――レオンハルトの休暇、十一日目。
ライゼンは、ただそこで待ち続けていた。
満天の星空の下、ライゼンは時折上を見上げたり、下に続く坂道を見たりと視線を行き来させる。
手持ち無沙汰な理由は、眠れないからだろう。
……さすがに寝すぎたか。それとも……期待しすぎたか。
どちらにしろ、かなりの時間を待ったには違いない。
何しろ千年ぶりに行われる決闘。
そして、自分が終わるかもしれない時間だ。
ただそれだけを待ち続けてきた。それだけに縋って生き続けてきた。
しかしだ、来なければ何の意味もない。
臆病風に吹かれて逃げたが、はたまた別の理由か。
とにかく、これ以上は待てない。待つのは夜明けまでと、ライゼンはそう決めていた。
夜が明ければ自分は、終わりを求めて再び彷徨うだろう。
この広くて狭い世界で、悠久に近い時を彷徨う。
そうして――いずれは狂うのかもしれない。他の同胞達の様に。
ライゼンはかつての仲間達が狂っていくのを幾度となく見てきた。
自分がそうならない理由は分からない。ただ、そうなってはいけない気がしただけだ。今もその思いはある。
だがそれも、奴が来なければ直に折れるだろう。そんな確信にも似た予感がある。
……そうは、なりたくないものだな……。
そこで不安や悲しみ、後悔を抱くのは精神的に弱くなった証だろうか。ドラゴンに寿命や老いは存在しないが、心が老いてしまったのかもしれない。
これでは、マギーホアのことを笑えないな、と過去の友人を思い出しながらライゼンは、
「……お」
そこで音が聞こえた。
下方、山道の下の方から聞こえる音だ。そこから複数の人の声が聞こえる。
複数人の足音もだ。その事実に、ライゼンは疑念を抱いた。
……一人ではないのか?
何しろ決闘を一度止めた理由が、女を巻き込ませない為だった筈だ。そのために魔人レオンハルトは、一度下山していった。
ならばこそ、また別の者を連れてくる道理はない。
……それとも、女の方が心変わりしたのか?
もしくは立会人を呼んだとか、はたまた勝てないと解り、一緒に戦ってくれる仲間を呼んだか。
そんな様々な思考が頭に浮かぶ。
……まぁ、一人くらい増えても構わんか。
それくらいなら強者の余裕として受け入れてやろう。誇りと言い換えてもいい。いつの時代も、相応の実力者相手に敵わないとしれば、弱者は群れるものだ。
特に人類は群れるのが得意だと聞く。そうなってもおかしくはあるまい。
ならば鷹揚に受け入れるのみだ。それで納得のいく終わりが得られるのであればそれでも構わない。それに、
……あの魔人が一緒に戦うというのなら、それは相応の理由があるものだろう。
なにしろあの魔人は、強い相手と戦うことが好きな戦闘狂だ。ドラゴンと大差ない程の。ならば一人でやりたがるだろう、と憶えのある思考から根拠を示す。
故に、来るなら来い、とそういうことだ。
そうして身を起こし、坂道の下から来る影に視線を向ける。すると、
「――着いたか」
「――――!」
視界に最初に飛び込んできたのは、やはり金髪灼眼の男――レオンハルト。
自然と口角が釣り上がる。喜色の感情が胸に湧き上がる。
来たのならば構わない、一人二人なら見物人だろうがなんだろうが許可しよう。少しテンションを上げて、ライゼンは視界でそれを見た。
そして次に見えてきたのが、
「……うわっ!? ほ、本当にいるのね……!」
「どれどれ……? うおっ、確かにデカいし、強そうだな……」
「あれが……伝説に聞く四大聖竜か。ふむ、凄まじい力を感じるな」
「でっっっっかくて、強そうですのー!! レオンハルト様!! アレ、家で飼いましょう!」
「す、捨てわんわんみたいに言ったら怒っちゃうんじゃ……あ、あはは、私は何も言ってないですからねー? やるなら、私とレオンハルト様は除いてくれれば……」
「…………ライゼン……」
「………………」
ライゼンは、ぞろぞろと広場に来た連中を見ると、唖然として固まった。
数にして七人。その誰も彼もが、強力な力を持っているのか、大きな存在感を放って――いや、よく見れば数日前に見たカラーもいるから、あれはそこまで強くない。それと、金色の髪の少女もそこまでではないだろう。
だが他の連中は確かな実力がある。特に白髮の少女。あれは桁違いだ。
今まで見てきた強い相手――マギーホアやアベルには劣るが、間違いなくそのレベルにいる存在だ。あれはもしやすると、そういった存在なのだろうか。
……それに――って、いや待て、そうじゃないだろう。
もっと大きな疑問が、ツッコミどころがある、と思考を止めるライゼン。
故にそれを口にするべく、ライゼンは声を放った。声を掛ける相手は、前に進み出てきたレオンハルトだ。
「…………来たか」
「ああ。……悪いな、遅くなっちまって」
ああ、うん、とライゼンは半目になる気持ちを抑える。それはそうだが、問題はそこじゃない。
故に低い声で、
「……それは構わん。ちゃんと来たことには変わらない。だが――」
そこでライゼンは、言葉を区切って言った。一息で、
「――幾ら何でも多すぎだ!!」
声とともに、苛立ちとツッコミを兼ねたドラゴンブレスを、レオンハルトに向けて放った。
「レオンハルト!?」
「大丈夫だ、スラル!」
心配の声を背後から浴びせるスラルに、レオンハルトは安心させるように返事をした。
この程度は以前もじゃれ合いとして行なったものだ。
今回も、そこまで強いものじゃない。故にそれを説明する。
「これくらいのブレス、弾けばいい!」
故にそうした。細長い身の丈を越える直剣――オル=フェイルを引き抜いて、光線型のブレスに合わせる。
それを両断するように弾くと、
「こんな感じで――あ」
レオンハルトは、そこで己の失敗を悟った。しかし自分への被害があったわけではない。ちゃんとブレスは弾いた。
だが、その軌道が背後のスラル達に向かうものであり、
「――!?」
ブレスが、彼女達に直撃した。
土煙が辺りに舞う中、魔法の光で辺りを照らすスラルが、やがて映った。
その周囲には、他の皆もいる。それを見て、レオンハルトは安心したように息を吐いて、
「……良かった、無事か」
「こらぁ――!? 無事か、じゃないわよ! 貴方、私のこと殺す気なの!?」
見れば、スラルが手を前に出して、魔法バリアを幾重にも張りながら怒っている。ガルティアが珍しく驚いた表情で、
「あっぶねー……普通に気抜いてた。スラルがいなかったら吹き飛ばされてたかもな」
「……一応身構えてはいたが、躱すだけで精一杯だな。大丈夫ですか、スラル様?」
ケッセルリンクも安堵の息を吐きながら言う。彼女は、目の前のスラルの身を案じて声を掛けた。すると冷や汗をかいたスラルが、
「大丈夫だけど、やっぱあのドラゴン桁違いね……バリアが全部剥がされちゃったし……もっと沢山張っておかないと……」
「あ、助かります。バリアマシマシでお願いしますね」
「……貴方だけ、ちょっとここから離れてみない?」
「な、何でですか!?」
ペールが、スラルの厳しい言葉にたじろぐ。まだ気にしているのだろう。そんなやり取りを全て無視して、お気楽な様子のキャロルが手を振ってきた。片手を口に合わせ、
「レオンハルト様ー! こちらは大丈夫ですので、頑張って下さいましー! 応援してますわー!」
……あいつら、呑気だな……というか気が散る……。
背後で色々と会話を交わす皆を感じる。何だか、キャロルが地面に可愛らしい柄のシートを敷き始めた。そこにガルティアがメシを広げて――って、本当にピクニックする気か?
静かなのはハンティくらいだ、とレオンハルトは出来る限り背後を無視することに決めて、眼前の巨大なドラゴン――ライゼンを見る。すると相手が答えた。ちらりをこっちの背後を見て、
「……何なんだあいつらは。というか、どうして人が増える?」
「……悪いな。アレはうちの使徒と魔人と魔王だ。無視してくれ。戦いは俺一人でやる」
魔王、という言葉でライゼンがぴくりとするも、しかし直ぐに視線を切った。言わない方が良かっただろうか、脅迫みたいになったかもしれん。
だがその心配は杞憂のようで、ライゼンが厳かな声で言う。
「……なるほどな。まぁ、とやかくは言わん。戦いに来ただけで充分だ」
そこでレオンハルトは、ライゼンが微妙に安堵しているような雰囲気を見て、眉をひそめる。
問う言葉を口から、
「どうした? 妙に安心してるみたいだが……」
「っと、気にするな。こっちの話だ……」
……? 一体なんだ……?
妙な違和感を感じる。ライゼンから感じる圧の中に、別の思いが隠れているような――そんな気がするのだ。
しかしそれが何かまでは分からない。戦意は感じる。だが、
「――では、行くぞ」
「――! ああ」
考えていると言葉が来た。開始の宣言。それに応じる。
剣を正面に構えて剣先を向けると、ライゼンの戦意ともいうべき威圧が爆発的に高まった。
そして言葉を作る。それは同時に近いが、相手が先で、こちらが後だ。故に応じる形になるのは、
「直ぐに死ぬなよ」
「悪いが、最初から手加減は抜きだ」
言葉は違えど、言いたいことは一緒だ。
次の瞬間、お互いはお互いに向かって駆けた。
ライゼンは四肢に力を込めた。
全身が、前の魔人に向かって行く。その奥からは、注目がこちらに向けられているが、
……それを気にしている余裕はない!
奥には複数の強者の匂い。そしてその中でも最たる存在である魔王がいる。
そんな存在に見られながらの決闘だ。気にならないといえば嘘になるが、それをすれば目の前の相手に失礼だ。
故に集中する。気にするべきは目の前の魔人のみ。そして最初の攻撃が来た。
「――!」
こちらに低く駆けてくる魔人が、徐ろに剣を振った。
距離はまだ遠い、故に来るのは以前にも見た、
「斬撃か!」
それも遠距離から飛んでくるもの。それがこちらの顔に当たって微かな衝撃を伝えてくる。当然切り傷はない。
このダイヤの鱗に、その手の攻撃は通用しない。
なのでそれは無視した。ただ真っ直ぐに相手に向かう。
「効かないと理解ってるだろ……!」
変わらず斬撃を浴びせてくる魔人に、それじゃ拍子抜けだ、という意味を込めて言葉を浴びせる。
ライゼンは思う。自分を倒すには、斬撃では無理だ、と。
厳密には絶対に無理というわけではないのだが、それは正攻法ではないし、タイミングも難しい。
倒そうとするなら別の方法を取った方が手っ取り早いのだ。一部の魔法であれば手っ取り早いが、相手の魔人は魔法が使えない様だし、
……こちらの有利だな……!
相変わらずそれは変わらない。だが、相手にも変化はあった。
視界の中で、魔人が身体を左右に振っている。それは緩急織り交ぜたフェイントだ。
相手も馬鹿正直に突っ込んでくる訳ではない。技術をもって、こちらの目を騙そうとしてくる。それは人の足を使った細やかな動きであり、
……鬱陶しい……!
身体のサイズの所為だろうか、相手の動きがやけに細かく見える。それを完全に視界で捉えようとするのは、出来なくはないが面倒なことだ。
ライゼンは何とかそれを捉えて、右足を振った。魔人を爪で引き裂く、あるいは踏み潰すような軌道で振るう。
だが、
「――当たらねぇよッ!」
魔人が、一歩だけ加速して、その足の範囲から逃れた。その動きは、
……最高速を、隠していたか……!
通常の速度を少しだけ落とし、以前にも見た瞬間的な加速でその場からかき消える。常に最高速ではその行動は使えない。
それが緩急というものだ。しかしこの魔人は、その幅が広い。
しかも徐々に加速していくものでない為、一瞬で相手はそこから消えたように見える。事実、相手はそれくらいの速度なのだ。
目を慣れさせない、そんな方法まで使ってくる相手に、ライゼンは応えた。剣を横から、足に向かって振るう魔人に、
「効かないと言ってるだろうが……!」
再度言葉とともに足を振るう。今度は左足だ。
しかし今度は外れても力を込め、
「おお……!」
「っ!」
そのまま身を低くして前進した。
ほんの少しだけ逃げようとする魔人を、そのまま追いかけるような形で駆ける。体当たりの形だ。
その攻撃に、魔人が一瞬焦ったのか、目を見開いて離脱しようとする。こちらもそれを追いかけ、
……最高速ではそこまで変わらんぞ!
軌道を修正して、足をぶち当てた。しかし、
「当たらねぇって言ってるだろうがッ!」
「――!?」
と、更に加速して攻撃から逃れた。それは、
「まだ上があるか……! 最高速を隠していたな!?」
再度の思いを言葉にする。ほんの僅かだが、先程よりも速い。
つまり魔人は、こちらよりも半歩ではなく、一歩分速い、とそういうことだ。
人の身で――いや、魔人の身で、速さだけとはいえ、こちらを越えてくる身体能力。そして圧倒的な技術。
その事実に、認識を一段階上げる。攻撃を当てるには骨が折れそうだと。
しかし相手もこちらを傷つける術をまだ得ていない。なら、
「だが、まだこちらの優勢よ……!」
「それは、どうだろうな!?」
魔人が叫ぶと、緩急を織り交ぜて斬撃を振るいつつ、視界での移動を繰り返した。
……何よアレ、反則じゃない……!?
ダイヤモンドドラゴンという種のドラゴンを見たスラルは、その戦闘を見て驚く。
レオンハルトから聞いて半信半疑であったが、その四大聖竜だというドラゴンは、
「普通に知性もあって技術もあるなんて……!」
「ん? そういえばそうだな。ドラゴンって普通に話せるのか」
「ああ、私もドラゴンが人語を解するところは初めて見た」
ガルティアが不思議そうに言う。それに同意するのはケッセルリンクだ。翔竜山麓の森で暮らすカラーにとって、ドラゴンは全く遠い存在という訳ではないのだろう。興味深そうにライゼンと言うらしいドラゴンを見ている。
実際、自分も知性あるドラゴンは初めて見る。魔人化や、使徒化したドラゴンは除いてだ。
こちらの背後では、先程ついてきたペールがドラゴンを見て泡を食っており、その鱗を遠目に見て、
「あ、あれってひょっとして、全部ダイヤですかね!? だとしたら……」
言いたい意味は分かる。それに答えたのは、山に登り始めてから言葉少なくなったハンティだ。彼女は、ドラゴンを見つめながら低い声で淡々と、
「……斬撃なんかは効かない。効くのは一部の魔法のみ。だからレオンハルトにとっては相性が悪いね」
その言葉に皆がハンティに注目した。戦いを見続けながらも、ガルティアが軽く尋ねる。
「? お前、あのドラゴンの事知ってるのか?」
「……ちょっとだけ」
へぇ、と感心するに唸るガルティア。しかしスラルは、その理由に見当がついていた。
それをこの場で言うことはしない。だが、ハンティ自らそれを匂わせる発言をしたことは、何か意味があるのだろうか。
実はそれほど気にしていないのか、心の内は不明だ。
ただ、彼女の視線と表情には、何かが込められているのだろう。目を細めて、じっと見続けている。
スラルは彼女の解説に内心で同意した。あれが全部ダイヤモンドなら、
「……レオンハルト」
不安な声が漏れる。心に迷いが生じる。
今から止めるべきか、加勢するべきか。その判断に揺れる。万が一でも、レオンハルトを失いたくない。
それが劣勢だというなら止めるべきだ。
だが、
「……皆様、大丈夫ですわ!」
そこで大きく声を上げたのは、レオンハルトの使徒であるキャロルだ。
彼女は一切の不安を感じていない瞳で、自慢気に胸を張る。そして続けた。
「レオンハルト様には何らかの勝機があるはずですの!」
「そ、そうなんですか……?」
半信半疑といった様子でペールが問う。
しかしキャロルは大きく頷くと、
「勿論ですわ! 顔を見ていれば分かりますもの」
言って、キャロルは前方で戦闘を続けるレオンハルトをキラキラとした眼差しで視線を送る。釣られて皆がレオンハルトの顔を見る。
するとそこには、不敵というべき笑みが浮かんでおり、
「あの顔は、レオンハルト様が楽しんでいる。そして何かを試そうとしている時の顔ですの!」
言って、キャロルが声を上擦らせた。視線の先では、ドラゴンの攻撃を躱したレオンハルトが、笑みを濃くして、
「ほら! 来ますわよ! レオンハルト様が何かをやりますわ!」
……やっぱり、硬いな……!
レオンハルトは、その事実に喜悦と苦々しい感情が合わさった様な気持ちであった。
剣を、眼の前のライゼンの身体を両断する気持ちで振るうも、それは呆気なく弾かれる。
その隙を見逃すことなく、ライゼンは腕をこちらに向かって振るう。あるいは踏み潰すつもりで振られるそれを、足に力を込めることで回避を行えば、
「逃さん……!」
「――!」
それを追尾するかのように顔を向け、頭突きを行なってくる。
咄嗟に剣を横に構えて防御。ライゼンの頭の鱗と、こちらの魔剣がぶつかり合い、火花と甲高い金属音を鳴らす。
腕が軋みを上げるのは、ドラゴンの膂力と体重を完全に受け止めきれない証拠だ。そして質量と速さの分、それは強くなる。
足で踏ん張ろうとして、途中で剣を弾く軌道に切り替える。やはり力では勝てないか、と思い、残念と未熟を感じる。
技術と速度をもってその場から離脱すると、向こうから声が来た。
「その程度か!?」
逃げてばかりでは勝てんぞ、と叫ぶライゼンにほんの僅かの違和感。しかし気にするべくもない程のものだ。挑発と受け取り、レオンハルトは眉を立てる。そして彼の顔を見据え、
「安心しな! 今からとっておきを見せてやる!」
「ならば見せてみろ!!」
言葉とともに突進が来た。対するこちらは剣を正眼に構える。
白の巨躯が、その大きさではあり得ない程の速度で距離を詰めてきた。それを両目で見つめ、
……集中しろ。
意識を目の前の事象と、自分の内側に向ける。やることは明確だ。
相手の取る行動は分かる。突進、それも先程と似た、正面からの頭突きによる攻撃だ。
それだけで、自分は大きなダメージを負う。戦闘不能になる訳ではないが、あのダイヤの鱗とあれほどの巨体だ。威力は理解している。
その上で、一瞬だけ上回る。技術をもって巨体を制す。
視界の中、こちらの予想通りにライゼンの額が近づいてきた。ゆっくりとそれが来る。
そうして当たる瞬間、レオンハルトは行動を起こした。
剣先で、ライゼンの頭を下から上に受け流すように滑らせた。
「――!?」
攻撃が空を穿ったことで、ライゼンの動きが一瞬止まる。
こちらを見失ったのか、体勢を立て直しながらこちらを視界で捉えようとする。
だが、このままでは数瞬後に見つかるだろう。こちらがいるのは、彼の顎の下、足元に近い場所だ。
故にその前に、
――決める。
意識は自分の剣とその標的のみだ。
狙う場所は、彼の顎の下にある逆鱗。ドラゴンが身体の中で、触れられる事を最も嫌がる場所。
やるべきは、数日前に習得した剣の畢竟。剣理の到達点の一つ。
確実に攻撃を通すための一手。レオンハルトはそれを振るった。
連撃、連斬。――それらは一瞬の内に行われる。
……一瞬、連斬――
「――――」
――剣が、二つに別れた。
瞬間。逆鱗に膨大な衝撃が走った。
ドラゴンが悲鳴を上げた。
それを聞いた皆は、しかし、驚きを別のところに向ける。
驚愕はレオンハルトが振るった剣技に対して。しかし本当の意味でそれに絶句したのは、一定のレベルに達している者達だ。
その一人であるハンティは、目を見開きながら、疑問の声を聞いた。
隣、同じ様に無言でいたガルティアが、言う。確認を取るように、
「……なあ、お前ら。今の見えたか?」
「……見えた、けど――」
言う。自分が見た認識を正しく言葉にする。
「――見えなかった」
「…………だよな」
「…………」
更に隣のケッセルリンクは無言で頷いている。彼女も今のを見たらしい。
そして無言になる皆を訝しく思ったのか、ペールが声を掛けてくる。
「み、皆さんどうしたんですか? それに、見えたのに見えなかったって……」
どういう意味なのか、その問いに正確に答えられる者はいない。皆が何と言うべきかと、口を噤む。
だが、やがてそれに答えたのはスラルだった。彼女は今起きたことを見たまんま、真剣な顔つきで口にする。
「……今、レオンハルトは斬撃を二つ、あのドラゴンに放ったわ」
言語化されたそれに、しかしペールはへぇ~、と間の抜けた感心するような声を出す。そして興奮したように、
「今の一瞬で二回斬ってたんですね! レオンハルトさん、凄いです……!」
「――そんな可愛いものじゃない」
だがそれを、スラルは即座に否定する。いや、厳密に言えば否定ではない。
寧ろペールの言は肯定するものだ。一瞬で二回の攻撃。それは正しい。別段驚くような事でもない。レオンハルトなら一瞬で二回どころか何回も剣を振る。
それが剣を振った数と比例するなら――それはあり得る。
だが、
「レオンハルトは、今、一回しか剣を振ってない。――振ってない、はず……」
「? ど、どういう事です?」
ええ、とスラルが頷いた。
「つまりこういうことよ。――剣を一回しか振ってないのに、その間に二回の斬撃が出た」
「…………え? 何ですかそれ?」
ペールがようやくその意味を朧気ながら理解し、不思議そうに首を傾げる。
それに、と説明を引き継いだのはガルティアだ。
「しかも全く間がなかったな。一撃目と二撃目の間は」
「二つの斬撃が出たのは全くの同時で、しかもそれぞれ軌道は別。……それを一度の振りで行った」
ケッセルリンクが言う。ようやく皆がそれを呑み込み、口が回り始めたのだ。
その説明を聞いていたペールが仰天したように、
「そ、そんなの滅茶苦茶じゃないですか!?」
「おお。確かに滅茶苦茶だな。……ったく、アイツ……どんなからくりだ? 見応えはあるが、あんなの模擬戦でやられたらたまったもんじゃねえぞ」
ガルティアが笑みで肉を噛りながら言う。それにハンティは小声で、
「いや、あれは――」
からくりも何もない、と。そう思った瞬間だ。
悲鳴を上げていたライゼンに異変が起こり、皆が意識を集中させた。
それは、
「血が……!」
ライゼンの口元から、少しではあるが、血が流れ出てきた。
それは一つの事実を意味する。彼の特性を知っているハンティにすればあり得ない事だが、
「あのライゼンに、ダメージを与えた……」
最硬とも称される四大聖竜の一角を上回る。
その証明でもあった。
ライゼンは、数百年振りに、傷を負ったことを自覚した。
外部からのものではない。しかしそれは、紛れもない、
……俺に、攻撃を通した……!?
一瞬の攻防、その末に起こったことをライゼンはぎりぎりの所で知覚に成功していた。
しかし既に攻撃を放つところで、回避は間に合わない。魔人が逆鱗を狙っていることも把握していたが、それが通るとは思っていなかった。
だが事実として攻撃は通った。
――否、無理矢理に通された。
攻撃の瞬間、こちらの顎下にとてつもない衝撃が伝わってきたのだ。
それは、今まで自分に痛みと傷を通してきた相手――マギーホアやアベルに匹敵するものではないが、確かにその入り口に立つものだ。
この鱗をもっても吸収しきれない衝撃。それが内部を傷つけた。
ライゼンは、眼下の魔人に声を送った。既にこちらの反撃を警戒して距離を取った魔人に、解せない思いを込めて、
「貴様……! 一体何をした……!?」
応答は口端を吊り上げたことから始まった。不敵な笑みで、魔人は答える。
「ハッ、理解らなかったか? 俺の今の攻撃が!」
「……衝撃を通してきたことは分かる! しかし、それをどうやって成した!?」
言う。自分が見た先程の剣撃は、
「二撃だ……! この俺の逆鱗に、一瞬で――いや、全くの同時に攻撃を加えたな! どういうからくりだ!?」
答えを求めるものではない。戦いの最中に、敵がその種明かしをするとは限らない。
しかし、言わざるを得ない。今の攻撃は、二千年を生きた自分にとっても、理解不能なものだ。
だが魔人は、その剣を下に向かって、調子を確かめるかのように振るうと、その答えを口にした。
自分だけではない。奴の背後にいる者達もそれを耳にするべく注視している。
そんな中、魔人は言った。軽い様子で、
「――知らねぇよ」
と。
その気の抜けるような発言に、その場にいる者が絶句する。例外は魔人に向かって熱い眼差しを送る金髪の少女だけだ。
周囲の反応を全て無視して、魔人は続ける。
「俺は単純に、テメェに攻撃を通す方法を考えた結果。更に凄い技を開発しなきゃな、と思っただけだ。その結果――」
と、魔人は言葉を繋げた。
「一回で二回斬れるようになった。だから、それを重ねるようにお前を斬ろうとしただけだ。……結局、斬れてないのが不満だけどな」
馬鹿な、と思う。その理屈は滅茶苦茶だ。通らない。
それは人間の動きではない。痛みに耐えながら、心に浮かんだ憤りを口にする。
「そんな阿呆な話があるか化け物め! 一度に二度斬るなど、物理法則を無視してるではないか!! ちゃんと物理に則れ!」
視界の奥の方から数名の頷きが見える。その後押しを受けながら、ライゼンは文句をつけた。滅茶苦茶な奴め、ブレスを食らえ、と。
しかし魔人はそれに反論して、ブレスを剣で弾きながら、
「物理に則ってないのはテメェも同じだろうが! それを言うなら、ダイヤの鱗なのに衝撃で砕けないお前の方がおかしいんだよ! お前が言うなって奴だ! ほうら、論破した――!!」
「ぐっ……貴様ぁ……!」
あほあほー、と挑発をしてくる魔人にライゼンは怒りを憶える。やり返された形だ。
どっちもどっち、という言葉が浮かぶ。因果応報、という言葉も。
……しかし、これは……。
ライゼンは、相手の攻撃に脅威を憶える。鱗は、外傷を防げても中に伝わる衝撃までは完全に殺せない。
それを、体捌きや当たる場所によって軽減して、ダメージを負わないことは出来るが、顎下の逆鱗などではそれも難しい。まだもう一つの弱点こそ知られてはいないものの、それも時間の問題だ。
つまり魔人はこちらを倒すには充分な方法を手に入れたということだ。
数百年振りの明確な痛みはかなり効く。顎下の骨が一部砕かれただろうか。これを受け続けるのはよくない。
それはつまるところ――
「――さて、どうする?」
「――!」
ライゼンは、魔人の声を受けた。それは自分の考えていたことと同じで、
「攻撃を通せるようになった俺と、攻撃を未だに当てられないお前。その差は大きいぜ?」
「…………」
沈黙する。しかし内心で頷きを得る。その通りだ、と。
あの同時斬り、それを何度も受ければ自分は死ぬだろう。内部の重要な箇所への傷を負って。
あるいは同じところに当て続ければ鱗が砕けるかもしれない。魔人が二撃どころかそれ以上が出来たとしたら、それで斬れるかもしれない。
そしてあるいは、もっと分かりやすい弱点をもって、打倒される。
故に、だ。相手が言う意味は、
「お前は強い。けど、もう終わりだ。……だから――」
それは、
「負けを認めろ。そうすれば、殺さないでおいてやる」
「!」
不遜にも、降伏しろ、と告げてきた。
魔人とはいえ、元人間の身で、ドラゴンに対して。
ライゼンは、その意味を考え可笑しくなる。半分は自嘲のように、
……確かにな。その方が利口だ。
負けを悟れば、自ら降伏し、命を拾う。それも選択の一つだ。
ドラゴンの考え方からしても、決闘の際に命を捨てる必要はないものだ。
強者とみれば膝を折る。自分がそうしてもいいと思える相手ならば、そういった選択を取ることは恥ではない。
また、勝者から敗者に、その実力を認められて、殺すのは惜しいと言われることもある。
何となくだが、この魔人はそう言っているのではないだろうか。
強いからこそ、拮抗するほどの勝負を演じられるからこそ、今ここで殺すよりは生かしておきたい、と。戦士として口にする。
……それも、いいかもな。だが――。
ライゼンはそれを内心で、否、と答える。
しかしそれは、誇りからくるものではない。その理由は、
――俺は、死にたいんだ。
狂う前に。意識を持ったまま。――仲間達の元に還りたい。
情けない、女々しい理由だが、それが真実、本音の気持ちだ。
……俺も、老いたか……。
二千年。その年月を生きて、ここまで腑抜けたか、と自嘲の笑みを浮かべる。
これでは過去に嫌っていたドラゴン種の考え方と同じ――いや、それよりも質が悪い。
誇りも何もなく、ただ死ぬことで救われようとするなど、恥以外のなにものでもない。同胞に知られれば、心底軽蔑されるだろう。
ただ、その同胞ももういない。口を利けるものは皆無だ。
なら、それも――
「……俺は――」
戦いを続ける。そしてそこで死ぬ。
先程までは、戦いの中で死にたいと思っていた。今もそれは変わらない。
だが、負ける為に戦おうとする自分に嫌気が差した。
しかしそれに抗おうとする気力は、過去の闇に囚われる。
この場を死地とする、とライゼンはそういった思いをもって、口を開こうとした瞬間だ。
しかし、魔人が声を飛ばした。
「――待て」
待て、とこちらの言葉を制止してきた。その紅い瞳は、こちらを強く注視しており、
……一体何だと言うのだ……?
疑念を抱く中、魔人は息をつき、
「ようやく、違和感の正体に気がついた。さっきから――いや、本当は数日前にもあったのか。戦意の中に何か別の思いがある気がしたんだがな」
「…………それは」
魔人が頷く。強く、こちらを責めるように眉を立てて言う。
「自覚してるのか? ……なら、聞かせてもらうが――」
それは、
「――お前、何でそんなに死にたがってるんだ?」
――こちらの確信を突く言葉であった。
ケッセルリンク「今回のレオンハルトは無茶苦茶だな……」
スラル「……技能レベル3は理屈じゃないから。剣に関することは何でも出来るのよ」
ガルティア「なら、俺もムシに関することは何でも出来るのか?」
ハンティ「……あたしも、魔法に関することなら何でも出来るってこと?」
スラル「……そうよ(近接戦闘系に比べたら、他のLV3って何故か格落ちするのよね……悲しくなるから黙ろう)」
キャロル「とにかく、レオンハルト様の技名を考えておかなくては……いい名前、中々思い浮かびませんのよね……」
スラル「あっ、私も考えたい……暗黒滅殺撃とか、時空裂界破滅剣とか――」
皆「…………」