沈んでいた意識が、何かの刺激を受けて浮上する。
魔人の不意の吸い込みを受けたアーノルドはそこで瞳を開けて、周囲を確認しようとして何も見えないことに気がついた。
「な、んだ……ここは……?」
呻くように声を出すのは寝起きだからという訳ではなく、身体に感じる刺激の所為だ。
身体中が痛い。それも血を流したような直接的なものではなく、ヒリヒリと身体が焼けるような痛みだ。その痛みに声を上げそうになるのを、歯を食いしばりながら我慢し、アーノルドは何とかその場から立ち上がった。
足元の感触は妙にぶよぶよとしている。それと何か濡れた感触も。
自分はどうなったのか、まさかあの魔人に食べられたのだろうか。
「そんな訳ねえ……!」
憤るように言うが、根拠がないこともない。この空間は、妙に広いように感じるからだ。あの魔人の腹がこんなに広い訳がないのだ。自分より小さかったのだし。
とにかく周囲を確認しようと思い、アーノルドは明かりが何もないことに気づく。
「あ……? 俺様の、装備が……!」
いや、それどころか、鎧や戦斧まで無くなっていることにアーノルドは気づいた。
……あの魔人!! 俺様から装備まで奪いやがったのか!!
怒りで拳が震える。やはり生かしておかない。ここを出たらぎったんぎったんにぶち殺してやる。
そう決意し、アーノルドは周囲を照らすことにした。
当てはある。天才の自分には詮無きことだ。
「ライト!!」
光属性の魔法を発動して周囲を照らす。
世界最強の戦士である自分は、魔法くらい造作もないのだ。臆病者が使う魔法なんかに頼りたくないし、頼らないでも充分最強だから使わないだけだ。今でも、これくらいは出来る。
ともあれ、自分の天才っぷりは一旦置いて、周囲を確認する。しかしそこで、
「っ!? が……っ!!」
背後から打撃が加えられた。後頭部が打ち付けられ、足がぐらつく。
身体中の痛みで随分とキツいが、これくらいでは倒れない。故に襲撃者を拳で倒そうと背後に振り向く。
だが、
「! な、なん――!?」
今度は頭上から何かが振ってきた。白く薄い線のようなもの。
それが自分の身体と口元に巻き付いてきた為、声が止められる。
……ぐっ、くそがっ!!
おそらくは糸か何かだろう。先程の魔人も糸を使っていたし、間違いない。アーノルドは、それを自慢の力で引き千切ってやろうと試みた。
しかし力を込めても、何やら弾力性と粘つきがあるその糸を千切ることが出来ない。かなりの強度があるようだった。もがいていく内に、糸が次々と身体に巻き付いていく。
「――っ! ――っ!!」
声を出そうとしても口の中でくぐもった音が鳴るのみ。糸が幾重にも重なって口元を覆っているためだ。
アーノルドは再び地面に引き倒される。足まで糸で巻かれては立っていられないのだ。
そして、アーノルドは、これらを引き起こした存在を視界に捉えた。そこにいたのは、
「…………」
「…………」
「…………」
三体の異形の存在だった。
……な、なんだこいつらは……!
目を見開いてその異形の姿を確認する。
天井から降り立ったのは、下半身が蜘蛛となっている黒髪の少女だ。先程の糸はおそらくこいつの仕業だろう。その表情は仏頂面のままぴくりとも動かず、ただじっとこちらを見つめている。
壁に手足で掴まっているのは、両手両足がサルボボの様になった白髪で黒い肌の少女。口元の牙を剥いてこちらを睨むように見ている。
そして宙を飛ぶのは、手足がとりの桃色の髪の少女。翼でばさばさとはためかせながら滞空し、何を考えているか分からない視線で、こちらを射抜いている。
――それぞれ、ラウネア、タルゴ、サメザン。アーノルドは知る由もないが、彼女達は魔人ガルティアの使徒であり、多くのムシの集合体であった。
三体とも服などは着ておらず、その肌を露出させているのだが、明らかな異形っぷりに性的興奮は湧かない。やはり化け物は化け物でしかないのだ。
そんなことを考えていると、一体の異形がアーノルドに近づいた。サルボボのような異形だ。
一体何を、と思うより先に、サルボボはこちらの顔を掴むと、
「――キシャアアアアアァアア!!」
「――ッ!? ――!!」
地面に叩きつけた。その際に、顔を上から押さえつけ、ぐりぐりと擦り付ける。顔面に激痛が走った。
……ガ、ッ……、顔が、顔が、熱いいいいい――!!
顔が濡れ、焼けるような激痛が顔中に広がる。
これは何だ。この顔の皮膚が溶けるような感覚は。
まさか、本当に胃酸なのか。皮肉にも正解を引き当ててしまっているアーノルドに、次なる痛みが待ち受ける。
近づいてきたのは、蜘蛛の下半身を持つ異形。それが足元に近づいてくると、下半身の蜘蛛の口を広げて、
「…………!」
「っ――!」
足に牙を突き刺した。痛みが走るが、それだけなら我慢出来た。それだけなら。
次の瞬間。足に何かが入ってくるような感覚を得た後、アーノルドは絶叫を止められなかった。
「――っ!? っ! っ!! っっっ!!」
激痛が、足元から全身に走った。
その痛みは、足が内側から溶かされているかのような、痛覚に直接酸を塗り込むかのような耐え難い痛みに、頭の中が真っ白になる。
だが、地獄はそこで終わりではなかった。
今度は、とりの手足をもつ異形が、こちらの身体に直接降りてきた。そしてその口で、
「ピィイイイイイ!!」
「――――!!」
身体のあちこちを啄み始めた。
全身の肉が、少しずつ千切り取られ、目の前で口に含んでいく。それを見て、アーノルドはようやく異形が何をしているか、これから何をするかを悟った。
……こいつ、ら……俺様を、食べるつもりか……っ!?
それが分かった瞬間、アーノルドは絶叫するようにしながら全身をじたばたと動かした。恐怖と激痛で頭がおかしくなりそうになりながら、必死の形相でそこから抜け出したい、と足掻く。
しかし糸は解けず、異形達も自分を離さない。こうしてる間にも拷問のような食事は続けられ、
「…………」
「――――!?」
今度は蜘蛛の異形が足を千切った。鍛え上げられ、岩のように硬いと自慢だった筋肉を物ともせず、いとも簡単に。まるで柔らかくなってしまったかのようだが、そんなことを考える余裕は、今のアーノルドにない。相変わらずの全身の激痛と、新たに足がちぎられた感覚に絶叫しながら蜘蛛の行動を視界に映す。それを食べるつもりか、と本能に近い部分でそれを認識していたアーノルドだったが、予想に反して、
「…………」
蜘蛛は自分の足だったものを蜘蛛の糸で包み込むと、それをそこらにぽいっと投げ捨てるように置いた。
食べないのか、と思ったがそうではない。視界の中では、他の異形も、食事をゆっくりと間を持って進めていた。サルボボは、身体から肉を毟りとる様に。
とりは身体の肉を少しずつ啄むように。
そして蜘蛛は、それを保存食にし始めた。
その行動に、アーノルドは自分の未来を理解する。
こいつらは自分を食べる。しかも一思いに殺るのではなく、ゆっくりと味わうようにして。
長い時間を掛けて異形の餌になるのだ。全身を少しずつ溶かされ、啄まれ、毟られ、激痛を味わいながら自分の身体が徐々に欠損して、異形の腹の中に収まっていくのを目撃する。
そんな未来に、アーノルドは泣き喚くように声を振り絞る。
だが口元からはくぐもった声が聞こえるだけ。誰にもその声は届かない。
いや、届く者はいた。周囲の異形達だ。
蜘蛛の異形が、再び足元、今度はもう一本の足先に近づき、蜘蛛の口を広げる。
……やめろ!! やめてくれ!! 俺様が悪かった!!!
必死に制止と謝罪を繰り返すも、蜘蛛は容赦なく、先程のように身体の中に何かを注入する。地獄とも思える激痛が全身を襲うと、もはやアーノルドは子供のように内心で泣き叫んだ。
……いやだああああああ!! 死にたくない!! 死にたくない!!
一体どこで間違えたのか。何故自分のような英雄が死ななければならないのか。英雄とは最後まで活躍し、幸せで終わる筈なのに。
国では英雄と呼ばれ、国王や国の重鎮も、国どころか、周辺国の中でも最強の自分に、一目置かざるを得ない。
国王を除けば国で一番デカい城に、美味い料理。莫大な財産。美女だらけのハーレム。ありとあらゆるものを、自分は持っているのだ。
それがこのような場所で、異形の餌として拷問を受けながら死ぬ。誰にも知られないままひっそりと。
その事実に、頭が発狂する。
……あああああああっっ!! 嫌だあああああっ!!
お願いだからやめてくれ! 神様! 助けてくれ! もう何もいらないから! 誰でもいいから! 命だけは――
――そうして戦士長、アーノルド・ホーガンはゆっくりとこの空間の中で死を迎えた。
夜。大森林の入り口部分。
戦士団の駐屯地があるその場所に、少ない数の兵士がいた。
彼らは千人足らずの予備兵力であり、本隊がカラーの集落の占領を終えて帰ってくるのを待ち続けていた。
兵士達は楽観していたのだ。カラーに、自分達が負ける筈がない、と。
なんていっても王国最精鋭の戦士団。周辺諸国最強の戦士長までついているのだ。負けるはずもない。
先日は運悪く魔人と遭遇してしまったみたいだが、カラーだけなら恐れるに足らず。
そう信じていたのだ。
駐屯地に――黒髪のカラーが現れるまでは。
突然現れたそいつは、入り口の兵士を雷で焼き殺すと、集まってきた兵達を睨みながら告げた。その内容は、
「――あんた達の本隊は、全員もういないよ。……戦士長も含めてね」
それは、と誰かが呻くように呟く。言葉の意味は理解出来るが、とうてい信じられることではない。
負けて帰ってきたにしても、伝令の一人も来ないのはおかしいだろう、と。
どうせはったりだ、やっちまおうぜ、と言葉が上がる。しかしその瞬間、
「……やるなら構わないよ。全員、きっちり殺してやるから」
ぞっとするような冷えた声が、黒髪のカラーから放たれる。背筋が凍るような、というのは言い得て妙だろう。何故なら彼女は、声を上げた兵士の背後に瞬時に移動すると、その首を斬り捨てたのだから。
誰もが何が起こったかわからず、固まったように動かない。そんな中、カラーは見下すように言った。
「ふん、帰りたいなら帰るといいさ。こっちも万を相手にするのは疲れたしね。――ただし」
そこでカラーの女は言った。その赤くなった瞳を凶悪に煌めかせ、兵達を射抜きながら、
「――次、また来るようなら容赦はしない。地獄を見せてやるから覚悟するんだね……!」
「――――」
言葉を失なったのは、そこでもう戦意が失せたからだ。相手の殺気を受けた時点で、少しでも訓練を受けている兵士達は分かった。
この女には敵わない、と。下手に何かを言えば、気分を害せば次の瞬間にでも殺される、と。
先の戦いで魔人すら目撃していない予備兵達は、彼女が魔人なのではないかと疑う程に恐れていた。よく思い返してみれば、魔人は男だったと報告が上がってる筈なのに、それを思い出す余裕すらない。
それほどに彼女の敵意、殺気、そして死臭が凄まじかったのだ。
故に、兵達は一様に首を縦に振る。死にたくないという一身で。
その場の代表であり――もはやこの森に来た兵の中で、唯一の隊長がおそるおそる言った。
「……わ、わかった。味方を確認次第、直ぐに本国に帰還しよう」
「…………はぁ」
その言葉に、彼女は溜息をついた。もしや理解してしまったのか。一応森に入った味方の有無を確認して事に当たろう、と。
だが撤退する際には、一応死体の確認もいる。装備などの遺品を、国で待つ家族に届けてやることも、生き残った兵士の責務だからだ。
そのためこの言葉は間違ってない。そもアーノルド戦士長や、他の隊長が生き残っているなら、確認も取らなくてはならない。
そのことを理解してくれたのか、彼女は息をついた後に低い声で続けた。
「……その言葉、忘れないようにしな。少しでも森に深入りするようなら、敵と見做すからね」
「りょ、了解した。肝に銘じておこう」
こくりと息を呑んで頷くと、それを最後に黒髪のカラーは消えた。
文字通り、視界から、その場から。こちらの背後を取ったように消えてしまったのだ。
「……ど、どうします、隊長……?」
声の方向を身体ごと見ると、不安そうにした兵士が指示を聞いてきていた。先程の殺気に当てられているのだろう。隊長は、極めて冷静な声で言う。
「……言葉通りだ。味方の死体を確認次第、本国へ帰還する。夜中ではあるが一大事だ。全員起こして事に当たれ」
「……はっ、ではそのように」
命令を受けた兵士が周囲のテントに向かっていく。それを見て、隊長は動いた。
呟く独り言は、誰にも聞こえないくらいの小声で、
「ああ、神よ。申し訳ありません。カラーの血を捧げることに失敗してしまいました……!」
懐にある本をぐっと握りしめて言う。
折角、昔に聞こえた神の言葉と同じ様に、血を捧げようと思ったのに。
そうすれば信仰が認められて、再び神の声が聞こえると思ったのに。
失敗してしまったらそれは無理だ。今回は諦めるしかないだろう。
だが、
「次こそは……再び血を……!」
捧げてみせる。全ては人間の為だ。
神は人間を救済するもの。魔物に支配された人類を救う為に、神は我々に使命をお与えになったのだ。
そのためならば、自分達はどんなことでもしてみせる。この命に変えても。
そうして、世界初の宗教組織の信者は仕事を果たす為に動き始めた。
「――ふふ、ご苦労さま。中々面白かったわよ」
――ここではないどこかで、彼に対する言葉が、掛けられているとも知らずに。
「……今回は成功だけど、このやり方は効率が悪いわね。指示を伝えても大きなことは出来ないし……」
その声の主は悩む。自らの仕事について。
もっとも効率の良い手段を模索していた。
「やっぱもっと影響力を増やさないと駄目ね。後、一々不適当な相手に声を掛けるのも非効率だわ」
影響力を増やすにはどうすればいいだろう。やはり最初はちゃんとした名前を付けることからだろうか。出ないと影響力が高まらないだろう。とりあえずあの人間はもういらないな。影響力皆無だし、指示を微妙に勘違いしている。その結果、目的を達成出来たのはとても愉快ではあるが。
その存在は、数秒考えて、そして喜色を含んだ声で言った。
「……そうね。――AL教なんて、どうかしら」
なにせ、私の組織だからね、と最後に音を発し、その存在は声を止めた。
――世界初の宗教組織が、本当の意味で、その産声を上げようとしていた。
「――ただいま」
「ん……戻ってきたか、ハンティ」
夜の森、翔竜山に近い一角にて、レオンハルトは声の方向に振り向いた。
他にも集まった面々が、瞬時にその場に現れたハンティに視線を向ける。一度別れた全員が無事人間の殲滅を終えて、その場に揃っていた。
レオンハルトはハンティに返事をすると、続けて確認するように声を向ける。
「ちゃんと伝えたか?」
「言われた通り、頭も含めた全員が死んだ……って、脅してきたよ」
「そうか……ご苦労だった」
ん、と素っ気なく返事をするハンティ。一仕事終えたことへの疲労、そして仲間の為の戦いが終わったことへの精神的圧迫から解放されたのであろう。ハンティが目を伏せて大きく息をついている。
……多分、問題ないだろう。
レオンハルトは内心で仕事の完遂による満足を多少得る。まだ完全に撤退した訳ではないが、それも時間の問題だろう、と。
しかし、それに水を差す者がいた。ガルティアだ。彼は首を捻りながら浮かんだであろう疑問をそのまま口にする。
「何で全員やらないで一部は見逃すんだ? 殺した方が安全だろう。手間も掛からないしな」
器用に肉に噛りつきながら言うガルティアを横目で見る。そして淡々と、
「生き残りが一人もいなければ、真偽が分からなくなる。そうすれば、この森は再び襲われる。予備兵は国元に、何が起こったかを知らせる役割がある」
一種の示威行為。相手にそれを分からせるのだ。次にこの森を攻めたらどうなるかわかってんだろうな? と脅している。
生き残りが一人もいないのは、それはそれで恐怖だが、それだと本当にカラーや魔人にやられたのかと疑問が残る。人間は愚かで、自分の信じたいことを信じる傾向にある。現実味が無さすぎる現象に対しては、警戒心が薄いのだ。
ましてや魔軍の脅威を実際に味わったことのない国の偉い奴らは、何かの間違いだろう、と再び森を攻めさせるかもしれない。証言を行うものがいないのなら尚更だ。
とにかくこれで、数年か数十年は稼げるだろう。場合によってはもっとだ。その間に、カラーも再び盛り返すだろうし、その頃には一々手を出さなくても、自力で人間を追い返せる様になるかもしれない。元々人間よりは強い種族だ。
そんなもんか、と納得するガルティアに、しかしレオンハルトは厳しい視線を浴びせた。
「……というか、お前が向こうの指揮官の首を残していればもっと効果的だったんだがな」
「あー……それは悪いな。ついカッとなってよ。腹も減ってたし」
バツが悪そうに頭を掻くガルティアに、視線が集まる。とくにケッセルリンクなんかは目を細めて、何かを考えるように見ているし、スラルやハンティは何が起こったかを想像して呆れ返っている。キャロルは……ガルティアを見ているようで、飛んでいた蝶を目で追いかけていた。
「それで、今日はどうするの? もう夜も遅いけど……」
早々にガルティアから視線を切ったスラルが、こちらを見て尋ねてくる。予想していた質問に、予め決めていた答えを、口から出す。少し言い難いが、
「……このまま、山に入ろうと思うんだが……どうだ?」
「え、今から?」
態々夜の山に挑むのか、と言外にそう問うてくる。こちらとしてもどうだろう、と思うが、そうしたい理由もある。それを聞かせる為に、レオンハルトは続けた。断られたら困るな、と思いながら、
「ああ。これ以上、アイツを待たせる訳にはいかないからな」
言った言葉に義務感がある。決闘を約束した相手へのものだ。それを違える訳にはいかないのだ、とレオンハルトは半ば説得するように言う。
しかし、スラルは半目でこちらを見ると、
「……もう何日も遅れてるんだから数時間くらい誤差でしょ」
「ぐっ……!」
痛いところを突かれて胸が痛くなる。確かにそれもそうだ、と微妙に納得してしまう自分が悔しい。
更に皆が口々と、
「えー……俺、腹減ったんだけどな……一旦食事休憩にしないか?」
「夜の山登りとか、普通に考えたらないでしょ。馬鹿なの?」
「レオンハルト様は、敢えて危険な方をお選びになるのですね! そのマゾさに感服致しましたわ!」
「……まぁ、私は夜でも構わないが……」
「…………」
思いっきり文句を言われて心が折れかける。ケッセルリンクのフォローが胸に染みるな……。
と、内心に傷を負うも、それでも、とレオンハルトは言葉を尽くす。言う言葉はスラルの質問の答えになるもので、
「……それでも、俺がそれに甘える訳にはいかない。行けるなら行くべきだ」
これまでのはあくまでも怪我の療養と、自分で決めた取り引きの時間だった。かのドラゴンとも、女性を安全な場所に、と約束したものだ。
だからそのやるべきことが終わったのならば――ただ行くのみ。そう思い、思いのままに言う。
「約束した。――だから、ついてきてくれ」
と、言うのは我儘だろうか。だが、一人でも行く、と言わないだけ狡さは使ってないと思う。そうすれば付いて来ざるを得ないのだ。特にスラルが嫌がる。それに付け込むのはよくない。
あくまでも、決定権はスラルにある。故に、お願いするような形で言った。
答えを待つ。
そしてスラルが息を吐いた。そしてこちらを責めるように見上げて、
「……今回だけだからね」
「!」
許しを得た。同時に、周囲も動く。
準備の動きだ。魔王がそう決めたのならば従う。それもあるが、皆は最初からそうなることが分かっていたように、
「しゃあねぇ。山の幸でも取って食べるか。夜行性の獲物もそこそこいるだろ」
「はぁ……ま、どの道集落に寝泊まりする訳にもいかないしね……さっさと終わらせて帰るしかないか……」
「わたくしとしては、カラーにレオンハルト様の武勇伝をお伝えするのを楽しみにしていたのですが、レオンハルト様が言うなら致し方なし、ですわ!」
「……そういえば戦闘中。妙に騒いでいたな。集落で何かあったのだろうか……」
……こいつら、最初からわかってたのに、俺を責めてたのか……。
そういう思いがある。だが、それはじゃれ合いのようなもので、我儘を言うこちらに対するちょっとした罰なのだろう。だからそれを甘んじて受けながら、レオンハルトは決意する。
ここまでお膳立てしてもらったのだ。こうなったら必ず勝って、全員で山の頂を目指そうと。
そう思っていると、
「――ま、待って下さいよー!!」
と、人影がきた。
森の中からこちらに向かって走ってきたのは、見覚えのあるカラーの少女。
ペールだった。彼女は息を切らしながらも必死に声を上げて、
「わ、私も! 私も付いていきます!!」
そう言って眼の前まできたペールを皆が見る。
そして代表するようにケッセルリンクが声を掛けた。
「……ペール。君は戦後の後処理などで忙しいのではないのかね?」
うっ、とその言葉に呻くペール。痛いところを突かれたと表情が歪む。
しかし表情を元に戻す。少し慌てたように、
「は、はい。だから一通りの指示はしてきました! だから一日くらいは大丈夫な筈です……!」
両手を胸の前に出して言う。その胸を見てスラルから若干の敵意が漏れたのは気の所為だろう。気の所為と思わせてほしい。
だから、とペールは自分達に向かって頭を下げた。
「い、一緒に行かせて下さい……!」
一日だけでいいので、という言葉にレオンハルトはスラルを見た。
そして彼女は、ペールをちらりと見て今度こそ頭を抱えながら、大きな息を吐いて、
「……わかったわよ。好きにして」
「ほ、本当ですか!?」
ペールが驚愕で頭を上げてスラルを見る。再度の承諾の意味を示す頷きがきたことで、ペールはお礼を言うと、
「あ、ありがとうございます! ――では、行きましょう!」
「……おお?」
と、不意にこちらに身を寄せてきた。腕を組むようにして胸を押し付けてくる。肘が谷間に挟まれて心地よい感触を感じた瞬間、スラルの目がきっと見開かれ、殺気がきた。
「ちょ、ちょっと!! 好きにしてとは言ったけど、そこまでは許してないわよ! 離れなさい!!」
憤った様子のスラルの言葉に、ペールは直ぐ様怯えて離れるかと思ったが、ペールはより一層こちらに身を寄せてくると、スラルに向けて、
「……な、何でですかぁー? わ、私は夜の山が怖いから、レオンハルトさんに守ってもらおうと思っただけですしーおすしー。いいですよね、レオンハルトさん?」
「あ? いや、まぁ……」
こちらを見上げて確認を取ってきたので、勢いに押されて曖昧に頷く。すると、再びスラルの方を見て笑顔で、
「レオンハルトさんからの了承は得ましたのでいいですよね。ふふん。ささ、どうぞ皆様お先に。私は足が遅いので、レオンハルトさんとゆっくり後ろから付いていきますから」
更に距離を近づけてきたペールを見て、周囲が距離を取る。何故かというとスラルが笑みで額に青筋を浮かばせていたからで、
「……へぇー、なるほどねー……。――どうやら死にたいようね」
「!? おい馬鹿やめろ!!」
スラルが魔法陣を出したのを見て必死に叫ぶ。俺ごと吹き飛ばす気か、と。
片腕に抱きつくペールは、しかしそれを見て身体を一瞬ビクリとさせるが、こちらに向かって、
「きゃ、きゃー! レオンハルトさん守って下さい!! このままじゃレオンハルトさんも怪我をしてしまいます!!」
「っ……! この……!」
その言葉にスラルが魔法を止めた。そして水を得た魚のようにペールがまくし立てる。
「だ、駄目ですよーぅ? レオンハルトさんは怪我が治ったばかりですから酷いことしちゃ駄目なんですぅー。……ということで、レオンハルトさん、行きましょう。私を抱きかかえて下さい」
「……いや、お前……」
今度は首に腕を回してきた。なんかこいつ、性格変わってないだろうか、と胡乱な視線で見る。妙に大胆になったような気がする。
それを見たスラルが、魔法を止めたが、今度は怒ったようにこちらに向かってきて、
「この……言わせておけば……! 離れなさいよっ!!」
「うおっ!?」
拳を振り上げたのでそれを回避する。構えも何もかもが無茶苦茶だが、魔王のパンチだ。当たったら大変なことになる。というか普通に命の危険を感じた。躱したこちらを見て、スラルが叫ぶ。
「こらっ、レオンハルト! 何躱してるのよ!」
「当たったら怪我じゃすまないだろうが! とにかく落ち着け!」
「きゃーん! レオンハルトさん、怖いですー!」
「……っ! これが落ち着いてられるかー!!」
「うおおおおっ!?」
スラルが向かってきたので、その場から逃げる。山の方向に駆け出すと、背後からスラルの声が、
「こらーっ! 待ちなさいレオンハルト!! そこの女、殺せないでしょうが!!」
「そもそも殺そうとするなよっ!?」
スラルが追いかけてくるので逃げる。そんなこちらの耳に、ケッセルリンクの声がかろうじて聞こえた。
こちらのやり取りと、ペールに視線を向けて、ぽつりと呟く。
「……ふっ、ペール。逞しくなったな」
「あれでいいのか……」
「あっ、元々そういう子って訳じゃないんだ……」
珍しくガルティアがツッコミを入れるくらいにはおかしい。げんなりとしたハンティの横で、キャロルがこちらに向かって手を振ってきた。
「レオンハルト様ー! 追いかけっこならわたくしも混ぜてほしいですのー!!」
「正気かお前!?」
自分の使徒のお気楽ぶりに驚愕する。混ざりたいなら混ざってみろ、と思うが、混ざらせたら生命が危ういので拒否する。キャロルが残念そうになるのを尻目に見ながら、レオンハルトは冷や汗をかいて思った。
……ライゼンと戦う前にまた怪我とか勘弁だぞ……!
結局、しばらくスラルとの追いかけっこは続いたが、埒が明かないと感じたハンティがレオンハルトを捕まえると、ペールは引き剥がされ、皆の説得を受けたスラルから命の危険がない適度かつ、鮮烈なお仕置きを受けていた。
魔法って怖ろしいな、と皆が感じ、改めてスラルだけは怒らせないようにしようと、固く誓った瞬間であった。
キャロル「拷問回ですわー!」
スラル「……アレは、しょうがない。当然の報いよ」
ガルティア「俺のはただの消化と餌やりだぜ?」
ハンティ「……悪気がないのがむしろ怖いね」
ケッセルリンク「モブだからといって、雑に殺すのはよくないな」
ペール「わ、私ってモブだったんですか!?」