※この作品はR-18です。

魔軍参謀の憂鬱   作:黒岩

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キャロル「詰めに詰め込みましたので長いのはご容赦を――とのことですわ」


竜の唄

 ライゼンは走った。

 四肢に全力を込め、獲物を狩りに行く。

 唸りを上げながら突撃を掛けるその姿はまるで獣の様だ。

 だが構わない。

 なにせ千年振りの決闘だ。

 かつての自分達は、今のように全力で、獲物を狩りに行ったのだ。

 どんな弱者であっても全霊をもって命の奪い合いを行なった。

 古き良き、闘争の時代。失われたものも数多くあろう。

 だがこれだけは、どれだけ時が経とうと失われることはない。

 己の全存在を懸けての闘争。生き延びる為の本能。強者と戦える歓喜。

 その全てが己の血を沸き立たせる。

 相手は魔人最強。それほどの相手ならば、

 ……全力を出さねばドラゴンの名が泣こうぞ……!

 思い、走った。

 己の武器はこの全身。通常のドラゴンを大きく上回る巨体と最硬の鱗。全身が武器なのだ。

 ならば当たるだけでいい。当たれば相手は傷を負う。

 視界で相手の姿を捉えた。眼前、魔人が、その身を越える長刀を構えている。

 ……来るか……!

 魔人が笑みを作った。剣を動かし、

 

「もう一度、食らって貰うぜ……!」

 

「――ッ!」

 

 言って剣が来た。

 一度の剣の振りで二撃。こちらを害する必殺の剣だ。

 それが左右から、己の口元で重ねる軌道をもって放たれる。

 かなりの速度。回避は難しい。今から首を反らせば多少はずらせるか、というところ。

 

「ッ! おお……!!」

 

 だが、ライゼンはそれでも行った。

 衝撃が、痛みを伴って顎下を襲う。口元から血が流れる。

 しかしそれと引き換えに、

 

「食らって貰うぞ……!」

 

「――!?」

 

 魔人が目を見開いた。

 痛みで速度を落とすことはしない。少しでも怯むことはしない。

 故にもう遅い。

 視界の中で、魔人が正面から当たった。

 

 

 

 

 

 ……まさか、全く怯まないとはな……!

 レオンハルトは宙に吹き飛びながら、相手を称賛した。

 寸分違わずとまではいかないが、同じ箇所にダメージを負うような場所に剣を振るった。

 結果、血は流したがドラゴンは止まらず、こちらへの突撃を敢行した。

 痛みに少しでも反応し怯んでいたのならばまだ躱す余裕はあった。

 しかしそれは出来ず、その段階は過ぎた。かろうじて剣で防御するも体勢不十分であれば容易くこちらは吹き飛ばされる。

 故に次に考えるべきは体勢を立て直すこと。身体の痛みを感じながら視線を回す。

 吹き飛ぶ先、岩があった。巨大な岩だ。その大きさはもはや岩というより、小山のよう。

 ライゼンの体躯と同じくらいの岩石を確認し、レオンハルトはそこに足の裏を向けた。

 そこを壁のように使い、岩を蹴ることで推進力を得る。

 そしてドラゴンの巨躯を越える、もしくは横に逸れる形で剣を振るう。

 それを実行しようと空中での体勢変更に成功した時、レオンハルトは正面を見て、そこで動きを見た。

 こちらに向かって駆けていたドラゴンが、一瞬止まったのだ。

 ……いや、止まったというより……これは……。

 四肢を地に固めて、こちらを見据える。それは足に力を溜めているように見えた。

 その想像どおり、いや、想像以上の事が起こった。

 ドラゴンが四肢を大地から離す。

 しかしそれは、先程までに見た、ただ駆ける動きではない。

 四本の足を同時に離し、獣の様に宙に跳ぶ。

 それは五十メートル級の巨体で行う、

 

「跳びかかりだと……!?」

 

 大地が巨竜の全力を受け、足跡がつく。

 そうして巨体が浮き上がり、莫大な瞬発力をもって襲いかかる。

 それは瞬間的に先程までの戦闘速度を越えている。

 ドラゴンの動きに狙いを悟ったレオンハルトは叫んだ。

 

「俺を岩に叩きつける気かッ!」

 

「然りだ……!」

 

 瞬間、巨大な岩に足を付けたこちらに追いついたドラゴンが、

 

「――――!!」

 

 自分の巨体とともに岩を巻き込むようにして、体当たりを仕掛けてきた。

 

 

 

 

 

 岩石が砕け、衝撃が音となって周囲に伝わる。

 ライゼンは再度の痛みを受けながらも、足を動かし続けた。

 眼前、直ぐの距離に、こちらの体当たりを剣で防御し続ける魔人がいる。

 しかし正面を防御しても、岩と挟むように衝撃を与えた結果により、魔人は表情を歪めている。

 痛み、そして傷を負ったのだろう。

 その事実に口端の歪みを自覚した。だが、

 

「まだまだ行くぞ……!」

 

 攻撃の手は休めない。

 岩石を砕き、視界が開けた先、今度はこの山の斜面がある。

 天上へと続く、大いなる我らが故郷。その山の側面に向かって、魔人を押すように駆ける。今度は砕くことは出来ないだろう。

 しかし、魔人に痛みを負わせるには充分だ。

 その狙いを理解したのか、魔人が声を上げる。笑みを携えて、

 

「山にぶち当たる気だな!?」

 

 それは疑問の声だ。

 

「テメェ、痛くねぇってのか……!」

 

 無論、痛くない訳ではない。

 突撃の際に、魔人の剣を受けた。こちらも脆くはないにしろ、特別衝撃に強くないのは明白だ。

 しかし、ライゼンはそこで笑みが漏れるのを抑えられない。

 それは、

 

「だからどうしたと言うのだ……!」

 

「!」

 

 言う。それはドラゴンの太古からの矜持だ。

 

「戦いこそが我らが誉れだ……!」

 

 戦いは名誉を得る機会。

 

「傷こそが我らの勲章だ……!」

 

 傷は武勲の数を示すもの。

 

「そして痛みは、戦士を高揚させるもの!!」

 

 なればこそ、

 

「戦いを止める理由にはならん……!」

 

「……!」

 

 魔人が息を呑んだ。

 そう。千年振りの、決闘だ。名誉を得る重要な機会なのだ。

 全力を出せる相手を見つけたのだ。

 

「貴様は違うのか……!?」

 

 問いを投げた。愚問と言うべき問いだ。

 再び吹き飛ばされる魔人が、笑みを濃くして、剣の振りとともに答えた。

 

「――違わねぇ……!」

 

「なら」

 

 ライゼンは言った。

 衝撃とともに痛みが襲う。それを受けながら笑みを浮かべ、

 

「もっとだ……もっと強く、打ち込んでこい……!」

 

 叫ぶ。動きは止めないままに、ライゼンは好敵手への、己の気持ちを伝える。

 

「そんなものでは、俺を倒すには足りんぞ……!」

 

 この程度の痛みや傷では止まらない。それを証明するかのように、

 

「貴様の本気を見せてみろ!!」

 

 言い返しの言葉とともに、ライゼンは激突した。

 

 

 

 

 

 翔竜山に、巨大なドラゴンが激突する。

 しかしそれは、微かな衝撃を周囲に伝えるのみ。

 世界一の山は、その程度ではびくともしない。

 そして、その山の側面に叩きつけられたレオンハルトは、

 

「――ク」

 

 傷を負い、痛みを感じながら、

 

「クハハ……」

 

 己の血に濡れながら、

 

「クハハハハハハハ――!!」

 

 ただ歓喜に満ち溢れていた。

 レオンハルトは思い返す。これほど愉快なのは、いつ振りだろうか、と。

 魔人となって約三百年。これほどの強敵がいたか、と。

 剣を振っても死なない相手はいつ振りか。

 ……いや、初めてか……?

 対峙する巨大なドラゴン――ライゼンは、こちらの剣に耐えきる。

 このような剣では死なん、と。

 もっと強く打ち込んでこい。本気を出せ。

 そう言ったのだ。

 

「それをしても、あっさり死ぬことはねぇ、と。そう言うんだな……?」

 

 なら、我慢する必要はない。

 三百年生きて、ようやく本気でやっても問題ない相手を見つけたのだ。

 ようやく俺は、挑戦者となれるのだ。

 そしてその果てに、

 

「俺は、お前を……越えていいんだな……!」

 

 言って剣を振る。

 眼前まで距離詰めてきたドラゴンは、それを受けながらも応じた。

 

「越えてみるがいい! 越えられるものならな……!」

 

「……わかった」

 

 改めて、気合いが入る。

 血が通っていく。

 魔人と、人間の血だ。

 その血が、強大なドラゴンを前にして――熱く沸き立つ。

 

「なら、付き合って貰うぜ……!」

 

「応とも……!」

 

 レオンハルトの魔剣オル=フェイルと、ライゼンの鱗が激突し、火花を散らす。

 その鍔迫り合いにも似た拮抗、それが離れた瞬間、

 

「――――」

 

 戦闘は止まらなくなった。

 

 

 

 

 

 ライゼンは加速した。

 もはや激突や魔人の攻撃は止まる理由にならない。

 ある程度の傷なら、

 ……押し切れる!

 衝撃を通す魔人の攻撃、内部に傷を蓄積させても、直ぐに倒れることはない。

 寧ろ、意地でも我慢してみせると思う。

 ならば依然不利なのは向こうの方だ。相手は身体が特別硬い訳ではない。

 身体を穿てば傷を負う。

 故に攻撃を行なった。四足に力を込め、相手に飛び掛かる。

 しかし、上から踏み潰す形の攻撃の先に、魔人はおらず、

 ……回避したか!

 手応えがない。ならば躱されたと思うのは道理。

 ライゼンは気配に従って左を見た。視線の先には、瞬間的に移動した魔人がこちらの足に向かって剣を振るう所で、

 

「まずは、足を潰させて貰うぜ……!」

 

 言って衝撃が足に来た。左後ろ足。その中心を穿つ同時の斬撃に、

 

「ッ……!」

 

 痛みで声を上げることはしない。

 しかし身体の構造から一瞬の揺るぎが起こる。止めようのないものだ。

 だが対応は可能。ライゼンはその通りに行動を起こした。

 こちらの後ろにあるもので、回転するように魔人に叩きつける。

 それは、

 

「ドラゴンの動かせる部位は一つではないぞ……!」

 

 白く長い尾だ。

 その尾はしなやかさを持ちながらも鱗は身体と同じ。身体の一部ということだ。

 それを地面を往く魔人を叩きつけた。

 しかし、

 

「躱したか……!」

 

「躱せるからな……!」

 

 視線の先でレオンハルトが走っていた。

 こちらの後ろに回ろうとする挙動。そして元に戻しかけていた尾を、

 

「こっちはどうだ!?」

 

「ッ!」

 

 今度は尾に衝撃がきた。衝撃を逃がそうと尾を動かそうとするも、その二撃は尾を挟み込むように放たれたもので、回避も衝撃緩和も行えない。

 痛みを感じる中、魔人がその結果に舌を打ち、

 

「足や尻尾なら、細いから斬れると思ったのによ……!」

 

 まだ斬ることを諦めていないような発言をする。

 いや、事実諦めてはいないのだろう。魔人の表情は、本気の残念が垣間見える。

 こちらに未だ外傷を与えていない、そんな未熟を恥じているのだろう。

 ……随分と、意識が高いものだ……!

 己の鱗は斬撃に対しては無敵と言っていい硬度を誇る。故にその試みは無謀だ。出来る筈もない。

 しかし、

 

「……笑わないとも……!」

 

 その行動を、無駄と一笑に付すことはしない。

 無駄と切り捨てることはしない。

 ドラゴンに挑む。そして打ち倒す。未だ到達し得ない頂きを目指す者を、笑う者がどこにおろうか。

 それでも笑う者には、笑わせておけばよい。

 強大な力に挑む英雄に、ドラゴンは敬意を払い、全力でそれを叩き潰そう。

 

「挑むがいい。何度でも……! その尽くを弾き飛ばして見せよう!」

 

「後で吠え面かくんじゃねぇぞ……!」

 

 良い闘志がぶつけられる。

 その言葉とともに魔人が大地を駆けた。

 正面から来るものではない。距離を取りながら、こちらの背後を取ろうとする動き。

 

「後ろは取らせんぞ!」

 

 故にこちらも駆けた。

 ターンし、相手に背後を取らせないように回る動きをもって走った。

 

 

 

 

 

 地面を走るレオンハルトは、相手の身体捌きを見た。

 その巨大さを持ちながら速度を持つ。その上、小回りの利くステップを踏んだ動き。

 それは、容易くこちらに追従する。

 ……一歩の大きさがキツいな。

 人間大の大きさしかないこちらの歩幅と、通常のドラゴンの十倍近い大きさを持つライゼンでは、一歩で進める距離が違う。

 それにこちらは、若干跳ぶように足を動かすことで、一足で距離を取れる。しかしそれは相手も同じで、

 ……来るか!

 視界の端で、ドラゴンが動きを見せた。

 回るように動いていたそれを、加速させたのだ。ドラゴンの身体が、その場から動かないまま回る。

 そして起こす結果は、その後ろに付いている尾でこちらを横から払うこと。

 対応方法は単純だった。

 その尾の攻撃を、剣で上に向かってかち上げる様に受け流した。

 だが、

 

「――!」

 

 再び、加速を付けて同じ方向から尾が飛んでくる。

 ……なんだ!?

 それを払い、レオンハルトはそれを引き起こしたライゼンを見る。方法は直ぐに理解った。

 ドラゴンが、その場で回転を続けている。高速の回転は尾を追いかける様に続いており、

 ……二回転……!

 思った瞬間。尾が来た。回転で加速し、威力が上がったもので、

 

「吹き飛べ!」

 

 その言葉通りに、こちらの身体が払われた。

 まるでムチのような攻撃方法だ。それでいて威力、速度ともにムチの比ではない。

 宙に飛ばされ、山の側面に再び近づく自分に、ドラゴンは顔を向け、口を開いた。

 それはブレスの予備動作で、力を溜めたドラゴンが、宙にいるこちら目掛けてブレスを吐く。

 

「っ……!」

 

 それを剣で弾いて、後ろに逸らすと、山の側面がブレスで穿たれた。

 衝撃と轟音。それとともに、山の上側が一部、崩落する。

 舌を打ち、落ちてくる大小様々な岩石。そのうち最も巨大な岩石を斬撃で一刀両断する。安全を確保し、その上でドラゴンの姿を探した。

 そして、

 

「おお……!」

 

 ドラゴンの姿が間近に見えた。

 ブレスとほぼ同時に駆けてきたのだろう。

 間に落ちてくる、そして元からあった岩や何もかもをその鱗で破壊しながら、突っ込んでくる。

 身体に落ちてくる岩も物ともしない。かのドラゴンの歩みを止めるものは存在しない。

 故にレオンハルトは行動を決めた。正面、体勢を低くして突っ込んでくるドラゴンの上部に跳ぶと、

 

「これはどうよ……!」

 

「……!?」

 

 レオンハルトは口端を吊り上げた。ドラゴンが戸惑った様子が見える。

 それだけでは収まらず、声に上げた。それは、

 

「俺の身体の上に……!」

 

 突撃してきたドラゴンを跳び越えるようにしながら、ドラゴンの身体に掴まった。

 

 

 

 

 

「貴様……!」

 

 声が漏れる。しかし怒りではない。

 その大胆不敵な行動への称賛だ。

 魔人は今、こちらの背の翼、そこの出っ張りを掴むようにして身体に乗っている。

 一見距離が近く、危険に思えるその行動は、しかし、こちらの行動を阻害するものだ。

 それは何故かと言うと、

 ……ドラゴンは、背中に手が届かん……!

 ドラゴン種は身体の骨格上、手足の可動域は広くない為、人間のように背中に手を伸ばすことは出来ない。

 そのため、このように背中に張り付かれては攻撃が出来ないのだ。背後にいるものに攻撃を仕掛けるのとは訳が違う。それなら振り向けば良いのだから。

 つまり、

 ……振り落とさなければ、攻撃手段はない……!

 故にライゼンは、背に捕まる魔人を落とす手段を講じた。

 眼前にある我が故郷たる翔竜山。その側面に向かって駆け、

 ……潰れろ……!

 思い切り背中を、岩肌に叩きつけた。

 瞬間、衝撃と振動が来て、再び壁が削れる。

 

「む……!」

 

 そして気づく。背中にあった感触が無くなっていることに。

 ならば、

 ……奴はどこに行った!?

 視界で確かめようと左側を見るも、壁側にはいない。

 なら、と気配で探った先、

 

「――気づくのが遅ぇ」

 

「――!?」

 

 悪寒がした。下方だ。

 魔人は再び、こちらの顎下に移動しており、

 ……これを狙って……!!

 その場から退避しようとするも――遅い。

 その前に、魔人の声が耳に届いた。

 

「もう一度食らえッ!!」

 

 魔人が逆鱗に、再度の剣撃を見舞った。

 同じ箇所への痛み、しかもそれは、先程よりも強いもの。

 その正体を、激痛に苛まれながら、ライゼンは悟った。

 ……同時三撃……!

 敵は更に強大となった。

 

 

 

 

 

 レオンハルトは、激闘に己の成長を実感した。

 相手が気づいているかは分からない。不意打ちに近いものであったからだ。見えていたかどうかは微妙だと、客観的にはそう思う。

 しかし、それでも相手は見ているという確信があった。確証はない。ただの勘でしかない不確かなものだ。

 だが気づいているだろう。見ていなくても傷の具合で分かる筈だ。

 見上げた先、ドラゴンが悲鳴を上げている。痛みに吠えた口先から血が流れ、顔を振ったことで辺りに血が零れる。しかし、それでもなお、

 ……まだ倒れねぇか!

 確実にダメージは与えている。特に頭部へ与えている衝撃は、かなり深刻なものの筈だ。

 それはドラゴンの様子を見ても明らかで、痛みに耐える姿勢を見せていたのにも関わらず、悲鳴を上げていることから間違いないだろう。

 だが倒れていない。まだ戦える。ならば戦いを止める理由にはならない。故に剣を構え、

 

「……もう一回行くぞ!」

 

 再度の同時斬撃を、逆鱗にお見舞いしようと跳び上がった。

 しかしそこで、

 

「っ、おおお……!」

 

「――!」

 

 ドラゴンが、その瞳をこちらに向けた。赤く、充血した獣の如き瞳。その視線に射抜かれた瞬間、とてつもない悪寒が、自分を襲う。戦う者にとって、嫌な感じの予感だ。

 それは危険を察知した時に感じるもの、それと同時に、妙な行動をドラゴンが見せた。

 赤く血に染まった口元。閉じられたままのそこから、光の奔流が漏れる。それは、ドラゴン種が例外なく持つ強力な武器の一つ。

 それを口を閉じた状態で、行おうとしている。

 ……口を閉じたまま、ブレスだと!? 馬鹿か!?

 何の冗談だ、と思う。そんなことをすれば自滅するのではないか。故に声を送った。そんな終わりは許さないと、

 

「何を……!」

 

「フ……さすがに知らんか」

 

 こちらの問いにライゼンが薄く笑みを作る。そして思いを馳せるように、

 

「我らドラゴン種には強力な特性を持つ一族が一部存在する。魔法を反射するもの、傷を受ける度に強くなるもの。それらは様々だ。――そして俺も、ある一つの特性を持つ」

 

 ライゼンが笑みで言う。その身体は光り輝いており、

 

「……伝導超過。ある種の攻撃を受けた際に発動するものだ。――そしてそれは、自分の攻撃でも発動出来る」

 

 ドラゴンが背中の翼を広げて立ち上がる。

 そしてブレスを放つと、

 

「――――!」

 

 ドラゴンが、その身に色を帯びて、吠えた。

 

 

 

 

 

「あれ、は……!」

 

 遠目で戦いを見ていたハンティが、光を帯びて咆哮を上げたドラゴンを見て、声を震わせる。

 その様子を見たスラルは、同じ様に驚きながらも質問をハンティに飛ばした。

 

「知ってるの?」

 

「……知ってる。聞いた話だけど」

 

 その言葉に皆が注目する。視線を浴びながらも、ハンティはドラゴンから目を離さずに言った。

 

「伝導超過。ライゼンに耐性のある一部の攻撃を受けた際に、一時的に自身の強化をする特性」

 

「……一部の攻撃、ですの?」

 

 キャロルが首を傾げる。ハンティは簡潔にそれらを上げていった。

 

「雷属性や光属性。そして炎属性。これらの魔法や、それに類する攻撃」

 

「……それって――」

 

 そう、とスラルの言葉にハンティが頷いた。説明を理解する。つまり、それに値する攻撃といえば、

 

「ブレスとかも対象になる。――ライゼンは、ドラゴン種のブレスすらも無効化して強化に使う」

 

 そして、

 

「それは、自分のブレスでも可能ってこと……ね」

 

 

 

 

 

 レオンハルトは立ち尽くした状態で、ドラゴンを見上げた。

 視界を埋めるほど巨大なドラゴンが今、熱を帯びて身体を発光させている。

 それから目を離せない。それほどに、

 ……すごい、な……。

 眼の前の力を持った存在に圧倒される。

 見惚れていると表してもいい。

 戦闘中に気を抜くなど戦士としてあるまじき事だ。

 だが無理だ。これほどの存在を前にして敬意を覚えない訳がない。

 在りし日の想像、伝説のドラゴンとしての姿を体現しているかの様だ。その姿は、夜の中にあって輝いており、一種の荘厳ささえ感じる。

 そんな中、ドラゴンは声を発した。

 

「――待たせたな」

 

「……いや」

 

 そうか、とドラゴンが鷹揚に頷く。そしてこちらを見て、

 

「これが、今俺が出せる全力だ」

 

「なるほどな」

 

 つまり、今からが、もう、

 

「――いいな?」

 

「ああ」

 

 ――最後の戦いだ。

 

 レオンハルトは、息を入れる。高揚しすぎて武者震いが来る。

 ……これと戦えるのか――いや、戦ったのか……。

 今からも戦える。これを越えるチャンスがある。

 ならば、その機会を逃す手はない。

 四肢に力が漲る。

 相手も、こちらも、無傷ではない。幾つもの傷を負い、血を流している。

 しかしその表情に苦悶のものはなし。

 もはや痛みさえ忘れて、不敵に口端を歪めて見合う。

 剣を正面に構える。竜が姿勢を低くした。

 足で地面を蹴り出す。竜も地面を蹴り出した。

 裂帛の気合いを持って、竜に向かって声を上げる。竜が魔人に雄叫びを上げ、己を誇示した。

 そして一瞬。

 魔人とドラゴンはぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 ライゼンは、飛び込んだ。

 音を置き去りに、敵に向かって駆けた。

 既にこちらの身体能力は、先程までの比ではない。

 魔人の全てを上回ったのだ。それほどに、この強化の度合いは凄まじい。

 故に、魔人はこちらの身体とぶつかり合い、結果吹き飛ばされた。

 相手の行動は適切なものであったが、こちらは膂力で無理矢理、己の攻撃を押し通したのだ。

 魔人は吹き飛ばされたが、直ぐに立て直し、地面に足を付けると、そのまま動きを入れた。

 その際に、こちらの眼を狙った斬撃、それとともに射抜くような視線を感じる。

 ……良い闘志だ。

 鋭い眼から放たれる圧力は、今まで戦ってきた同胞とも何ら遜色ないものであり、こちらを威圧するには充分なものだ。

 故に、それに応えるために、速度を上げた。

 もはや自分は誰にも止められない。そして、止めさせない。我が突撃は正面から全てを打ち砕き、勝利するもの。

 技術をもって戦うのもいい。小細工や搦め手も否定しない。

 だが至上とするのは真っ向からの力比べだ。己と相手。どちらの力が勝っているか。これに燃えないものはいない。これこそが男児の本懐だ。逃げれば男が廃る。

 そして思う。これほどの本気を出したのはいつ振りか、と。

 それは、

 

「――!」

 

 しかし、答えを出す前に動きが来た。

 魔人の走る動き。こちらを見据えたまま横に行く動きだ。

 何を、とは思わない。それよりも先に潰すだけだ。

 行く。

 速度は最大。四肢をもって魔人を狩る。

 そうして振られた右足は、

 

「――む」

 

 しかし空振りした。

 そして右足が地面に着地する。瞬間、

 

「ッ!?」

 

 右足の先にあった大地が踏み抜けた。足が埋まり、視線を向けた。

 まさか、

 

「……地面を剣で穿ったのか!」

 

 そのまま高速でこちらに近づいてくる魔人に、声を放った。

 

 

 

 

 

 レオンハルトは、ドラゴンが右足で地面を踏み抜いたのを見て、小細工が成ったことを確信した。

 予め、同時斬りで自分がいた足元に亀裂を入れ、そこを踏み抜かせたのだ。

 ……ここは絶対の足場じゃねぇぞ……!

 何しろ数日前に崩落に巻き込まれた身だ。自分からではあるが。

 山道の外側に近ければ近いほど、崩壊の可能性は高い。翔竜山全体からすれば本当に極僅か。これほどのドラゴンが暴れても外側に出っ張った山道が崩れないのは流石と評するしかない。

 そして、これで一時的にではあるがドラゴンの動きが止まった。それが重要だ。

 レオンハルトは高速でドラゴンの顎下に近寄ると、

 

「ほら、もう一回だ!!」

 

 逆鱗にもう何度目かの同時斬撃を見舞った。

 一瞬で行われる斬撃は三つ。

 それは寸分違わず逆鱗を穿ち、衝撃を内部に浸透させた。

 再びドラゴンが咆哮を上げたのを見て、

 

「そろそろ斬れろ! もしくは砕けろ!!」

 

 声を浴びせた。しかしその先で、

 

「まだ、砕けん……!」

 

 右足を引き抜いたドラゴンが叫ぶ。

 

「砕けるのは貴様だ……!」

 

 再度右足が、こちらを振り抜こうとした。

 それは先にある鋭い爪で斬り裂こうともするもので、

 

「――剣の勝負なら負けねぇよッ!!」

 

「!」

 

 剣で右足を逸した。地面に右足が着地し、山道を揺らす。

 それに対し、ドラゴンは吠えた。

 例え、鱗に頼る戦いを得意としていても、

 

「爪の扱いに劣る訳ではないぞッ!」

 

 今度は左の爪だ。

 それを弾き逸し、

 

「爪の扱いには慣れてんだよ……! ドラゴンとの戦いには慣れてるもんでなぁ!」

 

「だとしても――」

 

 ドラゴンが姿勢を高くした。そして勢いをつけて踏み潰すかのように、

 

「お前が今まで戦ってきたどんなドラゴンよりも……俺の方が強いぞ!!」

 

 ドラゴンがラッシュを掛けた。

 

 

 

 

 

 ドラゴンが連打の攻撃を行なったところで、地面が鳴動するのをケッセルリンクは感じた。

 大地が軋むのを感じ、

 

「まずい。山道が崩れるぞ……!」

 

「うお、マジか。ちょっと移動しねぇとな」

 

 声に反応したガルティアを始め、皆が山側、洞窟に近い場所に移動を開始する。

 その際も揺れを感じ、それに怯えたペールが、

 

「きゃー!? ま、また落ちるのは嫌ですよ―!?」

 

「……落ちてみたら? レオンハルトが助けてくれるかもしれないし」

 

「いや、戦ってるから無理ですよね!?」

 

 スラルの辛辣な提案に勢いよく振り向くペール。なおも喚き続けるも、その気持ちは理解出来る。

 ……これは、既に経験済みだ。

 故に余震の察知は完璧だ。以前と違い、魔人の身体能力をもってすれば復帰も可能かもしれないが、巻き込まれないことに越したことはない。

 そしてその感覚を信じるなら、

 

「もって、後数秒……」

 

 ケッセルリンクが呟いたその数瞬後。

 皆の視線の先、レオンハルトとライゼンがお互いの刃をぶつけ合う大地で、

 

「――!」

 

 崩落が起きた。

 

 

 

 

 

 ライゼンは、自分と魔人の戦いの結果、山道が落ちるのを感じていた。

 ここまでの衝撃を与えてしまっていたか、と驚きこそすれ問題とならない。

 何故なら己はドラゴン。背中の翼は飾りではないのだ。

 しかし、飛行が出来る自分と違って、相手の魔人はただ落ちるのみだろう。

 ……どうするつもりだ!?

 疑問を得たまま、爪を振り下ろす。そして声を掛けた。

 

「貴様! このまま落ちるつもりか!?」

 

 問う。すると魔人は笑みで答えた。

 

「――それがどうした?」

 

「――――」

 

 こちらが絶句する先、魔人はこちらの爪を下から剣で受け流しながら言葉を放った。

 

「痛みも傷も、何もかも――俺達が戦いを止める理由にはならねぇ!!」

 

「――!」

 

 告げられた台詞に震えが来た。

 心地よいものだ。口端が緩むのを抑えられない。

 応えたい、そう思いライゼンは言葉を作った。

 

「ああ、ああ! そうとも! 我らの決闘は止まらん! 誰にも止めさせん!!」

 

 その覚悟はあるのだ。

 例え大地が砕け、戦う場所が、時代が、何もかもが変わろうと。

 ……戦いは終わらない!!

 この命ある限り、我ら誇り高きドラゴン種は戦い続ける。

 何故なら、生きることは戦うことだからだ。

 もはや何者かに怖れて、戦うことをやめたりはせぬ。

 その躊躇を捨て去り、ライゼンは力を溜めた。

 

「――っ!」

 

 視線の先で魔人が目を見開く。さすがに気づくだろう。

 ……さて、これはどうする!

 至近距離からのブレス。それも伝導超過により強化されたものだ。先程とは一線を画する威力を持つ。幾ら魔人とはいえ、直撃を食らえば消し炭になる程のものだ。

対応を誤れば即死。そうでなくても山道は粉々に砕け散り、足場を失くす。

 ……さあ、対応してみせろ!

 力を溜め終えると、最後に爪での一撃を放ち、飛び上がると同時に、

 

「――――!!」

 

 白い奔流を、魔人目掛けてお見舞いした。

 

 

 

 

 

 山道が崩壊する。

 四大聖竜の一角、ライゼンの伝導超過によるブレスの結果だ。

 ライゼンは飛び上がり、背の翼を広げて羽ばたいた。

 そして眼下、自身が起こした結果を見る。

 山道を貫通し、翔竜山の一部に穴を開けた。

 しかし、副次的な被害を受けて落下していく岩石の中に、魔人はおらず、

 ……どこへ消えた!?

 死んだ、とは思っていない。あの魔人ならどうにかして生き残っている筈。

 視界を回して、人影を探す。

 すると頭上を見上げたところで、視界の端に人が映った。

 

「……あれは」

 

 金髪に黒い服を着た魔人の後ろ姿。

 やはり生き残っていたか、と息を鳴らす。

 だが、

 

「……どこへ行くつもりだ?」

 

 不可思議な行動に眉をひそめる。

 視界の奥、魔人が翔竜山の外壁をひたすらに駆け上がっていく。

 先程までいた広場すら越えて、ただ上に昇っていく。

 ……山頂まで行くつもりか?

 いや、そんな筈はない。あの魔人が戦いから逃げる訳がないのは既に分かっている。

 ならば何か狙いがあると思うのが戦う者としての思考だ。それを思案し、

 ……いいや、やめだ。

 翼を羽ばたかせ、魔人の元まで一直線に向かう。

 ややこしい探り合いは性に合わない。そんなのはドラゴンの戦いではない。

 ドラゴンであるなら、

 ……例えどのような狙いがあろうとも、正面から打ち砕くのみ!

 故にライゼンは行った。

 空を往く速度は、先程よりも速い。

 そのため魔人との距離はどんどんと詰まっていき、

 

「追いつくぞ……!」

 

 高度を上げていく。

 そして、それが差し迫った時、ライゼンは相手の行動を見た。

 外壁を昇っていく魔人が振り返り、こちらを見据えると、

 

「――なっ!?」

 

 こちらに向かって、真っ直ぐに突撃してきた。

 それは、山の外壁から、空を飛ぶこちらに向かって跳躍するもの。

 その無謀さを悟り、ライゼンは叫んだ。相手の狙いは、

 

「馬鹿なッ!? 空で戦おうというのか!?」

 

 そんなことをしても未来は見えている筈だ。

 このまま攻撃を加えることに成功したとしても、その後、翼を持たない相手は地面に向かって墜落する。

 そもそも、こちらが攻撃を受ける保証もない。

 こちらは空中でも自由に動きが取れるのだ。ならば、躱してしまえば、相手はただ墜ちるのみで、

 ……否。

 自分の考えに、しかし、自分でそれを否と断じる。

 その理由は、

 

 ――天空の覇者が、そんな選択を選ぶものか……ッ!!

 

 我らドラゴンは誇り高き戦士の種族。空での戦いを挑むというなら、

 ……正面から受けるとも!!

 熱い思いをもって、ライゼンは行った。

 こちらに向かって跳んでくる魔人に向かって、我が意を口にする。

 

「空は我らがドラゴンの領域! 何人たりとも侵させはせんぞッ!!」

 

 遠くへ、どこまでも聞こえるように、咆哮を上げる。全ての仲間達に届くように。

 そしてこれが、

 

 ……俺達の――

 

 最後の攻防だ。

 

 

 

 

 

 ライゼンは全てを思い出していた。

 正面、魔人はこちらに向かって上段から剣を振り下ろそうとしている。

 それを頭の鱗で迎撃する。

 魔人が頭上を越え、こちらに剣を当てる反動で上に昇った。

 なるほど、と思う。技術が必要だが、その様にすれば墜落は免れる。

 ……ああ、決闘というのは……こんなにも心地よいものだったか……。

 思う。心の底から。

 これほどの戦いを、今の時代になってから味わえるとは思わなかった。

 だからこそ、一つの残念を感じる。感じたのは、

 ……お前ら、どこにいるんだよ……。

 この戦いを眺めることの出来ない戦士達よ。

 

 ――何故、この場所にいない?

 

 忘れてしまったのか、同胞。

 自分達の姿を。誇り高く、強大な己の在り方を。

 世界に居場所がないからか? 大切な仲間が消えてしまったからか?

 

 ――ならば、己がそのよすがとなろう。

 

 ――俺達ドラゴンは、こんなにも熱くて雄々しい生き物だったと……この世に刻みつけるのだ。

 

 見ろ。その姿を焼きつけろ。

 

 ――人類よ。同胞よ。魔物よ。ここにはいない者達よ。そして、マギーホアよ……!

 

 旧友よ。己の姿を見ろ。

 

 ――見ているか? 俺は今、全霊をもって戦っているぞ……!

 

 そして周りを見ろ。己を見ろ。

 

 ――これを見ても、未だ狂えないでいる俺は哀れか? 孤独に戦う俺は無価値なのか?

 

 俺達が生きた世界は、まだそこにあるぞ。

 

 ――この熱く滾る戦いを見ても、何も感じないのか――!!

 

 どこまでも遠く。遠くに聞こえるように。

 ライゼンは、咆哮する。

 俺達の生きてきた時間は、無駄じゃないのだと。

 俺達が残してきたものは、まだそこにあるのだと。

 俺達はまだ、忘れられていないのだと。

 一体のドラゴンは吠える。

 

 ――哀れだろうと……! 何の意味が無かろうと……! 俺は意思をもって戦うとも!

 

 哀れなんかではない。意味が無いなどと言わせない。

 俺達が行きてきた時代を、無かったことにはさせない。

 それを永遠を生きる眼の前の存在達に見届けさせよう。

 今を生きる全てのものの伝説としよう。

 故に、ドラゴンは空に昇った。

 勇敢にも、天空での決着を望んだ魔人を連れて。

 その額の先に、剣を合わせ続ける人を連れて。

 この胸を焦がすほどの熱い気持ちを、昂りを、全てを持って、どこまでも昇ってゆく。

 

 ――ああ、身体が大きくて良かった。

 

 ――この光り輝く鱗を生まれ持ってきて良かった。

 

 これなら遠くまで見えるだろう。この空の下にある同胞達にも見えやすいだろう。

 それでも見えないと言うなら、

 

 ――俺の声を、聞いてくれ。

 

 精一杯、叫ぶから。

 

 

 

 

 

 翔竜山。

 その上層部から中層部にかけてある幾つかの巣穴に隠れ潜むドラゴン達がいた。

 彼らは誰も彼もが、心を狂わせた者達。

 過去の悲劇に潰され、未来を諦めた者達だ。

 そんな彼らの瞳には何も映らない。

 彼らの耳には、どんな言葉も響かない。

 何を感じても、心は動かない。

 彼らの眼の前で起きる事象は全て、意味を持たない。

 だが、

 

「――――」

 

 不意に、音が聞こえた。

 懐かしい音だ。

 知っている気もするし、知らない気もする。そんな音だ。

 良く聞いてみた。

 音は、空から聞こえていた。

 夜空の向こう、遥か頭上の先に、光がある。

 夜の中にあって、輝くそれは星のような、仲間の姿だった。

 そして音は、声だった。

 どこか悲しい響きのある、しかし、それでいて、前向きな声だ。

 そして気づけば、

 

「――――」

 

 ドラゴン達は、何か熱いものが頬を伝うのを感じた。

 その意味はわからない。理解出来ない。

 この流れ出るものも、何故そうなるのかも。

 分からない。

 だが、空を、あの仲間を見ていると、

 

「――――!」

 

 何かを伝えないといけない気がした。

 故に、声を送ろう。

 天に向かって唄おう。

 

「――――!」

 

 ――そうしたいと、不思議とそう思ったから。

 

 

 

 

 

 とある城では、ある者達が不意に動きを止めたところだった。

 そろそろ夜明けといった時間である。普段ならこんな時間に目覚めることはない。

 しかし今日は目覚めた。理由は分からない。

 そして今は、

 

「――七星。窓を開けろ」

 

「……はっ」

 

 竜の従者は主の命令を聞いた。

 しかし聞く前から、何故かそうしなければいけない気がした。

 そうして見るのは西の空。

 理由は分からない。ただの気まぐれ、そういう気分だっただけかもしれない。

 でも、

 

「…………」

 

「…………」

 

 今は何故か、西の空を見なければいけない気がした。

 故に二人の竜の主従は、しばらくの間、黙って空の向こうを見続けた。

 

 

 

 

 

 翔竜山の山道。

 山道の一部が崩落し、竜が昇っていくのを見た魔の者達は、

 

「これは……」

 

 宙に響く竜の声を聞いた。

 幾重にも重なって聴こえる音は、どこか不思議な響きをもって、聴くものに何かを伝える。

 それは、

 

「何だか……唄ってるみたい」

 

 竜の唄だった。

 そして気がつけば、

 

「……ごめん」

 

 ハンティ・カラーは顔を、表情を隠すように俯いており、

 

「聴いてあげて……」

 

 ハンティの言葉に、皆はそちらを見るようなことはしなかった。

 ただ、空を見上げて、

 

「……言わなくても、聴こえてる」

 

「……うむ」

 

 ガルティアの言葉と、ケッセルリンクの頷きに、誰もが頷いた。

 そして、

 

「……ありがとう」

 

 ハンティはそれだけ言って、再び空を見上げた。

 

 

 

 

 

 ライゼンは、声を聞いた。

 

「――――」

 

 ライゼンは、唄を聴いた。

 

「――――」

 

 まさか、と思った。

 このような事は今までに一度もないことだった。

 だが、

 ……ああ、わかってるとも。

 意味は伝わった。

 故に、己も唄おう。

 そして皆の期待に応えよう。

 今度こそは間違えない。

 雲を突き抜け、天空に出る。

 そこでライゼンは、額の先で圧力を受け続ける魔人を見た。

 そして、声を送った。

 

「行くぞ」

 

 声とともに、ライゼンは急ブレーキを掛け、魔人を遥か頭上に吹き飛ばした。

 それはしばらく上に向かって昇っていったが、やがて、重力に従って墜ちてくる。

 魔人は姿勢を制御し、こちらを見据えた。

 ライゼンは力を込める。

 

「決着をつける……!」

 

 口内に溜めるのは、己の最大の攻撃。

 生涯でただ一度。そして、今までの自分を越える――最大のブレスだ。

 

「――――!!」

 

 それを魔人に向けて放つ。

 白の奔流が夜明けが迫る空を震わせ、轟音とともに一直線に、魔人に向かう。

 魔人は、その蒼く長い剣を、ただ振り下ろした。

 

「おおお……!!」

 

 こちらのブレスを、真正面から縦に斬り裂いていく。

 墜ちるだけの向こうに、静止する術はない。

 ならばこれが勝負だ。逃げる手段はないし、逃げる気はない。

 

「――――!!!」

 

 こちらも力を振り絞る。

 全てを破壊する、大いなるドラゴンの武器だ。

 

 しかしその白は、やがて、光を背に浴びた蒼に分かたれ、

 

「――っ!」

 

 魔人が白の奔流を断ち切り、眼前まで迫る。

 そして、剣に全力を込めて、

 

「おおおおおおおおおおおおお――ッッッ!!」

 

 最後の攻防の先、ライゼンは自身の白と、魔人の蒼が合わさる瞬間を見た。

 

「ああ……」

 

 ――二千年。待ったかいがあった。

 

 空には日が昇る。

 その景色だけは、

 

 ――いつまで経っても……変わらないな……。

 

 世界と今を生きる者達、全てを照らす――

 

「夜明けだ」

 

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