は細かい事を気にしない性格に見えました。後ろ向きな感情などとは無縁にも。……怒ったり悲しんだりしたことはあるのですか?」

 

「それはな――あ、怒ることはあるかな」

 

 スラルが思い出した様に言う。滅多にあることじゃないのだが。

 それにほんの少し、興味を抱いたのだろう。ケッセルリンクが思案するように目を細めた後、ややあって、

 

「……想像付きません」

 

 そう言った。スラルは真面目に考え込むケッセルリンクを、少し面白いと感じながら、問いに答えようと口を開いた。

 

「――食べ物を粗末にした時かな」

 

 顔を向けて言うと、ケッセルリンクの表情が驚きでほんの少し動いた。しかしすぐに納得したように頷くと、

 

「ふむ、なるほど。そういえばムシ使いでしたか。大食らいで有名な」

 

「そう。加えて、ガルティアはかなりのグルメなの。城だと――いえ、今日は持ってきた食料も少ないから大人しいけど、普段は外にいる時も常に何かを食べていて、それを批評してるの」

 

 でもマズい食事とかでは怒らないのよね、とスラルはガルティアの様子を思い出す。なにせ、自分の食事も、

 ……いや、あれはガルティアに言わせれば美味しいのよね。考えたら凹むけど……。

 気分が沈む。ガルティアが美味しいと言ってくれること自体は嬉しいのだけど、実際はかなり酷いものだし、素直に喜べない。

どうせなら、魔人だけに美味しい、とかなら良かったのに。それならレオンハルトも――

 と、そこでスラルは首を振った。思考が脱線した、と。

 閑話休題だ。それはともかく、ガルティアはグルメで、食べ物を凄く大事にしている。だからこそ、

 

「……いつだったかな。ガルティアが食事してる時に、その食べ物を目の前でぶち撒けた人間がいたの。それも、わざとじゃないならともかく、故意にやったからガルティアが怒ってね」

 

 言う。その時ガルティアが起こした行動は、

 

「その人間を、食べちゃったの」

 

「…………人間、を?」

 

 そ、とスラルは頷く。しかしこれだけ言うと怖い話のオチみたいだなぁ、とか余計なことを考えながら、

 

「といっても、口から食べた訳でも、調理して丁寧に食べた訳でもないけどね」

 

「……ならどうやって」

 

「あのお腹に吸い込んだの」

 

「――――」

 

 今度こそケッセルリンクが言葉を失う。荒唐無稽な話だからしょうがないだろうか。

 しかし事実だ。その事実をケッセルリンクに伝えておく。

 

「ガルティアが魔人化した際に、得た能力がそれよ。お腹に何でも吸い込めるの。人間だろうと無機物だろうと、本当に何でもね」

 

「魔人化した際の、能力ですか……」

 

 ケッセルリンクが得心したように考え込むのは、彼女も幾つか変化があったからだろう。実際、ケッセルリンクに発現した能力は魔人の中でもかなり多い。逆に、全く何も変わらない者もいるが、その多くは元になった種族や、個人の精神性が影響するものだ。

 ガルティアはムシ使いの魔人。彼の場合は、ムシ――使徒が暮らす肉体と、沢山の食事を両立させる結果なのか、と仮説を唱える。

 しかしガルティアのあの腹に関しては、あまり理解らない。それに関することを、ケッセルリンクは質問してくれた。

 

「しかし、あのお腹の空洞はどこに繋がっているのでしょうか?」

 

「……それが分からないのよね」

 

 少なくとも、外からじゃ何も分からない。彼の身体を調べても、他の身体の機能は正常だ。

 おかしいのは、胃だけが彼の身体に見当たらないこと。そして食べ物から得たエネルギーが、きちんと彼の身体に還元されていること。

 今の所、理解るのはこれだけだ。理解出来ないのは悔しいが、これ以上調べようとするなら彼の腹に入ってみるしかないが、戻れるかどうかがわからないので試せない。危険すぎるのだ。使徒が出入りしているとはいえ、使徒達が腹の中から何かを持って戻ってきたことはない筈なので、それは出来ないのではないかと見ている。ラウネアなどは、食べ物を取っておく癖があるようだし。

 ただ、それを知っていて、一つ言えることは、

 

「とりあえず、ないとは思うけど食事を粗末にしちゃ駄目よ」

 

「……承知しました」

 

 ケッセルリンクが真剣な面持ちで頷く。ガルティアも、さすがに自分やレオンハルトなど親交のある者を吸い込まないとは思うが、万が一も有り得る。元々そんなことはしないが、一応言い含めておいた方がいいだろう、と思った。

 ……ほんと、あのお腹、どうなってるのかしら。

 知らないことの一つであるガルティアの腹。誰か行って調べてきてくれないかなぁ、と呑気に思うスラルであった。

 

 ――その同時刻。ガルティアの腹に吸い込まれた、一人の人間がいたとは知らずに。

 




スラル「ま、こっちの私はちゃんと知ってるからね!」

ハンティ「……何というか、色々と思い出す設定だよね」

ガルティア「何だその感想。某ピンクで丸い奴の事か?」

キャロル「ああ、カ○ビィですわね。私も大好きですわ。夢の泉は傑作ですが、個人的には複数人プレイ出来るところが魅力的で――」

レオンハルト「名前を出すな!」

ラウネア「…………(次回は私達が活躍するよ!)」ガッツポ
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